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2008年3月21日 (金)

ありがとう

たくさんの拍手やメッセージありがとう。では、まとめてお返事を。

・右近と一緒にジャスミンティーが飲みたいというあなた。
いつか叶うといいですね。叶うかどうかはあなた次第。(笑)

・読みやすくて、あっという間に読めた、すーっと読めたというあなた。
この「あっという間」がミソでして、シンドイ文ならこうは言ってもらえない。光栄です。

・ストーブの灯りで・・・の光景が浮かびますというあなた。
私の書くものは視覚、嗅覚、聴覚などを刺激するようです。特に視覚を刺激して情景が浮かぶとか。これは一つには私が大の映画ファンだったからということと無関係ではないでしょう。だったと言ったのは、今はあまり好みの映画がなくなってしまって見なくなっています。残念。昔のフランス映画とか、心理描写が中心のような映画が少なくなって。

・一杯のジャスミン茶を飲み終わるまでの心あたたまるLoveストーリーと言ってくださったあなた。
うれしいですね、お洒落な表現。あなたも小説を書かれては?楽しいですよ。

・学生がんばってくださいというあなた。
はい、がんばります。がんばるも何も楽勝でしょうよ。長編小説を書くよりは、よっぽど楽で得意かも。

・好きな作家はというあなた。
うむ。キミは道行若葉マークさんですね。サイトを読めばあちこちに答がありますよ。探してみて。今はレイモンド・カーヴァーにはまってる。村上春樹は彼が原点。ご本人も認めておられるように。

・がんばってください、というあなたにあなたにあなたにあなた。
いや、とくにがんばらない。何をがんばるのかなぁ。ちょっとそれだけでは意味不明。あ、ごめん。冗談だよ、ありがとう。がんばるよ。

・右近の描く恋愛小説は綺麗すぎて理想郷。綿アメみたいというあなた。
うむ。相当な辛口批評でござりまする。(褒め言葉のおつもりかもしれないけれど) では、私が恋愛ものを書くときの基本的な考えを、というより恋愛に対しての考えを。“恋愛”というかぎりにおいては“綺麗なもの”でいいと思ってる。だってそうじゃない?綺麗だから恋愛。綺麗なうちが恋愛。人は何にでも理想を求めるように、私は恋愛小説に理想を求めて描きます。あるいは綺麗じゃなくなる前に物語を終らせてしまいます。

広い意味での人間としての愛、いわば“それでも愛する”といった“どろどろの愛”にたどり着くまでに、当人同士は“愛憎”の修羅場をくぐった関係になっています。そうなると互いの醜さや汚い部分もたくさん見ています。それらを越えてしまった愛を描くには、それなりの気構えで臨まなければなりません。それにはかなりのエネルギーを要します。そういうものを書き出したら、すべてを放棄して没頭しなければなりません。とうてい短編では書ききれないでしょうし、日常生活も人間関係も放って向かわなければなりません。今の私にはそこまでして取り組む覚悟はなく、それなら他のことにエネルギー費やしたいかな~なんて。うん。 

書くというと人は即、小説と思うようですが、右近の真骨頂と言っていただけるものがあるならば、それは小説ではないことを熱心な支持者の皆さんはすでにご存知のことでしょう。私にとって小説はあくまで“愉しみ”です。趣味と言ってもいいかな。ゴルフとか釣りとか、パッチワークとか絵画とかのように。趣味は楽しくなくちゃ。それに大人だってたまには綿アメ(関西じゃ綿菓子っていうよ)食べたいよね。あえて“綿アメ”書いてま~す。じゅうぶんに判っておりまする。甘すぎて後口がチョットと思う方は辛口の“ひとり言”や、右近が本気で文章を綴ってる随想などでお口直しをどうぞ。それとも苦めのcoffeeでもお淹れしましょうか?

今回は“ありがとう”というお言葉が多くてうれしかったです。読んでくださって“ありがとう”と私は思っているものだから。上で紹介の皆さん以外にも、たくさんの拍手と言葉をありがとう。以上、Web拍手からは送信者の皆さんのアドレス非表示のため返信ができません。よってこちらからいたしました。尚、全員の皆様が無記名のため引用をさせていただきました。あしからずご了承ください。 右近

よく降ったね。今日はいい天気。水仙がたくさん咲いたよ。チューリップも伸びてきた。春だね。さて相撲、相撲。荒れる春場所、今日はどうなるかな。じゃ、またね。

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