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2011年6月27日 (月)

ユリネの花

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「ユリネ」が咲いた。

「ユリ」ではなく、食用のユリネとして昨年末に買ったものだ。

おせち料理用に1パックだけ買ったユリネは、あいにく料理しそびれた。

もともとユリネは私しか食べない。だからなんとなく後回しになり、

ついには料理されることなくひっそりと糠に埋もれたまま、

ユリネのパックは玉ねぎやジャガイモの野菜かごに残っていた。

ゴールデンウィークになってもまだ小さなパックはそこにあった。

むろん変化には気づいていた。集まった娘たちは驚いて笑った。

「突き破ってるやん」

そのとおり、伸びてきた茎はパック内がすでに狭かった。

ラップを破り、緑色の葉と茎は少しずつ成長を続けていたのだ。

それを五月の終わり頃、庭に植えた。どうなるかと楽しみだった。

狭苦しさから解放されたユリネは、みるみる茎を伸ばしていった。

そして今日の明け方、寝る前に庭を見ると、みごとに咲いていた。

植物は脅威だ。こんなみごとなユリの花を食用の「ユリ根」が咲かせる。

そんなことは知らなかった。これはすごい。素晴らしい。

これから私は食用のユリ根を買っては食べずに植えるのではないか。

たくさん蕾がついている。舌でなく、目を楽しませてくれて感謝。

膝をつき、腹ばいになり、夢中で何枚も撮った。

夜明けも午後も眺めて撮った。

肩の痛みは忘れていた。

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2011年6月24日 (金)

マリーゴールド

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雨が続き、そのあと猛暑になった。

花壇に植えた2株は枯れてしまったが、鉢に植えたものは、すこぶる元気。半円の花壇には花の株が根付かないことがある。植物界でも先住者の権力が絶大か。また相性もあるのだろうか。ミントとは気が合わないのかもしれない。鉢の方では誰はばかることなく成長している。先日、庭の中でひときわ鮮やかな色彩を放っているこの花を写した。梅雨空に暖色系。トロピカルな原色が地味な庭に文字通り花を添えている。

デジイチを不自由なく持ちたいために、肩の治療を先週から始めている。きのうはMRI検査で詳細を調べ、水が溜まったり関節破壊など危惧していたほどの重篤さではないことが確認できた。痛みは筋肉であることが判明し、今後はリハビリを続けて機能回復に努めることになった。今日もリハビリ室へ行き、あきらめかけていたと理学療法士の先生に話すと、「あきらめるなんてもったいない。大丈夫ですよ」と心強い答えが返った。もう一度、使える左手に戻したい。左腕を持ち上げるのにも右手の世話になるようでは、右腕もそのうち疲労してパンクする。それが怖い。

今日は暑い。今夏は冷房の節電で国じゅうが努力する夏になる。もっとも持病の乾燥症状のため、車でも家でもエアコンを使わない生活の私は例年と変わりない。むろん私も暑い。けれどエアコンは以前から好まない。それは持病のためだけではなく、なるべく自然環境に体を適合させて暮らしたいと考えるからだ。夏は暑くてあたりまえ。子どもの頃、扇風機が大きな役割を果たしていたが、今年は大活躍のよう。昔ながらの団扇・扇風機派の私としては、大勢の連れができてうれしいことだ。しかしながら蒸し暑さに弱い方々は、あまり無理をして節電し、体調を崩すことのないように。

只今、午後11時を回ったところ。この部屋の温度計に目をやると、気温31度、湿度65パーセント也。台風の影響か外は強風。蒸し暑さがひどく、じわじわと汗がにじみ出る。こめかみに汗が流れる。そろそろ扇風機を出さなければ。さて、とりあえず凍らせている保冷剤を持ちだし、タオルに巻いて首にくくりつけるとしましょう。首の後ろを冷やすと体温が下がる。ひんやりと心地よく、これはなかなか効果的。ぜひお試しあれ。

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2011年6月23日 (木)

桔梗の花

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梅雨の晴れ間に開いた桔梗。日射しを浴びてうれしそう。

花びらは、なぜ五角形なのだろう。きっと何か理由があってこうなった。植物は不思議。

百年後、千年後にも、おそらく桔梗は桔梗であることを辞めてはいないだろう。

長女に第二子が誕生した。「生まれてからのお楽しみ」は威勢のいい男の子だった。

おもしろいほど娘に似ている。そして逝った人にもよく似ている。

「バカだね」と私はつぶやく。「そうやね」と娘が言う。

いつか孫とキャッチボールをするのが夢だったのに。

丸々とした元気いっぱいの赤ん坊は

とてつもなく大きな泣き声でこの世にデビュー。

命はこうして受け継がれてきた。

産む命と生まれる命と。

不意に絶たれながらも

きっと命は受け継がれていく。

命について考えさせられる今日この頃

必ずどこかでつながってゆく若い命に光を見る。

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2011年6月22日 (水)

桔梗のつぼみ

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桔梗がつぼみをつけ始めた。

この花のつぼみは風船みたいでおもしろい。

このようにふくらみ、はじめは緑色をしている。

やがてつぼみは紫色になり、さらにふっくらとする。

ここまでになると翌日に咲く。

花びらはまるで線に沿ってハサミを入れたように

きれいに離れて星型の美しい花となる。

つぼみから、どんなふうに花びらが起き上がるのかいちど見てみたい。

定点撮影で蝉の脱皮を撮るように何時間も回せば見られるのだろう。

しかし、そうまでしようと思わない。謎めいている方が神秘的だ。

次に見た時はかならず期待を裏切らずに咲いているのだし。

それだけで私にはじゅうぶんな歓びだ。

桔梗が好きだ。きれいに咲けよ。

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2011年6月21日 (火)

こんなふうに

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ラベンダーが串団子みたいという説明は分かりにくかったでしょう。

この画像なら分かりますか? ほら、真ん中のラベンダーは花がとぎれとぎれ。

こんなふうになぜか離れていくのです。不思議でしょ。ラベンダーは。

あまり寄ると蝶が逃げるので、これ以上は近づけなかった。

蝶の顔を写したかったけれど、手早く望遠をセットできなくて。

ラベンダーは今はもう終わりかけ。雨続きで花も枝もすぐに枯れる。

今年もよく咲いてくれた。いい香りでなぐさめてくれた。

今年も花は乾かした。でもきっと、サシェは作らない。

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2011年6月17日 (金)

ラベンダー

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ラベンダーは不思議な花だ。

頂点だけ花びらは大きく、穂のような部分にはとても小さな花が咲く。

その小さな花が咲き終わったところに種ができる。

そのあと写真のように穂になって咲いていた花の部分は間隔をあけ、

これよりも長い範囲に、飛び飛びに、ひと塊りになっていく。

そうしてさらにより多くの種子をつくるのだろうか。

そのときにこの花は、小さな団子を串に刺したように見える。

ラベンダーは不思議な花だ。

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2011年6月16日 (木)

ヘメロカリス

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先日の日曜日、土砂降りのなか長女一家がやってきた。安産祈願で寺に行き、帰りに寄ったのだ。二歳になった孫娘は愛嬌をふりまいてご機嫌だった。雨のため庭で遊べず、家の中ですべり台遊びに夢中で汗だくになった。婿は小さな娘が怪我をしないように常にそばで気を配る。すべり台に飽きたら絵を描き、次はままごとをする。臨月の娘は微笑んで遊ぶ様子を幸せそうに見つめている。

腹帯をもらうための祈願は五か月のときに済んでいる。しかし彼女は来週の出産を目前に、このたびも寺を詣り、花を抱えて帰途に来た。誰におしえてもらったのか、出産に際して仏様を拝みに来るのだ。子孫が頑張るとき、ご先祖さんたちもずいぶん頑張って力を出して助けてくれるのだと、その日もお寺さんに聞いた話を私にした。そして仏壇に花を飾って拝んだ。

何気ない日常。一家を見ていると、一瞬にして幸せが奪われた被災地の若い家族を想う。父を亡くし、母を亡くし、可愛いわが子を亡くした悲しみの人たちを想わずにいられない。震災後、私が最初に涙したのは、自衛隊員に助けられて微笑む幼児と若い母親の姿だった。娘たちと重なって見え、思わずよかったと涙した。亡き人と、偲ぶ人たちに私は言葉が出てこない。ただ祈りたい。安らかに。平らかに。ただ祈る。

翌日に花瓶を庭への階段に置き、写真を撮った。ヘメロカリスに貝殻草。黄色い花はよく見るが名は知らない。右前の、ヘメロカリスにピントを合わせてシャッターを切った。

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2011年6月13日 (月)

ガクアジサイ

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日陰にあるアジサイが低木に育った。挿し木の株がずいぶん大きくなったものだ。

アジサイは不思議だ。もらって植えたのはガクアジサイではなかった。こんもりと手まりのように最初の頃は咲いていた。色にも驚いた。前年とは違う色に咲くことがあったからだ。水色だった年もあれば桃色の年もあった。そしていつごろからかガクアジサイになっていた。それも最初は八重のようなこの花びらではなかったように思う。調べてみると、アジサイはその時の条件で姿かたちを変えるのだという。そんな馬鹿な・・と思いつつも、このアジサイの歴史をふりかえればうなづける。そうだったのかと納得する。

三日間も雨が降り続いた。庭ではアジサイが一番うれしそうで元気に見える。やはり雨好きな植物だ。陽があるうちに撮ってみた。

左の肩鍵盤の故障も四年越しになる。薬や注射でだましだまし今まで来たが、痛みは強くなり、昨夜もよく眠れなかった。右手だけで用事をする生活だが、頼みの右手もこの時期には関節痛がひどくなり、手首が痛んで難儀している。両腕ともに使いにくいというのは不便なものだ。パソコンもかろうじて右手だけで打っているが、関節痛がつきものの持病だとはいえ、厄介なことだ。

専門の病院では手術だとか入院だとか言われる可能性が大きいため、老猫のダッコを送ってから治療を始めようと考えて数年間の痛みに耐えてきた。現在ダッコは24時間の介護が必要となっており、私は不自由な両腕に無理をさせて頑張っている。しかも私は病院嫌いときている。だからここまで悪化した。けれどもそろそろ痛みも限界か。肩だけでなく、首や背中まで痛むまで進んだ。

しかし不自由なく写真を撮りたい。デジイチは重く、痛みに耐えながらカメラをもって写さなければならない。それを知った次女が三脚をプレゼントしてくれたが、植物を写すには地面すれすれにカメラを構えたいことも多い。そんなわけで、治療を始めることにした。すぐに手術と言われたら先に延ばしてもらい、とりあえず痛みを軽減したい。写真を撮りたいために。カメラを支えたいために。どれ、重い腰を上げて今週は整形外科へ行こうか。

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2011年6月10日 (金)

本日“VOICE”で“カエル”を紹介

本日の夕方、このブログでご紹介した(5月23日)右近庵の“カエル”“VOICE”というテレビ番組で取り上げられます。番組の終わり近くの、今出さんのお天気のコーナーです。
2月にも“フキノトウ”を紹介していただき、2度目の採用です。短い時間ですが、ご覧いただければうれしいです。

放送時間: 午後 6時15分~7時 MBS(毎日放送) 
       
 近畿地区では4チャンネル

◎ VOICE     (他の地区での放映情報は未確認)

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2011年6月 4日 (土)

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苺は強い。何もしなくても花壇に居る宿根草だ。
あしたは摘むぞと思っていたら、翌日ナメクジに先に食べられる。
今年はネットをかぶせておいた。甘い実をひとり占め。ナメクジ君、失敬。(5月に撮影)

やっと起きて少しだけ動けた。欲張らずに少しだけにした。
それが守れたら寝込む回数は減るのだろうか。
動ける間に“それ、動け”とならなければ。しかしそれは難しい。

寝ている日が続いている。“いいとき”が少なくなった。
この変化に合わせて動くことにまだ慣れない。
どのあたりで折り合うのかがよく分からない。

けれども自分のことは自分でしたい。
だが、一日を生き暮らすための基本的な動きがすべて出来ることはもはや夢。
体調の変化に伴う暮らしの変化はやむをえない。いいか。100パーセントでなくっても。

“そうだ、そうだ”。      えっ、誰? 苺・・・、が言った?

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