2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

« 2011年9月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年10月

2011年10月25日 (火)

アルバム整理をしておこう

今月に入ってから体調のよくない日が続いている。気候がよくなってきたが、それとは無関係に年じゅう具合が悪い。季節の変わり目だからと人は言うが、そうでなくとも風邪をひき、痛みやだるさに襲われる。季節にかかわらずそれらと共存しているので仕方がない。そんなこんなでほとんどベッドの上にいる。何もかも遅々として進まない中で、かろうじてパソコンや電話で支援活動ができているのが救いである。暑い時には涼しくなればいろいろやろうと思いながら、涼しくなったら風邪ばかりひき、じきに寒くなってしまう。寒くなると手指がいうことをきかなくなり、からだのあちこちに痛みを生じ、心身ともに縮こまってものごとが進まない。春は春で埃っぽくて目のトラブルが絶えないし、やたら世間が浮かれて騒々しく、ひとり者には寂しげな季節で好きではない。こうしてみると、私には一年じゅういい時がないように思えてくる。

雑談はともかく前回に遺言書作成を勧めたが、私がぜひとも済ませたいことのひとつにアルバム整理がある。これがまったく始められない。とりかかりたい気持ちはあれど、そのほかのことが片付かず、落ち付いて写真整理ができそうにない。二人の娘のアルバムは成長段階の途中で終わっている。私が仕事に忙しくなってきた頃からパタリと途絶えているのである。そして膨大なネガや紙焼き写真が箱に収まっている。それらは年代別に並んでいるが、手にとって見はじめると、果てしなく見続けてしまい、整理どころではなくなるだろう。そういうことも考えて、アルバム整理はもう少し全体の片づけが進み、生活縮小が誰の目にもわかるくらいになるまで我慢しようときめている。それはもう少し先のことだ。では、なぜ今アルバム整理の話をするのか。私はまだ出来ずとも、これを読む皆さんが始めるきっかけとなればよいと考えて取り上げた。アルバム整理が未だ出来ていない方々に早急にとりかかることを勧めるためだ。

阪神・淡路大震災で私のふるさとや周辺都市が破壊されたとき、瓦礫の中から人々が懸命に探したのは‘思い出’だった。このたびの東日本大震災においてもそれはおなじだった。IT化された世の中でさえ、人びとは紙焼き写真が貼られたアルバムを探し続けたのだ。最近はほとんどの人がデジタルカメラで写し、画像をパソコンに取り込んでおくという形での保存が多い。用心深い人は二重、三重に保存場所や方法を変えもする。私もそのひとりである。だが、東日本大震災のような規模の地震・津波が来たとき、パソコンなど水に弱いただの機械に過ぎないことを我々は思い知った。瓦礫の中からパソコンを見つけたとてデータの復元は難しい。だからこそ被災者の人たちはアルバムに貼られた懐かしく大切な写真を一枚でも取り戻せたらと探し続けた。犠牲者の捜索や瓦礫処理にあたる人びとも、写真やアルバムが出てきたら保管場所へと持ち寄った。そして集められた写真をきれいに水洗いし、できるだけ元どおりになるように、ボランティアさんたちが懸命に活動した。今もその作業はおこなわれてきる。

生きていくには現在と未来が大切だ。私はいつもそう口にしてきたが、現在の私も未来の私も身近な者たちと多くの時間を共にした過去から続く線上に生きている。その自分が生きた証となるモノや記録を失うことはつらいことに違いない。突如として起こる天変地異や事故に対して私たちは無力であり、何が起きてもまず生きていることが大切なのは言うまでもない。だが人は誰も思い出と無縁で生きられない。なぜならば、矢のように過ぎ去る時間は刻々すべてが思い出となってゆくのだから。心の中に残る思い出は消えないというが、それとて歳を重ねれば忘却の彼方へ往くやもしれない。出来ることならモノで、写真で思い出を語り、温まりたいのは誰しも同じだ。それら写真は厳選したものをアルバムに貼り、貴重品として保管しては如何だろうか。家庭用金庫とは貴重品や現金を入れるためにあるのだが、貴重品として家族のアルバムをぜんぶ収納できるサイズのものがあればよいのにと考えた。こんどメーカーに提案してみようかと思っている。

2011年10月14日 (金)

遺言書の作成について

だるさがひどく、まったく動けないで寝ていると、時間が無駄に過ぎていくような気がする。
なぜこんなにだるいのかと考えればすぐにわかる。前日に動き過ぎると必ず翌日はこうなるのだ。わかっているが、動ける時にはつい動いてしまうのだから仕方がない。そんなときに考えることはあまり明るくない。しかし暗くもなく、山ほどあるするべきことを頭の中で巡らせている。ずっと気になっていることがある。それは遺言書を作成することだ。私はまだ書いていないのだが、同年代では書いている人といない人の比率はどれくらいのものなのか興味深い。

ひと頃はやった遺言ノートなるものを私も買ってはみた。それはマンガの挿絵つきでわかりやすい説明がなされたカジュアルな遺言書の手引きだった。遺言書などというと形式ばったものかと思いきや、想像以上に簡単なものであることに驚いた。読むのにも一時間とかからず、遺言状たるもの、こんなでいいいのかとさえ思うくらいの手引書だったが、たいそうなものだと考えていたのが楽になった部分もある。

遺言書は今や老齢期の人びとだけでなく、30代や40代の若い人たちも書くべきだと手引書は勧めている。そうかもしれない。人間、いつなんどき、どんなことで命が終わるか誰にも見えない。そのためには年齢を問わず遺言書なるものを用意しておくと安心ではある。この遺言書だが、決して難しいものではないながら、記述に際して絶対に守るべき点があることは心得ておきたい。きまりを守らなければ、せっかく書いた遺言書が無駄になることもある。以下に挙げた事柄だけは今すぐに頭に入れておいてもらいたい。

◎遺言書作成に関して覚えておきたいこと三原則

1.本人の自筆で書かれたものであること。

2.鉛筆など消すことができる筆記用具で書かない。

3.日付の記入と押印は必ずすること。

私もそうだが近頃は何でもパソコンで文書を作成する人が多い。けれども遺言書は直筆でなければ無効とされる。さらに何者かによって書き換えられないために万年筆や筆などで記入することも義務づけられ、日付が無いのも無効になる可能性が高い。押印は実印が望ましい。遺産を分割する際には実印が必要で、遺言書の保管場所にその印鑑や印鑑登録カードも保管しておくのがよい。

また、遺言執行者を指定し、その際には遺言書にしたがって執行することもできる。これは行政書士、司法書士などに生前から依頼しておくのだが、いくらかの費用がかかる。詳細についてはひとつWebサイトを紹介しておく。遺る者たちが気持ちよくあとを引き継ぐためには、ぜひとも遺言書は作成しておく方がよい。関連書も多く出ている。年齢を問わず、また中高年になればぜひ作成したいものだ。私も今年中には作成しようと考えているところである。

◎ 遺言書の書き方 (行政書士市川事務所様サイトより)

2011年10月 8日 (土)

絞っていく時期

先日、親友と電話で話した。彼女とは、親友でありながら年にいくらも話さない。一度も話さない年もあるし、数回も話せば多いほうだ。メールのやりとりも用がある時のみに限られる。変わり者の彼女とは、さばさばした付き合いだが中高時代を共にした一番の親友だ。

用件が終わって雑談になり、話題は方々へ飛んだが、このような話になった。人生を何段階かに分けたなら、そろそろ最終段階に近づいている。私の場合、いよいよ本当にラスト10年か、それより短いかもしれないと思う、そろそろ一番したいことを絞っていくべき時期に入っていると話してみた。たいていの人はこのようなことを言うと、まだまだ頑張れだとか、元気な自分の方こそ先に逝くかもしれないと、ありきたりのつまらないことを言って愛想笑いなどする。そういう人とは絶対に親しくなれない。こちらが病気もちで真面目な話をしようとするのをきちんと受け止められない人だからだ。だが、彼女は違った。そうやなぁ。それはそうやと思う。そういう時期やなぁ。とだけ言った。彼女もまた健常な身体ではないのだ。健常な者にはない焦りは、よい意味できちんと先を見据えて生きる動機になっている。健康でも病弱でも、そろそろ最後に何をするのかを決める時期に入っているということで意見は一致した。

いつも書いているように、私にはしたいことがいくつもある。それらをベッドの上で考えていると、不思議なことにどれも実現できるような気がしてくる。たとえば一番したいことは、私が最も自信のある中高生の学習指導だが、それは人生の半分ほどを仕事として費やしたプロとしての誇りや自信とともに厳然と私の中に今もある。それを被災地で活かせたらと願っているのだ。学校の教師のように総合的な指導はできないが、塾の講師は確実に学習を理解させ、学力向上へと導くことを旨とする。もちろん生徒に愛情をもち、学習が面白く楽しく思わせる指導をしなければならない。私はとくに学力の低い生徒を伸ばすことに力を注ぎ、大いに遣り甲斐を感じてきた。被災地では震災後の教育現場が以前とは大きく異なるようだ。学校が流されたり今なお避難所になっているところもある。統廃合されているところもあるだろうし、別の学校に遠くまで通っている生徒も多いことだろう。そんな状況で、生徒の学力差が大きくひらいていることが危惧される。支援サイトで知った塾の先生によると、高額の教材を売りつける悪徳業者も出没するという。そんなことを知ると、居ても立ってもいられなくなる。すぐにでも飛んでいき、私が作成した教材で教えてあげたい気持ちになる。

けれども私は病気もちだ。持病をもって以来、口惜しいと思ったことは数えきれないが、この度の震災でも感じずにいられなかった。もしも健康体であったなら、今頃もう現地で学習指導のボランティアとして活動しているだろう。人生の終わり近くでなすべきことを絞るとしたら、すべてを投げうってもそれに専念したいと思っているが、如何せん私の身体がそれを許さない。現実的に考えると体力的に無理だと分かるのだが、このことに対する熱意と願望は消えない。健康であれば絞った結果、これしかない。けれども私は病気もちだ。これはあきらめなければならないのか。人のサポートがあれば何とか可能なのか。まだ夢は捨てていない。というのも学校の勉強ばかりがすべてではないということは分かっている半面、学力不足が原因でさまざまな問題を抱える子どもたちが全国に居ることは事実だからだ。学力がその子の将来や生き方を左右することは否めない。

この大切なことに再び関われたら無上の喜びだが、私の希望に耳を傾けてくれる人の大部分は、どうせ無理だと分かっているのか、ただ頷いて微笑んでくれる。では、一番したいそのことができないのなら、最後に生きる形とはどんなものなのか。霧に包まれて答がまったく見えてこない。絞りたい。絞れない。体力がなくて出来ないことだらけの病弱な者には、背の高いハードルが目の前に立ちはだかり、越えることができない現実がある。したがって何をするべきか未だ絞ることができないのだ。病気であることはやはり口惜しい。人のためになりたいのに出来ないのは、まことに地団太を踏むような口惜しさがある。

2011年10月 6日 (木)

愚か者であり続けること

アップル社の創設者で元CEOのスティーヴ・ジョブズ氏が亡くなった。8月に退任の挨拶で公に出てきた時のあまりの痩せように直感したが、思いのほか早い逝去だった。

私はMacのユーザーではなくipodもiphoneもipadも持っていない。しかし、いち早くマッキントッシュというOS(Operation System)を世に送り出した彼の偉大さや大胆な発想、さらにはいくつかの名言について人並みに知っている。折しもipad2の購入を考えているところでもある。だがライバルでありプライベートではよき友人であったというビル・ゲイツ氏が率いるマイクロソフト社も、近い将来Windows8を搭載したタブレット端末を発売予定だという。それを知り、もう少し待って比較しようかと考えているところだ。ITのなかでもこの分野はこれからますます各社とも進歩するだろうが、迷ったり待ったりする人たちにはアップル社の製品に憧れをもつ人は多い。私もその一人だ。そんな憧れとともに、世界中の人々のライフスタイルを大きく変えた彼の偉大さに、いたく尊敬をしている。

東日本大震災で発売が遅れたipad2が欲しいと思った理由は薄くて軽いことだ。私は病気のために指関節や手首の力がほとんど無くなるときがある。特に血流の悪くなる冬場にはそれが著しい。また起き上がるのも大変で、ベッド脇に置いているノートパソコンをデスクごと引き寄せるのすら億劫になることもしばしばだ。そんなとき、ベッドで上体をバックレストにもたれさせて操作できる軽くて便利なipadはずいぶん力を発揮してくれるだろう。出歩ける訳ではないから無線LANで室内のみの使用になるが、アプリをさまざま入れると世界が広がり、楽しみも無限大になる。このようにIT(Information Technology)は、私をはじめ多くの病気の人たちにも大いに貢献している。病人の私が世界の情報をベッドで瞬時に把握できる利器。それひとつをとっても功績は偉大だ。その彼は56歳の若さで世界を、生涯を駆け抜けた。偉大なる才能を発揮し、駆使するにはその長さが限度であったのか。

スタンフォード大学における彼の演説の中に有名な言葉があるという。それは“Stay hungry.Stay foolish.”という言葉らしい。空腹であり続けよ。馬鹿であり続けよ。そのような意味だ。私たち凡人は年を重ねるにつれ穏やかになり、貪欲に求める気持ちを失い、妙に思慮分別をつけたがために大胆なことが出来なくなる。孫と遊ぶのを楽しみにし、趣味に興じて日々を暮らすことは幸せで平穏な生き方ではある。何も今から無理に腹ペコになることもなかろう、馬鹿になど更になれないと人生の後半では守りの態勢に入る人びとが多い。実のところ私もそうなりかけている。いや、なっている。

けれども私にはそれで満足できない気持ちも強い。病弱なくせしてまだ何かができると夢を見ている。これを「空腹」といえばそうかもしれないし「馬鹿」といえばそうだろう。私は出来もしないことをしたがり、何でもかんでも興味をもって真剣に取り組もうとするが、それはいいことなのだとジョブズ氏の言葉で気づかされた。私は充分に腹ペコで、充分に馬鹿である。たとえちっぽけな人間でも「貪欲」で「愚か」であり続けることは貴重なことで、取りも直さずそれはその人の中心的な体幹部分である精神を構成する。満足しないこと、愚直に求めて生きることは大切だ。「その日」が来るまでにしたいことも、しておきたいことも沢山ある。私も腹ペコの馬鹿者、何かを追い求め続ける貪欲な愚か者でありたいと思う。

鬼籍に入れど歴史に遺る不滅の人、偉大なるスティーブ・ジョブズ氏の冥福を祈りたい。

2011年10月 5日 (水)

『優先順位』はむずかしい

ものごとにはするべき優先順位がある。私は目覚めたときの体調で、その日に活動できるだいたいの総量を把握する。そしてするべき事柄の優先順位を決めるのだ。相手があることは最優先する。メール、電話、荷物の発送、お知らせの文書送付などはトーストとコーヒーのあと、すぐに取り掛かる。それらは体調いかんにかかわらず、するべきことなのだ。

それ以外は生きもの、植物に関する事柄をもってくる。生きているのだから放っておけない。それなりの世話やケアが必要だ。また、花が咲いたり珍しい生きものが居たら、絶好のシャッターチャンスなので、何をおいても撮影にかかりきる。その時でなければならないことは誰しも優先するだろう。体がきかない日には掃除を休んでも、それらを休むわけにいかないのだ。

では、人生において優先すべきことは何か。もっと絞れば、現在の私が以後の人生で優先するべきことの順位はどういったものだろうと考える。モノ処分、自身の楽しみ、人間関係、今後の行動などいくつかのことが頭に浮かぶ。だが、それら生活でのこまごましたことに順位をつける前に、私には大きな二者択一が構えている。それは、人生一度きりだとばかり思いきったことをするか、これまで同様に平々凡々と暮らしていくかという選択である。其処が決まらなければ、今後どのように生きていくかが描けない。

困ったことに、どちらの生き方を選ぶかを決めるにも、何を優先するかが問われる。体を第一に考えるのか、はたまた命を縮めても好きなことをやって死んでいく満足を得るかを決定する必要がある。肝心のこの答が出なくて私は困っているのだ。無理をするとすぐに体に響くことは分かっている。けれどもしたいことがある。それを押してすることは、周りに迷惑をかけることになる。そこが問題なのである。倒れれば迷惑をかけてしまうため、躊躇していることが私にはいくつかある。ものごとの優先順位を決めるのは、むずかしいものだ。

« 2011年9月 | トップページ | 2011年12月 »