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2016年11月21日 (月)

ボス猫が逝くとすぐに始まった権力争いとメス猫たちNo.2

トラ吉が逝ったあと、どの猫も別れを充分に惜しめるよう一日だけ庭で通夜をした。こっそりお別れをしたい猫も居るかもしれないと私はニンゲンゆえ、人間の考えでそのようにした。幸い秋のことで、夜は冷える右近庵では腐敗は進まず、庭での通夜は可能だった。夜になり、誰かがコッソリ来るかと時々ガラス越しに見ていたが、特に猫の姿は見えなかった。翌日、裏庭に大きな穴を掘ってトラ吉を埋めた。レンガを立てて墓石にした。猫を含めて動物は、ニンゲンのように「死」を重視せず、ただの命の終わりでしかない。それゆえ亡きがらに執着などしない。それよりも彼らはすぐにボスの居ない自分たちの集団をどうするのか考えていたに違いない。

その直後、父親にいじめられ続けていた小太郎が急にJJに喧嘩ばかり売るようになった。JJは優しい猫で、小太郎を弟のような目で見ていた。JJの方が年上だが、いじめもしなかったし、小太郎からのちょっかいもうまくすり抜けていた。だが、執拗な小太郎の攻撃にJJも応戦を余儀なくされ、庭での権力争いを嫌でも受けなければならなくなった。トラ一族と、はるか&JJ親子は血縁関係になかった。それでも元ノラのはるかちゃんと、私の可愛い王子様のJJは、かれらのボス亡きあとも同じ様に寛大で、平和に共存しようとしていた。

小太郎はJJを見かけると跳びかかり、取っ組み合いとなり、激しい喧嘩をした。その度に私は喧嘩の仲裁をした。裸足で庭に駆け出して二匹を引き離した。オス同士の喧嘩は大怪我をすることがあるからだ。JJが可愛いのは言うまでもなかったが、小太郎も小さな時から庭に住んでいたので可愛かった。彼は人なつっこく、私によくなついていた。一族で唯一の男の子で、御飯もいちばんよく食べた。赤ん坊の小太郎をJJも見てきたから、弟のように思っていたのだ。それがトラ吉が居なくなるや悲しみなど見せず、すぐにJJに喧嘩を挑むようになった。お兄ちゃんだけあって、喧嘩はJJの方が強かった。ひどくいじめるのではなく、いい加減にしろという感じでJJは受けて立った。本来はJJの庭だったのだから、そこを守るのは猫の本能で、みずから仕掛けることはなかったが、受けて立つのは当然だった。

メスたちに変化が起きたのはその頃で、二匹のオスが頻繁に喧嘩をするのが嫌なのか、日がな庭で過ごしていたメスたちは、御飯だけ食べてどこかへ行くようになった。そんなある日、グループを取りまとめていた面倒見のいい小トラというメスが突如として居なくなったのだ。彼女は小春と姉妹で、トラ子ママの何度目かの妊娠で育った二匹のうちの一匹だ。その集団では年長者でしっかり者のお姉ちゃんだった。姉妹の小春は飄々とした性格だったが、小トラはメスのリーダーで、小さな弟や妹の世話をよくしていた。その小トラが居なくなってしまったのだ。

妹・弟はすでに大きくなっていたので彼女の手から離れていたが、集団をまとめる役割を今後も小トラが担っていくと思っていた。その彼女が居なくなったことに私は少なからず落胆した。話が前後するが、これより先に母親のトラ子はどこかへ行ってしまっていた。だからこそ小トラが皆をまとめていくと思って期待していたので、その後のトラ一族は誰が統率していくのだろうと案じた。トラ吉が逝き、妻のトラ子が去り(去った理由は次回に)、長女の小トラまでもが去り、この群れは崩壊するのではないかと私はひどく心配になった。
                                     (続く)

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2016年11月18日 (金)

メス猫(手術済み)が家出することの謎について No.1

小春が居なくなったのは今年の7月19日のこと。朝、起きるとガラス戸を開ける。必ず小春が待っている。2年前の寒い大晦日、病気だった妹のトラ美が突然に寝床から飛び出して出奔、二度と帰ることはなかった。それ以後、小春は庭でひとりにぼっちになった。ひとりになっても朝に私を待つ小春の姿があった。寂しかろうと可愛がってやろうとするが、生粋のノラは家の中へ入れるとパニックを起こし、狂ったように出口を探す。かと思えば私が知らぬ間に入っており、二階で眠っていたのか夕方に階段を降りてくることもあった。家の中には大いに興味があるが、人間の支配下には置かれるものか。それがノラの共通の認識のようだ。

居なくなった小春のことを説明するのに、まず彼女が属していた共同体について語らなければならない。トラ一族が隆盛を極めていた頃、小春とトラ美姉妹は家族制度を覚え、自分たちがどうするべきかを身につけた。犬と違って猫は皆、単独行動を取るので一匹が統制するのは難しいと思っていたが、この一族は違っていた。父親トラ吉を頂点に、母親トラ子、姉たちの小トラと小春、4匹のそれより幼いトラの姉妹と弟小太郎の8匹がピラミッドのような構成をつくっていた。更に家猫のダッコ、JJ、はるかちゃんと、その頃は計11匹も居た。

庭猫たちの統率者である父親トラ吉は殆んど庭におらず、母親とその娘・息子たちは、御飯の時間に、ある者は庭のどこからか起き出し、ある者は敷き地外のどこからか来て集合した。父親が食事に来た時、母親と2匹の姉たちは父親と幼い姉妹・弟が先に食べるのを後ろから見守った。第一陣が食べ終えると、おもむろに残りを食べはじめるという、一族のルールが出来ていた。

父親トラ吉はノラでありながらこの庭を制したがった。その為に最強だった黒猫のボスクロが退いた後、この庭を手に入れた。ボスクロの息子である若いJJをひどくいじめ、自身の息子である小太郎までも出て行けと言わんばかりにいじめて威嚇した。動物は大きくなってくると息子でもなんでもなくライバルのオスなのだ。トラ吉、JJ,小太郎の三匹の雄は、この庭をみな自分が治めたいと思っていた。その為、競ってオスたちは庭のあちこちにマーキングをした。当然、若者二匹は親分に叶わないので、親分が居ない時に目盗んでせっせと自分の匂いをフェンスや植物にも付けていた。そんな様子を他のメスたちは見ていた。オスは大変だなと思って見ていたかどうかは判らない。度々やっつけられる若いオスたちを可哀想にと思っていたかどうかも判らない。

そして何ヶ月かぶりに現れたボスのトラ吉が、頻死の一歩手前の状態で帰ってきた。トラ吉は2日間この庭で過ごしたあと、明け方に私に看取られながら逝った。一族のリーダーが逝ったのだ。それをどう知らせようかと考えた。皆が拝めるようにしようと芝生の上にシートを敷き、亡きがらを横たえた。何匹かの猫は近づいて匂いを嗅いだ。何匹かは遠目に見守った。どの猫も人間の様な悲しみの表情は見られなかった。でもきっと悲しんでいたのだろう。猫は悲しみを外に出さない。他の動物同様に、淡々と仲間の生死を受け止めて生きてゆくのだ。

                                         (続く)

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2016年11月15日 (火)

ひとりぼっちのママ

この庭では最大11匹の猫たちが居た。
昔、『11匹の猫』というミュージカルを観たことがある。それと同じだなんて思っていた。

それが今ではこの‘はるかちゃん’1匹になってしまった。これは夏の前に撮影したので、この時まだ小春は居たが、御飯を食べに来る以外は庭で見かけないことがふえた。その小春が本当に居なくなってしまって4ヶ月。今、はるかちゃんは完全にひとりぼっちになってしまった。
でも彼女はそれを悲しんではいない。元ノラで、庭では一番の古株のはるかちゃんと小春はたいそう仲が悪くなっていた。このブログに掲載の小説『日なたの小春』の頃のような関係ではなく、サビ猫2匹は庭で常に緊張関係にあった。これについては後日にお知らせしましょう。猫の世界の不思議をまたしてもこの2匹に見た話。

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猫は笑わないが、なかでもこの猫は笑わない。いつも真面目な顔をし、私なのに警戒心をあらわにしてカメラを睨む。正面を向いてくれる一瞬がシャッターチャンス。前を見たかと思うとすぐさま横を向く。これはうまく撮れた一枚。彼女は茶トラも混じり、口の所が薄茶色。それがとても可愛くて、いつもそこを指先で撫でてしまう。

JJ。君がこの庭に居たらママはどんなに喜んで君にとびっかってじゃれるだろう。いつだって君はそんなママに弱っていたよね。ママの方が子どもだった。君は優しい猫だった。
(最近は画像の隅に日付を出す。ひと目で撮影日が判るので。このテンプレートは端が切れるが。)

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2016年11月 8日 (火)

はるかママは元気だよ

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2015年1月のJJの命日に更新して以来、このブログを書く。彼の死後、ほとんど動かなかった理由は、つらかったからである。つらくてずっと開くことができなかったのである。時は経ち、彼の母親と私は暮らしている。その猫に支えられ、こうしてまた書く気になった。その子のことも書いてあげなければ。それはJJの喜びでもあると思うからだ。

JJ、ほら、ママは元気だよ。
でもこの冬で20歳。そうハタチになるよ。人間でいえば96歳なんだって。
そう思えば君のママはスゴイよ。寒くなってきて今は私の膝で眠ってばかりだけれど、暖かい季節にはまだ狩りをしているよ。ヤモリだかトカゲだか、そういう小さな生きものが犠牲になっているよ。
獲物をくわえて帰って来る時は、君が居た時とまるで同じだよ。妙な鳴き声を出しながら凱旋する。彼女ときたら、君がすっかり大きくなって、自分で狩りをして鳩など捕まえてくるときもあるというのに、小さな獲物でも君に食べさせようとしていたね。親心かな。君はもうそんなものが要らなくなっていたけれど、むげにそっぽを向かず困惑した顔をしていたね。君はやさしいからママを傷つけない気遣いをしていたのを思い出すよ。今の彼女は獲物を私に見せるために例の鳴き声をするんだけれど、その声は君の所まで届いているかい?あ、ママだ、と分かるかい?

ママは君と違って写真が嫌いで、シャッターチャンスがなかなか来ない。でも暖かい所で寝ている時は撮らせてくれる。きっと起きているんだろうけど。ほら、元気だよ。

今もママは膝で寝ているよ。かつては君の指定席だった私の膝で、気持ちよさそうに眠っているよ。ずっと君が私の膝や布団の中を占領していた11年半、彼女は台所の寝床でひとりで寝ていたものね。朝になって布団の中が二匹になっていることもよくあったけど。寝床には弱電の温かいヒーターを敷いていたけれど、羽毛布団の中の心地よい温かさに勝るものはないものね。

JJ、可愛いじぃじぃ。今でも毎日君のことを思い出しては名前を呼んでいる。はるかママと眠る前、君が羨ましがってはいけないから、君を先頭に、歴代の猫の名前を呼んでいくんだ。聞こえているよね。だからかな。君は先に逝ったこの家の人間のあるじ同様、音で伝えてくれるもの。彼は天井だけど君は床のあたり、台所、そしてベッドの横の白い机の上あたり。君が伝えてくる音がする。猫っぽい音。ちゃんと聞こえているからね。だから言ってるよね。あ、じぃじぃ今日も来たねと。うれしいよ。

私も弱ってきたけれど、はるかママと支え合って暮らしているからね。
君もずっと一緒に居るからね。もちろん君の苦手だったダッコ様も。

                         (画像は今年の1月に神戸の隠れ家にて撮影 )

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