ありがとう
多数の皆さまのご訪問ありがとう。私はまた不調になり寝ています。もうじき起きられると思います。いつもありがとう。 右近
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連休中に南三陸町歌津から‘ホタテキャンドル’が送られてきました。たくさんのワカメと共にです。(ワカメは画像の三倍くらいの量と、茎ワカメもたくさんいただきました!) Aさん、ありがとうございました。ワカメ、茎ワカメ、大好きです。ホタテキャンドルも大切にします。
このホタテキャンドルは、被害の大きかった南三陸町の歌津地区の浜辺で、奇跡的に砂浜に残っていたホタテ貝から思いついて作り始められたということです。色とりどりの蝋で海の生き物が作られて、きれいですよ。デザインはいくつかあるそうです。私に送ってくださったキャンドルにはタコさんが居ました。キャンドルとはいうものの、もったいなくて可哀そうで、火が点けられないので飾っておきたいと思います。
このホタテキャンドルはインターネットから購入が可能です。以下に購入などの情報をお知らせいたします。ひとつひとつ手作りですが、まとまった数の購入も受けていただけるようです。ぜひともご協力ください。
付記:昨日、茨城・栃木において竜巻の大きな被害が出ていました。早い時間の更新で、そのことを知らずにニュースを観て驚きました。両県からのアクセスはいつもあります。閲覧者の皆さんには被害がなかったでしょうか。知らずにのんきなことを喋り申し訳ありませんでした。落雷・竜巻の被害に遭われたすべての皆様に、お見舞い申し上げます。
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昨日はマゴの初節句で長女の家に招かれて行きました。迎えに来た三歳になるマゴ(こちら女の子)と婿殿と、途中でケーキ屋さんに寄りました。子供の日のケーキを選んで注文、ケーキの上にはマジパンに「こどもの日」と書いてありました。名前も入れてもらおうと婿と相談、彼の希望によりひらがなで名前を入れてもらうことにしました。そして私の提案で「初節句」の文字も入れてもらうことにしました。
その旨をメモしていた若い女子店員さん、真剣なまなざしで書きとめ、カウンター越しに書きあがったメモを見せました。
「これであっているんでしょうか」
私はいぶかしく思いました。マゴの名はひらがなでと言ったはず。これであっているもなにもと思って彼女の手元を見ると・・・。
「こ、これは、もしや・・・」
彼女の尋ねていたのはマゴの名前の方ではなかったのです。そしてそこに見たのは信じがたいものでした。彼女が不安げに指すボールペンの先には・・・。Oh!私は度の入っていないサングラスをかけていたのでハッキリとは見えなかったものの、二つ目の文字が「言ベン」(ごんべん)であることがわかりました。もしや・・
『初・絶・句』
書かれていたのはこうでした。そして私は文字通り絶句しました。可愛いマゴが一歳に満たずして絶句する祝いの日となっては困るので、絶句もそこそこに私は穏やかに言いました。
「二番目の文字は季節の『節』です」
なおも首をかしげる若き女子。気づいて先輩らしき女子が歩み寄り、メモをのぞいて小爆笑。若き女子は笑う余裕ナシ子さん。ベンチに座って待つ婿殿が何だろうといぶかしげ。私も座って小声で説明すると婿殿こらえて笑い始め、彼いわく、僕も漢字は得意じゃないですが、僕だってそれくらい分かります。と。私は彼に国語を教えたことがあるのです。しばらく彼は目立たぬように笑いをこらえておりました。
ケーキを受け取り長女宅へ。今月で11ヵ月になるその日の主役は、鯉のぼりが泳ぐ玄関でママに抱っこされて出迎えてくれました。羽織袴のロンパースに鉢巻と陣羽織、そして兜をかぶらされ、主役はファッションショーのモデル状態。迷カメラマンはカメラを構えるも被写体の動き激しく難しい。何枚も撮り続け、そのうちいくらかはよく撮れたものがありました。
主役はママの厳しいきまりでケーキはまだ食べさせてもらえず、他の全員で食後のデザート。「初絶句」になるところだったと私が話すと、長女はそれほど笑いもせず、「ゆとり教育の頃の子かなぁ」と若い女子を案じる様子。そういえば若い女子、ローソクはどうしますかと二度も訊いたのに入っていない。二度目はわざわざカウンターから出てきて歩み寄ってまで尋ねていたけれど。ローソクの太さを選ばせ婿が選んで「じゃ、こちらを」と言ったのに入ってないとは。再びミニ絶句。
接客のその若い女子店員さんがアルバイトなのか正社員なのか分かりませんが、この日にはそんな依頼もあろうかと思います。都市部とは異なり、この辺りはあまりケーキ屋さんんそのものの数も少なく、その店はこの地域では数少ない美味しい店です。それなのに残念残念。私は塾のセンセイでしたから、それこそ「あらあら、おやおや」で、その若い女子のこの先を案じました。ガンバレ若者たち!漢字を学ぼうね。
ちなみに「絶句」とはもともと漢詩の形式名です。「五言絶句」「七言絶句」などが知られています。「春眠 暁を覚えず」で始まる唐の詩人孟浩然の『春暁』という五言絶句は有名ですね。この絶句が私たちの国の言葉として、急激な感情が押し寄せたときなど言葉を失った状態を「絶句する」と使われるようになっています。硬い言葉を現代風にわざと用いる言葉の一つともなっているようです。しかししかし若者よ、「初節句」は初めての節句のことです。「初」をとればこちらは「節句」(せっく)、一方、「絶句」は通常「初」がつくことはありませぬ。jokeでわざと「初絶句!」と言うの以外はありませぬ。
以上、きのうの初節句に絶句したという話でした。しかしケーキは美味しかったです。アッサリとして。(^_-)
連休も最終日となりました。お疲れの皆さまも多いと思います。あしたからお仕事の方、頑張ってください。留守がちにもかかわらず熱心なご訪問をありがとうございました。私は少し動けるようになっています。ご心配ありがとう。頑張っていきましょう。はい私も。夏場所が始まってうれしいなぁ。ひさびさの右近でした。
追伸 ニュースをつければ各地で落雷や突風の被害。右近庵でも午前に激しい雷でした。明日の朝まで警戒が必要とか。皆さんお気をつけください。
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庭の方で声が聞こえた。ガラス越しに声のする方を見た。まわっている。
あらあら~おやおや~それからどんどこしょ~♪ わ~いわ~い にこにこぷ~ん♪
円形の小さな花壇で水仙たちが縦列ダンスをしてまわっていた。
歌いながらぐるぐると、楽しそうにまわっているのだ。しかし真剣そのもの。
先頭のダンスリーダーの掛け声でそれは始まり、そしてリーダーの声で止まる。
「みんなちゃんとできてるのぉ?わたし先頭だから見えないけれど」
「できてま~す」とみんなの白い声、黄色い声。
ほんとうは誰かがたいてい乱れていた。早すぎたり遅すぎたりと揃わない。
「よくできました。では、もう一度やります。パーティーはもうすぐです。がんばりましょう!」
リーダーはまた声をかける。「はーい」とみんな返事し、歌いながらまわりはじめた。
可笑しさをこらえて僕は見ていた。こんど彼女たちに鏡をプレゼントしよう。
一番背が高いこの花壇の先生は縦列ダンスを左から厳しい表情で見つめていた。
がんばれ‘はなばな水仙ガールズ’。 Practice makes ‘Perfect’.
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円形の小さな花壇に毎年このようにムスカリが咲き、中央に水仙が咲きます。大きなr喇叭水仙は見栄えがします。最初はいちばん大きな水仙一輪(左から4つめ)だけでしたが、このように年ごとにふえてきました。まるで「にこにこぷん」の‘はなばなガールズ’みたいです。後ろの葉っぱは蕗(フキ)です。自然に生えてこれも年々勢力を増し、陣地を広げています。それで水仙たちは蕗の対策をそろそろ考えなければとみんなで話しあっているようです。このままじゃ蕗たちに侵略されてしまうわ。そうね。どうしましょう。困ったわ。なんて。あらあら。おやおや。
こちらへのみお越しの植物に興味のない皆さんにも花のうるおいを。あなたの心がカラカラに乾いてしまわないように。花や生きものに心がいく余裕があなたに生まれますように。
☆東北の皆さん、そちらも暖かくなってきたということです。よかった。\(^o^)/
桜前線は北上中です。もうじきそちらの桜が咲きますね。私も心待ちにしています。
私は週の初めから風邪に苦しんでいましたが、ほぼ回復しました。ご安心ください。
お豆腐つながりの皆様には本日メール便でお知らせを送りました。届きましたらお読みください。今後のことなどお伝えしています。私が一括注文をすることなどです。いつも皆さんにはおいしいお豆腐と喜んでいただき私もうれしいです。それらのお声を会社側にもお伝えすることを、ただいま私は企んでいるところです。どんな方法がいいでしょうか。その際にはぜひともご協力お願いいたします。
先日、宮古の86歳になるおばあちゃまが電話で御礼を言ってくださいました。
「これはこれは、お豆腐屋さんですか。ありがとうございます」
「は、はい。あ、いえ、そのぉ、こちらこそありがとうございます」
大豆だいすき人間の私としては‘お豆腐屋さん’の称号は大歓迎。ありがとうございます。おばあちゃん好きだなぁ。私はおばあちゃんっ子だったから。
さぁ歌いましょう。あらあら~おやおや~、それからどんどこしょ~♪皆さん、どんどこしょ~っと一週間をお元気で。はい、私もぼちぼちいきましょか。はい、抑えめで。
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宮古市高浜から届きました。新鮮な牡蠣と切り昆布。どちらも好物です。撮影後、さっそく氷水に浸かっている袋から牡蠣を取り出し、ひと粒パクリ。おいしい!潮の香りと味がしました。(^^)v

さてどうやって食べようかと思案。風邪をひいて体調を崩してしまい、寝込んでいるので簡単な調理法でいただくことにしました。牡蠣のお味噌汁です。私は唾液が少なく、水分を多く必要とするため汁ものはたいてい小さめの丼でたっぷりいただきます。

サイの目に切ったお豆腐と牡蠣。いただいた切り昆布も火を止める直前に加えました。おいしそうでしょ。♪信州の麦みそとのコラボで牡蠣のお味噌汁はとってもGooでした。風邪も治ってしまいそう。Sさん、ありがとうございました。ちなみに今夜の献立は、このお味噌汁、サバのみりん漬の焼いたの、かき菜のおひたし(ダブル‘カキ’だ)、それに玄米粥でした。こういうご飯がいちばん好き。簡単・おいしい・healthy。これくらいなら作れる状態であることに感謝。
料理若葉マークさんへ
牡蠣を料理するときは火の通し過ぎに注意。 このお味噌汁の作り方の場合、まずサイの目のお豆腐に火が通れば味噌を溶き入れます。豆腐や味噌も煮立てると風味をそこなうため絶対に沸騰させず、温度が高くなってきたら牡蠣をひと粒ずつ入れていきます。揚げ物をする要領で、鍋のきわあたりの温度が高いところを選んでいれるといいよ。牡蠣はひと粒でもおいしく食べたいので、食べきれる量だけ入れましょう。牡蠣の身がぷっくりしてきたら、ナマ切り昆布を加えて火を止め、出来上がり。昆布じゃなく青みを入れる時もこのタイミングでね。(^_-)-☆
新鮮な牡蠣と、関西のスーパーではあまり見かけないナマの切り昆布をくださったSさんは、津波に襲われ、かろうじて建っていた自宅を修理して暮らしておられます。ご主人の船は二艘とも流されて漁が出来ないそうです。船の製作は順番待ちで230番以上も後とか、今年中に番がまわってくるかどうかということでした。Sさんが従事していた牡蠣の仕事も出来なくなり、ようやくプレハブの作業小屋を建て、少しずつ仲間14人で牡蠣の仕事を始めているそうです。
Sさんとは支援サイトで知り合いました。お孫さんもおられる60代の方です。高齢のお母様や近所の方々の多くが仮設住宅で暮らしておられる状態です。そんな話を電話でしてくださるSさんの明るくたくましい元気なお声に思います。これこそ“東北の底ぢから”だと。底力。この言葉、漢字で書くよりひらがなの方がいい。地学の勉強で地軸か地底をが見えそうな漢字表記より、やまと言葉まじりで“底ぢから”と書いた方が、しなって強い何かが感じられます。私には。
今日は11日。犠牲者の方々の月の命日です。ベッドの上でお経をあげます。
昼間、こちらは激しい降りになりました。今はやみました。ずっとひかなかった風邪をひき、寝ています。暖かくなったのでマスクをサボっていたことを反省。乾いて風邪をひいたのでしょう。皆さんもお気をつけください。(^_-)
※ 『石割桜』は盛岡のお菓子なんですね。盛岡といえば、先日、私は『壬生義士伝』を再度借りて観たばかりです。あの映画が好きなもので。中井貴一さんが盛岡出身の武士を好演しています。浅田二郎氏による実在の人物をモデルにした物語です。公開された頃、高く評価された映画でした。その盛岡のお菓子なのですね。教えてくださりありがとう。ただいま仏様にお供え中です。何でもまず仏様と神様が先。(^.^)
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『石割桜』『かもめの卵』、そして『銀河鉄道の夜』を陸前高田からありがとう。
私が知っていたのは『かもめの卵』だけ。賢治のお酒があるのですね。嬉しい。
『石割桜』。力強そうな名前です。桜はほんとうに強い木です。どんなお菓子かな。
岩手の風がここまで運んでくれた品々を、味わって大事にいただきます。ありがとう。
良
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今日はお釈迦様が生まれた日。キリスト様が生まれた日くらいに扱ってさしあげたいものですね。
今日は花まつり。お誕生日おめでとうございます。軽快なjazzでもお聴きください、お釈迦様。
◎ “Cleopatra's Dream” Bud Powell “クレオパトラの夢” バド・パウェル
(YouTube by jazzforinterplay Thanks!)
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今年の春は寒いです。しかしウグイスが啼くから春は来ている。南にはもうとっくに来ているの?北にも、もうすぐ。![]()
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◎ “Spring is here” Bill Evans Trio
(YouTube by helluvagun Thanks!)
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右近とは、そもそも言いたい放題の奴でして、ひさびさに炸裂してしまいました。こういうことはもともと『水無月右近のひとり言』でやっていたのであります。そういう種類のことをここでやったことは反省。だけど右近だから言いたい放題でかまわない。なぜかこれまで一度もクレームは戴かない。反論もない。(^_-) 道元は過激な言葉を吐くなと諭しています。したがって私はそれを守ろうとしてきたのですが、被災地の実情を知れば知るほど腹立たしいことが出てくるものだから。あんなに国じゅうが心を痛めたのに世間の熱の冷め方とか、幸せすぎておかしくなっちゃってる世の中とか。でも、ここではもうやらないよ。(^_-)-☆ ここからの支援についての呼びかけも手ごたえがなくて空しいのでやめました。徒労感ほど疲弊させられるものはありません。それで私は現実の世界での関わりのみで被災地の皆さんの支援をしたいと思います。現在はそうなっています。それが私に合った形だとわかりました。東北の皆さんとの関わりは楽しく、私の方が励まされます。被災地の皆さんには今後も時々ここから呼びかけます。
私はようやく手が動くようになったので、長い文が打てるようになりました。夕食の後片付けも出来るようになりました。指の感覚が戻り、茶碗やカップを落として割ることもなくなりました。しかしながら普通の人のような生活は依然、できません。ベッド滞在時間は多少は短くなりました。現在は20時間ほどでしょうか。1時間ずつ縮めていけたらと思っています。冬の3ヵ月、夏の3ヵ月で合計6ヵ月。つまり半年は動けない状態になってきているので、動ける4・5・6月は頑張って動こうと思います。するべきことが山積です。庭も家の中も支援活動も。冬の間、弱り切っていたので、この春、どこまで回復できるのか興味あるところです。薬の増量をせずに頑張ってみたいと思います。効けば副作用もかならずあります。だから。
この二日間は穏やかな天候で、私の桜もつぼみを膨らませました。しかし明日は大荒れの天気とか。皆さま気をつけてくださいね。頭上に注意。傘はさしても吹き飛ぶよ。滑らない靴をはいて出かけよよう。
四月です。庭はシーズン・イン。すぐに疲れるので小刻みに庭仕事を頑張ります。ときどき庭blogへは出向きます。私が一番やすらげるblogだし。それに一番‘素’で喋ってる場所だと思う。(猫や花だといってもそれだけではなく、自然体でいろいろ語っています。超常連様御用達のblogです) もちろん発信することがあるときはトークにも出てきます。その時はよろしく。けれど本音を言うとね、こちらだけお越しの皆さんは、何を求めて来られるのか私には分からないのですよ。ほんとうに。ま、そんなことはどうでもいいとして。それでは皆さん、お元気にお過ごしください。はい、なるべく私も元気でいたいと思います。小説?もちろん降りてきたときは書く。の・か・な・ぁ。書きたいときには書くでしょう。あれは楽しいことだから。 ではこの辺で。 (^o^)丿 右近
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支援物資に衣類がありますが、これは阪神大震災のときに有り余ってしまい、結果的に迷惑となったケースが多く、山積みの衣類の処分に自治体が困ったという事実がありました。それ以後、古着は寄付の項目に入らず、公的な機関やNPOなどの団体も「新品」を条件とし、この度の災禍でも真っ先に支援物資の項目から消えていきました。ところが現地の方のお話を実際にうかがうと、衣類を切望している人々が多くおられることがわかりました。それで私は衣類を何度か送りました。
たしかに分類されていない衣類の扱いは大変でしょう。皆が思い思いに自治体やボランティア団体に送ると、まずそれらを保管する場所が必要となります。次に衣類は種類が入り混じって送られてくるため仕分けがあります。’阪神淡路‘では大量の衣類を仕分けするのに多くのボランティアを必要とし、結局は不要となってしまった衣類が膨大で、処分の費用がかかったとも聞いています。その教訓から多くの自治体や民間団体の窓口は、衣類の支援を受け付けないことになりました。それよりお金だということのようですが、買う店が無い地域があるといった事情が広域被害の東北において存在しています。
それでは自治体や民間団体が被災地域の末端まで行き届いた物資の支援をしてきたかといえばそうではありません。衣類も然りです。この災害では家ごと流失といった被害が多く、衣類をすべて失った方々が大勢居ます。この被害状況では衣類が大量に必要だと思い、私は発生当初から衣類の支援方法を探しましたが、古着は受け付けておらず失望しました。民間団体では中古の衣類も受け付けているところが稀にありますが、ほとんど見当たらず、とくに関西においては‘阪神淡路’の二の舞は避けるべくということなのか、衣類支援の受付をしている自治体や団体を見つけることが出来ませんでした。
ところが一年を経た現在、今なお東北には強く衣類が求められている地域があります。それらの地域では全体的に支援物資も届きにくかった地域であり、支援の不均衡を痛感します。寒冷地に防寒衣類が必要で、今でも常に求められています。また女性たちはお洒落を楽しみたいのは当然です。私たち災害に遭わなかった者が無造作に処分する衣類は、東北では心から喜ばれるものであることを私は知りました。古着という呼び名はあまりよい印象を与えませんが、まだまだ活躍する古着は多くあります。お洒落着もとても喜ばれます。考えてみてください。あなたがいま持っている衣類のすべてを失くすことを!おそらく考えられないことでしょう。「衣」も「食」も「住」も、どれも人間にはとても大切なことなのです。
今日、何気なくつけたテレビで、片づけのプロとやらが家庭に入り込み、「処分品」を多く出させてスッキリさせる様子を映していました。その家庭の主婦である女性は多くの衣類を最初は名残惜しそうに分類していましたが、だんだんとバサバサ大胆に分けていきました。そして最終的に山積みになった衣類を前に、これらは処分しましょうとそのプロさんがアッサリと言いました。私は複雑な心持でそれを観ていましたが、不愉快になりテレビを切りました。これだけの衣類を必要とする人が東北にはたくさん居る。そのことを彼女たちは知らない。知ろうともしない。求める人が居るのに、片づけて気持ち良くなりたい人が惜しげもなく捨てていく。この不条理に私は愕然としました。これが日本の現実だと溜息が出ました。
ひと頃‘断捨離’というのが話題になりました。今もその流れをくむ片づけ方式が横行しています。提唱者によると、それは単なるモノ処分ではなくヨガの精神性に基づくものだといいます。この講座を聞きにいった人は、まるで催眠術にかけられたように突如として家の中から大量のモノをいきなり捨て始めます。そしてスッキリしましたと笑顔で言います。きのうまで大切にしまっていた大量の‘ゴミ’を出して、ご本人はスッキリなのです。それらの不要になったモノたちを活かすことも考えてのことならば、その片付け法だか処分法の‘精神性’も甘受します。しかしそんなことは微塵も考えていないようです。ただ捨てるのです。けれども催眠術にかかった人たちは、古いものを一気に処分し、またモノを増やす可能性があります。簡単に捨てる人は簡単にモノを買うでしょう。すぐに人に影響される人は、おおかた確たる自分を持っていません。モノを処分をしたいなら、自分で納得しながらするべきです。失礼ながら、かつてテレビで観たモノ処分後の女性たちの表情は、精神性に目覚めているというよりも、ただ高揚して酔わされていると見えました。もしも彼女たちが以後は禅宗の尼さんにでもなるのなら、彼女たちの今後を私も信じます。話が少々それました。
哲学者の梅原猛氏が震災後、積極的な発言をし、「草木国土悉皆成仏」(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)としきりに口にされています。これは仏教の言葉で、草木や国土のように人間ではないものも皆、成仏するという意味で素晴らしい思想です。草木にはもちろんのこと、モノにも命や心があると私は思っています。そしてモノの成仏は活かした後でありたいものです。私は日頃から不要になったモノをあっさりと捨てる仕組みと、求めているのに声が届かず応えてもらえない仕組みの矛盾に大いに疑問を感じてきました。災害の無い満たされた地域では、片づけのプロとやらが次々に現れて、バサバサとモノを捨てさせることに余念がありません。それら名のある方々が、衣類も含めてモノのリサイクルを完ぺきにこなしてゆくのなら、モノを必要な所へ届けて納める仕組みを構築するならば、彼ら彼女たちを尊敬もいたしましょう。そうでなければ、ひたすら捨てろという観念を人にむやみに植え付けるのはおやめいただきたいものです。
はたして笑顔でバサバサとモノを捨てる人たちには、突然にすべてのモノを失うという衝撃的な出来事が与えた想念らしきものは感じられず、大切なものすべてを「瓦礫」と呼ばれた人たちの哀しみを理解しているとも見えません。思い出に浸っている暇などないと過去のモノを容赦なく捨てろと言う人に、何か一つでも思い出の品をと家があった場所を探し歩く人の思いは分からないでしょう。無関心の傍観者にすらなれない人間の愚かさを感じ、私は静かな怒りを覚えました。愚かさは無神経で時に人を傷つける。だからテレビは嫌いなんだ。とまた思いました。「あなたのそばに困っている人がいれば助けなさい。それができないなら、せめて傷つけないようにしなさい」。これはダライ・ラマの言葉です。このモノ処分法は、被災地の皆さんの目にどのように映っているのでしょうか。テレビに映し出される内容全般が、あまりに被災地への思いやりが欠如したものであることも重ねて情けないことです。
繰り返します。モノは活かしきり、その後に眠らせるのが正しいと私は考えます。モノにも命があります。だから活かしきりたいものです。捨てることを勧めるだけでなく、まだ活かせる不要となったものを、それを必要とする被災地の人の元へ送ることを、支援する側に負担なく可能にする完全な仕組みを構築する人がいつ現れるかと私は心待ちにしています。しかし、いまだ現れません。支援はしたいが送料がネックになるという人は世の中に多いことでしょう。どうにかしてここを打破することが出来れば、必要な衣類が必要な人の所へ届けられます。さらにパソコンを扱わない方々にも届くシステムが出来ればどんなに素晴らしいことだろうかと思います。また衣類だけでなく、必要な物資が望む人に全国から即座に送られるといった統一されたシステムが出来ないものかと願っています。それは夢物語であることを知りながら。
この一年、私は東北の方々から多くのことを学びました。モノを大切にする心、慎み深さ、義理堅さ、感謝する気持ち。私たちが忘れかけているものをきちんと維持され、日々の暮らしを生きてこられた皆様の質実剛健ともいえる暮らしぶりに尊敬の念を抱きました。その価値観は私にとって祖母が有していたなつかしいものであり、呼び起されて気づかされたものであります。一枚のセーターを心から喜んでくださる人たちに、私は北へ向かって合掌したくなるのです。これからも知恵を絞り、私は引き続き衣類を送る方法を考えたいと思います。いまだ寒さ厳しく、冬もの衣類が必要という切実なお声が今日も宮古から届けられました。お豆腐を待ちわびる弾んだお声に私が元気にさせられました。
東北の皆さま、昨日も強い余震がありましたね。夕刻からテレビをつけなかったので、深夜に知りました。まだ続く余震に不安な毎日だとお察しいたします。お気をつけください。早く余震がおさまることを祈っています。私の桜はつぼみをふくらませています。
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東北の皆さんへ
このブログでも掲載したギアリンクスさん、サラダコスモさんによる『お豆腐支援』は、2月で当初の目標“100万丁”を達成しました。パラグアイの日本人農家から支援である大豆と、現地日本人会による製造費支援金により始められたこのプロジェクトですが、100万丁のお豆腐が関係者の皆さんのご尽力により被災地に届けられました。すごいことですね。100万丁です。
しかしその“すごいこと”は続行中です。原材料があるかぎり、この『お豆腐支援』は継続されます。まだ支援を受けておられない被災地にお住まいの皆さん、今からでもどうぞふるってお申し出ください。詳細は商社ギアリンクスさん、発芽野菜などを扱うサラダコスモさんのサイトへどうぞ。お電話で注文を受けていただけます。また、‘豆腐支援’と‘右近トーク’で検索され、掲載ページを開いていただくなどでも詳細がお分かりです。あるいはあるいは、HP『平成道行考』トップページのポストマークから右近にアクセスしてください。お届けまでの仲介をいたします。甘みのある美味しいお豆腐ですよ。数の多少や住宅の種類は不問です。東北の皆さん、被災された皆さん、どうぞふるってご参加ください。
サラダコスモの度会さんから4月4日の100万丁達成記念会にご招待いただきました。しかし私はこんな状態です。岐阜県までとても行けません。しかしお招きは大変うれしく、羽があったら飛んでいきたいと申し上げましたが、やむなく辞退いたしました。その度会さんから本日、まだまだ続き、何度でも支援しますとのメール。それで久々に以前にお世話した皆さんに電話をかけました。慎み深く、遠慮深い東北の方々は、それ以後の支援要請をまったく出さなかった方々もおられました。それならとさっそく再びの受注係を引き受けました。全国のボランティアの皆さん、お世話くださった東北の皆さんに再度のお声かけと、まだ支援を受けておられない皆さんへも広めていただければ幸いです。
うれしかったのは昨年よりも皆さんのお声が明るかったことです。なんだろぅなぁ。本当にこちらが元気にさせられる。弾むお声で現在の様子を伝えてくださいました。私はベッドから、電話とパソコンでこれからも頑張るぞとひとり誓ったのでした。少しずつ身体も指も動くようになっています。物資配送の際に入れる手紙が、短いけれど手書き出来るようになってうれしいです。春。
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