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2019年8月 3日 (土)

猫も説明のつかない事柄を死後におこなう

こんばんは。暑いですね。室温は只今29.6度、湿度72%。風が少しあるので、この程度なら許容範囲です。

まもなくはるかさんが逝って1ヶ月ですが、今日は亡き夫の15回目の命日に当たります。それでカレーを作りました。彼は私が作るカレーが大好きだったので。でもベジタリアンに近い食生活の今の私が作るのはベジカレー。彼は不本意かもしれません。

逝った猫たちが音や陰で現れるのを何度も経験してきましたが、もっと回数が多いのが亡夫です。彼は死後に凄い力を得たのか、数々の不思議なことを起こしました。ココは猫のブログなので、それに夏向きとはいえ、そういう話が苦手な皆さんも居ることでしょう。ですからそれはまた折があればということに。人間も猫も死後に伝えてくることは私には珍しいことではありませんが、先日のテレビのリモコンがCDのハンディケースの上から突然に滑り落ちたのには驚きました。やっぱりはるかちゃんはスゴイ猫だったんだと改めて思いました。

スゴイ猫と言えば、こんなこともありました。亡くなった翌日に火葬車に来てもらって荼毘に付しました。車の台に乗せ、花とともに火葬される直前に手を合わせて拝みました。そして業者さんによろしくと言い、彼は扉を閉めました。一時間弱で終わりますからとの言葉に、いったん部屋に戻ることにしました。マンションの敷地内を歩き、私の住む棟に行くのに階段を降りなければなりません。階段を2~3段降りた時、左脚の膝に激痛が走りました。あまりの痛さに思わず立ち止まり、膝をさすりました。私は生まれてこの方、膝に痛みを感じたことはありません。その日も膝の具合が悪いなど無かったので驚きました。しかしその痛みはまさに激痛という言葉がふさわしい強い痛みでした。こんなに痛むのなら明日は病院かなと立ち止まったまま考えていました。けれど階段に立ち止まっていても仕方が無いと再び降り始めました。

不思議なことに歩き始めるとその強い痛みが消えたように無くなりました。まさか、あんなに痛かったのに急に無くなるなんてありえない。明日になればもっとひどくなっているかもしれない。そう考えながら部屋に戻りました。ところが部屋に戻っても特に痛みは感じず、いつもと変わらぬ状態で普通に部屋の中を歩いていました。今頃、燃えているんだろうな。そう思うと切ない気持ちになりました。悲しくなりました。そして1時間後、火葬車まで戻りました。猫が好きすぎてこの仕事を選んだというその業者さんは「この子は凄い子ですよ。立派に残っていますよ」と言ったのです。開かれた扉の向こうに横たわるはるかちゃんは、見事に骨格がすべてわかる状態で、お骨になっていたのです。

しっぽの関節が連なり、腰骨も大腿骨もしっかりと残り、肋骨、肩甲骨、前脚の骨も爪も歯も、そして頭蓋骨はまったく崩れずにそのまましっかりと残っていたのです。それは美しい骨でした。美しく横たわった22年を生き抜いた立派な猫の姿でした。私は感動を覚えました。丁寧に骨を箸でつまんで骨壺に入れ、最後に見慣れた犬歯(牙)を入れてから、頭蓋骨を載せました。みごとな猫の、みごとな骨でした。そのまだ温かい骨壺を胸に抱いて部屋に帰りました。本当に死んでしまったんだな。そう思いました。

膝の痛みの事はきれいに忘れてしまっていました。夜になって、あの痛みは何だったのだろうかと考えました。そしてふと思いました。あれは、はるかちゃんだったかもしれない。火葬車の中で火が点いた瞬間だったのではないか。今から骨になります。ありがとう、さようなら。そう彼女が私に伝えた瞬間だったのではないだろうか。実は膝は痛めたことがないけれど、私の弱点は左脚全体なのです。30代で椎間板ヘルニアを患い、その頃から左脚が弱くなり、今でも疲れやすいのが左脚でした。でも強い痛みが膝にというのは初めてで、それ以後は同じことは起こらず、あなたの左脚の弱さをわたしが持っていきますという、はるかちゃんからの合図だったようにも思います。ありがとう、はるかちゃん。

私はこの度は重症のペットロスに陥ることは無かったようです。最初の十日間ほどは本当につらかったです。悲しかったです。今は「頑張ってるよ、はるかちゃん」と語り掛け、出かける時、帰ってきた時、何かする時、まるで部屋に誰か人が居るかのように、はるかちゃんに語り掛けています。寝る前は、お骨を胸にしばらく載せます。そして語り掛けます。車の中では相変わらず大声で呼びかけています。正直に言えば、私はJJの時ほどではににせよ、かなりのペットロスになるのではと、鬱の薬も多めに貰ってありました。しかしやるべきことが多くあり、その為に人と接することも増えているせいか、‘ドツボ’にはなりませんでした。思えば息子のJJが11歳で逝った時、私は毎日泣き暮らし、ロスから脱するのに3年もかかりました。その間、私が泣いていれば彼女が頬や手を舐めて慰めてくれたものです。その彼女も逝ってしまい、音でも不思議な現象でも、影でも、何でもいいから伝えてくれると私はとても幸せです。

長くなりました。皆さんにご報告があります。これまでのメインブログを休止し、こちらに猫の事など綴っていきます。ただ、猫がもう居なくなったのに何が書けるのだろうかとは思います。好きな音楽や、猫から離れた話題も入れるかもしれません。私の中には過去の猫たちや猫にまつわる話は山ほど潜んでいると思っています。書くことでロスから回復すると思います。そういう意味では皆さんにお世話になっています。ちなみに‘ペットロス’という言葉、仕方なく使っていますが、私は関わってきた多くの猫たちのどの子も‘ペット’とは思っていませんでした。共同生活者。そう思っていました。猫は猫らしく。この私のポリシーをみごとに満たしてくれたはるかさんの、みごとな生き方でした。

読んでくださってありがとう。おやすみなさい。  良

 

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