« 予知がむずかしい愛猫の「その時」 | トップページ | バリノラ猫のトグちゃん(♀) »

2019年8月31日 (土)

求められる飼い主さんの方針と覚悟

皆さん、こんばんは。
今日は私の住む所では雨が降ったり上がったり、そのせいか夜になってかなり涼しくなっています。秋の虫も鳴き始めています。

愛猫を亡くして以後、明るい気持ちで記事が書けなくなっているにもかかわらず、お越しくださる皆様方がおられ恐縮しています。愛猫が逝ってもうじき二か月になりますが、寂しさはいっこうに改善されません。それは一匹の愛猫を亡くしたことだけでなく、長い長い猫との生活が終わってしまったことにも関係しています。部屋にポツンとひとり居ると、虚しく、寂しく、ぼんやりと何も出来ないで居るときがあります。こんなことではいけないと思いつつも、気持ちの切り替えはうまくできる時ばかりではなく、情けない思いをしています。いつまでもこんなことではいけないと少しずつ活動も始めています。悲しいけれど、はるかさんのグッズを片付けたり処分したり、メルカリに出したりもしています。前を向こうとしているのは事実です。でも気持ちの浮き沈みに翻弄されているといった感じです。

前回の記事では間もなく逝く猫さんに飼い主さんができることを書きました。「その時」が近い前兆についても書きました。それを察知していても、なおも生きさせようとしてしまう人間の行動についても書いたとおりです。今日は私の愛猫からちょうど一ヶ月後に逝った娘宅の猫について書きます。その子は19歳でアメショー×スコティッシュフォールドの男の子でした。亡くなる三日前と二日前、一家は夏の旅行に出かけ、私が面倒を見に行ったのでした。異変を感じたのは亡くなる二日前のことです。目が何とはなしに黒いのです。そのせいかとても可愛く見えていました。こんなにおめめキラキラだったっけ。そう思って見ていました。フードはなめていたのでそれ以外に異変は前日にも感じなかったのです。

昼に訪れてフードを与えたあと、猫はさっさと寝床へ行って寝てしまいました。眠ってしまったので夕方にまた来ようといったん帰りました。再度おとずれた夕方、まだ起きないのです。さわっても起きない。こんなによく眠る子だったかなぁと不審に思いつつも、年齢的にも年なのでそんなものかと思い、起きないけれど1時間以上そばに居て、それから帰りました。その夜、帰宅した一家も異変を感じました。瞳孔が開いてるというのです。瞳の部分が無くなっていると娘が言い、翌朝に病院へ連れて行くと電話がありました。病院へ連れて行き、診断の結果を聞かされて驚きました。心臓など内臓を調べて診察したところ、心臓だけでなく神経系統や脳障害も起きていると思われ、いつどうなってもおかしくない状態とのことでした。

その日は夜まで預けて長時間の点滴を受けました。腎障害も出ているので点滴での諸症状改善を図るための措置でした。夜に連れ帰ってきた時には身体の半分は麻痺が起きてきかなくなっていました。ただ横になり、見えているのかいないのか、じっとしているという状態だといいます。その翌日、再び朝から病院へ連れて行き、夜まで点滴を受けさせるため家族は家に帰りました。車で片道一時間はかかる大きな病院にかかっていたので送迎も大変だったようです。その日は8月4日の日曜日でした。引き続き長時間の点滴を受けている間、一家は家でそれぞれ過ごしていました。また夜に迎えに行くまで、皆が在宅で各自のことをしてました。私が用事で家に立ち寄ると、皆が明るく、普通にしていました。そのため私も猫は大丈夫なのだと思っていました。

その夜、迎えに行って連れ帰り、更に容態が更に悪くなっていることに一家は気づきます。それは「危篤」の状態だったと思われます。私に電話があったのは午後11時頃でした。いま息を引き取ったのだと・・。最期にしっかりと目を見開いて呼ぶ声に応え、静かに逝ったといいます。その日は奇しくも私の愛猫の死からちょうど一ヶ月の日でした。一日中の点滴も、ケージでの治療もすでに効果のない状態だったのでしょう。そういう治療で命が延びる段階ではなかったのです。こうして私たち親子は共に愛猫を失うこととなりました。

娘は言います。こんなに急に死んでしまうとは思わなかった、元気だから旅行に行ったのに・・と。しかしながらよく考えてみれば、医師は「いつ何が起きてもおかしくない状態」と告げています。長時間の点滴治療を医師が勧めたのかどうかは分かりませんが、医師の言葉は「危篤通知」と理解できます。それを娘一家がどう捉えたのか不明ですが、身体の半分が硬直し、瞳孔が開いているという状態から「その時」は近いと判断できます。それにもかかわらず、一家四人の全員が家に居た日曜日に、尚も朝から遠い病院に連れて行き、夜まで点滴を受けさせるといったことに疑問も感じなかったことは私には理解しがたいことでした。猫が病院に居る間、夫婦は家事をし、小学生の子供たちも元気いっぱい遊んでいました。更にその翌日も朝から点滴を受ける予定だと聞いていました。重篤な状態にあることを知りながらなぜ?医師から言われてはいたけれど、死が迫っていることは実感していなかったのです。娘も事後にそう告白しました。そういうものなのです。

皆さんはお分かりですね。娘は医師から危篤だと言われていても、医師が病院で出来る限りのことをするという方法を選んだのです。たとえそれが最期の時間を家族みんなで一日中過ごす大事なエンジェルタイムで、別れの迫っている時間だったとしても、そんなことあるはずがない、間もなく逝くなんてありえない・・と考えてしまったのだと思われます。一家の判断は「病院」での(無駄な)治療が中心だったのです。一方、私の判断は、間もなく逝くならば、もう病院は必要ないというものです。少しでも長く一緒に居たいと私なら考えます。高年齢のはるかさんの場合、危篤になる前の段階で、病院に頼ることはしないと決めていました。かかりつけの先生も「この子はもう充分に頑張ってきましたからね」と言い、以前からそれでいいと同じ考えを示してくださいました。

最期まで治療かエンジェルタイムか。どちらを選ぶのが正しいという答はありません。私なら間もなく逝く愛猫を少しでも長く撫でていたい、ふれていたい、見ていたい、声をかけていたいと思うだけです。医師が「危篤宣言」をしたら、そのあとあなたはどうしますか?なおかつ点滴の管につなぎたいですか? そういうこともある程度長めの期間をエンジェルタイムと意識をし、その間に考えておかれるといかがでしょう。「その時」に関する飼い主さんの方針と覚悟。それが大切です。病気を持つ愛猫さんが居る飼い主さんは、漠然とでも日頃からそのことを考えておくと、間際で慌てないと思います。それでは今夜はこの辺で。 良

 

|

« 予知がむずかしい愛猫の「その時」 | トップページ | バリノラ猫のトグちゃん(♀) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 予知がむずかしい愛猫の「その時」 | トップページ | バリノラ猫のトグちゃん(♀) »