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2013年2月27日 (水)

溺愛の猫

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じぃじぃが怪我をした。小太郎と大喧嘩をしたのは先週のこと。夜更けに争う声が聞こえて私は飛び出した。お隣のガレージで取っ組み合いになっていた。時すでに遅し、互いに組みついたまま離れない。手を出すと私が怪我をする。仕方なく足を使って二匹の身体をようやく引き離した。小太郎は素早く逃げ去った。小太郎も小さな時からエサを与えて育ててきたが、じぃじぃが居るので成猫になって彼は庭を去った。その彼が一年ぶりに帰って来た時は喜んだ。しかし縄張り争いは本能だ。じぃじぃは去勢をしているとはいえ陣地は譲らない。小太郎は庭猫ガールズの姉たちがメスとして恋しいようだ。しかし彼女たちも手術を施して彼に応えない。

エサを食べに来るだけなら大目にみていたじぃじぃも、この時期、ついつい態度が大きくなる小太郎に、とうとう腹を立てたのだ。共に強い父親が仕切った時代があった。ボス黒の息子じぃじぃ。トラ吉の息子の小太郎。そこへ真っ黒のオス猫もやって来る。それもボス黒が撒いた種だろう。孫あたりか。去勢を施されているのはじぃじぃだけだ。しかも年齢はいちばん上。10歳を超えた彼は家で眠る時間が長くなった。外へ出かけてもすぐに帰ってくる。縄張り争いはきつくなってきたのではないか。彼が好きなのは闘いよりも、ひとり愉しむ狩りなのだ。

小太郎と闘った直後は分からなかったが、数日後、元気が無いじぃじぃに気づいた。どうやら怪我をしている様子で、左脇あたりを調べようとするが、嫌がってうまく見えない。これまでも怪我をしてじっとしていることがあった。そして眠っては舐めて自分で治してきた。今度もそうだろうと、気をつけながら見守っていた。誰も居ない2階で静かに寝ていた。具合が悪い時はひとりになりたがる。これはいけないと感じたのは、ひどく悪臭がしたときだ。傷がひどく化膿していたのだ。大量の膿が流れ出ていた。食べ物もいっさい口にしなくなった。

折りしも長女一家が近くに引っ越してくる23日、忙しくしていた私は夜になってぐったりと力なく横たわるじぃじぃに気づいた。危機感を感じてすぐに病院へ連れていった。先生が傷を消毒する際に見えた傷の大きさに驚いた。ここまで痛手を負っていたとは知らず、可哀そうなことをしたと後悔した。感染症など他に病気があれば傷の縫合が出来ないという。とりあえず入院して動き回らせないようにする方がいいとの先生の判断だった。歩くにも不自由なほど痛そうだったので、家でも動き回るとは考え難かったが、傷の手当てなど先生に任せる方が安心だと思い入院させた。泣く泣くそうした。初めてじぃじぃと離れて過ごすことになった。

彼には初めての入院。じぃじぃは他人になつかない。故ダッコのように人を引っ掻いたり噛みついたりは決してしないが、知らない人がそばにくると素早く逃げる。逃げないのはかつての住人だった娘たちだけだ。孫である小さな子どもたちも苦手である。そんなじぃじぃが、入院中の犬や他の猫たちの鳴き声がするケージの中で大丈夫だろうか。私は家へ帰る途中、不安でいっぱいになった。悲しかった。家に帰っても何も出来ない。彼はさぞ不安だろうな。鳴いているだろうな。捨てられたと思うだろうな。パニックになっていないだろうか・・。悲しくて夜が明けても眠れなかった。とても悲しい一日だった。

明けて日曜日。やっぱり何も出来ない。手に就かない。病院へは連絡していいものかどうかと思い、その日は午前のみの開院だったこともあり電話をしそびれた。そして月曜日。私は病人みたくなってきた。何もできないのだ。気を紛らわせようと思って何かしても、すぐに頭の中にじぃじぃが浮かんで何ひとつ出来ない。火曜日。私は限界に達した。ついに胃を悪くして胃酸がひどく上がり、めまいや貧血も起き始めた。あまり食べられないのだ。しかし身体よりも深刻なのは心の方だった。寂しくて、心配で、どうにかなりそうになってしまった。そして連れ帰ろうと決心した。眠れず午前七時まで時計の針を見つめていた。

午前十時。目ざまし時計をセットして起きた。その時、先生から電話があった。前日に私がかけたのだが、先生が火曜日には休みだったのだ。先生からの報告に再び心配が大きくなった。血液検査の結果、腎機能が極めて悪くなっているという。いわゆる腎不全というのだ。すぐにも会いたいと思い、病院へ駆けつけた。じぃじぃは居た。依然として何も食べないようで、すっかり痩せていた。この前まであんなに重かったのに、とまた私は悲しくなった。しかしじぃじぃは私と会えてうれしそうにゴロゴロのどを鳴らし、私の手にスリスリした。彼の腕には注射や点滴の跡が痛々しく血がにじんでいる。片方の腕にはその後に点滴をする予定の管が取り付けられていた。やはりしばらく入院とのことだ。頑張れじぃじぃ。

家に帰って猫の腎不全について調べた。先生の言う通り、腎機能が低下した猫は多いようだ。10歳を超えているし、珍しいことではないと先生は仰った。しかし気になるのはレベル「4」と最も重い状態だという。また心配がふくらんだ。幸い傷はかなりよくなっていたが、腎不全があるので縫合はできないため、このまま皮膚が回復するのを待つという。

思えばこのところ、水ばかり飲むようになっった。食欲はあったから気に留めていなかったが、この喧嘩の怪我のあと、まったく食べなくなった。怪我と腎不全とが重なっていたので、じぃじぃには辛いことだっただろう。怪我の功名というのだろうか。これが腎不全を知るきっかけとなった。知らずにいたら、もっと悪化して手遅れになっていたかもしれない。

夕方に再び彼の好きなエサを持参した。いつでも会いに行ってよいとのことだ。遠慮しなくてよかったのだ。私が行くといちだんと大きな声で鳴いて連れて帰ってくれと訴える。点滴中の彼はいくぶん元気になったように見えた。声も出るようになっている。しばらくは入院だが、家に帰ったら薬や治療など飼い主は大変らしい。そんなの平気だ。猫の為なら何でも出来る。ダッコのこともかなり大変だった。私は彼にあしたもいそいそと会いに行く。そして可愛い恋人に語りかける。「元気になって帰ろうね」と。

写真は昨年12月初旬に撮ったもの。寒くなったら彼を毛布にくるむ。イケメンの彼だが、こころなしか疲れた表情。だが、この時はまだ腎機能の悪さに気づいていなかった。ごめん、じぃじぃ。絶対に君を元気にするよ。治らない病気だけど元気になれる。飼い主も治らない病気を持っているけれど、それなりに元気に君と生きてる。ずっと君と一緒に暮らしたい。溺愛。この言葉が私の人生においてこれほどあてはまる存在は無い。過去も現在も未来にも、私が無条件に溺愛するのは猫よりほかにない。とりわけこの猫は可愛い。じぃじぃにもし何かあれば私は気が狂うかもしれない。

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