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2011年10月25日 (火)

アルバム整理をしておこう

今月に入ってから体調のよくない日が続いている。気候がよくなってきたが、それとは無関係に年じゅう具合が悪い。季節の変わり目だからと人は言うが、そうでなくとも風邪をひき、痛みやだるさに襲われる。季節にかかわらずそれらと共存しているので仕方がない。そんなこんなでほとんどベッドの上にいる。何もかも遅々として進まない中で、かろうじてパソコンや電話で支援活動ができているのが救いである。暑い時には涼しくなればいろいろやろうと思いながら、涼しくなったら風邪ばかりひき、じきに寒くなってしまう。寒くなると手指がいうことをきかなくなり、からだのあちこちに痛みを生じ、心身ともに縮こまってものごとが進まない。春は春で埃っぽくて目のトラブルが絶えないし、やたら世間が浮かれて騒々しく、ひとり者には寂しげな季節で好きではない。こうしてみると、私には一年じゅういい時がないように思えてくる。

雑談はともかく前回に遺言書作成を勧めたが、私がぜひとも済ませたいことのひとつにアルバム整理がある。これがまったく始められない。とりかかりたい気持ちはあれど、そのほかのことが片付かず、落ち付いて写真整理ができそうにない。二人の娘のアルバムは成長段階の途中で終わっている。私が仕事に忙しくなってきた頃からパタリと途絶えているのである。そして膨大なネガや紙焼き写真が箱に収まっている。それらは年代別に並んでいるが、手にとって見はじめると、果てしなく見続けてしまい、整理どころではなくなるだろう。そういうことも考えて、アルバム整理はもう少し全体の片づけが進み、生活縮小が誰の目にもわかるくらいになるまで我慢しようときめている。それはもう少し先のことだ。では、なぜ今アルバム整理の話をするのか。私はまだ出来ずとも、これを読む皆さんが始めるきっかけとなればよいと考えて取り上げた。アルバム整理が未だ出来ていない方々に早急にとりかかることを勧めるためだ。

阪神・淡路大震災で私のふるさとや周辺都市が破壊されたとき、瓦礫の中から人々が懸命に探したのは‘思い出’だった。このたびの東日本大震災においてもそれはおなじだった。IT化された世の中でさえ、人びとは紙焼き写真が貼られたアルバムを探し続けたのだ。最近はほとんどの人がデジタルカメラで写し、画像をパソコンに取り込んでおくという形での保存が多い。用心深い人は二重、三重に保存場所や方法を変えもする。私もそのひとりである。だが、東日本大震災のような規模の地震・津波が来たとき、パソコンなど水に弱いただの機械に過ぎないことを我々は思い知った。瓦礫の中からパソコンを見つけたとてデータの復元は難しい。だからこそ被災者の人たちはアルバムに貼られた懐かしく大切な写真を一枚でも取り戻せたらと探し続けた。犠牲者の捜索や瓦礫処理にあたる人びとも、写真やアルバムが出てきたら保管場所へと持ち寄った。そして集められた写真をきれいに水洗いし、できるだけ元どおりになるように、ボランティアさんたちが懸命に活動した。今もその作業はおこなわれてきる。

生きていくには現在と未来が大切だ。私はいつもそう口にしてきたが、現在の私も未来の私も身近な者たちと多くの時間を共にした過去から続く線上に生きている。その自分が生きた証となるモノや記録を失うことはつらいことに違いない。突如として起こる天変地異や事故に対して私たちは無力であり、何が起きてもまず生きていることが大切なのは言うまでもない。だが人は誰も思い出と無縁で生きられない。なぜならば、矢のように過ぎ去る時間は刻々すべてが思い出となってゆくのだから。心の中に残る思い出は消えないというが、それとて歳を重ねれば忘却の彼方へ往くやもしれない。出来ることならモノで、写真で思い出を語り、温まりたいのは誰しも同じだ。それら写真は厳選したものをアルバムに貼り、貴重品として保管しては如何だろうか。家庭用金庫とは貴重品や現金を入れるためにあるのだが、貴重品として家族のアルバムをぜんぶ収納できるサイズのものがあればよいのにと考えた。こんどメーカーに提案してみようかと思っている。

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