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2019年6月 2日 (日)

腎不全末期の猫とエンジェルタイムをどう過ごすか

こんにちは。日曜日の午後です。先ほど小雨が降りました。曇りの日は好きですが、気圧の関係か何となく体がだるいです。

食欲のない猫さんに、どうやって食べさせるか四苦八苦しているあなた。私もその一人です。今では療法食でなければとか、これは与えてもいいのだろうかという懸念を通り越し、私は愛猫が喜んで食べるものなら何でもいいというところまで来ました。現在は三洋食品の‘たま’シリーズに大変お世話になっています。三洋食品と言えばツナ缶ほか魚の缶詰の企業さんです。ペットの缶詰もそれは美味しそうに出来ています。見た目も人間用と変わらないくらいです。しばらくはこのシリーズで、はるかさんの食生活はまかなえそうです。先ほど、おやつに「たまの伝説 730」(老齢猫用)を与えてみたら喜んで食べてくれました。マグロとササミが中心でオオバコなど植物繊維も含まれています。見るからに美味しそうなフードです。

今日はエンジェルタイムをどう過ごすかについて更に考えてみます。エンジェルタイムに入ったと思っても、その期間は様々でしょう。細く長く続く場合もあると思います。私は愛猫が痩せてきて、食が極端に細くなって体重が減少し始めたらエンジェルタイムに突入したと理解しました。つまり私とはるかさんは、すでにその中の蜜月期間に居るのだと思っています。さらりと書いているようですが、この「エンジェルタイムに入っていること」を受け入れるのには葛藤がありました。別れの大きな悲しみに何度も襲われました。でも、認めなければならないと考えました。受容しなければならないと。

食べない。つらそうだ。そういう状態をずっと見ていると、悲観的にならない人は居ないでしょう。もうすぐ死んでしまうのではないか。もしかしたら明日にも・・・。そう考えることも、しごく当然のことです。食べない時、私はきっと真剣な顔でスプーンを口に運んだり、お願いだから食べてと哀願するような顔つきで接していたと思います。皆さんにも覚えがあることでしょう。しかし欲しくない時、猫は何をしても食べません。きのうは喜んだものでも横を向いたり、はるかさんのように砂を掻くような仕草をして拒否を表す猫さんも居るかもしれません。そんな時、私は真剣に食べさせようとして、きっと恐ろしい顔をしていたと思います。とっても悲しそうな顔にもなっていたでしょう。猫はそれをきちんと把握しています。そしてきっと猫も悲しくなっていたと思います。

一方、食べなかったら「食べたくないのかな」と無理強いしないで引っ込め、明るく「またあとで何か食べようね」と話しかけてあげると猫もホッとしたような 顔になり、安心してまた眠ります。けれど食べなければ飼い主は焦ります。本当に心配が募ります。でも、今は食べたくないという意思表示は受け入れてあげるべきだと私は思います。すると意外にも数時間後には食べてくれ、安心させてくれることがよくありました。真剣な怖い顔で、さぁ食べてと押し付けるよりは、心の余裕を持って猫の意思を尊重することも大切だと思うようになりました。しかしこの先に全く食べなくなるという時期が必ず来ます。その時、強制給餌で液体の栄養価の高いものを無理に口に運ぶという方法を、現時点では肯定したくないような気持ちがあります。

エンジェルタイムは猫も飼い主も幸せで、穏やかなものでありたい。近頃になってようやく私はそう思えるようになりました。食べない意思を尊重すると死期が早まると考えてしまいますが、それも猫の明確な意思と自然の成り行きではないかと考える余裕が芽生えてきました。ここまでに私は何度も暗い気持ちに圧し潰されそうになり、愛する猫を失うことの計り知れない悲しみの大きさを考えただけで何もできなくなってふさぎ込んでしまうことが数えきれないほどありました。けれども猫は淡々と、その日一日を生きています。とてもしんどくても、いくらか元気な日も、腎不全ほか様々な病気が進行している皆さんの猫さんも、身体は原則としてとてもつらい状態にありますが、猫を含むすべての動物は「つらい」とも「しんどい」とも言いません。動物は我慢強く、特に猫はとってもつらくても、そんな素振りをなるべく見せないようにして過ごすと言われています。

そういうことを考えると、無理に食べさせること、無理に延命させる処置を取ることは必ずしも猫たちにとって歓迎すべきことではないのです。猫たちは皆、自然の摂理を悟っています。死期が近づくと自身で察知し、それを思わせる行動をとります。はるかさんの愛息子は11歳で腎不全のため逝きましたが、死が近づいた頃、夜中にしきりに外へ出たがりました。歩くのもやっとの状態だったのに、あまりに出たがるので一緒に出てやると、地面に香箱坐りをしてライオンのような姿勢になりました。時は厳寒の一月末です。庭は、うっすら雪が積もり始めていました。こんなところに居たら凍え死んでしまう。私はとても彼の意思を受け入れてあげることが出来ず、抱いて家に入りました。その数日後に彼は歩けなくなり、結局は家の中で看取りましたが、あの時、彼の意思を尊重してあげればよかったのだろうかと今でも思うことがあります。彼は貴公子のように素敵なハチワレ猫でした。はるかさんの子供でノラ出身、彼女にくわえられて私の庭に他の三匹と共に、一匹ずつ運ばれてきました。三匹は貰われ、最後まで残って縁があった彼は、たぐいまれな可愛い性格の猫でした。彼は大好きだった庭で命を終えることを強く望んでいました。和たちは縁のあった猫たちには本来の猫らしい生き方をさせたいということをモットーに、自由猫として猫たちと関わってきました。私のもとに居た猫たち、去来した猫たちは皆、庭や外が大好きでした。ですからその猫も本当は大好きな庭で命を終えたかったのでした。

はるかさんも先日、不思議な動きをしました。全く元気なく食べない数日の後、朝にマンションの玄関へと、ふらつきながらゆっくり歩いて行き、閉まっているドアをしばらく見つめ、あきらめて居間へ戻ってきました。そんな行動は初めてでした。猫たち生き物は人間のように自分の死を悲しいものだとは認識せず、淡々と死を迎えるべくして迎えるのだといいます。あまりのつらさに、あの日は自身の死を意識した行動だったのかもしれません。彼女は五年間ほど外に暮らすノラさんでした。親子のこれらの行動は、外で死にたいという意思の現れだったのではないかと考えます。ノラはノラの誇りと本能で死に場所を求めることを知りました。

弱りつつある今、いろいろなことを考慮すれば、エンジェルタイムには少しでも長く生きさせることに執心するよりも、何も食べない時は身体のつらさに耐えている猫さんが心地いいと感じるように撫でてあげるなどし、楽しかったことなど優しく語り掛けてあげるのが最も嬉しいことではないかという結論になりました。はるかさんはまだ食べる意欲を見せますが、まったく食べないこともあります。ひどく痩せてきました。しかし少しでも食欲がある限り、無理強いはしないで好むものを工夫して与える努力は続けます。でも完全に拒むようになれば彼女の意思を理解しようと思います。私は考えます。エンジェルタイムを共に過ごし、それが長くとも短くとも、間違いなく猫も人間も、穏やかな幸せをそこでまた得ることが出来るはずです。それは互いの永遠の愛情の確認と、再開の硬い約束をする時間であり、愛しさをこめて互いへの感謝を伝え合う貴重な時間であるように思います。だからエンジェルタイムも悲しみばかりではなく、穏やかで幸せな気持ちを忘れずに過ごせたらと願っています。そのことを猫さんも喜ぶことだと信じます。   良

 

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