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2008年6月29日 (日)

降りましたね

右近庵では夜中に激しい降りになり、起きたときには(猫に起こされて午前7時、九時半と目覚め、11時に起きました)上がっていました。日中の蒸し暑さに猫達も涼をもとめて日陰で伸びて寝ていました。降るといって昼間は降らないやと思っていたら、午後6時半頃、ドザーッといきなりの雨。降りましたね。でも長くは続かず上がりました。今はカエルや虫が鳴く右近庵、夜は涼しいです。

さて、今日は何を話しましょうか。右近トークをなぜ休んだのか、また、なぜ雨右近で復帰したのか少し話しましょう。すでにお伝えしたように、私は自分の饒舌さにうんざりし、つまらないことを毎日喋っていることが情けなくなりました。古くからの皆さんはご存知でしょうが、最初のメッセージボードは内容も言葉遣いも硬いものでした。書き込んでくださる皆さんも緊張して丁寧に書いてくださいました。それはそれでカラーがあって好きでした。右近もまだじゅうぶんに謎めいていたし。

いつしか私は砕け始め、どうしようもなく砕けている状態になってしまいました。そんな喋りでも毎日楽しみだと言ってくださる皆さんのために、多少の使命感もありました。けれど、自分が100%楽しんでいるかといえば、そうではなかったと思います。私は喋る人より書く人でありたいんだ、なんて。待ってくださる皆さんには申し訳ないけれど、右近が楽しんで書いていなければ意味がない。そう思いました。それから今の自分には語るべきものが何もないという虚しさもありました。

3月末で右近トークを終了し、いろいろと考えました。喋らなくていい安堵と喋れない寂しさと、両方を感じていました。私は書く人間であろうとしているのだから、喋らなくてもいい。そう思っていたのですが、書くことも所詮は素人のアソビです。(もちろんそれなりに真剣ですが)何もそう鼻息荒げなくてもいいかと軟化し、いつかは喋りに復帰しようと考え始めました。しかし問題の“中身”です。つまり大切なのは私の中身なのです。どうでもいい喋りではなく、何か人のためにいいことを喋らなくては、シッカリした自分になってからでなければ喋ってはいけない。この気持ちが頭をもたげました。けれどもこれも、待てよ、シッカリした自分なんて、満足できる自分になんて、永遠になれないんじゃ・・。人は皆、未熟な存在です。未熟でもいいじゃないか、一生懸命でありさえすれば。そのことに気づいたのでした。

何でもかんでも喋りすぎたからいけなかった。じゃ、喋りすぎなければいい。どうやって? そうだ。雨の日だけ喋ればいい。 梅雨時分は雨の日が多いけれど、真夏や真冬はそうでもない。雨の日だけと決めていれば、雨が降れば雨好きはうれしいし、これをということが喋れるかもしれない。これは名案だ。と思ったわけです。それに雨の日は皆さん家に居られるかたが多い。憂鬱になっている人もいるかもしれない。退屈な人もいるかもしれない。私もお天気の日みたいに血気盛んにならずに穏やかに話せるんじゃないか。そんなところから“雨右近”となりました。今後ともどうぞ宜しくお付き合いください。

各地でずいぶん降ったようです。雨は好きですが、ほどほどがいいですね。皆さん、大丈夫でしたか。
あしたからまた一週間頑張りましょうね。私もまもなく提出です。
では、今から取り掛かります。頑張ります。おやすみなさい。

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