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2010年5月10日 (月)

なかなか書けないことの説明

再開しながら、ブログがなかなか書けない。「ひとり言」も完成までと言っておきながら、これもなかなか書けない。理由なくそうなっているのではありません。理由があるからです。しかし、それらをひとつひとつ説明することはどうかと思ってしていません。何度も申し上げます。皆さん、私は皆さんが思っておられるほどに元気ではありません。大不調から脱したといっても、毎日が闘いです。この数日間も持病と風邪でだるくて起きられず伏しています。どうか催促はご勘弁ください。うれしいことですが、今や私は、それならとすぐに起きて書ける右近ではありませぬ。お元気な皆様にはご理解が難しいことかと存じます。しかしながら、どうか静観してくださいますように。

トークを書けば元気だと思われる。思われるから、元気なのになぜその他の文を書かないかと不思議に見える。思われるから悪さをする人たちも居たのでしょう。ご訪問の皆様には、どうぞスイッチを切り換えてくださいますように。私は正真正銘、病人です。それを認めなければならないレベルに弱ってまいりました。私は引き際を見誤ったとつくづく後悔しています。しかしながら、出てこられるときだけ出てくる、書けるときに「ひとり言」を書く。皆さんがこれをお許しくださいますならば、細々とでも今しばらくは続けられるかと思います。私は毎日、だるさや諸症状と闘っています。ちょっと動いてはフーっとだるくなって横になる。また気力をふりしぼって起きて動き、またダウン・・。その連続でほとんど何も進まないまま一日が終わってしまいます。当面の目標は、日常生活を自分ひとりで頑張りたいということです。けれども創作以前の、日常生活そのものが困難な状況になってきていることに危機感を覚えています。今日も晩御飯の後片付けができず、そのままにしています。情けないことです。

わかってくださいというのは無理でしょう。けれども、わかろうとしてください。皆さんの知っておられる疲労感の10倍、いや、100倍くらいの疲労感と私は一年じゅう同居しています。創作する以前に私は食事をきちんと自分で作って栄養を摂らなければならないし、掃除もできるかぎりしたいと考えます。それらひとつひとつがとても大変なこととなってきました。私のもつ病気は進行性です。どうか皆さんも私の病気の進行と、それに伴う私の生活の変化を受け容れてください。急激な弱りに戸惑い、嘆き、諦めに変わってきましたが、そんな私を静かに見守っていただけますれば幸いです。もちろん書けるときには書いていきます。それを切望しているのは、ほかならぬ私自身なのですから。「ひとり言」はゆっくりゆっくり書かせてください。よろしくお願いいたします。ではベッドに戻ります。読んでくださってありがとう。      右近拝

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