2011年12月13日 (火)

ふぞろいの紅葉・落葉

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紅葉は広がってきた。この部分の色と形の変化を見るのが毎年の楽しみだ。今年は正方形にも長方形にもならない。
遅い速度で色づく木々は、今年の気候に惑わされたことに焦りも見せず、茶褐色の範囲をゆっくりと広げる。落葉樹は紅葉しなければ一年を終了することができない。だから遅れてもかならず葉は変色し、枯れ落ちる。そして来春の新緑まで力を蓄える。すでに葉を落とした木も見える。今年は思い思い不ぞろいで進行している。
( 晴れ時どき曇  デジイチの標準レンズでズーム  昨日撮影 )

裏庭から見て裏山を写すとかならず白く長い部分が棚田との境に写る。これは道ではなくイノシシよけのガード。このあたりにはイノシシもいれば、ウサギやタヌキもいる。こうして棚田を防御するのはいいことだ。まじかで獲り物は見たくない。この辺では春と秋に聞きたくない音がする。その強烈な銃の音は、あたりの静寂を突き破り、夜明けから夕暮まで鳴り響いてこだまする。耳を覆いたくなる音だ。

ここへ越してすぐに驚いたことがあった。イノシシ狩りやウサギ狩りが解禁になり、近隣に住む者は気をつけるようにという回覧板が廻ってきたのだ。その後、この山の中を歩いて抜けると農家や民家があり、立派なイノシシの皮が何頭も並べて干してあったのを見たときは驚愕そのものだった。その季節、回覧は毎年のように廻ってくる。

各地でイノシシを始めとする野に生きる動物たちが人里に下りてきて人家を襲い、人を襲う。そんなニュースが後を絶たない。撃たれて死に、運ばれていく動物の映像を見るたびに心が痛む。野性動物は、野に生きるのが難しい状況となり、生きるのにかれらも必死なのだ。

地球が人間の仕切る星であるかぎり、人間の立場でだけ動物をみて私たちは害獣と呼び獣害といって憤る。仕方のないことかもしれないが、懸命に生きる野性動物にもせめて憐れむ気持ちをもちたい。気候の変化と、さらに人間による乱開発がかれらの生きる場を浸食していることはまぎれもない事実なのだから。

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2011年12月 6日 (火)

左側裏山の紅葉

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これは私の庭から見て左側にある低い山の頂上です。(前回は右側に見える山でした)色づき始めた頃にデジイチ・ズームレンズ使用で撮りました。この山の上にも鉄塔があります。撮った日は曇っていました。したがって前回の記事のような色合いに写っていました。それをPicasa3であざやかに修整したものです。

Google提供のPicasaは無料でダウンロードできます。ちょっとした修整が簡単に出来て便利です。この画像の修整も‘I'feeling lucky’をクリックするだけで色彩があざやかになりました。私はこのPicasa3と画像サイズを縮小する無料ソフトDownsize Allを毎日のように使って重宝しています。

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これはその山をコンパクトデジカメで撮ったものです。紅葉は山のこの部分だけです。しかし毎年もっと正方形に近い形の範囲が色づきますが、今年はこのようになっています。写真では手前にうちの庭や、お隣さんの庭が写り、お孫さんのために電飾を取り付けているのも写ってしまいました。したがってPicasa3で切り抜きました。これも簡単にできます。こちらは晴天の日に写しました。棚田の中央が山側へ入り込んでいるため、写真が傾いて見えますね。右から撮っているからということもあるのでしょうか。それに右上がりに写してしまう私の癖もあるかも知れません。そういうときには‘傾き調整’もPicasa3で可能です。

ダッコは落ち着いています。ほとんど歩けないのは同じですが、穏やかに過ごしています。長く眠りそうな時はオムツを使用しています。オムツトレーニング中の子どものように、オムツが汚れたら鳴いて知らせます。ダッコの世話にも少しだけ余裕がでてきたかなと思います。左肩の痛みはひどくなってきていますが、自己リハビリを頑張ってみます。いつもありがとう。

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2011年12月 1日 (木)

色づく裏山

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裏山が色づいた。私の家の裏手には、人が登らない山々が連なっている。名もないような低い山だが、四季折々の豊かな表情を見せてくれる。ただ葉を枯らして色を変えているだけの木々だが私にはみごとに映る。

あざやかな色ではない。人が愛でる紅葉ではない。けれど私の生活の背景にいつもある低い山並。その律儀な色彩の変化にねぎらう気持ちが湧き起こる。葉を落とす木と落とさない木は共生し、ともに冬の季節を迎える準備をする。どの木も好きに生きているようで調和しているのだ。

曇の日、ズームレンズで撮影。晩秋に春霞のような空気の色になった。紗がかかった低い裏山は、どこかの名山のように見える。手前にわずか映る常緑樹は裏庭のすぐ下にある木々。ズームだと、向こうの山のテレビ搭まで見えた。あの山は冬には冠雪する。昨日、二階の窓から撮影。修整なし。今日は曇りのち雨。秋雨の音がする。

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2011年10月 9日 (日)

稲刈り終わる

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トラクターの音が聞こえなくなりました。刈り入れ作業は終了したようです。

ここのお米を食べてみたい。また私は子どものようなことを考えている。

空は青空。風が運動会の音を私のところまで運んでくる。

ふと甦る。そして打ち消す。あの年の今の頃。ひどく苦しかった秋という季節。

私はこうしてまだここに住み、毎日おなじ景色を見て暮らしている。

それは きっと しあわせな こと なの だ ろう。

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2011年9月27日 (火)

収穫

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(1)これは昨日、二階の窓から写した棚田の様子。窓に格子があるためこの場所から撮るのが限度。いつも写るヒマラヤ杉とヒバがここでも入る。デジイチの遠景モードで撮影するとこんな感じ。これは常連さんにはおなじみの風景でしょう。この角度からは見あきていますね。私もです。

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(2)こちらは今日、望遠レンズを使って撮影。一枚目の画像では最も奥にあたる棚田の際で、刈り入れ作業中の棚田のあるじ様です。午後、トラクターの音が聞こえてきたのでパジャマのままレンズを付け替えて二階へダッシュ。すごい。こんなに大きく撮れた!カメラからの直線距離はざっと見て150~200mくらいか。肉眼ではとても見えない稲の中に咲くヒガンバナまで見える。すごい!

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(3)こちらトラクターが刈り残した稲を抜いておられる様子の奥様。いつも仲睦まじく何か話しながら刈り入れ作業に精を出されます。構図はわざと人物を小さくしています。そうです。刈り入れ作業の「人」を撮りたいのですから稲も写さなければなりません。こうして腰をかがめて働く姿勢がいいのです。体調のいいときに、写真を差し上げに行こう。

(2)と(3)はどうしたの?と思われた皆さん。今から説明いたしましょう。
故人が愛用していたフィルムカメラのデジイチが入っているケースを開けてみると、レンズのようなものがありました。もしや・・。さっそく私のカメラに装着して室内を見ると望遠レンズ。やったぁ!同じキャノンのEOSでもあるし、バッチリ。もっと早く気付けばよかったなぁ。でも、うれしい。このズームレンズは‘EF80-200mm’この意味もイマイチ分かっていないけれど、とにかくうれしい。

私は体調や老猫の世話で外出ができない。せめて敷地内で写真をと思ってマクロレンズを買ったところ。花や虫やカエルの接写をしたいからだ。今は花がないのでまだ使っていないが、マクロ(巨視的)な世界はとっても魅力的。マクロは買ったし、ズームはあったし、これからが楽しみだ。いつか外へ出かけて写せる日が来たら、外の世界を写してみたい。

収穫された稲や野菜、果物を見るたびに被災地の農家を想う。奪われた農家の人々の悲しみを思う。この棚田の稲の成長を見守りながら、いつも考えていた。津波や放射能で農業ができない農家の人々の悔しさや痛みを、すべての国民が感じ続けなければならない。

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2011年9月14日 (水)

小さな満月

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一昨日、庭から眺める満月があまりにきれいだったので、撮ってみようと挑戦した。
私は標準ズームのレンズしか持っていない。がんばってもこの程度の小さな月だ。
肉眼ではもっと大きく見えていたのに、写すと小さくなるのはなぜだか分からない。

テレビの講座など見るにつけレンズが欲しいと思う。
マクロレンズでは花や虫を、そして蛙を撮りたい。
望遠レンズではさしあたって眼下に広がる棚田や作業する人なんか。

しかしレンズは高価で、なんとなれば私の初心者用一眼レフ本体より高い。
もう少し上達してからと我慢している。飽きるかもしれないし。
期限を決めて飽きなかったらGoサイン。そうしようかと考えている。

私のささやかな願いは写真を撮りに外へ出かけること。
それはダッコが生きている間は不可能なことだと分かっている。
願いはずっと先にかなう方が長く楽しみは持続する。

とはいうものの出かけたい。撮りたい。木立や野の花を撮ってみたい。
レンズを通してものを見ることの面白さを知ってしまえば、
もっと広い世界で撮ってみたいと思うのは当然のこと。

むろん広いといっても宇宙までとはみじんも考えてはいない。

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2011年4月21日 (木)

つながる空

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晴天の日、空が蒼く、山は緑。

低い山の中腹では新緑の準備をしている木々がある。

剪定されすぎて哀れな姿になっていた杉も枝をふやした。

軒下で小型カメラをかまえて空を見上げた。

何を写すでもなくシャッターを切った。

蒼い空には雲が少し。

この空でつながっている。

日本の背中で大自然の衝撃を受けとめてくれた人たちと

空を見上げるとつながっている気がする。

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