2017年1月30日 (月)

交通事故死したシャム吉のこと

こんばんは。今日は最高気温が14度ということで暖かい日でした。今の室温は10度。これだけあれば私は暖房が必要ありません。オイルヒーターをつけた日でも、何故か10度以上は室温が上がりません。鉄筋とはいえ古いので、見た目と違って何処からも隙間風が入ってくるので上がらないのです。もちろんカーテンや隙間テープで対策はいろいろ講じていますが何故か10度止まりです。昔の住宅は気密性が低く、それがいちばんの欠点です。

さて、昨日の話で補足があります。シャム吉君のことです。
ある夜、車での帰途いつもの道路が渋滞しています。ふだんは渋滞など無い場所なので不思議に思いました。前方を見ると前の車はみな何故か右側へ大きくハンドルを切って何かを避けているようでした。私の車がその場所まで進んだ時に判明しました。道路の真ん中に大きな猫が横たわっており、それを避けるように車がそのような動きをしていたのです。私はとっさに判断し、20mほど先にあるケーキ屋さんの駐車場に車を停めようと考えました。まだ生きているかもしれない。そう思ったのです。

車を停めると何か包む物は無いかとトランクを探しましたが何もありませんでした。仕方なく急いで猫の居る所へ戻りました。そこは信号のある横断歩道の手前でした。相変わらず横たわる猫をよけてノロノロ動く車の列に、赤に変わるまで待てない私は手を上げて道路へ進み出ると、近づいてきた車に頭を下げました。すると車は止まってくれました。郵便局の車でした。私は膝をついてしゃがむと猫を抱きあげました。可哀想に…。目が飛び出していました。出血は特に見られませんでしたが、すでに呼吸はありませんでした。

大きなシャム猫を抱きあげると止まってくれた車にまた頭を下げて駐車場に急いで戻っていきました。人々が横眼で見ながら通り過ぎる中を私は小走りで戻りました。トランクに乗せ、水銀灯の灯りで猫をよく見ました。もう死んでいる…。おなかも動いておらず、口からも鼻からも息は感じられませんでした。口からは、わずかな出血がありました。すでにあたりは暗くなっていました。この猫はどれくらい前に撥ねられたのだろう。今すぐにどこかの医院に連れていくべきだろうか。いろいろなことが頭をめぐりました。しかし、どう見てもすでに手遅れのように見えました。迷った末に私は家に向かいました。

家の中に連れて入り、明るい所でじっくり見ると、やっぱりもう完全に息絶えていました。可哀想に、可哀想に。猫が飛び出して避けられずに撥ねてしまったとしても、どうしてそのまま走り去って行くのだろう。撥ねた人間に激しい怒りが込み上げてきました。その猫は可愛がられていたのでしょう。青い首輪をし、まるまると太っていました。事故に遭わなければまだまだ元気でいたと思われる立派な猫でした。シャムの雑種か血統書付きのシャム猫かもしれません。きっと大事にされていたのでしょう。可哀想に。

私は飼い主さんのことを思いました。可愛がっていた猫が帰って来なければ心配だろう、夜も眠れないくらい心配だろうと案じました。かと言って私の自宅からは離れた所で事故に遭ったその猫の飼い主を見つけることは至難の技だと思われました。そんなことを考えているうちに猫の身体が冷たくなってきました。私は猫を箱に納め、猫の好きなものと花や線香を入れて般若心経を詠みました。知らない家に来てしまったね。ごめんね。でも君はもう苦しみから解放されたよね。明日、トラ吉君の隣に埋めてあげるからね。口元の血を拭き、そう言って箱の蓋を閉めました。そして翌日、彼をシャム吉と名付けてトラ吉の隣に埋めました。

昨日、二匹の骨が出てきたとのことでしたが、そのまましっかり残っていたトラ吉とは違い、シャム吉の方はバラバラで形が無くなっていたと聞きました。おもに室内飼いの猫だったのかもしれないし、年齢もいっていたのかもしれません。大地を逞しく歩き、闘い続けて生きてきた猫とは骨格も筋肉も異なるかもしれません。トラ吉はノラの一生を謳歌して12歳で逝きました。その猫はどんな暮らしをしていたのだろうと思いを巡らせました。

.彼が事故に遭った日は確か春先で、そろそろオス猫たちがメスを求める時期でした。そういう時はふだんはおとなしい猫たちも本能のままに外へ出て道路へ飛び出してしまい、事故に遭ってしまう猫も多いと聞きます。外に慣れていない猫ならば、危険度はさらに増します。それにしても撥ねておいてそのままとは赦しがたいことです。いえ、人間ですら轢き逃げ事件があとを絶ちません。道徳心のない人間がふえて困った世の中になりました。

不思議な縁で結ばれた二匹のオス猫たち。今朝も彼らに声をかけました。今夜も『おやすみ』を言いましょう。もしや飼い主さんはまだこの子を待っているのではないかとふと考えました。大丈夫ですよ。強くて優しいトラ吉と一緒に居ますよ。それに召された猫たちはすでに天国でまたイキイキと動き回っていますよ。遊んだり、日向ぼっこをしたり、メス争いもしているかもしれません。大丈夫です。そこは猫の世界で車なんかありません。猫たちの極楽浄土です。シャム吉君を送る役目を担った不思議な縁を、私は生涯忘れることはありません。君を抱いて走った時のあの重みとともに忘れないからね、シャム吉くん。

なぜそんなに可愛い子たちが眠るお墓を動かさなければならなかったかについては明日、お話しいたします。桜にしろ猫たちのお墓にしろ、やむにやまれぬ事情での決断です。それでは皆さん、おやすみなさい。また冷えますよ。暖かくしておやすみください。 良

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2017年1月29日 (日)

桜の木と、2匹の猫の遺骨

夜分遅くなりました。ごめんなさい。
今日は予定を変更し、トラ吉の話をします。先ほどまで彼の思い出に浸っていました。こんなことがありました。
今、右近庵と呼んでいるこの住居の裏庭の工事をしているところです。そのため裏庭の土を掘って大量に運び出す作業をして頂いています。いつも庭のメンテに来て下さる業者さんです。訳あって樹齢10歳になろうとしている桜の木も昨年の12月末に裏庭から庭へ移設して頂きました。移設後に桜の木があった場所を見ると、驚くほど太い根っこが方々に伸び、そこから更に何本もの根が縦横に走っていました。その桜はホームセンターで買った880円の苗を植えたものです。年々大きくなって花もたくさん付けるようになり、枝を広げて立派な木に成長していました。やむにやまれぬ事情で移設をおこない、今はわずかな細い枝だけ残してじっと休眠しています。春になって新芽が必ず出てくれると信じて待っているところです。

その桜の木の根元にこのあたりのボスであり、この庭を治めていたトラ吉を私は埋葬しました。花のそばが嬉しいだろうと思い、2010年10月に逝ったトラ吉を、植えて3年の若く細い桜の木のそばに穴を掘って埋めたのです。そこだと分かるようにレンガで囲った簡素なお墓を造ってやりました。それからは裏庭に行くたび「トラ吉、元気?」と声をかけていました。そのお墓のある場所も土を出さなければならなくなり、業者さんには猫の骨があるので、出来るだけ全部を取っておいて下さいと頼みました。そして今日、業者さんから聞きました。骨はありました、しっかりした骨ですよ、とりあえず工事が終わるまで器に土ごと入れて入れておきました、と報告がありました。

埋めて7年の月日が経っていました。それでもトラ吉の骨はしっかりしたもので、頭蓋骨はそのままあったということです。それを聞いて私は何とも言えない嬉しさに胸が熱くなりました。さすがトラ吉だ、このあたりのボスだった強い猫である彼は、土の中でも逞しく、崩れることなく眠っていたのです。業者さんはさらに付け加えました。背骨の所に桜の根が貫通していたんですよ、と。それを聞いた途端、やっぱりかと私は思いました。トラ吉を埋めてから、桜の幼木は急成長して春が来るたび花の数を目覚ましい勢いで増やしていきました。これはきっとトラ吉が咲かせているに違いない。私はそう思っていたのです。

今、仮に器に入れていただいたトラ吉の遺骨が土と共にそばにあります。実はその中に彼の骨だけではなく、もう1匹の猫の遺骨も混じっています。その猫はトラ吉を埋めた後、車に跳ねられて即死状態だった大きな猫を連れ帰って埋めた「シャム吉」君の骨です。その子はきっと飼い猫で、首輪をしたシャムが混じった雑種(あるいは血統書付きのシャム)猫でした。トラ吉のすぐ隣に穴を掘って眠らせてあげたという縁の猫です。事故に遭って可哀想に。当時、飼い主さんは探しているだろうなと心を痛めました。抱いた時はまだ温かかったけれど、もう息をしていませんでした。片目が飛び出し、即死の状態でした。連れ帰ってしばらくすると死後硬直が始まりました。その猫を隣に埋める時、掘りながら私は喋っていました。トラ吉君、新入りのシャム吉君だよ、仲良くしてあげてねと。ガッテンだ。任せておけよ。とトラ吉は答えました。2匹の大きなオス猫たちが咲かせるきれいな桜の花を、毎春、私は懸命にカメラに収めました。

裏庭の工事が終わったら、またどこかにお墓を造ってやるつもりです。出会うはずも無かった2匹の立派なオス猫たちを一緒に合祀してあげたいと思います。これらの猫のこともこのブログのどこかに書いています。また、2011年10月下旬にはトラ吉の一周忌と題してシリーズで文章を書きました。今日、その部分を読んでいると当時のことがなつかしく思い出されました。
このブログは猫たちと植物たちの記録を目的に作成を始めましたが、いくつか運営してきたブログの中で私が一番好きなブログです。大好きな猫と花だけを語る場だからでしょう。お客様の数は併設のブログには及ばない少数の皆さんですが、私自身が最も穏やかに、安らぎを感じながら心地よく書いているブログです。いつもご訪問ありがとうございます。皆さんのお顔は分からないけれど、あなたに語りかけているつもりです。

トラ吉の臨終は2010年10月です。一周忌の2011年10月下旬にさかのぼってもご覧いただけます。トラトラfamily華々しき頃の画像も掲載しています。宜しかったらご覧ください。それでは今夜はこの辺で。おやすみなさい。 良

☆トラ吉一周忌の記録(シリーズ)  シリーズは<No.1~6>に付き<1>からお読みください。

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2011年4月11日 (月)

24度目の春

わたしは何とか春を迎えることができました。24度目の春です。

あぁ、太陽がまぶしいこと。                だっこ

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2009年8月13日 (木)

猫もヨガ?

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ヨガに「猫のポーズ」というのがあります。これはそれとは違います。このポーズはじぃじぃがよくするもので、リラックスしたときにしています。両親はノラですが、洋猫の血が混じっているのか四肢が長いです。

人間もストレッチやヨガでこんなふうに腕を伸ばすと気持ちがいいように、猫も同じなのでしょう。ここちよさそうなじぃじぃです。彼もヨガをして瞑想しているのかな。なが~い前脚で、「猫のポーズ」みたいなじぃじぃです。

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2008年7月 7日 (月)

我輩はネコである

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では正解です。彼はタヌキでもクマでもなく、はたまたアライグマでもレッサーパンダでもなく、ネコなのであります。どうですか、この威風堂々たるお姿は。とってもとっても大きなネコだそうですよ。

このネコはHiroshiが生前に写したものです。会社へ行く途中、駅に続く細い通りにある八百屋さんの店先で、こんなふうによく居るのだと言っていました。太って喧嘩も強そうです。八百屋さんは飼っているふうでもなく、それでも店先が気に入っているのか、居着いたようです。きっとエサもあげていたのでしょう。彼はそのあたりのボスだったのだと思います。人間が近づいてもまったく動じず、肝っ玉の据わった猫だったとか。この時も、ちっちゃい眼を少しだけあけ、「なんや、写真か」とでも思っていたのでしょうか。

あれから彼はどうしたでしょうね。その後に駅前の開発が始まり、区画整理やなんかでその付近のノラ猫達は落ち着かなかったことでしょう。八百屋さんはまだ同じ場所にあるのですが、私は彼の姿を一度も見たことがなく残念です。 2002年5月 撮影Hiroshi

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2008年7月 6日 (日)

だれ?

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君はだぁれ? 皆さん、これは何の動物でしょう。 わかりますか?

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