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2011年9月

2011年9月24日 (土)

『長くて短く 短くて長い時間』にすることいろいろ

ひとつ飛んで前の二回が『長い時間』『短い時間』と連載のようになった。本当は題名をそれぞれ『ベッドの上の長い時間』『ベッドの上の短い時間』としたかったが、やめておいた。ブログを長年やっていると、検索で何がヒットし、何がヒットしないのかがわかっている。人びとが検索するとき、タイトルによって訪問するかどうかを決めるところが大きい。(このブログは情報提供の場ではないので、多くの人の来訪を切望している訳ではない。単なる私的な記録だが、もしも面白ければ来られたし) したがって、そのようなタイトルをつければ官能小説か何かと勘違いをした見知らぬ人ビトがわんさと訪れるやもしれぬ。ゆえに‘ベッドの上の’をカットした。ベッドはベッドでも、私の場合は病弱系ベッドである。艶っぽい方面を期待された方を落胆させては申し訳ないので、しぶしぶそうした。説明が長くなった。どうでもよいことではあるが。

ではベッドの上での長い時間、いったい私は何をしているのだろう。「あぁ、しんど」と、バタリと倒れ込んだとき、無常の喜びを感じる。体が楽になる瞬間に「あぁ、極楽」と思うのだ。この倦怠感については持病のもつ最も厄介な症状でありながら、緩和できるものはステロイド以外にないのである。もちろん増量はしたくないので、だるさとは生涯なかよく二人三脚でいくよりほかに道はない。それはともかく、極楽だぁと思ったあと、ベッドでの時間を何をしているのか?これはカメラでも据え付けて、一日じゅう動きを撮ってみればいちばんよくわかる。観てみたいものである。きっと私は「コレです」と言えない(言うほどのことでもない)事柄をいろいろとしているのだろう。ここ数日の間にしたことを思い起こしていくつかを書き連ねてみる。

折しも秋場所開催中につき、元気であってもなくても場所中はほとんどベッドの上で観戦している。以前は幕下の取り組みが午後一時から観られたのが、現在は放送がなくなってしまい、午後三時過ぎから六時まで相撲を観る。そのため体調いかんに拘わらずその時間は元気でもベッドにいる。しかし、なんかかんかしている。(←関西弁「何かをかならずしている」の意。「なんやかや」とも言う。)今日は前日に作成した文書をメール便で送るため封筒に宛名書きをし、同時に娘に果物を送る伝票を書いたりしながら十両あたりを観ていた。

それからキャットフードを剪定鋏で切り始めた。これは前からダッコのためにしていたことだが、彼女は超高齢猫用トロトロ缶詰が主食になり、その必要がなくなった。けれども今度はじぃじぃが今までのフードをよく噛めないのか吐くようになり、彼のために一粒ずつこまかく切っている。左肩や腕がひどく痛んだときは小さなものをつまむたびに激痛が走り、これが最もつらい仕事だった。しかし自己リハビリを頑張った甲斐があり、現在はこまかい作業にも肩周辺の筋肉が対応できるようになってきた。餌を切っている最中にも首を突っ込んで食べにくるじぃじぃを叱りながら、せっせと塩まきの間に切っている。よそ見をして切っていると指先を怪我するので、切るのと観るのはきちんと分ける。制限時間いっぱいになれば取り組みをじっと観て、「うわぁ」とか「あぶなっ」とか「やった」などと鋏を片手に叫んでいる。じぃじぃの妨害に耐えながら容器にそこそこフードがたまると別のことをする。

手を洗ったあと寝ころび、「極楽~」とふたたび感じ、やおら腹筋運動など始める。これはテレビを観ているときによくすることだ。しかし制限時間いっぱいになるとやはりじっとして勝負を観る。このとき、わざとしんどい角度で止まって観ている。そうすると腹筋がふるえて効果的だ。さらに久しぶりにパックでもしようと洗面所へ行ってパックを取ってくる。そして塗りたくり、脚を上下させたりクロスさせたり静止したりして腹筋運動をしながら白い顔で観戦している。そんな飼い主に猫は慣れているのか、ときどき白い顔になるが少しも驚かない。ちなみに私は病弱系だが体内組成年齢は33歳と出る。体重やサイズも若い時と変わらず、体型にもあまり変化はない。努力をしているという意識はない。このような性分と行動パターンが理由かもしれない。動けるときはそれがうれしい。

そのほかベッドの上でよくすることを挙げれば好物の枝豆を枝からちぎりながら観ているし、爪を切ったり洗濯ものをたたんだり、頭皮マッサージのようなこともする。何もしないで相撲だけを観ることがどうしてもできない。(これを昔は貧乏性と呼んだが、今ならボンビー性か)あるいはベッドテーブルの上を片付けはじめたり、スタンドの埃を拭いたり、上体を乗り出して小さな手ぼうきでベッドまわりの床を掃いたりもする。猫が喧嘩を始めたような声が聞こえると、パック中以外は硝子戸をあけ、飼い主じきじきによその猫を威嚇する。途中でコーヒーが飲みたくなったら、取り組みを気にしながら急いで湯を沸かして淹れ、カップ片手に運動会の父兄競技のスプーンリレーの要領で、手は動かさずに小走りに素早く戻ってまた観戦。相撲の期間中はとくにベッドに強力に引き寄せられ、行き来するスピードも速い。観戦中は貼り着いたように動かない。

相撲観戦中ではないときにすることは、郵便物の開封や整理、不要な郵便物の選別および処分、その前に集めて送るため使用済み切手を切り取っておく、ノートパソコンでの作業、カメラ関連のこと、そしてそして読書である。書くことである。それから今あなたが読んでくださっているブログを書いたりもベッドの上だ。すべてが My Lovely Sunoko Bedの上でなされている。何かしてはベッドにもどり、ベッドに長くいなければならない日には多分に身体がつらいのだが、出来るだけ坐ろうと努力して何かをしようとしている。こうして私の短くも長い一日はくり返される。動きまわって家じゅうをきれいにしたりなど、望んでいることが充分にできず、外での買い物を楽しんだり書店に行くこともできなくなった。しかしネットという強い味方があるので不自由は感じない。このように長くて短く、短くて長い活動時間で、今のところ何とか「自活」(=自立生活)ができている。行き届かないことは多々あれど、この身体で自活していることに満足している。

人から見れば単なる‘ぐうたら’に見えるかもしれない私の生活だが、動けないものは仕方がない。現在は仕事をしているわけではないからステロイドを増量してまでもっと動こうとも思わない。私とてこの自分を受容するまでに時間がかかり、葛藤はいろいろあったのだが、よく動けた頃を懐かしんでもなんにもならない。かくして私はベッド以外で活動できる時間が短いことにも不満を覚えなくなった。素早くものごとをすることに磨きがかかり、あとはぐうたらを決め込んでベッドの上で長い時間を過ごすことに対して自分を責めなくなった。それもよしと思うようになってきたのだ。まことあきらめまじりの発展的慣れというのは恐ろしいものである。
今日も私はベッド以外で素早く動き、ベッドの上ではのんびりまったり過ごしている。これこそが体調維持の唯一の方法だ。今は‘ぐうたら’に見えても仕方がない生活になってしまった私だが、かつては人一倍動く人間だったことを最後に付け加えておこう。一応はメンツのために。 注:面子(メンツ・体面、面目の意)は中国語より日本語化された言葉。

体調がよくなってきたので、複数の更新ができた。小説も少しずつ進んでいる。
相撲が面白い。今場所、琴奨菊が頑張っている。魁皇から何やら言葉を貰ったようだが秘密らしい。ぜひとも大関になってくれということだろう。目指せ大関、がぶり寄り琴奨菊! ところで今頃になって気がついたが、今日の記事は『その日が来るまでにしておきたいこと』とは無関係なことばかりになっている。それもよしとしよう。

2011年9月16日 (金)

『シェーグレン症候群』について

ここ数カ月、ブログおよびサイトへ初めて訪れる客人が増えた。東日本大震災関連の記事を掲載していることが新しいお客様を招いているようだ。(しかし洋楽や訳詞、それに‘Tシャツの干し方’など俗なこともなかなかツヨイ。)

検索にヒットしやすい別ブログに初めて訪れた人たちにとって、おそらく右近とは何者か分からないだろう。「右近トーク」には体調が安定しない云々・・と頭に書いてあるし、このヒトは何の病気だと思うことだろう。(HP『平成道行考』の「その他」から‘病気’の記述へ行けるのだが、奥まったところにあるので分かりにくいかもしれない。) ときどきメールでお尋ねになる方もあるが、トークでも書いたように、申し訳ないながらそれらにお答えするのが大変なので、私の病気について分かりやすい説明を掲載しているサイトを紹介する。

この病院はシェーグレン症候群についてとても理解があることが以前からわかっている。この病院にかかるために京都に住むことも考えたことがある。(この先に住む町の選択肢のひとつとして京都は常に考えている。) たいていのサイトは「目が乾いて口が渇く病気です」としかないのだが、そんなに簡単なものではなく、厄介なことはたくさんある。世間にあまり知られていないこの病気だが、少しなりとも知っていただければありがたい。とくに病気を抱えながら働くことを余儀なくされている人たちにとって、なぜあの人はすぐに疲れるのか、無気力に見えるのか、急に横になりたいと言うのかなどについて、広く理解が得られたらさいわいである。

ちなみに私は発病して15年になる。10年ごとに段階が上がり、症状がきつくなると言われているが、私は第二段階の真ん中にまで来てしまった。きついはずである。この年月の間に以下のページに掲載されている症状をすべて所持し、急性期にもったのが繊維筋痛症(現在は無い)や筋炎、まだ訪れないのが悪性リンパ腫である。(これは来てもらっては大いに困る)私が生きている限り付き合わなければならないこの病気、 よろしかったら知識をもっていただき、周りにそういう人がいれば理解して優しく接していただきたい。読んでくださる皆さんが私にはうれしい読者様で、ページのトップから下まで、ゆっくりとお読みくださいますようお願いする次第である。

今日はこちらからお知らせとなります。紀伊半島、奈良方面での大雨が心配です。土砂崩れも土砂ダム決壊も、なにごとも起こらないことを切に願っています。


◎『シェーグレン症候群』について (京都 宇多野病院のサイトより)

2011年9月14日 (水)

『短い時間』

私の一日は短い。人様と同じ24時間を与えられてはいるけれど、活動時間がきわめて短い。いったいどのくらいの時間を動けているのか計ってみようと以前から考えていた。眠りについては若いときには5~6時間ほどの睡眠時間で平気だった。それくらいしか時間がとれないほど仕事や家庭のことで忙しかったのだ。だが今は弱る体力を維持するのに8時間の睡眠が必要になった。したがって活動時間は24-8=16時間だ。しかし私の場合、16時間を動き続けることが不可能だ。では、いったいどのくらい動いているのだろうか。

私はリモコン操作で操られた人形のように、すぐにベッドへ舞いもどる。なぜか?だるくなるからだ。しんどくなるのだ。それで、どうにも横になりたくなってしまうからだ。30分も動くと疲れてしまい、自然にベッドへと向かう。そして横になる。私には動いた時間と同じくらいの休憩が必要となる。休んだ後、また復活して動きだし、またしんどくなって舞いもどり・・のくり返しの一日だ。この生活にも慣れてしまい、なんとも思わなくなっているが、先月のある日、いったい私は一日にどれくらい動いているのか‘のべ時間’を計ろうと実行した。それはベッドを離れた時刻と舞いもどった時刻を記録し、活動した時間を合計するというものだ。

計ってみた結果、さてもさても予想通りに私は短い時間しか動いていなかった。なんと活動時間の合計は、たった6時間だった!おおよそ見当はついていたが、やはり短いと知った。しかし体調によって日ごとに若干の差はある。計った日は今から体調が下降すると思われる日のことだった。調子のいい時はもう少し動いていることもあるが、それとてせいぜい上限が8時間くらいのものだろう。不調のときは2時間も動いていないだろう。つまり私は世の中の人々が活動する時間の半分、あるいはそれ以下の時間しか動けていないということになる。眠っている時間とほとんど活動せずに休んでいるような時間の合計は、16時間~18時間にも及ぶ訳だ。これでは片付けもはかどらないはずだ。私は8時間を眠り、最大で、こま切れの8時間を家事や猫の世話や庭で写真を撮ったりし、残りの8時間をすのこベッドの上で横になったり起き上がったりし、雑多の事柄を煎餅職人のように座業でこなして過ごしているのだ。もちろん体調不良の日は自分の食事と猫のエサやトイレの世話をするのも呻きながらおこない、あとはベッドに倒れ込んでひたすら横たわっているだけの情けない状態だ。

では平均してたった6~7時間の活動で、私は家の中でどんなことをしているのか。まず食べることだ。食事は簡単なものしか作らなくなった。それでも食べ終わって片づけるまでの一連の作業は容易にいかない。夕餉の支度をして食べ終わったところでたいてい動けなくなることが多い。よほど調子のいい時は食べ終わってすぐに茶碗を洗ってしまうが、そうもいかないときはたびたびある。私の体には‘ひとやすみ’が必要なのだ。そんなときはひとまずベッドにもどり、食後のコーヒーを飲みながらニュースなど観ている。そしてしばらく横になる。洗濯については全自動に買い替えて楽になったが、掃除は床を掃除するロボットを買うつもりはなく、箒やハンディ掃除機、スタンド式掃除機を使用し、まめに埃やゴミを処理して極力きれいにしている。ベッドに猫が上がるので、一日おきにシーツや敷きパッドを取り換える。天気がよければ布団もなるべく干すようにしている。こういった何気ないことも私には体力の要ることで、休み休みすることとなる。夕方の水やりは一番の重労働だが怠るわけにいかない。これにとりかかる前には充分に休んでから意を決して「エイッ」と起き上がり、蚊に刺されないよう完全武装して庭へ出る。庭・裏庭・前庭とたっぷり水をやるのに30分以上かかる。終わればシャワーのあとベッドでぐったりするが、これを終えたらホッとする。そして夜のとばりがおりてきて、心が休まる時間帯に入っていく。

このように私は10分、15分、長くて30分と短い時間を動いては、おなじくらいの時間を休みながら、生活するための雑事をこなす。それらの行動は、いつガス欠するか分からない体ですることだから急いでなされる。したがって適度に雑で、適度に中途半端におこなわれるが、それも譲歩しなければならない。できないことはできるときにすればいい。自分に寛容に。そう言い聞かせることも身についてきた。つけなければ苛立つばかりで自活ができない。私がモノ減らしを急ぐ理由は、死後のこともあるが、さしあたって生きている間、あらゆる負担を軽減することが病気をもつ身に暮らしやすさを与えると思うからだ。モノは少ないほど暮らしやすい。いずれにしても「短い時間」をどう効率的に使うのか、その方法をベッドの上の「長い時間」に考えるのが私の日課となっている。

2011年9月 9日 (金)

『長い時間』

週の半ばからまた不調になった。食欲不振と微熱&倦怠感がやってくると、また風邪をひいたと気がつく。しかしもう遅い。いったん下り坂になると、すぐには回復できない。ひと通りのroutine(アクセントはiにおく)がある。つまり一定のコースとなって症状が現れるので、それらを途中で止めることができないのだ。痛みを止めるのに鎮痛剤を用いる人はいるが、胃弱の私には向かない。もともと薬嫌いであり、服用する薬は最小限にとどめたいのだ。したがって安静にするしかない。それよりもひどくならない努力を横たわることでするのである。ステロイドを服用する者は風邪をひきやすく、風邪をひけば持病もうごく。私は一年の多くの時間をベッドで過ごしている。私の生活はほとんど軽症の入院患者といってもよい。家で寝ているか病院の病室かの違いはあれ、食べる以外はベッドにいる生活様式は入院患者と変わらない。むろん入院しなくてよい状態でいられることは、ありがたいと思っている。

私の家の中は、かつて居間だったところが私の病室になっている。ソファを処分してベッドを持ちこんだのは数年前で、その部屋には大型テレビやパソコン、本棚、リビングボードや仏壇まである。一切合財がそろった部屋はもはや客間ではない。さいわい客が訪れることがなくなった今(=呼ばなくなった今)、その部屋に人を通すことはなく、訪れるのは娘たちほか身内だけになっている。この部屋のベッドで私は調子のいい時も悪い時も、一日の多くの時間を過ごしている。そして多くのことをベッドの上でこなしている。書き物、読み物、パソコン作業、針仕事にこまごまとした事務処理などすべてをそこでする。机に向かって椅子に坐り、一定時間の姿勢維持をすることができるのは、よほど体調のいい時に限られる。よって疲れたらそのまま後ろへ倒れて休めるベッドの上は私にとってありがたい場所なのだ。

だが、坐って何かができる時はまだいい。何もする元気がないときに困ってしまう。どこかの痛みが強ければ読書もできない。まして書きものなどできっこない。テレビは見たいものがほとんどなく、好きな映画もそれほど多くは観られない。そんなときにハタと困る。そして思う。あぁ、こんな時間の無駄なこと!こうしているうちにも人生は刻々と過ぎていくというのに!と考えてしまい焦燥感がチクチクする。そして思い直す。ま、しょうがないか。しかしながら私の残りの人生における多くの時間がベッドの上で悶々とすることに充てられるとすれば、まったく不本意だ。横たわっていても考えることは、あれを処分し、あそこはいついつまでに片づけ終える、次の粗大ゴミにはあれを絶対に出さなければ、遺言ノートも記入をしていこう、娘たちには貴重品のありかや詳細を書いておかねばならないといったことばかりだ。私が人よりもこれらの点について考えるのは、配偶者を急に失くし、後のことが大変だと痛感しているからだろう。それゆえ私は残る者たちにかける負担ができうる限り少ないようにと考える。できるものなら遺品整理・処分業者の世話にならずに自分で処分し、指示を書き遺しておきたいと思っている。

しかしそういった作業にかける元気に動ける時間はきわめて短く、しかも年々それは短くなり、私の体調はすぐに崩れるようになっている。そしてくり返し寝ていなければならない時が訪れる。昨年に比べると今年の体調はありがたいと感謝しているが、人生におけるベッドで過ごす「長い時間」は無駄だと思う気持ちはぬぐえない。体が動かないときにも頭だけは動いている。この時間をなんとか有効に活用できないものかと日々考えあぐねているのだが、とりあえず頭を鍛えることくらいしか浮かばない。だが、それとて不調の時はたいしたことは考えられない。ベッドの上での「長い時間」をいかに活かすか、今のところ答えは見つかっていない。明日は起きられたらうれしい。

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