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2012年3月

2012年3月 9日 (金)

二件遂行

このブログは昨年来ストップしている。何かと多忙だったということは言い訳にならないが、慌ただしい日々であったことは事実だ。その慌ただしい中で、必ずするべき項目であった2つのことが片付いた。それは老猫を送ることと娘を送り出すことだった。

一月下旬、老猫を送った。寒波到来の寒い日に荼毘に付した。
骨揚げをして骨壺に収め、居間で眠っている。

二月中旬、次女が結婚した。大阪梅田のホテルで身内だけのささやかな式を挙げた。
この娘は老猫を荼毘に付すときに身重だったが駆けつけてくれた。そして可愛い花嫁になった。

これらのことを無事に終えたあと、私は空っぽになった。
寂しいのではない。私にはすでに寂しいという感情は無い。どちらも私が関わるべき大きな項目で、これらは私の体が動けるうちに関わりたいと願っていた事柄だった。それが出来たことの大きな安堵が、寂しいといった感情の何倍もあったのだ。

そして思った。
これで残りの人生は好きに生きられる。

私の体は衰えが甚だしい。
それらをひとつひとつ述べる必要もないので言わないが、焦りはある。
なぜなら私の一番したいことは体力を要することだからだ。
もしくは頼れるパートナーの存在が無ければ不可能なことだからだ。

この冬、また大きく症状が進んだ。関節や筋肉の衰えが顕著で体重も減った。
加えてレイノー症状で手指の第二関節から先は感覚がなく、指の背や手の甲も惨憺たる状態になった。それは、しもやけといったものの域を超え、登山家が患う凍傷に近いものだった。今なお赤黒く皮のむけた指で人前に出せない。冬の間は指の感覚がなく、たびたび食器を落としてずいぶん駄目にした。ペットボトルの油や調味料、瓶の蓋など開けるにもひと苦労だった。

2010年の大きな体調の崩れをきっかけに、年々症状は加速している。
しかしながらしたいことが複数ある。そのことが出来るのかどうか自信はない。
望みはあっても出来ないかもしれない。逡巡を繰り返し、ひるむのは事実だ。

だが、何もしないで衰えるよりも、したいことをして急激に衰えたとしても満足だ。
人生は長さではなく、いかに生きるかだ。
残りの人生は好きに生きる。

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