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2008年12月

2008年12月31日 (水)

御挨拶

皆様にご愛読いただきましたこの「右近トーク」は、2008年の終わりとともに、本日めでたく最終日を迎えました。すべてのものには始まりがあり、終わりがあります。それらが無いものといえば宇宙くらいでしょうか。いえ、宇宙だっていつかは終わりがくるかもしれません。2003年6月に始めたメッセージボードから数えると5年半、ブログになってこの「右近トーク」に残る2004年10月からは4年余りの年月を楽しく語らせていただきました。

私からは皆さんのお姿が見えないものの、いつも私は皆さんときわめて近い距離にすわり、一緒にコーヒーでも飲んでいる目の前の人に語るような感覚で喋っていました。それは私にとりましてとっておきの心地いい時間であり続けました。読んでくださる皆さんにも右近トークが心地いい場所であってほしいと願いながら、それが果たせたかどうか分かりません。ときには失言もあり、弱音を吐いたこともありました。しかし寛大なお心で温かく見守っていただきましたことを改めて感謝いたします。

ブログ人口はうなぎ登りと聞きます。今や1000万を超えたとも言われます。「手軽に」「気楽に」ホームページをということで急激に広まったブログですが、それらの利点にはマイナス面もあります。言葉を「手軽に」「気軽に」出しすぎてしまうという欠点です。言葉を出すことは必要なことで大切なことですが、容易に言葉を出した結果、さまざまな弊害を生むことがあるのです。楽しく喋りながらも、私には簡単に言葉を出す自分をよしとしないところがありました。

私は書き手です。素人ではありながら、書き手たらんとする者です。そうであれば、私が本来居るべき場所に腰を据え、真剣に言葉と向き合うべきでしょう。身を削るように文章を綴るべきでありましょう。「平成道行考」および水無月右近ならびに安孫子 良を応援してくださる皆さんも、そのことを一番に望んでくださるのではないかと信じて疑いません。

悲しまないでください。嘆かないでください。右近トークを終了するからといって、私が語らなくなるわけではありません。「ひとり言」は不定期に更新を続けます。「右近通信」では何かお伝えしたいことがあるときに記事を掲載いたします。これからも私は皆さんに語りかけます。今後は何も語らないなど私の方が耐え難いことです。ただ、それが誰もが用いる話し言葉という形式ではなく、書き言葉になるというだけのことです。だって私はモノ書きだから。(とうとう自分で言いました)

そういうわけで私は“母屋”の「平成道行考」へ帰ります。しばらく母屋を留守がちにして居心地のいい“離れ”ばかりに住んでいましたが、母屋だって手を入れて大事にしなければ朽ち果ててしまいます。母屋の居間で私はときどき「ひとり言」を書き、それよりも長い時間を小説を書くことに費やし(Webでの中長編の連載は無いと思いますが)、ときには詩も書くかもしれません。しょっちゅう喋っている私は詩を書いても気恥ずかしくて掲載できなくなっていましたからね。とにかくこれまで以上に本気で原稿用紙と取り組みます。

皆さん、親愛なる「平成道行考」閲覧者の皆さん、どうか私の我がままをお許し下さい。体力の衰えとともに、私は同時にいくつもの事ができなくなって参りました。したいことは山積みではありますが、それらの事柄に優先順位をつけ、私の体力で可能なこと、最も皆さんに望まれていることなどを条件に絞り込み、いくつもの中から精選したことに励みます。

皆さん、親愛なる「右近トーク」閲覧者の皆さん、私がここで語らなくても寂しがらないでください。語らなくても私はいつも皆さんのことを想っています。皆さんがいつも私の拙い言葉や文章を待ってくださると感じ続けています。だって私たちには絆ができているのですよ。それはとっても強く、この先も切れることなど無いほど強いものなのです。

あなた、「平成道行考」を「右近トーク」を愛し、水無月右近に安孫子良にお心をかけてくださるあなた。どうぞ安心してください。それらすべてはさしあたって滅びません。あなたが寂しいと感じないために、右近トークはこのまま置いておくことにいたします。あなたが日本のどこに居ても、世界のどこに居ても、私の言葉があなたのそばに居られるように。

ありがとう、皆さん。ありがとう、あなた、あなた、あなた、あなた、あなた、あなた、あなた、あなた、あなた、あなた・・・・・。晴れた日も雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も気持ちいい春の日や秋の日にも私はあなたに待っていただき、あなたに支えられて幸せでした。あぁ、ほんとうに私は幸せ者だ。もう一度、心をこめてありがとう。そしてこれからも。

        2008年12月31日

                      水無月右近&安孫子良

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2008年12月30日 (火)

ごめんなさい

しまった! 日付が変わってる!ごめんなさ~い、皆さ~ん。

「ひとり言」をUPしたあと、遅い時刻に久々に帰ってきた次女とお茶を飲んで話すうち、ウッカリ時間が過ぎてしまいました。Alas!あぁ、わたくしとしたことが・・・。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 絶対に一日も休まずに出てくると皆さんにお約束したのに、最終ちかくで大ドジをやってしまいました。Alas!(悲嘆の感嘆詞です。「あぁ、悲しや!」。Alas!)

わたくしは嘘やごまかしが嫌いであります。しかし、しかし、横のカレンダーの30日だけが色が変わらないのは耐え難く、今まで一度もしたことの無いインチキをすることにいたしました。気がついたのは30日から32分過ぎた31日の午前0時半過ぎ。本当は今年最後の日に入ってしまっていたのに、「日付を指定」というココログのツールを使って1時間だけ時間を戻して書かせていただきます。どうか拙者のこの不正を何とぞお許しくだされぃ!Alas!(和洋折衷になってるョ)

ダメですね。近頃うっかりが多くて。ごめんなさい。許してね。普段どおりではない何か別のことが飛び込んでくると、ついうっかりが出てしまいます。あぁドジだ。もう、いいじゃないそんなこと、「ひとり言」だって書いたんだし。(あなたのお優しいお声だ!) アリガトウ。(ノ_-。) 今日の(そう。私の30日は実質31日の午前5時くらいまでなんですよね)「ひとり言」でも書きましたように、私はぼんやり、うっかりが増えまして、娘達が心配をしております。そうなんですよ。この一年、右近は生傷が耐えない体で疾走していたのです。今だって肩が痛いよ。しんどいよ。<Stop幼児化!>でも怪我しながら包帯や湿布だらけでもきっと書いているでせう。ちょっと何か飲んでくるね。

<「赤ちゃん番茶」(コレは右近がふだん飲む番茶)で、いなり寿司と巻き寿司各一個を台所で食べた右近、ふたたび下手より登場>

いよいよ押し詰まってきたときに私のように呑気に喋っていていいのでしょうか。でもね、今日は少しだけ動けました。30分動けば30分休むという具合だから、何をしてもはかどらないけれど、動こうとする意思は尊重してやりたいですからね。動いていてすぐにしんどくなり、腰をおろすとホットする。まだ疲れがとれとれていないね。ステロイドも足りないんだろうと思うよ。でも今の量をkeepする。そう、死守。

私は自然治癒力を信じています。生き物には本来、自身の力で快復する力をもつと考えます。もちろん私の病気は不治で治癒することはありませんが、だからといって安易にステロイドの量をふやすのがいいとは思いません。ふやせば楽に体が動き、精神も高揚することは病気の急性期に経験しました。しかし、万能薬といわれるステロイド剤は、効き目があればそれだけ副作用もあるということです。実際、私もいくつもの副作用が現れています。副腎から出すホルモンを手助けするこの薬、多く呑めば私の副腎はサボって、もっと働かなくなるかもしれないかと思うため、ギリギリの量で維持しているわけです。最小限度の量でね。

「最少」を英語で言うとminimum。略するとmini。近頃はやりの“Maxだ”という語の反対語です。このmaxという単語、略さずにいえばmaximumです。複数はmaxima。単数の語尾がumで複数がaになる単語は皆さんもいくつかご存知かと思いますが、パソコン用語にもあるdata(データ)もそうですね。あれは複数形なのです。単数系はdatum。単複で語尾がこのように変化するのはラテン語のなごりです。「最大」ということが言いたい若者語も「オレmaximumだよ」とサラリと言えば他の人と差をつけられてカッコイイかもしれないね。2つ以上のことがいっぱいいっぱいなら、「オレmaximaだよぉ」と言えばいいわけです。

と、こんなふうに私はセンセイ時代によく脱線しましたが、その脱線の話がウケたものです。ときどき脱線しすぎて本線が分からなくなり、「ところで私はなぜ今この話をしているんだっけ?」と生徒に尋ねることがありました。「それは何々からこうなってああなってセンセイは今その話をしているんです」と、たいてい誰かが教えてくれたものです。「そうだった、そうだった。ありがとう」と私は言ったものです。皆で考えてもモトが分からず、授業そっちのけで全員でしばら~く考えたこともありました。「あ、そうや!」と誰かが突然思い出してと説明してくれ、皆スッキリして授業に戻ったこともありました。というわけで、ふたたびこれも脱線からの脱線でした。(^_-)-☆

さていよいよ大晦日。すぐに疲れる右近ですが、あしたは娘に庭のサトイモを掘らせて、煮ようと思います。お正月用に初夏から植えているサトイモです。植え方を間違ったために、種芋は一つしか芽が出ませんでしたが、はたして地中にはいくつのサトイモが埋まっているでしょうか。楽しみだな。(^.^)

寒くなるようです。その寒さは続くとのことです。皆さん、暖かくして用事をなさいませ。それでは明日、またお会いいたしましょう。

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2008年12月29日 (月)

こんばんは、右近です

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めったに出かけなくなった私ですが、先日、小1時間ほど用があって出かけました。車ですぐのわがK市の中心部まで。と言ってもさびし~いK市。駅前というのにXmasイルミネーションひとつありませんでした。省エネに徹しているのはいいことではありますが。

この日はおnewの黒のトレンチを着ました。紫のマフラーはHiroshiのもの。エンジのタートルにpantsはグレーの縦縞。帽子は茶系統でバッグとブーツは黒。こんばんは、右近です。お久しぶりです。

お久しぶりと言えばブログの「猫」でも誰かが“お久しぶりです”と言っていますよ。のぞいてやってくださいね →→→
では、あとでまた出てきます。ちょっと何か飲みたくなったよ。紅茶かコーヒー。

〈右近ふたたび下手より登場。ミルクティーと煮りんごが入った器を手にしている。〉
まるで劇のト書きみたいな形で再開です。さぁ、何を話しましょうか。今日とってもうれしいお手紙が届きました。私から本を買ってくださるかたからです。「言葉屋」の感想や、私の書くものが好きだと書かれてありました。たいしたものはまだ書けませんが、本にするまでにはそれなりにパワーを要します。そのときは夢中で分からないけれど、終わってドッと疲れが出ます。でも、こんなうれしいお言葉をいただいたときは疲れが吹っ飛ぶような気がします。書いてよかった。本にしてよかった。そう思う瞬間です。言葉で伝えることの大切さをあの小説では書きましたが、言葉で伝えていただき嬉しいです。

ここ一年ほど前から、私はネット上で文を掲載することと、本にすることについて考え続けてきました。どちらの手段にも特長があります。それぞれに利点とマイナスの部分を持ちます。何でもそうですね。どちらか一方が絶対的にいいというのではなく、個人が必要度にあわせてこれらを併用すればいい訳です。ところが私から見て、世の中ネット人間の方が多くなってきたように見えます。そんな時だからこそ、本のよさを見直してほしいと考えます。もちろんネットにはその良さがあり、伝えたいことの方法と手段を選んでうまく使い分けていきたいと思っています。

「言葉屋」は若い人にも読んでもらえるようカナフリを多めにしました。それから、書店で求め安い価格に抑えました。一握りの右近支持者の皆さんはもとより、書店で様々な年齢層の人びとに手にとっていただき、言葉について、本について、マジメに生き方を考えることについての私からの提言が、おひとりでも多くの人に伝わってくれたらと思っています。今はやりの小説とはちょっと違うタイプの内容や文もあるのだと、気づいてくれる人が居ればうれしいな。

では、ここでしか聞けないウラ話をひとつ。「言葉屋」がひらめいたきっかけです。(いちどお話ししたと思いますが)Hiroshiの没後、線香や蝋燭の戴き物が増えて困っていました。お寺に寄付しようと整理していたところ、「蜜蝋」と書いた箱がありました。蜜蝋、みつろう、ミツロウ・・・。この四文字の音の響きがとても気に入りました。蜜蝋の蝋燭を立てて街角に坐っている人物が思い浮かび、2~3日後に書き始めました。っていうことは、もしかしたらあの話はHiroshiが書かせてくれたってこと?

いよいよ押し詰まってきましたね。明日はおせち作りのかたもおられることでしょう。私ですか? 何かは作ろうかと思っていますが、それも体調次第ですね。明日は「ひとり言」をアップできると思います。それでは皆さん、お忙しい暮れです。お気をつけて。

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2008年12月28日 (日)

思いつくまま

こんばんは、右近です。とご挨拶するのもあとわずかです。ちゃんとしたことを毎日喋ろうと思いながら、いま私のアタマは空っぽのようで何も気の利いたことが浮かびません。映画漬け、焼酎漬けの毎日です。(そんなことやってないで何か書けば?)そうだね。そうすればシャキッとするかもしれない。(笑) 体は動かないし、元来の映画好き。毎日観てる。時には一日に2本観る。アルコールも何ヶ月か我慢してたから久しぶりに楽しんでる。

春からの禁欲生活で、いろいろなことを抑えてたけれど、その間は今までの自分とは違うヒトになってた。性格まで変わっていたように思いますよ。あのままいっそ坊さんへとまっしぐら、というのもよかったかもしれない。ヒトもモノもシャットして、見えてくるものがあったね。それは何って? そうだなぁ、ここでは書ききれないからまた「ひとり言」にでも。ひとり言、ひとり言ってちっとも書かないじゃない。そうだね。ごめん。では、今夜あたり書いてみましょうか。片付けも料理も体がいうこときかなくて出来そうにないし。

で、今日は何を話せばいい? じゃ、“自分のことを話すこと”について話そうか。結論から言えば、ここ2、3年ほど前から、自分のことを話すことの意義を見出せなくなっていたよ。自分のことを話して楽しい、聞いてもらって嬉しい。そういう時代を過ぎたんだろうね。むしろ個人的なことなんか、こと細かく人に話すことじゃないし、話しても仕方がない。

私はコレがブログという形式ではあるけれど、いわゆる「ブログ日記」的なものだとは思っていないし、そうはしたくないと思っていた。私の中ではそれは自分のノートに書けばいいことであって、何も人様にお見せしなくてもいいものだと思ってる。だから、いつも皆さんに話しかける形で喋り続けてきました。それが右近トークの特徴かな。

猫とはたびたび話しますが、人とまったく話さない日も多い私には、ココで喋ることはその日に唯一人間に話す場だった日もたくさんありました。その意味において、人と接する場所は重要だったと思います。それがなくなると私自身に少し変化が起こることはじゅうぶんに想像できます。言葉を出していた分を、書くほうへのエネルギーにできればいいのですが、いっそう世間から孤立し、悪い方へと向いてしまう可能性も大いにあります。つまり閉じこもってしまうかも。けれども修行と考えればそれもいいかもしれません。(笑) ま、どうなりますやら、やってみないとわかりません。(ちょっと待ってね、一度アップするね。時間がかかることがあって日付が変わってしまうから)

O.K。じゃ、続き。つまり、こうして言葉を出していることは、私にとって相反性、英語で言うambivalenceっていうのかもしれないと思ってた。反対の感情や価値を持っているのかもしれない。しかし、書くことだけに限れば、やっぱり溜めて溜めて寡黙になって、もうダメ!というくらいまで書きたい熱や欲望を高めて書くのがいいのは確実なことでね。恋と似てる?そうかもしれない。(笑)

あ、右近、また揺れてるって?そうじゃないよ。ブレない右近がブレにブレた右近トークだけど、もうブレない。何ごとも退け時が大事だけれど、時期を逸した感も無くは無い。だいたい皆さん、私の話なんかどこが面白くて毎日読んでくださったのかなぁ。なんにも特別なこと喋ってなかったように思うけれども。たくさぁんたくさぁん居られるブロガーでなく、なぜ右近なのかなぁ。いたって単純な生活をしていて、猫か花か野菜か、何をしたとか作ったとか。たまにイカっていることもありましたね。 (笑)

でもこんな人居ませんか? あ~ぁ、このヒトしゃべらないほうがいいのにぃ、黙ってたほうが謎めいてずっとカッコよかたのにぃ、という人。そしてまた黙ると決めて、あ~ぁ、よかった。このヒト書いてるだけのほうがよっぽどいいから良かった良かった、という人。(笑) そういうご意見もちょっと嬉しいかな。 読み物がお好きなかたはソッチ派かもしれないね。

いずれにせよ、今回は以前から考えていたことで、なかなか踏み切れなかったワケです。この決断には単純に「書きたいから」だけではなくて、つまり、あのぉ、そのぉ、いつかまたゆっくり書いて伝えます。すべてのものごとは様々なことと絡んでですねぇ・・。うむ。また書きます。しかし私自身も4年間も喋っていて、ピタリと辞めたあとの自分がどう変わるか、とっても楽しみなんですね。

やりたいことはたくさんあります。とりあえずは右近庵でできることを愉しみます。予定では、今の生活はあと数年で、その後は大きく変わるかと思います。(のつもりです) 体が動けなくなってしまう前に、まだ行きたい所、やりたいことがあるのでね。右近庵を娘に引き継げば晴れて自由の身となり、私はその日を待ち焦がれています。私はとても旅が好き。欧米にはもう興味はなく、日本の原風景を求めて旅をしたり、アジア諸国へも行きたいです。何もかも未定ですが、猫たちのことを一番に考えて今後のことを決めていきます。

そんなこと言って、ずっと書いてくださいよね。はいはい、ありがとう。食べることより眠ることより、書くことは楽しいばかりじゃないけれど、映画より読書より音楽より好きであるかぎり書いていると思いますよ。それに私には皆さんという読者が居てくださる。これってプロだろうとアマだろうと、とっても幸せなことなんです。ほんとうに感謝しています。書くエネルギーになってるよ。あ、そうそう。作家を集めて掲載しているサイトにこんなの発見。“安孫子 良(純文学作家)を(リストに)加えました” うわっ、じゅ、純文学作家ぁぁぁぁぁッ!(ホホ染めて、ひゅ~んと小さくなった右近)

やっとオチらしき形になりましたところで、おあとがよろしいようで。年賀状まだの人、早く、早く。大掃除まだの人、がんばれ~。おせち作りの人、がんばれ~。お仕事の人、がんばれ~。帰省する人、がんばれ~。旅行する人、楽しんで~。さて、ワタクシはっと。なんにもしないしドコへも行かないから、原稿用紙でも出してくるか・・・。それでは、おやすみなさい。

 

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2008年12月27日 (土)

「赤い蝋燭」

私は蝋燭が好きです。子どもの頃、停電すると母が蝋燭をつけ、その灯りがとても好きでした。なかでも和蝋燭が好きです。

私は当サイトにもリンクしている「青空文庫」をよく利用します。昨夜もいくつかの小説を読んでいましたところ、新美南吉の名を見つけて開けてみました。お子さんがおられるかたはご存知の「手袋を買いに」の作者です。その物語は小学校低学年の国語の教科書に出てきますね。彼の作品の最初に掲載されている「赤い蝋燭」という題名に目がとまりました。〈蝋燭といえば小川未明にも「赤い蝋燭と人魚」という名作がありますね。〉さっそく開いて読んでみましたら、おもわずニッコリしてしまうような小品で、蝋燭の炎で心が温められるようでした。不況の師走、重苦しい世相ですが、皆さんもこのお話を読んでほっこりしていただこうと青空文庫さんからご紹介させていただきます。どうぞお読みください。

 「赤い蝋燭」 新美南吉 作 ↓

http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/627_13466.html

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2008年12月26日 (金)

縁〈えにし〉って

不思議ですね。65億といわれる世界の人口。その中で私たちは巡り逢ったのですね。それは凄いことです。それは蜘蛛の巣みたいに張り巡らされたnetのお蔭です。そして私たちは出逢ったわけです。残念なことに私からは皆さんの姿が見えないのですけれど。 これもきっと縁というものですね。私がHiroshiと「平成道行考」を立ち上げたこと、どこかで皆さんが見つけてくださりお越しくださったこと。そしてこうして言葉を出し続けてきたこと。なんだか不思議な気がします。私は時々、当たり前のことを感動すると言われますが、でも、やっぱりこの縁は凄いことだと思います。仏教的には巡りあうべくして巡りあったということになります。皆さんと巡りあえてよかった。

「右近トーク」を終了するだけですが、まるでサイトが終わるように思われているかたがおられるかもしれません。(それは私か) そうではありません。だって、まだ私は「ひとり言Ⅱ」を途中までしか書いていません。時間がかかっても終わりまで行かないとね。喋らないぶん、きっと書きたい気持ちはつのると思います。そうだ。ここで「ひとり言」の正しい読み方をお教えしましょう。

私は「ひとり言」の文章を思いつくまま書いています。構成ナシ、校正もナシ、推敲ナシです。その段階でUPしてしまいますから、コーヒーでも飲んだあとに画面から見直すと、おかしなところをいくつか発見します。誤字脱字や重複、論理がヘンだとか、詰めが甘い、落ちが弱いとか。そういう点を皆さんが眠っている時間帯に直すことがよくあります。(だってその時間に私のアタマは冴えている) したがいまして、newマークがついてすぐに読まれた場合、文章がイマイチのときがままあります。それでも早く読みたいと思われる方はどうぞ。そのかわり、翌日にもう一度読んでくださいね。改善されている点があると思います。ま、「ひとり言」はひとり言なのですから、こだわらなくてもとは思いますが、文章であることに変わりなく、これも納得いく形での掲載を心がけています。前日とどこが変わったか探してみるのも面白いかもしれません。

今日は年賀状を出すことができました。\(^o^)/ 生徒達には「夢の平積み実現!」とか「ぜったい買ってね~」とか「シロウトもの書きとして先生はまだ現役です」とかいろいろなことを書きました。今年貰った年賀状の、彼ら彼女達の可愛い子どもの写真を見て、思わず頬がゆるみます。生徒達が社会で家庭で立派にやっている様子を知るのはうれしいことです。「あなたが幸せでうれしいです」と何枚にも書きました。

さぁ、明日からは何をすればいいのかな。あまり動けないけれど、少しは片付けないとね。ほんとはなんにもしないで書き始めたいけれど。 どうしても常識人の私がブレーキをかけてしまいます。皆さんは私など比ではないほどお忙しいことでしょう。頑張ってください。師走の町は危険がいっぱい。いろいろとお気をつけて。それでは今夜はこの辺で。少し雨が降りました。おやすみなさい。

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2008年12月25日 (木)

年の瀬に突入

イブとクリスマスの今日が過ぎれば、一気に年末モードに世間は一変、ジングルベ~ル♪から、もーいくつねると~♪にBGMも変わります。さぁ怒涛の年末です。私は先ほど年賀状をすべて刷り終え、ひと休み。ミルクティーを飲んでいます。 一日に私が飲むものは紅茶とコーヒーがほとんどで、日本茶よりも圧倒的に多いです。日本茶は食後に飲むくらい。紅茶もコーヒーもカフェインが多いし鉄分を毀すとも言われていますから飲みすぎるのはよくないのですが、もう習慣でダメですね。飲み物だけイギリス人&アメリカ人。もちろん日本茶も中国茶も、あらゆるお茶は好きですが。

さて昨夜はWham!の歌を楽しんでいただけましたか。 こんなイミだったんだ、へぇ、ほぉ、ふぅんと思われた皆さんも居られたのでは? ネット上では和訳を探している人たちたくさんがおられ、和訳を掲載している人もいます。訳しているのは塾のセンセイが多く、それならモト英語塾のセンセイの右近も参入というわけで右近流の訳でした。私は授業に英語の歌を取り入れていたので、クリスマスシーズンには必ずこれを歌いました。みんな完全に覚えてくれて一緒に歌って楽しみました。今でもあの子たち、きっとまだ歌えるだろうなぁ・・。

Wham!は幼なじみの同級生のDuoですが、あれだけ大ヒットを飛ばしながら4年で解散してしまいました。若い頃の詞は彼らに限らず恋愛に関することが多く、“ケアレス・ウィスパー”もそうですが、歌詞はまだそれほど深いものではありませんね。そのことはBeatlesにも言えることです。人生を歩きながら歳を重ね、人間に重みが加わっていい歌詞ができるのはどの歌手にも共通です。しかしなんてったってメロディやリズムがいい。抜群のセンスです。

さて「雨右近」から懐かしの「右近トーク」に戻しました。今日から最後の一週間を、一番ながい間みなさんに親しんでいただいたブログに戻しましょう。最初まで戻ってごらんになればお分かりですが、このブログはHiroshiの没後2ヵ月の2004年10月にメッセージ・ボードでスタートしました。(2003年6月~2004年8月のメッセージボードは残念にも失われました) その後、Niftyの変更によりブログに移行、その後もみなさんに可愛がっていただきまして2008年の12月まで続けることができました。この「右近トーク」になった2004年10月から今日まで4年2ヶ月続きました。その間、今春の4月、5月の2ヶ月間は休ませていただきましたから正味丸4年、長いですね。

振り返れば喋りに喋ったりという感があります。もしかしたら道行考のメインコンテンツは「右近トーク」だったのかなぁと・・。(笑) もちろんブログなので独立はしているんだけれど、広める気もなければ、どこからでも誰でも自由に入っていただきたい訳でもありませんでした。私は世間全体に向けて発信しているのではなく、常に「平成道行考」のお客様にだけ向けて話しかけてきました。皆さんのためのコーナーでした。面識のある方々と、はるかに多いと思われるお会いしたことの無いあなた。そうです。それら道行考を愛してくださる皆様のために未熟な私は語り続けました。

ひとことで言えば「楽しかった」、その言葉しか浮かびません。皆さんに可愛がっていただきながら、やっぱりやっている本人がいちばん楽しんでいたと思います。しかしここ数年、喋りすぎることへの危惧は常に私に付きまとい、これではいけないと考えるようになりました。それは書くことと話すことの種類の違いから起きる思考形態と関わることで、私が最もしたいことである書くことを考えれば、常に言葉を出している状態は好ましいことばかりではないと分かってきたのです。

いま私は長編小説のいくつかのテーマを温めています。それらがすべて小説にできるかどうかは分かりません。とりあえず自分の中で今が旬。そう思えるものから書き始めたいと思います。とイイカッコ言いながら、一方では書くことをいつか辞めるんじゃないかとも思ったりします。それは書くことよりも熱中できる何かが与えられた時のことです。先のことは誰にも何も分かりません。とりあえず今は書きたい気持ちはあるので、書ける態勢に自身を持っていくつもりです。

書くとは良心を書くこと。誰かがそう言っていました。私も同感です。面白いことは大事なことですが、ただ面白いだけではなく、社会性をもって何かを訴えることができる内容のある文章。そんな小説を目指したいと考えます。映画・演劇、小説や読み物など物語は娯楽の範疇にまとめられるものですが、娯楽であってもその中に何かを観る人や読む人に気づかせられたらと創り手は思うものです。それを目指したいですね。

人のために何ができるか。私はそのことを考え続けています。体は弱る一方ですが、まだできることはあるはずです。それは書くことかもしれない。そう思うかぎりにおいては、とりあえず書いてみたいと思っています。体が動かなくても坐れさえすればできること、いつだって決して嫌だと思わないもの。私にはそれが書くことなのです。喋ることではなく。お喋り右近は、ひとりで黙する時間も大好きなのです。

あれれ、ミルクティーが冷めちゃった。マジメな話になっちゃったね。なんとなく“名残りおしモード”になっているのでしょうね、わたくしは。しかし、もう私はブレません。人びとが忙しいこの年の瀬に、私は一日一日を大切に、残りの日々をこの場で喋らせていただきます。どうか最後までよろしくお付き合いください。

では今から年賀状に“ひとこと”を書きます。全部書くには朝までかかりそう。頑張らないと。あした投函しなければ。風がゴウゴウ、雨戸がガタガタいっています。今夜は寒いのでしょうが、あまり感じません。やることがあると私は感覚が鈍くなるようです。それでは皆さん、またあした。

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2008年12月24日 (水)

“Last Christmas ”の和訳

Last Christmas

          sung by WHAM!  訳 右近

Chorus

去年のクリスマスに

ぼくはハートを捧げたのに

君ときたら翌日にその想いを投げ棄ててしまったね

そして今年のクリスマス

涙なんか流さないために

ほかの誰かにハートを捧げたいものだ

ひどいめに会わされ恥もかいた

だからぼくは距離をおいていたんだよ

だけどやっぱり君はぼくの目を釘づけにする

おしえてくれよ

ぼくがここから見ていることは分かってるんだろ

そうさ  あれからもう一年さ

そんなことは驚くことでもないけどね

Happy Christmas

ぼくの想いはきれいに包んでリボンをかけて贈ったね

「愛しているよ」の言葉もそえて

ほんとにぼくはバカだったよ

だけどもし君が今ぼくに口づけてくれたなら

きっとまた君にだまされてしまうんだろ

Chorus

ここは人でいっぱいだ

みんな疲れた目をしてるよ

ぼくはここに隠れているんだ

君とそして氷のような君の心から

なんてことだ ぼくってなんだったのさ

頼ってくれて信じてくれてると思ってた 

ぼくは君が泣くのに貸してあげるただの肩だったんだね

燃える想いを秘めた男の顔

君はそれを引き裂いた

だけどぼくは本当の愛が何かを知ったんだ

だから君なんかに二度とだまされないからね


Chorus

燃える想いを秘めた男の誇り

君はそれを引き裂いた

たぶんぼくは来年のクリスマスに

熱い想いをきっと誰かに捧げているからね

あぁ、だけどぼくは君から隠れてここにいるんだ・・・

http://jp.youtube.com/watch?v=Wi4IFYOdJfo&feature=related

http://jp.youtube.com/watch?v=k9lpNt4nA5s

 曲はこちらです。↑
ワムのアルバムジャケットと、福岡のクリスマスシーン<歌詞付き>の2種です。ワムファンのかたは上を、歌詞とイルミネーションが見たいかたは下をクリックしてください。Let's sing together! 
 それでは皆さん、ステキなクリスマスを。

                      右近

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2008年12月23日 (火)

地味な年賀状

1223001_200 今年は母のこともあるので、地味な年賀状にしました。日本語での祝詞を避けて英語でサラリといきました。ペンを置いている上の空白には“ひとこと”を書きます。親戚には出さないので、例年の半分くらいの数です。ご覧の通り年賀状というより本の宣伝です。ここ四年のうち三年はこんな賀状を出していますね私は。

本の表紙がきれいに出ました。やっぱり新品はキレイ。今までのPIXUSは2004年にHiroshiが買い替えたもの。私の場合、プリンターを酷使しますが、よく頑張ってくれました。HP掲載や投稿となるとフル稼働でした。文字は今でもきれいに出ますが、画像に問題が出てしまい、買い替えとなりました。これから写真で遊ぼうと思っているので、新しいPIXUS君にも加わってもらいました。もちろん古い方もまだまだ文字を刷り出すのに働いてもらいます。

と、こんな話はつまらないね。今夜はちょっとほろ酔いでね。あしたのイヴには何か皆さんが喜んでくださることをいたしましょう。右近庵はキリリとした冬の寒さです。昔の寒さはこんなだったなぁと思える一日でした。それでは今夜はこの辺で。

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2008年12月22日 (月)

私はいったいどっち?

私の数少ない著書ですが、先の「透けてゆく人」は急に上位に上がっていました。売れてないのに何故でしょう。近頃アマゾンさんで分からないことだらけです。新品の在庫はアマゾンでは1冊だけのようですが、もう少しあるのかなぁ。私がマーケットプレイスに10冊出品していますが、ちぃとも売れません。今日、送料も切手で返還と書き直しておいたので、どこかの誰かが注文してくださるとうれしいなぁ。

中古が出ているのは珍しくないのですが、今日見た中古には笑ってしまいました。どなたかの出品で、コメントにはこんなことが書いてありました。○様という最初の購入者の名前と、著者名、つまり安孫子良、それから水無月右近の名もありとか。ふぅむ。私は最初に買っていただいた○様という一文字の苗字の方を存じ上げません。知人、友人が売ってくれ、依頼されるままにサイン(というほどのものではなく、ただ名前とひと言を書いているだけですが)を書きました。ですから私と面識の無い方が仕方なく買ってくださったのだと思います。でも驚いたことに、そんな落書きみたいなものがある古本でも1000円で売れるのですね。 そのことに驚いたものだからこの話をしました。ふぅん・・。笑

それから、「透けてゆく人」は今日は「Lの世界」というアメリカのテレビドラマのDVDとドッキング。この本を買った人はこんなモノも買います、というふうに。アメリカ人女性達がスラリとしたオミアシを並べて意味深に立っておられます。あのドラマは話題になりましたね。私は観た事が無いのでコメントできませんが、女性同士のLe○○○anを描いたものというのは、おしなべて感心できないものが多く、それらによって世の人びとの誤解を招くことが多いと私は考えます。男性諸氏からは別の興味をもって見られたりもします。男性社会であるがゆえ、そういうことを真面目に発信していくことが難しいのですね。(女性同士の愛をカタカナ語で表現したくない理由は、その言葉が持たされてしまったよけいな意味をも思わせるのを避けるためです。)

「透けてゆく人」を出してから驚いたことは、大方の見方が“ユリ小説”というもののようであることです。あれは女性同士の愛、つまりLe○○○an小説なワケですか。ほほぉ。戸惑いますね。私はそうい狭い区分で書いたつもりはなかったものですから。あの小説で最も描きたかったことは性同一性障害と膠原病のことでした。それらの中で純粋な愛を育てるリュウとナオコを女同士と強調せず、人間として描いたつもりです。ナオコを愛するリュウの性自認は男であるとはっきり言わせているにもかかわらず、やっぱりそうなるのですね。ふぅん。ふぅん。ふぅん。

しかし、いつも言っていますように、作者というのは書いている最中に一番楽しんでいるのでして、一旦作品を世間に出してしまえば、読む人に預けてしまいます。ですから、どんな解釈をされてもそれは作者の知るところではなく、読み手によっても作品はいろんな場所に位置づけられます。どうしてもリュウは女性達の愛を描いた本やコミック、DVDとドッキングさせられてしまう運命にあるようです。リュウは喜んでいるかもしれないけれどね。

それにしても「透けてゆく人」の安孫子良はLe○○○anを描いているからオンナ、「言葉屋」の安孫子良はほとんどの書店やWeb書店で“男性作家”扱い。いったい私はナンなのでしょう。自分ではどっちだともひと言も言っていません。世間が勝手に決めてくださる。私は性の仕切りを取り外して生きていますから、どっちでもないのですけれどね。そしてどっちでもありますが、そんなことはどうでもいいのです。少しでもイイものが書きたいだけですからね。ただ、方々で感想を見かけましたが、どうしてもストーリーについてや泣いたというものが多く、深く読んでくださった方々は居られたのだろうかと考え込みます。

しかし世間とは、いやはや・・。私の性別を好きに決定してくださる。面白いといえば面白く、コワイといえばコワイですね。本人の意図なく性別が決められる。やっぱりこれは面白いですね。ところで皆さん、「言葉屋」のミツロウは、いったいどっちなのでしょう? 男?女?正解はあなたが決めることです。道行考を知らなくて本を読んでくださり、作者が何者か知りたい人は、どうぞ「平成道行考」へ。Welcom!スミズミまで読めば、だいたい作者の姿は見えてくると思います。貼りだと。

私は今日は先月に届いていた新しいプリンターをやっと設置しました。さて、今から年賀状(というかほとんど本のお知らせ)を刷ります。昨夜はあれからひどい雨になりました。今夜は冷えますね。明日はお休みの皆さんが多いことでしょうが、人が楽しむときに忙しい皆さん、どうぞ頑張ってください。それでは今夜はこの辺で。

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2008年12月21日 (日)

何を話そうか

Deji_100 残り少ない日々を、何を話そうか。なるべ有意義なことを話したいと考えつつも、ココログをひらくと気ままなお喋りになっています。それでいいよね。だってココは誰もがくつろぐ場所だと思うし。それで、さっきから気になってる、左の小さな画像? あぁ、これね。今から話すよ。皆さん、コンパクトデジカメで写真を写すでしょ。そのときですが、左手はこのようにしてカメラを持ちましょう。そうすると手ブレしません。よく写真を撮っておられる方の手元を見ると、たいていカメラの両端を並行に持って写しておられます。その構え方ではシャッターを下へ押すので、そのときに両手のバランスが崩れて手ブレが起こりやすくなります。左手の親指と人差し指で直角を作り、そこにカメラを載せると安定し、シャッターを押したときもカメラ本体が動きません。右手首にはストラップをかけて落下防止もしてください。一度お試しください。こうすると、とっても撮りやすいですよ。「言葉屋」の表紙の蝋燭もこうして撮りました。ブレない右近の手ブレ防止撮影法。

なんでちっちゃいの? それにモノクロだし。 それはね、左手指にシモヤケができ始めてみっともない指になってきたから。ホラ、色が変わってるでしょ。薬指と小指。血行の悪い指からいつもこうなる。これも末梢の血液の循環が悪くなるため。それでモノクロ。それでちっちゃい。わかった?でもコレ右手にケイタイ持って写してたときに、デジカメちょっと傾いてしまってる。もちろん皆さんは撮るときには傾かないように。

思いつくままに話すね。まず、今年は神戸ルミナリエに行けなくて残念だった。いろいろな疲れが溜ってて、とても行ける体力が無かったよ。あぁ、残念。来年はきっと行くぞ~。

次。今日、アマゾンを開いてみたら「愛別離苦」が出てきました。赤い字で「現在、入手できません」と出てはいたけれど。なんでアマゾンに出てくるの?書店流通させていないのにな。アマゾンのe託販売というのを考えて、質問のメールはしたけれど、申し込んではいないのに。うむ。なんでかな。 もしかしたら二冊の小説がアマゾンの検索で出てくるからかな。このたび出版の「言葉屋」ではProfileに著書に「透けてゆく人」「愛別離苦」があるとしたので、同じ著者名でアマゾンさんがどこかから画像を持ってきての掲載でしょうか。これはどうしたものかな。e託販売しかありませんね。売り上げはすべて「むくげの会」にということでe託に登録しましょうかね。しかしすごいですね、アマゾンは。何でも早い!ところでアマゾンってギリシャ神話の女神様です。勇猛な女武人族とか。弓を引くのに邪魔だから、右乳房を切ったと言われています。余談ですが。

次。そうそう、今年は五月に母を亡くしたので私は喪中です。年賀状を毎年くださる皆さん、お伝えしておきます。なぜココから? 実は「言葉屋」の刊行があったので、私はHiroshiのときにしたようには喪中欠礼のハガキを出しませんでした。親戚は分かっているのだし、年賀状をやりとりする友人や生徒たちは遠く離れていて会わない人たちばかり。でもその人たちに本のことを知らせたい。それで喪中ハガキは敢えて出さなかったのです。現役時代も父の喪中に70人くらいの生徒全員に出しました。それは互いに元日に届くように出すという生徒との約束事だったからです。このたびも、母はきっと、それでいいと言っていると思います。皆さんは本のことをご存知なので失礼いたします。ごめんなさい。

それからっと。そうだ。“思い出”だった。何でもそうだけれど、過ぎてしまえば苦労したことや嫌なことは、忘れているか小さくなっているよね。ブログもそうでね。書くこととはまた違った形で、喋ってる自分自身が一番楽しんできたように思ってる。私がまだ人間的に今よりも未熟だったために、不本意な書き込みやメールに対していちいち心身消耗をしたことは何度もありました。その結果、どのブログも結局は皆様に参加していただけないことになってしまいましたね。

しかし、きのう私は“心無い書き込み”と表現しましたが、コメントやメールで私が困ることをする人たちにも心が無いのではなく、そんな形でしか表現できないという哀しさがあったのでしょう。全然興味のない人間にはワルサもしようとは思わないでしょうから。私はいちいちへこまずに、もっと大きな心で歪んだ形の表現も包み込むべきだったのかもしれません。けれども言葉を操ろうとする人間でありながら、私はたぶん、文字から伝わる激しい言葉や感情的になった人の姿に、普通の人の何倍も打撃を受けてしまうのです。もちろん嬉しい言葉はその何十倍も何百倍もいただきました。何もかもがいい思い出です。

ところでこのブログっていう呼び方、なんだかピタッと来ないね。タイトルの“雨右近”も言いにくい。やっぱり“右近トーク”がいちばん言いやすかったね。最後はまた“右近トーク”に戻そうか。今月は雨じゃなくても晴れでも毎日出てきてるんだし。 いい考えだと思わない? なつかしの“右近トーク”に。電車の運転手になる前のコーナーに。

なんだかんだと喋っているうちにけっこう書いてしまったね。右近庵は今夜は風が強いです。明日は寒くなるらしいです。きっと皆さんのところでもそうでしょう。さあ皆さんは、一年の最後の忙しさに突入ですね。頑張ってください。私は今日少しおせちを作って冷凍しましたよ。それでは今夜はこの辺で。Ukon Barのマスター右近でした。(ウコンって飲んだことないけれど)

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2008年12月20日 (土)

思い出を少しずつ

このブログで語るのもあと10日ほどとなりました。昨夜、「ねぇ君」が大好きだったというお言葉をいただきました。そういうのもありましたね。あれは確かに人気がありました。道行考にお越しの皆さんだけでなく、ブログから初めて来られ、常連になる人も多く、アクセス数もそれなりにありました。でも、辞めた理由は覚えておられますよね。ホームページやブログを始めてから何度もあった心無い書き込みのためでした。書き込む場があるからいけないのだ。そう思ったので、やむを得ず閉じました。苦い思い出の一つです。でも、今あのブログが好きだったと伝えていただき、閉じるのではなく、コメントを受付けないようにして続ければよかったなと、きのう少し考えてしまいました。ありがとう。伝えてくださって。

私が語り始めたのは「平成道行考」をHiroshiと立ち上げて半年後のことでした。それまでは謎の水無月右近が初めて語ったのは2003年6月のことでした。何度も言いましたが、それはそれは多くの人々がメッセージボードに訪れてくださいました。その頃はサイトがまだマイノリティ色が濃かったため、女性同士の愛を育てている方々からの書き込みが多かったですね。コンテンツも“恋愛詩集”と「ひとり言」だけでした。週に一度の金曜日、Hiroshiは会社から急いで帰ってきては文字入力からアプロードまでをしてくれました。食事もそこそこにパソコンに向かっていた彼の姿は今でも鮮明です。当時はパソコンがまったく出来なかった私は、Hiroshiが帰ってくるとホッとして、書きあがった「ひとり言」の原稿を手渡したものでした。なつかしいですね、あの頃が。

おねがい: お蔭さまで「言葉屋」は出足好調です。皆様にお願いがあります。アマゾンのレビューがまだ一件もありません。お読みくださった皆様の、温かい応援のお言葉がいただければうれしく思います。どうぞよろしくお願いいたします。

さぁ、今夜の曲は“Wham!”です。かれらと言うと今頃どこでも聞こえてくる“Last Christmas”も有名ですね。でも今夜は1984年の“Careless Whisper”です。これは空前の大ヒットでしたね。ジョージ・マイケルの才能が最も花開いた時期の曲だと思いますよ。この曲は日本人にとってもウケるようです。なんだかムード歌謡みたいなサックスが入るせいでしょうか。私がロンドンへ行ったのは1996年でしたが、街にはこの曲が流れていました。本国でも定番のようです。ジョージ・マイケルは近年、同性婚をして話題にもなりました。ちなみにこの“wham”ですが、バタン!とか、ドスン!という擬音です。面白いですね。彼のCDは数枚持っていますが、やはり天賦の才を感じます。それではお聴き下さい。この曲を聴くと女性と踊りたくなる右近です。(どんな曲でもだけど)

☆ケアレス・ウィスパー 〈1984年  ワム〉 ↓

http://jp.youtube.com/watch?v=FNQ2EFwi5_U

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2008年12月19日 (金)

さて次は

ひとつのことをやり終えると、「さて、次だ」となります。私はノンビリという言葉とは無縁の人間のようです。しかし、ひろさちや氏も言っています。人間はそれぞれみな違っていて、それぞれでいいのだと。ですから、ノンビリできない私は、無理にノンビリしようとしなくていい訳です。ではそろそろ行きますか、長編に。

昨夜から唯一の書き友達の長編を読んでいます。送ってくださったので、楽しんでいます。私とは路線が違うのですが、その作品も500枚とボリュームがあります。Barのマスターをしながらの執筆で、精力的に書いておられます。他に書く人とは知り合いがおらず、ひょっこりお電話などくださり、お互い唯一の書き友だちとしてお喋りを楽しみます。このたびも、お店にチラシを貼ってくださり、15冊を引き受けてくださいました。持つべきものは友ですね。

今日は少しだけ動けました。暖かい日が続く右近庵です。明日は大掃除日和とか。そんなことを諦めてから何年になるかなぁ・・。皆さんは頑張ってくださいね。それでは今夜はこの辺で。

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2008年12月18日 (木)

憧れの平積み

081217_233054 TSUTAYA 堺南店さんです。

いいのかなぁ・・。直木賞作家さんと同じ所に並べてもらって。 
憧れの平積みです。光栄です。有難うございます。

石油ストーブをつけると、一度に冬の気配が漂います。この香り。冬ですね。火をつけているときは、ふつうは薬缶(やかん。この言い方古いですね。自分の小説みたいにケトルって言わないと。でも右近はやっぱりヤカンかな、やかん) をかけていますが、あずきを煮たり大豆を煮たり、おでんやシチューをかけていたりもします。今もおでんをかけていて、さっき蓋を開けて厚揚げをひとつハフハフ言いながらつまみ食いしたところ。ご飯は済んだのに。きのうは大根やこんにゃくにさつま揚げ。今日は別の具を足してまだまだ食べる。出汁はだんだんいい味になってきています。

これも一種の省エネですね。意外に火力があるのでうっかりすると煮詰まってしまいます。この石油ストーブも、好きなのですが、目が乾くので長時間はつけられません。もう切らないと。 冬は早々と布団に入ってしまうのがいいかもしれません。私は依然として倦怠感がとれないので動けず、食事を作って片付けることくらいしか出来ません。しかし、今日は4、5日ぶりに掃除機をかけることができました。じぃじぃやはるかちゃんが外から持ち帰る砂でザラザラです。あぁ、気持ちよくなった。それでも、猫は必須。居ないと困る。  

気づかなかったけれど、春から疾走してきた疲れが沈殿していたのか疲弊の大きさを感じます。けれども気分は満たされています。動いてすることが出来ないなら、いっそ構想を練っている長編を布団で書き始めようかな。じっとしていると精神衛生によくないので、せめてアタマを働かせるといいかもしれない。なんでこんなに動けないのかなぁ・・。

昨夜は舞い上がりかかりましたが、抑えて抑えて。平積みが実現したので、あとは“ポップ”かな。“水無月右近の小説”とか、(誰やねん、ソレ?)“K市在住”とかナントカ立ててくだされば感激だけどなぁ。あぁ、私はまだまだ充分に世俗的。悟りをひらくにはほど遠い。(笑) それでは今夜はこの辺で。マスクして布団に入ります。

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2008年12月17日 (水)

只管打坐(しかんたざ)

きのう道元について学びたいと言いましたが、「禅」という映画が来年封切られるそうですね。中村勘太郎さん主演で、曹洞宗の始祖である道元禅師の清冽な生き方を描いているそうです。でも私は観ないだろうな。まず本です。道元を詳しく本で知ることからです。本で読んで感動を受けた物語が映画になって、失望したことが何度かあります。道元について、映画は禅や道元の生き方を情的に、そして多分に興行的に描くのでしょうが、私はあまり興味がありません。

ところで、道元の教えで最も有名な言葉に「只管打坐」(しかんたざ)があります。ただ坐れという意味です。禅というと難しく考えがちですが、お坊様でも無になるのは難しいと仰っていました。無理に無になろうとしなくても、ただ坐ればいいというのです。私は気がふさぐと般若心経をよんだり座禅のようなことをしますが、不思議と心が落ち着きます。自分で自分の感情が律せないことほど情けないことはありません。そんなときは心経です。座禅です。皆さんも一度お試し下さい。目を閉じて坐ればいいだけです。

昼間、アマゾンでは2万台、現在は4万台。頑張ってますな、「言葉屋」のミツロウ君。・・とこれを打っているたった今、平積み情報が写メールで送られてきました。ええっ、夢の平積み!あぁ、いけない。また私はふわふわしてしまう。座禅座禅、只管打坐。では今夜はこの辺で。昨夜から雨が降ったりやんだりしています。雨のことも言い忘れてしまうところでした。では、おやすみなさい。ひらづみ~。♪hiradumi ~♪

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2008年12月16日 (火)

穏やかな冬日

右近庵ではそれほど寒くもなく、穏やかな日が続いています。北日本では寒いようですね。これからの長い冬。大変ですね。

目指していたことを終えたとき、瞬間的に達成感は感じますが、今まで没頭していたことが無くなると、ハタと何をしていいのか戸惑います。片付けや庭仕事をする体力も現在は持ち合わせず、一日の大半を寝床の上で過している私ですが、次に何をすればいいのかなと考えます。温めている長編の構想を練ったりしているのは楽しいことです。しばらく距離があいてしまった仏教の勉強もしようと思います。道元について学びたいと常々思っていましたから、まず本を探しましょう。病弱な私には、netで本探しができることは本当に助かります。きのうの様に私はまだまだ憤る気持ちが芽生えることがあります。もっともっと修行をしなければなりませんね、私は。

近頃私は同時にあれもこれもといくつものことが出来なくなっているので、他の事を締め出して選んだわずかなことに力を注いでいます。そのやり方は正しいと分かりました。世間や人間関係に気を使いすぎずにものごとを進めることができます。今はまず、体力を快復させなければなりません。焦燥感を生まれさせる交感神経を鎮め、副交感神経に働いてもらい、のんびりしたいのですが、それが私には難しい。(笑) 今夜は久しぶりに太宰の全集からいくつかの小説を布団の中で読んで過しましょう。それが何よりのHealingかな。

けれども今日はタマネギの苗を少しばかり植えました。それだけでうれしい。庭へ出るとはるかちゃんが喜んでくれ、走り回っていました。先に植えたものは随分育っていましたね。それもうれしい。
それでは皆さん、今日はこの辺で。

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2008年12月15日 (月)

書店への自己営業

今日で自己営業が終わりました。サンプル本は30冊、チラシは50枚を書店に送りました。手書きで住所を書き、手書きの手紙を添え、コツコツとやりました。これで終了。やれやれ。

先ほどまで先月お亡くなりになった筑紫哲也さんが出ている「ヒロシマ」というアンコール番組を観ていましたが、いつもいつも憤りを感じます。アメリカのかつての軍人や原爆開発に携わった人びとは二言目には「Remember Pearl Harbor」です。そのことは非難されて然るべきことですが、かれらが原爆投下による死者の数や悲惨さ、今でも後遺症に苦しむ人たちのことなどを知らないこと、知ろうとしないことには強い憤りを感じます。アメリカ国内ではヒロシマ、ナガサキがどんな惨状だったかを知る人がほとんど居ないではありませんか。被害の規模の大きさを言っているのです。どれだけ大きな被害が出るのか未知数の核兵器を実験的に使い、あまりに大きな被害を与えたことを自国で伏せている以上は一般の人たちにも良心の呵責を感じない人が居るのも仕方が無いことかもしれません。また、日本は実質敗戦しているのを判っていながら、妙な意地を張って降伏しなかったことも原爆投下が実行された一因となっています。不愉快です。実に不愉快です。戦争はそれでも世界のどこかで今も繰り返されています。もうやめます、この話は。

さっそく「愛別離苦」ご購入によるカンパのお申し出をいただきました。有難うございます。サイトを通じて私からのご購入による本の代金は、すべて2つの福祉グループへ寄付いたします。私は引退し、もう働けない体でアソビ人ですが、自分の書いた3冊の本によっていただいたお金で、少しでも社会貢献ができればうれしいと思います。

やっとのんびり出来そうです。さて、明日はやっと「言葉屋」の発売日。もうお手元にある皆さんもかなりおられるようですが明日が本当は発売日、実はHiroshiの誕生日に定めました。それでは今夜はこの辺で。
 ラストラン、お疲れ様 0系さん。びゅわ~ん びゅわ~ん 

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2008年12月14日 (日)

東京からも

081213_203252_256 東京の方からも写メールが届きました。ブックファースト新宿店さんだそうです。ありがとうございます。プロの“男性作家”のところに並んでいるそうです。 Web書店の分類でもその扱いのところがあります。うむ、余は満足じゃ。

今日はお知らせがあります。どのように取り扱おうかと考えていた“まぼろしの詩集”「愛別離苦」ですが、決定いたしました。200冊ばかりあったのを、これまで身近な人たちに貰っていただく形をとってきたのですが、残りの100冊足らずをこのたびご希望の皆様にお分けすることにいたしました。ネット上には出てきますが、作者からのみ入手可能の詩集です。
ただし、お譲りする際に1500円をカンパとしてお願いいたします。(実価格は1800円) それらは大阪西成でホームレスの方々に食事を提供する活動をしている団体に全額寄付いたします。尚、すでにお渡しした皆様からの温かいカンパも大歓迎です。どうぞよろしくお願いいたします。

事情があり出版をみなかった詩集ですが、現在は私の元での長期にわたる桐の箱での保存により、湿気や歪みはなくなっています。読むのにも持っておくにもなんら不都合はありません。どうぞ皆様、購買にご協力ください。詳細とお申し込みはHomeの“安孫子良の本”からどうぞ。
     赤穂浪士の討ち入りおよび右近庵への引越し記念日に

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2008年12月13日 (土)

面陳列第一報

Photo 「言葉屋」の書店での陳列第一報が写メールで届きました。ありがとう。

大阪狭山市 金剛駅前 水嶋書房さんです。ありがとうございます。
(もしかしたら右へ6冊目は“透けてゆく人”?)

ココからは、今日二度目の登場です。皆さんの今日はどんなふうでしたか?いいことがありましたか? 
私は昨夜、また風邪をひきそうなので焼酎を二杯ばかり呑み、テレビをつけると“ブラック・レイン”をやっていたので観ていました。前にも観たものですが、何度観ても松田優作の演技が光っていますね。主演のマイケル・ダグラスほか、アンディ・ガルシア、高倉健、若山富三郎、神山繁るなどソーソーたるメンバーのなかで彼はピカイチです。

それもそのはず、彼はすでにガンを病んでおり、それを押しての出演で、危機せまるものがあります。ド迫力です。こてこての大阪の町を両ハリウッド大スターが歩いているのも面白く、神戸の元町や神戸製鋼かなと思われる場所でのロケも興味深く観ていました。映画はこうして二度目くらいには余裕を持ってスミズミまで観るのがいいと言いますね。面白かったですね。観ていない方は松田優作の遺作をぜひご覧あれ。

こうしてこの世に居なくなっても、映画になって遺ることは銀幕の人びとの特権ですね。やっぱり考えますね、私も。何が遺せるんだろうって。書いたものを本という形にして遺すことは幸せなことだなぁ。うん、ぜったいに幸せなことだ。

明日は気温が下がるようです。右近庵では今、小雨が降っています。暖かくして日曜日をお過し下さい。それでは今夜はこの辺で。

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2008年12月12日 (金)

今夜は“プカプカ”

今日も暖かい一日でした。気持ちのいい昼下がりでした。思わずコーヒー片手に踊っていました。気分がいいと私は自然に踊っています。でも夕方からちょっと倦怠感。膠原病はこんなふうに一日の内に体調が急に変化します。それにも、もう慣れたけれど。まだ疲れがとれないんだろうな。

さて、このコーナーでは好きな歌、よく口ずさむ歌をご紹介していきましょう。今夜はなつかしの“プカプカ”です。1971年の名曲です。残念ながら元ディランセカンドの西岡恭蔵さんは、99年4月3日に自らの命を絶ちました。最愛の奥様クロちゃんが病気で逝って二年後の、三回忌を迎える前日のことでした。その数日前、南大阪でコンサートがあったのばかりなので驚きました。存命ならば還暦のはず、残念です。

紹介する画像は、97年8月とあるので、奥様が亡くなってわずか3ヶ月の時のものですね。憂歌団の“天使のダミ声”大塚まさじさんとのジョイントです。彼が加わると、オリジナルよりも賑やかな歌になっています。左が西岡恭三さんです。大好きな曲です。お酒が入ると歌います。↓

☆“プカプカ” 西岡恭蔵&大塚まさじ

http://jp.youtube.com/watch?v=6IpAwK-AV88&feature=related

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2008年12月11日 (木)

やさしく歌って

きのうにつづき暖かい日でしたが、夕方からは少し冷えます。今日もお元気でしたか。

今日あたりから「言葉屋」が並んだ書店もあったと思いますが、せっかく出向いてくださったのに、まだ並んでいない書店もあったようです。申し訳ありませんでした。各書店で並ぶ日は異なり、正確には分かりません。出向かれる前に入荷をお確かめになってお出かけになった方がいいですね。よろしくお願いいたします。

私は今日も大阪のど真ん中、梅田と難波の大型書店にサンプル本とチラシを7箇所ばかり送りました。もうこれでサンプル本の提供はおしまい。30冊使いました。さて効果があるのやら。大阪はジュンク堂さんが好意的で、各地の支店さんがよく置いてくださいます。なんと大阪本店も営業で7冊の注文がとれています。このジュンク堂さん、なんでも店の名前は工藤潤さんという創設者様のお名前を英語式に反対にしたとか。なるほど。どうぞよろしくお願い申しあげまする。

アマゾンの順位が出てきました。現在13~14万台にいるようです。出足好調です。けれど最初の時のように興奮もせず、「お、出てきたな」とにんまりする程度です。各Web書店でも画像が出そろってきました。Web派の皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。

私は販促のDM作成以外はとくに何もせず、音楽ばかり聴いています。夏からちょっと頑張ったので疲れが残っているのか、きびきびと動けません。勉強や本のことにかまけている間に家の中は荒れ放題、片づけを再開しなければ。お正月も来るんだし。

あぁ、私は音楽が無ければ生きていけない。心地いい曲を聴いてゆっくり休んでいます。ふと口ずさんでみたりして。ふっと出てくる曲ってやっぱり大好きな曲なんでしょうね。今日は1973年、ロバータ・フラックが歌って大ヒットした「やさしく歌って」〈“Killing me softly with his song”〉をご紹介。4週連続全米第一位のミリオン・セラーです。当時、私は大学生でしたね。(今もだけど) さすがにこの曲の動画はいろいろありますね。彼女がゆっくり歌っているもの、アップテンポで歌っているもの、英語と日本語の訳と両方が見られるもの、それにジョニー・デップがお好きな方、とってもステキなDVD画像もこの曲で見られるのもありますよ。関連動画のところで探してください。右近が選んだのはコレ。一緒に歌いませんか?↓

☆ロバータ・フラック “やさしく歌って”(1973年)

http://jp.youtube.com/watch?v=dabm1UPQ1Eo&feature=related

さて今夜はHiroshi Collections の中から“THE BEST OF  ROBERTA  FLACK”を聴きましょうか。それでは今夜はこの辺で。

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2008年12月10日 (水)

暖かい冬の一日

今日は暖かかったです。きのうは今年初めて石油ストーブをつけたけれど、今夜は必要ありません。

師走だというのに、不況による人員削減が大手の会社で続々発表されています。その殆どが期間従業員や派遣という形での労働者の方々です。製造業のラインに並ぶ人たちは、ひとたび不況が訪れると、真っ先に切られてしまいます。真面目に働き、何の落ち度がなくとも、いきなり路頭に迷うことになります。

こんな形での就労が製造過程で縁の下の力持ちになって日本の誇る自動車や、電気、精密機器などの産業が流れてきたのです。彼らにも家庭があり、若者にはこれからの未来があります。もういい加減にこの産業の構造を変えなければなりません。製造業に従事する人びとに安定した職場と生活の保障を。それが今、早急に求められていること。来るべき2009年問題に備え、政府の全面的な支援が必要です。ばら撒き路線を今から変更し、困っている人たちの救済から。この問題に積極的な発言をしている村上龍氏に賛成。

私は呑気に小説を書いたり本を出したりしていますが、世の中大変な状況の人たちがたくさん居られます。ニュースを見ては溜息ばかりつく毎日です。だからといって私に何ができる訳でもないのですが、問題意識は常に持っておきたいものです。

さて、このブログの終了も一日一日近づいてきました。今日も「毎日見ています」のお言葉をいただきました。そう仰ってくださる皆様のために今まで私は喋り続けてきました。道行考に最初から同道して下さっている方々は、ここまでのいきさつを充分に承知してくださっていることでしょう。比較的、日が浅い皆様にとりまして、「え、どうして?」となるのは致し方ないことと思います。

皆さん、貴方が右近に求めておられるものは何? それは人によって異なるかもしれません。もしもブログで喋る私をいちばん求めておられるのなら、残念なことに私がいちばんしたいこととの間にズレがあります。私のくだらない喋りを毎日の楽しみにし、喋っていても喋らなくても毎日かならず行ってみるのが習慣。それはほんとうに嬉しいことではあります。でも喋ることがいちばんしたいことではないのです。

私のいちばんしたいことは書くことです。書く人間はこんなにべらべらと喋るものではないのでしょう。これまで私はホームページ運営者として書いたり喋ったりと曖昧な状態を続けてきましたが、私はやっぱり書きたいのですね。喋りながら書けばいいじゃん。はい、そうなんですが、それが難しいことなのです。私は喋りながら書くということができる器用な人間ではないのでしょう。大げさにいえば、書くとは骨身を削る作業です。お喋りは楽しいですが、他の事を楽しみながら文章は書けないのです。

もしも私の本を喜んでくださるならば、そこで私は真剣勝負をしているのだとご理解ください。「ひとり言」が面白ければ、それが私のものの考え方であるとお知りください。私の毎日の喋りなど、いかほどのものでしょうか。真剣に原稿用紙に向かう私を応援してください。右近にしか 良にしか書けないことを、私はこれから本気で書いていこうと考えているところです。どうかご理解の程、よろしくお願いいたします。また改めて「ひとり言」にでもこのことは書くつもりです。惜しんでくださるお気持ちはとっても嬉しいです。

なんだか神妙な感じになってしまいました。「残念です」のお言葉を頂戴すると心が痛みます。でも今春のように揺れることはもうありません。どうか皆さん、分かってくださいね。私の文が好きだと仰ってくださるならば、きっとご理解いただけるものと信じています。みんなイイ子だろ。サイトは閉じるわけではありません。いつまでも開けていましょう。ふとしたときに開いてみて、貴方のそばに「平成道行考」があることに安らぎを覚えてくださるのなら。貴方が日本のどこにいても、世界のどこにいても、私が日本のどこにいても、世界のどこにいても貴方と繋がっているために。

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2008年12月 9日 (火)

静かな雨の夜

雨です。つい先日、冬は太陽がいいと言いましたが、やっぱり雨はいいですね。ニュースで見る東京や各地で、傘をさした人びとがイルミネーションの脇を足早に家路を急ぐ様子が映ります。師走だなと感じます。

今日は出版社からうれしい知らせがありました。依頼した営業では290冊止まりだったので少しガッカリしていましたが、「言葉屋」の委託配本数が予定の600冊を上回り、現在610冊だということです。ふぅん。へぇ。5冊、10冊と入れてくださった書店様もあります。 うれしいですね。  

今回も1000部を作りましたが、私の許に200(現在の残は50冊)、出版社の保管分が200、あとは営業で獲得した注文部数と委託配本に600部の予定でした。600を超えた分は出版社から出て行きます。営業での部数と委託配本部数の違いを私はよく理解していないのですが、とにかく610-290=320で、掲載中のリストにない各地の書店にも、320冊が配本されて並ぶということです。ありがたいことです。

してみると、文芸社のワケのわからない“見本用に100冊”というのは、ますますもってよくわかりませんね。しかもその100冊はどこへ送るかは答えられないとのことでした。全国300の書店に並びますというウリも、べつに文芸社でなくとも並ぶんだということがわかりました。それも、いかにもシロウト印の“文芸社”のコーナーに1冊のみの配本ではなく、プロの皆様と同じ所に並べていただけ、平積みも面陳列も充分にありうるのです。私としてはこっちの方がよほど嬉しいことです。

ところで、以前に私が書いた「ひとり言」の「自費出版うらおもて」という文は、あちこちのサイトで紹介されているようでござりまする。あれは本当のことをありのままに書いたものでして、文芸社サンとしてもツッコミようがなく、人様のお役に立っているならば、サイトが在るかぎり置いておきましょう。それでも文芸社は新風舎を吸収、名門の思潮社をも抱き込んで甘い部分を頂戴し、さらに増殖しているようであります。しかしどうでしょうね。世の中は金融不安や不景気です。自費出版のみでどこまで行けるものでしょう。ま、「おきばりやす」としか。

今日も私はたっぷりと柚子の果汁をいただきました。柚子といえば冬至を思い出しますね。今月の21日です。なんとこの日を境に日が長くなるのです。雨好き、夜好き右近が毎年ちょっと寂しい気がする日でもあります。ちょうど今頃はひたすら日は短く、夜は長いのです。私のように、あるいはドラキュラや夜行性の動物のように、夜が好きな皆さん、なが~い夜を楽しんでください。私は近頃、ジャズにもハマっています。皆さんはどんなふうにして長い夜を楽しんでおられますか。  
それでは今夜はこの辺で。風邪予防には柚子をどうぞ。

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2008年12月 8日 (月)

また雨になるようです

風が出てきました。右近庵では明日は雨だということです。

焼酎&養命酒で頭痛&風邪を治した私ですが、呑む前に食べたものにも効き目があったようです。それはネギと柚子です。下仁田ネギを毎日食べていますが、鍋のときはたくさん食べます。あの日はありあわせのものでと冷蔵庫&冷凍庫をのぞいたら、鍋に適した魚介類がなく、うす切りの豚肉がありました。肉は薄く切ってあるものなら少々食べます。それで「風邪鍋」というのをしました。この名前、面白いでしょ。風邪ひきさんが食べるのか、ひかないように食べるのかわかりませんが、とにかくこういう名前で以前に本で見ました。

それは白菜と豚肉だけなのです。外側から白菜、豚肉、白菜、豚肉とバラの花のように並べてもいいし、私のようにめんどくさがりさんは、こっち白菜、そっち豚肉でケッコウです。あればネギや豆腐や青菜を入れてももちろんかまいません。私は白菜、豚肉、豆腐、薄アゲでした。ここへ柚子。皮を薄くむいて細切りにし、一面に散らせます。とたんにいい香りがします。皮を使ったら、今度は小鉢に果汁を絞り入れて柚子ポン酢を作ります。おろし大根を少し入れて、それでいただきま~す。どうですか。おいしそうでしょ。おいしかったよ。柚子もネギも白菜も大根もいろいろな人からの全部いただきもの。いただきもので温まり、ありがたいことでございました。

夏場は消耗するので食事つくりをサボる日もありましたが、やっぱり自分で作るものがいちばんおいしいや。味に慣れているというか、素材が確かだというか、とにかく自分のが一番おいしい。私はあまり豪華な料理を喜ぶグルメさんではなく、新鮮な野菜や魚があればそれで幸せです。肉も食べた方がいいというので、少しは食べるようにしています。とくに膠原病患者にはたんぱく質が必要とかで鶏肉がいいらしいのです。頻繁ではありませんが、食べるようにしています。

でも、私たちは植物や動物の命をいただいているわけです。必要なものを必要な分だけ神に感謝していただく。そんなアイヌの考え方で私たちも暮らせば食べ物を大量に捨てる国にならないのにと思います。世界の飢餓を満たす量にも匹敵するほどの食糧の廃棄量。特にアメリカや日本など、先進国に食糧の廃棄が多いです。あくなき欲望を満たし、その結果、体を悪くする人が多い先進諸国。この矛盾、どうにかならないものでしょうか。皆さん、食べ物を大切に。食べ過ぎず食べなさ過ぎず。料理を楽しくいたしませう。

さてさて、私はなんとなくボーっとしていますね。きっと疲れているのでしょうね。しかし、今日は販促のサンプル本を神戸や堺に送りました。店長さんたち、どうかよろしくお願いいたしまする。

  お知らせ  1.堺 泉北地区の皆様へ  前回はありがとうございました。今回は依頼した営業では泉北地区のアプローチがなかったようで残念でした。紀伊国屋書店 泉北パンジョ店・ブックスいづみ・天牛堺書店 泉ヶ丘店&光明池店・けやき書房さんには私からお願いしておきました。教材ではその昔、ずいぶんお世話になった書店さんです。しかし「言葉屋」を置いてくださるかどうかは今の店長さんの判断ですからわかりません。もしなければ予約で取り寄せが可能です。よろしくお願いいたします。

2.各地の皆様へ 書店に並ぶのが10日くらいからということでしたが、問屋の星雲社の休みが入るため一日遅れるそうです。したがいまして11日くらいから並ぶのではとパレードさんから連絡がありました。アマゾンもそろそろ発送が始まるのではないかと思います。尚、私の方へのご注文は午後3時までなら即日発送、それ以後は翌日に発送します。起きればまずメールで確認するようにいたします。よろしくお願いいたします。

3.ヤマトのメール便は平均して2日で届いているようです。ただ、地域差があるように思います。恐れ入りますが、届きましたらご一報いただければ幸いです。メール便では受け取り票をくださらない係員さんもおられ、追跡調査ができないのではと案じています。ご面倒ですが、よろしくお願いいたします。また、先に予約いただいた皆様はすべてお送りしていますが、まだ届かないという方がおられましたら、至急ご連絡ください。

4.本が届いた皆さんからのご連絡ありがとうございます。ここで紹介したいくらい嬉しい言葉をいただいています。ありがとうございました。夏から頑張ってきたことが実ってうれしいです。本作りをしてよかった。 \(^o^)/ そう思う瞬間です。

冷えてきましたね。近頃は夜中は寒くて起きていられません。起きていないほうがいいでしょう。それで寝る時間がちょっとだけ早くなりました。さぁ、今夜も読書を楽しもうっと。それでは皆さん、ごきげんよう。

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2008年12月 7日 (日)

晴れた冬の日

今日は晴れました。ニュースではこの冬一番の冷え込みと言っていましたが、右近庵ではそうでもなかった一日です。雨好き右近もさすがに冬はお日様が好きです。日に当たっても皮膚が赤くならないし。

アタマ痛いんじゃなかったの?でしょ。それがね、きのうあれから、寒いので養命酒を少しだけ呑みました。するとどうでしょう。ポカポカしてイイ気持ちになってきました。うむ。味はいまだにGoodとは言えないけれど、体にいいものがいろいろ入っているんでしょうね。とにかく体が温まる。アルコールから遠ざかっていたせいか、養命酒でさえ回ってくるようでした。

私はアタマ痛いのに、焼酎も呑みたくなりました。それで一杯だけ湯割で呑みました。ハタハタの浜焼きという小さめのハタハタに味をつけて焼いたものが買ってあったことを思いだし、出してきて封を切りました。おいしっ! 焼酎もハタハタも。神戸の書店の販促DMを作らないといけないのに、気持ちよく、おいしく飲みました。まぁ、いいか。ひと段落ついたのだし。

そして今日。起きてみると不思議なことに、アタマ痛がピタリと無くなっています。うわぁ、すごい。驚きましたね。酒は百薬の長と言われますが、まさにその通り。私のガンコな頭痛と肩こりをバシッと追い出してくれました。養命酒か焼酎か、はたまたハタハタか。それらすべての効果なのか、とにかく痛みが消えています。頭痛にアルコールをという発想はなかったのですが、効きましたね。これからこの方法でいきませう。

それで温かそうな日が射す庭へ久々に出てみました。買ってあったパンジーや葉牡丹、ミニ水仙などをポットから植え替えたり、枯れた菊などを抜いたりしました。いいですね、冬も。空気は凛として冷たいのですが、とっても気持ちいい。前の小山は紅葉してきれいな色になっています。寒さに強い植物は元気です。ラベンダーって常緑なんだと毎年同じことに感心したり、土いじりをしている私に、垣根に止まった鳥が突然にギャッギャッギャッと威嚇したり。(笑) アヤしい者ではないからねと、鳥に言ったり。そんな様子を庭猫たちが遠巻きに眺めていたり。庭で過す時間は心が洗われます。

さて今夜は今から作業です。私はもう次の事へと思いを馳せていますが、もう少しするべきことがあります。まずはそれから。明日からまた一週間が始まります。お風邪そのほかお気をつけて頑張ってください。はい、私も。 

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2008年12月 6日 (土)

初雪

冷えますね。昼間、ちらちらと雪が舞いました。今年は早い初雪です。

私の許から、購入者のみなさんや、知人、友人など協力者の所へ「言葉屋」はすでに130冊が旅立っていきました。第一声が「表紙がいい!」。うれしいですね。この図案のベースは、ご存知のように連載中のサイトでの表紙です。あのイメージを守りながら、パレードさんがきれいに仕上げてくださいました。落ち着くまでになんども試作を繰り返しましたが、納得いくものになるまでと妥協しませんでした。それが良かったのだなぁ。

そんな私に根気よく関わってくださったパレードさんは、本体はデザイン屋さんなのです。ですから、コレはボツ、アレもボツと私が判断しても、素早くこちらの意向を汲んで次のものを作成してくださいました。文章にもこだわり、帯の言葉、チラシの言葉もすべて私が考え、写真までも自分で撮りました。こんな私はパレードさんにはウルサイ客?or楽な客? 担当のYさんによりますと、無理難題を吹っかけるお客サンも多いそうで、一応私は“優良”の客なのだそうです。(笑)

私の頭痛はいくぶん和らいできています。とにかくイチにも二にも保温と湿気。今日は渇きで目が痛くてね。目薬くらいじゃ楽にならないレベルです。渇きはストレスからもくるので、リラックスして睡眠をよくとってと。 ところで寒い日の私のいでたちは、家の中でもマスク、頭巾、それに丹前です。頭巾も息で鼻やノドが潤うように、顔の下半分は覆うように被っています。出ているのは目だけ。そうすると、温かい息を還元して吸い込み、楽になるからです。ドロボーが来たら、先客アリと驚くことでしょう。

疲れているのかまどろんでしまっていました。さて、起きて神戸方面の書店の営業を始めますかな。三宮・元町の大きな本屋さんにアタリをつけて。思いのほか頼んだ営業で神戸がとれていなかったのでね。名古屋もと聞いていたけれど、中部地方は全く無くてちょっとガッカリです。

と、結局は本の話をしてしまうね。しょうがないや。許してクダサイ。夏からかかりっきりだったから、やっと完成して出版にこぎつけた喜びは、やっぱり大きいね。勉強か本のこと。ずっとその2つだけに関わっていたから、どちらも落ち着いて、なんだか疲れが一度に出てしまったみたい。やっと休めるから、ゆっくり休むよ。

メール便はほんとうに着く日がわからないね。意外に時間がかかっているのは、お歳暮やなんかで忙しい12月だからでしょうね。届いた方もおられるけれど。今日も発送しましたよ、きのうご注文をくださった皆さん。どうぞ気長にお待ちくださいね。それでは、熱い茉莉花茶でもいれます。 また明日、お会いしましょう。アヤシイ出で立ちの右近より

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2008年12月 5日 (金)

Last Run

雨でした。各地で突風と激しい雨による被害が出たようです。皆さん大丈夫でしたか? 右近庵では少々窓がガタガタといったくらいで雨もそれほど激しくありませんでした。このあたりは山が多くて、強風が遮られるようです。そのかわり冷えますよ。

さて、今日のタイトルの意味はお分かりでしょうか。勘のいい方はもうお分かりでしょう。私が今月は毎日出てくるといった時点でお気づきの方もおられたかもしれません。はい、その通りです。今月をもちまして、すべてのブログを終了いたします。

覚えておられるように、ほんとうは今年の春に“右近トーク”を終了したときにブログは終わる予定でした。四月に猫と花、六月にこの“雨右近”で再開したときから、長く続けるつもりはありませんでした。しかし、辞め時というのがなかなか難しく、やはり2008年の終わりが一番いいと考えました。

私はこの一年の計画を立ててひとつずつするべきことをこなしてきましたが、はや12月になりました。予定では、10月に出版、11月までに単位の大部分を履修し、12月以降は書きたいというものでした。ところが夏場の体調の崩れや勉強のことで出版に関することが遅れ、11月に出版予定となり、さらに出版社との連絡不足で本の流通に関して一ヶ月が必要となり、12月の出版となってしまいました。ブログの終了はそれらと関係なく、年末と決めていました。

本が出る直前はご質問もいただき、雨に関係なく出てくることにしましたが、本が出てしまえばサイトで特にお話しすることはありません。最初の出版の時と違い、舞い上がることもありませんし、とにかく何が何でも売りたいとも思っていません。出版の一番の目的は、あなたのように私の拙い作品が本になるのを心待ちにしてくれていた人の手に届けることだから。まずその目的を達成できたことが嬉しいです。

売れるなら売れるだろうし、売れ残ればそれもいい。今はそんな感じ。仏教的な考えをするようになって囚われがなくなり、楽な生き方になってきました。人ともモノとも出会いは縁(えにし)、私の決めることではありません。ただ、出会う場がなければ縁は生まれません。ですから、このたびは自分で書店にお知らせすることに努めています。道行も右近も知らない人が、見知らぬ街の見知らぬ書店で、寒い冬に暖かそうな蜜蝋ろうそくに目がとまり、心をこめて紡いだ言葉を喜んでくださる知らない誰かが居たら嬉しいなぁと思って。

そんな訳で今から大晦日まで、どんなに調子が悪くても、毎日出てきます。頑張りすぎたかな。ちゃんと治ってなかったのか、また頭が痛くてね、今も。でも必ず出てきていろいろと楽しかったことを思い出したり、いつものようにどうでもいいような話をしたり、好きな曲をYou Tubeから持ってきたりしながら、ゆっくりとLast Runを走りましょう。大丈夫。息切れしたら歩くから。一緒に歩いていきましょう。手をついないで楽しいことなど話しながら。 歌を唄うのもいいね。

12月だし、やっぱりメール便は2日かかるようですね。早く届くといいな。
ずいぶん冷えてきましたよ。暖かくしてくださいね。はい、私も薬を呑んで暖かくします。それでは今夜はこの辺で。今日も読んでくれてありがとう。

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2008年12月 4日 (木)

仕上がり上々

今日は市内や近隣の市の書店へチラシと見本に「言葉屋」を1冊送ることに追われました。ただ封筒に入れて送るだけなら早いですが、一箇所ずつ手書きの手紙を添えるものですから時間がかかります。しかし、お願いするということは、心をこめなければなりません。そうするのが礼儀でしょう。当分の間、このような毎日になりそうです。

本の仕上がりには満足しています。表紙の紙の質や、中の色、そのほか以前にあった乾き不完全が無いかどうかといろいろ心配でしたが、すべて満足です。これなら胸を張ってこの値段でお売りできるかと思いました。内容に関しては、それはそれは熟考して文章を練り直しました。こちらも所謂“プロ”に負けないと思っています。

ところで皆さん、ヤマトのメール便が個人でも頼めるようになったことをご存知ですか?私は常日頃から、ずいぶんヤマトさんにはお世話になっていますが、最近このことをしりました。このサービスは有難いですね。本の発送はこれまでなら郵便局へ出向き、1冊290円也かかりましたが、メール便では1センチ以上の厚みのある場合160円、本は1センチ以上あるのでこの料金です。大きさはA4の封筒サイズまでです。2冊までなら入ります。安いですね。3冊以上は宅急便になりますから、ご希望の日時を指定下さい。もちろん何冊でも送料は私が負担いたします。送料についてよくご質問があるので、ここからお答えしておきます。

メール便でも集荷にも来てくれるのも有難いですね。(ちなみに1センチ以下の厚みのものなら80円、出版社との原稿のやり取りに利用しました。)ただし、メール便で送れるものは、本や雑誌、カタログなど限られ、手紙や貴重なものは送れませんのでご注意を。それから到着日時の指定ができません。ただしプラス100円で翌日着は可能です。詳しくはクロネコさんのサイトをご覧下さい。あれ、ヤマトさんの宣伝になっちゃった。

暖かく穏やかな日が続きましたが、どうやら西から崩れてくるようです。週末はうんと冷えるらしいですから、皆さんお気をつけて。私はほぼ快復、するべきことはendless、頑張ります。

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2008年12月 3日 (水)

本が来た♪

「言葉屋」が届きました。私にご注文くださった皆様には明日、クロネコメール便で発送いたします。メール便は日時の指定ができませんが、ポストに入ります。お受け取りよろしくお願いいたします。

さてっとぉ。寝てる場合じゃないので、起きて動いています。勉強のために遅れてしまった営業活動を開始です。といいましても、私は病弱ゆえ、おもに見本の本やチラシの郵送です。出版社を通しての営業が290冊どまりだったので、少々残念。だからよけい頑張らないと。

今日はいい天気でした。 私はまだ本調子では無いのですが、動いているうち快復しつつあると感じます。あとは食欲がでてくれればなぁ。はい、ぼちぼち行きます。ありがとう。それでは今日はこの辺で。

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2008年12月 2日 (火)

「言葉屋」書店情報

「言葉屋」が並ぶ書店が決まりました。Homeの出版情報からお訪ねください。皆さんのお近くの書店がありましたか。10日頃から置かれるそうです。もちろんリストにない書店でも予約ならびに注文は出来ます。取り寄せてもらえます。どうぞよろしくお願いいたします。アマゾンでは、もう画像が上がってきますよ。ご覧ください。何度も言いますが、表紙の蝋燭の写真は私が撮ったものです。イイ感じでしょ、蜜蝋蝋燭。

実は私は昨日、レベル5の苦難に耐えていました。ブログを書いてから、カイロを貼り、ネックウォ-マーに丹前、電気毛布で布団にもぐりこんで丸くなっていましたが、ゾクゾクして寒くて寒くて。頭はズキズキなんてものではなく、ズギンズギンという感じで、痛いあたりの血管はドクンドクンを脈打っておりました。あまりの痛さに吐き気がして「うぇっぷ」となりながら震えていたのであります。そんなんだったら寝てればいいのに。仰るとおりです。しかし私は喋りたかったのです。やっと一段落して喋りたかったのですよ。それにブログの文章といえど書くこと、書いている間はふしぎに痛みその他の苦しみから解放されているのです。ですから楽しくお喋りいたしました。

で、今日は?それがです。いつもならひどくなっているはずが、レベル3くらいになっているのです。首の後のカイロと大量のネギを食したことが良かったのかもしれません。風邪には保温は大切ですね。右近庵では冬には寒さとの闘いをしなければなりません。年々、弱ってきているみたいなので、今年は暖房を真面目に考えなければなりません。温風ダメ、石油ストーブもダメ、炬燵は部屋が暖まらない。やっぱりオイルヒーターかな。3つも遊んでいるかれらの出場となりそうです。居るだけでハナミズが出てくる右近庵の寒さは膠原病患者にはよくありませんね。

きのうの電車の席のことですが、深夜になって気づきました。優先座席の人たちに向けてだけ言うのではなく、車輌の中のすべての人に向かって「どなたか席を譲っていただけませんか~」と言えばよかったんですね。後になって分かりました。そうすれば、かならずどなたかが立ち上がって「どうぞ」と言ってくださったでしょう。今度からそうしましょう。

レベル3ですが頭痛はまだあります。顔も青~いです。では、完全に治るまでおとなしくしていましょう。いつまでも寝てる場合じゃないよ。本がもうすぐドサッと届くし。早く治さないと。それでは皆さんも気をつけて。おやすみなさい。

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2008年12月 1日 (月)

師走です

師走になりました。今年もあと一ヶ月となりました。早いですね。そう感じませんか。

ところでテレビからいきなり懐かしいメロディが聞えて驚くことがありますね。今日、私は驚きました。なつかし。フランス・ギャルの「夢見るシャンソン人形」! これがヒットした頃、私は中学生でした。フランス語ですから意味もわからないまま、“プペドゥ・シプ・ペドゥ・ソン♪”なんて歌っていましたね。あなたも懐かしい?小学生だった?日本人のカバーで知ってる?あなたはご存じない?生まれてない?そうでしょ、そうでしょ。では、まずお聴き下さい。
http://jp.youtube.com/watch?v=-d2mnuhJahU   

私は気がゆるんで少々風邪気味となりました。頭痛がきています。これもいつものことでして、来るとわかっていました。ひどくならないように気をつけます。電車や会場の空調が原因かと思われます。暖房ですが、温風が容赦なく頭の上から出ていましたからね、試験中。乾きすぎたあとはかならず頭痛。ちょっとノドも痛いかな。吸入です。

ところで今日は雨が降ってるの?というご質問にお答えすると、降っていません。じゃ、なぜ? ハイ、本のことや勉強で忙しかったから、ここんトコずっとゆっくり話せなかったので。別に雨でなくてもいいかなぁと。だから当分は“お日様右近”だったり“くもり右近”だったりもします。今月は皆勤を目指しますよ。五月から勉強を始めて、落ち着くときがあまり無かったのですが、きのうもお知らせしたように、今年度のメドが立ったので、とてもホッとしています。ですから楽しくお喋りしたいと思います。どうぞよろしくお付き合いください。

何かするべきことがあるときは、終わればアレをしよう、コレをしようと考えたりしますが、終わると「終わったゎ」←<関西弁でどうぞ>ぐらいでして、さほど感慨深くもありません。そんなもんでしょ皆さんも?感慨深くはありませんが、静かな達成感はありますね。これはケッコウ心地いいものです。だけど、来年からと思っている次の教科のテキスト読もうかなと手に取ったりしてる。(笑) 今日は買ったばかりのクラシックのピアノ曲集をかけてリラックスしていました。いいですね、ピアノ。弾けたらどんなに楽しいだろうなぁ。

私はあまり外出しませんが、きのうのように、どうしてもという時はだけ出かけます。電車も新鮮です。たまにしか乗らないから気づいて、大いに感じるところもあります。きのうは優先座席について思うところがありました。JRで大阪から神戸の元町まで往復をしましたが、帰路のこと。新快速が大阪に先着とかで三宮で乗り換えました。もちろん空席は無いとわかっています。(必死で探して奪取すればあるのでしょうが、そんなコト、カッコわるいよね) それで私は立っていました。私はそのつもりでしたから、疲れていましたが平気な顔をして立ち、さっき書いた解答が良くできていたかどうかレポート用紙を出してたしかめたり、窓から六甲山系の初冬の景色を眺めていました。

私のすぐそばに小柄な老婦人が立っておられました。彼女はもう動き出している車内を眺め回し、空席がないか依然として探しておられました。「よほどお疲れなんだろうな」と思いました。私も気が気でなく、同じように首を回して彼女が坐る席がないか探しました。優先座席はひとかたまりにあり、そこに目が行きました。金色の髪の若い女性、坊主のお兄さん、老年までいかないと見える寝たふりの中年ご夫婦などなど。妊婦さん、こども連れの女性はいいとしまして、老婦人が立っておられても知らん顔の方々が居られます。そんなことは今に始まったことではありませんが、「優先座席」なのに、坐るべき人が坐れないことに静かな怒りを感じました。

私はよほどそれらの方々に声をかけてみようかと思いましたが、控えました。その日の試験のために勉強したことに言葉のポライトネス(politeness)というのがあったのを思い出したからです。人びとの前でかれらに向かってそういうことをすれば、かれらの面子(メンツ←これは中国語でありまする。ちなみに英語ではfaceです)を傷つけると考えました。それで次に電車が停まったときに期待することにしました。そして尼崎でしたかどこでしたか、私も彼女のために1席確保しようと目が皿になっていたかもしれません。

すると彼女の近くの席が空きました。よかった、と思いました。それなのに彼女はじっと見つめているだけで越し掛けません。そのうち他の人が坐りました。彼女はまた車内を眺めまわします。彼女はとっても控えめな女性なのでしょう。(そう。いわゆる大阪のおばちゃんとは大違いです)そのとき、またいくつか席が空きました。もう見ちゃいられない。私は彼女の肩を抱くようにして「さぁ、お掛けになれば」と彼女を促して2メートルほど進みました。

するとそのときです、ジーンズの若い男が乗り込んできて、彼女の目の前をかすめてすばやく坐ろうと中腰になりました。「チョット待ってクダサイ。コノカタガオスワリニナリマス」と、今まさに座面に落ちんとす、という彼の尻をポンポン。おどろいた彼、「あ、いいですよ」とのいたはいいけれど、向かい側の席へそのままの中腰でクルリと尻を回してみごと着席。私はその老婦人さえ坐れればよかったので、もとの立っていた場所へ戻りました。

電車は動き出しました。なんだか視線を感じるなぁと思ってそちらを見ると、むっとしたしたような、あっけにとられたような顔の先ほどの彼の視線でした。「あ、あいつ何者?男か、女か?」みたいな顔で見ていました。私は涼しい顔で夕方になりかけた車外の風景に目をやり、しきりに英会話のことを話題にしてときどき短い英語を練習しているらしき女性達の会話に耳を預けていました。だって聞えてくるものね。うん、なかなかイイ、その発音なんて思いながら。

近頃の若い人の中には、「カッコいい・カッコわるい」が私が思うのと違っていることがあります。優先座席に堂々と坐っている若いキミ、それ、無茶苦茶カッコ悪いんだけど、わかってる? わかってるけどラクなほうがイイもん、だって? キミたちのような人がふえたらどうなるのかなぁ、この国は。そんなキミたちに、今の豊かな日本を支えてきた人たちのことなんかわかりっこないね。けれどキミたちが親になって、ちゃんとものごとを教えられるのかなぁ。心配だなぁ。

私は原則として電車では腰掛けません。よほど空席があれば坐りますが、ふつうは立っています。きのうなんて寝てなくて、フラフラで、ショボショボで、腰も痛くて、左足ガクガクでしたが、美学ですよ、美学。誰であろうと坐りたい人が居る状態の車内では坐らない主義です。オトコは疲れていても涼しい顔で立っているもんだと思ってる。若者よ、体も心も自分であんまり甘やかすんではないよ。そう、誰のためでもなく、キミのために。

老婦人は坐られてからも何度も私を振り返って頭を下げてくださいました。私は恐縮いたしました。私の母は席とり名人で一緒に電車に乗るのが恥ずかしかったほどでしたが、神戸を電車で走っていたからでしょうか、ふと母を想いました。キミにもおばあちゃん、おじいちゃん居るだろ、あるいは居ただろ。だいじにしてさしあげようね、高齢のかたがたを。

冷えますね。今日も一人鍋をしました。下仁田ネギが甘くてとても美味しかったなぁ。今夜はこのへんで。頭痛を早く治します。

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