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2004年12月 5日 (日)

嵐の夜に眠れない貴女のために

女神アフロディテは自分の子エロスとふざけているうちに、エロスの持っていた金の矢の先が胸にあたり、小さい傷をつくった。そのかすり傷から悩ましいうずきが始まった。痛みはいつまでも消えなかった。

ある日、海辺を歩いていると猟犬をつれて狩をする少年に出会った。その少年からどうしても目を離すことができなくなってしまう。それがアドニスであることはすぐに分かった。その少年の美しさは広まっていたからだ。オリュンポスの神々も噂を知っていたほど、美しく均整のとれた体や動作は見ているだけでうっとりした。

アフロディテは、この少年こそ胸の痛みを癒してくれると信じ、少年を追った。ただ後ろからついて廻り、けものを射止めるのを見て歩いた。少年はなぜ後ろに女神がいるのか分からなかった。アフロディテは少年が心配でならなかった。

ある日、明日はどんなけものを追うのかと訊くと、アドニスはこれまでにない大きなイノシシを仕留めるのだと言った。そのあと女神は心配で胸騒ぎがしたがアドニスは出かけてしまった。アフロディテがいつもと違う犬の鳴き声をたよりに探すと、草むらに倒れた犬たちの中にアドニスも倒れていた。

女神は恐ろしさにふるえて近づくと、少年はもう冷たくなりかけていた。美しい脚についた歯型のあとからは、まだ血が吹きだしていた。意識が薄れて朦朧とした少年は、アフロディテの愛を知る。アドニスにとっては生まれてはじめての愛だったが、最後の息を吐き、愛はかたい蕾(つぼみ)のまま花となって消えてしまった。少年は女神に抱かれて死んだ。

少年の血と女神の涙が草むらに落ち、そこに見かけない花が咲いた。悲しみは癒されることなく、アフロディテは死者の国へ下っていった。これをあわれに思った神々は、一年のうち半年だけを少年を地上に還してやることにした。

それでも少年が戻ってくるわけではなく、冬が去るとともに花となって現われるだけだった。風を受けてすぐに散るアネモネの花である。

            「ギリシャ神話」串田孫一(ちくま文庫)より要約


いかがでしたか。今夜は右近庵では嵐のような天気です。おやすみなさい。

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