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2011年5月31日 (火)

雨にぬれたニゲラ

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花壇にはニゲラが満開です。雨にぬれ、花びらが小さな雨粒でキラキラ光っているのですが、このブログのテンプレートでは、これ以上は画像を大きく出来なくて残念です。一眼レフのカメラで遊ぶようになって楽しみがふえました。これまでの写真はすべてマクロ(チューリップマークの接写モード)で撮っていましたが、Avで写してみました。

ずいぶん写真を撮ってきたが、もっといい写真を撮りたいと欲が出てきた。デジカメのモード撮影だけでは不都合なことがよくある。晴れた日に花を写そうとしたらうまく写らない。夕暮だとフラッシュが自動的に働いてしまう。フラッシュ無しに設定しても何だかさえない写真になる。実はAutoだと、天候や明暗で誤作動が起きて思い通りの写真が撮れないことが多いのだ。便利な点は多々あるが、Autoは決して万能ではないと分かってきた。

しかし私は写真とは難しいものだと端からあきらめていた。だが、いい写真を撮りたい気持ちは強くなり、買ったのに放置したままのデジイチを使い始めた。これが面白い。カシャッという音も心地いい。今ではすっかり庭で過ごす相棒だ。学び始めたばかりで右も左も分からないが、とにかく楽しい。未知の世界に入っていく悦びを感じ、撮ったものをパソコンで見るときなど子どもみたいにワクワクする。

歳を重ねて大切なものは思い出と友人だと誰かが言った。それにもうひとつ加えたい。
“おもしろい”と思うことをたくさん持っていること。それは人生に退屈な時間をつくらない。
このおもしろいことを私は敢えて趣味と呼ばない。その言葉のニュアンスとは少し違う。

今日は動くことができたので、気になっていたラベンダーの剪定をした。強い香りにむせかえる。けれどもこの香りはきっと体と心にいい。切り取った枝につく花を乾かし、今年こそはポプリかサシェにしたいとは思いながら手を動かしていたが、裁縫が苦手な庭の主にはおそらく叶えられない。

動ける幸せを満喫した一日だった。
さて、いつまで持つだろうかとは、とりあえず考えないことにしよう。

また雨になるという。
太陽が大好きな植えた芋づるがダメにならないか心配だ。

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2011年5月30日 (月)

たいくつだニャア

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雨ばかりで退屈しているじぃじぃ。しかしこの庭のリーダーとしての自覚からか雨でも高い所で見張り番。いい顔でこちらを見てくれたから今だとばかりにカメラを向ける。シャッターを押した瞬間アクビをした。あ~あ。しかし、またとないアクビ写真が撮れた。霧のような雨が降っていた先日のこと。カメラはコンパクトデジカメ。

芋を植えたあと寝込み、昨日はかなりよくなった。届いてそのままにしていた麻のシャツに袖を通し、ニットタイを締めてみた。顔色はよくなかったが、シャツを着ると気持ちが引き締まる。こころなしか表情にもそれが出る。明日は起きられるかと期待したが、起きてみるとひどく調子が悪い。こんなことのくり返しに慣れたとはいえ、ものごとが進まない。病気との共存は受け入れてはいるが、共に存するのではなく支配されつつあるのではとつい案じる。

昨夜、というより未明、眠れないままに児玉清氏の追悼番組を再放送で観ていた。『週間ブックレビュー』である。私はこの番組が大好きだった。芸能界きっての読書家の氏が進めるこの番組を、いつも楽しんでいた。うっかり見逃すこともあったが、最後の出演となった3月5日は観ていた。その日、憔悴した氏の姿に驚き、心配した。そのときすでに体調不良を訴えていたとのことだった。

まだ元気だった頃に語った彼の言葉が印象に残った。
「僕は意気地なしで虫が嫌いだ。あちこちへ出かけていく勇気もない。けれど本は何でも教えてくれ、経験させてくれる」

私も意気地なしで出かけていけない。しかし本や映画は知らないことを教えてくれ、見せてくれる。だからベッドの上でも庭にいても、行ったことのない日本のあちこち、インドやチベット、アジア諸国や中近東など遙か遠い世界を旅しているような気持ちになる。

夜中にその番組を観ていると、突然に読みたい、書きたい気持ちが刺激された。
座って書く体力さえ取り戻せれば書きたい。書くために体力を回復したいと強く思った。
児玉清さん、18年間ご苦労さま。ご冥福をお祈りいたします。

動けないことを嘆かずに、今日は2つのブログを更新できたことを喜ぼう。
ベッドで出来ることはまだまだあるし、見つければ楽しみはいくつもある。
けれどあしたは動けますように。起きてみてのお楽しみ。

じぃじぃは外遊びができる天気を望んでいる。これも起きてみてのお楽しみ。

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2011年5月26日 (木)

ニゲラ

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ニゲラが咲き始めた。
これは先日撮った開花第一号。今はたくさん咲いている。

この花の種をくれた友人は、現在は山陰に住んでいる。
この草花が伸びてくると彼女のことを思い出す。
年賀状友だちになってしまった旧友に、来年はニゲラの花の年賀状を送ってみよう。

予想通り起きられず、眠りに落ちては目覚め、またいつのまにか眠っている。そんな一日だった。眠りと覚醒をくりかえすのは、体がもっと眠れ、もっと休めと要求するサイン。その要求にしたがって、今日は静かにベッドにいる。動けないときは逆らわず、寝ていることが快復する一番の早道。ベッドでは、夢うつつで物語の筋書きなど組み立てるもいとをかし。

近畿・中国・四国地方がはやばやと梅雨に入った。
きのう芋づるを植えておいてよかったと思う。
あしたは起きたい。起きられますように。

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オダマキ

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オダマキがたくさん咲いた。年を追うごとに株を大きくし、花の数をふやしている。種を落として隣にも別の株が成長し、また他の場所にも小さな株が育っている。花びらの先は色が違うが、枯れかけているのではない。こういう花なのだ。

いつもこの花はうつむき加減に咲き、写真を撮るのに苦労する。這いつくばって撮るのである。その時の私の姿は、泣いている子どもを覗き込むようにしてなだめるスタイルに似ている。てっきり顔を上げることのない花だと思っていたら、ある晴れた日、天に向かって微笑んでいるのを室内から見た。私の知らないところで空を仰いでいたのだ。その場所は建物の陰になり、午後からは陽が当たらない。日陰が好きな花だと思っていたが、ほんとうは太陽が好きだったのか。植物だからもっともだ。一見か弱そうなこの花は、実は生命力旺盛な花である。

一週間ぶりに快復した。そう口にすることが憚られる。なぜならば今日の午後にもぶり返しそうになり、明日、目が覚めたらまた不調になっているかもしれないからだ。そういう体になっている。いい時は長く続かず、すぐに次の不調が訪れることは珍しくない。

だから今日は頑張ってサツマイモの芋づるを植えた。注文しておいたものが届いたのだ。花の苗やツルは季節の果物同様に、いつ届くのか分からない。発送した旨のメールが来て到着を前日に知る。幸いにも体調が上向きになっているので、植えられそうだ。

陽が陰るのを待っていたが、曇ってきたので予定より早めに取りかかることにした。明日にも次の雨が来るという。植物は待ったナシだ。今日しかない。今日でよかった。毎年よりずいぶん減らして60本の植え付けだ。庭屋さんにお願いして、腐葉土や草木灰、油粕などを混ぜ、畝を立ててもらったので植え付けるだけだ。しかし今の私には重労働だ。出来るだろうかと不安がよぎる。

畝を立ててもらってから日が経っていたので土が固くなっている。それを鍬で起こして柔らかくしていると、肩が痛み、息が切れ、汗が流れる。いったん休憩のために家に入り、野菜ジュースを飲んで汗を拭く。また風邪をひくかもしれない。私は汗をかくと必ずといっていいほど風邪をひくのだ。それでも植える。秋の収穫を待ちこがれるために植える。暑い夏に水をやるために、水をやることができる体調でありますようにと願いつつ私は植えなければならない。

はるかちゃんとじぃじぃがそばで見ている。この親子がいる風景は私を癒す。安らぎを与える大いなる功労者である親子に深く感謝している。ふだん私は猫やカエルや虫や植物くらいとしか話さない。それがこよなく心地よく、私の弱い心身にやさしい。しかし鍬を振りながらはるかちゃんに言う。「君が人間だったらうんと手伝ってくれるだろうね」。働き者で元気者のはるかちゃんは黙っていた。けれども意味が分かったのか目を細めた。

これさえ終われば寝込んでもいい。ものごとに取り組む時、いつもそう考えている。どうせ時間はたっぷりある身だ。目の前にあることだけを無事に済ませよう。‘今この時’だけを頑張れたらいい。弱るにつれて私は欲ばらなくなった。その日の目標は一つだけ。それが出来たら歓ぼう。そんな考えが出来るようになったのだ。やむをえずそうなった。裏庭に植えきれずに残った芋づる数本を野菜用プランターに植え、やっと作業を終えた。

手を洗い、着替えを済ませてベッドに倒れ込む。作業が終わりに近づいた頃、過呼吸になり動悸が始まった。あの時みたいに目まいもした。視界が狭くなるような感覚も襲ってきた。いけない。昨秋のようになってはいけない。片付けも早々に引き揚げてベッドに横になった。横になると体はうんと楽になり、大事に至らなかった。晩御飯まで私は横たわっていることにした。吐き気も頭痛も来ないから大丈夫だ。冷静に判断をし、夕餉の支度に起き上がった。病気が進んで諸器官が弱り、不都合なことが多くなった。

このように、出来ることが限られた生活、無理が出来ない生活にも慣れた。元気な頃のようにいくつものことを一日でこなせなくとも仕方がないと受け入れて暮らしている。すぐに崩れる体調は不便ではあるけれど、崩しては建て直し、建て直しては崩れることを恐れずにいる。とにかく今の私の目標は、自分の力で一日を暮らすことだ。その単純なことがこれほど大変なことだったとは、健康な時には想像だにしなかった。今すこし自分のことは自分でしたい。この意思は、あらゆる面の矜持を保つのに必要だ

晩御飯は以前より簡単なものになった。今夜は生協さんが届けてくれたばかりの鯖のみりん漬けを焼いた。美味だったので二枚も食べた。サラダコスモさんのスプラウトセットからアルファルファと大豆モヤシを使い、サラダと卵スープを作った。これも美味だった。独り暮らしになって食事のおいしさを初めて知ったように思うのはなぜか。悲しみも寂しさも感じることなく、ひとり食しておいしいと感じてありがたく思い感謝する。目の前のことを黙々とこなして達成できれば満足して一日を終える。達成できなくても次にはできると信じて嘆かない。自分を許すことをようやく私は身につけた。そして楽になった。

午後八時には完全にネジが切れ、動けなくなってベッドに横たわる。生活は前倒しになったが長年の夜型生活は変えることが出来ない。明け方まで寝床で読書をしたり映画を観て過ごす。したがって活字を追う時間はふえ、観る映画の本数もふえている。今夜もカエルがにぎやかだ。猫はそばで眠っている。「もしも・・・だったら」は消え失せ、あきらめも無くなった。判で押したような規則正しい生活にとくに不満はない。何も変わらない日常がどれほど幸せなことであるかを痛感し、被災地の人々に想いを馳せ、かれらが早く日常を取り戻せますようにと祈り続ける。

酷暑のあとに来る秋の楽しみを、今日は一つ用意することができた。できたのだから明日ふたたび寝込んでも、いっこうにかまわない。崩れたら建て直す。建て直せなくなる時までは建て直し続ける気概を維持したい。それが生きている者の義務だから。さて今夜も『遠野物語』の世界に浸るとしようか。オシラサマに会いに行こう。ザシキワラシにも会いたいものだ。東北、東北、がんばれ東北。心から。

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2011年5月23日 (月)

カエル君

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一週間ほど前、雨水をためているポリ容器の取っ手にカエルがいた。水を汲もうとして気がついた。その数日前にも別の容器の内側にはりついていたカエルだと思われる。すっぽりとはまり込んで横になって寝ていたようだが、うるさいほどのカメラのシャッター音に体を起こした。たいていのカエルは早々に逃げだすのだが、このカエルは逃げない。やはり数日前のあいつに違いない。あのときもカメラから逃げなかった。

昨夜、風呂場の電気をつけた。洗面所のスイッチと間違ったのだ。電気がつくと同時に「ギャッ、ギャッ」と二度ばかり何かの鳴き声がした。コオロギや鈴虫の鳴き声はすることがあるが、このような大きな声で鳴く生き物は風呂場にいたことはない。何だろう。どんな生き物がいるのか探してみると、浴槽の淵に小さなカエルがいた。浴室の小窓から入ったのだろうか。

また、こいつか。おいおい君、もしも風呂を焚いている日なら危ないところだったぞ。私が風邪をひいているときでよかったよかった。湯の中にハマったらどうするつもりだい? 私はポリ袋を取りに台所へ行き、戻ってくると彼(だか彼女だか)が入りやすいように袋の口を広げた。警戒もせず、すんなりと中に入ったカエルをいつものポリ容器に向けて放してやった。ピョンと淵にとび移り、キョトンとした顔でこちらを見ていた。

何匹かのカエルはこの季節から初冬まで庭で見かける。庭のどこかで冬眠もするようだ。防犯のために裏庭に3メートルほどの塀を建ててからカエルの数は減ってしまった。いくらカエルでも、その高さは跳べないだろう。今この庭にいるカエルのルーツも裏の棚田や池だ。おそらくかれらの祖父母か曾祖父母が塀のなかった頃にやってきて、子孫はしきたりどおりに来てみたのはいいけれど、田んぼに戻るに戻れずに、やむなく右近庵に棲みつくことになったのだろう。

しかしこのカエルを見ているかぎり、ここが気に入っているように見える。けれど棲家としてひとつだかふさわしくないのは庭猫たちの存在だ。空腹でもないのに猫たちは君たちを見つけると跳びかかる。だから猫がいる時はそんなふうにどこかでじっとしているのが得策だ。それから今はカラスも木の上で子育て中で気が立っている。かれらは雑食で猫の残飯をずいぶん食べているが、いつだって腹ペコだ。カラス夫婦にも気をつけて。

今夜も田んぼではカエルたちの大合唱。それを聴いている君に里心は起きていないだろうか。仲間たちと一緒に唄いたくはないだろうか。それだけが気にかかる。

被災地にこのブログを見てくださる人がいる。ここがひとときの心が休まる場になっているとすれば私はうれしい。被災地を応援している人びとも、共に心を休めていただければ私はうれしい。弱っても、私にはまだ言葉がある。

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2011年5月16日 (月)

アリウム・ロゼウム

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可愛い白い花を咲かせています。植えた当時はたくさん咲いたけれど、雑草引きをするときに一緒に抜いてしまうのか咲く花はずいぶん減ってしまった。

花が咲く前に伸びてきた細い葉は雑草と区別がつかない。雑草というのは繁殖力にすぐれており、観賞用の草花のそばには形の似たものが生えてふえる。したがって細い葉のそばには細い葉の雑草が勢いよく伸び、丸みのある葉をした草花のそばには丸い形の葉をした雑草が生えてくる。それらは放置すれば人間が好む観賞用の草花を負かしてしまう威力がある。しかし思う。花の周りの雑草を抜きつつ、抜かれてしまう雑草を不憫に思う。

アリウム・ロゼウムは花を咲かせたとき、細い茎の根元に種子の準備をしている。赤く見えるのが種子になる部分。小さな花だが存在感がある。楚々としたこの花が好きだ。

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2011年5月14日 (土)

光を求めて

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花壇の隅に咲くチューリップたちは隣にあるラベンダーに遮られ、午前中しか太陽がじゅうぶんにあたらない。そのためか陽にあたろうと、みな左へ傾き加減に咲いていた。一株の苗が低木にまで成長したラベンダーに負けて咲かなくなった草花はいくつかあった。しかし、このチューリップの群れは健在で、毎年きれいに咲く。
私の庭のチューリップたちは今年の祭りを無事に終えた。今は実がならないように切り落とし、葉だけを残して光合成で球根に栄養を与えるために休ませている。
お疲れさん、チューリップたち。今年もご苦労さんでした。

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2011年5月12日 (木)

白いフリージア

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いつ植えたのか覚えていないが、今年の春には三色のフリージアが咲いた。薄紫、赤色、そして白。去年はそれほど咲かなかったのに不思議だ。雪をかぶっていた細長い葉は、花が咲く頃に枯れ始める。すべての養分を花に与え尽くしてしまったかのように。

この花の芳香にかなうものはない。フリージア、キンモクセイ、クチナシなど、甘い香りの花が好きだ。これらの花は一輪だけ飾っても、部屋じゅうに香りを充満させる。まるで誰かが居るような存在感をもっている。この甘い香りは虫や蝶を誘うためだけにあるのだろうか。それとも人の心まで誘うためか。花瓶に挿すといきなり誘われ、惑わされる。

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2011年5月 4日 (水)

チューリップ

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プランターにきれいに咲いたチューリップを撮っておいた。これもデジイチ。

去年と変わらず大きな花を咲かせたのは、掘り上げて球根を丁寧に分けたからだ。

球根は子どもを増やすが、それをそのまま植えては翌年に大きく咲かない。

子どもの部分を離し、それぞれ別のプランターに植えてやらなければならない。

親は翌年また大きな花を咲かせ、子どもは2年後に花を咲かせる。

親子の共依存が互いにとってよくないのは人間も植物も同じなのだ。

一日じゅうベッドにいる私にとって庭は唯一の‘外出’の場。

短時間だが植物の様子を見て回り、写真を撮るのは至福のとき。

気候がよくなれば庭仕事がしたくなる。昨年は何もできないほど弱り、

新しく植えた花は何もない。けれど宿根草は約束どおり咲いてくれた。

花壇には植えっぱなしの色とりどりのチューリップとフリージア。

水仙、苺、ギボウシ、オダマキ、‘準備中’はムスカリ、ニゲラ。

あるじが何も出来なくてもかれらは自立し、淡々と生をいとなむ。

今年は花をふやしたい。そんな願いをもつことができる悦びに感謝する。

被災地に力強く咲く花々や木々。植物は人に勇気を与え、語らずに慰める。

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2011年5月 1日 (日)

三人娘

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体調不良で一年間も更新を休んでいる間、庭猫の事情に変化があった。

ようやくベッドから少しの時間なら離れることができるようになった昨秋、

この群れのリーダーであり、このあたりのボスだったトラ吉が逝った。

あとを継ごうと小太郎が兄貴分のじぃじぃに横柄になりボスを狙った。

去勢しているじぃじぃはおとなしく、家の出入りさえも遠慮がちになった。

だが、挑まれたときには応戦し、意外な強さで小太郎を負かしていた。

じぃじぃは、私が出会った雄猫で最も立派な「ボス黒」の息子なのだ。

だから彼はいつもは穏やかだが、本気になれば勇敢でひるまない。

姉妹のなかにいて育ち、甘えん坊の小太郎に遅い春がおとずれた。

今年の二月半ばになって、小太郎は突如どこかへ行ってしまった。

ここでリーダーになることをあきらめて身を引いたのかもしれない。

そのうちに帰るだろうと思っていたが、目覚めた雄はまだ帰らない。

親父のトラ吉も何カ月も来なくてヒョッコリ現れるのが常だった。

それは不在にしても、ここが自分の陣地であると認識していたからだ。

たくさんキャットフードを買ってある。アジもイワシも買ってある。

愛敬ある小太郎が居なくなって寂しいが、彼にも彼の事情がある。

そんなわけで一時は8匹の大所帯だった庭猫ファミリーも今は3匹。

小春と妹たちのトラ美とトラ江の三人娘だけになった。

左からトラ江、トラ美、小春。警戒心の強いトラ美が珍しく撮れた。

彼女は能力が高く、狩りが得意で猫の仁義をわきまえている。

この写真ではうしろへ下がっているので小さく見えるが一番大きい。

メス猫たちにはリーダーが必要なのか、それから態度が変わった。

皆じぃじぃに一目おき、トラ美は彼に威嚇や悪さをするのをやめた。

猫のことはよく知っているつもりだが、やはりかれらには謎が多い。

廊下に山積みになっているキャットフードが入った段ボール箱。

大食漢の小太郎を抜きに、これを3匹で食べるにはずいぶんかかる。

ひとつの群れに雄のリーダーは一匹だけ。猫はこの黙契を遵守する。

じぃじぃは完全な飼い猫で、群れのリーダー意識があるのかどうか。

野ネズミ捕りに忙しそうな彼に、いちど訊ねてみるつもりだ。

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