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2008年9月29日 (月)

追憶について

「ガラスの動物園」は追憶の劇ですが、なぜウィリアムズは過去や現在ではなく、“追憶”というかたちを好むのでしょうか。ところで皆さんは追憶することはありますか。ありますよね。では追憶と過去の違いは何でしょう? 過去や現在は英語の時制のように、ひとつの独立した時間です。しかし追憶とは現在から過去を振り返ることです。過去時制だけでは追憶は成り立たず、現在時制だけでも成り立ちません。追憶は、過去に起こった事柄を、いま自分が立っているところから眺めることです。なんだ過去じゃないかって言わないでくださいね。違うのです。

人間の記憶とは実に曖昧なもので、ある細部は忘れ去られ、ある部分は誇張されます。人が追憶するとき(過ぎ去ったことを思いだそうとするとき)、そのことがらは情緒的な価値にしたがって形成されます。記憶は理性よりも感情にやどり、追憶が優位な位置を占めるとき、人は郷愁のようなものを持って過去を眺めます。ウィリアムズにとっては現実そのものの価値よりも、心の中にある情緒の価値の方が重要なのです。彼はこの情緒を再構成して幻想(illusion)を舞台で表現しようとするのです。過去と現実のあわいに揺れる“追憶”は喜びや幸せだけでなく、悲しみも苦しみも紗の幕を通して見ると美しく、詩的な世界となるのです。追憶、なかなか奥が深し・・。

むずかし?あ、ごめん。つい・・。作品論となると筋書きだけでなく、色々な角度から作品を分析しなければならない。それでずっと読んだり考えたりしています。とくに作者が追憶の形を選んだことについて。寝床からなかなか出られないけれど、幸い勉強できないほどではありません。 今日は一日じゅう雨でした。今もたくさん降っています。台風の影響で、右近庵ではしばらく天気の悪い日が続くようです。家猫、庭猫、猫達はみんな寝てばかり。外猫たちは大きなのが五匹も一緒に狭い猫ハウスで寝ています。(実はソレ、ほんとうは猫トイレの器です) まるで大きな猫団子。あんまり窮屈そうなので、もうひとつ出してやろうと思います。二匹と三匹に分かれて入れるように。

さっきメールをあけたら出版社の人から表紙デザインを四種類送ったとありました。明日届くかな。サイトに連載した時の表紙、けっこう好きなんだけど、どんなのが届くかそれも楽しみです。文字の大きさ、フォント、行間などはすべて決定。だんだん形になってくるね。うれしい。

まだ一週間は始まったばかり。天気の悪い所のあなたも、いい所のあなたも、みんなお元気で。それでは皆さん、風邪ひかないでね。さぁ、私は吸入、そしてマスク。雨なのに私は乾燥と闘い中。では、ごきげんよう。

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