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2012年3月 7日 (水)

帰ってきた小太郎

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昨年の二月に右近庵から出て行った小太郎が戻ってきた。
恋の季節になり、雄猫たちの出入りがあるのは珍しいことではないが、二月の初旬、聞き覚えのある声がするようになった。もしや・・・。その‘もしや’は喜びとなった。

すでに一昨年のことになるが、その年の秋の終りにボスであるトラ吉が逝った。このブログでも一周忌特集を掲載した。その直後から小太郎はボスの場を狙い、じぃじぃとやり合った。じぃじぃも負けてはいない。女の子たちや人間にはやさしい彼も、雄猫となれば本気でやり合い、強いのだ。庭のあるじが飼う猫である自負もあるのか小太郎には負けなかった。やっと僕がしきる番なんだぞ。じぃじぃは言った。三ヶ月後、小太郎は出て行った。

折りも折り、一年で最も寒い時だった。他の姉妹のように鳥や小動物を捕まえてお腹の足しにする姿は見たことがない。餌を与えたときのすばしこさも無い。小太郎はノラの雄猫としての総合的な能力は、それほど高いと思う猫ではなかった。だから心配していた。まず食べていけるのかということ、それから百戦錬磨のノラの雄猫たちと互角にやり合えるのかということなど心配は尽きなかった。しかし彼は出て行ったのだ。

ときどき小太郎を思い出した。ちゃんと食べているのだろうか。負けてばかりで怪我だらけではないだろうか。交通事故に遭ってはいないだろうかなど気になった。近所に居るならご飯だけでも食べにおいでと思っていた。じぃじぃは、向かってさえ来なければ餌を食べることを許す猫なのだ。ボス黒、トラ吉と強い雄猫たちが君臨する長い期間を、じぃじぃはへりくだって‘忍’の一文字だった。後輩の小太郎には譲るもんかと思うのは当然のことだった。

小太郎とはもう会えないのかと寂しい気持ちで過ごしていたが、間違いなく小太郎の声がした先月、私の心は躍った。そしてある日、その姿を確かめようと彼が来たとき庭に出た。私を忘れたのか逃げようとした。鳴きながら逃げ惑う。しかし、「小太郎!」と読んだ時、足を止めて私を見た。顔が違っているように見えた。判断できない。そうかもしれないし、違うかもしれない。いずれにしても餌を与えてもてなしたい。ここでは人間ではなく猫が来賓なのだから。

初めのうちは少し距離を置いていたが、その距離は徐々に縮まった。餌の入った器や鍋を手に、低い姿勢で小太郎、小太郎と呼びながらそっと近づくといったことを繰り返すうち、ついに小太郎だと確信するに至った。顔が違って見えたのは眼やにのせいだった。それに体があまりに立派になっていたせいで、小太郎ではないかもしれないと思ったのだ。しかし、それは間違いなく小太郎だった。庭猫ガールズが誰も逃げないのも決定的な証拠だった。そしてまた以前のように私は彼を撫でることが許されるようになった。あの可愛い小太郎を。

かくして小太郎は舞い戻ってきた。戻ってきたといっても居つくことはできない。じぃじぃは、轟々と鳴いて姉妹たちであろうが口説こうと吠えたてるのを、「ふん」といった感じで聞き流している。じぃじぃは早い時期に去勢手術を施しているのだ。しかし昔の仲間と認識しているのか、ご飯を食べに来るのはかまわないようだ。彼は鷹揚な坊っちゃんなのである。したがって小太郎はお腹を満たせば轟々と鳴きながら、また立ち去る。それは亡き父親トラ吉の姿と重なる。

一年ぶりに会った小太郎は、まるまると太っていた。つらいノラ生活だったとはとうてい思えない。自給自足でもなかった彼だ。いいスポンサーが付いているのだろう。姉妹たちと一緒に夕飯を食べるようになった小太郎だが、毎日来るわけではない。来ない日もある。食べに来た日は大盛りにしてやる。しかしドライフードを食べない。スープなどでドライフードをふやかし、マグロ缶を混ぜて与えたり、魚の頭や骨などと混ぜるのが「猫食堂 右近庵」の料理だが、それが身についているのかもしれない。それとも美味しい缶詰ばかりもらっているのだろうか。話してくれないのでわからない。しかし、なつかしいだろ、その焦げついた鍋。猫エサ用の見覚えあるその鍋は。

ダッコが逝って荼毘に付し、事故に遭った見知らぬ猫を裏庭に葬り、悲しいことが続いたが、小太郎が立派になって戻ってきたことは、この冬の最高の喜びだ。おまえ、まるでトラ吉だよ。ほんとうに・・・。頑張れよ。

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