2019年9月12日 (木)

TNR活動の是非・トグちゃんに思うこと

 こんばんは。千葉県では多くの皆さんが困窮しています。一刻も早く状況が改善されますよう願います。
今日もご訪問ありがとうございます。現在は実質『右近トーク』からこちらをメインブログに移行した感じです。毎日、一定数の皆さんのご訪問があり嬉しく思っています。

前回にはTNR活動や、トグちゃんの‘さくら耳’もご覧いただきました。私が知りたいのは、このトグちゃんが毎日、誰にエサを貰っているのかということです。私の旧宅がある地域は高齢化が進み、そのような活動をしている人たちがどこに居て、どこでエサを与えているのだろうかと疑問に思います。先日、旧宅のポストに「猫は室内で飼いましょう」という注意喚起のお知らせも入っていました。花壇を荒らす、糞をする、車に傷をつけるなどの理由が書かれていました。私は飼っているのではないので、それには該当しません。昔からおこなっているノラさんが来たらエサを与えるといった人間と近隣に生きる猫との共存をしているだけだと思っています。人間はもっと生き物に寛大であるべきです。

そんな私も近隣に迷惑がかからないように出来る限りの事はしてきました。一時期は猫食堂みたくなり、庭に10匹ほどのファミリーがエサ場や一族のくつろぐ場になっていました。その時も知人の協力を得て、ノラでさわれない子たちを一匹ずつ捕まえては不妊手術をしてもらいました。もちろん費用は負担してきました。お世話になった獣医さんは雄猫を連れて行った時、一匹だけを手術しても意味がないからしないでいいのではと言いました。そうかもしれません。地域に居つくのはメスで、オスは広範囲を渡り歩くので一理あるのですが、私の飼い猫のオスは長く居て欲しいので手術を施しました。(これも可哀そうなことをしたという気持ちはずっとありました。最愛の猫JJです)

もの心ついた時、すでに私の家には猫も犬も複数いました。昔のことなので猫はもちろん自由に出入りし、犬も当時は放し飼いも珍しくありませんでした。捨て猫や野良猫が居たらすぐに拾って帰りました。猫ご飯も犬のご飯も残飯や猫まんま(鰹節とご飯を混ぜたもの)、市場で安いすじ肉を買ってきて作る犬まんまなど与えていました。キャットフード、ドッグフードなど無かった時代です。飼われた猫も野良猫も自由に生きて逞しく、オスは大人になるとすぐに居なくなってしまいました。(メスは子供を産むからと飼うことを禁じられていました。そのため猫の子育てを経験したのは大人になってからで、はるかさんが見せてくれた時でした) 昔は飼い猫も野良猫も子供を産み、拾われたり、貰われたりと猫たちは生きていました。

今の時代は野良にも飼い猫にも厳しくなり、猫も犬もいったん飼われたら猫は家の中に閉じ込められ、犬はずっと繋がれたままです。私が子供の頃の昭和な時代の自由さはすでに犬や猫には与えられなくなりました。猫の場合は飼うなら家の中。これが今は普通のようです。そしてノラである猫たちは外で暮らしていると突然に捕まえられて麻酔をかけられて手術され、耳をカットされてマークを付けられ、元居た所に戻されるのです。このTNR活動は、殺処分される猫を減らそうというところから生まれた活動のようです。その猫が一代で幸せに生きていけるようにという事らしいです。しかし不妊手術を施された猫たちが本当に幸せに生きていけるのでしょうか。さくらねこでも捕獲されたり保護されたら殺処分という運命になるかもしれません。

猫たちは本来、恋をして子供をもうけ、子育てにいそしみます。オスは子孫を増やすべくメスを追い求め、メスも子孫を増やすべくオスを待ちます。かれらは他の動物たち同様に繁殖に重きをおいて生きており、それが自然な生き方です。ところが猫や犬は人間とあまりに近距離に存在する生き物であるため、人間側の事情により自由に子孫をふやせなくなってしまいました。のどかな時代は許されたことが、何も許されなくなった今を生きる猫や犬は私から見ればとても可哀そうです。外を出歩くことなく猫の楽しみはあるのでしょうか。人間のペットとして家の中に閉じ込められて生きることは幸せなのでしょうか。『ペット』として飼われた猫は人間のための生き物であり、さらに自由に外で生きている猫たちまでも本来の生き方をさせてもらえなくなってきました。産ませないことの強要。これしか猫対策は無いのでしょうか。

もちろん社会ではそうするべきだという論理は理解していますが、猫的には『さくらねこ』が最も幸せな生き方ではないことは明らかです。手術を施された猫たちにも楽しみはありますが、最も大切で燃える事柄である恋や、子育て、子孫繁栄のための行動が奪われてしまうのです。これを人間が勝手に猫の意思も無視しておこなう処置に私は快く思えないものがあるのです。猫と言えども意思はあります。猫らしく生きている猫たちに子孫繁栄の機会を奪うこの活動に私が心からの賛同が出来ないのはそういうことです。もっと他にすることはないのでしょうか。空前のペットブームで高いお金を払って犬も猫も購入される時代です。芸能人も自慢げに世間に見せびらかしてもいます。愚かですね。

そのようなお金を払って犬や猫を買う人たち全員が保護猫や保護犬を飼えばどうでしょう。猫が好き、犬が好きなら種類など関係ないでしょう。動物が本当に好きなら一匹でも救いたいと思うのではないですか。そういう活動や啓蒙をおろそかにして野良猫を妊娠させない猫たちに変えていくのが不幸な猫を減らす唯一最善の方法であると私は思わないのです。ペットブーム。こんな言葉が横行するうちは猫にも犬にも本当の幸せは巡ってこないように思います。ペット=愛玩動物は人間側からの考えです。思いつくまま書き、支離滅裂になりました。TNRが何だか嫌だなと思っていたことが分かってスッキリしました。たぶん私は野良猫たちの意思を確かめもせず捕まえて不妊にさせるニンゲンという生き物の横暴なやり方に不快感を持っているのでしょう。

今日もトグちゃんにエサをやりに旧宅に行きました。きのうは庭の業者さんが来て恐れて出てこず、警戒していましたが、今日は早くから真っていたようです。可愛いね。ヒヤー、ヒヤーと大声で鳴いてくれました。トグちゃんが居るならまた旧宅にも住もうかなと考えてしまいました。消費税も上がるのでネットでトグメシを爆買いしました。1~2年分くらいあるかもです。ドライだけも26キロ!そのほか缶詰やパウチやいろいろと。はるかさんが逝ってしまい、悲しくて悲しくて仕方が無かったのをトグちゃんが救ってくれました。もう猫との縁は終わったと思っていたけれど、トグちゃんが又つないでくれました。彼女には子育てのあの素晴らしい経験は出来ないけれど、明るく楽しく生きて欲しい。やっと1歳になったかな。抱っこできたら半飼いできるのになぁ・・。無理だろうな、キョーボー自由猫だからね彼女は。それではまた。良

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2019年9月 3日 (火)

バリノラ猫のトグちゃん(♀)

 皆さん、こんばんは。ご訪問ありがとうございます。
このところ暗い記事が続いていましたが、今日は明るい話題です。毎日エサを与えているトグちゃん(♀)を皆さんにご紹介します。
彼女が旧宅に来たのは昨秋のことです。秋の初め頃だったと思います。私はまだ旧宅に住んでいました。はるかさんと一緒にです。

ある日、玄関側の前の庭で強烈な匂いがしました。それは間違いなく猫のウ〇チの匂いでした。しかも強烈に臭いのです。匂いの元を探してみると、庭木のそばに小さな小さな“渦巻き”を発見。そこから強烈な臭気が発せられていたのです。見た目は小さく、OKサインをしたほどの外周で、この犯人は仔猫だと想像しました。それにしてもクサい。とても小さなウ〇チなのに激しく匂うのには驚いた次第です。

初日には犯人の姿を見ることができなかったので、今度また匂ったら見つけようと思いました。しかし何度か渦巻はあれど、姿を確認することはできませんでした。そんなある日、ようやく見つけました。小さな茶色が混じったキジトラ模様の猫が、くるくるした目をして其処に居たのです。警戒してすぐに逃げてしまったので、触ることはできませんでした。それ以後、私はドライフードを置いておきました。すると必ず無くなっています。そして強烈な臭気も時々しました。

エサは無くなっているけれど姿をまったく見なくなって一か月以上が経ちました。私はエサを前の庭ではなく、敷地内の裏の庭へと続く道に置くことにしました。そこの方がおもての車の音や人の気配に怯えなくていいからと思ったからです。私の期待通りにエサはいつも無くなっていました。それに、なぜかもうあの強烈な匂いはしなくなっていました。“可愛い“とぐろ”を見ることは無くなってしまいました。そして久しぶりに見た姿は仔猫ではなく、すでに中ネコでした。更に以前と違っていたことは左耳がカギ型に欠けていたことです。

TNR活動というのをおこなっている人たちがいます。野良ネコを捕まえて避妊手術を施し、保護ネコとして貰い手を探せそうな猫は保護し、それに向かない猫は元の場所に戻してエサを与えるといった活動です。最初に来たときは耳に欠けはなく、中ネコになって来たときに耳が欠けていたのです。おまけに左です。雄猫は右耳、雌猫は左耳を麻酔の切れないうちにカットするのです。その形が桜に似ているので桜カットと呼ばれています。トグちゃんも「さくらねこ」だったのだと分かりました。トグちゃんの名前の由来はもうお分かりですね。可愛いトグロを何回か披露してくれたのでトグちゃんと名付けました。

このトグちゃん、私の猫との関り史上で一番、凶暴な猫でした。近づくことも触れることもできません。大きな声でずっと威嚇し続けます。耳を後へ寝かせて吠え続けるのです。これまで様々な猫たちを経験してきましたが、トグは最強の野良でした。ではそのお姿をどうぞ。

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毎日午後にエサやりに行くと、この通り。ギャオーギャオー、ヒャーヒャーと大騒ぎです。一日一回の食事なのでかなりの量を与えます。イワシやアジも付きます。美味しいキャットフードの缶詰もあります。キホンはドライフードを柔らかくしたもので、いろいろプラスします。おいしいドライはそのまま与えます。このように以前はガラス戸を開けて写真など撮れませんでした。これでも少し慣れてくれました。

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器を置くのにも強烈な猫パンチで爪が鋭く刺さるので、持ち手のある片手鍋でサッと出します。ひどく引っ掻かれ、傷がなかなか完治しませんでした。どうですか、この不遜な表情。少しの間も気を緩めることはありません。野良の鑑ですね。

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食べ終えて少し表情が和らぎました。もしもこの子がなついてくれたら私は旧宅とマンションの両方に住もうと思うでしょう。さわれない。これが問題です。バリノラのトグちゃんです。トグちゃんのしっぽは何だかぐじゃぐじゃで短いです。こんな凶暴な猫を馴らしたら大したもんです。可愛い。今時こんな猫も少なくなったから、希少価値です。私はこの子の為に雨の日も風の日もエサやりに行っています。それは私の為にもきっといいことなのだと思います。

今日はトグちゃんの紹介でした。耳はいつもこんなふうになります。ずっと警戒する猫は本当に初めてかもしれません。でも可愛い。(^^)
それではまた。  良

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2017年1月30日 (月)

交通事故死したシャム吉のこと

こんばんは。今日は最高気温が14度ということで暖かい日でした。今の室温は10度。これだけあれば私は暖房が必要ありません。オイルヒーターをつけた日でも、何故か10度以上は室温が上がりません。鉄筋とはいえ古いので、見た目と違って何処からも隙間風が入ってくるので上がらないのです。もちろんカーテンや隙間テープで対策はいろいろ講じていますが何故か10度止まりです。昔の住宅は気密性が低く、それがいちばんの欠点です。

さて、昨日の話で補足があります。シャム吉君のことです。
ある夜、車での帰途いつもの道路が渋滞しています。ふだんは渋滞など無い場所なので不思議に思いました。前方を見ると前の車はみな何故か右側へ大きくハンドルを切って何かを避けているようでした。私の車がその場所まで進んだ時に判明しました。道路の真ん中に大きな猫が横たわっており、それを避けるように車がそのような動きをしていたのです。私はとっさに判断し、20mほど先にあるケーキ屋さんの駐車場に車を停めようと考えました。まだ生きているかもしれない。そう思ったのです。

車を停めると何か包む物は無いかとトランクを探しましたが何もありませんでした。仕方なく急いで猫の居る所へ戻りました。そこは信号のある横断歩道の手前でした。相変わらず横たわる猫をよけてノロノロ動く車の列に、赤に変わるまで待てない私は手を上げて道路へ進み出ると、近づいてきた車に頭を下げました。すると車は止まってくれました。郵便局の車でした。私は膝をついてしゃがむと猫を抱きあげました。可哀想に…。目が飛び出していました。出血は特に見られませんでしたが、すでに呼吸はありませんでした。

大きなシャム猫を抱きあげると止まってくれた車にまた頭を下げて駐車場に急いで戻っていきました。人々が横眼で見ながら通り過ぎる中を私は小走りで戻りました。トランクに乗せ、水銀灯の灯りで猫をよく見ました。もう死んでいる…。おなかも動いておらず、口からも鼻からも息は感じられませんでした。口からは、わずかな出血がありました。すでにあたりは暗くなっていました。この猫はどれくらい前に撥ねられたのだろう。今すぐにどこかの医院に連れていくべきだろうか。いろいろなことが頭をめぐりました。しかし、どう見てもすでに手遅れのように見えました。迷った末に私は家に向かいました。

家の中に連れて入り、明るい所でじっくり見ると、やっぱりもう完全に息絶えていました。可哀想に、可哀想に。猫が飛び出して避けられずに撥ねてしまったとしても、どうしてそのまま走り去って行くのだろう。撥ねた人間に激しい怒りが込み上げてきました。その猫は可愛がられていたのでしょう。青い首輪をし、まるまると太っていました。事故に遭わなければまだまだ元気でいたと思われる立派な猫でした。シャムの雑種か血統書付きのシャム猫かもしれません。きっと大事にされていたのでしょう。可哀想に。

私は飼い主さんのことを思いました。可愛がっていた猫が帰って来なければ心配だろう、夜も眠れないくらい心配だろうと案じました。かと言って私の自宅からは離れた所で事故に遭ったその猫の飼い主を見つけることは至難の技だと思われました。そんなことを考えているうちに猫の身体が冷たくなってきました。私は猫を箱に納め、猫の好きなものと花や線香を入れて般若心経を詠みました。知らない家に来てしまったね。ごめんね。でも君はもう苦しみから解放されたよね。明日、トラ吉君の隣に埋めてあげるからね。口元の血を拭き、そう言って箱の蓋を閉めました。そして翌日、彼をシャム吉と名付けてトラ吉の隣に埋めました。

昨日、二匹の骨が出てきたとのことでしたが、そのまましっかり残っていたトラ吉とは違い、シャム吉の方はバラバラで形が無くなっていたと聞きました。おもに室内飼いの猫だったのかもしれないし、年齢もいっていたのかもしれません。大地を逞しく歩き、闘い続けて生きてきた猫とは骨格も筋肉も異なるかもしれません。トラ吉はノラの一生を謳歌して12歳で逝きました。その猫はどんな暮らしをしていたのだろうと思いを巡らせました。

.彼が事故に遭った日は確か春先で、そろそろオス猫たちがメスを求める時期でした。そういう時はふだんはおとなしい猫たちも本能のままに外へ出て道路へ飛び出してしまい、事故に遭ってしまう猫も多いと聞きます。外に慣れていない猫ならば、危険度はさらに増します。それにしても撥ねておいてそのままとは赦しがたいことです。いえ、人間ですら轢き逃げ事件があとを絶ちません。道徳心のない人間がふえて困った世の中になりました。

不思議な縁で結ばれた二匹のオス猫たち。今朝も彼らに声をかけました。今夜も『おやすみ』を言いましょう。もしや飼い主さんはまだこの子を待っているのではないかとふと考えました。大丈夫ですよ。強くて優しいトラ吉と一緒に居ますよ。それに召された猫たちはすでに天国でまたイキイキと動き回っていますよ。遊んだり、日向ぼっこをしたり、メス争いもしているかもしれません。大丈夫です。そこは猫の世界で車なんかありません。猫たちの極楽浄土です。シャム吉君を送る役目を担った不思議な縁を、私は生涯忘れることはありません。君を抱いて走った時のあの重みとともに忘れないからね、シャム吉くん。

なぜそんなに可愛い子たちが眠るお墓を動かさなければならなかったかについては明日、お話しいたします。桜にしろ猫たちのお墓にしろ、やむにやまれぬ事情での決断です。それでは皆さん、おやすみなさい。また冷えますよ。暖かくしておやすみください。 良

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2017年1月29日 (日)

桜の木と、2匹の猫の遺骨

夜分遅くなりました。ごめんなさい。
今日は予定を変更し、トラ吉の話をします。先ほどまで彼の思い出に浸っていました。こんなことがありました。
今、右近庵と呼んでいるこの住居の裏庭の工事をしているところです。そのため裏庭の土を掘って大量に運び出す作業をして頂いています。いつも庭のメンテに来て下さる業者さんです。訳あって樹齢10歳になろうとしている桜の木も昨年の12月末に裏庭から庭へ移設して頂きました。移設後に桜の木があった場所を見ると、驚くほど太い根っこが方々に伸び、そこから更に何本もの根が縦横に走っていました。その桜はホームセンターで買った880円の苗を植えたものです。年々大きくなって花もたくさん付けるようになり、枝を広げて立派な木に成長していました。やむにやまれぬ事情で移設をおこない、今はわずかな細い枝だけ残してじっと休眠しています。春になって新芽が必ず出てくれると信じて待っているところです。

その桜の木の根元にこのあたりのボスであり、この庭を治めていたトラ吉を私は埋葬しました。花のそばが嬉しいだろうと思い、2010年10月に逝ったトラ吉を、植えて3年の若く細い桜の木のそばに穴を掘って埋めたのです。そこだと分かるようにレンガで囲った簡素なお墓を造ってやりました。それからは裏庭に行くたび「トラ吉、元気?」と声をかけていました。そのお墓のある場所も土を出さなければならなくなり、業者さんには猫の骨があるので、出来るだけ全部を取っておいて下さいと頼みました。そして今日、業者さんから聞きました。骨はありました、しっかりした骨ですよ、とりあえず工事が終わるまで器に土ごと入れて入れておきました、と報告がありました。

埋めて7年の月日が経っていました。それでもトラ吉の骨はしっかりしたもので、頭蓋骨はそのままあったということです。それを聞いて私は何とも言えない嬉しさに胸が熱くなりました。さすがトラ吉だ、このあたりのボスだった強い猫である彼は、土の中でも逞しく、崩れることなく眠っていたのです。業者さんはさらに付け加えました。背骨の所に桜の根が貫通していたんですよ、と。それを聞いた途端、やっぱりかと私は思いました。トラ吉を埋めてから、桜の幼木は急成長して春が来るたび花の数を目覚ましい勢いで増やしていきました。これはきっとトラ吉が咲かせているに違いない。私はそう思っていたのです。

今、仮に器に入れていただいたトラ吉の遺骨が土と共にそばにあります。実はその中に彼の骨だけではなく、もう1匹の猫の遺骨も混じっています。その猫はトラ吉を埋めた後、車に跳ねられて即死状態だった大きな猫を連れ帰って埋めた「シャム吉」君の骨です。その子はきっと飼い猫で、首輪をしたシャムが混じった雑種(あるいは血統書付きのシャム)猫でした。トラ吉のすぐ隣に穴を掘って眠らせてあげたという縁の猫です。事故に遭って可哀想に。当時、飼い主さんは探しているだろうなと心を痛めました。抱いた時はまだ温かかったけれど、もう息をしていませんでした。片目が飛び出し、即死の状態でした。連れ帰ってしばらくすると死後硬直が始まりました。その猫を隣に埋める時、掘りながら私は喋っていました。トラ吉君、新入りのシャム吉君だよ、仲良くしてあげてねと。ガッテンだ。任せておけよ。とトラ吉は答えました。2匹の大きなオス猫たちが咲かせるきれいな桜の花を、毎春、私は懸命にカメラに収めました。

裏庭の工事が終わったら、またどこかにお墓を造ってやるつもりです。出会うはずも無かった2匹の立派なオス猫たちを一緒に合祀してあげたいと思います。これらの猫のこともこのブログのどこかに書いています。また、2011年10月下旬にはトラ吉の一周忌と題してシリーズで文章を書きました。今日、その部分を読んでいると当時のことがなつかしく思い出されました。
このブログは猫たちと植物たちの記録を目的に作成を始めましたが、いくつか運営してきたブログの中で私が一番好きなブログです。大好きな猫と花だけを語る場だからでしょう。お客様の数は併設のブログには及ばない少数の皆さんですが、私自身が最も穏やかに、安らぎを感じながら心地よく書いているブログです。いつもご訪問ありがとうございます。皆さんのお顔は分からないけれど、あなたに語りかけているつもりです。

トラ吉の臨終は2010年10月です。一周忌の2011年10月下旬にさかのぼってもご覧いただけます。トラトラfamily華々しき頃の画像も掲載しています。宜しかったらご覧ください。それでは今夜はこの辺で。おやすみなさい。 良

☆トラ吉一周忌の記録(シリーズ)  シリーズは<No.1~6>に付き<1>からお読みください。

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2011年4月11日 (月)

24度目の春

わたしは何とか春を迎えることができました。24度目の春です。

あぁ、太陽がまぶしいこと。                だっこ

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2009年8月13日 (木)

猫もヨガ?

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ヨガに「猫のポーズ」というのがあります。これはそれとは違います。このポーズはじぃじぃがよくするもので、リラックスしたときにしています。両親はノラですが、洋猫の血が混じっているのか四肢が長いです。

人間もストレッチやヨガでこんなふうに腕を伸ばすと気持ちがいいように、猫も同じなのでしょう。ここちよさそうなじぃじぃです。彼もヨガをして瞑想しているのかな。なが~い前脚で、「猫のポーズ」みたいなじぃじぃです。

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2008年7月 7日 (月)

我輩はネコである

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では正解です。彼はタヌキでもクマでもなく、はたまたアライグマでもレッサーパンダでもなく、ネコなのであります。どうですか、この威風堂々たるお姿は。とってもとっても大きなネコだそうですよ。

このネコはHiroshiが生前に写したものです。会社へ行く途中、駅に続く細い通りにある八百屋さんの店先で、こんなふうによく居るのだと言っていました。太って喧嘩も強そうです。八百屋さんは飼っているふうでもなく、それでも店先が気に入っているのか、居着いたようです。きっとエサもあげていたのでしょう。彼はそのあたりのボスだったのだと思います。人間が近づいてもまったく動じず、肝っ玉の据わった猫だったとか。この時も、ちっちゃい眼を少しだけあけ、「なんや、写真か」とでも思っていたのでしょうか。

あれから彼はどうしたでしょうね。その後に駅前の開発が始まり、区画整理やなんかでその付近のノラ猫達は落ち着かなかったことでしょう。八百屋さんはまだ同じ場所にあるのですが、私は彼の姿を一度も見たことがなく残念です。 2002年5月 撮影Hiroshi

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2008年7月 6日 (日)

だれ?

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君はだぁれ? 皆さん、これは何の動物でしょう。 わかりますか?

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