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2019年7月30日 (火)

ペットロス 私の場合

こんばんは、皆さん。
暑いですね。深夜でも室内は29.5度あります。私は空調が苦手なので使いません。昼間の事を思えば風も入っていくぶん涼しいです。夜なのに蝉たちも鳴いています。(羽を震わせています) 

ペットロスについて考え続けています。多かれ少なかれ間違いなくその症状は現れると分かっていました。送って後、忙しくあれこれ動いていたのも、ペットロス協会の吉田先生が言うところの「過活動に置き換えて悲しむ作業を怠っている」のかもしれません。それらの雑事が一段落すると、じわじわと来たかなと感じます。それらは亡くなって直後の十日間の強い悲しさ辛さとは少し違っています。悲しみのあまり何も出来ないわけではなく、家事もすれば音楽も聴きます。旧宅の庭に住んでいる猫にもご飯を与えに毎日行きます。でも、空しいのです。語り掛ける相手が居なくなってしまったからです。

日本ペットロス協会のサイトを訪れ、掲載された文を読んでいます。さまざまな項目があって参考になります。その中の「ペットロス、ペット依存度診断テスト」という項目ををやってみたところ、私はどちらも重症と出ました。それはただ悲しみが大きいというだけではなく、私のこれまでのライフスタイルと深い関係があります。独居であること、人に自分の心を打ち明ける方ではないこと、悲しい時に聴いてくれる人を持たないことや、人間との関りよりも猫たちとのそれの方が私にはよほど心地よいものであったため、人付き合いを怠ってきたということなどがあります。植物と猫。それだけでじゅうぶんに幸せを感じて私は長く暮らしてきました。ものを書いていた時期もあり、それを邪魔しない植物と猫は私のベストパートナーでした。人との厄介な付き合いが無くても猫と植物が私に与えてくれる力や喜びで幸せに生きていました。

ところが最後の猫がとうとう居なくなり、植物もマンション暮らしでは旧宅の広めの庭で得るほどの喜びを得られないことなども関係し、私は今、すっかり元気を失くしてしまっています。したがって私の場合は猫を失った悲しみと、隣家の迷惑行為で家を捨てたため、猫と植物という大きな生きる張り合いがなくなったことによるものであることを理解しています。そこへ急激な暑さもあって気力・体力共に下降気味です。無理は禁物ですね。無気力です。一日に何度も「いま私は何をすればいいのだろう」とボンヤリ考えます。

このブログへお越しの皆さんの中にも、大事な猫さんや犬さんを送ったことがある方々が居られると思います。あるいは闘病中の猫さん犬さんを看病している方々も、いつかはという気持ちを意識して看護や介護をしておられるかもしれません。私も近々送ることになるとは分かっていましたが、いざ失うと寂しいものです。22歳まで頑張って生きた愛猫には召された年齢に不足はないかもしれません。マンションに共に寝起きした最後の5ヶ月間、それよりもうんと長い旧宅での21年半の思い出がほとばしり出て、失った今、いかに私が猫に助けられて(依存して)生きてきたのかを思い知ります。したがって私の場合、はるかちゃんを亡くしたことだけではなく、これまでとガラリと変わってしまう生活に戸惑いや不安、寂しさを感じていることもあるのだと思います。

あ、今、はるかちゃんが来ましたよ。寝床はすでに片付けているのですが、文字を打っているとカタンという音がしました。はるかちゃんです。先日も、そして今日も音で伝えてくれました。寝床はそこにないのに、音がしました。いつも寝ていた床のあたりで聞こえました。それはJJやだっこの時にも起きました。人間である夫は頻繁に伝えてきました。今でもたまに伝えてきます。そういうことは信じない方でしたが、はっきりした音がしっかり聞こえるので、これは伝えたい者が伝えてくる音だと思っています。嬉しいですね。これで2度目です。

はるかちゃんからの意思の伝達があったので、とても嬉しいです。その嬉しい気持ちのまま眠ることにします。おやすみなさい。

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