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2019年7月26日 (金)

愛猫が逝って3週間 虹の橋が架かった

みなさん、こんばんは。ご訪問ありがとうございます。
なかなか出てくることが出来ず申し訳ありません。

昨日、はるかさんが召されて3週間を迎えました。直後に比べれば、いくぶん私の悲しみは和らいだのかもしれません。しかし無理に動いてはボンヤリすることが多く、この悲しみから立ち直るには、まだまだ時間が必要に思います。

私はまだ悲しみと正面から向き合っていないのです。これまではるかさんのことにすべてを費やしていたために、後まわしにしていたおこなうべきことがいくつもありました。それらを遂行しなければならなかった為に時間を取られ、まだ充分に悲しんでいません。忙しくしているその合間に強い悲しみが何度も何度も押し寄せてきました。早く悲しみや様々な感情と向き合わねばと思っています。

きのうは私の誕生日でした。また年を重ねました。22年間を共に暮らしたはるかちゃんを、私がきちんと送ることが出来てよかったと、あらためて思いました。そしてはるかちゃんを送ったら、もう猫はそばに置かないと決意しました。もしも新たな猫をそばに置き、再び猫と共存の幸せな時間を過ごしても、その猫を看取るまで私が元気でいられる保証はないと思うからです。それで私は、はるかちゃんとのお別れ後は、長い長い猫との共存生活に終止符を打とうと決めていました。

きのうの夕方、ひどく雷が暴れて激しい夕立になりました。ひとしきり降ったあと、陽が射しはじめました。午後六時過ぎ、長女から携帯メールが届きました。「すごく大きな虹。見えてる?」すぐにベランダへ行くと、目の前に七色の巨大な虹が空にかかっていました。ベランダからの眺めは山並みが連なっており、虹の一方の端は左側の山の間から伸び、大空のキャンバスに巨人が描いたように大きな弧を描き、右側の山並みにもう一方の端が差し込まれたように架かっていました。息を飲みました。はやり言葉で言うならば、それは「わたくし史上初」の巨大で鮮やかな美しい虹でした。

ふと、はるかさんのことを想いました。今日、渡るのだろうか。えっ、今から渡るの? 私が頼りないから、今までなかなか行けなくて、今日まで居てくれて、私がほんの少しだけ元気になったから、そして私の誕生日だから、あなたはこんなに大きく美しい虹を架けて祝ってくれて、そろそろ渡りますと今から渡るところ?と。

太陽の光が空気中の水滴によって屈折し、反射されるときに水滴がプリズムの役割をして七色の帯に見えること、虹は赤から紫までの光のスペクトルが並んだ円弧の光だとわかっているけれど、今の私にはその大きく美しい虹と、召されたら動物たちは虹の橋を渡って幸せになると言われることが重なってしまいました。でも、渡らないでと願ってしまう私。また会おうねじゃない。再開の時は迎えに来てね、じゃない。今も、いつも、これからも、ずっとそばに居るのだと考える私。虹の橋の観念よりも、私はむしろお釈迦様のそばで元気に遊んでいる彼女を思い浮かべるのです。

きのう髪を切り、今月のTo do listをすべて済ませて多忙は一段落しました。これで悲しみや寂しさと向き合えます。さぁ、ノートに心ゆくまで綴りましょう。彼女の思い出をゆっくりと綴りましょう。 おやすみなさい。

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