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2011年7月31日 (日)

右近庵のカエル(その3)小みどり君

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小さなアマガエルを発見したのは今月の半ば頃。
庭で水やりをしていると、視界内で何かが動いた。

カエル・・・。ちっちゃぁ・・・。体長は1.5センチくらい。みどり丸の子ども!?
これが最初の小みどり君の撮影。(小みどりたちはピョンピョン逃げて撮りにくい。)

数日後、前庭にもたくさんみどり丸の子どもたちがいると知った。調べてみるとカエルだからと必ずしも池に棲むとかぎらないらしい。山や土にも棲み、水たまりで卵を産むとも書いてある。クリスマス諸島の赤ガニも、ふだんは森に棲んでいる。森から決死の覚悟で道路を横切り、人家に侵入して横切りっての大移動をし、やっと海にたどり着いて繁殖活動を終えると、また森へ戻るのだ。カエルだって山や野原に棲んでも少しも不思議はない。モリアオガエルというのもいる。

しかしみどり丸も小みどりも、雨水を貯めた容器に居るのが好きだ。カエルはカエル。やはり水は大好だ。この日も暑かったから、ホースの水がこぼれたコンクリートの上で、小みどりは気持ちよさそうだった。

昨夜のこと、みどり丸なのかどうか大人のアマガエルが居間にいた。カメラを入れている密閉容器の角にとまっている。まさに小鳥のように蝉のようにとまっているのだ。

「またぁ、みどり丸?いつのまにぃ?」。私には大人のカエルはすべてみどり丸なのだ。

庭への出入りで一日に何度も網戸を開閉する。蚊が入るので素早く閉めるが、いつのまにか何者かが家の中に入っていることがある。カエルも然り。カエルが入っているときはこちらも真剣だ。家のどこかで乾いてしまうと死ぬかもしれないからだ。うまい具合にカエルは捕まえやすい。透明の袋の口を広げ、カエルの進行方向にもっていくと、次のジャンプでかならず入ってくれる。動きも虫ほど早くなく、捕まえるのに苦労しない。

しかしこのカエルたち、なかなかしたたかな奴らのようで、脱出の手助けなんかしなくても、ニンゲンの様子を見はからって、網戸が開いたすきに素早く外へ出るのだろう。あるいは縁の下への道を見つけて脱出するのも容易なことなのか。その証拠にカエルの死骸を家の中で見つけたことは一度もない。いつのまにか入り、いつのまにか出て行ったカエルもいたかもしれない。風呂場でギャッギャッと大声で自己主張して鳴くこともなく。

新潟・福島の豪雨で大きな被害が出た。自然の猛威は恐ろしい。
米どころの水田が泥水で覆われた映像を目にするのはつらい。

この縦長の小さな国は、天災に傷めつけられてばかりだが、
屈しない人びとは言う。「それでもこの土地を離れない」。

蒸し暑さのためか第一陣の夏バテ到来で先週は動けなかった。
さきほど通り雨が降り、今夜はいくらか涼しくなった。今週は動きたい。

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2011年7月29日 (金)

右近庵のカエル (その2) 謎いろいろ解明

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きのう、みどり丸の話をしましたが、昨夜から今日にかけて様々な謎が解明されました。

1. この画像のカエルとみどり丸は、おそらく同一のカエルだということ。

2. まだお見せしていませんが、小みどりは、みどり丸の子どもであろうこと。

3. みどり丸はアマガエルでオスであること。

4. あのえたいの知れない夜中の声はカエルだったということ。

カエルのことを書いたサイトは多く、いろいろなサイトを見せていただきました。
すると以下のサイトに緑色のものと茶色いものの画像があり、周りの状況を見て身体の色を変えると書かれていました。

◎ 日本のアマガエル  (ホームページ『びっきぃと やまどじょう』さんより)

そういえば、前庭で真っ白なカエルがツワブキの葉に居ました。これは動物や爬虫類・魚類などに見られる色素の不足によって起こったものだとその時は思いましたが、あれもアマガエルの‘変態’だったのでしょうか。なかなかやりますね、アマガエル。

驚いたのはそれだけではありません。
夕方、前庭の水やりをしていた時です。樹木の根元あたりの茂みにホースで水をかけていると、ピョンピョンと何匹も小さなカエルが飛び出してくるのです。どれも小みどりくらいの大きさです。その2センチにも満たない子たちの色は緑色あり茶色ありなのでした。変色のことは昨夜に知ったので驚きませんでしたが、こんなに、いつのまに・・。と驚きました。

アマガエルも種類は多いですが、みどり丸は‘ニホンアマガエル’です。新たに知ったことは、鳴き声がとても大きいということです。いちど風呂場で異様な声が聞こえて駆けつけるとカエルがいましたが、その声はほんとうに大きなものでした。鳴くのはオスだけだということです。

ははぁん・・。右近庵では夜中や明け方に、突然“ギャッ、ギャッ、ギャッ”という謎の鳴き声がすることがあります。長くは鳴かず、たいてい3~4回ですが、鳥かな、虫かな、こんな時間にいったい何が鳴いているのかなと不思議に思っていました。アマガエルは雨の前によく鳴くそうです。風呂場での声と同じだったから、夜中のもそうにちがiいありません。あの小さな体でよくあんな大きな声が出るものです。

私はかねてよりカニとカエルが大好きです。(食べるのが、ではなく生態を見るのが、です)生きものの番組はよく観ますが、カニやカエルの時は身を乗り出して観てしまいます。そして、それらが生息している所へ行って実際に見てみたいなぁとよく考えます。今は写真も撮ってみたいなぁとも。

しかしなかなかやりますね、右近庵のみどり丸。飼っている人も多いといいますが、私も庭で飼っているようなものです。ちっちゃいのがホースの水に驚いてピョンピョン跳ねて逃げる姿の可愛いことったら!驚かせてゴメンね。水やりは仕方ないんだよ。

茶色い時もあるけれど、‘みどり丸’にはもっと子孫を増やして右近庵をカエルでいっぱいにしてほしいな。幸い庭猫たちはワイルド化が進み、ハトやスズメに夢中で君たちには見向きもしなくなってきたようだしね。
(一眼レフでは取りづらい場所にあるポリ容器のためコンパクトデジカメで撮影)

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2011年7月28日 (木)

右近庵のカエル(その1) みどり丸

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庭に出没するカエル君。雨水をためる容器の取っ手がお気に入り。
このカエル君、いつもひとり。庭だけでなく、風呂場にいたり、台所に居たこともある。そればかりか高い高い所にも。

孤高を貫くこのカエルに“みどり丸”という名前をつけた。みどり丸はこの庭がお気に召しているようだ。しかしいつも一人ぼっちで寂しくないのだろうかと思っていた。

先日のこと。もう一匹あらたなカエルを見つけた。それはみどり丸よりもうんと小さいカエルだが、種類は同じに見える。もしかしたら‘みどり丸ジュニア’?こちらはカメラを近づけるとあわてて逃げる。“小みどり”と命名。

みどり丸は体長3センチほど。子どもらしきカエルは1.5センチくらい。親子だろうか。そう思いたい。しかし池までは3メートルの塀を降りないと行けないし、どこで恋をし、どこの水辺で卵から孵ったのか。

さらに昨日、また別のカエルを発見。そのカエルは明らかに種類が異なる。茶色いのだ。冬にレンガをのけた時、眠っていることがある例のカエル。ヒキガエル?ガマガエル?現在、体長は3.5センチほど。これもみどり丸と同様にカメラに動じない。名前はまだ無い。(吾輩は蛙である)

これまでみどり丸しか居なかった庭に、ほかのカエルが現れたのはうれしいことだ。以前のように庭のあちらこちらをピョンピョン跳ぶほど多くのカエルは望めなくとも、こうしてふえてきたのは歓迎すべきこと。Welcome to my garden!

◎ 毎日放送“Voice”で取り上げられた“みどり丸”  探してみてください。(^_-)-☆

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2011年7月27日 (水)

ランタナ

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ランタナが咲いた。

この花も不思議だなといつも思う。つぼみはなぜ四角いのか。

それにはきっと理由がある。その理由が知りたいと思うのだ。

小さな株を植え替えたものだが、夏になると必ず咲く。きっと咲く。

冬には枯れ草のようになり、株元さえも枯れて見える。しかしながら

開花を期待をせずに放置しているプランターの左半分で咲き誇る。

右側には気ままにネジ花が咲く。ここ数年は咲かない。咲きに来ない。

私には手のかからない花が向いている。

熱心なガーデナーでもないし、高価な花も華美な花も好まない。

けれど買ってきたものや貰ったものを長く生かしたいとは考える。

それに応えてくれる花が宿根草としてこの庭に根付いていく。

それでいい。それがいい。

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2011年7月24日 (日)

アガパンサス

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私がここに越して来る前からアガパンサスは住んでいた。

越してきた時、株は小さかったが今では大きくなっている。

ガレージの拡張工事のために移動させたときは心配した。

けれどもすぐに元気になり、みなぎる生命力を感じさせた。

半日陰。この言葉の響きが好きだ。半日陰に咲く植物も好きだ。

かれらは私の手を煩わせずに毎年涼しげな花を咲かせる優等生。

一本切り取って部屋に飾った。

ぱさり。夜中に音がして驚く。

花がひとつだけ落ちる音。

散りぎわに語りかける花。

花は何を私に告げたかったのだろう。

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2011年7月20日 (水)

ペチュニア

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台風6号は徳島に上陸後、和歌山南部を経て進路を変え、現在は伊豆諸島南部へ進んでいます。各地で大雨による被害が出ています。引き続きお気をつけください。

植物の台風対策をしましたが、幸いにも強い雨風もなく平常どおりの天候でした。
雨にぬれた薄桃色のペチュニアを撮りました。雨粒がよく撮れました。可愛い花です。
花がらをこまめにとってやると、次々に蕾をつけて元気に咲き続けています。

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2011年7月19日 (火)

グラジオラス

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嵐の前の静けさでしょうか。蛙が鳴き、ときおり蝉や鳥も鳴くいつもの夜中です。
和歌山北部に近い私の住む大阪南部では、現在、雨も降っておらず、いつもと変わらない夜です。今日は一日じゅう降ったりやんだりでしたが、これもいつもの雨ていど。テレビでは和歌山南部や高知などの川の増水をしきりに伝えています。串本町は暴風域です。近畿に接近または上陸するのは明日の午前とか。私の住むところでは岩湧山がブロックするためか、風はそれほど吹き荒れません。むしろ台風が去ったあとの吹き返しで強風が吹きます。そのときにラティスが倒され、ハンギングの植物が落ちてしまい悲惨な状態になったことが何度かあります。ジョウロやバケツも散乱します。そうならないように、この度はラティスの向きを変えて固定し、植物も除けておきました。飛ばされそうなものは物置へ。

台風が来ると分かると、庭の植物を守るためにいろいろとすることがあります。このグラジオラスは先日に写したものですが、今日はこの花や背の高い桔梗、アガパンサスなどに支柱を立てて茎を固定しました。花が散りやすいアガパンサスには袋をかぶせたりもしました。ペチュニアの鉢や日々草のプランターは家の中へ待避。かれらも花びらを散らしてしまうので。サツマイモ、ギボウシ、ケイトウ、アジサイ、ツルバキア、メランポジウム、それから生育中のバラやアナベルの苗などは影響ないでしょう。がんばれ。

大型の台風です。風だけでなく雨も大量が予想されています。すでに西日本では被害が出ています。今後、各地での被害も懸念されます。皆さん、お気をつけください。

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2011年7月13日 (水)

ミニトマト

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夏野菜を育てなくなった。体力的に無理になった。

けれども店に並ぶ野菜の苗を見ると手を伸ばしてしまう。

「無理だよね」

ナスやキュウリは棚にもどす。

しかしミニトマトだけカゴに入れた。

ひとつだけ買ってきた苗は地植えにした。

地植えにすると、このように雑草に覆い尽くされる。

梅雨の間に雑草は伸び放題、トマトは青くおとなしかった。

けれども太陽が照りつけると一気に色づき元気になった。

写したあと、雑草を抜き、剪定をして枝を落とした。

これでいい実が出来る。

ひとつ収穫。口に入れた。甘い。

夏だ。

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2011年7月12日 (火)

蝉の雨やどり

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夕刻、飼い猫のじぃじぃが出かけるとき、玄関ドアを開けると蝉がいた。アブラゼミだ。
宅配の荷物を入れてもらうボックスの下方、ちょうど角になる所にとまっていた。

これはシャッターチャンス。じぃじぃを送り出して急いでカメラを取りに居間へと走る。スパゲティをゆがいているまっ最中。火を止めようか。ま、いいか。ちょっとだけ。

デジイチのベルトを首にかけながら、廊下を小走りに玄関へ急ぐ。まだ居た。
蝉はまったく同じ状態で、撮ってくださいと言わんばかりにじっとしている。よっしゃ。
ドアにストッパーを噛ませて開けておく。ボックスとドアの距離が近すぎるのでそっと移動。撮りやすい角度に向きも変える。これでよし。

小雨。夕暮。とまっているボックスは黒。これらの条件のため、チューリップマークのマクロモード(接写)では全然ダメだ。真っ黒に映り、モノクロのようになる。おまけに低い所に被写体はある。私は履物を脱ぎ、玄関でまたもや腹ばいになる。あれこれと調節しては撮ってみる。低い姿勢でカメラを維持するのは難しい。肘をコンクリートに付けて支えるがブレてしまう。再び家の中へ。カメラを置く台になる適当な高さのものを素早く探す。小型密閉容器。これがいい。また廊下を小走り。まだ居る。よっしゃぁ。カメラを容器の上に載せてシャッターを切る。

何枚か撮ったのち、いちばんよく撮れていたのがこの写真。それなりに満足。一応、合格。しかし、寝そべっているのが玄関の内側だったからいいようなものの・・。もし向かいの家々の誰かが見ていたら、きっとおかしな人だと思ったにちがいない。しかし平気。

先日も例のカエルが今度は高い所に居た。これは逃すまじと丸椅子の上でしばらく必死で撮っていた。花を撮るのも夢中で、あられもない格好で撮り、「あぁ、ダメだ」とか「お、イイぞ」など、ひとりごとを声に出してつぶやいている。思わず出てしまう。もう変人の域。

昨年に体調を崩して以来、久しく創作から遠ざかっている。書くにも体力がままならなかった。そのうちに気力が失せてしまい書けなくなった。書くことと写すこと。まったく異なるような愉しみだが、共通項がある。夢中になると、それ以外に何も見えなくなることだ。写すことも創作か。表現か。クリエイティヴなことは何でも楽しい。

昨日の晴天と打ってかわり、今日は涼しげな小雨の一日だった。大阪都心では「蒸し暑い一日」とニュースで言っていた。ここでは秋口かと思うほどの快適さだった。小雨の中、昼間は花、夕刻には雨やどりに訪れた蝉が撮れた。今日は大満足。ゆですぎたけれどスパゲティも美味しかった。

右近庵では毎年、梅雨が始まった頃に第一号の蝉が鳴く。最も多いのがヒグラシと、このアブラゼミ。この蝉は今年の第何号なのだろう。真夏は大合唱が鳴り響く。長い眠りの後の短い一生を、大いに楽しんで欲しい。

◎アブラゼミの鳴き声  (You Tube by isataiinさん  ありがとうございます)

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2011年7月11日 (月)

アジサイの謎

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こんなアジサイも咲いた。
ガクアジサイも一緒に咲いている。不思議だなぁ。

まずガクアジサイが咲いた。別のアジサイは今年は咲かないのかな。
ガクアジサイが咲くといつもそう思う。今年は咲かないとあきらめていた。
ところが咲いた。咲いてうれしいが、また‘はてな’が生じた。

この時期は、日陰にこんもりと大きな茂みをつくる庭のアジサイ。
ガクアジサイだけが咲く年、そうでない小ぶりの丸いアジサイが咲く年、
両方とも咲く年がある。どう見ても、低木ほどのアジサイは、ひと株だ。

アジサイ好きの友人が、今年もアジサイが満開だから見においでと誘ってきたのは先月のこと。ぐずぐずしてやっと見に行った時にはおおかたのアジサイが盛りを過ぎていたが、“紫陽花園”と名付けて人に見せてもいいほど多くのアジサイはみごとだった。その友人から数年前にもらった挿し木が“墨田の花火”というガクアジサイだ。

もらったガクアジサイから別のアジサイも咲くことはあるのかどうか私は訊いた。無いとの返事だった。その時にますます私の疑問は広がった。そうしているうちに、またこのアジサイが咲いたのだ。もらったのは接ぎ木をした苗で、元の花にもどった部分があるのだろうか。そう考えた。しかし待てよ。もしや・・。私はこのアジサイの茎を根元の方までたどってみることにした。

なんとガクアジサイの大株の、数センチ離れた地面からこの花の茎は出ていた!
「別の株だったんだ・・・。」
こんもりした茂みはひとつに見え、大きな株の根元からは、いくつも枝が分かれて伸びている。葉だけをみても違いが分からなかったが、根元を見ても同じものに見えはする。だが、その茎は細めでひょろりと伸び、巨大な株に押され気味だ。けれども毎年きちんと咲いていたのだった。

植えたっけ・・。思いだしてみた。そうかっ。植えた、植えた。植えたことあった。
長女は花好きで、よく鉢植えを買ってきてくれた。アジサイをくれたこともある。咲き終わったアジサイを、鉢から地植えにしたのだった。いや、正確に言うと、それを植えた場所に枯れた株のようなものを見つけ、あぁ、根付かなかったかと残念に思ったことがあったのだ。それがちゃんと根付いていたということか。植えた場所を勘違いしたのか、好みの場所まで茎を伸ばしたのか、ともかくそのアジサイはちゃんと根付いて咲いていたのだ。

アジサイという植物は、強剪定をすれば翌年に咲かないことがある。強剪定とは、根元から20~30センチほどのところから、バッサリと切ることだ。庭の樹木と芝の管理は出入りの業者さんに任せている。刈る人により、剪定の強度が微妙に違う。そういうこともあって、どちらかのアジサイが咲かない年と両方が咲く年とがあった。どう見ても同じ株に見えたアジサイは、実は別の株だったのだ。納得。やっと謎が解けてすっきりした。

それが分かったとき、友人にメールをした。
「墨田の花火と別の株でした。」
「謎が解けてよかったね。」

東北地方を除いて日本列島は大部分が梅雨明けした。
その東北地方では猛暑だという。避難所の環境が懸念される。
一刻も早く被災者の皆さんの住環境が整うことを切に願う。

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2011年7月 7日 (木)

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七夕の日は雨が多い。梅雨のさなかにやってくるからだ。
星が見えないので、星のような白桔梗を見ていた。
前回の画像よりも星らしいのでふたたび掲載。

また体調を崩して寝ている。月曜日、リハビリに行って風邪をひいた。肩にホットパックをしてしばらく寝ているのだが、天井から冷気が勢いよく吹きだしている。ハンカチで口と鼻を覆うのだが、それでもじわじわと乾燥する。

いつもより長く寝かされていたのは混んでいたからだ。仕方がないなと思って待っていたが、なぜだか後に来た人たちが先に治療を受けている。そのうちのひとりはどうやらその病院の食堂で働いている方のようで、話好きの女性だった。理学療法士さんも話し好きで、治療中、こちらが黙っていてもいろいろと話す人だ。かれらはテレビ番組や互いの連れ合いのこと、その病院の先生のことや仕事のことなどで大いに盛り上がり、話も治療もなかなか終わらない。私は乾くだけでなく冷えてきた。ホットパックも冷めてしまうほど待たされた。厭な予感がした。

予感は的中し、その夜から体調が悪くなった。翌日は動けなくなり、眠ってばかりいた。きのうは最悪になり、いつもの頭痛と吐き気に襲われた。早めに薬を飲むと、眠くなって眠り続けた。それがよかったのか今日は少しよくなり、流しにある二日分の洗いものをした。まだ熱があり、かすかに頭痛もある。しかし別のブログも更新した。最近の政治にまつわる事柄には我慢ができない。

自分のパターンが分かってきた。体調がいい時は、何かをしているためにパソコンに向かう時間が短い。片付けや掃除やら、ふだんなかなか進まないことがらに身体を動かしている。しかし体調が悪くなると動けないためにベッドにいる。そうすると退屈でそばにあるキャスターつきのパソコンデスクを引き寄せる。そしてノートを開いてなんだかんだと喋ってしまう。そして喋りすぎ、アップしてから自己嫌悪に陥るのだ。気をつけなければと反省する。しかし、権力を振りかざす人間には強い怒りを感じて我慢ならない。元気だと忙しいから、そんなことも書いてやるぞとまで行かないのに、体調が悪いと言葉を出しすぎる。しかもストレートに出しすぎる。私は、しんどいときほど饒舌だ。まだまだ修行が足りないと反省する。

荒れた天気が続いている。月曜日、病院から帰ろうとして外へ出た。空に真っ黒な雲が立ち込めていた。雷も鳴り、シートに座るとボタボタと大粒の雨がフロントガラスを叩き始めた。仕方がない。急いで帰ろう。走りはじめると、雨だけでなく風も強くなり、視界が悪い。スコール。というのみたい。と思っていた。けれど渋滞から抜けるとのんきなことを考えている場合ではなくなった。尋常でない激しい雨。バイパスの高速自動車道を走っていたが、前方もセンターラインも見えづらい。前を走る緑色のminiの後をひたすら追うが、なんとも速い。リアウィンドゥを見ると、さっきまでいた多くの車がまったくいない。どこかで皆きっと待避しているのだろう。稲光が走り、この世のものとは思えない恐ろしい風雨の中を、えぇい、ままよとばかり水しぶきをあげてminiと私のdemioだけが猛スピードで走っていた。バイパスの自動車道を降りると、市道では側溝から水が噴き出すようにあふれて道路を覆い、早く帰らないと危険だと感じた。だが、家の近くまで来たとき、嘘のような小降りになった。いったい今のは何だったのだろう。いわゆるゲリラ豪雨というのだったかもしれない。皆さんもお気をつけて。

左手もキーが打てるようになったので、私は調子に乗っている。喋りすぎには気をつけよう。政治のことは語るのを控えよう。それから私はもうリハビリへは行きたくない。夏のひんぱんな外出は本当にきつい。空調で風邪をひくと5日間くらいのロスが出る。今日は病院へ行けなかった。夏場はどうにか自分でマッサージをしようかと考えている。そう考えて理学療法士さんがすることを一生懸命に盗み見して学んでいた。私はどこまで医者嫌い、病院嫌いなのか。少しよくなるとサボりたがる。あしたは熱がとれて、起きられるといいな。

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2011年7月 3日 (日)

白桔梗

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白い桔梗がひらいた。きれいだ。

昨秋、花壇ではなく丸いプランターに植えてみた。背丈の低い青紫の桔梗は花壇で早くに咲き始めたが、これは茎ばかり高く伸びた。丈は50センチほどもある。まとまった雨の後、ようやく蕾がふくらみ、そして咲いたのだ。猛暑のあといくぶん過ごしやすく、桔梗も心地いいのか楽しげに風にゆれている。そのときは根っこだけの姿だったが‘流星’という名がついていた。たしかにそのような風情だ。

先月下旬から忙しく動いていた。暑いなか、娘の出産や私の病院通いのために、ふだん動かない時間帯に動き、強い太陽にあたってずいぶん疲労した。最初の出産のときは体調不良で行ってやれなかったが、この度は行ってやれた。酷暑の折り、片道小一時間ほどをエアコンをつけずに隣の市まで走ることは、私にはきついことだが、なんとかできた。後日、生まれてすぐに写した赤ん坊の写真を大きく引き伸ばしてフレームに入れて持っていった。‘おねえちゃん’と皆に言われて戸惑いがちな2歳の孫娘の写真も同じようにしてやった。長女はたいそう喜んだ。

帰宅してからは動けない。まったく動けない。翌日まで寝ていた。そのことは娘に秘密だ。弱い体は時間をかけて回復させる。けれど翌日は自分の病院へ行く日だ。目下、リハビリに通っている。週に3回。これも私にはきついことだ。外出するのも大変だが、太陽も大変なことを先生は御存じない。だが、何もできないほど痛む左肩や左腕に困り果て、重い腰を上げたのだ。頑張って通わなければならない。おかげで少しだけ肩や腕は動くようになった。何よりうれしいのは、デジイチがどうにか持てるようになったことだ。握力はまだ無い。珈琲カップや、まして牛乳パックは依然として持てない。刃物で切られたような痛みは筋肉の奥に常にある。けれど重いカメラを支えてどうにか写真が撮れる。今はそれだけで満足だ。

リハビリ治療を受けた日、帰宅してから痛む。微熱がでることもある。そのため眠気にも襲われる。石灰性腱板炎は夜間の痛みがひどいのだが、病院へ通い始めても夜間に新たな痛みが待っていた。凝り固まってしまった筋肉や腱をほぐしたり、動かしたりするためだ。痛んで眠れないことがあるのは治療開始前と大差はない。けれども改善されるための痛みだと我慢し、処方されている鎮痛剤も服用せずに揉んだりさすったりしている。私の右手は毎日重労働だ。もしも右肩・右腕も同じようになれば最悪だ。そんな思いが頭をかすめる。酷使のためか右側も痛い日があるからだ。また、リハビリを始めても、この痛みはどこまで改善されるのだろうかとも考える。痛みの強い夜、4年の間にずいぶん大きくなった左肩の石灰を撫でながら、ふと不安になる。膠原病の関節痛、そしてこの痛み。どうやら‘痛み’に好かれる人生らしい。

ただいま午前四時半。室温27度。湿度75パーセント。涼しい。
起きたらきっと、白桔梗の花がふえている。

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