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2006年12月 8日 (金)

“Imagin”は永遠

今日12月8日はジョン・レノンの命日です。あれから26年たちました。

私はその年の夏、アメリカに滞在していました。フィラデルフィアに2ヶ月いた後、帰途ニューヨークへ寄りました。2~3日の予定しか組めなかったので、セントラル・パークへも、ジョンの住むダコタハウスへも行けませんでした。でも、NYの地を踏んだとき、「ジョンの住む街だ」と感動的でした。それから4ヵ月後にジョンは急逝しました。

1980年の今日、夜更けに会社から帰ってきたHiroshiが、眠っていた私に「ジョンが撃たれて死んだよ」と言いました。私は冗談だと思いましたが、そんな冗談を彼が言うわけがなく、それでもさして驚きもせず、「そう・・・」と遠い所での会話のように、まさに夢の中で受け答えしていました。

ジョンが死んだ。翌日にはその事実を完全に受け容れました。しかし、涙はこぼれませんでした。ジョンが死んだ。ジョンが死んだ。繰り返し自分に言い聞かせました。普通に仕事をし、家事をし、ジョンは死んでしまったのだと認めようとしました。

そのうちに、なぜ自分がそれほど悲しまないのかが分かりました。ジョンが私の心の中に生き続けることは、紛れもないことだからです。それよりも私はヨーコさんのことを心配しました。最愛の人が目の前で銃撃されて命を失うということに、耐えられるのかと思いました。世界中からバッシングを受けた時期もありましたが彼女は今も強く生きています。

ジョンはこの世に居なくなっても、どんなときにも、どこでもイマジンが流れます。あのきわめてシンプルな歌詞に、人類の願いやあるべき姿が凝縮されている名曲だからです。今の日本で、世界で、もっと大きな声で、あの歌を歌い続けなければなりません。

大切である人ほど死んでも死んだとは思わない。思えない。
ジョンの死を私に伝えたHiroshiも居なくなってしまいました。
死んだと思えないけれど人は死ぬ。だからきちんと生きておかないと。
今日はジョンのアルバムをかけましょう。もちろんイマジンも。

本日、やっと投稿できました。「言葉屋」の4稿めになるものです。
十日間ほどそのことに追われていました。ストーブをやっと出しました。
気が緩むと風邪気味になります。皆さんも気をつけて。それではまた。

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