« 一番のりの水仙 | トップページ | 元気な花とじぃじぃ »

2012年3月20日 (火)

甘えん坊くん

Dscn4172_512

じぃじぃは甘えん坊だ。幼い時からそうだった。四ひき生まれたなかで一番の甘えん坊。その甘えん坊さんは貰ってくださる人たちに好みの猫を選んでもらい、最後に残った一匹だった。だから私と居るのだ。この子が残ってよかったと思う。その甘えぶりが何とも可愛い。

私は一日のうち22時間ほどをベッドで過ごす生活になっている。今は相撲の中継があるので午後三時から六時まで相撲を楽しむ。ベッドの上で観戦する。胡坐をかいて座ると、こうして彼は乗ってくる。そして眠る。ときどき耳をピクッと動かすのは力の入った勝負に私が応援したり落胆したりと声を上げるとき。じぃじぃは相撲放送の音に慣れている。年に6回、2週間ずつ聞いている。拍子木の音や呼び出し、そして行司の「ハッケヨイ」などにも耳慣れているにちがいない。それらの音は私にとって癒しのサウンドである。

ダッコが居なくなっても寂しさを感じないのはこの猫が居るからだろう。あまりに可愛いので、この猫が居なくなったり死んだりしたら、どれだけ寂しいだろうかとふと思う。それは人間に抱く感情と同じようなものだ。人を想う気持ちが最高の時、ふとその人の死を思って苦しくなるのと似ている。

たかが動物。たかが猫。しかし私にとってそばにいる猫たちはどの人間よりも必要な存在かもしれない。それはかれらが、どの人間よりも私を必要としているのとおなじことだ。猫になぐさめられて私は生きてきた。今も、そしてきっとこれからも。猫は余計なことを言わず裏切らない。過度に求めず感情もぶつけない。だから猫と暮らすのがいちばん心地いい。庭猫たちもみな可愛い。

手指が少しずつ動かせるようになってきた。しかしまだレイノーは治らず第二関節から先は氷のように冷たく感覚がほとんどない。凍傷のごとき皮膚の炎症はかなりよくなった。もう彼岸だというのに寒いので手がまだきかない。この冬に植えることが出来なかった何種類かの球根を、今から植えたものかどうか思案する。植える体力もあるのかどうか。年々、弱る体力にうんざりする。暑さも寒さも身にこたえ、‘だるさ’との闘いは一日たりとも休戦日が無い。いけない。弱音を吐いてしまった。

沖縄では早くも泳ぐ子どもたち。北ではまだ大雪だというのに。南北に長いこの国の三月。春よ来い。早く来い。きのう、前の山からウグイスの声が聞こえてきた。もうすぐだ。私の桜よ、今年はもっと大きく咲いて喜ばせてくれ。

※一日中パジャマでいる日の方が多くなった。回復するのかしないのか。動けるようになるのかならないのか。今のところ分からない。このパジャマはフカフカで、じぃじぃはお気に入り。 鶴竜は強くなったと感心したあとコンデジで。3.19撮影

|

« 一番のりの水仙 | トップページ | 元気な花とじぃじぃ »

家猫」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 甘えん坊くん:

« 一番のりの水仙 | トップページ | 元気な花とじぃじぃ »