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2011年10月28日 (金)

『トラ吉』追悼週間(一周忌)No.5“永眠”

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トラ吉は昨年の10月27日、いつものように先頭でエサをねだったが、その声は哀れなほど弱々しかった。ほかの猫たちとは別に缶詰を与えた。弱ってきたときから彼には存分においしいフードを与えていた。けれどもおいしそうに食べていたのは何日くらいだったろうか。この日はそのフードにも少しだけ口をつけると水を飲み、寝床へ戻った。中をのぞくとぐったりとして目を閉じていた。いよいよかもしれない。ここ一日か二日が限度だろうと思えた。動物は食べなくなれば長くない。

前日の夕方にトラ吉の姿が見えなくなり、さては死に場所を求めてここを去ったのかもしれないと思い寂しく感じたが、それも彼の選択なら仕方がないと考えた。そう思っていると夜に帰ってきた。寒波の影響で気温は低く、弱った体で外にいるのは死期を早めると心配していたところ安心した。しかしトラ吉は温かい牛乳と缶詰のフードを少しばかり摂ったあと再び居なくなった。私は暗い中を「トラ吉~、トラ吉~」と呼びながら、懐中電灯を手に右近案の敷地内をくまなく探し歩いた。縁の下を照らしたとき、その姿を見つけた。トラ吉は音を立てて苦しそうに排泄していた。

あまりやかましく言わないほうがいいと思い、私はいったんその場を離れた。やがてトラ吉は縁の下から出てきた。私はコンクリートの縁台で待っていた。名前を呼ぶと弱々しく鳴く。私はたまらなくなり、そこに正座をすると身を乗りだして大きな身体を抱き上げ、膝に乗せた。私の膝の上でトラ吉は目を閉じてうれしそうな顔をした。頭やら背中やら、どこもかしこも撫でてやった。それは恐らく彼にとって、初めて人間の膝に乗った日であっただろう。人を寄せつけない生粋の野良猫が人間の膝に乗る。それは私への最後のプレゼントだったのだろうか。最初で最後の人間の膝を知ったトラ吉は、やはり居心地がよくなかったのか膝から降りて寝床へ入った。

やせ細り、腹ばかり大きなトラ吉は、もう首を持ち上げる力もないほど衰弱して横たわっていた。家の中に入れ、エサを置いてもみたが、寒くても外がいいのか出て行って寝床にもどる。朝まで持たないかもしれない。そんな不安がよぎるけれど、私は書かなければならなかった。どうすればいいのか。一生懸命に考えた。そして思いついた。家の中に入ってくれないなら、硝子戸を開けてそばに居てやればいいのだ。私は折り畳み式の小さなテーブルを持ちだして広げ、ノートパソコンを置いた。CDプレイヤーも持ってきて、トラ吉のために心が休まる静かな音楽を流しつづけた。トラ吉は音楽に反応し、心地よさそうに聴いていた。

折しも寒波の襲来で厳しい冷え込みの夜だった。けれど私は戸を開けてトラ吉から私が、私からトラ吉が見える接近した場所で小説のラストに取りかかった。外にもライトを置いて様子を見てはときどき声をかけ、歌ってやった。即興でつくった歌は「トラトラトラトラ トラッキー、トラッキーは強い猫~♪トラッキーはいい子だね~♪」というような歌だった。彼はそれも聴いていた。夜中になって寒さは一段と厳しくなった。ふれてみると、トラ吉の身体は冷えきっていた。これはいけないと思い、眠ったように見えるトラ吉を箱ごと家の中に運び入れた。身体を温めるために下に小型電気カーペット敷き、その上に箱を置いた。もう外へ出て行く元気はなかった。トラ吉は目を閉じてじっとしていた。息はしているかと何度も確認してみた。

私は懸命に書いた。小説は最初と最後がとても大切なことは言うまでもない。最後でしくじれば読者の期待を裏切ってしまう。一応は考えていたとおりにラストまで書きすすめた小説は、午前三時を過ぎたころに完成した。出来たときトラ吉に声をかけた。出来たよ、トラ吉。おまえのお陰だよ、ありがとう。書かせたくて頑張ってくれたんだろ。ありがとうね。完成前に死んじゃったら、泣いて書けないだろうって?おまえ、どうしてわかるんだ?そんなことを喋りながら、トラ吉と私は忘れられない時間を共有していた。その夜は他の猫たちは一匹もいなかった。じぃじぃさえも帰らず、もしかしたら猫たちはみんな知っていたのだろうかと後で考えた。

書き上がれば存分にトラ吉と話ができ、身体を撫でてやることができた。ますます冷え込んできたが、ふしぎに寒さは感じなかった。やがて外がしだいに白んできた。夜明けが近い。トラ吉は頑張っている。もう意識がないのかもしれない。苦しげに弱々しい呼吸をしている。私は泣いていなかった。彼を撫でながらトラ吉賛歌を即興でいくつも歌うことに忙しかった。寒くもなく、悲しくもなかった。私はトラ吉に微笑んでいたように記憶する。

庭が明るくなってきた。さすがに私も疲れてきた。こんなときにも人は眠くなる。そのことを憎んだ。しかし睡魔は襲い続け、さらに疲労感も急激に襲ってきた。私が倒れたら駄目だ。ここはすこしでも眠ったほうがいい。そう判断し、着替えてトラ吉を撫で、がんばれよと力づけた。居間のベッドに疲れた身を横たえようとしたとき、いきなり大きな鳴き声がした。トラ吉が鳴いたのだ。もう声もでないほどに弱っていたのに、力強い声でひと声鳴いたのだ。最期のときかと思い、走り寄って様子を見た。トラ吉は私を見ていた。見えていたのかいないのか、とにかく見ていた。どうした?しんどいね。つらいね。大丈夫だよ、トラ吉。

いくつかの言葉で励まし、少しだけ睡眠をとるためにまたベッドにもどった。するとまた大きな声がした。それは声というより叫びといった方がよい声だった。またあわてて駆け寄り声をかけた。そばに行くとトラ吉はわかるのか落ち着いて鳴きも叫びもしない。わかったよ。もう眠らなくていい。一日くらい寝なくたって平気だ。そんなこと、今まで何度もあったから。こう言ってやると目を細めた。そして水を飲み、また横たわった。しかし突然に前脚を立てて起き上がり、トラ吉は全身を突っ張って反り返り、天を仰いだ。そしてゆっくりと伏せた。2010年10月28日 午前6時30分 トラ吉永眠。

薄く開いた目を閉じてやり、顔を押しつけた前脚は、折った状態で硬直しないよう横向きに身体の向きを変えてやった。よく頑張ったね、トラ吉。おまえ凄い奴だな。こんなカッコイイ往生をする奴だったのか。恐れ入ったよ。さすがボスだ。おまえ立派すぎるボスだったね。そのとき涙があふれ出た。あんなに人から逃げる猫だったのに、私の膝に乗ってくれたこと、最後の最期まで私に看取れと声をふりしぼって訴えたこと、いつもドラ声でエサをくれと鳴いていた姿、じぃじぃや小太郎をいじめて私に「コラッ!」と追っ払われ、水を撒かれて一目散に逃げる姿、堂々と町内を闊歩して「俺様は野良猫だ」と誇り高かった元気な姿などなど。あふれる思い出と、最後に私に心をひらいてくれたことへの感謝に涙がとまらなくなりしばらく泣いた。

気がすむまで泣いたあと、すこし眠った。昼ごろに起きたとき、トラ吉の身体は冷たく固かった。長い間ともに暮らした人の最期は看取れなかったけれど、この猫の最期は看取ることができた。そんなことを考えながら通夜の準備をした。トラ吉は横向きにただ寝ているように見えた。しかしもう二度とあのドラ声で鳴くことはないのだ。そう思った瞬間にまた込み上げる。けれどもこれで苦痛から解放されたのだと思えば救われた。今は私が愛した多くの猫たちと、喧嘩したり遊んだりしているのだと思うと安らいだ。トラ吉大往生。推定12歳。みごとな野良猫の生涯だった。私に看取らせてくれてありがとう。

好きなエサと大好きだったこの庭に咲いた花を供えて通夜をした。弔問客は猫たちのほか誰もいない。存分に別れを惜しむことができた。トラ吉は安らかな寝顔で眠っていた。合掌。  (2010年10月28日撮影)

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