2018年5月16日 (水)

暑い日の昼寝 猫とアルジのひとりごと

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数年前から季節がおかしくなってきた。秋がなく冬になったり、今年のように春なのに真夏のように急に暑くなったりと、四季が明確でなくなってきた。これには人間だけでなく動物たちも大変だろう。人に飼われた動物はまだしも、野性動物たちはエサの確保や子育てに奔走して懸命に生きているだろう。
それを思えば飼い猫は気楽である。急に暑くなったら、敷地内のどこか涼しい所で眠っている。空腹になれば家の中に入るだけで人間はサッと美味しいエサをだしてくれる。人間の溺愛が過ぎて太り過ぎて病気になってしまうこともあるリスクはあるけれど、食べものの苦労が無いのは好都合だ。
「何を言ってるんですか。わたしだってノラで頑張ってきたでしょ。幼い時からスポンサーとして貴方を頼らせてもらいましたがね。わたしもこの年になり、楽をさせてもらっています。食べることに困らないのは有りがたいことですが、たくさん居た猫たちが誰も居なくなり、たったひとり、貴方とだけわたしは居ます。食べるモノに困っても、あの刺激的で心が躍るような毎日は魅力的なものでした。此処に居つくまでの苦労はわたしの勲章です。こうして眠っている時、昔の思い出を夢で見ています。それはそれは楽しい日々でした。すべての猫たちが居なくなっても、まだ貴方がそばに居ることは幸いです。ふだん言えないことを今日は言いました。これからもどうぞよろしく。」
と、照れながらはるかちゃんが言っています。一日のほとんどを彼女は眠って過ごしています。日なたで寝ている時も頭は必ず日陰になるように眠るのは賢いなと思います。もっと暑くなれば体がすべて日陰に入るように寝ています。猫ともだちが居ないのは寂しいようですが、私はこれで猫仕舞いです。この子が最後の猫です。いつか来る別れの日まで、この子との大切な時間を穏やかに過ごしたいと思って暮らしています。彼女はまだまだ元気です。私も元気でいたいと思っています。

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2018年5月11日 (金)

猫の『ゴロゴロ』に関する雑学

皆さん、こんばんは。
ここへお越しの皆さんは、きっと猫好きの方々でしょう。ですからすでに御存知かもしれませんが、私は最近このことを知りました。それは猫のゴロゴロと骨密度の関連性です。以下のサイトにリンクします。興味がある方はどうぞ。私のJJにそっくりの白黒猫も動画で見られます。
今日はこれで。
おやすみなさい。  良

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2018年5月 8日 (火)

桜の頃の猫散歩

こんばんは。今日もご訪問ありがとうございます。
前回に桜の頃にはるかちゃんと散歩をした様子をお伝えしました。今日はその数日後に別の所へ桜を見に行ったことなどお知らせしましょう。

三月末、とても天気のいい日でした。桜をもっと見ようと思い、はるかちゃんを連れて徒歩で出かけました。外が大好きな彼女は出かけるのを嫌がらず、むしろ嬉しそうです。私は肩にカメラをかけ、はるかちゃんを抱っこして歩きます。時にはカメラをかけたのと反対側の肩に載せていたりもします。そしていつもの帽子にサングラス。はるかちゃんには念の為リードを付けて。
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私は桜に夢中でカメラを向けていたけれど、はるかちゃんを見失っては大変なので、カメラに両手を使う時は足でリードの端を踏んで写真を撮る。タンポポに興味はなさそうで、知らない場所でもどんどん先へ進むので気が抜けない。撮りながらも注意は怠らない。

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先ほどの場所から道路を渡って反対側へ移動した。前方に見える桜の木を写したかったからだ。その前にはるかちゃんは何度も道草。道草を食うとはまさにこのこと。時々、草をかじってみたりする。やおら鋭い目つきで道路の向こうに目をやるはるかさん。1台の車が止まったようだった。帽子の陰でも分かるように、私は彼女を写していた。

停まったらしい車は動く気配がないのを私は察していた。何だか視線も感じていた。そのため私も次の動作がしづらく、しばらく写真を撮ったりはるかちゃんと話したりしていた。それでも動く気配がないので立ち上がった。すると反対側の道路に停めた車の中から、にこやかに御夫婦がこちらを見ていた。私は会釈をした。するとかれらも会釈を返してくださった。

「猫ちゃんもお散歩するんですか?」
助手席の奥様が尋ねた。
「はい。あまりにいいお天気で、桜が写したかったものですから一緒に連れてきました。」
「そうですか。珍しいですね、猫ちゃんのお散歩は」
「この子は元ノラで21歳になります。若い時は自由に外を歩いていましたが、年がいって、ひとりで外へ出る自信が無くなってしまったようなので、今日は連れてきました。猫はお好きですか?」
「大好きです!」
「では飼っておられるのですね。」
奥様は「はい」と答え、旦那様は目を細めて微笑んでいた。私はよく見えるように抱っこをし、覆面をしたように顔だけ真っ黒な、だがなかなか美人の我が愛猫を見せて差し上げた。
それが反対側の道路でなかったら、私ははるかちゃんを御夫婦にも抱っこさせてあげることができた。柵をまたいで越え、歩み寄って車の行き来する道路でそれは無理だった。私は「ありがとうございました」と挨拶をし、前方の桜の方へはるかちゃんと歩いていった。エンジンの音が後方で聞こえ、車は遠ざかって行った。40代くらいとお見受けしたその御夫婦は、いい車に乗っておられ、お洒落で上品な方々だった。またお会いしたいものだと思っている。

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  さらに歩いて別の桜の場所へ来た。さっきの所より車の行き来が多く、歩道から1.5mほど高くなった土手を昇り、誰もおらず車も見えず、静かな所に出た。するとはるかちゃんは緊張が解けたように穏やかな表情になった。子どもの頃、秘密基地だと遊んでいたような場所で、しばらくはるかちゃんと私は座っていた。そして桜並木を裏側から見ていた。

こんなことをしていた三月の終わり、私は懸命の努力で体調が改善されつつありました。検査結果を聞きに行くのを数日後に控え、自信と不安が綯い交ぜになっていましたが、はるかちゃんと桜を見に出かけたこの時、晴れやかな気持で居ました。はるかちゃんは外が大好きなはずです。これからの季節、私はは紫外線がダメなので、時間帯を考えて時々は出かけようと思っています。散歩に行ったあと、更によく眠りました。はるかさんも私も。

今日もよく降りました。私たちの住む所では明日も降るようです。
今日は小雨の中、午前中に少しだけ庭作業をしました。
それではまた。  良 (^^)/

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2018年4月28日 (土)

長い冬でした

皆さん、こんばんは。
頭ヒゲで終わっていたこのブログは昨年の11月から動いていませんでしたね。にもかかわらず、毎日どなたかが訪れてくださっているのを知り、たいへん嬉しく思いました。
はるかさんもご老体なので、心配してくださっていたのかもしれません。具合が悪かったのは私の方でありまして、心不全の症状に悩まされてケッコウ大変でしたが、体調改善のため懸命の努力を重ねて再び日常を取り戻すことができました。11月頃から急速に体調が悪くなり、検査結果も驚きの数値で落ち込んでしまいましたが、落ち込んでいる場合ではなく、早く改善しないと、と頑張りました。今は動くことができて幸せです。私にとって殊更に長い冬でした。

はるかさんは今月初旬、怪我をしていることに気付き、慌てて病院へ連れていきました。そう言えば、三月末頃、庭で日向ぼっこをして寝そべっていた時、『ギャッ!』という叫びが聞こえました。同時にドタンバタンという音も。急いで庭へ飛び出すと、大きなオス猫が逃げていきました。その時は怪我も無くよかったと思っていましたが、今月になって彼女から異臭がするので調べると、左肩のあたりから膿が出て毛が固まっています。すぐに病院へ連れていくと先生は「噛み傷ですね」と。さてはあの時、噛まれていたんだ…。知らずにいて悪かったねと後悔しました。その日は傷の消毒と二週間ほど効果がある抗生剤の注射を打ってもらい、しばらくぶりの血液検査もしてもらいました。

2日後、再び病院へ行くと排膿が進み、傷は飛躍的によくなっているとのことでした。心配していた腎臓系統の値も悪くはなっておらず、安心しました。よかったね、はるかちゃん。賢い彼女は久々の車でも二度目は鳴きもせず、おとなしく乗ってくれて帰ってきました。食欲も回復し、すぐに元気になりました。はるかちゃんとは長い付き合いですが、怪我をしたのは初めてのことでした。春は遠征してきた雄猫が荒っぽいことをするのですね。はるかちゃんが惚れたボス黒はどのレディに対しても、絶対に乱暴なことをしない強くて優しい雄猫でした。若造は困ったものですね。それ以来、庭でリラックスして日向ぼっこをしたり眠ったり出来ない様子で、二階のベランダか、私が庭に居るか近距離の台所に居る時しか外へ出なくなりました。

さかのぼって三月末、例年よりも早く咲いた近隣の桜を見にはるかちゃんを連れていきました。彼女は右近庵の敷地から全く出なくなって数年。きっと懐かしいであろう近辺を歩かせてやろうと思ったのです。桜は満開でした。しかしはるかちゃんは桜どころではありませんでした。数年ぶりの外の世界に興奮の連続で、もともと丸い目を更にまん丸にして草の匂いを嗅いだり、柵の外へ出て崖のような所を下ろうとしたり…。楽しいお散歩でした。その頃、私はまもなく二度目の検査結果が出る直前でしたが、体調はよくなりつつありました。以下はその時の画像です。
Img_4408_640 『右近トーク』でも掲載した近隣の桜。凧がひっかかって取れなくなっているのが気になってシャッターを押した一枚。持ち主さんはなぜ諦めたのだろう。可哀想に…。

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猫はみんな外へ出るとキリッとした表情になる。イイ顔してるね、はるかちゃん。
そうか、人間だってそうだね。家の中とはきっと違う顔で歩いてるんだろな。外で。
柵の向こうは崖だよ。滑り落ちても助けに行けないからダメ。ほら水も流れてるし。

連休ですね。お休みの皆さん、お仕事の皆さん、私のように年じゅう休日の皆さん、お元気でお過ごしください。それではまた。  良

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2018年4月27日 (金)

また春が来た

御無沙汰いたしました。
留守にもかかわらず、毎日のご訪問ありがとうございました。
お陰さまで体調もよくなってまいりました。はるかさんも怪我などありましたが元気です。頭ヒゲは健在で、剛毛になっています。!(^^)!

すでに真夜中ですので、今日ははるかさんの姿だけご覧にいれましょう。でも顔は見えません。3月のある日、いつものように愛息のJJのお墓の前で毛づくろい。咲き始めた黄水仙が元気です。一緒にがんばろうね、はるかちゃん。あ、日付が変わった。おやすみ。

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2017年11月 8日 (水)

引き続き猫の‘あたまヒゲ’について

こんばんは。
朝、起きたら小雨でした。日中は降ったりやんだりでしたが、先ほどザーッと強い雨の音がしたかと思うと、また音がしなくなったので、やんだのかな。霧雨かな。

雨の日は猫も退屈そうです。陽に当たって眠るのと、私のベッドで昼も眠るのとでは、猫にすればずいぶん違うのでしょうね。今日は2階のベランダでも庭でもなく、ずっと私のベッドで寝ています。人間も猫も晩御飯を終えました。

またまた‘あたまヒゲ’の話です。最近では人間、猫とも起きたら‘あたまヒゲ’を確かめるのが日課になりました。チャンスと思った時にカメラを向けて一生懸命に撮ることも。それがなかなか難しくてね。カメラを近づけ過ぎると嫌がってそっぽを向くし、今だっ!と思ったとたんに横を向くし…。10枚撮って1枚いいのがあれば万々歳です。

最近、私は敬意を払って‘あたまヒゲはるかさん’と呼んでいます。苗字と名前みたいになっています。彼女は賢いので、私が発する‘あたまヒゲ’という言葉が、自分の頭の上にあるアンテナみたいなヒゲだと判っているようです。目覚めたら‘あたまヒゲ’が成長していないかと指で軽くつまんで立ててやります。その行為と、あ・た・ま・ヒ・ゲという言葉はすでに彼女の中では結び付いていると思います。カワイイという言葉も覚えています。写真を撮る時、しきりにこの言葉を私は発し、よく撮れた時はカワイイを連発しているからです。この言葉で誉められると嬉しそうな顔をしますよ。

ところが今日、私はドジをしてしまいました。‘あたまヒゲ’を指でつまむようにして調えていた時です。一本が抜けてしまったのです。あぁ、やっちゃった!と私。大事な大事な‘あたまヒゲ’の一本を私の手で抜いてしまったよぉ…とガッカリ。しかしすぐに立ち直って長さを計りました。白いヒゲで3.3ミリありました。たった一本ある細めの黒いヒゲは無事でした。あぁ、よかった。黒ヒゲは一本しかないので貴重な‘あたまヒゲ’ですからね。もちろんはるかちゃんにとっても貴重です。抜いてしまったヒゲは保存しておきます。毎日、苦労して写真を撮っていますが、なかなかうまく行きません。昨夜のもの、今日のものをご覧ください。

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「月と‘あたまヒゲ’」ではなくて、懐中電灯で照らすとどう写るかとやってみました。左手で照らし、右手だけでブレずに撮る。出来上がりを見て喜ぶ。不思議な写真が撮れた、かな。

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ヒゲを調えていて抜けてしまった‘あたまヒゲ’。(+_+) 太くて、しっかりしている。3,3㎝ある。
しまったなぁ。大失敗。これからは気をつけないと。貴重なあたまヒゲのメンテには。

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あのね、皆さん、わたしの‘あたまヒゲ’がそんなに珍しいですか? きっと私が偉くなったからでしょう。わたしは20歳、人間なら100歳を超えています。ノラから始まったわたしの生涯は波乱万丈でしたよ。でもいつの楽しいことばかりでした。はい、わたしはpositiveなんですよ。だから元気で長生きしています。その御褒美に神様が頭にヒゲを生やしてくださったのだと思います。えっへん。わたしはエラいのです。だから頭にもヒゲ。どうですか皆さん。文句はありませんね。はい、よろしい。わたしの今後の目標は、あの偉大なるダッコ様の24歳5ヶ月に到達することです。はい、がんばりますよ。だってわたしが居なくなると、右近はどうなるのかと思ったら、そうそう早くはねぇ…。はい、がんばります。=^_^= はるかより

雨は上がったのかな。音がしなくなりました。
あしたは晴れて欲しいな。ビオラを植えたいのでね。
知っていますか、ビオラやパンジーは買ってきたらすぐに花も茎もバシバシ短く切ってしまうのがいいということを。せっかく咲いている花や伸びてきた茎を根元から1~2㎝位の所まで切ってしまうのには勇気が要りますね。でもそうしてあげるとたくさんの茎が出て花数がふえるのです。騙されたと思ってやってみて下さい。その様にして今頃に植えると、来年の5月末位までずっと咲いてくれますよ。寒さにも強いので雪をかぶっても平気です。可愛くて強い植物です。

週の真ん中です。後半も元気で頑張ってください。
寒くなるようです。今夜、私は‘初ひとり鍋’をしました。美味しかったですよ。(^.^)
それでは皆さん、ごきげんよう。    良

 

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2017年11月 7日 (火)

My桜の今

おはようございます。
右近庵では今日も晴天です。朝日が気持いい。
朝の陽射しを浴びると、よい睡眠がとれるといいます。私は電気を消すと一分後には眠っている人なので、よほどの心配ごと、気がかりなことががある時以外は不眠はありませんが。でも朝の陽射しは気持がいいので、庭に出るようにしています。その前に記事の更新です。

昨年のクリスマスイヴの日に枝を払って丸坊主になったMy桜を、裏庭から庭に移設して植え替えましたが、初めての秋に葉を落とし始めました。植えた当時、幹はゆるやかなカーヴを描いていましたが、今はずいぶん真っすぐになってきたなと思います。‘胴吹き’をまめに切り取っていたのもよかったのかもしれません。それよりも木が本来もっている再生力から、天に向かって真っすぐに伸びてきたのだと思います。※‘胴吹き’とは幹や枝に出てくる芽や小枝のこと。
これが今の姿です。夏の間は、それなりにたくさんの葉を茂らせていました。葉の色が変わり始め、まもなく落葉します。10年後の姿を見るという目標を私に与えてくれた桜の木。毎日ながめては楽しみにしています。がんばらないと。

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植物は強い。偉い。神々しい。
愚かなことをくり返す人間が見習うべきことを、動植物はたくさん持っている。

左はハナミズキ(白花)。こちらも小さな株が7年で立派な木になった。
葉を落とし始めた。その葉はたい肥にし、他の植物に栄養を与える。

火曜日です。皆さんが明るい気持で、元気に今週を過ごせますように。
命を大切に。今日一日を大切に。それでは皆さん、ごきげんよう。では庭へ。  良

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2017年11月 1日 (水)

進化する‘猫のあたまヒゲ’

こんばんは皆さん。11月になりました。今日は十三夜ですね。
きのう今日と晴れて気持のいい陽射しでした。皆さんの所は如何でしたか?

さて猫の‘あたまヒゲ’ですが、なんとこれが進化しているのです!
数日前に黒いヒゲも見つけていたのですが、それが少しずつ伸びているのです。そのヒゲは白いものより細いですが、長さが目立って伸びています。黒いヒゲなら口のところにあるヒゲと同じ種類のものでしょうか。それよりは若干か弱そうに見えますが。以下が先ほど写したものです。

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白いヒゲも黒いヒゲも見えるようにと黄色の色画用紙を左手に持ってバックにしました。こうして見ると、ダントツに黒いヒゲが長いですね。うむ。
ちなみにサビ猫はるかさんは短毛種です。これら‘ヒゲ’を根元から定規で計ってみると、白ヒゲは2㎝強、黒ヒゲは3㎝以上もあるでは無いですかっ!
これらの‘あたまヒゲ’は、まだ成長を続けるのでせうか?あるいは数もふえてくるのでせうか?
そ、そんなことになったら…、ね、猫では無くなってしまうではありませぬか…。長くなったら切ればいい、けれど数や量がふえて鳥のようになったらどうしよう!Alas!

このところ猫の‘あたまヒゲ’のことばかりで申し訳ありません。リフォームを一か所終えて、次に進む前に、ただいま疲れを癒しているところです。頑張りが利かなくなりました。ひとつのことにエネルギーを使い果たすと、ゆっくり充電しなければ動けない。だからテキパキとものごとが進められなくなりました。それでもよしとしながら、slow paceでやるしかありません。やっと食欲が戻って体重もふえてきたので、よかったなぁと思っています。

近畿地方では明日は貴重な晴れの日だそうです。少し庭仕事ができたらいいなぁ。
週の後半に入りますね。週末から連休の皆さんは、それを楽しみにひと頑張りですね。

世間では、世界では恐ろしいことばかり。あしたが穏やかな日でありますように…。
それでは皆さん、ごきげんよう。      良

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2017年10月28日 (土)

日々成長している‘猫のアタマひげ’

これは昨日、他ブログで掲載した記事です。
猫のことはこちらが先のはずでした。ごめんなさい。
ひとつ前の記事からお読みください。

皆さん、こんばんは。金曜日になりました。
週末になると私までがホッとします。

うちのはるかさんの‘アタマひげ’に関して新たに気付いたことがあります。それらが日々、成長していることです。前述したように、最初はほかの毛と同じように軟らかで、少しだけ長いというものでした。ところが年々、毛は太くしっかりしており、更に新しく分かったのは、それらが日々伸びていること、さらに根元近くには太くて白く、しっかりした毛が、伸びる準備をしているということです。やはりこれは‘アタマひげ’と言える種類のもののようです。

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よく見ると、数本の伸びた白いしっかりした毛の根元近くに、新たな堅い毛が伸びつつあるのも分かる。このあたりに‘アタマひげ’が必要な理由が何かあるのだろうか。今日は長いもので2センチ近くになっている。

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オバQとは言ったけれど、真上ではなく、少し後ろに生えている。口の周りにヒゲが生えるのと同じ理由がそのあたりにもあるということなのか?後ろからの危険を察知するため?通り抜けるためのサイズを感知するため?うむ、わからない…。(-.-)

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バックに黒い紙を立てて写せば、この不思議な毛の状態がよくわかる。頭で何かをいち早く感じとるという役割があるとすれば、それは何だろう。わからない…。(-"-)
私の疑問など素知らぬ様子で、彼女はひたすら眠ります。最近イビキが大きくなってきた。息をするたびに鼻がピーピー鳴っていることも。いろいろ親父化が進むはるかさん。あ、失礼。20歳、Ladyです。

台風22号がまたやってきます。風よりも雨に注意だそうです。もう雨はたくさんですね。被害が出ませんように…。
予測しにくい天候です。お出かけの際には万全の対策をなさってください。
よき週末を、お過ごしください。土日もお仕事の皆さん、頑張ってください。
それでは皆さん、ごきげんよう。     右近

※画像の日付が間違っています。ごめんなさい。

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頭にオバQみたいな毛がある猫

ご無沙汰いたしました。ご訪問ありがとうございます。
遅ればせながら以下の記事を掲載します。
22日に他ブログで掲載したものです。

こんにちは。よく降りますね。こう降ると投票率が心配になります。
さて、選挙速報を待って家で過ごしておられる皆さんに、私の相棒であり同居人である‘はるかさん’(サビ猫20歳)の微笑ましい画像を皆様にと思って出てまいりました。

はるかちゃんの頭には昔から不思議な毛が生えています。頭のてっぺんに毛が三本、のオバケのQ太郎のような毛です。ご覧ください。

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若い時からそこだけ飛び出している毛があり、それを見つけた人は皆まちがいなく、抜こうとします。ぬけかけている毛だとおもうのですね。でも次に「抜けな~い」と言いました。私も今まで何度も取り除こうとしたことがあります。でも除けません。それもそのはず、この毛は抜けかけている毛でも抜け毛でもなく、いつだってしっかり生えていた毛だったのです。

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拡大するとこんなふうに、まるでオバQそっくりに生えています。しかしこの毛に最近、変化が見られます。これまでは他の部分と変わらない色と軟らかさでしたが、どういう訳か、このように剛直毛へと変化してきたのです。むむむ、これはなんとしたことか…。

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長さといい、堅さといい、これはもう頭に生えている立派なヒゲではないか。ちなみにはるかさんの口ヒゲは黒ですが、ここに生えるヒゲは白です。こう逞しくなってくると、もう私は抜こうとすることや、取り除こうとすること、はたまたハサミで切りそろえようかということも完全にあきらめました。見慣れてくると可愛いヘアアクセサリーのようでもあるし、この毛が埋もれて見えないと、探して起こしてやったりしています。ここまで来たら、もっともっと立派な頭ヒゲになぁれと願っている飼い主です。あたまヒゲ。これ初じゃない? ( ̄ー ̄)ニヤリ

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ん?あたまヒゲ?はるかですが、何か? =^_^=

土砂降りの雨が続いています。開票速報までのこの時間、少しだけほっこりして頂けましたならば幸甚にて候。    右近  rain typhoon 

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2017年10月 9日 (月)

ねむり猫

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こんばんは。
いかがお過ごしでしたか?

はるかさんは元気です。
食事を完全に腎臓サポートに切り替えてから、太りました。痩せてきたのは年のせいだと思っていましたが、食べものを替えると体重がふえたのか抱くと重くなりました。特に気に入っているのはヒルズの缶詰です。ひと缶を6個の塊で冷凍させており、これを解凍して少し湯を足し、粒状のところをスプーンで潰してなめらかにします。そうすると舐めやすいのか少しも残らずに全部なくなります。夜間はドライを食べています。エサ場まで行くのが億劫ではないかと、ドライフードは何と私のベッドに置いてあります。枕の横です。昼間はドライを食べないので置いていません。水は常に家の中の何ヶ所かに置いてあります。もちろん私のベッドに彼女のと私の水。

元気者の彼女も動くことが億劫になり、一日のほとんど眠っています。たまに夜更けに少しだけ外へ出ていきます。それも敷地内だけで、玄関側の庭で誰か猫が通らないかと見ているようです。賑やかだった猫たちの時代は過ぎ、最後に彼女だけが残りました。どういう訳か野良猫もまったく見かけないし、遊びに来なくなりました。寂しいです。はるかちゃんも寂しそうです。でも寄る年波には勝てず、眠ってばかりいます。何をしてあげれば喜ぶだろうと、じゃれるのが好きだったので遊んであげようとしても乗ってきません。あぁ、あの活発でよく遊んだ彼女もこういうふうになって行くのだと、まだ半分くらい信じられない気持です。とにかく活発な子でしたから。

そういう私だって、じっとしていることが無いほど活発な人でした。どの年代の時も、たえず複数のことをいろいろやっていましたね。今は病気の進行もあり、年齢的にも行動的では無くなっています。二人して、一日の多くの時間をベッドの上で過ごしています。老いるということはこういう事なんだなと感じています。きっと賢い彼女のことです。自身の老いをちゃんと受け容れているのだと思います。一方、ニンゲンの私はまだ完全に受け容れることが出来ていないというのに…。苦笑

ところでこの時のはるかさん、起きていますね。だって耳が眠っていない。スキのなさは今でも健在。もう…、また写真ですかと思っているね。あのさ、キミ、ちょっと眠りすぎじゃない?
体調は少しだけよくなりました。薬の副作用のせいもあってね。そう、ステロイド剤の。
ここ数日また暑くなり、身体がついていくのが大変です。皆さんもお気を付けください。連休が終わります。お疲れさまでした。明日からまた頑張って、ください。それではまた。   良

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2017年9月30日 (土)

ありがとう

ご訪問ありがとう。
私は不調でしばらく更新できません。
=^_^=のはるかちゃんは元気です。ご安心を。
私はしんどくても彼女に薬を毎日がんばって飲ませています。
皆さんも体調にお気をつけくださいね。それではまた。(^^)/   良

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2017年9月16日 (土)

おめめパッチリ 猫のはるかさん(20歳)

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皆さん、おはようございます。いつもご訪問ありがとう。
これは昨夜、というか日付が変わっていたので正確には本日の未明に写したものです。撮れましたよ、おめめパッチリのはるかさんが。(^_-) そろそろ寝ようと布団に入ると、おもむろにはるかさんが私のミゾオチのあたりに上がってきました。いい顔してる、チャンスだっ。そしてパチリ!成功。\(^o^)/ ほら可愛いでしょ。今日はヒョウタンツギじゃない。とっても美人です。でも何か考えている様子。私も完全には信用されていないからね。特に最近は、いつ口をこじ開けられてピュッと薬を入れられるか分からないので、私と彼女は微妙な緊張関係にあります。

この子は賢くてね。大好きなwetのフードを用意して気を引き、いきなり口を開けて小さな注射器でピュッと入れます。どんな味なのか私は試していないけれど、美味しいわけないよね。それから御馳走を差し出します。しかし最近はそのフードを用意していると警戒態勢に入るはるかさん。低い姿勢で何処かへ避難を始めます。そうか…。好物よりも薬拒否が優先なのか…と私。かと思えば猫は気まぐれなので、いつのまにか二階から降りてきて、私にスリスリしてそのフードをペロリと舐めてしまったり。彼女の方が一枚「上」かな。=^_^=

ところで皆さんにお詫びです。猫のことは此処が一番先の筈なのに、ここのところ「右近トーク」の方が猫も先になってしまってごめんなさい。少ない数の此処への訪問者である皆さんこそ大切にしなければなりません。皆さんは間違いなく猫好きでしょうから、皆さんとお茶でも飲みながら猫談義でもしたいなと思うことがあります。過去にこの人なんだか気が合うなと思うとやっぱり猫好きだった。そんなことがよくありました。もちろん犬も好きです。生きものぜんぶが大好きです。だから『ダーウィンが来た!』の大ファンです。私は生きものの中でいちばん苦手なのは‘ニンゲン’かもしれない…。嫌いでは無いのに怖くて近づけない…。

台風18号の影響で右近庵も朝から雨になっています。まだ土砂降りでは無く、降ったり止んだりです。今は小雨で薄日が射しています。庭仕事が出来ないから衣類整理でもしましょうか。皆さん、台風を甘く見ないで下さいね。雨にしろ風にしろ、急変が恐ろしいですからね。車の中にガラスを割るハンマー、積んでいますか?懐中電灯や水を積んでいますか?それでは皆さん、お気を付けて。 
        
あるいは右近 (どっちでもいい)




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2017年9月 9日 (土)

「続・老猫の幸せ」とは (はるかトーク)

皆さん、こんばんは。はるかです。
この度はご心配をおかけいたしました。幸い、右近が完全に療法食に変えたからか、体調はよくなりました。はい、よく食べています。涼しくなったので、ますます眠る時間がふえています。一日に20時間以上も眠ってるよと右近は言います。なんせ100歳ですからね。

近頃の療法食は、ずいぶんとおいしくなっていますね。我が息子が腎不全の際、あの子は好きなものしか食べず右近は困っていました。ありとあらゆる療法食のフードを取り寄せては与えていましたが、息子は小食で、それにやっぱりアジとかエビとか腎臓に良くないものなら食べるので、本当に困っていましたね。その点、わたしは何でも食べ、療法食の方がかえっておいしいんじゃないかとさえ思っています。ただ、噛むのが少し難儀になってきているので、ロイヤルカナンのセレクションが、膨らんだフードで容易に噛めて気に入っています。私はウェットフードも好きなので、ヒルズを右近が潰してなめらかにしたものに、さらに少量の水を加えたものを舐めています。

あの人は、つまり右近は先日、たまにアジやイワシを与えてもいいですかと先生に聞いていました。他のモノを食べないなら仕方が無いですが塩分が…と先生。「分かりました。これは私自身の問題です。ありがとうございました」と帰って来ました。アジやイワシは生でも海水の塩分が含まれているし、タンパクも取り過ぎはよくないのです。わたしに与えたい右近、たまには食べたいわたし。買い物から帰ってきて車の音がすると、わたしはもうワクワク。お魚のおみやげがあるかしらと。右近は心を鬼にして私に豆アジや小さな鰯を与えなくなりました。でも心の中ではこう考えているのです。あと何年も生きないんだから、たまには好きなものを食べてもいいんじゃない、人間だってそうじゃないか…と。いま右近はその葛藤で悩んでいます。愛息に魚を与えすぎたことを右近は今でもたいそう後悔しているので、やっぱり与えない方がいいのだろうかと。

人間ならば選ぶのは本人です。飼った猫にどんな生き方をさせるか、何を食べさせるかは、飼い主が決めることです。わたくしはるかの場合、幼いころは野山で狩りをし、自活していました。エサをくれる家を何ヶ所か持っていましたが、狩りはエサを求めるためだけでなく、とてつもなく面白いことであり、ハト、スズメ、コウモリ、モグラ、野ネズミなどを捕まえては食べていましたっけ。正直なところ、それら獲物はフードよりもずっと美味でありまして、捕まえる楽しみと人工のフードにはない美味しさがありました。そんなわけで獲物を仕留められない時に右近庵ほかに立ち寄って腹ごしらえをしていたのです。はるかちゃんは、ちゃっかりしてるね。腹ペコになるとやってくる。右近はそう言っていました。何度目かの妊娠で4匹すべてが育ちそうだったとき、右近庵に1匹ずつくわえて運び、物置きの下に住みついた時から、わたしは半飼い猫みたいな贅沢な暮らしになりました。右近は喜んで子育てを手伝ってくれました。それでもわたしは時々、狩りに出かけました。何と言いますか、それは猫という生き物の性(さが)とでも申しましょうか。やめられませんでしたね、狩り。子どもたちは少しも獲物を食べず、恐そうに遠くから眺めているだけでしたけれど。その後に魚というものの味を覚え、いたく美味しいものだと知りました。本音は食べたいですよ。でもね…・これ以上長く生きていても楽しみが無くなってきているし…。右近も悩むところでしょう。

あら、わたしとしたことが。元気にしていることをお伝えするだけのつもりが、ついお喋りをしてしまいました。では最後にわたしの希望を皆さんにだけお伝えしましょう。長い間わたしは生きてきました。でもあのダッコ様にはまだ4年と5ヶ月ほど足りません。右近は出来るだけ長くわたしに生きていてほしいのでしょうか。それとも適度に楽しみ、この場合は食べる楽しみのことですが、身体によくなくても、たまには猫らしく魚も食べさせてやりたいと考えているのかもしれません。敷地から出ることも無くなりました。トラトラグループも居なくなりました。今となれば意地悪をした小春でも遊びに来てくれればと思っています。えぇ、小春は元気にしているそうです。ご安心を。眠ってはまどろみ、庭で誰か来ないかと待ちわび、息子が帰ってくるんじゃないかと待ちわび、やがて家に入って右近のベッドで眠る生活は、幸せなのかどうか分かりません。右近は老猫の幸せは何かと常に考えてきました。体力が無くなった今、わたしも右近の思う暮らしが幸せだと思います。食べる心配がなく、安心できる場所に居ること。昔の賑やかだった頃、ボス黒と恋をしていた頃、子育てにいそしんだ頃、そんなことをうつらうつらまどろみながら思い出している時、わたしは確実に幸せなのだと思います。でも意地悪をしない猫仲間がいつも視界に入ればもっと幸せだと思います。

涼しくなりました。庭のレンガタイルの上でコロンコロンできるようになって嬉しいです。
それでは皆さん、ごきげんニャオ。2355、今夜は猫の日ですよ。   はるか=^_^=

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先日のはるかちゃん。せっかく気持ちよく眠っていたのに、私がまたカメラを構えて不機嫌に。リラックスして眠っていたのにパッと起き上がって身構えるところは野良ですね。野生ですね。私にさえも警戒心を今でも持つところ。そこが魅力のはるかさん、バリノラです。

はるかちゃんは首から上に黒い毛が多いサビ柄です。そのため離れた所から表情がわかりにくい猫です。特にこの写真は目のあたりがどうなっているか分かりにくいです。よ~くご覧ください。薄眼を開けてジッとこちらを睨んでいます。そう、これもヒョウタンツギっぽい。本当はまん丸の目で可愛いのに…。先日も医院で他の方から誉められました。目がまん丸で可愛いですねと。その方はご夫婦で高価そうな二匹の、それはそれは上品で可愛い猫さんを連れていました。私は生涯、野良専門。最後の野良猫が、野良の鑑(かがみ)みたいなこの可愛いはるかちゃんです。この庭で、彼女はきっと幸せなんだと思いたい今日この頃です。 右近あるいは

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2017年8月30日 (水)

「老猫の幸せ」とは

はるかちゃんは食欲が出て元気になりました。20歳という年齢で仕方が無いことだけど、今後、腎機能がさらに悪くなって行くことを考えると、チョッピリ悲しくなります。そこで彼女にとって何が一番しあわせなのかを考えました。答えは簡単、今までと同じ穏やかな日常を維持することです。人間同様に、穏やかな日常が一番の幸せなのです。

家人が居なくなって13年が過ぎました。以来、猫の世話を頼める人が居らず、私は何処にも行かず、用事で外出しても早く帰らないと、といつも猫のことばかり頭にありました。はるかちゃんが一匹になってしまってから、よりいっそう、その気持ちは強まりました。私が帰ってくるのをひとりでじっと待っているのを思うと、早く帰らなければと急いで帰ってきました。

あとどれくらい彼女と共に暮らせるのか誰にも分かりません。分からないけれど私は彼女が穏やかに幸せに毎日を過ごせるよう努めます。全幅の信頼を寄せてくれるこの猫の穏やかな暮らしを支えるためには、私自身も元気で世話が出来るよう努力しなければならないと痛感しています。命に限りがあることは人間も、その他の生きものすべて同じです。私も仕舞い支度を始めていますが、何を置いても私の少ない体力は、まず彼女の為に。そう思って暮らしていこうと思います。

近畿地方では数日前から少し気温が下がってきました。何と今日は大阪で最高気温32度の予想!ありがたい…。右近庵でも猛暑から、今は朝夕に秋の気配が感しられるまでになりました。庭では頑張り続ける蝉に混じり、夕方からは秋の虫の音も加わりました。涼しくなると寝る前の読書が楽しみになりました。世界は相変わらず物騒です。どうか何ごとも起こりませんように。皆さんが、世界じゅうの人々や生きものが、穏やかに平和に暮らせますように…。もちろん能天気に言っている訳ではありません。

はるかちゃんは私のベッドで眠っています。どんな夢を見るのかな…。=^_^=
それでは皆さん、ごきげんよう。    右近

※『右近トーク』に猫のことを掲載した時、同じ記事をこちらにも掲載します。ココにだけお越しの皆さんのため。落ち着けば『猫』も更新いたします。  良

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2017年8月26日 (土)

はるかちゃんが不調でした

こんばんは。ご無沙汰いたしました。
今週の初めに猫のはるかちゃん(20歳)の具合が悪くなりました。珍しく吐いてしまい、その後、食欲が無くなり、しんどそうでした。それで病院へ連れていきました。(車が大嫌いな彼女は大騒ぎして大変でした) 水分補給と栄養の輸液をし、血液検査もして貰いました。結果が昨日わかりました。検査項目の大部分は正常でしたが、腎機能の値が少し高めに出ていました。ついに来たか…。とガッカリする半面、クレアチニン3.6という値はそれほど重篤ではないので安心もしました。先生によると腎不全の4ステージで言えば1と2の間くらいとのこと。それも20歳という年齢を考えれば仕方が無い面もありますと仰いました。そして他の値や身体つきからとても20歳とは思えないとも仰って。(おっと、カエル登場。いつのまに入ってたのかなぁ…。コラ待て、ミニ緑丸。家の中だと乾いてしまうってば…。レジ袋を急いで持ってきてふわりとかけて捕まえたっと。君は外の方が向いてるよと出してあげました)

ご存じのように私は愛猫JJを2014年に腎不全で亡くしています。思い出すのも辛いのだけれど、彼を病院に連れて行った時、すでにステージ4と言われた時の衝撃は今でも忘れられません。猫は辛抱強い生き物で、具合が悪くても分かりにくく、気付いた時にはかなりの重症というケースが多くあるようです。幸いママのはるかちゃんはそれほど進んだ状態では無いので、出来るだけのことをして、少しでも長く生きられるよう私がまず頑張るぞと決意を新たにしました。経験から猫の腎不全に関しての知識はそれなりにあります。さっそく完全に「腎臓サポート」フードに切り替えました。これまでも高齢猫用を与えていましたが、腎臓サポートを中心にします。サンプルを戴いてきたものを与えると喜んで食べました。逝ったJJは腎臓サポート系の食べものすべてがダメな子で…。苦労しましたよホント…。はるかちゃんは大丈夫そうなので安心しました。今は元気にしています。あの子は何でもおいしそうに食べてくれるので、療法食に期待しましょう。

猫も飼い主も辛かった日々が甦り、また同じ辛さを味わうのかと思うと悲しくて。でも分かっているのです。どんな生きものともいつかは別れが来ることを。それならあと一年だか二年だか分からないけれど、最後の猫と決めた彼女を精一杯大事にし、可愛がりたいと前向きになりました。そのためには私が体調を大きく崩すことなく、頑張らなければなりません。正直なところ具合の悪い時は猫の世話が大変なときはあります。でもこれまでもやってきました。たいていのことは頑張れば出来るものです。そう、愛があれば何でも出来る。(^_-)-☆効果があるかどうか分からないけれど腎機能を改善する薬も飲ませ始めました。二人だけで暮らす毎日です。頼り合って暮らしてきた仲間です。特にはるかちゃんは右近庵へ越してきて最初に庭に居ついた猫です。20年を超える歴史を共に歩んだ相棒です。いつか来る別れの時まで悔いのないよう大事にしてあげようと誓った次第です。

皆さんはきっと私の具合が悪いと思ってくださったことでしょう。暑さにはほとほと参っておりましたが、大きく体調を崩すことなくやっています。ご安心ください。ありがとう。
明け方に物凄い豪雨になったあと、今日は今までにない涼しい一日でした。エアコンもつけなかったし、今は扇風機もつけていません。でも明日はまた大阪は35度予想とか。贅沢は言いません。どうか神様、せめて33度あたりで宜しくお願い致します。その辺が今の私の許容ラインです。暑過ぎる各地よ、早く涼しくなれ~。太陽が少ない各地に、陽光よ、ふり注げ~。一応、私からも願っておきます。

週末です。お休みの皆さん、ごゆっくり。
お仕事の皆さん、頑張ってください。
それでは皆さん、おやすみなさい。       良

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2017年7月20日 (木)

猫はもっと暑いです

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おはようございます。
猫好きの皆さん、ご無沙汰いたしました。サビ猫はるか(20歳)です。
今日も強い陽射しです。昨日の大阪の気温は35.5度でした。全国で最も高かったようです。人間は暑そうですが、猫はもっと暑いですよ。夏も毛皮を脱ぐことが出来ないのですから。

わたしの寝る場所はいくつかあります。ここもそのひとつです。はい、飼い主が寝ているベッドの足の方です。昼間は庭の木陰を求めて涼しい所で寝ていますが、夕方、家に入ってからは、風の通り道に置いている「猫の爪とぎ』の上か、ここで寝ています。わたしはエアコンが好きではないので、ついている時はここにいません。扇風機の‘そよ風’モードだけの時、私はここで‘そよ風’に当たるのです。そして眠ります。

暑くなると飼い主は毎年、散髪をしてくれます。わたしはそれが大好きで、チョキチョキやってもらっている間、おとなしくしています。チョキチョキの後はスッキリして、とっても涼しくなるからです。私はこんな模様なので、ガタガタに切っても目立たなくていいや、と飼い主は言いながら切ります。その通りで分かりにくいかもしれませんが、首の周りや後頭部の毛をずいぶんcutしてもらい、気持ちよくなりました。まだまだ飼い主は切るようです。背中とかシッポとか。何処へも行かなくなった100歳のわたしです。ガタガタに切られても、涼しい方がありがたいです。

これは昨夜、飼い主に撮られたものです。せっかく御飯のあとの洗顔をしていたのに、またカメラを向けられて…。ニガテなんですよね、カメラ。「いい子だね」と言われて少しだけじっとしてあげたら、撮ったあと飼い主は大喜びをし、「ありがとう。いい子だったね」と、頬にキスしてくれました。後ろのクッションは亡き息子に似ているからと飼い主が海外から購入し、大事にしているものです。クションという正方形の事情で仕方がないこととは知りつつも、彼はもっと耳が立派だったんだけど…と言いながら、抱っこしては彼と話しています。もちろんわたしにも、これは息子に似ていると見えています。ホラとクッションを差し出されると、わたしは目を細めるのだそうです。彼は飼い主にもわたしにも、とっても可愛くて大切な存在でした。

昨日、広い地域で梅雨が明けました。今日は右近庵もカラッとした夏の天気です。
熱中症に気をつけて、お元気にお過ごしください。
それでは皆さん、ごきげんニャオ! =^_^= sun

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2017年5月22日 (月)

猫のはるかですが何か?(No.4)「はるか的日常」

はるかです。猫属、猫科、猫。20歳のサビ猫です。皆さん、ご無沙汰いたしました。
今日は息子の月命日です。21日がダッコ様、そして22日が愛息JJ。わたしも右近もこれらの日は思いを馳せて仏様に手を合わせます。右近は今でも毎日かれらに話しかけていますよ。

すっかり初夏になりました。真夏の様な強い陽射しの日もありますね。わたしたち猫は年じゅう毛皮を来ているので、夏はたまりません。今日も庭で過ごしましたが、朝からジリジリと照る太陽に、此処にも長くは居られなかったです。日陰を求めて庭を移動する季節になりました。わたしも右近と同じで敷地の外へは行かなくなりました。かつてはブイブイ言わせていたわたくしではありますが。いえ狩りにですよ狩り。あぁ、あの頃がなつかしい…。

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手前のイチゴは大きな実を付けましたよ。そろそろ実は終わりでランナーを伸ばし始めています。この場所は、あまりに多いイチゴの子株を植えきれず、急きょ作ったイチゴ畑です。イチゴは4箇所の小さな畑と、大きめのプランターに5個くらいあるでしょうか。朝夕、右近はイチゴ農家のようにシーズン中は忙しく作業をしています。せっせと摘んで、今年も苺ジャムを作るようです。

先日は庭のメンテの件でショックを受けたようで慰めてあげました。ところが右近は翌朝、ガバッと起きるや庭へ出て、いきなり草抜きを始めました。何と言いますか、あの人は何でも判断するのがスピーディ。はい、行動的。病弱系なのにです。それからというもの、朝に夕に芝と向き合い、黙々と雑草を抜いています。朝夕で2時間。昼もやる日は3時間、この2日間のように暑い日は、相撲が終わり、陽が落ちて暗くなるまで1時間半ほども草抜きや庭の手入れをしていますよ。あの人がこれほど動けるなんて、わたしも驚いています。

明日には芝刈り機や芝用の除草財などが届きます。物置きの中から噴霧器を出して来て、それはもう、やる気満々の右近です。今日、「ホラ」と見せてくれた細めの腕に、なんと力こぶが出来ているではありませんか!元からあの人は細マッチョでしたが、わずか1週間ほどの肉体労働で、久しぶりに力こぶができたとゴキゲンです。今日も庭や家の中だけで6000歩以上も歩いてると自分で驚いていましたよ。あしたはマシンで走るのだそうです。

庭で作業をしている間、私はそばで見ています。ときどき応援のスリスリなどしてあげたりもします。わたしはよく庭でひとり遊びをしたものですが、あの人も負けず庭でのひとり遊びが大好きのようです。庭で働きながら右近はわたしに話しかけます。猫なので人間の言葉で答えてあげられず、舐めたりスリスリして応えています。

「はるかちゃんは幸せかい?」

庭でわたしに尋ねます。そう尋ねるのは右近が幸せを感じている時なのです。

「一緒に長く生きようね」
「もちろんですとも」

わたしは目を細め、まるで母猫のように恋人のように、あの人を見つめてそう答えます。

それでは皆さん、ごきげんニャオ! 
あしたは稀勢の里が勝ちますように…。 おやすみなさい。      はるか

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2017年4月12日 (水)

桜の話は『右近トーク』へ

こんばんは皆さん。なかなかこちらの更新ができず申し訳ありません。

桜の話を「右近トーク」に書いています。今回は連載になります。
体調のよい時に文を書く時間が取れるようになりました。

宜しかったら、あちらにもご訪問ください。 
今日は真央さんのことを書きました。          良

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2017年3月23日 (木)

「はるかさん」が喋っています

『右近トーク』で、はるかちゃんが喋っています。あちらへ私がなかなか行けないものだから。

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2017年3月17日 (金)

『猫のために』下した決断とは

それは神戸の「隠れ家」に何年かはもう行かないということです。
そのために家財をすべて搬出しなければならなくて、とっても大変だったのです。

なぜそう決めたかというと、はるかちゃんが高層マンションにどうしても馴染めないからです。私には居心地がよい場所でも、はるかちゃんには苦手で嫌いな場所で、心から落ち着くことができないのです。そのせいか前年は冬に2ヶ月間ほど滞在した時に、ストレスからか血尿を出すなど病気になってしまいました。病気などしたことがなかったので心配しました。以後は連れて行けないのでマンションには出向けず、せっかく手に入れたのに放置せざるを得ない状態になっていました。それで家財を搬出し、部屋を空にしました。今後は隠れ家をどうするのか考えているところです。おそらく賃貸に出すことになると思います。

そんな訳で今、右近庵は箱だらけです。それよりも凄いのは玄関ドアを開けたらドカンと真新しい冷蔵庫が鎮座まします状態であります。箱を運びこんだ和室はまるでNewYork。段ボール箱のSkyscraper(摩天楼)が競ってそびえ立っている状態です。廊下はカニさん歩きでしか通れません。頑張りすぎて未だ疲れが取れず、その上マンションの今後を依頼した会社が実にいい加減だったので他の会社に依頼し直したりと、続けざまに大変なことがギュッと短期間に起こりました。あぁ、しんどかった。

簡単に言うと、こういうことです。そんな訳でとっても多忙だったのです。2週間の間に神戸と右近庵を5往復もしていたり…。よくあんなことが出来たなぁなんて。思い出してもしんどくなるよ。でもはるかちゃんは喜んでいます。もう行かないから安心してねと言ったら目を細めていました。留守番はとても寂しかったと思います。今後の暮らしは、この子を一番に考えることにしました。これが猫と共に生きてきた私の下した決断です。 これでいいのだ。
=^_^=heart01 (^.^)

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2017年3月16日 (木)

チョットマッテクダサイ

お越し下さりありがとう。
今日も多忙でした。
とても疲れているので、明日かならず喋ります。ごめん。  良

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2017年3月 1日 (水)

あと少し

昨夜から神戸入りして用事を済ませ、夕方に帰って来ました。
あと二回ほど行き来すれば一段落します。

今日は、ツンデレはるかさん、とっても喜んで迎えてくれました。よほど寂しかったのかな。もう少しで終わるからねと話して聞かせると、分かったというような顔をしました。

猫の柄では人気の低いサビ猫は、実はとっても猫として優秀なのですよ。まず丈夫、それから人なつっこく賢い。と三拍子そろっている猫が多いと言われています。ご存じのように三毛猫と同じでメスしかいないのもサビ猫の特徴です。はるかちゃんは私が話すことをしっかり目を見て聴いています。返事こそしないけれど、いつも全部分かっているように思います。

いま私はかなり疲れているのだと思います。その感覚があまりないけれど。
今日は早めに休みます。少し早めの「おやすみなさい」。      良

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2017年2月26日 (日)

猫で決断

こんばんは。
何かと忙しくしています。皆さんはお元気ですか?

猫の日には、なつかしい画像を再度upしました。私のお気に入りの一枚であるJJの写真です。撮り続けたJJの写真が最も多く、彼はまたポーズを取ってじっとしてくれるので、いいのがたくさん撮れました。私の愛しい「猫モデル」でした。

けさ私が帰ってくると、はるかちゃんはひとりで庭を楽しんでいました。家に入ってきてもあ素っ気なくしらんぷり。好物のフードをあげても少し舐めて立ち去って行く。怒ってるな。あとを追いかけて私も庭へ。そっと缶づめをそばに置く。舐めてねと言ってそこを立ち去り、カーテンの陰から見ているとすぐに舐めはじめる。ツンデレはるかさん、好きだなぁ。ボス黒が惚れたはずだ。あの最強のオス猫の彼がベタ惚れだったもんな。

ところで私はまだ皆さんとの約束を果たし切れていませんね。結局、なぜメス猫が立ち去るのかについては何も答えが見つからず、その代わりに庭猫女子たちのスゴイ話を皆さんにお伝えしようと思っていたのに、それもまだできていない。いろいろ喋りすぎて本題から離れてしまっているね。なぜJJが一番の忘れられない猫なのかについてもまだ語っていないしね。

あと2週間すれば時間が取れるかな。その頃には、それらのミッションも遂行できるのではないかと思います。今日のタイトル『猫で決断』の意味もその時に話しましょう。また私は猫中心に考えて大きな決断をしましたよ。(^_-)-☆

明日は急いでフキノトウを摘まないと。
一段落したら「猫で決断」したことについて語ります。

それではまたね。             良

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2017年2月22日 (水)

Happy Nyan Nyan!!

 ボクはJJです。

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今日は猫の日なんだ。

だから空の猫の国もにぎやかだよ。歌ったり踊ったり、ネズミ捕り競争やモグラ捕り競争もやってるよ。ボク? もちろん優勝だよ。ネズミ捕りもモグラ捕りも大得意。こんな競技なんかじゃなくってね、夜が更けると巣穴を探してずっとそこでスタンバイ。朝方に出てきたら捕まえる。長い間まっていて、やっと出てきた時に捕まえる。それが僕の得意技だったんだよ。

なんだろうなぁ。おなかがすいている訳じゃない。でも野ネズミはおいしいね。モグラはまずいんだ。えっ? 甘いフェイスでそんなワイルドなことをしそうな猫に見えないって?だって獲物を狙って狩りをするのはボクたちの本能なんだもん。楽しかったなぁ、右近庵近辺での狩りはほんとうに。夜が明ける頃、にゃおにゃおにゃお~と雄たけびをあげて凱旋さ。飼い主はすぐに跳び起きて戸を開けた。そして言ってた。「おかえり~、JJ」ってボクを抱きしめた。そして暖かい布団でボクも眠った。

猫の日には御馳走だったよ。アジや缶詰や、おいしいものばかり貰ったよ。
ママも今日、そちらの世界でおいしいものを貰っていたね。ボクは何でも見えるんだよ。いまボクを見つめているあなたのことも見えているよ。あなたはきっと優しい人ですね。飼い主はまだ悲しい時があって困ります。何だかぶつぶつ嘆いていたら聞いてあげてくださいね。よろしく頼みます。

では、そろそろパーティーに戻ります。女の子たちが待っているからもう行くね。この毛布まだあるんだね。なつかしい毛布。暖かかったよ。では行きます。得意のジャンプで空へピョ~ン!! Happy Nyan Nyan !!!

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2017年2月10日 (金)

老猫の食餌にひと工夫

こんばんは。一週間ぶりに出てまいりました。
けさ起きると庭が真っ白。はるかちゃんも眺めてタラ―っとなっていました。
彼女は雪が苦手です。猫はみんなそうかもしれません。

皆さんは老猫のエサはどのようにしていますか?私は自分なりの工夫をしています。今日は長く生きて元気に暮らす猫に与えている食べものに付いてお知らせしましょう。
では、はるかちゃんの食餌から。

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これは3種類のフードを混ぜて平たい円形にして冷凍したものです。
直径は4~5㎝です。大きな猫や若い猫さんならもう少し多くてもいいですね。
冷凍できたらチャック袋や密閉容器に入れておくと便利です。

この時はモンプチのテリーヌ(1缶)、レトルト2種「ねこ元気20歳」、「カルカンまぐろ18歳」。ボウルで潰すようにして混ぜます。それからスプーンでトレ―に丸く落としていきます。平たくするのは解凍しやすくするためです。1回の食事は1個です。小鉢に入れてレンジで25秒ほど温めます。これに水か湯を大さじに1~1.5杯入れ、更に粒を押すようにして混ぜると食べやすそうです。温めすぎると煮立って味も質も変わるので気を付けて下さい。

はるかちゃん(20歳)は、これを1日に2回、あるいは1回がこれで、もう1回はアイシアの「健康缶・まぐろorカツオ」にする日が交互になります。

あとはドライフードです。ピュリナの15歳以上、銀のスプーン三つ星グルメ18~20歳用、Sheba15歳以上、モンプチドライ仔猫用、ロイヤルカナンPHコントロールなどを混ぜて味に変化を持たせています。若い時よりも一度に食べる量が減っているため、ドライはいつでも食べられるよう器に少量を入れてあります。彼女は夜中にカリカリよく食べています。

その他は鮮魚です。小アジ、小さい鰯など私も好きなのでよく買う小さめの魚を、ナマかレンジにかけて与えます。これがいちばん喜びます。しかし与えすぎるとよくないので、たまにです。買ってきた日に1匹ずつバラ凍結しておくと便利です。猫は味に飽きると言います。年をとり、狩りなどの楽しみも半減しているので、飽きない猫ごはんを心がけています。ちなみに彼女は腎機能は正常値、筋肉でプリプリやなぁと獣医さんを驚かせましたよ。

次回はダッコ様の食事について書きます。
暖かくなさってください。 おやすみなさい。                  良

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2017年2月 3日 (金)

節分のイワシ

こんばんは。
節分ですね。明日からもう春だなんてね。
でも庭のフキはもうフキノトウを出しているのもあって、陽射しにも少し春を感じます。

併設の『右近トーク』にいま記事を書いてきたところです。珍しくココアを入れて飲んでいます。夜には珈琲や緑茶は控えるようにしています。昼間は珈琲、紅茶、緑茶とひっきりなしに飲みます。なぜなら私は唾液がまったく少なく、舌や喉や口内が辛くなるからです。昨年の後半から唾液不足が深刻になり困っています。今の悩みは舌がひび割れて痛むことです。っとっと、ここは猫のことを書くブログでした。失敬。

先ほども節分の日の猫たちのことを書いてきたところですが、もちろん皆さんにも。
私は節分にイワシを食べることを守り続けてきました。邪気を払う目的でイワシを焼く煙や匂いが効くと昔の人は考えたのですね。豆で鬼を追いやり、匂いでも寄せつけない。それが昔の人たちの考えた魔よけでした。

この節分の習慣を喜ぶのが猫たちです。いろいろな所からいい匂いが漂ってくるのですからたまりません。ソワソワ、ウキウキ、猫たちは落ち着かない様子でした。なにコレ、いい匂い~。な、なんだこれは、クンクン、イワシだな。などと私が焼くイワシの匂いだけでなく、其処ここからいい匂いが漂ってくるので猫たちはたまりません。せっかちな子は走り出してしまいます。かれらは私だけでなく、他にもスポンサーが居るようなので、先にそちらへ行く子もいました。急いで食べてイワシの頭を柊(ヒイラギ) の枝に挿して置いておくと、いつのまにか無くなっているのが常でした。どの子が食べたのかな。そんなことを考えるのも楽しいことでした。

今日は食べ残った頭をはるかちゃんがバリバリ食べていました。最近は夜中にお散歩に出かけて一時間くらい帰ってきません。狩りにはまだ早いのに何処へいくんだろ。もしかしたらこの子も別のスポンサーがどこかに居るのっ?!えっ、二股?三股? (笑) 彼女は若い頃、ほとんど家にいませんでした。帰ってくると何だかいい香りをさせていたり…。若い女性が使うようなコロンのような。(笑) 今はもう殆ど家の中か庭です。ただ、春を感じるのか、最近の真夜中の謎のお散歩が気になる私です。たぶん春からの狩りのために調べに行くのだと思います。野ネズミやモグラの巣を調べに行っているのでしょう。猫の童話の様な話でしょ? ワイルドな、はるか婆ぁです。

節分のことを書いている記事をリンクしておきます。宜しかったらお読みください。
『右近トーク』    それではおやすみなさい。あしたは暖かいようでです。

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2017年2月 1日 (水)

裏庭工事と桜の移設<その2>

こんばんは。もう2月になりました。
今日は早めに出てきました。晩御飯を済ませてくつろいでいました。
さっそく昨日の続きを書きます。指は少し楽ですが指先の感覚はありません。、軍手をはめているので打ちにくいです。頑張ります。(^_-)

ガレージを掘ったあと裏の塀を高くし、ノリ面に残土を入れて裏庭が出来たと話しました。二匹の眠るそばの桜は大きく成長を始めたところまででしたね。ところがある心配が浮かんで来るようになりました。遊歩道から高さが3メートル近いブロック塀の接続部分の数か所にひび割れを起こし、上から遊歩道を見おろすと、ブロックの基礎部分よりも上の方が前へせり出していることが判明しました。大量の土砂を入れた重みで、最初は垂直に立っていた塀が、10年の間に土は流れ、その圧力で上部が向こう側へ押され続けた結果、傾いてしまったのです。私が気付いた後に両隣のお宅からもご親切に知らされました。最近は和歌山で小さめの地震がよく起き、此処も揺れを感じることがあります。気候のいい時は遊歩道を歩く人々がいます。もしも地震で倒壊した際、人に被害を与えては大変だと思い、工事を請け負って下さった庭の業者さんに改善をお願いしました。庭仕事がシーズンオフの冬場にとのことで、工事が年末から週に2度くらいのペースで現在おこなわれています。

土を搬出する前に桜の移設が必要となりました。そこで昨年のクリスマス・イヴの日に桜は裏庭から庭の方へと移設が完了しました。桜は想像以上に太い根を地中に延ばしていました。更にその根からまた根が伸び、裏庭の両サイドを無数に走る根も多数ありました。根元からすぐに二股に分かれた幹の片方を切り離して太い方を残し、大きく腕や手を広げた枝は殆んど切り落とされて丸裸になった桜は寒そうに新しい場所に真っすぐに立てられました。私は桜に申し訳ない気持ちでした。あれだけ大きくなったのに、また最初からです。頑張れ。震災や津波で生き残った桜もあったことを思い出し、きっと甦ってくれると信じて毎日眺めています。年が明けて土の搬出をする際に、裏庭に3匹の猫が埋まっていることをお知らせし、もしもその場所も掘らなければならない場合、骨が出てきたら取っておいてくださいとお願いをしておきました。そして二匹の骨が出てきたことはすでに書いた通りです。

もう1匹は黒猫で、大きくなってからやせ細ってこの庭にやってきました。クロ君と呼んでいました。来た時に調べてもらったらすでに白血病とエイズでした。食べものをあげるとおいしそうに喜んで食べるのに、食べたすぐあとに噴水のように吐いて可哀想でした。クロ君はトラ吉にいじめられてばかりで、私はギャッと聞こえると、はだしで飛び出して「コラッ!」とトラ吉を叱っていました。やさしいJJはクロ君が居ても仲良くし、クロ君はJJが大好きでした。いつもそばで一緒に日向ぼっこをしていました。そのクロ君も死に場所を此処と決め、亡くなる前日にフラフラでやって来ました。もう何も食べませんでした。家の中は嫌がり、庭へ出たがったので、彼の好んだ生垣の下で静かに息絶えました。そのクロ君は桜から少し離れた所に埋めたので、そこは掘らずに済みました。工事が終わればそのあたりに埋め、3匹の合祀としましょう。庭の土は業者さんのお陰で、ずいぶん搬出されました。あとは塀を低くする作業に、まだ業者さんは来られます。

そんな事情でこの冬は神戸に行けず、寒い右近庵にはるかちゃんと滞在しています。はるかちゃんは寒くても此処が大好きなのでご機嫌です。まだ息子が帰ってくると思っているのか、起きたらすぐに外へ出て、日なたの場所からじっと裏庭へ続く扉のあたりを見つめています。JJがいつも裏庭に居て、おなかがすいたら庭へ戻り、家の中に入ってきた記憶がまだあるのでしょうか。私も毎日何度かはJJの名を呼ぶので、どこかで生きていて、帰ってくるかもしれないと思っているのでしょうか。二匹は一緒に大好きな庭や裏庭に居たものです。思い出すとチョットなつかしく、チョット悲しいです。

こういう理由で桜の移転や改修工事が必要になり、猫たちのお墓にも及んでしまいました。お分かりいただけましたか?

また寒波のようです。ところでこのブログには山形、秋田、石川など寒く雪の多い県の皆さんがよくご訪問です。私も一度だけ真冬の青森へ行き、その物凄い寒さと地吹雪に驚きました。関西に住みながら、此処は寒いと言うのが恥ずかしくなります。(でも大阪府では最も寒と言われる所です) もっともっと寒い所にお住まいの皆さんのことを想って頑張らないと。

今週は気温の変化ががめまぐるしく、体調維持が大変です。
皆さんもお気を付けください。それでは今夜はこの辺で。暖かくして下さいね。  良

追記 登場する猫たちの関係は当ブログ掲載の『日なたの小春』をお読みになればよく分かりますよ。右サイドバーからお読みになれます。

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2017年1月31日 (火)

裏庭工事と桜の移設<その1>

こんばんは。今夜も遅くなりました。
私もネコ属ネコ科の生きものなのか、夜の方が元気です。膠原病をもつ者は朝がきつく、身体が動きません。朝食後、ステロイド剤を飲んでそれが効いてくるまで、まともに動けません。しかし日によってはすぐに動きだせる時もあります。そんな日は体調がとてもいいことが判ります。今は比較的いい方です。とりわけ夕方くらいから調子がよくなり、夜更けまでゴソゴソ片付けたりしています。

きのうの続きですね。その前にお詫びです。
私はこうしてつらつらと喋っていると元気だと思われるようですが、そうでもありません。発病から20年を過ぎ、不自由なことがずいぶん増えてきました。ブログの更新も滞りがちなのも、私の進行してきた症状がその理由です。パソコンに関しては目が長く使えないこと、キーを打つのに困るのは、冬季に悩まされる手指の症状です。いま私の手指は腫れています。あまりに腫れて、きのうはコブシを握ることが出来ませんでした。今日は腫れは少しひきましたが、第2関節から先は力が入らないことは冬の間じゅう続きます。それぞれの指に力が入らず、一番力が入れやすい中指だけで打っています。したがって私の眼はキーボードを見つめる時間が長くなります。両手とも中指だけで打つ為に、ただでさえ間違いがよくあるのに、年々文字の間違いがふえてきました。長く打つと目も指も疲れるので急いでアプロード。翌日に読み直すと間違いだらけ。そんなことがよくあります。申し訳ありません。今日も中指君たちだけで頑張って打ちます。あとの指はもう眠っているようです。

なぜ桜の木を移設し、その横に埋めた2匹の猫たちの遺骨をいったん回収したのかについてのお話しをします。さかのぼること10年、2007年のことでした。ガレージをもう1台分ふやすことになりました。同時に庭の向こう側にあったノリ面の防犯工事をすることにしました。家屋の裏は小さな山々が連なり、そのふもとには田んぼや畑が段々になってあります。住宅街の端にあるので眺めはよく、借景は抜群の立地なのですが、ただひとつ防犯上の不安がありました。この住宅地は造成時に強健な土台で固めて高さを揃えていますが、その下方に遊歩道があります。その遊歩道からノリ面を登ると庭まで登れることから、入居当時より心配でした。そこで考えたのはガレージ工事で掘る瓦礫や土砂をノリ面に運び入れ、遊歩道からは登れないように塀を建てるということでした。その工事を請け負ってくださったのが今もお世話になっている庭の業者さんです。夫が急逝して3年ばかり経った頃のことでした。

出来上がった塀は3メートルほどの高さがあり、ノリ面は傾斜のない平らな土地になりました。瓦礫の上に正土を敷いてくださったので、サツマイモを植えて収穫したり楽しみました。10年前はまだ元気でそんなこともしていました。ホームセンターで桜の苗木を買ってきて植えたのもその頃です。家を持ったら植えたい木がいくつかあり、桜もそのひとつでした。880円の細い苗木が果たして咲くようになるのだろうか。そんなふうに思いつつ、咲いて欲しいと願って植えました。最初の数年は花が付きませんでしたが、初めて小さな花を付けた時には喜びのあまり写真を何枚も撮りました。一方、徐々に進む症状に体力が衰え、夏場の水やりが大変になりサツマイ作りは程なく辞めました。裏庭は若い桜が1本あるだけの雑草の花々がみごとな野原になりました。桜を植えて4年後の2010年秋、トラ吉を桜のすぐそばに埋め、お墓を造ったのでした。

目と指がきつくなってきました。今日はこの辺で置きます。
昨日の暖かさは何処へ行ったのでしょう。また寒くなりましたね。
続きはまたあした。暖かくしておやすみください。      良 

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2017年1月30日 (月)

交通事故死したシャム吉のこと

こんばんは。今日は最高気温が14度ということで暖かい日でした。今の室温は10度。これだけあれば私は暖房が必要ありません。オイルヒーターをつけた日でも、何故か10度以上は室温が上がりません。鉄筋とはいえ古いので、見た目と違って何処からも隙間風が入ってくるので上がらないのです。もちろんカーテンや隙間テープで対策はいろいろ講じていますが何故か10度止まりです。昔の住宅は気密性が低く、それがいちばんの欠点です。

さて、昨日の話で補足があります。シャム吉君のことです。
ある夜、車での帰途いつもの道路が渋滞しています。ふだんは渋滞など無い場所なので不思議に思いました。前方を見ると前の車はみな何故か右側へ大きくハンドルを切って何かを避けているようでした。私の車がその場所まで進んだ時に判明しました。道路の真ん中に大きな猫が横たわっており、それを避けるように車がそのような動きをしていたのです。私はとっさに判断し、20mほど先にあるケーキ屋さんの駐車場に車を停めようと考えました。まだ生きているかもしれない。そう思ったのです。

車を停めると何か包む物は無いかとトランクを探しましたが何もありませんでした。仕方なく急いで猫の居る所へ戻りました。そこは信号のある横断歩道の手前でした。相変わらず横たわる猫をよけてノロノロ動く車の列に、赤に変わるまで待てない私は手を上げて道路へ進み出ると、近づいてきた車に頭を下げました。すると車は止まってくれました。郵便局の車でした。私は膝をついてしゃがむと猫を抱きあげました。可哀想に…。目が飛び出していました。出血は特に見られませんでしたが、すでに呼吸はありませんでした。

大きなシャム猫を抱きあげると止まってくれた車にまた頭を下げて駐車場に急いで戻っていきました。人々が横眼で見ながら通り過ぎる中を私は小走りで戻りました。トランクに乗せ、水銀灯の灯りで猫をよく見ました。もう死んでいる…。おなかも動いておらず、口からも鼻からも息は感じられませんでした。口からは、わずかな出血がありました。すでにあたりは暗くなっていました。この猫はどれくらい前に撥ねられたのだろう。今すぐにどこかの医院に連れていくべきだろうか。いろいろなことが頭をめぐりました。しかし、どう見てもすでに手遅れのように見えました。迷った末に私は家に向かいました。

家の中に連れて入り、明るい所でじっくり見ると、やっぱりもう完全に息絶えていました。可哀想に、可哀想に。猫が飛び出して避けられずに撥ねてしまったとしても、どうしてそのまま走り去って行くのだろう。撥ねた人間に激しい怒りが込み上げてきました。その猫は可愛がられていたのでしょう。青い首輪をし、まるまると太っていました。事故に遭わなければまだまだ元気でいたと思われる立派な猫でした。シャムの雑種か血統書付きのシャム猫かもしれません。きっと大事にされていたのでしょう。可哀想に。

私は飼い主さんのことを思いました。可愛がっていた猫が帰って来なければ心配だろう、夜も眠れないくらい心配だろうと案じました。かと言って私の自宅からは離れた所で事故に遭ったその猫の飼い主を見つけることは至難の技だと思われました。そんなことを考えているうちに猫の身体が冷たくなってきました。私は猫を箱に納め、猫の好きなものと花や線香を入れて般若心経を詠みました。知らない家に来てしまったね。ごめんね。でも君はもう苦しみから解放されたよね。明日、トラ吉君の隣に埋めてあげるからね。口元の血を拭き、そう言って箱の蓋を閉めました。そして翌日、彼をシャム吉と名付けてトラ吉の隣に埋めました。

昨日、二匹の骨が出てきたとのことでしたが、そのまましっかり残っていたトラ吉とは違い、シャム吉の方はバラバラで形が無くなっていたと聞きました。おもに室内飼いの猫だったのかもしれないし、年齢もいっていたのかもしれません。大地を逞しく歩き、闘い続けて生きてきた猫とは骨格も筋肉も異なるかもしれません。トラ吉はノラの一生を謳歌して12歳で逝きました。その猫はどんな暮らしをしていたのだろうと思いを巡らせました。

.彼が事故に遭った日は確か春先で、そろそろオス猫たちがメスを求める時期でした。そういう時はふだんはおとなしい猫たちも本能のままに外へ出て道路へ飛び出してしまい、事故に遭ってしまう猫も多いと聞きます。外に慣れていない猫ならば、危険度はさらに増します。それにしても撥ねておいてそのままとは赦しがたいことです。いえ、人間ですら轢き逃げ事件があとを絶ちません。道徳心のない人間がふえて困った世の中になりました。

不思議な縁で結ばれた二匹のオス猫たち。今朝も彼らに声をかけました。今夜も『おやすみ』を言いましょう。もしや飼い主さんはまだこの子を待っているのではないかとふと考えました。大丈夫ですよ。強くて優しいトラ吉と一緒に居ますよ。それに召された猫たちはすでに天国でまたイキイキと動き回っていますよ。遊んだり、日向ぼっこをしたり、メス争いもしているかもしれません。大丈夫です。そこは猫の世界で車なんかありません。猫たちの極楽浄土です。シャム吉君を送る役目を担った不思議な縁を、私は生涯忘れることはありません。君を抱いて走った時のあの重みとともに忘れないからね、シャム吉くん。

なぜそんなに可愛い子たちが眠るお墓を動かさなければならなかったかについては明日、お話しいたします。桜にしろ猫たちのお墓にしろ、やむにやまれぬ事情での決断です。それでは皆さん、おやすみなさい。また冷えますよ。暖かくしておやすみください。 良

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2017年1月29日 (日)

桜の木と、2匹の猫の遺骨

夜分遅くなりました。ごめんなさい。
今日は予定を変更し、トラ吉の話をします。先ほどまで彼の思い出に浸っていました。こんなことがありました。
今、右近庵と呼んでいるこの住居の裏庭の工事をしているところです。そのため裏庭の土を掘って大量に運び出す作業をして頂いています。いつも庭のメンテに来て下さる業者さんです。訳あって樹齢10歳になろうとしている桜の木も昨年の12月末に裏庭から庭へ移設して頂きました。移設後に桜の木があった場所を見ると、驚くほど太い根っこが方々に伸び、そこから更に何本もの根が縦横に走っていました。その桜はホームセンターで買った880円の苗を植えたものです。年々大きくなって花もたくさん付けるようになり、枝を広げて立派な木に成長していました。やむにやまれぬ事情で移設をおこない、今はわずかな細い枝だけ残してじっと休眠しています。春になって新芽が必ず出てくれると信じて待っているところです。

その桜の木の根元にこのあたりのボスであり、この庭を治めていたトラ吉を私は埋葬しました。花のそばが嬉しいだろうと思い、2010年10月に逝ったトラ吉を、植えて3年の若く細い桜の木のそばに穴を掘って埋めたのです。そこだと分かるようにレンガで囲った簡素なお墓を造ってやりました。それからは裏庭に行くたび「トラ吉、元気?」と声をかけていました。そのお墓のある場所も土を出さなければならなくなり、業者さんには猫の骨があるので、出来るだけ全部を取っておいて下さいと頼みました。そして今日、業者さんから聞きました。骨はありました、しっかりした骨ですよ、とりあえず工事が終わるまで器に土ごと入れて入れておきました、と報告がありました。

埋めて7年の月日が経っていました。それでもトラ吉の骨はしっかりしたもので、頭蓋骨はそのままあったということです。それを聞いて私は何とも言えない嬉しさに胸が熱くなりました。さすがトラ吉だ、このあたりのボスだった強い猫である彼は、土の中でも逞しく、崩れることなく眠っていたのです。業者さんはさらに付け加えました。背骨の所に桜の根が貫通していたんですよ、と。それを聞いた途端、やっぱりかと私は思いました。トラ吉を埋めてから、桜の幼木は急成長して春が来るたび花の数を目覚ましい勢いで増やしていきました。これはきっとトラ吉が咲かせているに違いない。私はそう思っていたのです。

今、仮に器に入れていただいたトラ吉の遺骨が土と共にそばにあります。実はその中に彼の骨だけではなく、もう1匹の猫の遺骨も混じっています。その猫はトラ吉を埋めた後、車に跳ねられて即死状態だった大きな猫を連れ帰って埋めた「シャム吉」君の骨です。その子はきっと飼い猫で、首輪をしたシャムが混じった雑種(あるいは血統書付きのシャム)猫でした。トラ吉のすぐ隣に穴を掘って眠らせてあげたという縁の猫です。事故に遭って可哀想に。当時、飼い主さんは探しているだろうなと心を痛めました。抱いた時はまだ温かかったけれど、もう息をしていませんでした。片目が飛び出し、即死の状態でした。連れ帰ってしばらくすると死後硬直が始まりました。その猫を隣に埋める時、掘りながら私は喋っていました。トラ吉君、新入りのシャム吉君だよ、仲良くしてあげてねと。ガッテンだ。任せておけよ。とトラ吉は答えました。2匹の大きなオス猫たちが咲かせるきれいな桜の花を、毎春、私は懸命にカメラに収めました。

裏庭の工事が終わったら、またどこかにお墓を造ってやるつもりです。出会うはずも無かった2匹の立派なオス猫たちを一緒に合祀してあげたいと思います。これらの猫のこともこのブログのどこかに書いています。また、2011年10月下旬にはトラ吉の一周忌と題してシリーズで文章を書きました。今日、その部分を読んでいると当時のことがなつかしく思い出されました。
このブログは猫たちと植物たちの記録を目的に作成を始めましたが、いくつか運営してきたブログの中で私が一番好きなブログです。大好きな猫と花だけを語る場だからでしょう。お客様の数は併設のブログには及ばない少数の皆さんですが、私自身が最も穏やかに、安らぎを感じながら心地よく書いているブログです。いつもご訪問ありがとうございます。皆さんのお顔は分からないけれど、あなたに語りかけているつもりです。

トラ吉の臨終は2010年10月です。一周忌の2011年10月下旬にさかのぼってもご覧いただけます。トラトラfamily華々しき頃の画像も掲載しています。宜しかったらご覧ください。それでは今夜はこの辺で。おやすみなさい。 良

☆トラ吉一周忌の記録(シリーズ)  シリーズは<No.1~6>に付き<1>からお読みください。

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2017年1月28日 (土)

ひなたで眠る幸せ

関西では、ここ2日間、太陽が射して昼間は暖かい日でした。
猫は太陽が大好きです。はるかちゃんは庭でお昼寝。サビ猫は外では保護色。白黒のJJは何処に居るかすぐに判ったけれど、はるかちゃんは探すのにひと苦労。特に冬枯れ色の庭では特に見つけにくいです。そのうえ太陽の動きに合わせて何度か移動しながら陽射しを楽しむので、さらに発見が困難です。今日は午前から庭の業者さんが来たので早々に家の中に入ってきました。これはきのう撮影の画像です。冬の日だまりでネンネのはるかちゃんです。sun

猫は自分が幸せだとか不幸だとか考えないけれど、お日様のもと眠ることは間違いなく幸せ。どんな境遇の猫も間違いなく幸せ。どんな動物もきっと幸せ。お日様は平等に生きものを照らして暖かくしてくれる。もちろん人間という生きものも。

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いくつかの話が途中になっています。私の体調もよくなってきたので、また書きます。覚えているのはダッコがなぜ王様か、私がなぜJJを特別に愛したのか、庭の猫たちはなぜメスまで居なくなっていったのか、この三つです。今日はこれで置きます。明日、また出てきます。いつもご訪問ありがとう。それではこれで。 良

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2017年1月22日 (日)

「J.J」の命日

今日は愛するJ.Jの命日です。2014年の今日、彼は逝きました。3年が経ちました。
お気づきのように、だっことJJの命日は1日違いです。だっこは2012年、その2年後にJJが天国へ行ったのです。
私はまだ喪失の哀しみから立ち直っていません。おそらく私が逝くまで立ち直ることはないのでしょう。猫たちのアルバム作りをしなければと思いながら、写真を見ると辛くなってまだ出来ません。

JJ、今日は君とママの画像を掲載するよ。
ママはいつだって遊びたくて君に跳びかかっていたね。
優しい君はむげに嫌がらず、しばらく相手をしてあげてた。
そのあと、ピョ~ンと跳んで、どこかへ逃げて行ったね。
君よりママの方が子どもだった。

2009年撮影。君は7歳。ママは13歳の時の姿。可愛いね。
この時も君は無理やり遊びに付き合わされている様子だった。

ママは今、20歳。元気だよ。まるまるしてる。毎日一緒に寝てると言ったら妬けるかな。
だから君をくるんでいたバスタオルや敷きパッドもくるくる丸めて一緒に布団の中だよ。
君はほんとにハンサムだね。ママもなかなか可愛いね。ずっと一緒に居るからね。

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2017年1月21日 (土)

「だっこ」の命日

今日は24歳で逝った‘だっこ様’の命日です。彼女が逝って5年になりました。
彼女を拾ったのは、当時住んでいたマンションの隣にあった竹林に置かれた灯油の一斗缶。その中に小さな小さな彼女はひとり居ました。マンションと竹林の前に中学校があり、仔猫の彼女は女子中学生たちによって、安全な場所に置かれ、ミルクなど貰っていたようです。それを見つけたマンションの管理人さんが、子どもを連れて帰宅した私に話しかけました。
「こんなん居りますねん」
首根っこをつままれた彼女はみるからに貧相でした。あまりに小さく、栄養失調のためか毛はあちこち禿げていました。見えているのかいないのか、くりくりとした濃いグレーの目をした仔猫は私の掌に乗るほどの小ささでした。
「連れて帰ります」
私は管理人さんにそう言いました。彼は私がたびたび迷い犬や捨て猫たちを見つけてはそっと連れ帰っていたのを彼は知っていたのです。マンションではペット禁止が規則でした。心優しい管理人さんは、そっとおしえてくれたのです。

連れ帰った仔猫はマンションのLDKに少し驚きました。ここは何処だろうと不安になったのか、早くも私を頼りました。仔猫用の食べものを与え、ミルクを飲ませると、スリッパの中に入って眠ってしまいました。それからしばらくはスリッパが彼女の寝どこになりました。1988年9月のことでした。中学校では2学期が始まったばかりでした。女子中学生たちが石油の空き缶に隠さなかったら、野良犬の餌食か車に轢かれていたかのしれません。様子を見に来た中学生に無事だからと伝え、世話をして飼い主を見つけるからと伝えると、安心したように戻って行きました。それが24年5ヶ月もの年月を、手を焼きながら共に過ごすことになるとは思いもよりませんでした。もちろんこの貧相な可愛い仔猫が、希有の凶暴さを持った生きものであるということも全く気付きもせずに。

今日は当時の携帯で撮ったなつかしい画像をご紹介します。後方にあるのはお気に入りのハウス。段ボール箱に敷き物を入れ、上から膝掛けですっぽり覆ってやると大そう気に入っていた。猫は隠れた所から様子を窺がうのが大好き。意外にもリボンや首輪が好きでした。可愛いと人間に言われるのが好きだったようです。手前の敷きパッドは、当時、布団を敷いて寝ていた病弱系飼い主の寝床です。

晩年は老いとの壮絶な闘いでした。やせ細ってなお食べようとしました。亡くなる2日前まで旺盛にフードを舐めました。もっともっと尽くせばよかったと今でも悔やんでいます。寝たきりになっても噛みついて、世話をする私を困らせたけれど、もっともっと抱いていてあげればよかった。人間を含めても、彼女が私を一番愛した生きものだったと分かっていたのに…。

今日は相撲を観ながらずっと骨箱を抱いていました。語りかけながら。
猫通も唸ったあなたの筋金入りの気性の激しさは、私の猫生活で唯一無二の存在です。カミソリだっこ。家族でそう呼んでいたあなたの付けた腕の傷を今でも時々眺めてはあなたを懐かしんでいます。ありがとう、だっちゃん。あなたに頑張ること、生きる執念を教えてもらいました。ずっと一緒に居るからね。時々床で音を出しているよね。そばで遊んで居るよね。

2008年9月に撮影。ダッコ様、超絶ノラの女王様、20歳の時の美貌です。スキのない、不遜な眼差しを見てやってください。なぜ彼女が女王様なのかは、いずれまた。
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2017年1月13日 (金)

終末期の猫に悩む皆さんへ

暮れから年始にかけて頑張りすぎたのと、風邪までひいてしまったのとで不調が続いていました。ようやく快方に向かっています。ご訪問ありがとうございます。

このブログで一番アクセスが多いのは「老猫の終末期対処法に悩む」と「飼い主はまだあきらめない」というページです。これは文字通り、2012年に24歳5ヶ月で往ったダッコという猫の最期の対処法に悩んでいた頃に書いた記事です。多くの猫を飼う皆さんも、いずれは直面することになるかもしれないことですね。しかし私の場合、ダッコは稀にみる野生の強い、気性の荒い三毛猫の雑種で、20歳を過ぎてからも腎機能を誉められるような猫でした。したがって単なる老衰ということになります。どこかが悪いと病院の世話になったことがまるで無いのでした。一方、思い出してもつらい最愛の猫JJは、気付いた時にはすでに重い腎不全という衝撃の事実に直面し、目の前が真っ暗になりました。その後の約二年間、病院や家での点滴を嫌がる彼に、どうやって輸液を施すかなど苦悶の日々でした。手を焼いて悲しむ私に彼は下手な点滴をしやすいポーズをとってくれ、よく我慢してくれました。いま思い出しても泣きそうになります。

ただ多くの皆さんとは異なり、私は猫をペットと認識しておらず、縁あって共に住んでいる愛らしい仲間と捉えてきました。したがって多くの猫と関わってきましたが、マンションがスタートだったダッコを除いて皆、いわゆる自由猫です。したがって行動の制限はしたことがなく、外へ行くも自由、帰って眠るも自由という関わり方です。室内飼いがあたりまえの時代に、昔ながらの自由飼いで猫たちと関われることは環境のおかげです。というよりも、そんなことがしたいから、それが可能な此処へ引っ越してきました。ですからすべては基本的にネコ属の生態に沿った生き方をさせたいというのが縁あった猫たちと関わる上での私のポリシーです。特に猫という生きものは「自由」を好むので、そのスタイルを貫きました。

そんな猫たちとの暮らしも私自身が進行性の難病に指定された病気を持っている為、年々その症状がきつくなり、猫の世話も困難な時がふえてきました。加えて年齢的なこともあります。私はすでにシニアです。そういった状況から、もう猫は増やさず、今もそばに居るJJのママのはるかちゃん(20歳)を最後に、猫との共存を終了したいと考えています。はるかちゃんの為にも仔猫をもう一匹と何度も考えましたが、猫を残して私が先に他界する訳にはいきません。それで苦渋の決断をしました。

ノラの母親にカルガモのように連なって歩いて庭を横切った仔猫4匹のうちの一匹だった小さなはるかちゃんは、最初にこの家に居ついた猫で、最後まで私と共に居てくれる猫となりました。生粋のノラ娘の彼女が終末期になって、人為的な医療行為を嫌うだろうということは明らかです。丈夫な子なので今まで病院の世話にもならずにきた猫でもあり、なおのこと病気になってからの病院は負担だと考えます。ですからこの子は今から身体にいいフードを食べさせ、肥満には気を付け、ダッコのように元気で老衰期に入っていけるよう仕向けたいと思っています。老衰なら病院へはかからず、元ノラらしく、彼女が大好きな庭や家の中の居場所で、共に終末期を過ごして彼女の望む場所で看取ってやるつもりです。逝けば愛息と同じ墓所に埋めてやります。まだとても元気ですが、過去の反省から、この最後の猫には私がうろたえず、悲しむよりも余裕を持って、残された日々を穏やかに一緒に過ごそうと決めています。

皆さんが愛する猫さんたちの終末期に悩まれることは充分にお察し致します。終末期はその猫によりさまざまな状態があります。ダッコのように老衰からの大往生ばかりではないでしょう。JJのように次第に悪くなっていくこともおつらいと思います。それぞれの猫ちゃんが最も望むだろうことを飼い主さんは考え抜いて、迷わずそれを貫いて下さい。決して人間の傲慢で、徒に生きることを長くすることは避けてあげてください。血液検査の結果に一喜一憂するのは理解しますが、どう送りたいかを飼い主さんが先に決め、自信を持って終末期を共に穏やかに迎えて超えられますよう私も祈念しています。

私が過去に書いた記事が参考になるかどうか判りませんが、もし宜しければ、お集まりの皆さんで自由にコメント欄でのやり取りをなさってはどうですか?お気づきかどうか、当ブログではすでにコメント欄は「受け付ける」に設定しています。悩める皆さんはもちろん、私の書いたことへのコメントもどうぞご自由に。確認してからの公開となりますが、猫好きの皆さんがご自由に書いていただければと思います。終末期や病気に関することは、私の知識の範囲でお答えも致します。コメントを下さった皆さんとは、メールでのやり取りも可能です。

そのページがあまりに閲覧されるので、ひとこと書き添えておきました。
終末期。おつらいですね。心からお察し致します。

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2016年12月31日 (土)

この一年ありがとうございました

猫好きの皆さん、この一年の御訪問ありがとうございました。
更新も少ないのに、熱心な猫好きさんたちに感謝いたします。

おそらく今もあなたは愛する猫さんと過ごしておられることでしょう。
私もはるかちゃんと過ごしています。はるかバァは眠っていますが。

ゆく年を送り、来る年を迎えましょう。
どうぞ佳き」年をお迎えください。

                            良&=^_^=
                                大つごもり

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2016年12月23日 (金)

ご訪問ありがとうございます

猫好きの皆さん、いつもご訪問ありがとうございます。
私は只今、体調不良で記事の更新ができません。
よくなりましたらまた書きます。ごめんなさい。
寒くなりました。暖かくしてお過ごしください。    良

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2016年12月10日 (土)

こうして庭猫は減り続けた No.3

庭の猫たちが減り続ける理由が判らず、皆様にもその話を聞いていただいていました。途中、家の中で猫の鳴き声がする不可思議な出来事が起こり、そのことについてお知らせする記事を間に挟んだため、加えて私の体調不良などで続きを書くのが遅くなりました。引き続き思い出しながら書いていきます。

トラ一族は庭で隆盛を極め、集団で穏やかで幸せな時間を過ごしたが、その日々はいつまでも続くものではなかった。ボスのトラ吉が死に場所をこの庭だと決め、ずいぶん久しぶりに帰ってきたが、彼の死後、一族の崩壊が急激に進んでしまった。息子の小太郎と、半飼い猫のJJが争いばかりする日々が続いていた。小太郎は去っていったかと思えば、また様子を見に来てJJと鉢合わせになって大げんかを始めることも度々あった。気の優しいJJだが、我が家の庭を一族に占領され、ボスのトラ吉には幼い時から悪さをされてきた手前、初めて完全に我が家と大好きな庭を完全掌握したのだから、おいそれ小太郎に譲ることはできなかった。もしも小太郎が平和的にJJと共存するならJJは彼を許容する度量はあったと思う。だが小太郎もトップに立ちたがったのだから、負けた方が去るしかなかったのだ。小太郎は去ってからしばらく現れず、もうどこか遠くに行ったのかと思っていたら、1年以上たってヒョッコリ現れた。それは血気盛んな若造ではなく、落ち着いた、風格のある飼い猫のような風貌に変わっていた。しかしJJと会うと喧嘩を吹っ掛けるのは変わり無かった。

庭のメスたちにも変化が起きた。ボスのトラ吉の女房のトラ子はすでに居なくなっていた。それにはこんな理由がある。トラ子は休む間もなく妊娠をくり返し、次々と子どもを産んでは子育てにいそしんだ。子育てが終わらないうちにまた妊娠し、だんだんと彼女はやつれていった。小トラや小春は子育てをよく手伝っていたが、ママのトラ子は本能からかオスを誘惑しては妊娠をくり返し、みずからの身体をいとうことなく子どもを産み続けた結果、著しく体力を失って行くように見えた。そのため私はトラ子に不妊手術を施すことにした。完全な野良猫の彼女はエサをねだってそばにきても私が撫でようとすると激しく怒り、「ハァーッ!」と威嚇しては私の手を引っ掻くしぐさをした。しかし彼女は手加減をし、私をhiひどく傷つけることは無かった。

苦労して彼女を捕まえて獣医さんに連れて行き、手術をお願いして預けてきた。それ以上妊娠をくり返すと早死にするのは間違いなかったからだ。翌日、迎えに行くと、獣医さんはいたくトラ子が可愛いようで、ふだんは無口な先生が「トラ子ちゃんは可愛いね」と声をかけておられるのに驚いた。トラ子は猫にだけでなく人間の、しかも猫をさんざん見てきた変わり者の獣医さんまでとりこにしていたのだ。帰途、車の中で私は彼女に話しかけた。「えらかったね。おうちに帰ろうね。みんな待ってるよ」と。彼女はおとなしく後ろの席でケージに入っていた。

家に着いて、皆が待つ庭にケージを急いで運んだ。あちこちさ迷っているいる亭主のトラ吉以外の一族は皆、庭に居てママの帰りを喜んでいるようだった。さぁ、とばかりに私はケージのドアを開けた。予想外の行動に私は唖然とした。トラ子は素早く出てくると、一目散に走り去って行ったのだ。そこが大好きな庭だと分かっている筈なのに、可愛い子どもたちが出迎えてくれたのに、全速力で走り去り、ガレージを抜けて外に出ると二度と帰ってこなかった。親しんだ庭、可愛い子どもたち。必ず毎朝毎晩エサの出てくるこの庭を惜しげも無く振り捨て、彼女はどこかへ行ってしまった。初めての恐ろしい経験に怖れをなしてしまったのかもしれない。手術を受けさせたことがそういう結果になるとは知らず、一抹悔いが残った。産み続けて私は困り果てては世話をし、彼女は弱りながらも猫としてそれが幸せだったのだろうかと考え続けた。

それからも子トラを中心に一族は団結し、ときどき帰ってくるパパを頂点に、この家の猫であるはるかちゃんとJJの親子といがみ合うことも無く、集団をまとめていた。子トラは偉いね。私はいつも彼女にそう言った。賢くて穏やかな性格の彼女は誉めると目を細めていた。その彼女も突如として居なくなってしまった。トラ子ママが居なくなり、パパのトラ吉が逝き、小太郎とJJが喧嘩ばかりするのが嫌になったのだろうか。こうして集団のボスやリーダーたちが去ったあと、残ったのは小トラの姉妹である小春、その妹のトラ美と姉妹でいちばん身体が小さかったトラ江の三匹となってしまった。この三匹は寄り添って寝起きし、私のエサを楽しみにし、毎日食べて庭に住み続けた。

オスばかりではなく、メスも居場所から去って行くことがある。去っていった猫たちに理由を尋ねたい。君たちはなぜその選択をしたのかと。
                                              (続く)

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2016年12月 6日 (火)

声の主の小太郎君

これが小太郎君です。あの鳴き声の主です。
声は三度目もありました。日曜日の午後1時です。家の中で小太郎がまた鳴きました。でも、どこにも居ませんでした。姿は無く、声だけ聞こえたのです。
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↑この画像は2014年4月撮影。JJが逝って3ヶ月たった頃です。久々に訪れた小太郎は、もはやオスの匂いがどこにもしないのが判ったのか、ふらりとやって来てリラックス。よく太って食べものには困ってない様子でした。JJが居なくなって寂しかったので、小太郎の来訪はとても嬉しかったです。私にとっても姉の小春にとっても。それからはるかちゃんにとっても頼れるオスが居ることはうれしいことだと思いました。
やっと花でも植えようかと買ってきた苗の置いてあるそばで、うつらうつらの小太郎君。
可愛い。私はどちらかと言えば大きな猫が好きなので、まさにタイプの小太郎です。カメラにも身がまえず貫禄の猫。

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↑そしてついには熟睡の小太郎君。可愛い。かわいい。あぁ、カワイイ。

君はもう天国へ行ったの?あの声は君だよね。君かパパのトラ吉の声だね。そう、パパかもしれない。そうすれば君はまだどこかで生きているということになるから。生きているならもう一度だけ庭に来てほしい。小春姉ちゃんは居ないけど、もう一度だけ会いたい。

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2016年12月 2日 (金)

猫のふしぎ<その2>

こんばんは。こちらへお越しの皆さんは、きっと猫好きの方々だと思います。このところの猫ブームなど何だろうと思ってしまいます。私など、ものごころついた時から猫と居ました。家には犬も猫も常に複数おり、食べては走っている可愛いリスや、やかましいほど喋っている九官鳥、とてつもなく大きなガマガエルたち、大きな金魚たちなどなど、いろいろな動物が居ましたが、やっぱり私は猫が一番でした。子どもの時から捨て猫を拾ってばかりいて、今まで何匹の猫たちと関わってきたのでしょう。父がよく言っていました。おまえがもし事故に遭っても、必ず猫たちが助けてくれると。そうかもしれません。

さて続きです。一昨日の朝、猫の鳴き声がして、JJだったのかなと嬉しくなったという所まで話しました。その翌日、朝の10時頃のことです。私は遅い朝食を摂り、カップや皿などを片付けていました。その時「ニャアオ!」と、また猫の声がしたのです。それは前日よりも鮮明で、近距離にいるような声でした。えっ?また…? 食卓テーブルの下で寝ていたはるかちゃんも急いで驚いて起き上がり、キョロキョロあたりを見て警戒していました。

庭へ出るガラス戸もガレージへ出るガラス戸も、まだ施錠したままです。庭を見ても何の姿も見えません。すぐに2階へ駆け上がり、確かめました。もちろん3室とも施錠された状態でした。階下へ戻るとはるかちゃんは私を見上げました。その時、閃いたのです。小太郎だ!その日の声は、あの小太郎の声と同じだと気付いたのです。パパのトラ吉ゆずりの少しハスキーでドスのきいた声は小太郎のものだと確信しました。彼の顔を思い浮かべて微笑みかけた時、私の顔は曇りました。そうか、おまえも往ったのか…。

小太郎は既に2年ほど姿を現していなかった。ガレージで若いトラ猫と激しい喧嘩をしたのを最後に来なくなった。あの時、小太郎は負けたのだろうか。その後も若いトラは来ていた事があったのだ。どの動物もそうであるように、オス猫も喧嘩に負けるとその場所を去る。それで来なくなったのではないかと心配していたのだ。慕っていた大好きな小春ねぇちゃんが居たのに来なくなって私も小春も寂しかったのだ。JJが逝ったあとに来た時、話しかけた。小太郎や、JJはもう居なくなってしまったよ。だから君にここのボスを任せたいよ。やってくれるかい?小太郎は何も言わず、御飯を食べると少し眠り、またどこかへ去っていった。

あれはその小太郎の声だったのだ。前日の声は独特な鳴き声のJJではないようにも思っていた。あれもきっと小太郎だったのだ。JJ君ばかり呼びかけてもらっていいな。彼とばかり交信していいな。僕にも話しかけて欲しいな。知ってるでしょ、僕が寂しがり屋の甘えん坊だって。だからこうして呼んでみたんだ。僕を待っても僕はもう、あの庭へは行けない。でもまだ僕を待っててくれてるから、どうやって知らせようかと考えたんだ。そして判った。思いを込めて、うんと大きな声で、ここから下に向かって、あの庭に向かって鳴けば僕の声が届くんじゃないかって。そしたら本当に届いたから、僕だってとってもビックリだよ。そしてうれしいよ。これからは僕も此処に居るから声をかけてくれたらうれしい。寂しくなくなるよ。

小太郎の気持が頭の上から滝のように注がれてきた。生まれたての可愛かった姿や、少年の頃、おとなになった時、そして立派になって帰ってきたこと…。次々に小太郎の思い出があふれ出てきた。「小太郎!コタちゃん!君だったんやね」私は大きな声で語りかけた。そうだよね。最初に物置の屋根から二階のバルコニーに跳び移って家の中に入るのをやってのけたのは君だったね。二階で鳴いて驚いて私が駆け上がった時、君は叱られると思って脅えていたね。

懐かしい思い出がほとばしる。ノラに生まれた猫たちと、生きている時間を分かち合った年月は私の宝物だ。気付いてほしいとそれを伝えてくることが出来る猫、あるいは伝えて来ない猫たちもいる。もっともっと呼びかけ続けよう。人も猫もすべての生きものも、皆、死んでゆく。それら往った者たちが甦るのは、唯一生きている者が呼びかけ、思い出し、共に過ごした時間に思いを馳せることなのだから。数百匹の猫たちとも思い出だけで私はじゅうぶん生きられる。死ぬまで猫たちと暮らしていける。もう世話が出来なくなっても思い出の中で可愛い猫たちと生きていけるのだ。なんという幸せ。

また目がうるんでしまいました。今日は猫たちの思い出に浸ります。
あなたは信じてくださいますか?この2日間のふしぎな出来事を。

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2016年12月 1日 (木)

猫のふしぎ<その1>

こんばんは。続けて書くつもりが間があいてしまいました。続きを書きたいのですが、今日はぜひとも猫好きの皆さんに聞いていただきたいことがあります。聞いてください。

昨日のことです。朝の七時半頃のことでした。目覚めてはいたものの、すぐに身体が動かない私は30分~1時間ほど寝床に居ます。きもうのその様にしていたところ、突然、猫の鳴き声がしたのです。何? と考えました。だって猫はいま、老猫のはるかちゃんしか居ないのです。しかも彼女は鳴かない猫で、ニャっとかギャッという短い声しか発することがない猫です。20年間、猫らしい声を聞いたことがないのでした。それなのにハッキリした声が聞こえたのです。まるで家の中に居る猫が鳴いたような鳴き声が…。

急いで飛び起き、まずはるかちゃんが寝ている台所の寝床へ行きました。はるかちゃんもその声で起きたのか、丸まっていた状態から首を上げ、耳を澄まして目を見開いていたのです。それは明らかに警戒している目で、ノラさんか他の家の猫でも知らぬ間に家の中へ入っているのかと、あちこち探しているようでした。しかし、どこにも猫らしき姿はありません。もしや二階に居るのかと私は階段を駆け上がり、各部屋を探しましたがどこにも居ません。もちろんどこの部屋のガラス戸も鍵がかかっていました。

階下へ戻り、ガラス越しに庭を見渡しましたが誰も居ません。ガレージの方から猫がよく来るのでそちらも探しましたが居ません。ノラさんが来て鳴いた時は、こちらの姿が見えたら警戒しますが、鳴いてすぐに姿を消すことはありません。それに鮮明な鳴き声は、外ではなく家の中で鳴いた声そのものでした。もう探すところが無いほど探しても猫の姿は見当たらず、探すのを辞めました。はるかちゃんも私が探す様子を身守りつつ警戒していましたが、居ないと判ると庭へ出て行きました。自分で確かめたかったのかもしれません。ひととおり巡回してすぐにはるかちゃんは戻ってきました。

あの鳴き声は、いったい何だったのだろう。長い間、オス猫は誰も来ていなかったけれど、誰か来て鳴いたのだろうか…。そう考えようとした時、ふと気付きました。JJかもしれない…。なぜならJJは、これまで何度もふしぎなことをやってのけ、「僕だよ」と私に伝えて来ていたのです。そうかJJか。とたんに私は嬉しくなり、こんなこともできるようになったのかと彼の能力の高さに驚きました。でも特徴のある彼の声とは少し違っているようにも思いました。でもやはり彼だとも思いました。それで私は天井を仰いで呼びかけました。「JJ、居るの?来てるの?来てくれてありがとう」声はもうしませんでした。私は心の中がほんわかと温かくなり、朝から今日はいいことがあったと微笑んでいました。
ところが翌日、つまり今日の朝にもまた猫の鳴き声がしたのです。  (つづく)

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2016年11月21日 (月)

ボス猫が逝くとすぐに始まった権力争いとメス猫たちNo.2

トラ吉が逝ったあと、どの猫も別れを充分に惜しめるよう一日だけ庭で通夜をした。こっそりお別れをしたい猫も居るかもしれないと私はニンゲンゆえ、人間の考えでそのようにした。幸い秋のことで、夜は冷える右近庵では腐敗は進まず、庭での通夜は可能だった。夜になり、誰かがコッソリ来るかと時々ガラス越しに見ていたが、特に猫の姿は見えなかった。翌日、裏庭に大きな穴を掘ってトラ吉を埋めた。レンガを立てて墓石にした。猫を含めて動物は、ニンゲンのように「死」を重視せず、ただの命の終わりでしかない。それゆえ亡きがらに執着などしない。それよりも彼らはすぐにボスの居ない自分たちの集団をどうするのか考えていたに違いない。

その直後、父親にいじめられ続けていた小太郎が急にJJに喧嘩ばかり売るようになった。JJは優しい猫で、小太郎を弟のような目で見ていた。JJの方が年上だが、いじめもしなかったし、小太郎からのちょっかいもうまくすり抜けていた。だが、執拗な小太郎の攻撃にJJも応戦を余儀なくされ、庭での権力争いを嫌でも受けなければならなくなった。トラ一族と、はるか&JJ親子は血縁関係になかった。それでも元ノラのはるかちゃんと、私の可愛い王子様のJJは、かれらのボス亡きあとも同じ様に寛大で、平和に共存しようとしていた。

小太郎はJJを見かけると跳びかかり、取っ組み合いとなり、激しい喧嘩をした。その度に私は喧嘩の仲裁をした。裸足で庭に駆け出して二匹を引き離した。オス同士の喧嘩は大怪我をすることがあるからだ。JJが可愛いのは言うまでもなかったが、小太郎も小さな時から庭に住んでいたので可愛かった。彼は人なつっこく、私によくなついていた。一族で唯一の男の子で、御飯もいちばんよく食べた。赤ん坊の小太郎をJJも見てきたから、弟のように思っていたのだ。それがトラ吉が居なくなるや悲しみなど見せず、すぐにJJに喧嘩を挑むようになった。お兄ちゃんだけあって、喧嘩はJJの方が強かった。ひどくいじめるのではなく、いい加減にしろという感じでJJは受けて立った。本来はJJの庭だったのだから、そこを守るのは猫の本能で、みずから仕掛けることはなかったが、受けて立つのは当然だった。

メスたちに変化が起きたのはその頃で、二匹のオスが頻繁に喧嘩をするのが嫌なのか、日がな庭で過ごしていたメスたちは、御飯だけ食べてどこかへ行くようになった。そんなある日、グループを取りまとめていた面倒見のいい小トラというメスが突如として居なくなったのだ。彼女は小春と姉妹で、トラ子ママの何度目かの妊娠で育った二匹のうちの一匹だ。その集団では年長者でしっかり者のお姉ちゃんだった。姉妹の小春は飄々とした性格だったが、小トラはメスのリーダーで、小さな弟や妹の世話をよくしていた。その小トラが居なくなってしまったのだ。

妹・弟はすでに大きくなっていたので彼女の手から離れていたが、集団をまとめる役割を今後も小トラが担っていくと思っていた。その彼女が居なくなったことに私は少なからず落胆した。話が前後するが、これより先に母親のトラ子はどこかへ行ってしまっていた。だからこそ小トラが皆をまとめていくと思って期待していたので、その後のトラ一族は誰が統率していくのだろうと案じた。トラ吉が逝き、妻のトラ子が去り(去った理由は次回に)、長女の小トラまでもが去り、この群れは崩壊するのではないかと私はひどく心配になった。
                                     (続く)

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2016年11月18日 (金)

メス猫(手術済み)が家出することの謎について No.1

小春が居なくなったのは今年の7月19日のこと。朝、起きるとガラス戸を開ける。必ず小春が待っている。2年前の寒い大晦日、病気だった妹のトラ美が突然に寝床から飛び出して出奔、二度と帰ることはなかった。それ以後、小春は庭でひとりにぼっちになった。ひとりになっても朝に私を待つ小春の姿があった。寂しかろうと可愛がってやろうとするが、生粋のノラは家の中へ入れるとパニックを起こし、狂ったように出口を探す。かと思えば私が知らぬ間に入っており、二階で眠っていたのか夕方に階段を降りてくることもあった。家の中には大いに興味があるが、人間の支配下には置かれるものか。それがノラの共通の認識のようだ。

居なくなった小春のことを説明するのに、まず彼女が属していた共同体について語らなければならない。トラ一族が隆盛を極めていた頃、小春とトラ美姉妹は家族制度を覚え、自分たちがどうするべきかを身につけた。犬と違って猫は皆、単独行動を取るので一匹が統制するのは難しいと思っていたが、この一族は違っていた。父親トラ吉を頂点に、母親トラ子、姉たちの小トラと小春、4匹のそれより幼いトラの姉妹と弟小太郎の8匹がピラミッドのような構成をつくっていた。更に家猫のダッコ、JJ、はるかちゃんと、その頃は計11匹も居た。

庭猫たちの統率者である父親トラ吉は殆んど庭におらず、母親とその娘・息子たちは、御飯の時間に、ある者は庭のどこからか起き出し、ある者は敷き地外のどこからか来て集合した。父親が食事に来た時、母親と2匹の姉たちは父親と幼い姉妹・弟が先に食べるのを後ろから見守った。第一陣が食べ終えると、おもむろに残りを食べはじめるという、一族のルールが出来ていた。

父親トラ吉はノラでありながらこの庭を制したがった。その為に最強だった黒猫のボスクロが退いた後、この庭を手に入れた。ボスクロの息子である若いJJをひどくいじめ、自身の息子である小太郎までも出て行けと言わんばかりにいじめて威嚇した。動物は大きくなってくると息子でもなんでもなくライバルのオスなのだ。トラ吉、JJ,小太郎の三匹の雄は、この庭をみな自分が治めたいと思っていた。その為、競ってオスたちは庭のあちこちにマーキングをした。当然、若者二匹は親分に叶わないので、親分が居ない時に目盗んでせっせと自分の匂いをフェンスや植物にも付けていた。そんな様子を他のメスたちは見ていた。オスは大変だなと思って見ていたかどうかは判らない。度々やっつけられる若いオスたちを可哀想にと思っていたかどうかも判らない。

そして何ヶ月かぶりに現れたボスのトラ吉が、頻死の一歩手前の状態で帰ってきた。トラ吉は2日間この庭で過ごしたあと、明け方に私に看取られながら逝った。一族のリーダーが逝ったのだ。それをどう知らせようかと考えた。皆が拝めるようにしようと芝生の上にシートを敷き、亡きがらを横たえた。何匹かの猫は近づいて匂いを嗅いだ。何匹かは遠目に見守った。どの猫も人間の様な悲しみの表情は見られなかった。でもきっと悲しんでいたのだろう。猫は悲しみを外に出さない。他の動物同様に、淡々と仲間の生死を受け止めて生きてゆくのだ。

                                         (続く)

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2016年11月15日 (火)

ひとりぼっちのママ

この庭では最大11匹の猫たちが居た。
昔、『11匹の猫』というミュージカルを観たことがある。それと同じだなんて思っていた。

それが今ではこの‘はるかちゃん’1匹になってしまった。これは夏の前に撮影したので、この時まだ小春は居たが、御飯を食べに来る以外は庭で見かけないことがふえた。その小春が本当に居なくなってしまって4ヶ月。今、はるかちゃんは完全にひとりぼっちになってしまった。
でも彼女はそれを悲しんではいない。元ノラで、庭では一番の古株のはるかちゃんと小春はたいそう仲が悪くなっていた。このブログに掲載の小説『日なたの小春』の頃のような関係ではなく、サビ猫2匹は庭で常に緊張関係にあった。これについては後日にお知らせしましょう。猫の世界の不思議をまたしてもこの2匹に見た話。

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猫は笑わないが、なかでもこの猫は笑わない。いつも真面目な顔をし、私なのに警戒心をあらわにしてカメラを睨む。正面を向いてくれる一瞬がシャッターチャンス。前を見たかと思うとすぐさま横を向く。これはうまく撮れた一枚。彼女は茶トラも混じり、口の所が薄茶色。それがとても可愛くて、いつもそこを指先で撫でてしまう。

JJ。君がこの庭に居たらママはどんなに喜んで君にとびっかってじゃれるだろう。いつだって君はそんなママに弱っていたよね。ママの方が子どもだった。君は優しい猫だった。
(最近は画像の隅に日付を出す。ひと目で撮影日が判るので。このテンプレートは端が切れるが。)

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2016年11月 8日 (火)

はるかママは元気だよ

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2015年1月のJJの命日に更新して以来、このブログを書く。彼の死後、ほとんど動かなかった理由は、つらかったからである。つらくてずっと開くことができなかったのである。時は経ち、彼の母親と私は暮らしている。その猫に支えられ、こうしてまた書く気になった。その子のことも書いてあげなければ。それはJJの喜びでもあると思うからだ。

JJ、ほら、ママは元気だよ。
でもこの冬で20歳。そうハタチになるよ。人間でいえば96歳なんだって。
そう思えば君のママはスゴイよ。寒くなってきて今は私の膝で眠ってばかりだけれど、暖かい季節にはまだ狩りをしているよ。ヤモリだかトカゲだか、そういう小さな生きものが犠牲になっているよ。
獲物をくわえて帰って来る時は、君が居た時とまるで同じだよ。妙な鳴き声を出しながら凱旋する。彼女ときたら、君がすっかり大きくなって、自分で狩りをして鳩など捕まえてくるときもあるというのに、小さな獲物でも君に食べさせようとしていたね。親心かな。君はもうそんなものが要らなくなっていたけれど、むげにそっぽを向かず困惑した顔をしていたね。君はやさしいからママを傷つけない気遣いをしていたのを思い出すよ。今の彼女は獲物を私に見せるために例の鳴き声をするんだけれど、その声は君の所まで届いているかい?あ、ママだ、と分かるかい?

ママは君と違って写真が嫌いで、シャッターチャンスがなかなか来ない。でも暖かい所で寝ている時は撮らせてくれる。きっと起きているんだろうけど。ほら、元気だよ。

今もママは膝で寝ているよ。かつては君の指定席だった私の膝で、気持ちよさそうに眠っているよ。ずっと君が私の膝や布団の中を占領していた11年半、彼女は台所の寝床でひとりで寝ていたものね。朝になって布団の中が二匹になっていることもよくあったけど。寝床には弱電の温かいヒーターを敷いていたけれど、羽毛布団の中の心地よい温かさに勝るものはないものね。

JJ、可愛いじぃじぃ。今でも毎日君のことを思い出しては名前を呼んでいる。はるかママと眠る前、君が羨ましがってはいけないから、君を先頭に、歴代の猫の名前を呼んでいくんだ。聞こえているよね。だからかな。君は先に逝ったこの家の人間のあるじ同様、音で伝えてくれるもの。彼は天井だけど君は床のあたり、台所、そしてベッドの横の白い机の上あたり。君が伝えてくる音がする。猫っぽい音。ちゃんと聞こえているからね。だから言ってるよね。あ、じぃじぃ今日も来たねと。うれしいよ。

私も弱ってきたけれど、はるかママと支え合って暮らしているからね。
君もずっと一緒に居るからね。もちろん君の苦手だったダッコ様も。

                         (画像は今年の1月に神戸の隠れ家にて撮影 )

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2015年1月22日 (木)

君の命日

愛しのJJへ

君が逝って今日で一年。
君の居ない一年は寂しく悲しいものだった。

この日が来るまでに君のアルバムを完成しておく予定だったのに、いまだ君のフォルダを開いて膨大な数の君の写真をゆっくりと眺めることができない。
なつかしさが込み上げ、そのあとに悲しくなるから。

毎日、庭に眠る君と会話をしてるね。毎日まいち君と話しているね。
君がいきいきと走りまわった姿をもう一度だけ見てみたい。
得意になって芝生の上を走りまわった君の元気な姿をね。

ダメだよ。こんなことを書くだけで、もう私は涙目だ。

今日は一日じゅう冷たい雨が降っていた。
まるで君の一周忌を悲しむみたいな空だった。

JJ。
じぃじぃ。
私はまだ悲しい。

君のママのはるかちゃんは、そんな私をよく慰めてくれるよ。
彼女は相変らず元気だよ。そこから見えているように。
でも君が居なくなったあと、彼女はうつ病みたいに家に籠っていた。
私と二人して悲しんでいた。慰め合っていた。

ごめん。情けないね。
でも君はそれほど私には大きな存在だったんだ。
生涯でいちばん悲しい別れだった。本当に。

それでも少しずつ前へ進んでいるよ。
君の飼い主として恥ずかしくない生き方をしないといけないもの。
だからいろいろ頑張っているんだよ。君は見ててくれてるね。

今日は君のことばかり考えていた。
悲しくなってきたから我武者羅に動いてみた。相変らず台所で料理をしていた。その後に、きのう命日だったダッコさまと二人、祭壇に写真を飾り、たくさんの君たちが大好きだったフードを供えた。

皆さんに見ていただこうか。
頑張ってフォルダを開けてみた。君とママの写真を選んだ。

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2005年4月4日撮影   君はまだ3歳。ママは7歳。欅の木の切り株の上で。

だっちゃんのも載せようね。

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2005年5月3日撮影  だっこ様は14歳。私の肘掛椅子を奪われてしまったっけ。

なつかしい君たちとの楽しかった日々。この先もずっと一緒に居るよ。
そちらへ行ったら真っ先に呼ぶからね。走ってきて飛びついておくれ。
縁のあったすべての猫たちを集めておいて、皆で走ってきておくれ。
その日を私は心待ちにしているよ。もうしばらく頑張って生きていくけれど。

ありがとう私のJJ。
ありがとう私のだっこ様

                     愛をこめて

                                     良

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2014年10月 4日 (土)

ずっと貴方が好きだった

小春ちゃんは君のことが大好きだったね。
君は雄猫には強い相手でも向かっていったけれど、、雌猫にはやさしかった。

あの意地悪のトラミは君によく喧嘩を吹っ掛けたけど、君はいつも闘いを避け、怒ってもみせず、場所を譲ったり、どこかへ行ってしまったね。君は男らしい猫だった。

小春ちゃんは君たちが若い時からずっと君に恋心を抱いていた。だから彼女はいつも君のそばに居た。最初は警戒しながら、そして君も僕は強いんだとカッコよく彼女に分からせたりして。

彼女は君が居なくなってもこの庭に居るよ。
トラミも相変らずよく食べて庭に居る。

はるかママは時々は狩りに出かけるけれど、君に持ち帰る必要がないからか、君が遺したおいしいフードがいたくお気に入りなのか、家に居て眠る時間が長くなった。ママときたら君が大人になり、自分で獲物を仕留めてくるのに必ず自分の獲物を君に持ち帰ったね。その元気者のママも16歳。でも彼女は若い。身体機能に衰えがない。

今日は運動会を見に行ったよ。君が苦手なときどき庭に来る幼児たちがかけっこをしたり、リズム体操、組み立て体操もしていたよ。その写真をパソコンに取り込んでいたら気がついた。君が逝った日に撮って以来、一眼レフのカメラで花などたまに写しても、パソコンに取り込むことをしないまま。悲しくなるからパソコンの写真は開けなかった。

久々に開いてみると君の写真ばかりの私のピクチャ。
そしてまた、私の目にじわじわと涙がたまる。

だめだよJJ。
まだ君のアルバムなんてとても作れない。

小春ちゃんと君の写真。今年の1月7日に写した最後のtwo shot。
君はこの2週間後に逝った。

すっかり痩せた君の姿。
けれども何だか幸せそうな君たち。

今度も猫に生まれたら、君は野良猫で生きてみるか。もっと自由に生きようか。
生まれ変わった小春ちゃんを妻にして、家族を作ろう。君はパパ。小春はママ。

二匹が日向ぼっこをする縁石。
その前に君はいま眠っている。

君たちの最後の写真。
残りの時間を惜しむように君は太陽の光を浴びていた。
まもなく旅立つ君と、ずっと君を愛した小春の幸せなひととき。

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2014年9月28日 (日)

JJのお墓です

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今年の1月末に逝ったJJのお墓です。

(後ろの花壇は半円形で、この家の主だった人が造りました。その人は2004年没)

陽あたりのいい庭の一等場所で、彼はこの縁石の上で日向ぼっこをしていました。

JJのお墓を造るにあたり、どのようにするか考えました。

カッコいいお墓。

だってJJはとってもカッコよかったんだもの。

それで探して見つけたのがこのお墓。

墓石の裏には没年月日を彫ってもらいました。

どうですか。カッコいいでしょ。まるで“J・F・K”みたいでしょ。

後ろの花壇には年じゅう花が咲きます。

この時は春の初めで黄水仙が満開でした。その後は白い水仙も咲きました。

ベージュのペチュニアもきれいでした。それは今でも咲いています。

この写真は3月30日に撮影。逝って約2ヶ月たった頃。

まだ私は悲しくて悲しくて、母猫と一緒に寂しさに堪えていました。

あんなに泣いた喪失は今までに無く、これからも無いと思います。

なぜ私はこの猫をここまで溺愛したのか。

皆さんは知りたいですか?

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2014年9月26日 (金)

JJ、今年も届いたよ、サンマ

JJ、ずっとココへこなくてごめんね。でも毎日、庭で会っているよね。

きのうは東北からサンマが届いたよ。去年、君はクンクンし、少しだけ食べたよね。

痩せてきていたけれど、君はたしかに海の匂いを嗅いでいたし、少しだけ食べた。

言わないよ。もう言わないよ。君が居なくて寂しいよって。ホントは寂しいんだけれど。

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2014年2月 5日 (水)

JJは逝きました

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     JJ  2014年1月22日午前11時30分  腎不全にて永眠 (11歳6ヶ月)

     
  二週間が過ぎました。ご報告が遅くなりました。
  応援してくださった皆さん、ありがとうございました。
                                         Ryo

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