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2009年6月

2009年6月29日 (月)

梅雨本番

0627004 ゼフィランサスも咲き始めました。これは3日前に写したもの。今日はたくさん咲いていたのに夜からの風雨で首を垂れてかわいそう。

雨風の日は、どこかでしのいでいる人々のことを思います。それから動物たちも。雨が好きだと呑気に言ってはいけないと思います。

梅雨の真ッ只中、今日は初めて蝉が鳴きましたよ。長くはなかったけれど、少しだけ鳴いていました。せっかちな蝉ですね。一番乗りです。

梅雨明けした沖縄以外は、しばらく梅雨っぽいお天気が続きそうです。足元にお気をつけて。傘で前が見えなくならないようにも。

今夜はこれで。

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2009年6月27日 (土)

何でもいいから作務thing

作務衣の作務とは寺の雑事のことをいいます。掃除、料理、片付け、植木の手入れなど何でもかんでもの用事のことです。坊さんが身につける作務衣は、そういったことをするときに着る衣類です。私は持っていませんが、一般にも広く着られるようになりましたね。

ところで、皆さん、修行をするとはどんなことをすることでしょう。お経を誦む、座禅を組む、滝に打たれて大声で読経する・・・。このようなことが浮かぶと思います。私もそう思っていました。ところがそうではないのです。禅の考えでは、一日の動きがすべて修行なのだそうです。座禅を組んで、あぁ、頭の中に浮かんでくるおいしそうなモノやいろいろなことを打ち消そうとすることばかりが修行ではないのです。←こんなこと言ったらダメだね。

つまりこういうことです。私たちは、朝起きたらまず何かしますね。朝食、洗顔、歯磨きなどなど。それから仕事場や学校、家庭などで何かをするわけです。それらも全部、修行なのです。私は引退したアソビ人ですから、起きて絶対にコレをすぐにしなければならないという事柄を持ちません。しかし、最近、私は常に動いていますよ。体調も今はまぁまぁいいので、動けているのでしょう。特にすぐ掃除をしてしまうクセがつきました。

そうして常に動いていると、家の中はきれいになり、気持ちもスッキリします。疲れて少々休んだら、また動き始めます。じっとしていちゃいけない。私に何かがそう指令します。あ、そうだ。こんなにボケーっとしてちゃダメだ、動かないと。そう気がつきます。もともと私はあまりじ~っとしている方ではないのですが、一日中が修行であると知ってから、さらにそれに磨きがかかりました。暑くなってくると、よけいに家の中をスッキリしたいですね。私はもっともっとモノ減らしをいたしませう。

というわけで、何でもいいからすることが作務をしていることになり、それは修行にもなると思って、皆さんもどんどん動いてくださいね。私は動けないことがたびたびありますから、動けることが本当に幸せだなぁと喜びを感じます。頭もそうですね。休ませてはイケマセ~ン。常に体と頭を動かすことが人間には大事なことです。動かせるのって幸せだ。

で、ですね。私はさっそく新しい小説を書き始めました。お見せできるといいですね。そうそう、逃避行も続けなければなりませんが、逃避行が逃避行をしちゃったみたいだから、チョット戻ってくるまで待つとしましょう。あの世界、けっこうheavyなのでチョット逃げ腰。戻れるタイミングが来て、ヒョイっと波に乗れた日からまた書き始めます。さぁ、皆さん、何でもいいからやりましょうか、作務thing。それでは良き日曜日を。

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2009年6月26日 (金)

ランタナ

0625001 ランタナが咲きました。
今年最初の花です。

可愛い花でしょ。
外側から咲き始めます。

今日は天才マイケルの
訃報一色の日でした。

天才の人生は
大変しんどいものでした。

お疲れ様でした。
安らかにお眠り下さい。

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2009年6月25日 (木)

桔梗そしてイマジズム

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桔梗が咲き始めました。五枚の花びらの先をぴったりと付け、紙風船のようにふくらんだツボミが開くと、このような星型になるふしぎな花です。植えっぱなしで掘り起こすこともなかったのですが、Hiroshiが植えたときのまま、同じ場所で毎年きれいに咲きます。

さて、昨夜の詩ですが、このブログで文字入力し、UPしようとしたら行間が詰まってしまってる。それならとWordで入力し直し、コピーするとやはり同じこと。「アナベル・リー」ではできたことが突然出来ないので私の頭は“?”。とりあえず掲載しましたが、この詩は本来、2行ごとの句から成るものです。付け加えておきます。

“ナンタケット”というのは「マサチューセッツ州、コッド岬南方の島で、古くは捕鯨基地として栄え、いまは別荘地や芸術家コロニーとして知られ、青い海を背景に、ニュー・イングランドの港町に特有の、白い清潔な木造家屋が立ち並んでいる。」所だそうです。
<岩波文庫「アメリカ名詩選」より>

イマジズム運動というのが1910年頃に英国で起こるのですが、アメリカにもそれは伝わります。英国の歴史あるソーソーたる詩はロマン主義真っ盛りとなりアメリカにも渡りました。先日のポーなどもアメリカのロマン主義詩人です。しかしアメリカに自分たちの詩をという新しい風が吹き始めます。

旧来の韻律など多くの決まりごとから離れ、題材なども身の回りから選び、新しい詩が芽生えてきます。イマジズム運動もそのひとつです。その運動自体は10年ほどで終わるのですが、詩の自由な音楽性や、詩の中心はイメージであることが確認され、その後、世界中に定着します。

それは詩の持つ絵画性の革新でした。私も下手な詩を書きますが、言われてみればイメージをたどるように詩を書くことが多いです。詩だけでなく私は下手な文章も書きますが、小説の情景を描くにも、文を書きながら絵を描いているような感覚がしていることが多いです。

昨日のような詩はお好きですか? 私は大好きです。イマジズムの特徴である短い言葉でイメージを中心に表現していますね。読みながら情景が浮かびます。そして情景ばかりでなく、ひとつの物語まで浮かんでくるかもしれません。たとえば最後の部分です。なぜ鍵がひとつそこにあるのと疑問を感じたら、あなたはイメージで物語を作ることが出来ますよ。

イマジズムは、読む人のimageを掻きたて、読みながらその世界で楽しめます。文学だけではなく、絵画や映像などあらゆる芸術、それから心理的な訓練や治療にもイマジズムは生きています。私は視覚的な感覚に動かされることが多く、文字を書きながらも映像のようなものを常に追ってしまいます。それってイマジズムだったのだなぁ。(^_-)-☆ うむ。

さて、最終のレポート2つが完成、あとは見直しと、綴じたり表紙を付けたりというところです。小説もそうだけれど、書き上げたときの達成感は格別です。しかし、私はどうしてこういう性分なんでしょう。チョット休めばいいものを、すぐにこうなります。“さぁて次は何をするんだったっけ、ナンタケット。”夜中にひとり笑いするのはそういうバカを自分で言ってすべりかける時です。猫の唯一の欠点は、犬のようにウケをしてくれないことです。笑ったのは私だけ。じぃじぃもだっちゃんも、知らん顔していました。(-"-) 

梅雨の中休みとか。今日も晴天でした。湿気がなく爽やかで、こんな夜は右近庵では少々寒いくらいで夜は長袖です。
皆さん、今週もあとひとがんばりですね。それでは今夜はこの辺で。

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2009年6月24日 (水)

“イマジズム”の詩をどうぞ

Nantucket

W.C.Williams

Flowers through the window

lavender and yellow

changed by white curtains

Smell of cleanliness

Sunshine of late afternoon-

On the glass tray

a glass pitchre, the tumbler

turned down by which

a key is lying   And the

immaculate white bed

ナンタケット

W.C.ウイリアムズ

  右近 訳

窓ごしに見える花々

紫色 そして 黄色

白いカーテンに色を薄れさせ

清らかな香りして

遅い午後の陽射しは弱く

ガラストレイの上に

ガラスの水差し、その隣に

伏せたタンブラー

鍵がひとつ、それから

しみひとつない純白のベッド

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2009年6月23日 (火)

沖縄戦終結から64年

島民を巻き込み、国内で唯一激しい地上戦がくり広げられて20万人にのぼる犠牲者を出した沖縄戦終結から今日で64年です。兵士ばかりでなく、ひめゆりの少女達や、集団自決へ追い込まれたの民間人たちの悲惨さは、想像を絶するものだったといいます。私たちは学校でこの日のことを教わったのでしょうか。教えられた記憶がありません。習ったとしても教科書にさらりと書かれていた程度だったでしょう。

こういったことも現在ではニュースで流れなければ知らない人の方が多いし、沖縄の人々が受けてきた苦しみ悲しみを知る機会が少なすぎると思います。現在、沖縄は観光の島でもあるわけですが、若い人たちには遊びに行くだけでなく島の歴史を知り、その上に今で私たちが幸せを享受していることを知らなければなりません。

時代は変わり、繁栄の陰に様々な悩みをもつ人が多いのも事実ですが、戦いで命を落とした人々のご遺族、子どもを、親を、愛する家族を自分の手で殺めなければならなかった人たちの苦しみと、長い年月の懊悩を越えるものは無いでしょう。集団自決に関しては、なぜ政府はデマのビラで洗脳して島民を追い詰めたのでしょう。軍部は早めに降伏して捕虜となる指示を、なぜ島民に与えなかったのでしょう。そういう時代だった。それだけでは割り切れないものがあり、憤りを覚えます。

あなたも今日は祈ってください。生きたかったのに生きられなかった人たちのために、安らかにお眠りくださいと祈ってください。

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2009年6月22日 (月)

今夜も太宰で

もう太宰は3日間引っ張ったのでと思っていましたが、なんと“クローズアップ現代”で国谷裕子女史がまた見せてくださったではありませんか。ゲストは太宰通の井上ひさし氏。今夜も少々お付き合いください、太宰のコト。

なぜ今、若者たちが“太宰”なのか。そのことについてのお話でした。若者の不変で普遍的な心情を赤裸々に書いているから惹かれるということは以前より言われていたことです。もちろんその点は大きいと思います。しかし、今までにもまして混迷と閉塞感を深めた今、なぜ、よけいに太宰なのか。そこですね、重要なのは。

井上氏は興味深いことを話しました。太宰は思春期の頃から年よりもませていました。芝居だの落語だの、高校時代には義太夫にも凝り、着物をきて習いに通ったりしました。それら「口承文学」の言葉に多く触れた彼が、青年になって西洋からの近代文学に触れた。そのふたつの出会いが彼の文体を形作ったというのです。なぁるほど。(^_-)-☆太宰の文体の魅力的な理由のひとつに“語りかけ”調が挙げられますが、アレはその辺から来ていたんですねぇ。

その語りかけ口調がなんとも読むものの心にダイレクトに入ってきて、あたかも自分ひとりにだけ語りかけてくれているような感覚に陥ります。ソコですよね、ソコ。(うむ、女性にモテるはずだ・・) 皆さん、小説を読んでいて、筋書きから離れて突然に作者が読んでいるアナタに向かって語りかけたり、解説したり、ときには弁解したりなんて、そんな小説ほかに無いでしょ? それはおそらく、素人ですが一応ヘタクソな文を書く右近の思うに、意識して彼はやっているのではなく、書いている最中に常に読者を意識している、いや、すぐそばに感じているからではないでしょうか。ソレがまた、孤独な者にはたまらない。この人ボクにアタシに話しかけてくれてる、こんなしんどいのは俺だけじゃない、私はひとりじゃないんだぁっ、このおじさん、バリかっこいい!と思わせるのでしょう。

それから太宰の言葉と今の若者の言葉が似ているということを指摘した大学の先生も居ました。秋葉原事件のK容疑者も同じことを携帯で書き続けていたけれど、誰も注目しなかったのはなぜかということを高校生達に問いかけていました。違いは、太宰の文はは破滅的なことを言っている中に、常に希望の光が見えるからだというのです。そうなのですよ、太宰は暗いばかりじゃなく、ポジティヴ太宰クンなのです。

井上氏が言うとおり、文句なしに面白い。太宰の小説は奇想天外な筋書きではなく、むしろ自分の身の周りに起こったことや、常に太宰らしき人物を中心に出来事が運ばれます。その人物が面白い。だって彼だもん。(^.^) 退廃的なようで健全なものを愛し、ずるいことや裏切りもしたけれど正義を好み、それらを偽りなくすべて隠さず吐露する太宰。惹きこまれると夢中です。私もときどき全集の一冊を取り出して読みますが、落ち込んだときや、リラックスしたいときに読みますね。

39歳でよかったのではなく、仕方がないからそう言いましたが、本当は50代の太宰、60、70、80代の太宰、そして好々爺になっているだろう100歳の彼が書くものが読みたかったな。とりわけ老いへ向かう途中の年令に、彼は何を思うのだろうかと興味があります。でも、健康的で健全な人をやってきた老大家の太宰なら、ここまで現代の若者たちの心を掴んだだろうか。そんなことも考えます。

それでは名作「津軽」のラストの文章をご紹介して今日はお別れです。
大雨が降るらしいです。気をつけてお出かけくださいね。

「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。
             
                     絶望するな。では、失敬。」 

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2009年6月20日 (土)

詩「沈黙」より

私が何度も一旦は喋らなくなったこのトーク、なんでまた出てきたの?って思う人も居られるでしょう。その過程をいま話す余裕はないけれど、落ち着いたら話してもいい。じゃ、ひと言だけ。“とらわれ”が無くなったから。とだけ。笑 きっと仏教や禅の考え方のお蔭。

昨夜、「アメリカ名詩選」という本を読んでいたら、いい言葉に出会いました。マリアン・ムーアという人の「沈黙」という詩です。一部をその本の和訳で抜粋しましょう。

猫のようにーーー鼠の尻尾をだらりと靴紐みたいに

口から垂らしながら、自分だけを頼りにして、

時には孤独を楽しみ、

嬉しい言葉に出会ったときは、

言葉を失うこともある。

奥深い感情は、つねに沈黙となって表れるーーー

いや、沈黙ではなく、慎みだ

なかなかの名言だと思いませんか。最後の二行は『愛別離苦』の方にも引用しました。私はときどき喋りすぎる自分が厭になります。なんて浅はかだったとあとで厭になるのです。このたびまた出てきた私は、そう思うことのないように、ほどほどにと思っていますよ。

でも今日はコレだけ聞いて。“検定”ばやりの昨今ですが、三鷹市が太宰治検定をおこなったとニュースで知りました。問題が少々見えましたが、うん、イケる。かなり上級に受かる自信アリ。(^.^) 大阪でもやってくれないかなぁ。兵庫県明石市では“タコ検定”もあるんだって。去年知りましたが、こちらは無理だ。タコのことはほとんど知らない。タコ太郎の冒険という題の小説の構想を練ったことはあるけれど。レポート書いててしんどくなると、時々現実逃避して奇想天外なことを考える。!(^^)!

ところで悪いことをした人たちがトップだった所の漢字検定がブームですが、上級になると見たこともないし、使うこともない字ばかり。ゲーム感覚かな。そんな漢字を読み書きできることに私はさほど意味を見出さないな。漢字がそこそこ書ければ、むしろ今の世の中、特に若い人たちには“きちんと話せる検定”“きちんと敬語話せる検定”“ひと通りの文章が書ける検定”“読む力検定”などの方がずっと有意義。そう思わない? なんでもほどほど、しかし常識程度は大切。そう思う。

喋りすぎに注意だった。太宰を3日も引っ張ってしまった右近ですが、今日はこれで沈黙。本格的な梅雨の訪れで雨が多くなりそうです。皆さん、雨を楽しんでください。あれれ、カタツムリ君、今日はお家から抜けてお散歩? ちがうよ、ボクはナメクジだよ。あ、コレは失礼致しました。っと。では今日はこれで本当に沈黙。Have a nice weekend!

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2009年6月19日 (金)

『走っけろメロス』

今日は桜桃忌、太宰の誕生日であり、玉川上水で心中した彼の遺体が発見された日でもあります。この日を命日とするよりも、誕生を祝う日になってきています。今年は百年祭、生きていたら百歳なのですね。

たった今、「視点・論点」で弘前の高校の鎌田先生が面白い試みを話していました。太宰の作品を津軽弁に直してみようというものです。「走れメロス」は走っけろ(はっけろ)メロスとなるそうです。作品からの抜粋で、先生はみごとな津軽弁を披露くださいました。いいですねぇ。うん、いい。太宰の訛りの強さは有名で、生涯とれなかったそうです。彼は洒落者ぶる性格なので、訛りを出さないようにしていたでしょうが、言語形成期に育った言葉というのは取れないらしいです。一方で彼はふるさとや津軽弁をこよなく愛していると思う作品をたくさん書いています。

一昨日も「歴史ヒストリア」という番組で太宰を取り上げていました。そちらの方は、えっ、それはチョット・・・。と思うこともありましたね。たしかに芥川賞への執念はものすごかったのですが、そればっかりだったように描かれていました。それから、「斜陽」も太田静子さんをくどいて日記を貰って書きましたが、正義感に燃えて社会に対する怒りを描こうとしたとは思いませんね。また、晩年の「人間失格」執筆中のことも、悪ぶった自分になるためにわざと家庭を棄てて書いたとは思えないですね。書く者は、おそらく書き始めると入り込んで何も考えられない。狂うのでしょう。書く環境として穏やかな家庭は不向きで、山崎富江さんのそばの方が都合よかったのでしょう。そして書き上げたあとの空しさから、ふと死にたくなった・・。

この心中に関しても猪瀬直樹氏は著書「ピカレスク」(悪漢という意味です。モチ、太宰のことです)で、いつものごとく死にたいという太宰に大量の酒を飲ませ、泥酔の太宰を先に水に落としたと書いています。土手には太宰の体をずり落とした形跡があったとのことです。酔っていない彼女は、はっきりとした意識で、覚悟の心中です。もちろんこれらは彼の推測です。

番組を観ていると、そのことだけしか無かったような印象を受けますね。芥川賞や、人間失格執筆のことだけでなく、日々刻々彼はものを考え、書いていたのですからね。それら2つのことを足しても太宰という人間を半分も語れないと思いますよ。歴史ものを見るときは、自分がとても詳しい事柄については、えぇ~っ(意義アリ)と思うことがよく。あります。番組の構成上、項目を絞らなければ仕方がないのでしょうが、それがすべてだと思って見ないことがいいのでしょう。

それにしてもなぜ太宰なのか。昔よりも今、もっと好かれている彼の生き方、彼の作品。なぜだかわかるような気がするんだけれど、うまく言えない。私も大好き。だけど、これだけ言っておくよ。太宰の作品は「斜陽」「人間失格」だけじゃない。彼の真骨頂は、あまり知られていない中短編にこそ多いということだけもう一度アピール。ぜひ読んでみてください。今まであまり読んだことのない太宰を。面白いよ~。うん、彼もテンネン。文庫本で出てるから読んでみるといいよ。

彼は39年を駆け抜けた。しかし、生きていればもっといいものが読めたのに、とは思わない。あれが彼の全ての力だと思う。芸術家は人生の長い短いではなく残した仕事でしょう。。しかしここまで人気が出た今の自分に、恥ずかしくて照れっぱなしじゃないかなぁ。(*^_^*)
おめでとう、百歳。ありがとう、治クン。

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2009年6月18日 (木)

ポーについて

ポー最後の詩、「アナベル・リー」はいかがでしたか?
楽しんでいただけましたでしょうか。

Edogar・Allan・Poe(アメリカの詩人・小説家 1809~49)は両親が旅回りの役者でしたが、父親は失踪、母親は結核で彼が3歳のときに死亡します。その後、父方の祖父に引き取られ、さらにその後煙草商人に引き取られます。思春期から詩を書き始め、15歳で友人の母親に恋をししますが、それは「ヘレンに寄せて」という秀作となります。

エドガー・アラン・ポーといえば皆さんもよくご存知でしょう。江戸川乱歩が彼からペンネームを考えたのは有名な話です。ポーは「黒猫」「モルグ街の殺人事件」「アッシャー家の崩壊」などなど数々の怪奇小説、恐怖小説、SF的な小説を書いています。私は小学生か中学生のとき、「モルグ街の殺人事件」を読んで怖くて眠れなかったことを覚えています。「盗まれた手紙」は英語の教科書でも習いました。「黒猫」も懐かしくて本棚から取り出して今日の昼間に読み返してみました。う~ん、これは当時としてはかなりの衝撃的な内容だったでしょうね。

さて、詩も多く書いたポーですが、ご紹介した「アナベル・リー」はポー最後の詩と言われています。アナベルのモデルは妻のヴァージニアです。母のエリザベスのイメージも入っているとも言われます。彼は大学中退後、放浪生活の末に父方の叔母クレム夫人に引き取られますが、ヴァージニアはその娘で、出会ったときはまだ9歳でした。

ヴァージニアが13歳9ヶ月のとき、二人は結婚します。妻というより妹として可愛がっていたようですが、それまでにも恋はしてきた彼はほんとうに彼女を愛していたようです。ところが彼女は1842年に喀血、5年後の1847年1月に24歳でこの世を去ります。赤貧のため掛ける布団もなく、彼女が被っていたのはポーの古い外套だけで、彼女を温めているのは胸の上にいる猫だけだったといいます。

彼女の母親とともに愛するヴァージニアを看取ったポーは、そのあと外套を羽織って外へ出て行ったと言われます。その後の彼は荒んだ生活となり、自身も体を壊して2年後に彼も絶命します。それは彼女の死後2年半、彼が40歳のときのことでした。ポーの波乱万丈の人生はこうして終わります。

この詩はヴァージニアの死後2日めにニューヨークトリビューン紙に掲載されて話題となり、160年を経た今も世界中の人々に愛されています。音読すると、“kingdom by the sea”という句が際立ちます。海というのは西洋の考えでは女性で、生命を飲み込む死の場所で、また生み出す母だといいます。対する山の上は神の国エルサレムです。ポーにとっての楽園は母なる海だったということです。

風のイメージも生や神の霊ですが、マイナスイメージでは神の怒り、破壊です。性的に不能であったとか、兄妹相姦、母子相姦など、いろいろ噂されたポーですが、最後に罪の意識から逃れようと自己破滅の衝動に身を任せて早世します。破滅型人間ですね、太宰みたいに。あぁ、破滅型人間とは、なぜかくも魅力的なのでしょう! そういえば明日は桜桃忌、太宰生誕100年ですね。そして今日は私の父の命日で、ポール・マッカートニーの誕生日。あぁ、ややこしい。(-_-;)

今日は夕立が降りました。降った後、土の匂いが家の中までして、思わず深呼吸。そのあと涼しくなりました。いよいよ梅雨本番ですね。 私はレポートが一つ出来上がりました。合間に好きな詩を読んだり訳したりして遊びます。さて、次のにかかりましょうか。 皆さん、英語の詩は楽しかったですか? 楽しければまた何かご紹介します。

庭にアナベルという白いアジサイがたくさん咲いた年がありました。植えた覚えがないのに不思議でした。そのあたりで今年はラベンダーが予想外の成長を遂げて低木化し、生い茂ってアナベルが芽を出さなかったのが残念です。ところでアナベル・リーというブランドもあるんだってね。 へぇ。 それでは今夜はこのへんで。(^o^)丿
※今日の記述は佛教大学「英文学研究」テキストを参考にしています。

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2009年6月17日 (水)

アナベル・リー (和訳)

   「アナベル・リー」

      エドガー・アラン・ポー作  右近 訳

   

   昔むかしのことだった

     海のほとりにある王国に

   ひとりの乙女が住んでいた

     誰もが知ってるアナベル・リーという乙女

   ただひとつのことしか彼女にはなく

     それはぼくを愛して愛されること

   

彼女もぼくもまだ子どもで

     海のほとりにある王国で

   けれども愛より大きな愛でもって愛し合い

     ぼくとアナベル・リーは愛し合い

   翼をつけた天上に棲む天使たちが

     羨むほどにぼくらは愛し合い

   

それゆえその昔

     海のほとりにある王国で

   夜に雲間から風が吹き

     ぼくのアナベル・リーを凍えさせた

   それから高貴な生まれの親族とやらがやって来て

     ぼくから彼女を奪い去り

   お墓のなかに閉じ込めた

     海のほとりにあるお墓

   

天使たちは天上界でちっとも幸せでなく

     ぼくらのことを妬んだのだ

   そうさ!それゆえに(海のほとりの王国の

     誰もが知っているように)

   雲間から風が吹きすさんで凍えさせ

     ぼくのアナベル・リーを死なせたのだ

   けれどもぼくらの愛の方がはるかに強く

     ぼくらよりも年を重ねた人たちの愛よりも

     ぼくらよりも思慮の深い人たちの愛よりも

   それに天上に棲む天使たちや

     海の底に棲む悪霊たちも

   ぼくの魂を引き離すことなどできやしない

     アナベル・リーの魂から

   

なぜなら月の光が射す夜には夢をみる

     美しいアナベル・リーの夢をみる

   そして星がきらめくたびにぼくは思う

     あれは美しいアナベル・リーの瞳だと

   だからこの身を横たえて夜もすがら

   美しい人 ぼくの命 ぼくの花嫁のかたわらに

     海のほとりのお墓のなか

     海のほとりにある彼女のお墓のかたわらで

     

 

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2009年6月16日 (火)

英語の詩をどうぞ

ANNABEL  LEE

                                  Edgar Allan Poe

It was many and many a year ago,
   In a kingdom by the sea,
That a maiden there lived whom you may know
   By the name of ANNABEL LEE; -
And this maiden she lived with no other thought
   Than to love and be loved by me.

She was a child and I wa a child .
   In this kingdom by the sea:
But we loved with a love that was more than love --
   I and my ANNABEL LEE;
With a love that the winged seraphs of Heaven
   Coveted her and me.

And this was the reason that, long ago,
   In this kingdom by the sea,
A wind blew out of a cloudby night
     Chilling my beautiful ANNABEL LEE;
So that her high-born kinsman came
   And bore her away from me,
To shut her up in a sepulchre
   In this kingdom by the sea.

The angels, not half so happy in Heaven,
   Went envying her and me ;-
Yes!- that was the reason (as all men know,
   In this kingdom by the sea)
That the wind came out of the cloud,chilling
   And killing my ANNABEL LEE,
But our love it was stronger by far than the love
   Of those who were older than we-
   Of many far wiser than we -
And neither the angels in heaven above,
   Nor the demons down under the sea,
Can ever dissever my soul from the soul
   Of the beautiful ANNABEL LEE. -

For the moon never beams, without bringing me dreams
   Of the beautiful ANNABEL LEE;
And the stars never rise , but I feel the bright eyes
   Of the beautiful ANNABEL LEE;
And so, all the night-tide, I lie down by the see
Of my darling - my darling - my life and my bride,
   In the sepulchre there by the sea -
   In her tomb by the side of the sea.

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2009年6月15日 (月)

がんばるダッコ

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ダッコの情況は日増しに厳しいものとなってきました。ほとんど箱の中で寝て過し、出てくる回数も減りました。少し前までは起きてきては膝に乗せろとうるさいほどでしたが、それもしんどくなってきたのでしょう。箱から出てきてもすぐにまた入り、ひとり静かに過しています。

気になるのは毎日かならず吐くようになっていること、眠っているとき突然の咳が出て、なかなか収まらない時があること。普通なら獣医さんへというところかもしれません。しかし、外出嫌いのダッコにとってそれは体力を消耗することで、、また私の体力もかなり要求されることで互いに大変な負担になります。注射や点滴でその都度無理に元気にさせることへの疑問もあります。自然のまま。動物も人間も。

私も弱り、寝ている時間がふえてきました。ダッコが箱から出てきて一生懸命ジャンプして筏に上がってくるとき、それは甘えたいときです。話しかけながら頭や背中を撫でてやると嬉しそうに目をつむります。そんな時間は至福のときです。こんな時間もあといくらもないのだろうなと考えながらダッコとの時間を大切にしています。

からだは痩せてずいぶん小さくなりました。それでも鳴くときのお腹からの低音は静かな右近庵に響き渡ります。私がしんどくて寝ているときは頬を舐めてくれたりもして、自分を維持するのもやっと同士が、なんだかいたわりあってけなげだなぁ・・。うむ。頑張ろうね、ダッちゃん。夏には22歳だよ。飼主も夏には□歳だ。がんばろ~

予想通り私の疲れは一週間過ぎても取れません。まだ私は一日の大部分を筏の上で過しています。こんなことやってちゃいけない、早く起きないと、やること一杯あるのに、あぁ、時間の無駄だetc・・・。となるべく考えないようにしてはいるけれど、やっぱり早く元気に動き回りたい。
だるさよ、早く去れ~ッ! それでは今夜はこの辺で。

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2009年6月14日 (日)

ようこそカエル君

0614003 右近庵にはかつてカエルがたくさん居ましたが、庭に猫がふえたこと、裏庭のブロック塀を高くしたことなどの理由で、めっきり数が減りました。ちょっと残念。

夕方、水遣りに外へ出ると、雨水を貯めるのに置いているポリ容器のフチにカエル君。携帯を向けても逃げる様子ナシ。何枚か撮らせていただき、植物に水を遣ったあと、まだ居るのでカエル君にもシャワー。マバタキもせず気持ちよさそう。今日は晴天だったもの。

哲学的な風貌のカエル君、体長は2~3㎝というところ。ようこそ右近庵へ。もしかしたら君は毎年来てくれるアノ君? なんてカエルのことをカンガエル右近でした。新しい一週間です。お元気にお過し下さい。

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2009年6月13日 (土)

疲れて候

疲れが今頃出てきたのかまだ取れないのかだるくてダメです。動いてはすわり、また動いては筏の上に寝そべっています。そんなときはじっと寝てればいいのに出来ない・・。笑  そう。だからこんなときは映画。だけどきのうは見ながら途中から眠ってしまって、目が覚めたらラストシーンだった。(-_-;)  道元のことを描いた「禅」だけど。

映画に出てくることの大部分は道元の本を数冊読んでいたから知っていたからついていけたけれど、予備知識なしで観た人は大変。どんな映画も映画は娯楽だから、観ている者を退屈させてはいけないね。いろんな意味で。それから勘九郎さん、ミスキャストかな。映画出演は初めてというのはいいとして、まず歴史上に残っている道元とは似ても似つかない面立ち。いえ、彼をけなしているのではなく、やはり多少なりとも似せて映画はつくるべきかと。。それに演技の主演にはまだ無理がある。そんなときはもう少し脇を名優で固めてあげましょう。えっ、予算がなかった? それならしょうがないなぁ。どこも好印象の評だけど、私はちょっと辛い点数。眠ってしまうということは一つのバロメーターになると思ってる。映画の出来、不出来のね。(^_-)-☆

夜中になって少し体は楽になってきました。家事も何とか終わったし、では“最高の人生の見つけ方”でも観ましょうか。筏で退屈しなくて済むのはうれしいや。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン。両名優の競演は楽しみだ。じゃ、今夜はこれで。(^o^)丿

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2009年6月11日 (木)

ひとやすみ

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スクーリングの課題テストのレポートが書けました。あぁ、つかれた。夕方に仕上がって、ドッと疲れが出て筏ベッドでしばらく動けず。(+_+) 
ご飯を食べて元気回復です。

一応の区切りがついたと言いたいのですが、来月初旬提出のレポート2つにかからないと。これは卒論の読み替えにあたる教科だし、がんばらないと。うん、やっぱり英詩。日があるからちょっと気晴らしに映画でも見たい気分。それで4枚借りた。あした届く。うれしい。(^.^)

筏ベッド復活で、また居間へ引っ張り出してきました。うん、快適、快適。じぃじぃも一緒に快適、はいいんだけど、君は外からダニを運んでくるからね。ときどき豆粒ほどにも成長したマダニ君を。小さいのは飼主にも何度もついたんだから・・。(-_-;) だってしょうがないよ、ボクはワイルドに育ったんだから。うん、そうだね、ワイルドにね。尤もだ。

では飼主もワイルドに。皆様の前で寝そべって足を組むなんぞ行儀の悪いことを。大変失礼致しました。そばにカメラがあったので。m(__)m

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2009年6月 9日 (火)

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キャンパスは緑が多く、この楓はきれいでした。楓は秋だけではなく今頃もきれいですね。左上が欠けて見えるのは、曇り空と「右近トーク」の背景の色が似ているからです。

私は受講後十日以内に提出の試験のレポートを書いています。
こういうことはサッサとしてしまわないとね。
疲れはまだ少し残っていますがなんとかやってます。ありがとう。(^.^)

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2009年6月 7日 (日)

帰りました

何とか無事に帰ってきました。疲れはピーク、休みます。ありがとう。

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2009年6月 6日 (土)

携帯からこんばんは

ただいま右近は大阪府茨木市という所にいます。ここは次女のマンション、なかなか快適、アジアテイスト&インドテイスト。部屋は快適ですが、ふだん右近庵に暮らす私には車やバイクの音がちと耳にさわりまする。(`o'ヾ 昨夜は2時間ほど眠りましたが睡眠不足。だから目がショボショボ。しかしそんなこと言ってられない。予習予習。今から英詩をたくさん訳さないといけません。ここからは大学まで1時間もかからないから朝が楽。今夜も少しは寝ないとね。入れ替わりに右近庵では次女が猫番。みんな元気にしてるかなぁ。それでは皆さん、あしたも頑張ってください。私も頑張ります。(^-^)v 右近より

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2009年6月 5日 (金)

行ってまいります

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ツルバラも咲きました。たくさんの蕾をつけています。赤でもピンクでもオレンジでもなく、その全部が混じったような色をしています。

さて、いよいよ明朝はスクーリングに出かけます。今日まで体調がなんとか維持できたことに感謝したいです。神に仏に、手を貸してくれる人に猫たちに。それからもちろん応援してくださる皆さんに。明日はだんだん晴れるそうですが、カンカン照りではなさそうなのでよかった。(^.^) 携帯から書き込む余裕があれば、トークに何か書きます。

今夜はできれば少しでも眠りたいと思っていますが、長年の習慣はおそらく覆せないでしょうから、たぶん寝ないで行くと思います。それでは皆さん、しっかりお勉強をしてまいります。週末を、皆さんもお元気でお過し下さい。では、行ってまいります。(^o^)丿 右近

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2009年6月 4日 (木)

グミ摘み

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今日はグミを摘みました。小さい時に私も摘んだ、なつかしいとメールをいただきました。曇空の下、こんなふうにして摘みました。そばでじぃじぃは、人間はいろんなことをするもんだと見ていましたが、そのうちにそっぽ向いて段々畑の向こうの方を見ていました。左手で摘み、右手で写す。近頃こういうことにも慣れてきたよ。摘んだグミは洗ってすぐに干しました。晴天じゃないから乾かないだろうな。←晴れ希望 

と、呑気なように見えるかもしれないけれど、けっこう忙しい。猫番をする者のためのお弁当作りやいろいろと。(お弁当にしてそのまま凍らせたよ。(^_-)-☆) だっちゃんの調子が悪かったんだけど、さいわい回復してきた様子でよかった。(^.^) 講義のテキストは送ってきてるけど、どこをやるのかわからないから予習のしようがない。だからpass。うん、また詩。この一年はたぶん英詩ばかり。好きだからいいけども。

体調が崩れないように気をつけながら動いています。あとちょっと。どうかこのまま維持できますように。梅雨っぽくなってきましたね。まだ蒸し暑さはなくて涼しい。この気候が一年でいちばん好き。スーっと涼しくて汗も出なくて。6日は近畿は梅雨入りです。おっしゃぁ!6日は曇りのち雨となっています。←雨希望  それなら黄色のコート。(もち男物)

まもなく週の後半です。皆さんも、あとひと頑張りですね。
今日も来てくれてありがとう。

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2009年6月 2日 (火)

ゼラニウム

0520001 ゼラニウムの花です。
この花は香が強いので虫が嫌います。右近庵は蚊が多いので、今年はこの花を買ってみました。4株のうち、2株を大きめのプランターに、1株を植木鉢に、1株を花壇に植えました。葉っぱからなんともいい匂いがしますよ。

夏には電気を消すとぶ~ん、ぶ~んと、どこからともなく蚊がやってきて睡眠を妨げます。そんなとき鉢植えをそばにおいてみましょうかね、この夏は。効き目があるのかどうか夏がお楽しみ。

今日はちょっとしんどいな。どおりで偶数の日だ。だからグミは摘めなかった。また元気な日に摘むよ。たくさんたくさん成ってるからね。

晩御飯の鰯の梅煮はおいしかったなぁ。4匹も食べてしまった。(^.^)
皆さんがあしたも元気ですように。はい、私も。もあるから大丈夫。

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2009年6月 1日 (月)

水無月です

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庭の裏につくった裏庭に、今はジャガイモとサツマイモを植えています。激しい雨で畝が崩れたかと見に行けば、前にある立派なグミの木が実をたくさんつけていました。赤い実を採って食べてみるとちょっと甘くてチョット渋い。けれどもこんなにたくさんあって何とかならないかなと思い、ジャムにでもと摘みました。市の敷地で一応、公園ということだけど誰も訪れない。このあたりじゃこんな所はどこにでもあるもの。端に植えてある木は生い茂るとぜんぶ右近庵の方へ枝を寄りかからせてきます。いつも寄りかからせてあげてるから貰うねと摘んだわけです。

写真の量の二倍を氷砂糖と煮てみましたら、ジャムというよりソースみたいで“グミソース”ができました。ちょっとシブさが残っているけれど充分においしい。ヨーグルトにかけて食べました。もうすこし摘んでドライフルーツにしてみよう。干すのはお得意の右近です。ドライフルーツにすると、きっと渋みはぜんぶ消えると思うな。やってみる。また摘んで。

この写真を撮ったあと、いかだベッドで寝ていたじぃじぃがいつのまにか起きてすわり、小じぃじぃを見おろしてゲキ視。お、おまえ、ぬいぐるみだよな、な、な。とでも言うような顔をして。ちょっとアセッていたじぃじぃでした。君の子分だよ。忘れたのかい。(今は居ません。またお外)

今日から水無月です。どおりで今日は体調がよくて動けました。奇数だし。毎年、この時期から体調は上を向くはずです。期待いたしましょう。(^_^) 今週末からのスクーリングに、万全の体調で行けるように、今は抑え目抑え目。汗をかかない程度に動きませう。風邪ひかないように。

雨のあとはひんやりして爽やか。気持ちのいい一日でした。
皆さん、日本の方々に住む皆さん、今月もお元気でご活躍ください。

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