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2009年6月18日 (木)

ポーについて

ポー最後の詩、「アナベル・リー」はいかがでしたか?
楽しんでいただけましたでしょうか。

Edogar・Allan・Poe(アメリカの詩人・小説家 1809~49)は両親が旅回りの役者でしたが、父親は失踪、母親は結核で彼が3歳のときに死亡します。その後、父方の祖父に引き取られ、さらにその後煙草商人に引き取られます。思春期から詩を書き始め、15歳で友人の母親に恋をししますが、それは「ヘレンに寄せて」という秀作となります。

エドガー・アラン・ポーといえば皆さんもよくご存知でしょう。江戸川乱歩が彼からペンネームを考えたのは有名な話です。ポーは「黒猫」「モルグ街の殺人事件」「アッシャー家の崩壊」などなど数々の怪奇小説、恐怖小説、SF的な小説を書いています。私は小学生か中学生のとき、「モルグ街の殺人事件」を読んで怖くて眠れなかったことを覚えています。「盗まれた手紙」は英語の教科書でも習いました。「黒猫」も懐かしくて本棚から取り出して今日の昼間に読み返してみました。う~ん、これは当時としてはかなりの衝撃的な内容だったでしょうね。

さて、詩も多く書いたポーですが、ご紹介した「アナベル・リー」はポー最後の詩と言われています。アナベルのモデルは妻のヴァージニアです。母のエリザベスのイメージも入っているとも言われます。彼は大学中退後、放浪生活の末に父方の叔母クレム夫人に引き取られますが、ヴァージニアはその娘で、出会ったときはまだ9歳でした。

ヴァージニアが13歳9ヶ月のとき、二人は結婚します。妻というより妹として可愛がっていたようですが、それまでにも恋はしてきた彼はほんとうに彼女を愛していたようです。ところが彼女は1842年に喀血、5年後の1847年1月に24歳でこの世を去ります。赤貧のため掛ける布団もなく、彼女が被っていたのはポーの古い外套だけで、彼女を温めているのは胸の上にいる猫だけだったといいます。

彼女の母親とともに愛するヴァージニアを看取ったポーは、そのあと外套を羽織って外へ出て行ったと言われます。その後の彼は荒んだ生活となり、自身も体を壊して2年後に彼も絶命します。それは彼女の死後2年半、彼が40歳のときのことでした。ポーの波乱万丈の人生はこうして終わります。

この詩はヴァージニアの死後2日めにニューヨークトリビューン紙に掲載されて話題となり、160年を経た今も世界中の人々に愛されています。音読すると、“kingdom by the sea”という句が際立ちます。海というのは西洋の考えでは女性で、生命を飲み込む死の場所で、また生み出す母だといいます。対する山の上は神の国エルサレムです。ポーにとっての楽園は母なる海だったということです。

風のイメージも生や神の霊ですが、マイナスイメージでは神の怒り、破壊です。性的に不能であったとか、兄妹相姦、母子相姦など、いろいろ噂されたポーですが、最後に罪の意識から逃れようと自己破滅の衝動に身を任せて早世します。破滅型人間ですね、太宰みたいに。あぁ、破滅型人間とは、なぜかくも魅力的なのでしょう! そういえば明日は桜桃忌、太宰生誕100年ですね。そして今日は私の父の命日で、ポール・マッカートニーの誕生日。あぁ、ややこしい。(-_-;)

今日は夕立が降りました。降った後、土の匂いが家の中までして、思わず深呼吸。そのあと涼しくなりました。いよいよ梅雨本番ですね。 私はレポートが一つ出来上がりました。合間に好きな詩を読んだり訳したりして遊びます。さて、次のにかかりましょうか。 皆さん、英語の詩は楽しかったですか? 楽しければまた何かご紹介します。

庭にアナベルという白いアジサイがたくさん咲いた年がありました。植えた覚えがないのに不思議でした。そのあたりで今年はラベンダーが予想外の成長を遂げて低木化し、生い茂ってアナベルが芽を出さなかったのが残念です。ところでアナベル・リーというブランドもあるんだってね。 へぇ。 それでは今夜はこのへんで。(^o^)丿
※今日の記述は佛教大学「英文学研究」テキストを参考にしています。

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