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2008年3月23日 (日)

拾う神あり

私はずっと家に居るせいか、不本意に歓迎すべからぬ言葉が飛び込んで不愉快な思いをしても、庭で外の空気を吸うくらいのことしかできません。外出でもして気分を変えることができれば嫌なことを吹っ切るのも早く出来るでしょうがそれも叶いません。あんなつまらない小説出さなきゃよかったと、きのうから落ち込んでいたら今日はうれしいメールがある人から届きました。

私にはいつも願っていたことがあります。それは道行考が始まった頃からずっと見続けてくださっている人と話がしたいということです。そのかたは古くからの訪問者さんでした。もちろんメールで構いません。何故そう思うかはお判りですよね。私の五年間を黙って見守ってくださった人たちに感謝の言葉を申しあげたいのと、言いたい放題だった私によくも愛想をつかさずに同道してくださったということに深く感謝したいからです。

その人は一方通行だったと詫びられ、今後の私に応援のお言葉をくださっています。一方通行・・・。何か手応えをと執着した時期もありましたが、今はなくなりました。それがnetというものだと理解しています。すべては執着が原因での苛立ちでした。書きたいから書く。掲載したいから掲載する。したくなくなったらしなくていい。それだけのことなのです。そんな簡単なことがなぜもっと早く判らなかったのかなぁ。

五年前の私は若かったです。振り返ると恥ずかしいほど青いです。この五年は私には十年以上にも感じられますが、今の私にはマイノリティも世俗的な成功を心の片隅において書くことも、取るに足らないことになりつつあります。人生には、もっと大事なことがある。とくにそろそろ仕舞い支度を始めなければと思う年齢になってきた私には、うかうかと浮かれて毎日を過ごしている場合ではありません。

そういう心境に達するまで見守り続けてくださった皆さんに、特にお礼を申しあげます。以前はどなたもくださらなかったのが、近頃は右近メールにお返事をくださる方々がおられ、喜んでいます。ネット上での発信と閲覧者との関わり方、ネットを通じて親しく語り合える人たちとの関わり方を区別しなければならなかったのでしょう。遅きに失するかもしれませんが、今後はその区別を誤らずにいたいと思います。

一貫して温かく見守り続けてくださった皆様方への右近メールは今後も継続いたします。現行は月に一回ですが、回数はふえるでしょう。だってトークで喋れなくなるんだから、そちらでは大いに喋らせていただきますよ。(ご登録はHomeからどうぞ) ただし、書かずに学生やってる右近、カメラに夢中になってる右近など、フツーの人でもよろしければ。でも書くことからはきっと離れられないと思います。なんだか今夜はとってもうれしい。一通のメールに助けられました。捨てる神あれば拾う神あり。がんばらないと。ありがとう、あなたのお蔭で元気になりました。

さて、いよいよ千秋楽。またまた相星決戦、個人的には白鵬を応援したいです。右近庵では雨の日曜日になりそうです。 桜が咲いたところもあるとか。それでは皆さん、おやすみなさい。

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