2019年11月 7日 (木)

Firefoxで閲覧の皆様へ

いつもご訪問ありがとうございます。
このブログへお越しの皆様で、もしもブラウザFirefoxでご覧の皆様が居られましたらお伝え致します。
ブラウザFirefoxでブログを閲覧の際、上部のURLが出る窓に「接続に危険性がある」とのサインが出ていると思います。これは最近、Firefoxがセキュリティのレベルを上げたこと、それにNiftyのココログがSSL接続に対応できていないことにより生じるものです。この件に関してNiftyに尋ねてみたところ、11月中にはSSL接続を完了する予定であるとの回答でした。そうなればサインは消えるかと思います。尚、サインが出ていても特に危険性はありません。普通に閲覧されて何も危険はありません。ご安心ください。
以上、お知らせまで。よろしくお願い致します。 良

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2019年11月 4日 (月)

お知らせ

御訪問ありがとうございます。
愛猫の腎不全の看病、介護や、老猫と向き合う姿勢など、私なりに考えながら進んできた記事がよく検索されているようです。私の書いたものが少しでもお役に立つなら嬉しいです。
はるかさんが逝って今日で四か月になりました。夏の初めに逝ったのが、はや秋になり、今日は近畿でも木枯らし一号が早くも吹きました。月日が過ぎゆくのは早いものですね。
さて、私は現在、体調不良で療養中です。したがいまして引き続き更新は休ませていただきます。体調が回復すればまた更新できればと思っています。季節が駆け足で過ぎてゆくようです。皆様には体調を維持されまして、お元気にお過ごしください。良

 

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2019年10月 3日 (木)

はるかさん逝去から三ヶ月

22歳の愛猫はるかさんが逝って今日で3ヶ月になります。
雑事に追われながらも寂しさから解放されることがありません。

逝った日は夏の暑さが始まりつつあった7月3日の夕刻でした。
今日は雨でいくぶん涼し気な日となりました。10月3日です。

はるかさんの思い出の断片がいくつも蘇ります。
ほんとうに賢い猫でした。自立心旺盛で、優しい猫でした。

息子のJJと庭で楽しく遊ぶ様子をご覧いただきましょう。
その息子が2014年に逝ってから、はるかさんと暮らしていました。

相棒を失って片方の羽をもぎ取られたように私は飛ぶことができない。
いつになれば元気を取り戻すことが出来るのだろう。

以前にも掲載したことがあるはるかさん親子の画像です。
幸せそうに遊ぶ親子です。あの頃の幸せがとてもなつかしい。

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2019年9月28日 (土)

アイルランド戦 番狂わせではない日本の勝利 

皆さん、こんばんは。今日は猫とは無関係の話をいたしましょう。ラグビーです。勝ちましたね日本。私もテレビで、猫も居ないからひとりで観ていました。ひとりで熱狂、ひとりで拍手です。

勝利の瞬間に歓喜に沸く人々の映像が流れ続けました。口々に信じられない、大金星だ、番狂わせだと興奮気味に叫ぶ人々。これらの言葉が彼ら選手には、あまり嬉しいものではないと思います。選手ひとりひとりやチーム全体では誰もが勝つつもりで戦いに臨んだことでしょう。勝っても硬い表情で語るキャプテンのリーチ・マイケル選手は笑顔も見せず厳しい表情で言いました。もう次のサモア戦に向かって進むのだと。決勝トーナメントに残ることが目標の彼らです。もちろん決勝も思い描いている筈です。

また田中選手は今日の勝利の感想を聞かれて答えました。四年間やってきたことの結果だと。私たちは彼らがどれだけ物凄い訓練や練習をしてきたかを知りません。だからラグビーはまだまだ弱い日本というイメージが強いでしょう。開催国となるにあたり、選手たちは他国の選手たち以上の決意をし、ありとあらゆる激しい訓練に耐えてきたことでしょう。選手やスタッフの甚大なる努力の結果の勝利だったと思います。それを金星だ、番狂わせだと軽々しく言う民衆との間に大きなギャップを感じました。田中選手の言葉に矜持を感じました。

なぜ私たちは感動するのでしょう。このスポーツはルールも皆が詳しく分かっているわけではないのに、なぜ人は熱狂するのでしょう。他のスポーツ以上の何かを感じます。それは「密着度」と「信頼」に起因するように思います。ノーサイドの笛が鳴り響いた瞬間に私も背筋がゾクゾクっとしました。抱き合う屈強な男たち。讃えあう男たち。このスポーツに特に必要とされる信頼関係、それは自分もチームも信じ、まさに一丸となってトライを狙う共同体の絆の強さというものを感じました。

今日の勝利は決して金星ではなく、四年間の血と汗の結晶が実ったものだと思います。もしかしたら四年前に南アフリカ戦で勝ったことが「奇跡」と呼ばれたことの悔しさも彼らにあったかもしれません。次のサモア戦では、どんな戦いで勝利してくれるか今から楽しみです。

猫が一度も出てきませんでしたね。今日もトグちゃんにご馳走をあげに行きました。相変わらずよく食べます。私を引っ掻く素振りは見せなくなりました。耳もあまり寝かせなくなりました。少し心を開いてくれたのだろうと喜んでいます。それでは皆さん、よき週末を。良

 

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2019年9月19日 (木)

“イワシ大好き アジ嫌い” のトグちゃん

こんばんは、皆さん。厳しい残暑が一段落し、夕方から涼しい風が吹くようになりました。しかし週末にはまた雨で、千葉県の被災した皆さんには過酷な状態となります。ニュースで見るにつけ心が痛みます。

TNRの‘さくら猫’トグちゃんの話をします。彼女は食べることが一番の興味であり喜びのようです。私が行く時間を分かっており、ずいぶん前から旧宅の庭で待っています。待ってくれる猫が出来たことは私にとっても大きな喜びです。旧宅に毎日行くほど用事は無いけれど、トグちゃんが待っているから一日も欠かさずに通っています。トグちゃんは私のエサもTNR活動のボランティアさんから貰うエサも食べているという事でしょうか。TNR活動で関わった猫には、元の場所に戻した場合、フードを与え、食べ残しは片付けて帰るというルールがあるそうです。トグちゃんが、いったい何処で誰にエサを貰っているのか知りたいです。私からも貰って栄養が行き渡り、毛艶もよく太っており、食べすぎかも。

私が与える猫御飯には必ず魚が付きます。トグちゃんはイワシが大好きですが、生のイワシは食べません。レンジで熱を加えたものが好きです。新鮮なイワシがひとパック100円で出た時、たくさん買っておきます。ひとパックには小ぶりのイワシが10匹ほど入っています。買ってきた時にパックから取り出し、冷凍用の袋に入れ、くっつかないように並べて冷凍します。それを毎日一匹与えます。ドライフードも、カリカリをしっとりさせて作る特製フードも、缶詰も毎回与えます。毎日イワシだと飽きるのではと昨日、スーパーで新鮮な小アジが出ていたので買って来ました。さぞかし喜ぶだろうと熱を加えて与えてみました。すると彼女はクンクンと匂いを嗅いでから後ずさりをしました。

えっ、なんで?何度かそばまで持っていきましたが、どうしても食べようとしません。猫なのにキラキラ光るとびきり新鮮な豆アジを食べないなんて。2パックだけにしておいてよかった。食べてくれないなら南蛮漬けを作って私が食べるしかありません。イワシ大好き、アジ嫌い。野良なのに食べる魚にこだわりがあるトグちゃんです。私の最愛のJJという白黒猫はアジがとっても好きでした。猫の好みもいろいろですね。

最後の飼い猫が逝き、更新も減っているのに、ご訪問の皆さんがそれなりにおられます。過去記事に参考になるものがあれば嬉しいです。今後、もう猫は飼わないので、だっこも、撫でることも出来ないバリ野良の狂暴猫トグちゃんのことなど時々書きます。飼い猫は居なくなったけれど、過去の経験を書くことは出来ます。まだ私はlossから抜け切れていません。もう少し元気になれば猫に関する文など書ければと思っています。それでは今夜はこの辺で。 良

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2019年9月12日 (木)

TNR活動の是非・トグちゃんに思うこと

 こんばんは。千葉県では多くの皆さんが困窮しています。一刻も早く状況が改善されますよう願います。
今日もご訪問ありがとうございます。現在は実質『右近トーク』からこちらをメインブログに移行した感じです。毎日、一定数の皆さんのご訪問があり嬉しく思っています。

前回にはTNR活動や、トグちゃんの‘さくら耳’もご覧いただきました。私が知りたいのは、このトグちゃんが毎日、誰にエサを貰っているのかということです。私の旧宅がある地域は高齢化が進み、そのような活動をしている人たちがどこに居て、どこでエサを与えているのだろうかと疑問に思います。先日、旧宅のポストに「猫は室内で飼いましょう」という注意喚起のお知らせも入っていました。花壇を荒らす、糞をする、車に傷をつけるなどの理由が書かれていました。私は飼っているのではないので、それには該当しません。昔からおこなっているノラさんが来たらエサを与えるといった人間と近隣に生きる猫との共存をしているだけだと思っています。人間はもっと生き物に寛大であるべきです。

そんな私も近隣に迷惑がかからないように出来る限りの事はしてきました。一時期は猫食堂みたくなり、庭に10匹ほどのファミリーがエサ場や一族のくつろぐ場になっていました。その時も知人の協力を得て、ノラでさわれない子たちを一匹ずつ捕まえては不妊手術をしてもらいました。もちろん費用は負担してきました。お世話になった獣医さんは雄猫を連れて行った時、一匹だけを手術しても意味がないからしないでいいのではと言いました。そうかもしれません。地域に居つくのはメスで、オスは広範囲を渡り歩くので一理あるのですが、私の飼い猫のオスは長く居て欲しいので手術を施しました。(これも可哀そうなことをしたという気持ちはずっとありました。最愛の猫JJです)

もの心ついた時、すでに私の家には猫も犬も複数いました。昔のことなので猫はもちろん自由に出入りし、犬も当時は放し飼いも珍しくありませんでした。捨て猫や野良猫が居たらすぐに拾って帰りました。猫ご飯も犬のご飯も残飯や猫まんま(鰹節とご飯を混ぜたもの)、市場で安いすじ肉を買ってきて作る犬まんまなど与えていました。キャットフード、ドッグフードなど無かった時代です。飼われた猫も野良猫も自由に生きて逞しく、オスは大人になるとすぐに居なくなってしまいました。(メスは子供を産むからと飼うことを禁じられていました。そのため猫の子育てを経験したのは大人になってからで、はるかさんが見せてくれた時でした) 昔は飼い猫も野良猫も子供を産み、拾われたり、貰われたりと猫たちは生きていました。

今の時代は野良にも飼い猫にも厳しくなり、猫も犬もいったん飼われたら猫は家の中に閉じ込められ、犬はずっと繋がれたままです。私が子供の頃の昭和な時代の自由さはすでに犬や猫には与えられなくなりました。猫の場合は飼うなら家の中。これが今は普通のようです。そしてノラである猫たちは外で暮らしていると突然に捕まえられて麻酔をかけられて手術され、耳をカットされてマークを付けられ、元居た所に戻されるのです。このTNR活動は、殺処分される猫を減らそうというところから生まれた活動のようです。その猫が一代で幸せに生きていけるようにという事らしいです。しかし不妊手術を施された猫たちが本当に幸せに生きていけるのでしょうか。さくらねこでも捕獲されたり保護されたら殺処分という運命になるかもしれません。

猫たちは本来、恋をして子供をもうけ、子育てにいそしみます。オスは子孫を増やすべくメスを追い求め、メスも子孫を増やすべくオスを待ちます。かれらは他の動物たち同様に繁殖に重きをおいて生きており、それが自然な生き方です。ところが猫や犬は人間とあまりに近距離に存在する生き物であるため、人間側の事情により自由に子孫をふやせなくなってしまいました。のどかな時代は許されたことが、何も許されなくなった今を生きる猫や犬は私から見ればとても可哀そうです。外を出歩くことなく猫の楽しみはあるのでしょうか。人間のペットとして家の中に閉じ込められて生きることは幸せなのでしょうか。『ペット』として飼われた猫は人間のための生き物であり、さらに自由に外で生きている猫たちまでも本来の生き方をさせてもらえなくなってきました。産ませないことの強要。これしか猫対策は無いのでしょうか。

もちろん社会ではそうするべきだという論理は理解していますが、猫的には『さくらねこ』が最も幸せな生き方ではないことは明らかです。手術を施された猫たちにも楽しみはありますが、最も大切で燃える事柄である恋や、子育て、子孫繁栄のための行動が奪われてしまうのです。これを人間が勝手に猫の意思も無視しておこなう処置に私は快く思えないものがあるのです。猫と言えども意思はあります。猫らしく生きている猫たちに子孫繁栄の機会を奪うこの活動に私が心からの賛同が出来ないのはそういうことです。もっと他にすることはないのでしょうか。空前のペットブームで高いお金を払って犬も猫も購入される時代です。芸能人も自慢げに世間に見せびらかしてもいます。愚かですね。

そのようなお金を払って犬や猫を買う人たち全員が保護猫や保護犬を飼えばどうでしょう。猫が好き、犬が好きなら種類など関係ないでしょう。動物が本当に好きなら一匹でも救いたいと思うのではないですか。そういう活動や啓蒙をおろそかにして野良猫を妊娠させない猫たちに変えていくのが不幸な猫を減らす唯一最善の方法であると私は思わないのです。ペットブーム。こんな言葉が横行するうちは猫にも犬にも本当の幸せは巡ってこないように思います。ペット=愛玩動物は人間側からの考えです。思いつくまま書き、支離滅裂になりました。TNRが何だか嫌だなと思っていたことが分かってスッキリしました。たぶん私は野良猫たちの意思を確かめもせず捕まえて不妊にさせるニンゲンという生き物の横暴なやり方に不快感を持っているのでしょう。

今日もトグちゃんにエサをやりに旧宅に行きました。きのうは庭の業者さんが来て恐れて出てこず、警戒していましたが、今日は早くから真っていたようです。可愛いね。ヒヤー、ヒヤーと大声で鳴いてくれました。トグちゃんが居るならまた旧宅にも住もうかなと考えてしまいました。消費税も上がるのでネットでトグメシを爆買いしました。1~2年分くらいあるかもです。ドライだけも26キロ!そのほか缶詰やパウチやいろいろと。はるかさんが逝ってしまい、悲しくて悲しくて仕方が無かったのをトグちゃんが救ってくれました。もう猫との縁は終わったと思っていたけれど、トグちゃんが又つないでくれました。彼女には子育てのあの素晴らしい経験は出来ないけれど、明るく楽しく生きて欲しい。やっと1歳になったかな。抱っこできたら半飼いできるのになぁ・・。無理だろうな、キョーボー自由猫だからね彼女は。それではまた。良

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2019年9月 7日 (土)

『さくらねこ』のトグちゃん

こんばんは、皆さん。
前回にトグちゃんのことをお知らせしました。彼女が「さくらねこ」だということです。皆さんはTNR活動や「さくらねこ」という言葉をご存知でしたか?

超凶暴なトグちゃんが、なぜ「さくらねこ」になったのか不思議です。人間に対してとても警戒する猫だからです。でも彼女はいつも腹ペコで食べ物にヨワイという弱点があるので、檻に仕掛けられたエサを食べに入ったと思われます。そしてそのままTNR活動に賛同する獣医さんによって避妊手術が施され、保護ネコにはなれないトグちゃんはルールどおりに元いた所に放されたと推測できます。小さなトグロを巻いていた時、小さな仔猫でした。その後、捕獲されたのでしょう。そして関わるボランティアの皆さんを驚かせるほどの凶暴さで、私の旧宅近辺に住むことになったのです。

今日はまず、TNR活動について知ってください。と言っても私はこの活動に手放しで賛同しているわけではありません。自然のままに生きる猫たちを支援してきた私には、頷ける点と頷けない点があります。そのことはまた後日お話ししましょう。まずTNR活動についてお知らせします。

さくらねこ TNRとはーどうぶつ基金←クリック!


では、トグちゃんが「さくらねこ」である証拠をお見せしましょう。
左の耳に“桜カット”があります。お判りでしょうか。メスは左耳をカット,オスは右耳です。
麻酔が利いている間に施されるので痛みはないとのこと。しかし鍋が昭和な感じ・・(-.-)

 

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そんなことドーデモいいよ、とにかく毎日おいしいモノをいっぱい食べたいのだ~。
これくらいの距離なら許してくれるようになった。うれしい、うれしい。!(^^)!

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食べても食べても足りないニャン。今日も相当たくさん食べたんだけど・・(-_-;)

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食後はチョットおとなしく、耳以外は普通の猫のような雰囲気になる。耳・・・。
耳を寝かせっ放しの猫は私も初めて。ピンと立った耳は殆ど見たことが無い。

それでは今夜はこの辺で。  良

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2019年9月 3日 (火)

バリノラ猫のトグちゃん(♀)

 皆さん、こんばんは。ご訪問ありがとうございます。
このところ暗い記事が続いていましたが、今日は明るい話題です。毎日エサを与えているトグちゃん(♀)を皆さんにご紹介します。
彼女が旧宅に来たのは昨秋のことです。秋の初め頃だったと思います。私はまだ旧宅に住んでいました。はるかさんと一緒にです。

ある日、玄関側の前の庭で強烈な匂いがしました。それは間違いなく猫のウ〇チの匂いでした。しかも強烈に臭いのです。匂いの元を探してみると、庭木のそばに小さな小さな“渦巻き”を発見。そこから強烈な臭気が発せられていたのです。見た目は小さく、OKサインをしたほどの外周で、この犯人は仔猫だと想像しました。それにしてもクサい。とても小さなウ〇チなのに激しく匂うのには驚いた次第です。

初日には犯人の姿を見ることができなかったので、今度また匂ったら見つけようと思いました。しかし何度か渦巻はあれど、姿を確認することはできませんでした。そんなある日、ようやく見つけました。小さな茶色が混じったキジトラ模様の猫が、くるくるした目をして其処に居たのです。警戒してすぐに逃げてしまったので、触ることはできませんでした。それ以後、私はドライフードを置いておきました。すると必ず無くなっています。そして強烈な臭気も時々しました。

エサは無くなっているけれど姿をまったく見なくなって一か月以上が経ちました。私はエサを前の庭ではなく、敷地内の裏の庭へと続く道に置くことにしました。そこの方がおもての車の音や人の気配に怯えなくていいからと思ったからです。私の期待通りにエサはいつも無くなっていました。それに、なぜかもうあの強烈な匂いはしなくなっていました。“可愛い“とぐろ”を見ることは無くなってしまいました。そして久しぶりに見た姿は仔猫ではなく、すでに中ネコでした。更に以前と違っていたことは左耳がカギ型に欠けていたことです。

TNR活動というのをおこなっている人たちがいます。野良ネコを捕まえて避妊手術を施し、保護ネコとして貰い手を探せそうな猫は保護し、それに向かない猫は元の場所に戻してエサを与えるといった活動です。最初に来たときは耳に欠けはなく、中ネコになって来たときに耳が欠けていたのです。おまけに左です。雄猫は右耳、雌猫は左耳を麻酔の切れないうちにカットするのです。その形が桜に似ているので桜カットと呼ばれています。トグちゃんも「さくらねこ」だったのだと分かりました。トグちゃんの名前の由来はもうお分かりですね。可愛いトグロを何回か披露してくれたのでトグちゃんと名付けました。

このトグちゃん、私の猫との関り史上で一番、凶暴な猫でした。近づくことも触れることもできません。大きな声でずっと威嚇し続けます。耳を後へ寝かせて吠え続けるのです。これまで様々な猫たちを経験してきましたが、トグは最強の野良でした。ではそのお姿をどうぞ。

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毎日午後にエサやりに行くと、この通り。ギャオーギャオー、ヒャーヒャーと大騒ぎです。一日一回の食事なのでかなりの量を与えます。イワシやアジも付きます。美味しいキャットフードの缶詰もあります。キホンはドライフードを柔らかくしたもので、いろいろプラスします。おいしいドライはそのまま与えます。このように以前はガラス戸を開けて写真など撮れませんでした。これでも少し慣れてくれました。

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器を置くのにも強烈な猫パンチで爪が鋭く刺さるので、持ち手のある片手鍋でサッと出します。ひどく引っ掻かれ、傷がなかなか完治しませんでした。どうですか、この不遜な表情。少しの間も気を緩めることはありません。野良の鑑ですね。

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食べ終えて少し表情が和らぎました。もしもこの子がなついてくれたら私は旧宅とマンションの両方に住もうと思うでしょう。さわれない。これが問題です。バリノラのトグちゃんです。トグちゃんのしっぽは何だかぐじゃぐじゃで短いです。こんな凶暴な猫を馴らしたら大したもんです。可愛い。今時こんな猫も少なくなったから、希少価値です。私はこの子の為に雨の日も風の日もエサやりに行っています。それは私の為にもきっといいことなのだと思います。

今日はトグちゃんの紹介でした。耳はいつもこんなふうになります。ずっと警戒する猫は本当に初めてかもしれません。でも可愛い。(^^)
それではまた。  良

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2019年8月31日 (土)

求められる飼い主さんの方針と覚悟

皆さん、こんばんは。
今日は私の住む所では雨が降ったり上がったり、そのせいか夜になってかなり涼しくなっています。秋の虫も鳴き始めています。

愛猫を亡くして以後、明るい気持ちで記事が書けなくなっているにもかかわらず、お越しくださる皆様方がおられ恐縮しています。愛猫が逝ってもうじき二か月になりますが、寂しさはいっこうに改善されません。それは一匹の愛猫を亡くしたことだけでなく、長い長い猫との生活が終わってしまったことにも関係しています。部屋にポツンとひとり居ると、虚しく、寂しく、ぼんやりと何も出来ないで居るときがあります。こんなことではいけないと思いつつも、気持ちの切り替えはうまくできる時ばかりではなく、情けない思いをしています。いつまでもこんなことではいけないと少しずつ活動も始めています。悲しいけれど、はるかさんのグッズを片付けたり処分したり、メルカリに出したりもしています。前を向こうとしているのは事実です。でも気持ちの浮き沈みに翻弄されているといった感じです。

前回の記事では間もなく逝く猫さんに飼い主さんができることを書きました。「その時」が近い前兆についても書きました。それを察知していても、なおも生きさせようとしてしまう人間の行動についても書いたとおりです。今日は私の愛猫からちょうど一ヶ月後に逝った娘宅の猫について書きます。その子は19歳でアメショー×スコティッシュフォールドの男の子でした。亡くなる三日前と二日前、一家は夏の旅行に出かけ、私が面倒を見に行ったのでした。異変を感じたのは亡くなる二日前のことです。目が何とはなしに黒いのです。そのせいかとても可愛く見えていました。こんなにおめめキラキラだったっけ。そう思って見ていました。フードはなめていたのでそれ以外に異変は前日にも感じなかったのです。

昼に訪れてフードを与えたあと、猫はさっさと寝床へ行って寝てしまいました。眠ってしまったので夕方にまた来ようといったん帰りました。再度おとずれた夕方、まだ起きないのです。さわっても起きない。こんなによく眠る子だったかなぁと不審に思いつつも、年齢的にも年なのでそんなものかと思い、起きないけれど1時間以上そばに居て、それから帰りました。その夜、帰宅した一家も異変を感じました。瞳孔が開いてるというのです。瞳の部分が無くなっていると娘が言い、翌朝に病院へ連れて行くと電話がありました。病院へ連れて行き、診断の結果を聞かされて驚きました。心臓など内臓を調べて診察したところ、心臓だけでなく神経系統や脳障害も起きていると思われ、いつどうなってもおかしくない状態とのことでした。

その日は夜まで預けて長時間の点滴を受けました。腎障害も出ているので点滴での諸症状改善を図るための措置でした。夜に連れ帰ってきた時には身体の半分は麻痺が起きてきかなくなっていました。ただ横になり、見えているのかいないのか、じっとしているという状態だといいます。その翌日、再び朝から病院へ連れて行き、夜まで点滴を受けさせるため家族は家に帰りました。車で片道一時間はかかる大きな病院にかかっていたので送迎も大変だったようです。その日は8月4日の日曜日でした。引き続き長時間の点滴を受けている間、一家は家でそれぞれ過ごしていました。また夜に迎えに行くまで、皆が在宅で各自のことをしてました。私が用事で家に立ち寄ると、皆が明るく、普通にしていました。そのため私も猫は大丈夫なのだと思っていました。

その夜、迎えに行って連れ帰り、更に容態が更に悪くなっていることに一家は気づきます。それは「危篤」の状態だったと思われます。私に電話があったのは午後11時頃でした。いま息を引き取ったのだと・・。最期にしっかりと目を見開いて呼ぶ声に応え、静かに逝ったといいます。その日は奇しくも私の愛猫の死からちょうど一ヶ月の日でした。一日中の点滴も、ケージでの治療もすでに効果のない状態だったのでしょう。そういう治療で命が延びる段階ではなかったのです。こうして私たち親子は共に愛猫を失うこととなりました。

娘は言います。こんなに急に死んでしまうとは思わなかった、元気だから旅行に行ったのに・・と。しかしながらよく考えてみれば、医師は「いつ何が起きてもおかしくない状態」と告げています。長時間の点滴治療を医師が勧めたのかどうかは分かりませんが、医師の言葉は「危篤通知」と理解できます。それを娘一家がどう捉えたのか不明ですが、身体の半分が硬直し、瞳孔が開いているという状態から「その時」は近いと判断できます。それにもかかわらず、一家四人の全員が家に居た日曜日に、尚も朝から遠い病院に連れて行き、夜まで点滴を受けさせるといったことに疑問も感じなかったことは私には理解しがたいことでした。猫が病院に居る間、夫婦は家事をし、小学生の子供たちも元気いっぱい遊んでいました。更にその翌日も朝から点滴を受ける予定だと聞いていました。重篤な状態にあることを知りながらなぜ?医師から言われてはいたけれど、死が迫っていることは実感していなかったのです。娘も事後にそう告白しました。そういうものなのです。

皆さんはお分かりですね。娘は医師から危篤だと言われていても、医師が病院で出来る限りのことをするという方法を選んだのです。たとえそれが最期の時間を家族みんなで一日中過ごす大事なエンジェルタイムで、別れの迫っている時間だったとしても、そんなことあるはずがない、間もなく逝くなんてありえない・・と考えてしまったのだと思われます。一家の判断は「病院」での(無駄な)治療が中心だったのです。一方、私の判断は、間もなく逝くならば、もう病院は必要ないというものです。少しでも長く一緒に居たいと私なら考えます。高年齢のはるかさんの場合、危篤になる前の段階で、病院に頼ることはしないと決めていました。かかりつけの先生も「この子はもう充分に頑張ってきましたからね」と言い、以前からそれでいいと同じ考えを示してくださいました。

最期まで治療かエンジェルタイムか。どちらを選ぶのが正しいという答はありません。私なら間もなく逝く愛猫を少しでも長く撫でていたい、ふれていたい、見ていたい、声をかけていたいと思うだけです。医師が「危篤宣言」をしたら、そのあとあなたはどうしますか?なおかつ点滴の管につなぎたいですか? そういうこともある程度長めの期間をエンジェルタイムと意識をし、その間に考えておかれるといかがでしょう。「その時」に関する飼い主さんの方針と覚悟。それが大切です。病気を持つ愛猫さんが居る飼い主さんは、漠然とでも日頃からそのことを考えておくと、間際で慌てないと思います。それでは今夜はこの辺で。 良

 

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2019年8月23日 (金)

予知がむずかしい愛猫の「その時」

こんばんは、皆さん。ご訪問ありがとうございます。
夜になって強い雨がひとしきり降りました。今日はいくぶん涼しい日でした。

タイトルにあるように、今日は愛猫の「最期の時」を知る難しさについて話します。あくまで私の経験からだけの内容となりますが、宜しかったらお読みください。四十九日を終えた愛猫のはるかさんは、高い評価を得て心地いい世界に安住できたと思います。つらいですが彼女が逝く数日前からの様子を思い出しながら書いていきます。

6/30 食欲が激減し、死に場所へ行きたがる行動を示し始めた時、その時が近づきつつあることを知りました。但しまだそれは漠然としたものでした。旧宅へ連れて行った時も今住んでいるマンションでも、生まれた場所の方向へ行こうとし、元気よく行動したり、身体をそちらへ向けていました。逝く五日前のことでした。食餌はすでに強制給餌を続けていました。

7/1 その頃からは、あれほど飲んでいた水も飲まなくなっていたので、シリンジで水も補給しました。生まれた野山の方向に体を向けては、しきりに悲しげに鳴いていたのが亡くなる三日前です。普段は鳴かない猫なのに、せつなく、悲しげに鳴き続けるのを聞いている私も悲しかったです。死期が近づいている。それは確実に感じ取っていました。しかし死に場所へ行きたがる行動や鳴き声から、それはむしろ元気に見えるため目前に死が迫っているとは考えづらいことでした。

7/2  翌日、尚も私は好きだったホタテなどをムース状にして強制給餌を続けました。その日の夕方、ずっと出ていなかったのに寝床で排便しました。まだ出したい様子なのでトイレに連れていきました。すると長い時間をかけて一生懸命に出しました。その後、疲労困憊した様子でぐったりしてしまいました。私も長い時間、彼女の身体を支え続けて疲れてしまいました。猫はふらつき、歩くのが困難な状態になりました。

7/3 朝、ムース状のフードを強制給餌、その後にベランダの方へ何とか歩き、出たそうなので抱えて出してやりました。もう生まれた場所の方向に体を向けることは無く、早々に寝床に戻りたがりました。しかし悲しげに鳴くのはその日もあり、私の記録にも「死期が近づいてきたように思う」とあります。午後二時過ぎ、ふと寝床を見ると、苦しそうにあえいでいました。息が荒く、目を見開いてハァハァと苦しそうでした。もしかしたらこのまま死んでしまうのかもしれないと私は覚悟しました。しかし、しばらくすると持ち直したように呼吸は落ち着いていました。

その夜、私が眠っている夜中に逝くのではないかと案じ、寝床を私のベッドに近づけて消灯しました。午前四時、目覚めると寝床に居ません。電気をつけると一生懸命に床を汚して排便した跡があり、もう完全に歩けなくなっていた彼女は、またもやマンションの玄関の方まで這って行ったのかそこに居たのです。さっそくオムツを買わないと。彼女の身体をきれいに拭き、寝床も変えてあげました。抱き上げた時、妙に手足が冷たいと感じました。カイロを入れてあげないと。死が忍び寄りつつある彼女に私はまだそんなことを考えていたのです。

7/4  朝に起きた時、寝床に排便し、再びそこから這っていったのか玄関に近づくように廊下に居ました。しかし私はそのように動いた彼女から、その日に死が訪れることを察知できなかったのです。身体をきれいに拭き、残り少なくなった輸液を貰うために動物病院に昼前に行きました。前日に発作のような症状になったが落ち着いたと報告しています。輸液を3袋購入し、紙おむつも途中で購入し、急いで帰りました。ぬるま湯で再び体の清拭をおこないました。はるかさんはとても気持ちよさそうに目を閉じていました。

午後四時半、「ナォー」とうめくような声がし、急いで駆け寄り、オムツを確かめると大小とも少しずつ出ていました。清拭をして新しいオムツに替えてあげると気持ちよさそうに目を閉じました。もしかしたら逝くのかもしれない。でも人間のように寝たきりになって命が続くこともあるかもしれない。そんな思いから私は輸液を三袋も購入したのだと思います。まもなく逝くと知らない私はなるべく寝床から近い所でこまごまと家事をしていました。あれは何時頃だったのでしょう。午後六時過ぎ頃だったと思います。再び「ナォー」という弱々しい声に急いでそばに行き、寝床ごと私の膝に乗せ、タオルを掛けた体をさすり続けていました。

夕方になり、そろそろ輸液の用意をしなくては。給餌のフードも準備しないと。そう思って私は彼女に声をかけました。「ちょっと待っててね。用意してくるから」と。輸液の準備をし、タオルをめくっていつものように背中の皮をつまんで「ごめんね」と言って針を刺しました。彼女は反応しません。ピクリとも動きません。おなかも動いていません。彼女の息はすでに停まっていたのです。すべてを悟った私は、慌てることなく「あぁ、逝ったんだ・・」と考えていました。彼女はおなかの中をきれいにし、息が絶えた瞬間すら分からないほど静かな逝き方で、眠るように22年の生涯を閉じました。

このように、頭ではもうじき召されると分かっていても、私は輸液を買い足し、オムツ買ってあてがい、寝たきりになってもまだ世話を続けるつもりでいたのです。客観的に状態を考えることは出来ていましたが、目の前に重態の猫が居たら、出来るだけのことをして命を長くしようとする行為をしてしまうのです。けれども多くの人がとる、病院へ駆け込むという行動は取らないことを決めていました。弱りが激しくなったら静脈からの輸液をして一時的に元気にさせることや、注射や薬で気慰めの重態から抜け出させるための治療は、死を控えた子には不要と考えていたからです。

彼女は年齢も年齢でしたが、もっと若い子でも同じ道を選んだでしょう。それは、どう抗っても逝くべきときには逝くものだからです。それが寿命というものだと考えています。人間のように延命措置は受けないと生前から家族に伝えておくことは動物たちには出来ないけれど、猫や犬たちは自分の死期を悟っており、自分の好きなかたちで死を迎えたいと願っています。その点で、はるかさんを生まれた野山で息を引き取らせてあげられなかったことを申し訳なく思っています。でも、私の膝の上で、私の掌で撫でられながら知らぬ間に逝きました。これも大往生なのだと思いました。

末期の病気と闘うあなたの可愛い猫さんの死期を正確に察知するのは難しいことです。ひとつのめやすとして、飲まない、食べない、そして立てなくなったら「その時」は近いです。そんな中でも私のように、まだ生き続けるのではないかという期待のもとに行動することは誰でもあると思います。‘まだ生きるかもしれない’と‘間もなく逝くだろ’という両方の気持ちが混在する時にも「その時」が近づいたことを念頭に置き、取り乱さず、どうするのが逝く子に最善かを考えてください。必ずしもその時期に慌てて病院へ駆け込むことが最善だとは思いません。落ち着いて最期まで寄り添ってあげてください。あなたの声や感触が、最後のやすらぎではないかと私は思います。

今日は私の愛猫の死の数日前からの様子をお話ししました。何か皆さんの参考になることがあればと思って書きました。それでは今日はこの辺で。  良

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2019年8月21日 (水)

愛猫はるかさんの忌明け

皆さん、こんばんは。今日は愛猫はるかさんの忌明けです。好きなものをたくさん並べ、先ほどお経を詠みました。

人間の場合、亡くなって以後、七日ごとに審査が行われます。生前をどう生きたかということから裁量されるのです。仏教ではこの期間を「中陰」と呼びます。その間に故人は精進を重ね、此岸に居る人間たち(遺族など残された人たち)も、お経をあげるなどして故人を応援します。そして七回目の七日間が過ぎて四十九日を迎え、晴れて彼岸の住人となります。

猫の場合も同じかどうか分かりませんが、今日は愛猫はるかさんの四十九日にあたります。勤勉な彼女ですから、この期間も高い所へ行くために精進をしていたと思います。しかし猫だけでなくすべての動物たちは、おしなべて皆、高い所へ行くのではないかと思います。なぜならば、かれらは人間界で「悪」とされていることは何もしていないからです。動物たちは生まれたら一生懸命に生きて人間のような悪行はおこなわず、死が訪れたらジタバタせずに悠々と逝きます。だから皆、お釈迦様の住む極楽浄土に行って楽しく快適に暮らしているのだと思います。そうです、きっとはるかさんも、皆さんがお別れした猫さんたちもです。

こんなことを言う私はまだ猫の居ない生活に完全に慣れたとは言えません。雑事に追われて慌ただしく日々が過ぎる中、ふと寂しさを感じます。最後の方の辛そうだった姿が焼き付いて、今でも脳裏に浮かびます。年齢に不足はなく、穏やかに召されて天寿をまっとうした彼女ですが、居なくなった寂しさは簡単には無くなりません。あとは日にち薬に頼るしかありません。

高校野球も明日は決勝戦ですね。すべての学校に優勝旗を。そんな思いを持って観てきましたが、あした頂点に立つ学校が決まります。星稜も履正社も両方とも頑張れ!それでは今夜はこの辺で。  良

 

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2019年8月15日 (木)

死が迫った愛猫に何ができるか

こんばんは。台風10号の影響で、私の住む近畿地方でも夕刻から激しい雨になって降り続いています。
今日は74回目の終戦の日です。私も戦後生まれで戦争を知りませんが、父は戦争に行ったのでその当時の話をいろいろ聞かせてくれました。しかし若い人たちを始めとし、大半が戦争について知識を与えられることなく大人になっていくので、その悲惨さや、戦中戦後がいかに大変であったかを知る人が少なくなってしまいました。私は常々、広島・長崎の原爆の日と、終戦の日は国民がどこに居ても、何をしていても1分間の黙とうを捧げるべきではないかと考えてきました。なぜその声が大きくならないのか不思議です。今の日本の繁栄は、戦争による莫大な犠牲のもとに在るからです。若い人たちが戦争について学ぶ機会が無くなりつつあるのが本当に残念です。

前置きが長くなりました。では猫のことを語ります。病気と闘って徐々に弱っていく愛猫を見ているのはつらいものですね。悲しく、つらく、心が重くなり鉛のようになってしまいます。でも腎不全のように治らない病気であることやその重さ、年齢的なことも加わると、そばにいる人は、そう遠くない日に送ることになるのを漠然と理解するでしょう。しかしその段階では、あとどれくらい生きるのだろうかということは全く見えていません。猫は人間のように苦痛を訴えることもなく、どうして欲しいとも言いません。その為、食欲が落ちてきたら、いかにして食べさせようかと努めます。フードを変えてみたり、私のように手作りごはんを作ってみたり、またある人は病院を変えて他の医師に相談したり、ネットの情報で弱ってきた猫を改善する手段や方法を躍起になって得ようと努めます。私もその一人でした。

しかし治らない病気は進行し、年齢が若くなることもありえません。病気は重くなり、年齢も重ねているのに、そばに居る人は涙ぐましい努力をし続けるのです。それは何のためにでしょうか?猫が少しでも元気になるように?少しでも長く生きさせるために?それともその猫が居なくなれば、どうしていいか分からないほど悲しい現実が、少しでもあとに来るようにと願うためでしょうか。これらすべてがYesだと思います。私もそうでした。けれども『その時』は刻々と迫り来ます。一縷の望みをかけ、ありとあらゆる努力をしてみても、愛猫の状態は死に向かって少しずつ進むことを止めることはできません。それならば、と考えます。せめて苦しまないで逝かせたい、送る時は静かに穏やかにと願います。死に向かって愛猫が歩み始めていることに目をやらず、病院へ行けば何とかしてもらえると願って駆け込む人も少なくないようです。

このブログへお越しの皆さんは、現在、猫と暮らしている、その猫が病気である、という方々が多いと理解しています。こんな時はどうすればいいのだろう、何を食べさせればいいのだろう、殆ど食べないけれど、どうすれば・・・。すがる思いでネットで同じような人が居ないか探してたどり着いた方々もおられるかもしれません。ここまで書きながら、すべて自身のことを書いているなと思いました。そうです。私も皆さんと同じで悩みながら努力を続けてきました。いつかは逝くのだろうと考えながら一日一日を共に過ごしていました。そんな中で私が願っていたことは皆さん同様に『穏やかな臨終』でした。だから最期が近づけば、私の願望だけで薬や治療のための行為で愛猫に負担を与えることは絶対にしないと決めていました。このたび送ったはるかさんの息子のJJを送るまえ、最期近くで私はまだ病院へ駆け込み、彼の意思に反する‘むりじい’をしてしまったのです。彼はすでに自身の死期が近いことを知っているかのような行動をとっていたにもかかわらず私が取り乱してしまいました。これが大きな悔いとなって残っています。

では死期が近づいた猫に対し、人はどういう行動をとればいいのでしょう。はるかさんは逝く数日前、大好きな旧宅の庭へ連れて行きましたが、庭を喜ばず、敷地から出て行こうとしました。庭ではなく生まれ育った野山に行きたかったのです。なぜ?それは青空のもとで死を迎えたいからです。馴染みのある場所で臨終を迎えたいから準備をしたかったのです。それをさせてやる勇気が私には無く、痩せに痩せた彼女を抱いて、マンションに戻りました。その2~3日後、隣のベランダへ入り込み落ち着いて一定の方角を向いていました。更にその2日後、ついには水も飲まず、何も食べなくなりました。そしてとうとう脚も立てなくなりました。それなのに翌朝にはマンションの玄関近くまで這って進んでいたのです。隣のベランダもマンションの玄関も、生まれ育った所の方向に当たります。あくまでも彼女は自分の死を野山でという意思を示し続けました。その頃には彼女の不思議な行動も理解していましたが、彼女が望む場所で死を迎えさせてやることはできませんでした。このことは今も可哀そうなことをしたと思っています。本来、動物たちが命を終えるたい場所へ行かせてやることが私には出来ませんでした。

亡くなる日、私はそんなことは知らずに少なくなった輸液を貰いに医院に出向きました。身体をきれいに拭き、歩けない彼女にオシメをしてあげました。食べない、飲まない、歩けないのに、もうしばらくは寝たきり生活が続くと思って私は張り切っていたのです。ところが彼女はその日の午後7時頃に逝きました。逝ったのは私の膝の彼女のベッドの中でした。苦しむこともなく、静かで穏やかな最期でした。そのことには安堵しましたが、それが彼女の最も望む逝き方ではなかったことに自責の念を感じました。一方で、重篤になってからも病院へ連れて行こうとは思わなかった私の考えは正しかったと胸を張ることが出来ます。重篤になってバタバタと病院へ連れて行き、点滴や治療を受ける、あるいはそのまま入院させる、だけど助からなかったという場合も多いと聞きます。最後は病院のケージで死なせてしまったことを後悔する人も少なくありません。それを思うと、ゆったりとした時間の中、私の膝の上で静かに逝ったはるかさんを、落ち着いて看取ることが出来たのはよかったと思っています。

さて、皆さんは愛猫さんが重篤になってきたら、どんな行動を取られますか?ちなみに猫をはじめ動物は皆、自分の死期を悟ります。事前に察知します。そして静かに果てたいと願って好きな場所で逝きたがります。それを叶えてやることは難しいですが、臨終の間際まで医療機器に囲まれ、無駄な針が刺される状態にされることは猫さんの本意ではないということを理解してあげてください。そばに居る人は慌てないでください。あたふたと病院に駆け込むのは考え物です。人間を含め生き物は皆、いつか死にます。それをみずから察知している猫さんに、病院ではなく、あなたのそばで静かに臨終を迎えさせてあげては如何でしょうか。

猫にとって死とは人間が感傷的に考えるものではありませんが、厳粛なものであることは人間と同じで自然に還る大切な時なのです。生き物たちは、そろそろ自分は死ぬ時期だと淡々と捉え、静かに逝くのを望んでいるのです。その猫さんの意思を極力くみ取って寄り添い、無駄な治療は控えて声をかけ、優しくなでて最期を看取ってあげること、死まで静観して見届けてあげること。それがそばに居る人が出来る最良の事だと私は思います。心の準備は早めにして調え、気持ちの余裕をもって送ってあげるのが愛猫さんにも、皆さん自身の‘喪失の悲しみ‘緩和にも良いことだと考えます。今日は遠からず愛猫の死に臨む人たちに私の考えを述べました。それでは今夜はこの辺で。  良

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2019年8月12日 (月)

愛猫との関り 過去の後悔いろいろ

皆さん、こんばんは。
お盆休みに入っている方、お盆もお仕事の方、台風が近づく中、帰郷で出かけている方など、お忙しい時期ですね。引退シニアの私は一年365日が休日の為、現役の時のように休みの日が貴重だという感覚を忘れつつあります。ともあれ明日からお盆です。はるかさんの初盆です。

このブログにお越しになるのは腎不全他の病気を抱えた猫さんの居る皆さんが多いのではないかと思っています。ご訪問の皆さんのアクセスが多いページというのがあります。そのひとつが、はるかさんの息子JJの最期近くの記事です。それらは2014年1月8日と1月13日の記事です。もうなすすべ無く悪化した病気と闘う彼を見ているのが辛くて私は毎日泣いていた頃です。『飼い主はまだあきらめない』『飼い主が迫られる決断』というタイトルで書いた両記事です。彼を看取って5年後、ママのはるかさんを看取りましたが、この度は息子JJの時のようにバタバタと無駄な動きはせず、そのため死を目前にした病気の猫に無理な負担をかけることが無かったと思います。

24歳5ヶ月で逝っただっこは完全な老衰でしたが、腎不全という病気に苦しんでいた11歳のJJを看病する過程では悲しみ続けました。猫との関りは数えきれないけれど、自由猫として関わっていたので居なくなってしまう猫も多く、臨終まで看取ることが少なかったのと、腎不全の猫を看病することが初めてだったので、知識もなく、病院にも恵まれず、悲しみ、苦しみ、送ったあとも様々な後悔が強く残りました。それが重症のペットロス(猫をペットだとは考えておらず共同生活者だと思っていますが)に陥ることとなってしまいました。JJの悲しみから立ち直るのに3年もかかりました。その間、写真を見ることもできませんでした。数ある後悔の中でも最後の方に、すがる思いで別の病院に行ったことは大きな悔いとなって今でも思い出すと辛くなります。そこでJJは強引な医師と看護師に雄猫としての意地を毅然として示し、反抗しました。そのことが今でも忘れられません。胸が痛くなるのでまたいつか詳しく語ります。

それなのに、そのページに多くの皆さんがアクセスしてくださることに複雑な想いを抱いています。それに関しては、その記事の文頭に補足を加えたいと思っています。死期が迫っても見境なく病院を頼ってはならない、死ぬのは当たり前の事だから、関わる人間はその猫が望む逝き方を理解し、できればそれに従って無理に人工的なことを加えない、与えないというのが今の私の考えです。はるかさんにはそれが自然に出来ました。彼女が切望した野山で果てるということはさせてあげられなかったけれど、その想いを十二分に理解をし、私の膝で眠るように静かに逝きました。JJの時は何も分からず知識もなく、あたふたと行動し、愛する猫を最後まで余計に苦しませてしまったという悔いがあります。

猫が居ない生活に少しだけ慣れてきたところです。旧宅に餌を求めて毎日私が来るのを待っている超狂暴な猫(♀)に手作りご飯を作って与えることが楽しみとなっています。私はこうして再び猫に助けられているのだなと感じます。私の車が着くと、ニャーニャーと絶叫する元気な女の子です。このトグちゃんのことはまたお伝えいたします。狂暴すぎて撫でることもできませんが、エサを与える私も食べるトグちゃんも、winwinの関係です。猫の声が毎日聞けるだけでも嬉しいです。また私は猫に助けられているなと再確認しています。
それでは今夜はこの辺で。 良

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2019年8月 5日 (月)

また身近な猫が召されました

こんばんは。
昨夜、遅くにブログの更新をし、アップしようとした時に長女からメールが入りました。猫が逝ったとの知らせでした。
その猫はアメショー×スコティッシュフォールドのオス猫(19歳)です。今月の1~2日、一家は留守にするのでいつものように猫係を引き受け、留守宅に出向いたばかりでした。2日の夕方、眠り続けるので私は帰宅しました。その夜に一家は帰宅予定でした。ところが帰宅して娘が愛猫に異変を感じました。まっすぐに歩けない、瞳孔が開いているなどです。すぐネットで調べると神経障害が起きているようだと、翌日の3日には朝から病院へ連れていきました。すると、すでにいつどうなるか分からない状態との診断で、腎不全があるので静脈からの輸液を時間をかけておこないました。さらに4日も朝から輸液に連れて行きましたが、帰ってきた時には体が固まったように動けなくなっていました。「今夜、もつかどうか・・・」そんな不安を抱いて一家で過ごしていた日曜日の夜更け、その子は逝きました。そして今日の午後七時から火葬をおこないました。

その男の子が生まれたのは2000年です。火葬業者さんによるとスコティッシュフォールドで19歳は驚異的なことだとのことでした。愛玩用の猫の為、性格もよく、可愛い猫でした。一家に愛されて19年を生き、はるかさんと同じ所へ旅立ちました。

不思議ですね。この記事を書き始めたら、また突然に蝉がベランダで大きく鳴き始めました。おまけに今日は二匹居ます。はるかちゃんと、きのう旅立ったごろちゃんでしょうか。猫と蝉。無関係のような生き物たちです。しかし私が猫の事を書き始めたら、やかましいほど鳴き始めました。本当に不思議です。おやすみなさい。  良 10:40PM

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2019年8月 4日 (日)

愛猫が逝って1ヶ月

はるかさんが召されてから今日で1ヶ月です。もうそんなに経ったのだと驚きます。

はるかさんが逝ってから、夜、ベランダに蝉がよく来ます。それも私がこのブログを書いている時、彼女のことを考えて沈んでいる時、そして節目に当たる日の時に、蝉が大きな音を立てて存在を伝えてきます。いま現在も蝉が居て、時折、大きな羽音を立てて私に何かを伝えているようです。猫だったはるかさんは、今は変幻自在、いろいろなものに姿を変えて音で伝えてくれているように思います。蝉が来るのは、いつも彼女の事を綴っている時です。不思議ですね。 おやすみなさい。 良

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2019年8月 3日 (土)

猫も説明のつかない事柄を死後におこなう

こんばんは。暑いですね。室温は只今29.6度、湿度72%。風が少しあるので、この程度なら許容範囲です。

まもなくはるかさんが逝って1ヶ月ですが、今日は亡き夫の15回目の命日に当たります。それでカレーを作りました。彼は私が作るカレーが大好きだったので。でもベジタリアンに近い食生活の今の私が作るのはベジカレー。彼は不本意かもしれません。

逝った猫たちが音や陰で現れるのを何度も経験してきましたが、もっと回数が多いのが亡夫です。彼は死後に凄い力を得たのか、数々の不思議なことを起こしました。ココは猫のブログなので、それに夏向きとはいえ、そういう話が苦手な皆さんも居ることでしょう。ですからそれはまた折があればということに。人間も猫も死後に伝えてくることは私には珍しいことではありませんが、先日のテレビのリモコンがCDのハンディケースの上から突然に滑り落ちたのには驚きました。やっぱりはるかちゃんはスゴイ猫だったんだと改めて思いました。

スゴイ猫と言えば、こんなこともありました。亡くなった翌日に火葬車に来てもらって荼毘に付しました。車の台に乗せ、花とともに火葬される直前に手を合わせて拝みました。そして業者さんによろしくと言い、彼は扉を閉めました。一時間弱で終わりますからとの言葉に、いったん部屋に戻ることにしました。マンションの敷地内を歩き、私の住む棟に行くのに階段を降りなければなりません。階段を2~3段降りた時、左脚の膝に激痛が走りました。あまりの痛さに思わず立ち止まり、膝をさすりました。私は生まれてこの方、膝に痛みを感じたことはありません。その日も膝の具合が悪いなど無かったので驚きました。しかしその痛みはまさに激痛という言葉がふさわしい強い痛みでした。こんなに痛むのなら明日は病院かなと立ち止まったまま考えていました。けれど階段に立ち止まっていても仕方が無いと再び降り始めました。

不思議なことに歩き始めるとその強い痛みが消えたように無くなりました。まさか、あんなに痛かったのに急に無くなるなんてありえない。明日になればもっとひどくなっているかもしれない。そう考えながら部屋に戻りました。ところが部屋に戻っても特に痛みは感じず、いつもと変わらぬ状態で普通に部屋の中を歩いていました。今頃、燃えているんだろうな。そう思うと切ない気持ちになりました。悲しくなりました。そして1時間後、火葬車まで戻りました。猫が好きすぎてこの仕事を選んだというその業者さんは「この子は凄い子ですよ。立派に残っていますよ」と言ったのです。開かれた扉の向こうに横たわるはるかちゃんは、見事に骨格がすべてわかる状態で、お骨になっていたのです。

しっぽの関節が連なり、腰骨も大腿骨もしっかりと残り、肋骨、肩甲骨、前脚の骨も爪も歯も、そして頭蓋骨はまったく崩れずにそのまましっかりと残っていたのです。それは美しい骨でした。美しく横たわった22年を生き抜いた立派な猫の姿でした。私は感動を覚えました。丁寧に骨を箸でつまんで骨壺に入れ、最後に見慣れた犬歯(牙)を入れてから、頭蓋骨を載せました。みごとな猫の、みごとな骨でした。そのまだ温かい骨壺を胸に抱いて部屋に帰りました。本当に死んでしまったんだな。そう思いました。

膝の痛みの事はきれいに忘れてしまっていました。夜になって、あの痛みは何だったのだろうかと考えました。そしてふと思いました。あれは、はるかちゃんだったかもしれない。火葬車の中で火が点いた瞬間だったのではないか。今から骨になります。ありがとう、さようなら。そう彼女が私に伝えた瞬間だったのではないだろうか。実は膝は痛めたことがないけれど、私の弱点は左脚全体なのです。30代で椎間板ヘルニアを患い、その頃から左脚が弱くなり、今でも疲れやすいのが左脚でした。でも強い痛みが膝にというのは初めてで、それ以後は同じことは起こらず、あなたの左脚の弱さをわたしが持っていきますという、はるかちゃんからの合図だったようにも思います。ありがとう、はるかちゃん。

私はこの度は重症のペットロスに陥ることは無かったようです。最初の十日間ほどは本当につらかったです。悲しかったです。今は「頑張ってるよ、はるかちゃん」と語り掛け、出かける時、帰ってきた時、何かする時、まるで部屋に誰か人が居るかのように、はるかちゃんに語り掛けています。寝る前は、お骨を胸にしばらく載せます。そして語り掛けます。車の中では相変わらず大声で呼びかけています。正直に言えば、私はJJの時ほどではににせよ、かなりのペットロスになるのではと、鬱の薬も多めに貰ってありました。しかしやるべきことが多くあり、その為に人と接することも増えているせいか、‘ドツボ’にはなりませんでした。思えば息子のJJが11歳で逝った時、私は毎日泣き暮らし、ロスから脱するのに3年もかかりました。その間、私が泣いていれば彼女が頬や手を舐めて慰めてくれたものです。その彼女も逝ってしまい、音でも不思議な現象でも、影でも、何でもいいから伝えてくれると私はとても幸せです。

長くなりました。皆さんにご報告があります。これまでのメインブログを休止し、こちらに猫の事など綴っていきます。ただ、猫がもう居なくなったのに何が書けるのだろうかとは思います。好きな音楽や、猫から離れた話題も入れるかもしれません。私の中には過去の猫たちや猫にまつわる話は山ほど潜んでいると思っています。書くことでロスから回復すると思います。そういう意味では皆さんにお世話になっています。ちなみに‘ペットロス’という言葉、仕方なく使っていますが、私は関わってきた多くの猫たちのどの子も‘ペット’とは思っていませんでした。共同生活者。そう思っていました。猫は猫らしく。この私のポリシーをみごとに満たしてくれたはるかさんの、みごとな生き方でした。

読んでくださってありがとう。おやすみなさい。  良

 

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2019年7月31日 (水)

逝ったあとに伝える猫たち

皆さん、こんばんは。今日もまだ29.2度あります。暑いですね。
昨夜、ブログを書き終える直前に音がしたことを書きました。それは過去の猫たちの時にも起きた現象で、私にすれば少しも不思議なことではないのです。今夜もたった今、起きました。パソコンを床に座ってミニテーブルで打っています。するとつい先ほど、右前方で動きが見えました。テレビのリモコンが持ち運びできるジッパー付きのCDケースからいきなり落ちたのです。あ、はるかちゃんだ!また私は喜びました。

その場所は彼女が私のベッドへ上がる際にジャンプをするための足場になる所でした。モノを置いていればその上にあがってジャンプし、ベッドへ上がってくるのでした。ベッドの足元のその場所に置いていたCDケース。その上に置いていたテレビのリモコン。落ちるはずのない状況で起きたので、また私は猫がもつ不思議な力を見せられました。

検索してみると、おなじく不思議なことが起きたという人たちが沢山いました。カリカリを食べている音が聞こえてきた、眠っていたら何か軟らかいものが顔を横切ったなど、様々です。過去の猫たちも何度も音で伝えてきました。何か黒い影が床をサッと横切るのが見えたことも何度かありました。これと同じ経験を私の娘もしています。それが愛猫だと分かったとたん、とても嬉しくなるのです。来てくれたんだと喜びます。今のリモコンが落ちたのも、はるかちゃんがその力を持っていたということなので嬉しいことです。今、お骨は私の枕の横に置いてあります。彼女はまたパソコン?私は先に寝ますよとサッサとベッドに上がったのでしょうね。

こんな話、あなたは信じますか?経験したことが無ければ無理かもしれませんね。音や何かが落ちるなどした時は猫だ!と思ってすぐに名前を呼びます。今日は間違いなくはるかちゃんなので、「はるかちゃん、来てくれてありがとう」と言いました。もうすぐ寝るよ。一緒に寝ようね。それでは皆さん、おやすみなさい。  良

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2019年7月30日 (火)

ペットロス 私の場合

こんばんは、皆さん。
暑いですね。深夜でも室内は29.5度あります。私は空調が苦手なので使いません。昼間の事を思えば風も入っていくぶん涼しいです。夜なのに蝉たちも鳴いています。(羽を震わせています) 

ペットロスについて考え続けています。多かれ少なかれ間違いなくその症状は現れると分かっていました。送って後、忙しくあれこれ動いていたのも、ペットロス協会の吉田先生が言うところの「過活動に置き換えて悲しむ作業を怠っている」のかもしれません。それらの雑事が一段落すると、じわじわと来たかなと感じます。それらは亡くなって直後の十日間の強い悲しさ辛さとは少し違っています。悲しみのあまり何も出来ないわけではなく、家事もすれば音楽も聴きます。旧宅の庭に住んでいる猫にもご飯を与えに毎日行きます。でも、空しいのです。語り掛ける相手が居なくなってしまったからです。

日本ペットロス協会のサイトを訪れ、掲載された文を読んでいます。さまざまな項目があって参考になります。その中の「ペットロス、ペット依存度診断テスト」という項目ををやってみたところ、私はどちらも重症と出ました。それはただ悲しみが大きいというだけではなく、私のこれまでのライフスタイルと深い関係があります。独居であること、人に自分の心を打ち明ける方ではないこと、悲しい時に聴いてくれる人を持たないことや、人間との関りよりも猫たちとのそれの方が私にはよほど心地よいものであったため、人付き合いを怠ってきたということなどがあります。植物と猫。それだけでじゅうぶんに幸せを感じて私は長く暮らしてきました。ものを書いていた時期もあり、それを邪魔しない植物と猫は私のベストパートナーでした。人との厄介な付き合いが無くても猫と植物が私に与えてくれる力や喜びで幸せに生きていました。

ところが最後の猫がとうとう居なくなり、植物もマンション暮らしでは旧宅の広めの庭で得るほどの喜びを得られないことなども関係し、私は今、すっかり元気を失くしてしまっています。したがって私の場合は猫を失った悲しみと、隣家の迷惑行為で家を捨てたため、猫と植物という大きな生きる張り合いがなくなったことによるものであることを理解しています。そこへ急激な暑さもあって気力・体力共に下降気味です。無理は禁物ですね。無気力です。一日に何度も「いま私は何をすればいいのだろう」とボンヤリ考えます。

このブログへお越しの皆さんの中にも、大事な猫さんや犬さんを送ったことがある方々が居られると思います。あるいは闘病中の猫さん犬さんを看病している方々も、いつかはという気持ちを意識して看護や介護をしておられるかもしれません。私も近々送ることになるとは分かっていましたが、いざ失うと寂しいものです。22歳まで頑張って生きた愛猫には召された年齢に不足はないかもしれません。マンションに共に寝起きした最後の5ヶ月間、それよりもうんと長い旧宅での21年半の思い出がほとばしり出て、失った今、いかに私が猫に助けられて(依存して)生きてきたのかを思い知ります。したがって私の場合、はるかちゃんを亡くしたことだけではなく、これまでとガラリと変わってしまう生活に戸惑いや不安、寂しさを感じていることもあるのだと思います。

あ、今、はるかちゃんが来ましたよ。寝床はすでに片付けているのですが、文字を打っているとカタンという音がしました。はるかちゃんです。先日も、そして今日も音で伝えてくれました。寝床はそこにないのに、音がしました。いつも寝ていた床のあたりで聞こえました。それはJJやだっこの時にも起きました。人間である夫は頻繁に伝えてきました。今でもたまに伝えてきます。そういうことは信じない方でしたが、はっきりした音がしっかり聞こえるので、これは伝えたい者が伝えてくる音だと思っています。嬉しいですね。これで2度目です。

はるかちゃんからの意思の伝達があったので、とても嬉しいです。その嬉しい気持ちのまま眠ることにします。おやすみなさい。

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2019年7月26日 (金)

愛猫が逝って3週間 虹の橋が架かった

みなさん、こんばんは。ご訪問ありがとうございます。
なかなか出てくることが出来ず申し訳ありません。

昨日、はるかさんが召されて3週間を迎えました。直後に比べれば、いくぶん私の悲しみは和らいだのかもしれません。しかし無理に動いてはボンヤリすることが多く、この悲しみから立ち直るには、まだまだ時間が必要に思います。

私はまだ悲しみと正面から向き合っていないのです。これまではるかさんのことにすべてを費やしていたために、後まわしにしていたおこなうべきことがいくつもありました。それらを遂行しなければならなかった為に時間を取られ、まだ充分に悲しんでいません。忙しくしているその合間に強い悲しみが何度も何度も押し寄せてきました。早く悲しみや様々な感情と向き合わねばと思っています。

きのうは私の誕生日でした。また年を重ねました。22年間を共に暮らしたはるかちゃんを、私がきちんと送ることが出来てよかったと、あらためて思いました。そしてはるかちゃんを送ったら、もう猫はそばに置かないと決意しました。もしも新たな猫をそばに置き、再び猫と共存の幸せな時間を過ごしても、その猫を看取るまで私が元気でいられる保証はないと思うからです。それで私は、はるかちゃんとのお別れ後は、長い長い猫との共存生活に終止符を打とうと決めていました。

きのうの夕方、ひどく雷が暴れて激しい夕立になりました。ひとしきり降ったあと、陽が射しはじめました。午後六時過ぎ、長女から携帯メールが届きました。「すごく大きな虹。見えてる?」すぐにベランダへ行くと、目の前に七色の巨大な虹が空にかかっていました。ベランダからの眺めは山並みが連なっており、虹の一方の端は左側の山の間から伸び、大空のキャンバスに巨人が描いたように大きな弧を描き、右側の山並みにもう一方の端が差し込まれたように架かっていました。息を飲みました。はやり言葉で言うならば、それは「わたくし史上初」の巨大で鮮やかな美しい虹でした。

ふと、はるかさんのことを想いました。今日、渡るのだろうか。えっ、今から渡るの? 私が頼りないから、今までなかなか行けなくて、今日まで居てくれて、私がほんの少しだけ元気になったから、そして私の誕生日だから、あなたはこんなに大きく美しい虹を架けて祝ってくれて、そろそろ渡りますと今から渡るところ?と。

太陽の光が空気中の水滴によって屈折し、反射されるときに水滴がプリズムの役割をして七色の帯に見えること、虹は赤から紫までの光のスペクトルが並んだ円弧の光だとわかっているけれど、今の私にはその大きく美しい虹と、召されたら動物たちは虹の橋を渡って幸せになると言われることが重なってしまいました。でも、渡らないでと願ってしまう私。また会おうねじゃない。再開の時は迎えに来てね、じゃない。今も、いつも、これからも、ずっとそばに居るのだと考える私。虹の橋の観念よりも、私はむしろお釈迦様のそばで元気に遊んでいる彼女を思い浮かべるのです。

きのう髪を切り、今月のTo do listをすべて済ませて多忙は一段落しました。これで悲しみや寂しさと向き合えます。さぁ、ノートに心ゆくまで綴りましょう。彼女の思い出をゆっくりと綴りましょう。 おやすみなさい。

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2019年7月18日 (木)

愛猫が逝って2週間

激しい雨の夜です。はるかさんが召されて今日で2週間になります。
皆さんには大丈夫ですなんて言ったけれど、ちっとも大丈夫ではありません。
まだまだ悲しいです。寂しいです。つらいです。

やれることはすべてやったという気持ちはあります。
だからと言って喪失感が和らぐわけではありません。
居た場所に居ない。するべき介護や看護が無くなった今、何をすればいいのか分からない。自分ひとりの食べること。それだけはしないと私が弱り、彼女が悲しむから。

今はもう苦しみから解放されて、愛息のJJと元気よく飛び跳ねて遊んでいるだろうか。
そうであれば喜ばなければならない。よかったねと私も喜ばなければならない。
車を運転すると決まって大声で君の名前を呼んだり話しかけたりと。
歴代の猫たちの名前を次々呼び、みんなよろしくね、仲良くしてねと言ったりも。

I miss you.
君が居なくて寂しいよ。
まだ私の目は一日じゅう潤んでいるよ。
風邪でもないのに洟もシュンシュン。

君との22年間。
あまりに思い出が多すぎて。
それらを思い出しては微笑んだり涙ぐむ。
もうしばらくはダメな私を許してくれるね。

彼女が逝ってから、頭の中をぐるぐる回る曲があります。
マーティ・バリンの“Hearts”です。
(その彼も昨年9月に76歳で召されました。)

はるかちゃん、失恋の歌だけど彼に会ったら天国で歌ってもらって。
一緒によく聴いていたこの曲を今夜も聴こう。聞こえるよね。

皆さんも一緒に聴いてください。大好きな名曲です。  良

◎ “Hearts” Marty Balin (日本題「ハート悲しく」) 

               「洋楽和訳」Neverending Music様   Thanks.

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2019年7月 7日 (日)

愛猫のご弔問ありがとうございます

ご弔問ありがとうございます。
4日の夕方、はるかさんは私の膝で眠るように静かに逝きました。
穏やかな最期をと毎日神仏にお願いしていたことが叶いました。

そんな訳で、はるかさんは天国で元気に遊んでいるので留守です。
彼女は働き者で、動ける体に戻るとさっそく狩りに出かけていると思います。
性格よく賢く陽気な彼女のことです。あちらの猫世界でも楽しく暮らすことでしょう。

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左の花束は動物病院様から届きました。心のこもったお手紙も添えられて。
嬉しいですね。しんみりしていた気持ちが‘頑張らなきゃ’になりました。
ありがとうございました。大変うれしく思います。

私のことをご心配くださる皆さま、大丈夫です。どうぞご心配なく。
それでは今日はこれで失礼いたします。   良

 

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2019年7月 4日 (木)

愛猫は永眠しました(腎不全・猫22歳)

愛猫はるかさんは先ほど永眠いたしました。
今はもう苦しみから解放され、愛息のJJと再会して喜び合い、二匹でじゃれ合って飛び跳ねていいることでしょう。幸せそうなその姿が目に浮かびます。

彼女の身体はまだ温かいです。今から送る準備をいたします。
皆様にはこれまで彼女への応援を誠にありがとうございました。

取り急ぎご報告まで。

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2019年7月 1日 (月)

死に場所を探す愛猫の行動 (超高齢・腎不全)

皆さん、こんばんは。
昨日から、はるかさんの不可解な行動が続いています。それは死に場所へ、しきりに行きたがるように見えています。今日もベランダから隣のベランダへ行こうとしました。玄関マットの上で香箱ずわりをし、ドアが開くとすぐに出て行こうとします。それで今日も旧宅へ行くときに連れて行こうかと思いましたが、バッグに入るのを嫌がったのでやめました。連れて行ったところで喜ぶ訳ではなく、また敷地外へ出ようとするだけでしょうから、それに付き合ったとて、死期を悟っているであろう彼女の好きにさせると、生まれた場所に極めて近い野山に行くと思われます。そしてそこで身を横たえ、死期が近づくのを静かに待つのだと思います。

この行動は強制給餌により少し体力が戻ったはるかさんが考えた「今なら動ける。今のうちに行っておこう」というものによるのではないかと思います。食欲がなく、体力が全く無くなってただ寝てばかりの時、このような行動は見られませんでした。鳴く力も無くなっていたので鳴きませんでした。ところが今は一日に何度も低い声で「ナーオ、ナーオ」と鳴くのです。ベランダへ出せと鳴き、隣へ行かせろと鳴きます。なぜ隣か、それは旧宅のある地域の方角に当たり、その住宅が角部屋になるからだと思います。反対側のベランダヘは行こうとしません。方角が逆だからです。玄関で頑張っているのは、ドアが開けばすぐ階段を降り、地上へ降り立ったら、ひたすら生まれ育った野山に向かおうとヨロヨロ歩くのでしょう。

はるかさんはバリ野良さんの子供として生まれました。カルガモの親子よろしく母猫を先頭に、4匹の仔猫があとをついて、子別れ式の真っ最中でした。その数日後、はるかさんは白黒のハチワレ猫と共に私の庭が気にいって戻ってきたのです。残念ながら臆病だったハチワレ君は短命で、亡くなっていたと近所の人から知りました。一方、サビ柄仔猫のはるかさんは毎日エサを求めてやって来ました。家に入りたがる訳でもなく、エサだけ食べるといつも何処かへ帰って行きました。他にもスポンサーが居るような気はしていましたが、右近庵(私の旧宅)も重要なエサstationだったようで、頻繁に通って来ました。何度かの妊娠の後、彼女が5歳頃の春に4匹の可愛い子猫を加えて運んで来て、私の庭の住人となったのです。

彼女の子育ての様子を私は見守り続け、母乳を出さなければならない彼女に栄養を摂らせました。子猫は3匹を貰っていただき、1匹残った白黒のハチワレ(きょうだいにもいた白黒ハチワレが息子にも居た)仔猫を運んできた時点で、先輩の高齢猫が居たけれど、家に自由に出入りさせました。1匹残った息子を溺愛し、息子が大人になっても彼女は野ネズミやスズメなど、獲物を息子に運んできました。息子はもっと大きなハトなど捕まえるほどになっていたのに与えることに喜びを感じていました。こうして仲良し親子は幸せな時間を庭や家の中で過ごしました。しかし、はるかさんは家猫のようにじっと家に居ることは無く、殆ど居らず、獲物を持って帰ってくる時、眠りたい時、キャットフードが食べたい時などに帰って来ました。自然豊かな地域で野山を駆け巡り、趣味と実益を兼ねての狩を大いに楽しんできました。

ここ数日の彼女の行動や悲しげな鳴き声から、彼女が野山に行きたいことをすぐに察しました。今も時折、悲しげに「ナーオ」と鳴きます。訴えるように鳴いています。したいようにさせてやりたい気持ちはありますが、私には出来ません。やせ細った彼女を野原の草むらに置いて帰るなど、とても出来ません。ごめんね、はるかちゃん。出来ないよ。この言葉を繰り返しています。猫の帰巣本能で検索すると飼われていた猫が家に帰ってくることばかり上がってきます。今は飼い猫だが元はノラ育ちという猫が死に場所の野山に帰りたがっている件については上がってきません。半ノラ、半飼いという形で来たのは、彼女が本来、自由猫でありたい猫だったからです。そのことを理解し、文字通り彼女を自由に出入りさせていました。しかし彼女の根幹には野良の血が流れていたのです。野良として生きた猫の大いなる誇りを持って、今も家の中でその方向にあたる部分に香箱ずわりで悲しげな顔で居ます。

ごめん、はるかちゃん。出来ないよ。どうしても出来ないよ。君の願いを聞いてあげたいけれど私には出来ないよ。別に私の腕の中で、絵に描いたような穏やかな死を迎えさせたいなんて思っていない。出来ることなら好きに生きてきた君に、死に方も好きにさせてあげたいよ。でも、できない。これが22年間君と関わってきた私の最後の君へのわがままだと思ってくれないか。君が出口を求めてマンションという無機質な住居の中をウロウロ探し回る姿を見ている私だってつらい。君には分からないだろうけど、君の最期は看取りたい。私が看取らせてもらう。ごめん、はるかちゃん。君の気持ちは充分にわかっているから、もう鳴かないで・・。 良

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2019年6月30日 (日)

猫腎不全重度 はるかさんの脱走劇

皆さん、こんにちは。
G20で大変だった大阪です。大阪市内ではない私の住む市では、道路規制で遠出も出来ないせいか街にはいつもより車が多く感じたこの週末です。

実はたった今、脱走したはるか婆さんを確保したところです。えっ、腎不全重度の猫が脱走!?と思われたでしょう。そうなんですよ。今日は朝から行動がいつもと違っていました。まず、このところしなくなっていた私のベッドに上がってきて起こすという動きにビックリ。ベッドの高さをジャンプして上がったことに喜びました。次の不思議な行動は、玄関へ行き、ドアを開けろというふうに動きません。それなら少しだけと開けて出してやりました。幸い廊下には誰も居ませんでした。するとはるかさんは迷うことなく階段のある方へと歩きだしました。階段を降りられては困るので途中で抱き上げて中に入れました。彼女が迷わず進んだ階段のある方向は自分が生まれ育った旧宅のある方角だったのです。方角を感知する猫の能力はスゴイです。

以前、とっても体調が良くなかった時にも朝に玄関に居たことがありました。それは死に場所に行きたがっているのではと感じました。そうか。強制給餌でいくぶん元気になったと思っていたけれど、生き物は死に場所へ早めに行く、あるいは確かめに行くのかと考えました。それでひとまず旧宅へ連れていってやろうと思いました。予報では大雨になるとのことだったけれど、降るまでには少しだけ時間がありそうな空でした。私は急いで身支度を整えて連れ出す用意をしました。午前11時過ぎに家を出て5分後に旧宅へ着き、玄関前の芝に置いてやるとクンクン芝を匂ったあと、あろうことか門扉の方へ歩き始め、おもて通りに出て行こうとするではありませんか。何コレ、以前はおもての芝や裏の広い芝が大好きで、すぐにそちらへ向かったのに・・。

その時間には旧宅に居ついている猫(♀)が居らず、裏庭へ連れて行くとさぞかしのんびりできるだろうと思いきや、しばらく芝生に座って辺りを見回すと、そそくさとガレージの方へ歩き出しました。コンクリートの階段をフラフラしながら5段降り、ガレージへ行くと、雨水をすこし飲んで、またガレージの柵へと向かい、おもて通りに出ようとしました。この行動は何だろう。死に場所へというには元気でまだ早い。用意周到なはるかさんのことだから先に確認をと思ったのいかもしれません。ちょっと待った!と私に再び阻止され、家の中に戻されました。小雨も降ってきたところでした。家の中では歩き回ることもなく、いつも居た私のベッドに座っておとなしくしていました。もう帰ろうね。旧宅に住みついたトグちゃんのご飯を置いてマンションへ帰ってきました。

帰ってきた時には、お昼ご飯の時間を過ぎていました。2~3日前からニャオと鳴けるようになったはるかさん。今日はイイ声で鳴いてご飯の要求です。おメメもキラキラしています。薄く切ったトリの胸肉を3切れ平らげました。そのあとにホタテを半粒。そして苦手の強制給餌によるトロトロ介護食。そのあとも眠らずに、ベランダへ出て行きました。定位置で香箱ずわりをするかと思えば今日は柵越しに下界を見下ろしていました。そのあと、ウロウロと歩き回っていましたが、さして気にも留めずにいると、居ない・・!ベランダのどこにも居ない。まさか転落、いや猫に限ってそんなことはあり得ない。では、もしや・・。身を乗り出してお隣のベランダを覗かせていただくと、な、なんと居るではありませんか!それもやけにリラックスした感じ、香箱ずわりでくつろいでいる様子。104歳の貫禄か。やば~い!早速お隣りへ。出てこられた奥さんに事情を話すとすぐにご主人がはるかさんをベランダから連れてきたくださいました。無事に逃亡犯を確保、脱走猫を捕獲です。身体が痩せて超スリムになり、置いているレンガの間をすり抜けてしまい、隣へ侵入してしまったようです。ご夫婦に平謝りしましたが、ニコニコ笑っておられました。(^^)(^^)

思い出してみれば去年はるかさんと一緒に見た桜が今年は見られるだろうかと考えていました。今年も車からだったけれど一緒に見ることができました。夏までは無理かもしれない。あしたから7月。もう夏です。前回もらってきた輸液4つが使い切れないかもしれないと悲しかったけれど、また貰いに行って来なければ。ここへ至るまでに何度もあきらめ、何度もあきらめず、悲しんだり喜んだりしながら、とにかくやってみようと、はるかさんに食べさせることに私のエネルギーのすべてを使ってきました。今日の彼女の意外にゲンキな行動は、それらの成果の現れなのだろうかと喜びながら、それでもいつかは越えられない時が来るのだろうと気を引き締めた次第です。

脱走した腎不全重度の老猫さん(1997年生まれ・人間なら104歳)、頑張っていますよ。=^_^= もちろん私も。(^_-)-☆
はるかさんはやっと眠ってくれました。その間に家事などします。次回は元気を取り戻した彼女の食生活の内容をお知らせいたします。大雨になっている地域の皆さん、お気をつけください。それではまた。3:25pm 良

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2019年6月25日 (火)

腎不全 猫 食欲すこし戻る

皆さん、こんばんは。
強制給餌をしてから少し元気を取り戻し、自分から食べるなど食欲も少し快復して喜んでいます。大好きな朝一番のトロトロフードも欲しがらなくなっていたのが、今日はおねだりです。朝のトロトロフードも無理に口に入れるようになっていたのが、ん~んと小さな声を発し、台所の入り口まで来て待っているのです。振り向くと体は隠れている状態で顔だけのぞかせていました。そしてお行儀よく朝食の用意が出来るのを待っています。思わず“カワイイっ!” とカメラを手にパチリ!そこまで来て食事を待つという動きをしたことに私は大喜びでした。このあと健康缶20歳のトロトロフードを美味しそうになめました。しんどいので明るい表情はできませんが、こんな行動は少し元気な証拠です。うれしい。(^^)

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腎不全の末期の状態とは、人間では二日酔い状態の間隔という人がいます。猫なら船酔い状態でしょうか。とにかくしんどくて、だるくてたまらない状態であるに違いありません。しかし今はこれでも一時の全く食べず、口内の痛みもひどそうで、もう悪い方向へまっしぐらかと思っていただけに、食欲が出たのは何よりもうれしいことです。今日の食事をお知らせしましょう。メモ帳の記録です。

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7:40 トロトロフード舐める。
8:30  ヒルズ缶ほか2種のフードをトロトロにしたものを強制給餌。
この後、陽の当たるベランダのガラス戸の内側で眠る。それからベランダにも出た。
12:30  まぐろのたたきを少々。ヒルズほか2種のフードで強制給餌。
その後、ホタテ少々、鶏むね肉も少々精力的に食べた。
15:00  シニアミルク 強制給餌。
18:00  輸液後にヒルズにカロリーフードを加えて強制給餌。その後にご褒美の鶏肉、まぐろ、ホタテ各少々。それらは自分から勢いよく食べた。量は多くはないが嬉しい。

強制給餌を始めてよかったことは元気になったこと、食欲が少し戻ったことです。それから薬やサプリ類をフードに混ぜて給餌器から口にいれてしまうので、確実に服用させられることです。好きなものを食べると言っても食は極めて細く、飲み込みやすくしたフードを無理やりにでも口に入れるのは猫にも私にもストレスですが、やり始めたからにはこれを続けてみます。居間から台所にいる私をじっと見つめている姿をここ2~3日ほど目にし、少し前の‘食べるの大好き、ごはんまぁだ?’のはるかさんがチョットだけ戻って嬉しい一日でした。

はるかさんはとってもしんどいので、イイお顔をお見せできなくて・・。でも皆さんにご心配いただき、今日のはるかさんをご覧いただきました。いつもありがとう。夜になるとクタクタです。では、おやすみなさい。良

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2019年6月22日 (土)

猫 腎不全末期 強制給餌のお助けグッズ

皆さん、こんばんは。
本日、届いた給餌用グッズを使ってみました。はるかさんの今日の晩御飯には、いつものようにシリコンのスプーンで与えるのではなく、このグッズを使いますと、これがまぁスグレモノでありまして、はるかさんの顔じゅうベトベトになることなく、落ちたフードで胸の辺までベタベタになることなく、スムーズに給餌が出来ました。細い管から口に入るのでスプーンよりも猫自身も楽そうで、アッという間に終わりました。嫌がるのをまるで拷問みたいに口に入れていたのが嘘のよう。猫も飼い主もやれやれでした。もっと早く買えばよかったなぁ。そのスグレモノをお知らせします。給餌に苦労している皆さん、ぜひお試しください。お知らせまで。良

◎ ワンラック「注入器」(箱に大きく書かれています) 10ml
  販売者 (株)森乳サンワールド  価格 839円で購入(Amazon)

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2019年6月21日 (金)

猫 腎不全末期 強制給餌の効果と葛藤

皆さん、こんばんは。
はるかさんに強制給餌を始めて10日が経ちました。まったく何も食べなくなってから始めたのはシニアミルクと、フードや生マグロなどをトロトロになるまですり鉢できめ細かくしたものです。ミルクはシリンジで、フードはシリコンの軟らかいスプーンで少しずつ口に入れていきます。嫌がって舌で押し出すようにするときもありますが、飲み込んでくれるようになりました。この時にも「上手、上手」や「もうちょっとだけ頑張ろうね」など声掛けをしながら食べさせると、猫も応えてくれます。私に対して申し訳ないという気持ちがあるのかもしれません。(思い込みかな)

強制給餌を始める以前は、これは食べてくれるだろうかと、たくさん買ってある缶詰の高齢猫用や介護食とあるものを開けては与えてみましたが、匂いを嗅いでソッポを向くといった状態でした。そのため開けた缶詰のフードの中身が冷凍室に増えるばかりでした。それらが増え、食べるあてもないのにかさばって困っていました。強制給餌になってからはそれらも使い、全く食べなくなった腎臓サポートのヒルズ缶も再び開け、練って食べさせています。ご機嫌を伺って期待を込めて与えて瞬殺!といったことは無くなったので、冷凍していた数々のフードを3種類ほどを混ぜてトロトロにして与えています。量も自主的に食べてくれた時の三倍ほどを毎食与えています。朝・昼・晩とフードを与え、合間にミルクも与えます。

このようにトロトロにした状態のフードを決まった量だけ確実に口にしているせいか、少ししか食べなかった時よりも少し元気になったように思います。太ることはありませんが(すでに体重は1.5キロまで落ちています)、少なくとも明日には死んでしまうかもしれないというふうには見えません。食べたくないのに無理やり口に入れているのは可哀想ですが、はるかさんの体が少し楽そうに見えるのがうれしいです。

では参考までに私の強制給餌用のフードの作り方を説明します。腎不全の猫さんならヒルズやロイヤルカナンなどの腎臓サポート用缶詰と、老猫用の細かい身のマグロ缶、介護食として売っているムース状の缶詰など2~3種類を練り混ぜます。それぞれスプーンに一杯ずつくらいを摺り鉢に入れて滑らかにします。与える時は金属のスプーンではない方がいいです。抵抗するので口の中や歯を傷める可能性があるので、軟らかくて、しなるシリコンのスプーンがお勧めです。はるかさんは上下とも前歯が歯周病で歯茎の肉が痛々しいほどそげてしまい、匂いも放っています。抗生剤とステロイド剤で緩和させていますが、痛むのか一日中何度も気にして手でこする仕草をして可哀そうです。そういうトラブルが無くても病気の猫には口に入るスプーンは、やさしいものを選んであげてください。フードはフードプロセッサーなどでまとめて作り、一回分ずつ冷凍しておくと便利です。

強制給餌で少し元気になったとはいえ、これがいつまでも続くものだとは思ってはいません。また、強制給餌をすることはノラ出身のはるかさんにとって望むことではないかもしれません。これらのことを考えるにつけ、強制的に餌を与えるという行為には葛藤があります。毎日がとても辛そうです。それを長引かせることは彼女の望むことなのだろうかと自問の日々です。しかし、少し具合がよくなって私の膝に上がってきてゴロゴロと小さく喉を鳴らしたり、ベランダへも出入りして好きな所で場所で寝そべり、太陽や風に当たって気持ちよさそうな姿を見ると、行けるところまで行くしかない。そう思います。

これが正解というものはありません。最期はそれぞれの飼い主が考え抜いた末に選んだ道を歩ませることになります。私にはこれが正解だという確たる信念はないけれど、1997年に生まれて今日まで生きた彼女が、私のそばへ来る元気が甦った。そして喉を鳴らした。それだけで私はこのまま進もうと決めました。まさに究極の相思相愛です。これは、ある意味、至福の時です。これが続けば続く間、私たちは互いにうれしい。だから進みます。私と彼女の蜜月はまだ続く・・・。

それではまた。おやすみなさい。良

 

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2019年6月20日 (木)

猫腎不全末期 強制給餌の効果あり

皆さん、こんばんは。

はるかさんの食欲が無くなり、強制的な給餌をおこなって1週間ほど経ちました。この間に老猫はるかさんに変化が見られました。明日にも最期を迎えるのだろうかと思うほどの弱りようから、相変わらず辛そうではありますが、現在はふらつく足取りでベランダへ出て日光浴をするなど少し元気になりました。数日前までは唯一、自分から食べたマグロも今は食べなくなりました。それは歯周病による口内炎が辛いからのようです。ときおり首を振って痛がり、よだれもひっきりなしに垂れています。食べないのはそのせいも大きいです。それで私はフードのすべてをトロトロにし、スプーンで与えています。金属のスプーンでは口の中を傷つけたり歯を傷めてはいけないと思い、シリコンの軟らかいスプーンで与えています。かなり無理やりの口に入れるのですが、励ましながら与えると、こころなしか頑張って舐めて飲み込んでくれているように思います。詳しくはまた明日にでも書きます。夜は薬の副作用で夜更けには長文が書けません。はるかさんの事をご心配頂いているかと思い、取り急ぎのご報告です。頑張っていますよ。生きています。(^_-)-☆ それではおやすみなさい。良

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2019年6月17日 (月)

猫 腎不全 看取る覚悟 送る覚悟

皆さん、おはようございます。
大阪では昨日から拳銃強奪犯人のことで警戒が続いていましたが、逮捕されて安心しました。

今日は看取る覚悟と送る覚悟について考えてみます。
ここへご訪問の皆様は猫さんの介護・看護に懸命の方々が殆どではないかと思います。心配や悲しみ、不安などを感じながら愛する猫さんと過ごしているのではないでしょうか。私もその一人です。はるかさんは腎不全の重度です。でも私はもうクレアチニンやBunの数値を知ろうと思わなくなりました。知ったところで大きな改善をさせる方法が無いからです。食餌療法やサプリも使っての数値改善に努力する時期が済んでいるからです。今はとにかく何でもいいから食べて欲しい。それだけが願いです。これ以上は痩せないだろうと思われるほど痩せました。一日に数回の強制給餌と自主的な食事に力を注ぐことしかありません。

少し前の状態を思い出せば随分と悪い方へ進行したのがよく分かります。今のはるかさんは、まっすぐに歩けなくなりました。口内炎がひどく、よだれを垂らすのでマメに拭いています。目には涙がいっぱいで目やにもよく出ます。背中を撫でてやると悲しいくらい骨ばかりです。体重を計る勇気は無くなりました。トイレまで何とかあるいて行きますが、わずかな高さが越えられなくなり、身体を持ち上げて中に入れます。夜間の排尿はトイレ容器の周りにするようになりペットシーツを敷いています。

食欲の方はマグロやホタテを喜んで食べたと思えば、じきにホタテは食べなくなりました。口内炎で噛むことがつらいようです。マグロの赤身はつぶして円錐に立ててあげると自分から噛んで容器の外へ運んでから食べています。しかしマグロも食べなくなってしまうかもしれません。そうなればすべて強制給餌となってしまいます。猫は味を感じず匂いで食べ物の好みを判断するといいます。強制給餌ではマグロなど好んだものを入れますが、とろみをつけて喉越しをよくするため、好んでよく舐めたトロトロフード(アイシアの20歳とろとろまぐろペースト)で和えます。無理に食べさせ命をつなぐことが正しいことなのかどうか疑問を感じながらおこなっています。

はるかさんは徐々に状態が悪くなっており、遠からず別れの日がやってきます。それがいつなのか分かりませんが、それまでの期間をどう過ごすかは送ったあとの私の気持ちを大きく左右することだと考えています。先日、猫さんを亡くした皆さんの掲示板という所を訪問してみました。悲しみに暮れる皆さんの殆どが‘後悔’を語り、懺悔し、猫さんに謝罪をしています。それは私にも経験がありよく理解できます。はるかさんの息子を同じく腎不全で亡くした時、後悔ばかりで逝った愛猫に申し訳ない気持ちで来る日も来る日も日泣き続けました。

掲示板でみずから懺悔している人々の言葉を読めば、病院へ預けて改善するのを信じていたのに亡くなってしまい、最期を看取れなかった、具合が悪そうだったのに他の用事を優先させて病院へ連れて行くのが遅れてしまった、投薬や点滴が下手だったから申し訳なかった等など、自身を責めている人が目立ちます。それらの方々の気持ちは分かりますが、今それを嘆いても何にもならないということです。精いっぱいしたけれど亡くなることは仕方が無いのです。精いっぱいできなかったとしても猫は飼い主を恨む気持ちなどまったくありません。

しかしながら、もしも可能なら、この‘後悔’をなるべく小さく出来ないものでしょうか。その為には、自分としてできる限りのことをしたと納得できる確かなものが必要です。けれども私のように現役を退いたシニアでもない限り、病気で苦しむ猫に100%向き合うことは難しいです。仕事がある、家事がある、出かけなければならない用事があるなど、看護・介護が充分にできる飼い主さんばかりではないでしょう。そのことを猫は恨みません。これまで多くの猫の死にざまを見てきましたが、重態になれば猫は本来、ひとりで逝きたがります。飼い猫であってもそのような行動をとります。それは本能なのでしょう。最期の看取りは人間界での習慣では重視されますが(しかしそれも送る側だけの大切な儀式であって、当人はたいていすでに意識を失っています)、猫側にそれはさして重要ではないことなのです。起きたら死んでいるかもしれない。私は最近、それを感じて目覚めると真っ先にはるかさんの寝床を見ます。

話を本筋に戻します。出来るだけのことをしておきたいと思う皆さんは、してあげてください。重度の腎不全は人間でもキツイ二日酔いの状態と表現されます。猫も恐らくキツイ船酔い状態だと思います。そんな猫さんですが、飼い主の明るい声での呼びかけは嬉しいのです。餌を無理に食べさせようとして怖い顔をしていてはいけません。食べなくても叱ってはいけません。暗い声や顔もNGです。猫はそれら全部を察知しています。飼い主が明るい声で、明るい顔で接すると、猫はしんどいけれど嬉しいのです。うちのはるかさんは、私がそばで自作の‘はるかさんの歌’を歌うと目を細めますよ。とってもだるくて気分が悪くてつらいけれど、私の明るい歌声は嬉しいみたいで反応してくれます。私は時間がたっぷりあるのを幸いに、出来ることは全部しようと決めています。皆さんも、なるべく猫さんのために出来ることをしてあげてください。猫さんの性格にもよりますが、たいていの猫さんは飼い主の存在を常に感じていたいと思っています。

重度の腎不全の猫は共に暮らせる日々が限られつつあります。悲しいけれど、送る日が一日ずつ近づいています。元気に見えても急変してあっけなく別れが来ることもあります。皆さんが出来ることは、皆さんなりに一生懸命に考えて介護・看護をしてあげること、ほがらかに過ごして明るい声や顔で接してあげること、なるべくあなたを感じ取れる所に居てください。猫さんはそれで充分に嬉しいと思っていますよ。覚悟を持って介護・看護をする。覚悟を持って送ること。情報や、時には医師の言うことに振り回されて右往左往しないことも重要かと思います。自信をもってあなたの考えた介護と看護、そして看取りと見送りが出来るよう努めてください。それが出来れば愛猫が逝ったあと、強いペットロスに陥ることは避けられるのではないかと思います。五年前にはるかさんの息子を送ったあとに、私は後悔だらけで重度のペットロスにかかり、回復に3年間もかかった経験から皆さんにお伝えしました。それではまた。良

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2019年6月15日 (土)

腎不全末期の猫がホタテとマグロで食欲が戻った!

皆さん、こんにちは。
はるかさんにホタテの貝柱を解禁し、好結果が得られました。目に力があり、元気そうに見えます。食べる楽しみも彼女に回復して嬉しいことです。更に嬉しいことにマグロの赤身を与えてみると、目を輝かせグルル、グルルと喉を鳴らして喜んで食べました。今日は朝に起きたら昨日までのはるかさんとは見違えるほど調子がよさそうに見えて驚きました。なぜ? そうか、マグロか・・。

昨夜、冷凍庫の整理をしていたら、私が食べるつもりで買った生協さんのマグロが出てきました。薄い身のモノが2袋です。袋には丼にも刺身にもとありました。その夜の晩御飯に使おうと思って解凍しました。食事を用意する前に、もしかしたらはるかさんが食べるかもと考えて、少しだけ与えてみました。すると驚きの速さで平らげてしまい、もっと無いかとグルルグルル言っています。こ、こんなことは久しぶりで嬉しさのあまりもう少し与えました。しかし待てよ。生マグロは与えてもいいのかな。さっそくネットで調べたところ、獣医さん監修のサイトで生マグロは可能とあり、お代わりを与えました。はるかさんが食べ物を欲しがる様子も久しぶりだし、お代わりを要求することなんて二度とないと思っていたので嬉しくて嬉しくて。(^^♪ 

ホタテで元気になり、マグロで更に元気になって、不思議と悩まされていた目やにも出なくなりました。目力もあり、いくらか体重が増えたように思います。痩せる一方で計るのがつらくて避けていましたが、計ってみようと思います。ホタテもマグロも栄養満点。特にマグロはDHAやタウリンなどが豊富で人間にもとてもいいとされていますね。数値なんか気にしないで食べたいものがあれば食べさせる。こういう考えに切り替えていたものの、食べたいものがあるかどうかと案じていたところです。既製のフードにはずいぶん世話になりましたが、猫も人間と同じで缶詰よりも好きな食べ物を煮たり焼いたりナマだったりで食べるのがいいに決まっています。私は彼女が喜んで食べてくれるだけでいいと思っていましたが、思わぬ身体的効果もあって驚くやら喜ぶやらです。皆さんにこのことをお知らせしたくて書きました。

おかげでその夜は私がご飯の内容を変更し、もう一袋もはるか様用に置いています。無くなったらマグロを買いに行かなくては。そんなことがまたできるなんて思っていなかったので、嬉しいです。あしたにもお別れが来るかもしれない。そう思ってこのところ過ごしていました。腎機能が改善することは無いでしょうが、食べたいものが食べられて少し元気になった、これだけで私は充分に嬉しいです。皆さんの猫さんにも試してみてください。ホタテのナマも喜びましたが、解凍するときに少し熱を加えて半ナマくらいで与えています。マグロはナマです。もしかしたら食通かも、この子。そんなことを考える余裕ができる嬉しい今日です。ホタテさん、マグロさん、ありがとう。それではまた。 良

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2019年6月13日 (木)

はるかさんに「ホタテ」ゴーサイン

皆さん、こんばんは。猫さんの調子は如何ですか?

まったく食べ物を受け付けなくなったはるかさん。すり潰したり練ったりして無理やりスプーンで口に入れていますが、当人(当猫)は嫌そうです。しかし何もせずには居られません。口内の具合も良くなく、それが拍車をかけて食べる意欲が無くなってしまったように思います。では、ホタテはどうか?腎不全ではあるけれどまだ今よりうんと元気な時、ホタテを食べさせました。テレビで22歳の猫の好物がホタテだという人が、毎日ホタテを与えているのを観たからでした。食べて元気になったけれど、クレアチニンは上昇しました。ホタテが関係あるのか無いのか分かりませんが、以後は中止しました。そのホタテを再開することにしました。

昨日、輸液のあとにホタテの貝柱一個を解凍し、身を割いて前に置いてみました。クンクンと匂ってから、豪快にパクリと行きました。大好きなものは口の中のトラブルを忘れさせたのでしょうか。一個を完食しました。何も食べなくなって数日の彼女が自分から食べたのが、とっても嬉しかったです。数値云々を言っている場合ではなくなり、食べるもの、食べたいものがあるなら数値など気にせずに食べさせたいと思います。今日も輸液のあとに一個を与えました。豪快に食べて完食、汁も舐めて美味しい顔を久しぶりに見せてくれました。これでいいんだ。手探りでの腎不全終末期の介護に看護。自分がいいと思ったことをやっていくしかないのです。それでホタテにGo signを出しました。

はるかさんの体には、いろいろな変化が見え始めました。腎不全の猫に最期が近づくと見られる変化です。両耳の先の毛が剥げています。黒っぽいサビ猫の彼女ですが、背中の毛が明るい茶色になってきました。毛根に元気が無いのか色素不足なのか茶色の淡い色になっています。栄養が足りないのでしょう。すでに尿毒症も始まっているでしょうし、極端な貧血だとも言われています。そんな状態で頑張っているのはスゴイと先生に褒められましたが、命の終わりが徐々に近づいて来ていることを感じます。

彼女の息子も腎不全で亡くなりましたが、最期は本当に可哀そうでした。そのつらい状態にはるかさんもなっていくことに、大きな悲しみと不安があります。最もつらい時間をなるべく短くするにはどうすればいいのだろう。「安楽死」の三文字が頭をかすめます。水分が全く無くなり、皮膚が痩せた体に張り付いて毛がツルツルして光っていました。白黒猫の彼は黒色が茶色のように見えていました。尿も何も出ず、ついには歩くことが出来なくなりました。騒ぐこともなく逝きましたが、見ていて本当につらいものでした。

その最もつらい状態は、どれくらい続くのだろう。はるかさんが最大の苦しみに耐えなければならないのは、何日、何時間、あるのだろうか。今の私には失う悲しみよりも、つらい状態で一日でも長く生きて欲しいと願う気持ちよりも、出来るだけ楽に召されて欲しいと願う気持ちの方が大きいことを感じています。

 

 

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2019年6月12日 (水)

考えた末の強制給餌

皆さん、こんにちは。いつもご訪問ありがとう。
昨日は膠原病の診察日で病院へ行きましたが、予約しているにも拘わらず2時間も待たされました。はるかさんをひとりにしてきたことが気になり、終わると急いで帰ってきました。片時も離れたくない。いま私とはるかさんは、そんな密な関係です。ドアを開けて「ごめんね」と呼びかけると安堵した顔になりました。

はるかさんのその後に付いてお知らせいたします。結論から申しますと、噛む、舐める、飲むなどの方法での自主的な摂取がすべて不可となりました。好きだったものにも全く興味を示さず、食欲はゼロになっているか、口内の状態がつらいので飲食そのものが嫌になっているのもあるかもしれません。口内の炎症を軽減するための微量の抗生剤、ステロイド剤も食欲減退に関係があるかもしれません。幸いにも水はよく飲んでいますが、それ以外の飲食はすべて拒否状態になりました。一日だけ期待して待ってみたものの、何も口にしないことに変化はありませんでした。だんだんと厳しい状態になってきました。

そこで考えたのが強制給餌です。これについては先の記事で行いたくないと書きました。猫の意思に任せるとも書いたと思います。しかし何も口にせずに衰弱していくのを目の前で見ていると、どうしても栄養を摂らせたくなってしまいました。けれど簡単に決めたわけではありません。猫の意思ということについて、さしあたり目の前のものを食べたくないというのが猫の意思です。このまま食べずにいて、もう死んでしまいたいんだというのが猫の意思ではないのです。人間ならありうる考え方を動物は持ちません。かれらはもっと生きたいとも、もうしんどいから死んでしまいたいとも考えません。身体がその時期を迎えたら、それを事前に察知して用意はするけれど、其処には人間のような感情はありません。命は自然の摂理によって決められるものであることを、動物たちは知っているのです。飼い主との別れが近づいて悲しいとも考えず、これまで楽しい日々だったなぁと回想することもありません。『その時』が来たら悟って逝く。それだけの事なのです。

そこへ人間の私の感情や願望を混ぜ込んでいいものかどうか。この点についてここ数日間は考え続けていました。答えは見つかりませんでした。そして今朝も私は腎臓サポート食をトロトロにしてスプーンで与えていました。目の前で愛する猫が食べずに衰弱していく様を何もせずに見ていることが出来なくなったのです。こんなに痩せて辛そうなのに無理に餌を与えるのは、少しでも長く生きさせようとする私のエゴかもしれない。そうも考えました。何も食べなくなって水だけではじきに命は終わると思われました。その猫の口を無理やり開けて、ムース上に練った栄養価の高いフードを素早く入れるといった行為を、猫は決して望んではいないだろうとわかっていました。

実際、嫌そうにして拒みます。しかしそんな形でも与えたフードを食べたあと、猫の目は輝き、元気になったように見えました。そして大好きなベランダの定位置で日向ぼっこをする姿は、気持ちよさそうに見えました。先ほども文字を打つ私の膝で少し眠って、それからベランダへ出て行きました。ゴロゴロと喉を鳴らす体力も失せていますが小さなゴロゴロも聞こえました。この子は私と居るのが嬉しいんだ。それならお互いの気持ちが一致したところで、二人の時間が少しでも長く続くようにしたいと私は考えた次第です。もしも給餌をおこなわなければ、間違いなく今はもう居ないか瀕死の状態で居ると思います。

何が良くて、何がいけないのか。それは誰にも分かりません。いま私にできることは、この子の体が楽になれること、頑張ってベッドに上がって短い時間を過ごしてまた寝床へ帰るこの子は、私と過ごす時間を好ましいものだと思っているのは間違いないはずです。それを信じて強制給餌を続けることです。これが今現在の私の心情です。あ、またベランダから戻ってきて私の膝に・・。頑張ってみます。蜜月の時間がもう少し続きますように。皆さんも頑張ってください。

◎その後に利用したフード

・焼津のまぐろ 15歳 (アイシア) ・おなじくカニカマ入り ※現在はこれらもすり潰して練ったものを与えています。
メルミル (介護期用) (ペットライン株) ※とろみがあるので、他の練ったフードと混ぜています。
キャット・シニアミルク (森永サンワールド) 栄養補完食で、一日一回与えています。
その他、つぶして練るので、ヒルズの腎臓サポート缶も今日から再開しました。

 

 

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2019年6月 7日 (金)

はるかさん、頑張る

今日は朝からひどい雨と風、おまけに雷まで。昼を過ぎてやっと小雨になりました。このまま止むのかどうか分かりませんが、ピークは過ぎたようです。

この2日間、はるかさんは不調でした。まったく食欲がなく、起きだすこともなく寝ていました。このまま食べずに更に悪くなったら・・と、また考えてしまいました。はるかさんが食べられなくなる大きな理由に口内のトラブルがあります。先生は一見して歯周病だと言いましたが、そのために歯肉炎も口内炎もどこかに出来ているのかもしれません。状態が悪いと口臭がきつくなります。そして食欲を失います。幸いにも火曜日に抗生剤をもらってきて服用させたのが効き始めたのか、昨夜から食欲が少し戻りました。腎不全を持ち、口内にトラブルがあると、更に食欲が減退し、水分補給も減ってしまうので、意識してぬるま湯をそばに置いて自身での水分補給を促しています。けさは昨夜の残りの気に入ったマグロのフードを食べていました。それはアイシアの「焼津のまぐろ(シラス入り・まぐろとささみ)‘15歳’」です。昨夜の残りを食べることは殆ど無いのに、朝から食欲があって嬉しかったです。さっそく冷凍させた一食分をあげると、それもじきに完食しました。それ以後はトイレに起きる以外、ずっと眠っています。

猫の具合がよくないと私の気持ちも下がり、食欲が出ると気持ちは上がります。こんな風に猫の具合次第でで自分自身がずいぶん違うのが分かります。はるかさんは年齢も状態も、いつどうなってもおかしくないので、その覚悟もしながら、やっぱり少しでも長く生きて欲しいと願う気持ちは否定できません。しかし最近よく考えることは、起きだせないほどつらい状態になったら、その状態が長く続くことは可哀想で、今でも十分にしんどいのだから、その過酷な時間はあまり長いものであって欲しくないと願っています。彼女の息子は最期がとってもつらそうだったので、今でもその光景が浮かんで涙ぐみます。身体の水分がすべて抜けきり、皮膚が痩せた背骨に張り付いていました。歩くことさえ出来なくなりました。彼も早く召されたいと、庭へ抱いて出てあげると芝の上の感触や土の匂いがしたのか、死を迎える態勢になりました。別れはどんな別れ方でも悲しいです。どうかはるかさんの最期は、あまり苦しくないように願ってねJJ、と毎日彼女の息子に呼び掛けています。ママはとっても頑張ってるよ、空から応援してねと言いながら。 良

当ブログは更新が少ないですが、前回で300記事、今日で301記事となりました。いつもありがとうございます。

6月4日にメインブログの方で、一応の復帰と私の心身不調についても少しお知らせしました。宜しかったらお読み下さい。ムックのあざやかなピアノ演奏もお楽しみください。知っていましたか?彼がピアノの名手だってこと。!(^^)!

『右近トーク』

 

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2019年6月 2日 (日)

腎不全末期の猫とエンジェルタイムをどう過ごすか

こんにちは。日曜日の午後です。先ほど小雨が降りました。曇りの日は好きですが、気圧の関係か何となく体がだるいです。

食欲のない猫さんに、どうやって食べさせるか四苦八苦しているあなた。私もその一人です。今では療法食でなければとか、これは与えてもいいのだろうかという懸念を通り越し、私は愛猫が喜んで食べるものなら何でもいいというところまで来ました。現在は三洋食品の‘たま’シリーズに大変お世話になっています。三洋食品と言えばツナ缶ほか魚の缶詰の企業さんです。ペットの缶詰もそれは美味しそうに出来ています。見た目も人間用と変わらないくらいです。しばらくはこのシリーズで、はるかさんの食生活はまかなえそうです。先ほど、おやつに「たまの伝説 730」(老齢猫用)を与えてみたら喜んで食べてくれました。マグロとササミが中心でオオバコなど植物繊維も含まれています。見るからに美味しそうなフードです。

今日はエンジェルタイムをどう過ごすかについて更に考えてみます。エンジェルタイムに入ったと思っても、その期間は様々でしょう。細く長く続く場合もあると思います。私は愛猫が痩せてきて、食が極端に細くなって体重が減少し始めたらエンジェルタイムに突入したと理解しました。つまり私とはるかさんは、すでにその中の蜜月期間に居るのだと思っています。さらりと書いているようですが、この「エンジェルタイムに入っていること」を受け入れるのには葛藤がありました。別れの大きな悲しみに何度も襲われました。でも、認めなければならないと考えました。受容しなければならないと。

食べない。つらそうだ。そういう状態をずっと見ていると、悲観的にならない人は居ないでしょう。もうすぐ死んでしまうのではないか。もしかしたら明日にも・・・。そう考えることも、しごく当然のことです。食べない時、私はきっと真剣な顔でスプーンを口に運んだり、お願いだから食べてと哀願するような顔つきで接していたと思います。皆さんにも覚えがあることでしょう。しかし欲しくない時、猫は何をしても食べません。きのうは喜んだものでも横を向いたり、はるかさんのように砂を掻くような仕草をして拒否を表す猫さんも居るかもしれません。そんな時、私は真剣に食べさせようとして、きっと恐ろしい顔をしていたと思います。とっても悲しそうな顔にもなっていたでしょう。猫はそれをきちんと把握しています。そしてきっと猫も悲しくなっていたと思います。

一方、食べなかったら「食べたくないのかな」と無理強いしないで引っ込め、明るく「またあとで何か食べようね」と話しかけてあげると猫もホッとしたような 顔になり、安心してまた眠ります。けれど食べなければ飼い主は焦ります。本当に心配が募ります。でも、今は食べたくないという意思表示は受け入れてあげるべきだと私は思います。すると意外にも数時間後には食べてくれ、安心させてくれることがよくありました。真剣な怖い顔で、さぁ食べてと押し付けるよりは、心の余裕を持って猫の意思を尊重することも大切だと思うようになりました。しかしこの先に全く食べなくなるという時期が必ず来ます。その時、強制給餌で液体の栄養価の高いものを無理に口に運ぶという方法を、現時点では肯定したくないような気持ちがあります。

エンジェルタイムは猫も飼い主も幸せで、穏やかなものでありたい。近頃になってようやく私はそう思えるようになりました。食べない意思を尊重すると死期が早まると考えてしまいますが、それも猫の明確な意思と自然の成り行きではないかと考える余裕が芽生えてきました。ここまでに私は何度も暗い気持ちに圧し潰されそうになり、愛する猫を失うことの計り知れない悲しみの大きさを考えただけで何もできなくなってふさぎ込んでしまうことが数えきれないほどありました。けれども猫は淡々と、その日一日を生きています。とてもしんどくても、いくらか元気な日も、腎不全ほか様々な病気が進行している皆さんの猫さんも、身体は原則としてとてもつらい状態にありますが、猫を含むすべての動物は「つらい」とも「しんどい」とも言いません。動物は我慢強く、特に猫はとってもつらくても、そんな素振りをなるべく見せないようにして過ごすと言われています。

そういうことを考えると、無理に食べさせること、無理に延命させる処置を取ることは必ずしも猫たちにとって歓迎すべきことではないのです。猫たちは皆、自然の摂理を悟っています。死期が近づくと自身で察知し、それを思わせる行動をとります。はるかさんの愛息子は11歳で腎不全のため逝きましたが、死が近づいた頃、夜中にしきりに外へ出たがりました。歩くのもやっとの状態だったのに、あまりに出たがるので一緒に出てやると、地面に香箱坐りをしてライオンのような姿勢になりました。時は厳寒の一月末です。庭は、うっすら雪が積もり始めていました。こんなところに居たら凍え死んでしまう。私はとても彼の意思を受け入れてあげることが出来ず、抱いて家に入りました。その数日後に彼は歩けなくなり、結局は家の中で看取りましたが、あの時、彼の意思を尊重してあげればよかったのだろうかと今でも思うことがあります。彼は貴公子のように素敵なハチワレ猫でした。はるかさんの子供でノラ出身、彼女にくわえられて私の庭に他の三匹と共に、一匹ずつ運ばれてきました。三匹は貰われ、最後まで残って縁があった彼は、たぐいまれな可愛い性格の猫でした。彼は大好きだった庭で命を終えることを強く望んでいました。和たちは縁のあった猫たちには本来の猫らしい生き方をさせたいということをモットーに、自由猫として猫たちと関わってきました。私のもとに居た猫たち、去来した猫たちは皆、庭や外が大好きでした。ですからその猫も本当は大好きな庭で命を終えたかったのでした。

はるかさんも先日、不思議な動きをしました。全く元気なく食べない数日の後、朝にマンションの玄関へと、ふらつきながらゆっくり歩いて行き、閉まっているドアをしばらく見つめ、あきらめて居間へ戻ってきました。そんな行動は初めてでした。猫たち生き物は人間のように自分の死を悲しいものだとは認識せず、淡々と死を迎えるべくして迎えるのだといいます。あまりのつらさに、あの日は自身の死を意識した行動だったのかもしれません。彼女は五年間ほど外に暮らすノラさんでした。親子のこれらの行動は、外で死にたいという意思の現れだったのではないかと考えます。ノラはノラの誇りと本能で死に場所を求めることを知りました。

弱りつつある今、いろいろなことを考慮すれば、エンジェルタイムには少しでも長く生きさせることに執心するよりも、何も食べない時は身体のつらさに耐えている猫さんが心地いいと感じるように撫でてあげるなどし、楽しかったことなど優しく語り掛けてあげるのが最も嬉しいことではないかという結論になりました。はるかさんはまだ食べる意欲を見せますが、まったく食べないこともあります。ひどく痩せてきました。しかし少しでも食欲がある限り、無理強いはしないで好むものを工夫して与える努力は続けます。でも完全に拒むようになれば彼女の意思を理解しようと思います。私は考えます。エンジェルタイムを共に過ごし、それが長くとも短くとも、間違いなく猫も人間も、穏やかな幸せをそこでまた得ることが出来るはずです。それは互いの永遠の愛情の確認と、再開の硬い約束をする時間であり、愛しさをこめて互いへの感謝を伝え合う貴重な時間であるように思います。だからエンジェルタイムも悲しみばかりではなく、穏やかで幸せな気持ちを忘れずに過ごせたらと願っています。そのことを猫さんも喜ぶことだと信じます。   良

 

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2019年5月30日 (木)

飼い主も闘う 弱って食欲のない猫に食べさせる努力

皆さん、こんばんは。
ブログを長くやっていると不思議なことがよく起こります。例えばアクセス数。今日はどういう訳か、いつもの10倍ほどもお客様が。しかもこの猫ブログだけではなく、メインブログの方はもっと多くていつもの30倍ほどのお客様。このような現象がなぜ起きるのか以前は不思議で仕方がなかったのですが、今はその理由が何かを考えようとしなくなり、どなたかが、ご自身のブログでご紹介してくださったページがあるのでしょうと勝手に考えています。『右近トーク』の方は記事数がすでに1865と多く、十数年間なんだかんだと喋ってきたものの何かが突然にヒットするのだろうと想像しますが、こちらのブログは記事数も298と少なく、アクセス数が急激に増えることは殆ど無かったことです。そのため何故なのかと考えます。おひとりの方が何ページもご覧になったようなPV(ページビュウ)の数字が大きくなることは珍しくはないのですが、いったい何がヒットして今日は大勢の皆様がお越しになったのでしょう。ちょっと知りたい気がします。とにかく、ご訪問ありがとうございます。

それはさておき私は前回、ひどく暗~い感じで更新してしまいました。確かにあの時は暗い気持ちになっていました。暗くなるか前向きになれるか。それはとても単純なことで、はるかさんが食べてくれるか、くれないか、それによるのです。ここ数ヶ月、私は食が細くなる一方の彼女のために努力を続けてきました。療法食を食べてくれなくなったら手作りをし、それを食べてくれたら張り切って作りました。しかし手作り食も飽きてきたら市販のフードをを血眼(ちまなこ)になって探し、あれこれ買い漁ってみたりもしました。療法食じゃなくても食べてくれるフードがあったら食べさせないと。そんな思いで探し続け、買い続けました。

食べてくれたら元気になる、食べてくれたら生き続けられる。だから食べてくれたら単純に私は気持ちが上を向いて明るく接しているのです。食べてくれないと私は笑顔も無く、仕方なくそのフードをジップ袋に入れて冷凍しておき、旧宅に住みついている猫のエサに混ぜます。(その子はトグロちゃんというサバトラの女の子です。またいつかご紹介します) 人間も猫も自分で食べられなくなれば死期が近いと言います。それで食べないと私は焦るのです。まだ死なせたくないという一心で何でもいいから食べる気を出してくれるものが無いか考えあぐねるのです。大好きだったものに突然ソッポを向くことが続き、ほとほと困ってしまっては、気を取り直して食べるものを探しました。以下が現在、食べてくれるものです。

◎たまの伝説。何も入れないシリーズ まぐろ・かつお・ささみ

最初に与えた時は、ものすごい勢いで食べてくれました。口内炎の為、今は水を少し足し、すり鉢で滑らかにして与えています。ささみは食べなくなり、あとのもいつ飽きるかヒヤヒヤしながら与えていますが、トッピングに‘ちゅ~る’を微量のせると勢いよく食べてくれます。しかし猫たちに超人気のいなばのちゅ~るシリーズは、塩分が濃いので常時与えるのは健康な猫さんでも避けたいと言われています。はるかさんはすでにステージⅣです。その為エサを山型に形作り、ほんの微量を頂上に付けておく感じで利用しています。猫にとって麻薬のようなちゅ~る。与え方に気を付けてあげてくださいね。<余談ですが私は‘おやつ’は不要かと思っています。関わった猫で長寿だった猫は、カリカリだけを好んだ猫(だっこ24歳5ヶ月)、生き物を捕まえて食べて暮らした後、ドライフードだけ(はるかさん22歳)。おやつ等は与えていませんでした>

いろいろ食べなくなって以後、食べてくれそうな介護食と書いてある缶詰やパウチもいくつも買ってみましたが喜ばず、ただひとつ「何も入れない」シリーズは素材の味だけなので好んでいるようです。夢中で一気に食べさせるため微量のちゅ~るを使うのは仕方が無いと思っています。

現在は、あんなに好きだったモンプチのテリーヌにも、アイシアの「18歳かがやきソース」にも見向きもしなくなりました。「20健康缶」はなめてくれます。口内の事情で、とにかく滑らかにしてあげないと食べられなくなっているはるかさんです。それともうひとつ困っているのは便秘です。少食とは言え出てはいたのが、もうかれこれ二週間も出ていません。先生に相談しなければと思っています。

食べないからと暗くなる私より、しんどくて、しんどくて、どうしようもないだるさと闘って辛いのは猫の方です。飼い主は食べないからと自分が落ち込んで暗くなってはいけない、そんなときほど笑顔で接してあげなければならないと反省した次第です。皆さんの猫さんも、心配顔や悲しい顔の飼い主さんより、明るい笑顔で、明るい声で、話しかけてあげる方が、しんどさを和らげることになるのではと思います。いろいろあります。でも、頑張りましょうね。 良

 

 

 

 

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2019年5月29日 (水)

より良く過ごしたいエンジェルタイム

ご無沙汰いたしました。
はるかさんの状態は、よくない方向へ進んできました。

歯周病&口内炎は薬を飲ませて改善しましたが、薬が無くなると再び食べるのが辛そうに見えます。その為か病気の腎機能の悪化もあるのか、食欲そのものが減退してきました。きのう喜んで食べたものを翌日にはもう食べなくなるなど、好きだったものすべてがみるみる拒絶になっていきます。そのたび私も元気をなくし、暗い気持ちになってしまいます。

あれから結局のところ既製の好きだったフードを与え、少しでも栄養を摂って欲しいと考えました。そのフードが腎臓にいいとか悪いとか言っていられなくなってきました。私が作るフードでは(と言っても野菜類は食べてくれず、魚かチキンをレンジで解凍したり細かく刻んだりという程度のことになっていたが)、サケとチキンを食べなくなり、タラだけは食べてくれたのに、口の中の状態が悪くなって以降、タラをすり潰しても殆ど食べてくれなくなりました。来るべき時が来たのかもしれません。いよいよ本格的に‘エンジェルタイム’に入ったのかもしれません。

ベランダへ出ることもしなくなりました。気持ちよさそうに寝ていたのに、敷居をまたいで出るのが億劫になったのかもしれません。それでも朝になると私のベッドに上がっていることが多く。私が目覚めるのを静かに待っています。目覚めたら餌の要求をする鳴き声が、一度だけあったのも無くなりました。むしろきのうからは口のそばにトロトロのフードを置いても舐めるどころか砂を掻くような仕草で拒否をします。この朝食は最も好きなものだったのにと悲しくなりました。それでも私は今朝、それをシリンジに入れて強制給餌をおこないました。無理やり口に入れました。

私は毎日とても迷っています。猫の意思を尊重すべきか、それとも人間が考える‘出来るだけ長く生きておく方法’を行うべきかについてです。医療に関しては延命治療は一切しないと決めています。先日の「もうこの子は十分に頑張っていますよ」という先生の言葉にも、そういうことはこの子には不要だという考えを感じ取りました。ただ私が案じていることは、今後はもっと水分が体から無くなっていき、皮が骨に張り付いたようになって辛そうな状態になった時、それを私は見守るしかないという誠に双方が辛い時が確実にやってきます。人間の臨終間近のように、その時に苦しみを和らげる処置というのはあるのだろうかということです。もとより安楽死は望んではいません。もし苦しみの時間が長く続けば私も本当につらく悲しいので、その時には誰を何を頼ればいいのだろうと考えてしまいます。

結論から言えば誰も頼れないのです。苦しい彼女をそばで優しく励まし、別れを惜しみながら眠るように逝くまで私は見守り続けたいと考えています。けれど今、そのことを考えることが辛く、苦しく、悲しくてどうしようもありません。確実に‘エンジェルタイム’に入ったかもしれない今、さしあたり出来るだけ長い時間を彼女が喜ぶ‘私もそばに横になる’ということをしてあげたいと思っています。もはや彼女は嬉しい時のゴロゴロゴロすらできなくなっています。それでも唸るような声で、喜びを精いっぱい表してくれます。けなげです。せつないです。愛しいです。

最近、私の目は一日じゅう涙でいっぱいです。風邪でも花粉症でもないのに鼻をシュンシュン言わせています。私の方がずっと情けない状態です。一日のシーンを何枚も写し、記録して書き留めています。なるべく明るく接し、‘その時’が来ても取り乱すことなく静かに送ってあげられる飼い主にならなければと考えているところです。

こういう事情で更新がままならなくなりました。生活のすべてを老猫はるかさんに捧げて共に穏やかに過ごしたいと思っています。  良

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2019年5月20日 (月)

老猫に改良型手作りご飯を開始決定 (腎不全stage4・1997年生まれ)

こんにちは、皆さん。
前回の記事投稿から約二週間が過ぎました。ご心配をおかけしたのではないかと思います。はい、あれこれ大変と言えば大変でした。

前回に、次回は与えているサプリについて語ると言いましたが、サプリを与えることよりも食べなくなって困っていました。なかなか難しい老猫はるかさんは、喜んで食べていた私の‘手作りごはん’を突然に拒絶してしまいました。えっ?あんなに喜んでたくさん食べてくれたのにナゼ??猫とは気まぐれ、こういうこともあろうかとは思っていましたが、その時期は予想よりも早くやってきました。私の手作りごはんの作り方は大根を煮てつぶしたもので白身魚やチキンを和えるといったものが主流でした。記録によれば今月の8日、9日には‘サケみぞれ’‘チキンもぞれ’‘タラみぞれ’の記述がありますが、10日には‘赤魚みぞれ’を食べなくなってしまいました。あれれ、なんで?と私。それならと大根を洗い流して赤魚だけにすれば食べました。同じ日の午後からに元気がなくなるとも書いています。この日の午前には鮮度のいいサワラを多めに食べました。しかしそれがいけなかったとは考えにくいのですが・・。ということで、ここまでの特製手作りごはんは終了することになりました。

翌11日、以前から大好きで朝いちばんには必ず舐めるアイシアの‘健康缶(パウチ)20歳’です。その他、日清の‘和の究み’、‘ピュリナモンプチかがやきサポート18歳’、‘ピュリナ テリーヌの缶詰2種’と‘たっぷりとろとろソースの2種’、‘にゃんにゃんカロリー<ミルク味・ホタテ味>’などを利用。大根ナシのタラやサケの身を与えると食べましたが、療法食は相変わらずスルー。もう彼女が療法食を口にすることは無いと見えました。(療法食のドライは以前から。ウェットもすべてNo!) 食べてくれるこれらの既製フードは年齢や腎臓に配慮したという文字があるものの特に表示がなく、好きなフードには健康な猫用のフードもあります。配慮したフードも療法食のような効果は無いでしょう。それらを与えて腎機能は更に悪くならないかという懸念がありました。しかし、何も食べてくれないなら与えるしかない。この日の記録にはその心配を私は書いています。フードに、リンや窒素の吸着させるサプリや鉄分とビタミン補助、乳酸菌などもこまめにフードに混ぜて与えることでいくらかの気休め(私自身の)になってはいましたが。(※初めて与えるフードは、まとめ売りだと食べない時に困ります。ヨドバシでは何でもひとつから送料無料です。猫フードのお試し買いでよく利用しています)

5月13日、朝に吐き、食欲なく食べ方が少ないなか、午後にはとっても頑張って、うなりながら三回ウ〇コを出し、疲労困憊してベランダで力なく寝ていました。食べないし元気がなく、どうしたものかと考えこみました。もしかしたらこのまま弱り続けて・・と悪い方向に行くのではないかと考えてしまいました。翌14日、私も風邪をひいてしまい絶不調に。猫も飼い主も全く元気なく、それでも猫のこととなると飼い主は起きてシャキッとして世話をしていました。タラやサケを好きなモンプチテリーヌで和えてみたらどうかと思いつき、試してみると食べました。猫は味よりも匂いです。まず匂いを嗅いで食べる食べないを決定します。見た目も味も殆ど関係ないと書かれていました。そうか。好きなフードのトッピングや和え物でタラやサケやチキンを食べさせようと考えました。そしてそれは成功しました。(^_-)-☆

この頃に気になる仕草が始まりました。食べる時に左手で口の所を激しく掻きむしるような仕草をするのです。16日にはよだれも垂れて可哀そうな状態になりました。翌17日に病院へ。先生は一目見て「あ、歯周病ですね」と。続けて「でも歯も抜けないし、どうしようもないので炎症を抑える薬とステロイド、それから便を軟らかくする薬を出します」と仰いました。24歳5ヶ月まで生きた先輩猫のダッコも、その昔、上下の奥歯4本をブいてもらったことがあrりましたが、20歳より若かったので可能でした。今のはるかさんの年齢では麻酔も抜歯も不可能、対症療法しかないのでした。粉薬、プレドニゾロンの錠剤(これは飼い主が長年お世話になったステロイド)そして便を柔らかくするシロップの三種類をもらって帰りました。それらの薬は効果テキメン、口の中の違和感は無くなったようです。薬は8日分が出ましたが、ずっと飲み続けるのかどうかまた聞くつもりです。

口の違和感が無くなればよく食べるようになりました。私は新たな手作りごはんを考えだし、作り始めました。それは何もかもトロトロにして与えることです。つまり人間でいうところの完全な介護食、ミキサー食です。試作品を与えると、美味しそうに舐めてくれ、少し離れて見守っていた飼い主は「ヤッタァ!舐めてくれた~!」と無言で大喜び。\(^o^)/これならタラ・サケ・チキンの三種の神器や野菜類も与えることができます。口の痛みが改善したらタラの身など軟らかいものはそのまま食べてくれるようにもなりました。彼女はなかなかのグルメになっています。タラでもとびきり鮮度のいい身なら食べるけれど、しばらく冷凍していたものはスルーとわがままで贅沢なご隠居になっています。!(^^)!
今、私のするべきことの優先順位第一位は、はるかさんの介護です。私はすべての自分の好きなことは中断させ、ひたすらに彼女に尽くし続けることが任務であり歓びなのです。おなかが満ち足りて穏やかな表情で眠っている彼女を見ていると幸せを感じます。また少し体重が減ったはるかさんです。取り戻すように介護食づくりを頑張ります。私の方、何とか46キロ代に乗り、あと1キロほど増えるように頑張ります。

サプリの件です。今、はるかさんは歯周病の薬を優先していますが、使用してきたものは効果があるのだと思います。以下に名前を書いておきます。効能などは皆さんでお調べくださいね。
〇キドキュア 〇カリナール2  〇ペット チニック 〇プラチナ乳酸菌5000α(アルファ) 〇ベンスルー
腎機能に関しては先生から指示のセミントラをネット購入して継続しています。ネフガードは食べ物に混ぜても嫌がるのでi今は与えていません。

先生に言われました。「いやぁ、よく頑張っていますよ、この子は本当に。水分も十分にあるし」と背中をつまんでおられました。輸液は猫も私も頑張っていますからね。うれしいお褒めの言葉でした。この記事が何か皆さんの参考になれば嬉しいです。今後は栄養価の高い、美味しいとろとろフードを研究して作ってみます。既製品と工夫を凝らした手作りごはんの混合型で今後も続行です。頑張ります。  良

 

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2019年5月 7日 (火)

本日の猫ランチ(5月7日Tues.)

今日のお昼も喜んで夢中で食べてくれました。完食でした。
『赤魚の大根みぞれ和え おろしキュウリ添え』です。

手作り猫ごはんで赤魚を使うのは初めてです。白身のあっさりした魚です。
煮付けなどでおなじみの魚ですが、はるかさんには味付けなしです。赤魚
の皮は薄いので少し残してみました。カラフルで見栄えがしますね。

すでにお気づきのように大根は常に使います。軟らかく煮て潰したものを
一食分ずつ冷凍していますが、毎食使うのですぐになくなってしまいます。
人間の食事で言うと、ご飯(米飯)のような役割を果たしています。

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夢中で食べている様子がコレです。↓
はるかさんは顔が黒いので表情はよくわかりませんが、夢中で食べて
鼻先で押していき、器の向こうからこぼれそうになっています。
仔猫たちは「こぼれたのはボクたちがもらうね!」と待っています。

Dscn0068_512

これらの食事の時や前後には薬やサプリを服用させています。
私も続けているサントリーのサプリがありますが、長く服用すると効果が
あります。次回は、はるかさんが服用しているサプリをご紹介します。
猫にサプリという考えが無かったのですが、このブログの訪問者様に
教えていただきました。確かに効果があるように思います。

2キロを切りそうだったはるかさんは、手作りご飯とサプリの効果か
体重が今は2.3キロになりました。日によっては2.4キロの時も。
猫ご飯の店主は二時間ごとのはるかさんのご飯に少々疲れ気味。
でも効果が見えてきたので俄然、張り切って作ろうと思います。
これらの記事が皆さんの参考になれば嬉しいと思っています。良

 

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2019年5月 3日 (金)

本日の猫ランチ

↓ これは今日のお昼御飯です。
鮭と鱈(サケとタラ)の大根&人参みぞれ和え、季節のスナップえんどうをトッピング。
美味しそうに食べてくれて完食です。\(^o^)/ 猫食堂の店主も大満足。(^_-)-☆

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↓ これはその前の食事中のはるかさん。この時も夢中で食べて完食。
そばで見ている子たちもビックリの食欲でした。(-_-;)

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2019年5月 2日 (木)

腎不全の猫に「手作りご飯」を選んだ覚悟と決意

こんばんは皆さん。新しい元号「令和」となって二日目になりました。前日と当日、世間は大騒ぎでしたが、私は相も変わらず猫と過ごし、ひたすら猫ご飯を作り続けていましたよ。ここへのご訪問の皆さんは大の猫好きか、はるかさん同様に腎不全を持つ猫さんがそばにいる方々だと思います。今日は私が「手作りご飯」に切り替えた理由に始まり、その覚悟と決意について少し語りましょう。

今月の半ば、彼女が喜ぶだろうと思って外へ二度も連れ出したことが原因で、疲れすぎたせいか全く食欲を失くしてしまいました。元より療法食は好まなくなって食べ残しが増えていました。全く食べない日もあり、完全な療法食ではなく、‘腎臓に配慮した’フードというものなら口にするといった状態が続いていました。そういうものを与え続けていいんだろうかと不安を感じながらも、全く食べないのは困るので与えていました。しかし、今回は動くことさえできず、体重も2キロを切りそうになってしまいました。天気のいい日に外へ連れ出せば喜ぶはるかさんを、つい以前の元気な時のように勘違いしてしまったことを反省しました。食べない、動かない。もうだめかもしれない・・。私のベッドから下りることも出来ない弱りように困り果てました。あいにく動物病院が休みの日で、その間どうしようかと考えました。好きなものなら食べてくれるだろうか。何か食べさせなければもっと衰弱してしまう・・。それまで食べていたヒルズの缶詰は食べなくなり、元気な時に大好きだったモンプチの缶詰が残っていたので与えると食べました。記録によると4月半ばから元気がなくなり、冷蔵庫に保存していた冷凍のタラとサケは食べたので私は救われたような気持になり、ヒルズほか療法食を全く食べなくなったはるかさんに「手作りご飯」で行こうと考えたのは4月19日の事でした。うれしさのあまりブログにも書きました。

それ以来、私は手作りご飯を作っています。試行錯誤(trials and errors)の毎日です。私は真剣そのもので、食べてくれたらバンザ~イ。時間をかけて苦労して作ったのに、クンクンと匂いを嗅いですぐにソッポを向き、砂を掻くような仕草をされて瞬殺の時はガックリです。はるかさんが完全な手作りご飯になって十日少々になります。必要なものを準備して冷凍しておくと、その都度おこなう手間が省けること、何が好きで何が好きではないかなど、かなりのことが分かってきました。準備の要領も心得てきました。しかし分からないこともあります。それは市販の療法食の利用を辞め、手作りご飯だけで本当にいいのだろうかということです。市販のものはきっと腎不全に必要な要素が満たされているに違いない、応急の知識を詰め込んで始めた私の作るものだけで大丈夫だろうか。この疑問は今でも完全に消えてはいません。常に頭の片隅に不安もあります。それでも私はこの選択を変更するつもりはありません。それは食生活の変化と共に、はるかさんにも大きな変化があり、それは市販の療法食を無理やり食べさせていた頃とはまったく違う、待っている間のいきいきとした表情や、美味しそうに夢中で食べてくれる様子が見られるようになったということです。

私には思い込みがありました。それは市販の療法食が完全無欠なものであると信じていたことです。毎日それさえ与えていれば腎不全でも長く生きられるのだと思っていたのです。ですからそれを食べなくなったら別の療法食を買って与え、ダメなら封は切ったものの無駄になり、開封でも受け取ってくださる団体へ送付するなどしてきました。ようやくヒルズの缶詰で落ち着いたと思っていたところ、それも飽きて喜ばなくなり、体調が良くないと全く食べなくなってしまいました。どんな療法食も続けば飽きてしまうのです。それからは何か猫の好むものが入っているだろうと思われる‘腎臓に配慮した’という文言が入ったドライフードやパウチを頼るということに陥りそうになりました。そういうものは完全に信頼していいのかどうか分かりません。だとすれば、内容がわかっているものを食べさせること、猫が喜んで食べること、この二点を満たすのは手作りご飯しかないと考えました。なぜもっと早く気づかなかったのかと悔やみましたが、まだ間に合うと思って作り始めました。人間もそうであるように、毎日おなじものばかり出されたら嫌になります。好きなものが並ばない食卓なんて嬉しくありません。私は体が弱い分「食」の大切さは十分にわかっているつもりです。美味しくて栄養があるもの。猫だって人間だって、そういう食事で体が回復し、心も満たされるのだと思います。

手作りご飯に変えてから、はるかさんの変化には目覚ましいものがあります。まず体重が200g以上ふえました。目力(めぢから)がつきました。以前のように生き生きとした目になり、ベッドからキッチンに居る私をいつもじっと見ています。いつも何か食べたがるようになりました。キッチンでは私のご飯の用意やら他のするべきこともたくさんあり、一日のうち長い時間をそこで過ごしますが、視線を感じるとはるかさんがベッドの上からカウンターのこちら側に居る私を‘ガン見’しています。自分のご飯はまだかなぁといつも考えているようです。もともと食べることが大好きな子でしたからね。心から食べることを愛していた猫さんでした。

私のこの選択が正しいのかどうかは分かりません。しかし市販の療法食を食べなくなった今、他に選択肢がありません。現役引退のシニアの特権である多くの自由な時間を利用し、22年間も共に過ごしてくれたはるかさんに、私の時間もエネルギーも捧げ尽くすことは喜びです。食事を用意する間、じっとこちらを見て待っている彼女。この幸せな時間は永遠には続かない。それは分かっていることです。もしも私の命が尽きるまで彼女が生きられるものならば、私は死ぬ寸前まで彼女のご飯を作り続けることでしょう。

動けて幸せ、トイレに行けて幸せ、ベランダのガラス戸の前で日向ぼっこが出来て幸せ、カチャカチャというご飯の用意をする音が聞こえて幸せ、美味しくて幸せetc・・・。はるかさんが幸せを感じている時間を出来るだけたくさん持てたら私も幸せです。一生懸命に料理をしてあげる彼女が居て幸せ、彼女は美味しくて幸せ。それでじゅうぶん。後悔なんて出来ようもない。するはずもない。そう思って私は手作りご飯を作り続けます。読んでくださってありがとう。あなたの猫さんによろしく。頑張りましょう。それではまた。良

 

 

 

 

 

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2019年4月28日 (日)

猫の「手づくりご飯」レシピ(その2) 市販の療法食を食べない腎不全の猫さんに

腎不全の犬や猫に手作りご飯をつくるには、食材を選ぶことが大切です。たんぱく質、カリウム、ナトリウムなどの制限がある一方で、それらの栄養素もまったく無しでは身体を維持できません。良質のたんぱく質を選び、抑えるべき栄養素は食材を厳選し、与え方にも工夫が必要です。食材と準備方法、いくつかのレシピを私がつくったものの中で、22歳になる老猫が喜んで完食したものをご紹介します。

材料 
☆肉・魚・・・鶏肉 (モモ・ムネ いずれも可能)  鮭 鱈 鰈 (サケ タラ カレイ)
☆野菜・・・大根 人参 胡瓜(キュウリ) 水菜 小松菜など葉物野菜
☆米飯・卵など

食材の下ごしらえと保存方法
肉・魚
1.鶏肉や魚はレンジにかけて熱を加えた後、皮、骨、脂などを取り除く。
2.肉や魚は身をほぐし、鶏肉は叩く、すり鉢でする、フードプロセッサーで細かくするなどし、食べやすくする。(私は粗みじんに切ったあと、ミニすり鉢を使います。瓶などで叩いた後、刻んでも可能)
3.食品トレーを必要分利用し、2の食材を薄く平たく貼り付けるようにし、軽く押さえて冷凍する。
4.完全に凍れば適当な大きさに割り、それぞれチャック袋に入れて保存する。

野菜ほか
1.大根は5ミリ程度の薄さに輪切りをし、ひたひたの水で柔らかくなるまで煮る。
2.煮えたら熱いうちに叩く、摺る、調理器具使用のいずれかの方法で殆ど塊がない状態にする。(歯ごたえを好む猫さんの場合、多少の塊を残してください)
3.トレーを用意し、スプーンでひと匙すくって置いていく。この時、大根からでた汁も同時にすくう。(ひとつが一食分になります。量は猫さんにより異なります。まず適宜で試してみてください)
4.人参は5ミリ角もしくは薄い角切りにして残った大根のゆで汁で煮ます。
5.軟らかく煮えたら湯切りしてトレーに平たく並べて冷凍し、凍れば割ってチャック袋で保存する。
6.キュウリは熱を通さず、与える猫ご飯を温めたのちにすり下ろして加える。
7.葉物野菜は湯がいたのち、細かく切って猫ご飯に混ぜる。
8.卵もよい食材です。ゆで卵や卵とじを好みます。

米飯
野菜類は「みぞれ和え」のような感じになり、米飯を使うと雑炊や、おじやになります。(雑炊はサラサラしたもの、おじやはぽってりした状態まで煮たものだそうです) 白粥(しらかゆ)や、おじやにして同じ要領でトレーに載せて凍らせておくと便利です。卵でとじたおじやも好みます。タラやサケ入りのおじやも凍らせておくと便利です。

◎作るうえでの注意とコツ
・どの食材も絶対にナマで与えない。かならず火を通す。
・しかし食材は過熱しすぎない。(水分を飛ばしてしまうとうまく潰れず貴重な水分補給が害されます。また、加熱時には必ずラップか蓋をしてください)
・味付けはしないこと。人間ではないので塩味などはあまり必要ありません。腎臓に最もよくないので絶対に調味料は使わない。天然のだしを使うのは可能で風味や香りが増します。猫は香りが肝心です。
・猫は生温かいものを好みます。解凍後、まだ冷たかったり熱すぎては食べません。人肌くらいが最適です。与える前に常温解凍し、1~3秒ほど加熱するのがいいでしょう。凍ったものを解凍する場合も温める場合も必ず蓋をしてください。熱いのが飛び散って危険です。レンジ内も汚れます。やるうちに加熱時間のコツが次第にわかってきます。も

これは食材をトレ―で冷凍するところです。上から順に鶏肉、鮭、人参、大根。下の2枚は上から「とり肉と鮭のみぞれ和え」と「鮭と鱈のおじや」です。はるかさんが完食してくれた猫ごはんです。今後も完食した猫ご飯を掲載します。

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2019年4月26日 (金)

市販の療法食を食べない腎不全の猫に「手づくりご飯」を

こんにちは皆さん。ココへお越しの皆さんは病気のワンちゃん猫ちゃんと暮らしている方が多いのではと思います。特に件名によく入れている‘腎不全’を患っている大事な家族である犬さん、猫さんがそばに居る皆さんではないかと思います。私もその一人です。ですから皆さんの多くが悩んでおられる‘療法食を食べない’、‘他のフードも食べない’、‘水分の摂取も少ない’などのことは私も向き合っている悩みです。少しでも食べてくれるように、できれば腎臓に負担のかからないものを喜んで食べてくれたらと願って工夫を始めたところです。

療法食を食べない、他のフードも何も食べない。この状態になる場合、病気が進んで食欲が減退しているなどの理由があります。痩せてきたのが明らかで、もしかしたら、もう・・・。と考えることもあるかもしれません。でもあきらめないでください。私もあきらめません。動物が苦痛な延命には私は反対の考えを持ちます。しかし本来かれらが持っている生命力を応援し、関わった人間として出来る限りのことはしたいと思う気持ちは強いです。それは皆さんも同じでしょう。

その生命維持が『食』です。人間も動物も、みな『食』が生命を左右する最も重要なものだと思っています。人間ならば食べられなくなれば流動食という手段があります。それも賛否両論で選ぶのは自身でしょう。けれども動物にそこまでする飼い主さんは寡少です。食欲を感じて美味しく食べてこそ元気が出るのは人間も動物も同じだと思います。ですから急に食べなくなったからと決してあきらめずに、愛する猫さん、犬さんにあなた自身が美味しいご飯を作ってあげてみてください。難病指定の膠原病を持つ私が増悪(ぞうあく・病気が悪くなること)することなくここまで居られたのは、自身も『食』を大切にしてきたからだと思います。食事は手作りを楽しんできました。(自分の作るものが一番おいしい!)

しかし症状が重くなってきた猫に手作りごはんを作るというのは初めてのことです。それは療法食がすべてであると思い込んでいたからです。でも、そうではないのです。人間でも毎日おなじ缶詰ばかり目の前に置かれたらソッポを向きたくなりますね。それと同じです。反対にいつもと違った美味しいものが置かれたら食べたいと思いますね。そして食べたら元気を取り戻しますよね。それと同じです。今にして思えば過去の猫たちにも作ってあげればよかったと悔やむことしきりです。

2012年と2014年に大事な猫を失くしましたが、どうして自分で作ってみようと考えつかなかったのでしょう。病気の猫のごはんを作るといった発想そのものが当時は無かったのです。今になってそれが本当に悔やまれます。今はネットでそれに関する情報も多くあります。ただ情報が氾濫し、誤った情報も目にします。私は古い方の人間になり、これまで猫は自然のままに飼うものと考えていました。現役の時は猫に多くの時間を費やすことはできませんでしたが、今は猫の事にだけ専念できる状態になり、病気の猫のごはん作りについて勉強しながら試行錯誤をしています。

はるかさんで私は『猫じまい』をします。猫を飼う体力がなくなってきたと自覚したからです。それで彼女が飼猫では最後の猫で、長い長い猫生活の締めくくりの猫になります。したがってこれ以上は頑張れないと思うところまで彼女と一心同体で頑張りたいと思っています。そして共に過ごす穏やかな時間を大切にしています。そんな強い想いから、療法食がダメなら自分で作って食べさせようという気持ちが沸き起こりました。作って食べさせる。その選択肢もあることを、どうか皆さんも知ってください。

はるかさんは体重が減り、現在ステージⅣです。22歳、人間ならば104歳。頑張って生きていますよ。嬉しいことに手作りごはんにして体重が200g増えました。飼い主は頑張ります。今回は『手作りごはん』のススメについて書きました。追って私の考えたレシピを掲載いたします。  良

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2019年4月19日 (金)

腎不全の猫に「手作り猫ご飯」レシピ (その1)ステージⅣの超高齢猫が完食

皆さん、こんばんは。
前回、私が今はるかさんに与えている既製のフードをご紹介しました。しかし記事を書いて直後から、どれもお気に召さず、お手上げの状態になり、痩せていくのを困り果てて見ているという状態でした。猫はすべてにおいて気まぐれで、食べることにも一貫性がなくムラだらけ。腎臓サポートのフードをよく食べてくれた日は安心しましたが、全然食べてくれない時は私まで元気を失ってしまいます。午前に食べてくれたから午後にも食べてくれるとは限らず、喜んで食べてくれたものを次には砂をかくような仕草を食べ物の入った器のそばでして、拒絶の意思表示をします。(-.-) 
皆さんも同じことを経験されていると思います。そんな中、それならば腎不全にもいい食材で「手作りご飯」を作ろうと考えました。嬉しいことに、なんと今日は手作りご飯を夕方と夜の2回とも完食!思わず高い高いして褒めてあげました。少しも残さず完食なんて殆どないことなので、信じられなくて、とっても嬉しくて、思わず今日はここに出てきてしまいました。では、さっそくそのレシピをお知らせ致しましょう。

◎『大根withタラ&鮭 かがやきソースがけ(ゆで卵の黄身トッピング)』(☆☆☆☆☆)←完食
長い名前になりましたが、使用した材料すべてを表示して名付けました。

1.大根は煮えやすい切り方で軟らかく煮る。だしも調味料も加えずに水から入れて軟らかくつぶれるくらいまで煮る。

2.生タラと生サケはラップをしてレンジにかける。(湯がくよりも味が抜けない) その時に出た汁も使う。

3.大根をつぶし、タラは皮を除いてほぐし、それらをすり鉢で摺るかスプーンなどで完全につぶし、汁も加えてよく混ぜる。

4.指先で(3)をつまんで食べやすいように底辺が10円玉くらいの大きさにし、高さをつくって盛る。(量は調節してください)

5.‘かがやきサポート18歳’(モンプチ まぐろスープ)をソースのように少しかける。その上にゆで卵の黄身をトッピングして出来上がり。(^^)
※固ゆでの卵は先に用意しておいてください。(私は大根を湯がくとき一緒に卵も茹でました)

今日の夕方、自分の食事作りをしながら、はるかさんの食事も、ままごとのように楽しく作りました。食べてくれるかなぁ。そんな不安を抱いて、寝込みを襲い、手早く注射針をブスッ!寝ぼけまなこのはるかさん、でも目の前に置かれた夕方に食べたおいしかったご飯がまた置いてあります。いつも針を刺すまでは食べず、私が失敗せずにうまく刺せて痛くなかったら食べ始めるのですが、すぐに食べ始めて二度目のとびきり美味しいご飯に抵抗ゼロで輸液もスムーズにできました。

私は料理が大好きです。今日は届いた有機野菜の中にあった大根を使って自分の夕食の一品に煮物をしようと考えていました。その時に隣のコンロではるかさんの介護食も楽しく作ってみました。鱈や鮭(タラやサケ)は必ずナマを使ってください。私は冷凍庫に常に人間の鍋用らしき骨なしのタラとサケの切り身をストックしています。更にサケは熱を加えてから身をほぐしてそぼろ状にしたものを冷凍しておくと猫ご飯づくりに便利です。ほかの具材と混ぜたりトッピングにも使えます。料理好きの人には猫の手作り療法食を研究するのも興味深いことかもしれません。注射をされつつも必死で食べる姿は何とも愛らしく、愛おしく、これからも彼女のためにいろいろな腎不全の猫ご飯を作ろうと決意しました。尚、このメニューは腎不全にやさしい食材ばかりで作りました。安心してお試しあれ。(^_-)-☆

今日は旧宅へ行き、馴染みの庭で昼寝も楽しんできました。はるかさんは何と助手席できちんと坐っているか、香箱坐りをして車でもいい子なんですよ。今週は火曜日にも連れていったので、週に一回くらいにしようと思っていたのだけれど、朝に玄関ドアの方へ行き、外へ出たがるそぶりをしたので連れていきました。私は1時間半ほど庭作業をしました。その間、庭で彼女は気持ちよさそうに眠っていました。今その旧宅を守っているのはトグロと名付けたにゃんこ(♀)です。皆さんにはまだお知らせしていませんでしたね。私はどうしても猫との縁がつながり続ける運命(さだめ)なのかもしれません。ほぼ毎日、餌やりに通っています。私が行けない時には旧宅のそばに住む長女が行ってくれます。

はるかさんの腎不全は決して改善はしていません。しかし私が暗くなっても彼女の腎機能は改善しません。そもそも壊れた細胞は二度と復活しません。しかし、それでもそこそこ生きる猫さんが居ます。それなら私が明るく前向きになって彼女に接したほうが嬉しそうに見えます。今日は二度の完食に大喜びの私でした。私は普通ならあまり連れ出さない状態の彼女を連れ出して抱っこして野原を歩き、外の空気にふれて太陽を浴び、草の匂いを嗅いだり、時には草を噛んでみたりと本来の自由猫の生活に近い暮らしを今後も続けさせてあげようと思っています。帰ってきたら疲れるのかぐっすり眠ります。美味しいご飯も腹持ちがいいのかよく眠っています。楽しかったね、はるかちゃん。食べてくれてありがとう。今日は嬉しい一日でした。

それではよき週末を。 皆さんと、皆さんの猫さん、犬さんに幸いあれ。  良

 

 

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2019年4月14日 (日)

超高齢猫 腎不全「ステージ4」食事の工夫いろいろ

こんにちは。やっと暖かくなりました。大阪での桜は赤い若葉が出て、ところどころ緑色になりつつあります。
その後、私は少し体重が戻りました。もうじき46キロまで回復しそうな感じです。ベストの体重は47~48キロくらいで、それは18歳の時から変わりません。それが45キロを切ることは私には大問題です。身長から言えば48キロでも足りないらしいですが、長年の間それがベスト体重がその辺だったので、1キロのマイナスも私には一大事です。この度の3.5キロの減少には気づくのが遅れて危ないところでした。
愛猫の方は昨夜に計ったら2.2キロと芳しくありません。日によって元気な時とそうでない時があり、元気がない日は食欲がありません。輸液がうまくいかなかった日は必ずその後に元気がなくなります。抵抗されたり逃げられたり、私が上手に針がさせない日なども毎日の規定量が補液できなくなり、直後に元気がなくなります。そんな時は食べてくれそうな猫食をあれこれ作ります。その工夫を書いてみます。

◎いま食べているフード(すべて腎臓サポート用フードです)

(1) ヒルズの缶詰(小)

シチューです。ツナとチキンがあり、ジャガイモやニンジンも入っています。開けてすぐの時は喜んで食べます。新鮮で汁気も多く、食べやすいのかもしれません。この時もはるかさんは少食で、ティースプーンに1匙です。中に入っているツナやチキンの塊が大きい時はつぶしますが、豪快に噛みたい時もあるようです。尚、只今チキンの方は工場の生産ミスなのかチキンの肉がとても大きいです。老猫でしかも進行した病気の猫には無理な塊なので電話してヒルズ尋ねました。しかし日付がいついつまでのはそうなりますとミスを認めず謝罪もありませんでした。他にも多くの同じ意見が寄せられていると言いながら、謝罪の一言もないのは如何なものでしょうか、日本ヒルズさん。

ゴロゴロとした大きな肉の塊は104歳には無理なフードです。その為、スプーンで潰したりすり鉢を使って滑らかにします。人間もそうですが、超高齢猫は大きなものを噛むのも億劫、器の中のフードまで首を低くして食べるのも億劫だというふうにも見えています。それらに対する工夫は、タオル布巾を丸めて器に角度をつけてあげるように敷きます。手前を低く、向こう側を高くします。それでも食べるのを辞めるのが早くなっているので、半分ほど残ったものを素早くスプーンで集めて私の手のひらに乗せて鼻先へ持っていきます。するとまた食べ始めます。舌の温かさを感じますが、彼女も私の手のひらの温かさが心地いいのかもしれません。そのようにすると、ほぼ完食します。一生懸命に食べている時に大いに褒めてあげることも大切です。「すごいすごい!」「おいしぃおいしぃ!」など声をかけると張り切って、頑張って完食しようとしているように見えています。心配な時でも明るく呼びかけることを心がけています。1回分を使った残りは同じ量をトレーに乗せて冷凍します。解凍時の注意は火が通りすぎないこと。できれば冷蔵室で自然解凍し、5秒以内ほど温めるというのが最適です。温め過ぎると肉類が固くなり、独特の匂いもするので食べにくいようです。でも手間暇かけて用意しても、瞬殺でソッポを向かれることもたびたびです。(*_*; 

(2) ヒルズの缶詰(大)

こちらは大きな缶(人間の普通の鯖缶くらい)で、完全に練ってあり、なめらかな状態です。これも一度にスプーン一杯ほど与えますが、それもなかなか完食とまでいきません。上記のフードに飽きた時に与えると喜んで食べます。固形物が無いので舐める感じです。これもツナとチキンがあります。こちらも蓋を開けたらすぐにスプーン1杯分ずつ食品トレーに並べて冷凍して保存します。

(3)ドクターズケアのドライフード

メインはこれらの缶詰ですが、ドライフードも与えています。ロイヤルカナンの3種とヒルズは完全に食べなくなってしまいました。その為、ドクターズ・ケアのドライを2種買ってみました。チキンの方が気にいって、最初はよく食べてくれましたが、今は殆ど食べなくなりました。硬さや大きさは超高齢猫にも適していたので、また食べてくれるよういつも置いています。ご褒美カリカリとしては日清の「和の究み」を少しだけ与えることがあります。ちゃんとご飯を食べたあと、褒めてご褒美に5粒くらい与えます。なんでしょう。ものすごい勢いで噛まずに飲み込んでしまうほど好きですね。それと同じような利用は銀のスプーンの腎臓サポートおやつ「カリカリシーフード」です。これも3~5粒のご褒美です。猿ほど賢くないかもしれませんが、頑張ったらご褒美が出る。これを猫にも覚えさせようとしました。

(4)その他に与えている食べ物

無脂肪、無糖のヨーグルト少々を時々。私が毎日食べているので、その時にほんの少しスプーンの先くらいの量を与えると喜んで舐めます。その他に好きなものはカボチャ、菊芋、人参などです。すべて無味でレンジをかけて火を通しただけのものを潰して少量を与えると食べます。大好きなイワシやサバやホタテなどは食べさせてあげたいけれど辞めています。(しかしどこかのタイミングで、大好きなものを食べたいだけ与えるという判断はするつもりでいます。それは私が覚悟を決めた時です)

(5)その他に補助的に与えているウェットフード

メインの食べ物には度々飽きてしまいます。そんな時、仕方なく腎臓サポートではないフードを少量使ってメインを食べさせます。それに使っているのがPURINAモンプチ「18歳かがやきサポート」、Aixia「健康缶」(これは腎臓ケアと書いてあります)、そしてアースペットの「にゃんにゃんカロリー」です。これはミルク味にしてあるのでとても喜んで舐めます。まったく食欲がなく、もう駄目かと頭をよぎった時に買ってみたら舐めてくれました。これにはサプリも混ぜられます。サプリは大方が無味無臭なので、乳糖フリーのミルクに混ぜて与えることもあります。ヒルズの缶詰(大)にモンプチのテリーヌ(白身魚)をほんの少し混ぜてトロトロに練ると喜んで完食します。

「かがやきサポート」と「健康缶」(腎臓に配慮)は狂ったように舐めるほど大好きです。はるかさんの先輩猫だっこ様は24歳5ヶ月まで生きましたが、彼女の好みでカリカリだけで長年やってきました。その後、老いて歯が弱くなってモンプチのテリーヌとハサミで細かくしたピュリナのドライになり、健康缶を舐め続け(当時はパウチは無く缶のみでした)で、超々高齢猫として腎機能も最後まで悪くならず、完全に老衰で逝きました。その為、はるかさんも少しは楽しみも必要かと、これらを500円玉くらいの大きさでトレーに落として冷凍し、解凍して与えています。ちなみに朝ごはんは大好きな「健康缶」です。それがいちばんの楽しみのようです。早朝からいきいきした目でじっと待ち、温め過ぎたら熱くても待ちきれない様子で舐め始めます。=^_^=

(6)与えている薬とサプリ

動物病院の先生からは「セミントラ」を持続して服用との指示があります。尚、医院ではボトル1個で6000円ほどですが、私は輸入業者から3個9800円ほどで購入しています。他にサプリは「キドキュア」「ネフガード」「ベンスルー」「プラチナ乳酸菌5000アルファ」などを好きな舐めるフードに混ぜて与えています。(キドキュアは当サイトにお越しの‘ももさん’から教えていただきました)

今、はるかさんの食事のことに一日に何度も取り掛かり、それなりの時間とエネルギーを要します。眠っている間は私も少し休みます。そして起きたら「食べさせなきゃ」と思って動き出します。こんなことは引退した身だからできることで、現役の皆さんには到底無理なことかもしれません。はるかさんの愛息のJJは最後は痩せに痩せて可哀そうなくらいでした。今ほど様々な美味しいフードは無かったです。だから腎臓フードを食べない彼には思い切って大好きなエビを食べさせ続けました。とうとう水分が全く無くなり、体の皮がつまめなくなった日、私は大声を上げて泣きしました。その声に驚いたJJは悲しげに私を見ていました。それから間もなく彼は歩けなくなり、太陽が射す時、私は冬の庭を彼を抱いてゆっくりと歩きました。彼は青い空をじっと見ていました。

その最期の頃と母親のはるかさんが重なってしまいます。悲しいですね。いつか別れが来ることは。でも私は何年も前に決めていたことがあります。この子より先に逝ったり、私が入院など絶対にあってはならない。きちんと送るのだ。その想いを貫くべく、しかし出来るだけ彼女との日々を幸せに過ごすべく、これからも頑張りたいと思っています。すべての飼い主の皆さんは病気になった猫さんや犬さんに対し、手探りで関わっておられることでしょう。私もそうですが、決めたことに関して今回は後悔しないつもりです。皆さんも自信をもって貴方が選んだやり方で関わってあげてください。貴方の気持ちはいつも通じていますよ。頑張りましょうね。
長くなりました。はるかさん104歳。頑張っています。それでは今日はこの辺で。良

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2019年4月 6日 (土)

猫と飼い主に関する ご報告

皆さん、こんばんは。ご訪問ありがとう。大阪でも桜が満開になりました。
私の居る所には大きな桜の木がたくさんあって花盛りです。どれも満開です。
ベランダに出ると巨大な桜の木がすぐそこまで来ています。

午前中、何度か突風が吹き、そのたびに桜吹雪のみごとさに見惚れました。
風の吹くとおりに花びらの群れは舞い上がり、急降下し、渡り鳥たちが旅立つために飛び立つ様子を思い浮かべました。風向きが変わると花びらの群れは急激に方向を変えて更に舞い上がり、誤って私の居るベランダに舞い降りてきた花びらたちもいました。大きな桜の木よりもかなり上に居る私の所まで、花びらの思いがけないお客様が訪れてくれたことに笑みがこぼれました。それは夢のような幸せな時間でした。

猫のはるかさんは日により食欲があったり無かったりです。しかしながら比較的、元気にしています。昨年、彼女の具合が悪くなった時、次の桜まで無理かと思ったものですが、今年の満開の桜が分かるのかどうか、彼女は気持ちのいい春の陽射しを楽しんでいます。飼い主(ニンゲン)の方も徐々に食べられるようになり、少しずつ動けるようにもなりました。薬の副作用も軽減され、体重は500gほど増えました。猫とニンゲンの現在の様子を一緒くたに書きました。

週末ですね。一週間、お疲れさまでした。
それでは今夜はこの辺で。 良

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2019年3月28日 (木)

あれ

こんばんは、皆さん。
あの、どうしたのかなぁ。ご訪問くださった皆様がいつもより多くて。ココ猫の方ですよね。メインブログの『右近トーク』よりこちらの方が多くの来訪者様って初めてです。 はるかさんを心配してくださってるのかな。それとも過去記事かな。分からないけれど有難う。でも今あまり長く喋れません。

はるかさんは少し痩せました。もともと小柄な猫だから3キロくらいだったのですが、今は2.5キロです。食欲はある日と無い日があります。無い日には工夫して食べさせています。飼い主も激やせで困っています。もともと痩せ型のところへ3.5キロも減ってしまっていけません。それで頑張って食べているのですがね。只今、猫も飼い主も痩せちゃっています。頑張らないと。

あ、来ました。今日はこれで失礼します。また副作用が来ました。いざベッドへ。はるかさんは私がベッドに居る時間が長いのを喜んでいます。二人して早寝、早起きです。では、これで。皆さんも早めに休んでくださいね。おやすみなさい。ありがとう。良

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2019年3月18日 (月)

お知らせ

ご無沙汰しています。
お休みしますとお伝えしても御訪問いただき、ありがとうございます。
かねてより体調不良が続いており、その為これまで拒んでいた‘薬物治療’を始めています。
治療は長くかかりそうです。詳細については今は控えます。
 
皆様方には日々お健やかに、お幸せにお暮しくださいますように。
いつもありがとう。本当にありがとう。
それでは皆さん、ごきげんよう。     右近&良
 
上記はメインブログ『右近トーク』の本日の記事です。
はるかさんは頑張っていますよ。
この子のために私も恢復しなければなりません。
気分のいい時は出てくることが出来たらいいなぁ。

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2019年2月23日 (土)

猫のはるかさんは元気です

おはようございます。今日は晴れました。
ご訪問ありがとうございます。
 
年明け以後、新しく住むマンション決済から始まり、急いでリフォーム工事をし、一月末に何とか引っ越すことができました。(と言っても近くに越したので毎日のように旧自宅との行き来をしています) 時間も荷物をまとめる余裕もなく、とりあえずは自分で運べない大きなものだけの搬入をしました。そのため中に入れるものなどを毎日のように運んでいます。土日には娘一家の協力も得て少しずつ作業を進めています。
 
正式に新居に住み始めたのは今月の初めで、はるかさんも私もようやく落ち着いてきたところです。老朽化した旧自宅とは異なりマンションは気密性が高く、おまけに日当たりも十分で、はるかさんは毎日の日光浴が体にもいいのか元気にしています。ご安心ください。困ったことは食べすぎ、食べ物を欲しがりすぎくらいでしょうか。 きっと体調がいい証拠ですね。
 
この一か月半の間、私の出入りが頻繁で、気づくと元気をなくしていることもあって心配しましたが、今はすべてがうまくいっています。毎日30ccの輸液を続け、セミントラも飲ませ、食欲は旺盛です。ただひとつ気になることは、先日の血液検査でクレアチニンの数値が3.6から5に上がってしまったことです。しかし先生は見るとすぐ「いい感じですね」と言ってくださったように、体重も増えており元気そうなので、数値はさほど気にしないでもかまわないとのことでした。
 
しかし気になります。元気なんだけど数値が上昇。もしかしたら弱っていたので好きなものをとホタテを与えすぎたかもしれません。元気になる効果は確実にあったのですが、今はホタテはお休みし、ヒルズの小さい方の腎臓サポート缶(ツナとチキン味)のみにしています。それから朝にアイシアの健康缶20歳(パウチ)をひとさじだけお楽しみに与えています。それはダッコ(24歳5か月で老衰のため天国へ)が最期まで好んだものでした。ひとさじずつトレーに落として凍らせ、解凍して与えています。ヒルズの缶詰も開けるとすぐに鮮度が落ちるため、同じくトレーでひと缶を一回分ずつ冷凍、解凍して与えています。
 
新居でのネット環境が一昨日に整ったので、また元気な姿をお見せいたします。
皆さんの愛する可愛い猫さんは元気ですか?病気で奮闘している飼い主さん、頑張ってください。私にも何匹かの老猫介護の経験があるので、宜しければいつでもコメントからお越しください。公開するかしないかは皆さんのご意思に従います。おひとりで悩まないでください。
 
取り急ぎ、はるかさんのご報告でした。
サビ猫22歳、頑張っていますよ。=^_^=

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2019年1月29日 (火)

コメントありがとうございました

おはようございます。今日もご訪問ありがとうございます。
昨年11月27日の記事に対して、ももちゃん様よりコメントを頂いておりました。昨日、そのことに気づき、只今お返事を書きました。
私はこのようなドジがよくありますが、コメントは嬉しいものです。猫さんのことについての悩みなど、皆さんからもお答えがあれば有難いです。どうぞ皆さんも何でもお書きください。私からのお返事は必ず致します。よろしくお願いいたします。  良

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2019年1月28日 (月)

猫にも良い‘ホタテの貝柱’について

既読の皆様へ
この記事の最後に補足があります。よろしく。
 
こんにちは。ご訪問ありがとうございます。
腎不全の老猫に毎日の補液をしながら共に頑張っています。
只今、私は引っ越し目前のため詳しくは書けませんが、同じような猫さんを持つ飼い主さんへのお知らせを取り急ぎ。
 
少し前に、はるかさんと同じ22歳の猫を飼っている方がテレビで話していました。その猫は亡きお父様の拾った猫で現在は22歳。お父様は常々こう言っていたそうです。この猫には毎日ホタテを食べさせてやってくれ。娘さんは40~50代とお見受けしましたが、その言葉を忠実に守ってこられました。その結果、愛猫は22歳で元気そのものです!はるかさんも負けるかなという足腰で、階段を走って上がり降りしていました。
 
そこで調べてみました。するとホタテは猫に食べさせてもよい唯一の貝だそうです。ただし注意が必要です。ナマは美味しいけれどダメです。ひもや内臓も不可。貝柱の部分だけ火を通した状態で与えることとありました。早速1キロ入りの貝柱の冷凍を購入し、与えてみると喜んで食べました。食欲がなく痩せて心配していたところでした。私は忙しくしており、気づくのが遅れましたが今は食欲も戻っています。
 
皆さんもホタテの貝柱を愛猫さんにあげてみてはいかがでしょうか?
ネット通販で店がいろいろ有りますが、私は越前の‘甲羅組’さんのを購入、私も食べてみましたが大きくて立派。Gooです。先が長くはない老猫には奮発し、体に悪くなく喜ぶものなら何でも食べさせたいと思っています。皆さんもお試しください。もちろん人間も食べられます。本来はニンゲン用の商品です。人間はナマでのお刺身や寿司ネタがお勧めです。取り急ぎお知らせまで。良
 
<補足>
ホタテだけを与えるよりも、いつも食べているサポート食と一緒に与えてはどうですか?私はヒルズの腎臓サポートの缶詰(ツナ味とチキン味)の上に乗せると言うか埋め込むように、レンジにかけたホタテの切ったものを加えます。はるかさんは一日にホタテ貝柱2個のペースです。それぞれの体重や状態に合わせて与えてあげてください。
 

↑ねこちゃんホンポ様より

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