2016年12月10日 (土)

こうして庭猫は減り続けた No.3

庭の猫たちが減り続ける理由が判らず、皆様にもその話を聞いていただいていました。途中、家の中で猫の鳴き声がする不可思議な出来事が起こり、そのことについてお知らせする記事を間に挟んだため、加えて私の体調不良などで続きを書くのが遅くなりました。引き続き思い出しながら書いていきます。

トラ一族は庭で隆盛を極め、集団で穏やかで幸せな時間を過ごしたが、その日々はいつまでも続くものではなかった。ボスのトラ吉が死に場所をこの庭だと決め、ずいぶん久しぶりに帰ってきたが、彼の死後、一族の崩壊が急激に進んでしまった。息子の小太郎と、半飼い猫のJJが争いばかりする日々が続いていた。小太郎は去っていったかと思えば、また様子を見に来てJJと鉢合わせになって大げんかを始めることも度々あった。気の優しいJJだが、我が家の庭を一族に占領され、ボスのトラ吉には幼い時から悪さをされてきた手前、初めて完全に我が家と大好きな庭を完全掌握したのだから、おいそれ小太郎に譲ることはできなかった。もしも小太郎が平和的にJJと共存するならJJは彼を許容する度量はあったと思う。だが小太郎もトップに立ちたがったのだから、負けた方が去るしかなかったのだ。小太郎は去ってからしばらく現れず、もうどこか遠くに行ったのかと思っていたら、1年以上たってヒョッコリ現れた。それは血気盛んな若造ではなく、落ち着いた、風格のある飼い猫のような風貌に変わっていた。しかしJJと会うと喧嘩を吹っ掛けるのは変わり無かった。

庭のメスたちにも変化が起きた。ボスのトラ吉の女房のトラ子はすでに居なくなっていた。それにはこんな理由がある。トラ子は休む間もなく妊娠をくり返し、次々と子どもを産んでは子育てにいそしんだ。子育てが終わらないうちにまた妊娠し、だんだんと彼女はやつれていった。小トラや小春は子育てをよく手伝っていたが、ママのトラ子は本能からかオスを誘惑しては妊娠をくり返し、みずからの身体をいとうことなく子どもを産み続けた結果、著しく体力を失って行くように見えた。そのため私はトラ子に不妊手術を施すことにした。完全な野良猫の彼女はエサをねだってそばにきても私が撫でようとすると激しく怒り、「ハァーッ!」と威嚇しては私の手を引っ掻くしぐさをした。しかし彼女は手加減をし、私をhiひどく傷つけることは無かった。

苦労して彼女を捕まえて獣医さんに連れて行き、手術をお願いして預けてきた。それ以上妊娠をくり返すと早死にするのは間違いなかったからだ。翌日、迎えに行くと、獣医さんはいたくトラ子が可愛いようで、ふだんは無口な先生が「トラ子ちゃんは可愛いね」と声をかけておられるのに驚いた。トラ子は猫にだけでなく人間の、しかも猫をさんざん見てきた変わり者の獣医さんまでとりこにしていたのだ。帰途、車の中で私は彼女に話しかけた。「えらかったね。おうちに帰ろうね。みんな待ってるよ」と。彼女はおとなしく後ろの席でケージに入っていた。

家に着いて、皆が待つ庭にケージを急いで運んだ。あちこちさ迷っているいる亭主のトラ吉以外の一族は皆、庭に居てママの帰りを喜んでいるようだった。さぁ、とばかりに私はケージのドアを開けた。予想外の行動に私は唖然とした。トラ子は素早く出てくると、一目散に走り去って行ったのだ。そこが大好きな庭だと分かっている筈なのに、可愛い子どもたちが出迎えてくれたのに、全速力で走り去り、ガレージを抜けて外に出ると二度と帰ってこなかった。親しんだ庭、可愛い子どもたち。必ず毎朝毎晩エサの出てくるこの庭を惜しげも無く振り捨て、彼女はどこかへ行ってしまった。初めての恐ろしい経験に怖れをなしてしまったのかもしれない。手術を受けさせたことがそういう結果になるとは知らず、一抹悔いが残った。産み続けて私は困り果てては世話をし、彼女は弱りながらも猫としてそれが幸せだったのだろうかと考え続けた。

それからも子トラを中心に一族は団結し、ときどき帰ってくるパパを頂点に、この家の猫であるはるかちゃんとJJの親子といがみ合うことも無く、集団をまとめていた。子トラは偉いね。私はいつも彼女にそう言った。賢くて穏やかな性格の彼女は誉めると目を細めていた。その彼女も突如として居なくなってしまった。トラ子ママが居なくなり、パパのトラ吉が逝き、小太郎とJJが喧嘩ばかりするのが嫌になったのだろうか。こうして集団のボスやリーダーたちが去ったあと、残ったのは小トラの姉妹である小春、その妹のトラ美と姉妹でいちばん身体が小さかったトラ江の三匹となってしまった。この三匹は寄り添って寝起きし、私のエサを楽しみにし、毎日食べて庭に住み続けた。

オスばかりではなく、メスも居場所から去って行くことがある。去っていった猫たちに理由を尋ねたい。君たちはなぜその選択をしたのかと。
                                              (続く)

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2016年12月 6日 (火)

声の主の小太郎君

これが小太郎君です。あの鳴き声の主です。
声は三度目もありました。日曜日の午後1時です。家の中で小太郎がまた鳴きました。でも、どこにも居ませんでした。姿は無く、声だけ聞こえたのです。
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↑この画像は2014年4月撮影。JJが逝って3ヶ月たった頃です。久々に訪れた小太郎は、もはやオスの匂いがどこにもしないのが判ったのか、ふらりとやって来てリラックス。よく太って食べものには困ってない様子でした。JJが居なくなって寂しかったので、小太郎の来訪はとても嬉しかったです。私にとっても姉の小春にとっても。それからはるかちゃんにとっても頼れるオスが居ることはうれしいことだと思いました。
やっと花でも植えようかと買ってきた苗の置いてあるそばで、うつらうつらの小太郎君。
可愛い。私はどちらかと言えば大きな猫が好きなので、まさにタイプの小太郎です。カメラにも身がまえず貫禄の猫。

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↑そしてついには熟睡の小太郎君。可愛い。かわいい。あぁ、カワイイ。

君はもう天国へ行ったの?あの声は君だよね。君かパパのトラ吉の声だね。そう、パパかもしれない。そうすれば君はまだどこかで生きているということになるから。生きているならもう一度だけ庭に来てほしい。小春姉ちゃんは居ないけど、もう一度だけ会いたい。

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2016年11月21日 (月)

ボス猫が逝くとすぐに始まった権力争いとメス猫たちNo.2

トラ吉が逝ったあと、どの猫も別れを充分に惜しめるよう一日だけ庭で通夜をした。こっそりお別れをしたい猫も居るかもしれないと私はニンゲンゆえ、人間の考えでそのようにした。幸い秋のことで、夜は冷える右近庵では腐敗は進まず、庭での通夜は可能だった。夜になり、誰かがコッソリ来るかと時々ガラス越しに見ていたが、特に猫の姿は見えなかった。翌日、裏庭に大きな穴を掘ってトラ吉を埋めた。レンガを立てて墓石にした。猫を含めて動物は、ニンゲンのように「死」を重視せず、ただの命の終わりでしかない。それゆえ亡きがらに執着などしない。それよりも彼らはすぐにボスの居ない自分たちの集団をどうするのか考えていたに違いない。

その直後、父親にいじめられ続けていた小太郎が急にJJに喧嘩ばかり売るようになった。JJは優しい猫で、小太郎を弟のような目で見ていた。JJの方が年上だが、いじめもしなかったし、小太郎からのちょっかいもうまくすり抜けていた。だが、執拗な小太郎の攻撃にJJも応戦を余儀なくされ、庭での権力争いを嫌でも受けなければならなくなった。トラ一族と、はるか&JJ親子は血縁関係になかった。それでも元ノラのはるかちゃんと、私の可愛い王子様のJJは、かれらのボス亡きあとも同じ様に寛大で、平和に共存しようとしていた。

小太郎はJJを見かけると跳びかかり、取っ組み合いとなり、激しい喧嘩をした。その度に私は喧嘩の仲裁をした。裸足で庭に駆け出して二匹を引き離した。オス同士の喧嘩は大怪我をすることがあるからだ。JJが可愛いのは言うまでもなかったが、小太郎も小さな時から庭に住んでいたので可愛かった。彼は人なつっこく、私によくなついていた。一族で唯一の男の子で、御飯もいちばんよく食べた。赤ん坊の小太郎をJJも見てきたから、弟のように思っていたのだ。それがトラ吉が居なくなるや悲しみなど見せず、すぐにJJに喧嘩を挑むようになった。お兄ちゃんだけあって、喧嘩はJJの方が強かった。ひどくいじめるのではなく、いい加減にしろという感じでJJは受けて立った。本来はJJの庭だったのだから、そこを守るのは猫の本能で、みずから仕掛けることはなかったが、受けて立つのは当然だった。

メスたちに変化が起きたのはその頃で、二匹のオスが頻繁に喧嘩をするのが嫌なのか、日がな庭で過ごしていたメスたちは、御飯だけ食べてどこかへ行くようになった。そんなある日、グループを取りまとめていた面倒見のいい小トラというメスが突如として居なくなったのだ。彼女は小春と姉妹で、トラ子ママの何度目かの妊娠で育った二匹のうちの一匹だ。その集団では年長者でしっかり者のお姉ちゃんだった。姉妹の小春は飄々とした性格だったが、小トラはメスのリーダーで、小さな弟や妹の世話をよくしていた。その小トラが居なくなってしまったのだ。

妹・弟はすでに大きくなっていたので彼女の手から離れていたが、集団をまとめる役割を今後も小トラが担っていくと思っていた。その彼女が居なくなったことに私は少なからず落胆した。話が前後するが、これより先に母親のトラ子はどこかへ行ってしまっていた。だからこそ小トラが皆をまとめていくと思って期待していたので、その後のトラ一族は誰が統率していくのだろうと案じた。トラ吉が逝き、妻のトラ子が去り(去った理由は次回に)、長女の小トラまでもが去り、この群れは崩壊するのではないかと私はひどく心配になった。
                                     (続く)

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2016年11月18日 (金)

メス猫(手術済み)が家出することの謎について No.1

小春が居なくなったのは今年の7月19日のこと。朝、起きるとガラス戸を開ける。必ず小春が待っている。2年前の寒い大晦日、病気だった妹のトラ美が突然に寝床から飛び出して出奔、二度と帰ることはなかった。それ以後、小春は庭でひとりにぼっちになった。ひとりになっても朝に私を待つ小春の姿があった。寂しかろうと可愛がってやろうとするが、生粋のノラは家の中へ入れるとパニックを起こし、狂ったように出口を探す。かと思えば私が知らぬ間に入っており、二階で眠っていたのか夕方に階段を降りてくることもあった。家の中には大いに興味があるが、人間の支配下には置かれるものか。それがノラの共通の認識のようだ。

居なくなった小春のことを説明するのに、まず彼女が属していた共同体について語らなければならない。トラ一族が隆盛を極めていた頃、小春とトラ美姉妹は家族制度を覚え、自分たちがどうするべきかを身につけた。犬と違って猫は皆、単独行動を取るので一匹が統制するのは難しいと思っていたが、この一族は違っていた。父親トラ吉を頂点に、母親トラ子、姉たちの小トラと小春、4匹のそれより幼いトラの姉妹と弟小太郎の8匹がピラミッドのような構成をつくっていた。更に家猫のダッコ、JJ、はるかちゃんと、その頃は計11匹も居た。

庭猫たちの統率者である父親トラ吉は殆んど庭におらず、母親とその娘・息子たちは、御飯の時間に、ある者は庭のどこからか起き出し、ある者は敷き地外のどこからか来て集合した。父親が食事に来た時、母親と2匹の姉たちは父親と幼い姉妹・弟が先に食べるのを後ろから見守った。第一陣が食べ終えると、おもむろに残りを食べはじめるという、一族のルールが出来ていた。

父親トラ吉はノラでありながらこの庭を制したがった。その為に最強だった黒猫のボスクロが退いた後、この庭を手に入れた。ボスクロの息子である若いJJをひどくいじめ、自身の息子である小太郎までも出て行けと言わんばかりにいじめて威嚇した。動物は大きくなってくると息子でもなんでもなくライバルのオスなのだ。トラ吉、JJ,小太郎の三匹の雄は、この庭をみな自分が治めたいと思っていた。その為、競ってオスたちは庭のあちこちにマーキングをした。当然、若者二匹は親分に叶わないので、親分が居ない時に目盗んでせっせと自分の匂いをフェンスや植物にも付けていた。そんな様子を他のメスたちは見ていた。オスは大変だなと思って見ていたかどうかは判らない。度々やっつけられる若いオスたちを可哀想にと思っていたかどうかも判らない。

そして何ヶ月かぶりに現れたボスのトラ吉が、頻死の一歩手前の状態で帰ってきた。トラ吉は2日間この庭で過ごしたあと、明け方に私に看取られながら逝った。一族のリーダーが逝ったのだ。それをどう知らせようかと考えた。皆が拝めるようにしようと芝生の上にシートを敷き、亡きがらを横たえた。何匹かの猫は近づいて匂いを嗅いだ。何匹かは遠目に見守った。どの猫も人間の様な悲しみの表情は見られなかった。でもきっと悲しんでいたのだろう。猫は悲しみを外に出さない。他の動物同様に、淡々と仲間の生死を受け止めて生きてゆくのだ。

                                         (続く)

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2012年10月 1日 (月)

小春とトラ美

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九月の終わりに姉妹を撮った。庭猫はこの二匹だけになった。

左が姉の小春、その後に生まれた五匹のうちの一匹がトラ美。

私が起きるとすでにスタンバイ。カーテンを開けると二匹が居る。

これが何ともうれしくて、すぐに彼女たちの御飯の用意にかかる。

前夜から湯で軟らかくしたキャットフードに缶詰のフードを混ぜてやる。

待つ間、小春は網戸を引っ掻く。破れない網戸は猫の爪も平気だ。

トラ美はそんなことはしない。スリスリしながら黙って待っている。

食べている時にカメラを構えると食べるのを辞めて警戒するトラ美。

慣れたとはいえ完全に人間を信用しないという姿勢は素晴らしい。

姉妹の弟の小太郎は、夜、気まぐれにふらりとやってくる。

庭に棲む猫たちは減ったが、私を、いや、私が出す餌を待ってくれる。

私はこの場所で共に生きてくれる彼女たちに感謝しなければならない。

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2012年6月 7日 (木)

ふたりぼっち

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庭猫たちは、とうとうこの2匹だけになってしまいました。

病弱なトラ江が(私はTibiと呼んでいたけれど)突然に何処かへいってしまい、いま庭に居るのは小春(手前)とトラ美だけです。彼女たちの弟の小太郎は気まぐれに夜のご飯を食べに来ますが、昼と夜のご飯どきに必ず居るのはこの2匹。寂しくなりました。トラ吉パパが率いる大所帯のときは総勢11匹もいたというのに。

小春ちゃんはいわゆるテンネンです。しかしハトだかスズメだかを獲って食べていたこともありました。それに人懐っこい性格です。トラ美は狩りはお手のもの、生粋のノラを貫いて人を寄せ付けず、カメラを構えただけでこのように警戒して食べるのをやめてしまいます。でも、舌をペロリ。これでもだいぶなついてくれました。この2匹は「猫食堂 右近庵」に頼らなくても生きていけるのですが、毎日きちんと待っています。起きぬけの私が真っ先にすることは彼女たちの昼食配膳です。そのあとに私のトーストとコーヒー。

Tibi(トラ江)のことがずっと気になっています。写真で確認できる最後の日付は5月19日です。風邪気味でしたが、それほど弱ってもいなかったのに、パタリと来なくなりました。以前にもそんなことはあったのですが、その期間がどれほどのものだったのか覚えていません。小春やトラ美はご飯のハシゴをしているようで、これまでもお世話になっていると思われる別のスポンサーさんの所に彼女も居るといいのだけれど。

イエロー系の花を取り寄せました。3歳のMLGD(my lovely grand daughter)が黄色い花が好きだというので。届いた日に偶然やってきたので分けて持ち帰らせました。さて、私も植えないと。久しぶりにゴーヤも植えてみようかと、2株ばかり届けてもらいました。大事に育てている鉢植えはフラワースタンドに集結させました。陽射しが強くなってきたので、午後から建物の陰になる所へみんな避難です。庭のメンテをしていただいたばかりで芝がきれいで気持ちいい。

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2012年5月18日 (金)

ずっと好きなのに

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小春ちゃん(右)は幼い時からじぃじぃが好きでした。

それなのに、じぃじぃは、ちっとも気づいていないようです。

小春ちゃんはいつもじぃじぃのそばに居たがります。

そんなこと、じぃじぃはちっとも気づいていないようです。

庭の木陰で寝ていたらそれとなく近づいていきます。

どこかを歩いていたら近くまで歩いていこうとします。

だけどじぃじぃは小春ちゃんの想いにまったく気づかない。

だってボクは忙しい。君の弟の小太郎だって荒らしにくるし。

この片想いは続きそう。永遠に。

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2012年3月13日 (火)

現在の小太郎君

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これが一年後の小太郎。前回に掲載した猫と同一とは思いがたいほどの貫録だ。この一年、彼はどこで何をし、何を食べてこのように立派になったのか。ともかくよかった。どこかの猫好き様に感謝したい。

この猫は幼い時から甘えん坊だった。一年ぶりに帰ってきたこの庭だが、姉妹の庭猫ガールズはもちろんのこと、私のことも、じぃじぃのことも覚えていた。このようにカメラを構えても逃げないし、一年たっても頭を撫でたり、トラ吉にしていたように背中をポンポンと叩くことも出来る。

薄闇の中で写したこの時もまっすぐこちらを向いてくれた。ノラになると喧嘩も絶えないのだろう。顔にはいくつか傷がある。頑張れ、小太郎。猫は猫として、与えられた場で猫らしく生きている。動物は偉い。おまえ似てきたな。親父さんに。

今日も寒い一日だった。病院で長く待たされ、疲れてしまった。しかし猫や花の写真を見ていると癒される。昨年末よりため込んだ疲れから、すこしずつ快復したい。本が読みたい。活字が恋しい。今夜は久しぶりに本を開こう。病院で借りてきた本を読む。

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2012年3月 9日 (金)

一年前の小太郎君

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昨年の2月末に右近庵を出ていく直前の小太郎。大好きな小春姉ちゃんと暖かい寝床で過ごしていた。しかし彼は目覚めたのだ。この2週間後くらいに突如として居なくなった。雄猫の使命を遂行すべく、猫繁殖のため果敢にも厳しい世界へと突入した。

姉妹の中で可愛がられて育ち、餌も与えられ、ノラのオスとしてやっていけるかと心配した。だが彼は人馴れするかもしれないので食べるには困らないだろうとも考えた。その期待を込めた予想は当たっていたようだ。立派なオスになっていた。次回には現在の小太郎君の顔を掲載しましょう。お楽しみに。あぁ、猫とはなぜこんなに可愛いのだろうか。

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2012年3月 7日 (水)

帰ってきた小太郎

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昨年の二月に右近庵から出て行った小太郎が戻ってきた。
恋の季節になり、雄猫たちの出入りがあるのは珍しいことではないが、二月の初旬、聞き覚えのある声がするようになった。もしや・・・。その‘もしや’は喜びとなった。

すでに一昨年のことになるが、その年の秋の終りにボスであるトラ吉が逝った。このブログでも一周忌特集を掲載した。その直後から小太郎はボスの場を狙い、じぃじぃとやり合った。じぃじぃも負けてはいない。女の子たちや人間にはやさしい彼も、雄猫となれば本気でやり合い、強いのだ。庭のあるじが飼う猫である自負もあるのか小太郎には負けなかった。やっと僕がしきる番なんだぞ。じぃじぃは言った。三ヶ月後、小太郎は出て行った。

折りも折り、一年で最も寒い時だった。他の姉妹のように鳥や小動物を捕まえてお腹の足しにする姿は見たことがない。餌を与えたときのすばしこさも無い。小太郎はノラの雄猫としての総合的な能力は、それほど高いと思う猫ではなかった。だから心配していた。まず食べていけるのかということ、それから百戦錬磨のノラの雄猫たちと互角にやり合えるのかということなど心配は尽きなかった。しかし彼は出て行ったのだ。

ときどき小太郎を思い出した。ちゃんと食べているのだろうか。負けてばかりで怪我だらけではないだろうか。交通事故に遭ってはいないだろうかなど気になった。近所に居るならご飯だけでも食べにおいでと思っていた。じぃじぃは、向かってさえ来なければ餌を食べることを許す猫なのだ。ボス黒、トラ吉と強い雄猫たちが君臨する長い期間を、じぃじぃはへりくだって‘忍’の一文字だった。後輩の小太郎には譲るもんかと思うのは当然のことだった。

小太郎とはもう会えないのかと寂しい気持ちで過ごしていたが、間違いなく小太郎の声がした先月、私の心は躍った。そしてある日、その姿を確かめようと彼が来たとき庭に出た。私を忘れたのか逃げようとした。鳴きながら逃げ惑う。しかし、「小太郎!」と読んだ時、足を止めて私を見た。顔が違っているように見えた。判断できない。そうかもしれないし、違うかもしれない。いずれにしても餌を与えてもてなしたい。ここでは人間ではなく猫が来賓なのだから。

初めのうちは少し距離を置いていたが、その距離は徐々に縮まった。餌の入った器や鍋を手に、低い姿勢で小太郎、小太郎と呼びながらそっと近づくといったことを繰り返すうち、ついに小太郎だと確信するに至った。顔が違って見えたのは眼やにのせいだった。それに体があまりに立派になっていたせいで、小太郎ではないかもしれないと思ったのだ。しかし、それは間違いなく小太郎だった。庭猫ガールズが誰も逃げないのも決定的な証拠だった。そしてまた以前のように私は彼を撫でることが許されるようになった。あの可愛い小太郎を。

かくして小太郎は舞い戻ってきた。戻ってきたといっても居つくことはできない。じぃじぃは、轟々と鳴いて姉妹たちであろうが口説こうと吠えたてるのを、「ふん」といった感じで聞き流している。じぃじぃは早い時期に去勢手術を施しているのだ。しかし昔の仲間と認識しているのか、ご飯を食べに来るのはかまわないようだ。彼は鷹揚な坊っちゃんなのである。したがって小太郎はお腹を満たせば轟々と鳴きながら、また立ち去る。それは亡き父親トラ吉の姿と重なる。

一年ぶりに会った小太郎は、まるまると太っていた。つらいノラ生活だったとはとうてい思えない。自給自足でもなかった彼だ。いいスポンサーが付いているのだろう。姉妹たちと一緒に夕飯を食べるようになった小太郎だが、毎日来るわけではない。来ない日もある。食べに来た日は大盛りにしてやる。しかしドライフードを食べない。スープなどでドライフードをふやかし、マグロ缶を混ぜて与えたり、魚の頭や骨などと混ぜるのが「猫食堂 右近庵」の料理だが、それが身についているのかもしれない。それとも美味しい缶詰ばかりもらっているのだろうか。話してくれないのでわからない。しかし、なつかしいだろ、その焦げついた鍋。猫エサ用の見覚えあるその鍋は。

ダッコが逝って荼毘に付し、事故に遭った見知らぬ猫を裏庭に葬り、悲しいことが続いたが、小太郎が立派になって戻ってきたことは、この冬の最高の喜びだ。おまえ、まるでトラ吉だよ。ほんとうに・・・。頑張れよ。

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