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2008年8月 6日 (水)

ひさびさの雨

やっと雨が降りました。昼過ぎから雷がゴロゴロ。大阪でも東の方では大雨になったとニュースで知りましたが、降るのかな降らないのかなという空でした。午後3時すぎ、やっと降りました。強い雨ではありませんが、カラカラの庭の植物や芝が喜んでいるようでした。30分ほどの雨でしたが、そのあと涼しい風が吹きました。南大阪では連日35度を越える猛暑でしたから、ほんとうに有難かったですね。今夜は涼しいです。

さて皆さん、今日は原爆記念日です。広島に原爆が投下されて63年目の日です。皆さんは黙祷をなさいましたか。その時間でなくても、あぁ、今日は原爆の日だ、多くの人が地獄の苦しみを味わい、命を奪われた日だと思いを馳せましたか。

近頃、8月6日が何の日か知らない人が多いそうです。もちろん9日もでしょう。嘆かわしいことですね。いつも思うのですが、唯一の被爆国である日本で、なぜもっと原爆に関することを教育現場で教えないのでしょうか。教科書に出てくるのは知っています。英語の教科書にも出てきました。しかしそれらの大部分は情的に書かれすぎており、ではこれから自分たちが何をすればいいのだろうというところまで踏み込んでいません。昨夜遅くNHK放映の「ヒバクシャからの手紙」という番組を観ていましたが、被爆された方々の切々たるお手紙に胸が痛みました。同時にいろいろなことを考えました。なぜこのような番組を深夜の人が眠る時間に放送するのかということです。いわゆるゴールデンタイムに放映すればいいではないか。そうすればもっと観る人が増えるはずだ。そう思ったので番組中のメールを募集していたのでそう書いて送りました。それと教育現場でもっとなぜ教えないのかということも。ヒロシマ・ナガサキの日は国民が黙祷を。修学旅行も最近では原爆の地へ訪れず、生徒をいかに遊ばせるかと工夫する学校も多いようですが、ヒロシマ・ナガサキを訪れることを各学校に義務付けてはどうでしょう。なぜなら63年経ってはいるけれど、現地へ行くと資料館で目にするモノに何かを感じるでしょうから。そういう私はまだ広島へ行ったことがありません。怖くてまだ行けません。沖縄もです。怖いというより辛くてまだ行けないのです。しかし長崎で見た黒焦げの少年の遺体、炭になったアルミ弁当箱、ひん曲がったラムネのビン・・。原爆の凄まじさを感じずにはいられませんでした。

親が子を、子が親を殺したとか、むしゃくしゃするから誰でもいいと思って殺したなど、そんなニュースに我々は驚かなくなっています。自殺者がうなぎのぼりだということにも耳が慣れてしまっています。なぜ、このようなことになったのでしょう。その原因を考えると、私は戦争を、原爆を教えなかったというところに行き着きます。命の大切さを学ぶ機会が無いのです。私たちは学校で戦争や原爆についていかほど教えられたでしょう。少しばかり教科書に出てきたところだけ表面をなぞる程度に教えられ、系統的な反戦教育を受けてきませんでした。戦争放棄は日本の誇ることですが、あとは教えなくていいのではなく、一貫して平和や戦争についての教育をするべきなのです。戦争責任を明確にしなかった日本、戦争を子どもたちに教えない日本。自由、自由と誤った自由が氾濫し、それが今の倫理観や道徳観の低下を招き、軟弱な人間をつくり、無茶苦茶な迷走を始めている日本を形成し、どうすることも出来なくなっている理由の一つだと私は考えます。自国を愛さない人は居ません。自国への熱い思いをオリンピックだけでなく、毎年やってくる戦争や原爆の日にも持たなければならないと思います。

私は「言葉屋」の3度目の校正にかかっています。文章はかなりよくなってきましたよ。(自画自賛) 「とび」との組み合わせはやめようかと考えています。あまりにもカラーの違うものなので。それじゃ何と? それがね、まだ未定です。まもなく科目履修テストがあるから、その勉強も今日から始めてるし、もしかしたら10月1日には出版が間に合わないかもしれません。試験は17日。それが終われば急いで組み合わせを考えてその原稿の手直しにかかります。道行考の中で自分が好きな作品をゆっくりと形にしていこうと思っています。capacityが狭くなったなと認めつつも、何をっと認めたくない私も居て・・・。がんばりまっす。

あなたは元気ですか。暑いけれどくたびれていませんか。あれやこれやと考えず、とりあえず今日することだけに全力投球。私は相も変わらず猫たちに手をやきながら、気楽に毎日過しています。はい、私も今日のことだけを精いっぱい。人生はその延長、このやり方で頑張ります。それではまた。 元気に毎日を過ごしてください。 右近

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