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2008年12月25日 (木)

年の瀬に突入

イブとクリスマスの今日が過ぎれば、一気に年末モードに世間は一変、ジングルベ~ル♪から、もーいくつねると~♪にBGMも変わります。さぁ怒涛の年末です。私は先ほど年賀状をすべて刷り終え、ひと休み。ミルクティーを飲んでいます。 一日に私が飲むものは紅茶とコーヒーがほとんどで、日本茶よりも圧倒的に多いです。日本茶は食後に飲むくらい。紅茶もコーヒーもカフェインが多いし鉄分を毀すとも言われていますから飲みすぎるのはよくないのですが、もう習慣でダメですね。飲み物だけイギリス人&アメリカ人。もちろん日本茶も中国茶も、あらゆるお茶は好きですが。

さて昨夜はWham!の歌を楽しんでいただけましたか。 こんなイミだったんだ、へぇ、ほぉ、ふぅんと思われた皆さんも居られたのでは? ネット上では和訳を探している人たちたくさんがおられ、和訳を掲載している人もいます。訳しているのは塾のセンセイが多く、それならモト英語塾のセンセイの右近も参入というわけで右近流の訳でした。私は授業に英語の歌を取り入れていたので、クリスマスシーズンには必ずこれを歌いました。みんな完全に覚えてくれて一緒に歌って楽しみました。今でもあの子たち、きっとまだ歌えるだろうなぁ・・。

Wham!は幼なじみの同級生のDuoですが、あれだけ大ヒットを飛ばしながら4年で解散してしまいました。若い頃の詞は彼らに限らず恋愛に関することが多く、“ケアレス・ウィスパー”もそうですが、歌詞はまだそれほど深いものではありませんね。そのことはBeatlesにも言えることです。人生を歩きながら歳を重ね、人間に重みが加わっていい歌詞ができるのはどの歌手にも共通です。しかしなんてったってメロディやリズムがいい。抜群のセンスです。

さて「雨右近」から懐かしの「右近トーク」に戻しました。今日から最後の一週間を、一番ながい間みなさんに親しんでいただいたブログに戻しましょう。最初まで戻ってごらんになればお分かりですが、このブログはHiroshiの没後2ヵ月の2004年10月にメッセージ・ボードでスタートしました。(2003年6月~2004年8月のメッセージボードは残念にも失われました) その後、Niftyの変更によりブログに移行、その後もみなさんに可愛がっていただきまして2008年の12月まで続けることができました。この「右近トーク」になった2004年10月から今日まで4年2ヶ月続きました。その間、今春の4月、5月の2ヶ月間は休ませていただきましたから正味丸4年、長いですね。

振り返れば喋りに喋ったりという感があります。もしかしたら道行考のメインコンテンツは「右近トーク」だったのかなぁと・・。(笑) もちろんブログなので独立はしているんだけれど、広める気もなければ、どこからでも誰でも自由に入っていただきたい訳でもありませんでした。私は世間全体に向けて発信しているのではなく、常に「平成道行考」のお客様にだけ向けて話しかけてきました。皆さんのためのコーナーでした。面識のある方々と、はるかに多いと思われるお会いしたことの無いあなた。そうです。それら道行考を愛してくださる皆様のために未熟な私は語り続けました。

ひとことで言えば「楽しかった」、その言葉しか浮かびません。皆さんに可愛がっていただきながら、やっぱりやっている本人がいちばん楽しんでいたと思います。しかしここ数年、喋りすぎることへの危惧は常に私に付きまとい、これではいけないと考えるようになりました。それは書くことと話すことの種類の違いから起きる思考形態と関わることで、私が最もしたいことである書くことを考えれば、常に言葉を出している状態は好ましいことばかりではないと分かってきたのです。

いま私は長編小説のいくつかのテーマを温めています。それらがすべて小説にできるかどうかは分かりません。とりあえず自分の中で今が旬。そう思えるものから書き始めたいと思います。とイイカッコ言いながら、一方では書くことをいつか辞めるんじゃないかとも思ったりします。それは書くことよりも熱中できる何かが与えられた時のことです。先のことは誰にも何も分かりません。とりあえず今は書きたい気持ちはあるので、書ける態勢に自身を持っていくつもりです。

書くとは良心を書くこと。誰かがそう言っていました。私も同感です。面白いことは大事なことですが、ただ面白いだけではなく、社会性をもって何かを訴えることができる内容のある文章。そんな小説を目指したいと考えます。映画・演劇、小説や読み物など物語は娯楽の範疇にまとめられるものですが、娯楽であってもその中に何かを観る人や読む人に気づかせられたらと創り手は思うものです。それを目指したいですね。

人のために何ができるか。私はそのことを考え続けています。体は弱る一方ですが、まだできることはあるはずです。それは書くことかもしれない。そう思うかぎりにおいては、とりあえず書いてみたいと思っています。体が動かなくても坐れさえすればできること、いつだって決して嫌だと思わないもの。私にはそれが書くことなのです。喋ることではなく。お喋り右近は、ひとりで黙する時間も大好きなのです。

あれれ、ミルクティーが冷めちゃった。マジメな話になっちゃったね。なんとなく“名残りおしモード”になっているのでしょうね、わたくしは。しかし、もう私はブレません。人びとが忙しいこの年の瀬に、私は一日一日を大切に、残りの日々をこの場で喋らせていただきます。どうか最後までよろしくお付き合いください。

では今から年賀状に“ひとこと”を書きます。全部書くには朝までかかりそう。頑張らないと。あした投函しなければ。風がゴウゴウ、雨戸がガタガタいっています。今夜は寒いのでしょうが、あまり感じません。やることがあると私は感覚が鈍くなるようです。それでは皆さん、またあした。

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