« 今夜は“危険なふたり“なんだって | トップページ | 追憶について »

2008年9月26日 (金)

ガラスの動物園

0926002 左の文庫本は初版が昭和32年、この本は昭和48年の21刷のものです。私が大学生&演劇研究生のときに買ったものです。こうして見ると傷みは判らないですが、中は茶色く変色しています。それに活字がたいそう小さいです。昔はみんなそうでしたね。値段はなんと、たったの140円でした。当時、コーヒー1杯が150円くらいだったかな。
私はこれからこの劇の主題についてのレポートを書くために、このなつかしい本をきのうから読み始めています。なんども台詞の稽古に使った戯曲ですから、筋書きはよく知っています。鉛筆でなにやら台詞を言うときの注意なども書き込んであります。その若い文字を見ただけで、劇団の練習場が頭に浮かんできます。この戯曲は“追憶の劇”と呼ばれていますが、私にとってこの文庫本はまさに追憶の本です。そして私の演劇や文学観に大きな存在となっていることを、読み返しながら実感しています。田島博氏の訳とあとがき、いいですね。

ところで、テネシー・ウィリアムズはhomosexualでした。パートナーが癌死するまで長年ともに暮らしました。その辺はアメリカでは進んでいるようで、実は今でもsexual minorityに対す風当たりはきつく、当時はもっと大変だったと想像できます。実際、彼は少年達の集団に殴打されるという目にも会っています。いつの時代も少数派は苦労がつきものです。しかし、芸術家にminorityの人が多いのは何故でしょうね。ちょっと分かるような気はしますが、この話はいつかまた。

ジュリー、よかったですね。ふくよかになってもやっぱりスーツが似合います。“海にむけて”という彼が作詞をした曲がいいですね。でも、あまり愛情が強いと、別れが来た時大変でしょうね。結局は“独り”なんだという気持ちもどこかに持っていないとdamageが大きいと思います。還暦になるとみんなそんなことを考えるのですね。パートナーの死。私はその点、身軽です。 また、瞳みのるや加橋かつみとの別れは今でも他のメンバーには心の痛むものなのですね。うむ・・。歌詞のとおり、いつかお酒でも飲めたらいいですね。私たち以上の歳になると、いま会っておかないと、という気持ちがだんだん強くなってくるものらしいです。ただ、“ロング・グッバイ”という題は、あまりに有名な同名の小説がありまして。村上春樹氏にも訳があります。でもいいのか、そんなことは。

私もときどき“会っとこうよ”という誘いを受けます。それって違う。会うことも会っておかないとではなく、会いたいから。それが基本でしょう。また会って楽しむことは両者の意思が一致したとき。それも大事かと思います。大親友は決してそんなことは言わないのだけれど。あれ、よけいなお喋りをしてしまいました。人はご存じないようです。どなたかと会いに出向くことや人を招くことが、今の私にどんなに大変なことかを。元気に動き回っていた頃の私のimageしかないのでしょう。仕方がないですね、それは。

私は治ったと大喜びし、庭仕事に精を出しましたが、それも束の間、きのうの夜からまた雲行きが悪くなってきました。これはいけないと思って今日は生理食塩水を作って吸入を繰り返し、薬を早めに使って安静にしています。もちろんマスクも外さずに。その日いちにちの日常生活を問題なくすごすこと。それを目標に体調管理に気をつけます。

昨夜は木枯らしのような風が吹き、強い雨が降りました。起きたときは上がっていましたが、午後3時半過ぎにまた降りだしました。今は上がっているようです。急に涼しくなってきましたね。皆さんもお風邪など気をつけてください。それでは、よい週末をお過し下さい。

|

« 今夜は“危険なふたり“なんだって | トップページ | 追憶について »

右近トーク」カテゴリの記事