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2011年7月

2011年7月28日 (木)

豪雨に備えてハンマーを

各地で豪雨となっています。お隣の韓国でも大きな被害が出ています。
とりわけゲリラ豪雨というのは危険で、雨水はアッというまに溝や河川の水位を上げ、道路を見る間に冠水させてしまいます。私も今月初めに遭遇しましたが、車に乗っている最中は不安なものです。そこでツールを車内に備えることにしました。脱出用のレスキューハンマーです。前から買おうと思っていたので、この際にと購入しました。豪雨の時だけでなく、事故などでドアが開かなくなったときにも役立ちます。皆さんも車にひとつ載せておいてはいかがですか。咄嗟のときに素手で窓を割るのは怪我もするし、動転しているとなかなか困難なことです。
私は以下のようなハンマーを購入しました。全長20センチ弱。カーボンスティールという材質だそうです。軽いです。ハンマーの叩く部分は一方がとがり、一方は平らです。シートベルトを挟んで素早く切る機能もあります。自分にかぎって・・・はダメですよ。考えられないことが起こる最近の異常気象です。備えあれば憂いなし。まだ積んでいない皆さん、ぜひ御一考ください。ちなみにこれは980円也でした。   
北陸・関東・東北地方などで激しい雨とか。豪雨になるかもしれないとのことです。どうぞお気をつけて。

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2011年7月26日 (火)

ブログに関する補足です

きのうはありがとう。たくさんお越し下さったようです。

昨夜、書き忘れました。10万ヒットがどなたなのか私にもわかりません。しかし午前3時にあと“3”だったので、午前中、それも早めに訪れた方のなかにおられると思います。あら、私だわと思われた方、あなたなのでしょう。それともあなたかな。(-_-) とにかくおめでとうございます。\(^o^)/  そのほかの皆さんもありがとう。みんなみんなおめでとう。\(^o^)/ 私は特に幸運な人間だと思わず、人様にお分けするような“運”を持ちあわせていません。しかし、こうして長きにわたり皆さんと関われる“運”には恵まているのだと思います。その運をみんなで分けましょう。それがいい。みんなで築いた10万です。運も山分けいたしましょう。

Niftyのココログにはアクセス解析が付いています。合計4つのブログをマメに運営していた頃、それぞれのブログのアクセス数が表示されました。このたび復活して変化を知りました。各ブログのアクセス数や解析が表示されなくなっています。右近・猫&花・小説は3つでワンセットのレンタルですが、この3つのブログのアクセス数がひとつにまとめられているようです。メインのブログを‘右近トーク’にしていますが、表示の数がひとつのブログのもんっか合計なのかが分かりません。たぶん合計でしょうね。まだ蒼かった頃、ホームページもブログもアクセス数が気になったものですが、今は気になりません。更新も休むと気になったのですが、今は気ままな更新が身についてきましたね。これでいいのだと思います。(←「これでいいのだ」は名言ですが、普通の言葉でもあります。しかしバカボンのパパが言ったため、真面目なsituationで使ったり文章にした時に、‘パパ’になってしまってハッとする。やっぱり赤塚不二夫はすごい。これは不滅の言葉だ。(^_-)-☆)

それからもうひとつ。2008年だっけ、右近トークを終了しようと、お別れの詩まで書いて、泣けたというメールや書き込みまでいただいて、やっぱり待ってくださる皆さんに応えようと復活し・・・。なんだか懐かしい。遠い昔のことのようだね・・・。菅さんみたいに私もまだ辞めていない。(^_-) あ、感傷に浸るためにこの話をしたんじゃなくて、すごい偶然が裏であった話です。後日、管理画面の数字を見てビックリ。なんと記事数がきっちり1000だった!(*_*) 記事数にもまったく無頓着でいたから、いったん終了と決めて皆さんに伝えた後に知り、不思議な気がしましたね。すごい偶然だと思いませんか?(前にも話したっけ?) ちなみに今は、えぇっと、1300いくつかです。また見ておきます。最近は“猫&花”がよく動いていますね。だって撮ったらみんなに見せたいもの。ブログはやってる本人が楽しまなくては。それが鉄則。あっちは趣味のページだけれど、ここ‘右近トーク’は社会的な色合いも帯びてきてる。気負わずに細く長く行けたらいいね。そう、私も細く長く行けたらいいなと思う。

久しぶりのお喋りでした。いろいろやってるし、いろんなこと考えてるよ。ボーっとしていない。アタマ廻りはじめてる。安心してね。今夜は井上ひさしの続きを読むよ。『この人から受け継ぐもの』。面白い。
それじゃ、この辺で。

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2011年7月25日 (月)

ありがとう。 ≪誕生日によせて≫

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今年は元気で誕生日を迎えることができました。
いつもご訪問ありがとう。応援をありがとう。
個々の皆さん宛てには言葉で応えられなくなりましたが、無言の応援は私の耳に届いています。

伝えたいことは山ほどあります。
語りたいことは山ほどあります。
しかし言葉を放出するばかりだった過去の幼い私ではなくなりました。

還暦が見えてきた今、私の頭には数々のするべきことが巡っています。
それらのことにひとつずつ取りかかり、自分自身に見合った暮らしぶりを望んでいます。
思い出を整理して遺すべきものを選別し、惜別の情を持ってモノ減らしをする。そして誰かのために出来うる事柄を継続することなど。

ご心配なく。今夏は自活できるまでに体力はつきました。食事も自分で作っています。
けれども何もかもをする体力はなく、今後も大きな向上は望めないでしょう。
そのことに嘆きも焦りも感じることがなくなったのは、苦しい日々を経て得た成果と言えます。今の程度動けることは幸せです。

皆さん、『平成道行考』にお越しの愛すべき皆さん。いえ、『右近トーク』にお越しの皆さん。
私は気負うことなく、なにものにも急かされず脅かされず、私の速度で旅路を歩みます。
このゆるやかな速度でよろしければ、途中で何度も休みますが、よろしかったら同道を。

ありがとう。
沈黙の一年を経て尚も、なぜ皆さんがお越し下さるのか実のところ私にはよくわかりません。
しかしながら“ありがとう”を何べんも。

この人間をここまで見てきた。それならいっそ死にざまを。
そう考える皆さん、うれしい限りでございます。私の見られないものをとくとご覧あれ。
直接語ることがなくても、私は50人くらいの人たちといつも一緒に歩いているような気がしています。

「伝えたい事があります」
今日、思いがけず教え子から送られてきた誕生日プレゼントのブックカバーに書いてある言葉。
伝えたいことは山ほどあります。語りたいことは山ほどあります。多くを語らずに多くを伝えていけたらいいなと思います。

『右近トーク』アクセス数10万超ありがとう。
只今100057です。ブログ形式になった2006年以後の数字です。
ふだんはアクセス数には気をとめていないので驚きました。

よろしかったらこれからもお付き合いください。同道してください。
届いています。聞こえています。あなたからの“お誕生日おめでとう!”。 
今日はほんとうに、ありがとう。

右近

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あと3クリックで10万アクセス

いつもはまったく気にしていないけれど、ふと見ると99997となっていました。どなたかが10万ヒットです。しかし私は今日はもうココログを閉じますから、どなた様かよろしく。おもてにカウンターをつけていないし、どなたが道行考の‘運’を掴まれるのかわかりませんね。願わくは幸運を掴まれますように。ここまでは、どうでもいいお知らせでした。本日、また出てきます。只今、室温25度、湿度75パーセント。午前3時。おやすみなさい。

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2011年7月18日 (月)

金メダルおめでとう

ものすごい試合でしたが、最後は日本人の精神力が勝りました。

私たちは胸を張ろう。「なでしこジャパン」を世界に誇ろう。

なでしこの花言葉は、「純愛」「勇気」「大胆」。まさにそのとおり。

おめでとう「なでしこジャパン」。ありがとう「なでしこジャパン」。\(^o^)/

ただいま表彰式の真っ最中。とても眠れそうにありません。

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2011年7月14日 (木)

被災地の花火大会を応援しよう!“仙台七夕花火祭り”

◎仙台七夕花火祭り公式ホームページ  (宮城)  トップページの花火がみごとです。クリックしてみてください。

協賛の申し込みはこちら 

クレジットカードの使用が可能です。振り込みもできます。よろしくお願いいたします。

\(^o^)/『なでしこジャパン』やりましたね。決勝は手ごわいアメリカですが、頑張ってほしいですね。\(^o^)/

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2011年7月13日 (水)

被災地の花火大会を応援しよう!“石巻川開き祭り”

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毎年、夏には全国の市町村で花火大会があります。夏の風物詩の代表といえる花火の打ち上げは、東北各地でもおこなわれていました。しかし今年は震災被害のため、花火大会を開催するか否かについて議論され、賛否両論がありました。開催を決めた市町村は、犠牲者の追悼・供養、そして復興への誓いと証として決行することにしたと発表しています。しかし費用の面で苦しいものがあることは想像に難くありません。どうか皆さん、被災地でおこなわれる花火大会に協賛をし、資金協力をよろしくお願いいたします。

 ◎石巻川開き祭り・花火大会 (宮城)

  協賛の方法はこちら

協賛の旨を記入する用紙のダウンロードをする→記入・FAX送信→協賛金を振込む→確認と御礼の電話が入る。という流れです。ダウンロードやFAX送信が面倒なかたは、振込む旨を電話かメールで連絡することも可能かと思います。

花火は誰の心にも響くもの。今夏、被災地で打ち上げられる花火には格別な思いが込められています。
どうか全国の皆さん、ご協力よろしくお願いいたします。

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2011年7月11日 (月)

震災から4カ月

11日が来るたびに思い出そう。
11日が来るたびに悼もう。
11日が来るたびに祈ろう。
11日が来るたびに願おう。
そして11日が来るたびに、何ができるのかを考えよう。
あなたの生活を充実させながら、ただ想うだけでもいい。


◎ 生きる,希望Ver.   (You Tube by shinsaiganbarouさん)

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2011年7月 7日 (木)

迷走内閣

原発耐性テスト:政府対応が混乱 民主党内からも批判続出

 菅直人首相が全原発を対象にストレステスト(耐性試験)を実施する方針を指示し、原発再稼働問題の政府対応が混乱している。九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働に向け、海江田万里経済産業相の動きが本格化した直後の方針転換だけに、民主党内からも「ちぐはぐと言われても仕方がない」(岡田克也幹事長)との批判が続出。はしごを外された海江田氏からは7日、辞任を示唆する発言まで飛び出し、首相の唐突さが退陣圧力を強める結果となっている。

 首相は7日の参院予算委員会で「従来の法律なら再開は経産省原子力安全・保安院のチェックで決められるが、福島第1原発事故の後では国民の理解を得るのは難しい」と繰り返した。しかし、野党側は政府内の調整不足を追及。「なぜ突然言うのか」(自民党の片山さつき氏)、「場当たり、ちぐはぐ、連携が悪い」(たちあがれ日本の片山虎之助氏)と批判した。

 東京電力福島第1原発事故の長期化を受けて、原発の安全審査体制に対する国民の関心は高まっている。首相は予算委で「国民の皆さんに大変重要なことと考えていて、決して個人的な、別の思惑でやったことではない」と強調。しかし、退陣圧力に抗し続ける首相がにわかに持ち出したことで、与野党に「首相の新たな延命策ではないか」との疑念を招いた。

 首相を取り巻く空気は冷ややかだ。枝野幸男官房長官は7日の記者会見で「より安心感を持っていただくプロセスだが、その趣旨が十分伝わってない。むしろ一時的に不安を高めてしまっている側面があり、反省すべき点がある」と述べざるを得なかった。

 自民党の谷垣禎一総裁は7日の記者会見で「明らかに閣内不一致。原発を抱える自治体の不安、電力供給への国民の不安と混乱を助長する」と批判。公明党の山口那津男代表も同日の党中央幹事会で「菅政権は思いつきでものを言い過ぎる。『不信バラマキ内閣』と言わざるを得ない」と皮肉った。

 民主党内からも首相批判が公然と噴き出した。岡田氏は7日の記者会見で「本来なら3月、4月に議論しておくべきで、今ごろ出てくるのは釈然としない。関係閣僚と意思疎通し、政府方針を明確にしてほしい」と指摘。小沢一郎元代表グループの議員は「首相が海江田氏の後ろから矢を放つ。政権は末期症状だ」と語った。【田中成之、野口武則】

(毎日新聞 2011年7月7日 21時35分)より

再稼働承諾までこぎつけた玄海原発が、また菅首相の突然のストレステスト導入で白紙に戻った。原発問題全般について発言するのは、もっと知識をふやしてからと考えているが、この件はひどい。また首相の‘思いつき’から覆された。ものごとには順序がある。政府が述べる安全性を信頼し、知事も町長も承諾をした。万全だといえることは事前に行うべきことで、後に持ってくるのは裏切り行為だと言われても仕方がない。

さきほどニュースステーションで菅首相が轟々の野次の中を答弁する姿を観た。「それぞれの大臣に任せている、総理だからとすべて把握しているわけではない」。こう言ったのだ。私は呆れた。都合が悪いと逃げる総理。あかんわ、この男・・。彼は総理の器ではない。もはや誰も彼を慕わないだろう。解散を最後の切り札としてちらつかせ、一貫性のない思いつきの発言の連続で撹乱させているのは首相自身なのである。首相という権力のもと、振り回される民主党は混乱を極めている。菅直人はすでに破綻している。民主党も破綻しかけている。この一件について、海江田氏には与野党から同情が寄せられているという。

九電の子会社への賛成依頼メールの件も情けない。これが世界に褒められた日本なのかと恥ずかしい。このような姑息な手段をなぜとるのだろうか。課長級の社員が部長級の社員に指示されてのことらしいが、明るみに出て社長辞任は必定だ。嘆かわしいことだ。そのことを暴露したのは誰か知らないが、良心の存在にわずかな救いをみる。

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2011年7月 5日 (火)

『粗にして野でも礼は知れ』

昨日、憤りを禁じえず、松本復興相について書いた。明けて本日、辞任となった。当然の結末だと言える。国民の大部分、とりわけ被災地の人びとの怒りは強く、大臣が最初からこのような状態では継続しても今後の運びはスムーズにいくとは思えない。それに人間そう簡単には変われない。その時の失言を詫びたとしても、その言動をとった人間の中身が見えてしまった以上、辞任は致し方ないことだろう。

この度も発端は松本氏の発言だった。応接室に通され、後から村井知事が入室した。その間2分足らず椅子に座っている間に彼は不満を抱いて苛立った。自分なら大臣室では先に入って立って迎えると小声で言った。ここは応接室で知事室ではないとそばにいた人に諭されても怒りは収まらなかった。この時点で感情的になった彼は‘権力’を振りかざし、次々と驚くべき言動で同室の人びとを驚かせることとなった。軽率な言葉が命取りになる政治家は多い。自爆である。

人の上に立つ者には感情を抑制する理性が必要だ。また、自分の尺度や考え方が、いつでも絶対だという姿勢は如何なものか。柔軟性や寛大さも不可欠だ。イベントがあったにもかかわらず、村井知事は定時に入室し、松本氏を待たせていない。村井知事は先に客人を応接間に通し、ひと息いれてもらって自分が入室するのが接客の礼儀だと心得ていると話す。そのやり方が松本氏には気に入らなかったのだ。この食い違いが許せなかったのだ。しかし被災地へ赴く大臣が、自分は客だぞと思うこともお門違いか。何とも大人げない。このように理性不足が招いたことで辞任する大臣は珍しい。

涙ながらの辞任会見では、ついに詳細は話さなかった。後援会などで弁護する声もある。なかなか辞任しない菅首相に苛立っていたからだ、疲れていたからだ、などの声である。また本人は辞任前、弁解のつもりなのか九州生まれだから、B型だからと口にして、よけいに国民を呆れさせた。政府内部の状況は国民にはわからないが、それに苛立つからと被災地の知事さんたちに八つ当たりしても困るのだ。出身地や血液型のせいにして言い訳をするのも幼稚で情けない。同郷の人やB型の人には大いに迷惑な話である。とにかく、ありとあらゆる状況の下、冷静さを失わないのが上に立つ者のあるべき姿勢であり、この一件では彼自身の弁明や、弁護する人たちの声はすべて無効で文句無しの‘退場’である。

多くを語らず会見を終えて立ち去る後ろ姿に記者が声をかけた。いつ決断をしたのかと。会見では答えなかった質問だ。彼はやおら振り向いて言った。昨夜の午後九時半頃、ジャズレストランで音楽を聴きながら、昔からのことを思い出していた。そして決断したのだと。この男、往年のハリウッド映画スター気取りでどこまでもカッコつけたいようである。だが悲しいことに、それがすこしもカッコよく見えない。そんなやり方がウケる時代ではないことをお分かりでない。私は彼と同世代にあたるから一応その方法は理解する。するけれど、そんなやり方は“Out of date”、つまり時代遅れだと知っている。最後まで与党も野党も嫌いだと口走るこの男、たしかにヘンである。好きだとか嫌いだとか、幼児じゃあるまいし。

『粗にして野だが卑ではない』。この言葉を用いるところも感心しない。カッコよく去りたくての引用だろうが、真似っこでは少しもカッコよくない。この言葉は元国鉄総裁の石田禮助氏の言葉で、同名の小説を故城山三郎氏が遺しているという。私は政治家センセイたちがすぐに何かの言葉をどこからか引き合いに出すのを「ふふん」と見ている。教養をひけらかすよりも、実直に自分の言葉で表現すればどうかと私は思っている。『座右の銘』は自身の心に秘め、出し惜しみをするものだ。松本氏には彼なりの美学があるのだろうが、残念ながらそのやり方はどう見てもダサくて背中がこそばゆくなる。石田禮助氏の遺した言葉は素晴らしいが、松本氏には“粗にして野だが礼も知る”と変えてもらいたいものだ。

ともあれ松本氏が去り、平野氏が就任した。いい加減にウンザリの被災者の皆さん、そして私たち。速やかに復興が進むのはいつなのか。菅首相が居座ることが復興を遅らせるという意味が私にも分かってきた。本日、最高顧問の渡辺氏や執行部の安住氏までが痛烈な首相批判をして退陣を願った。にもかかわらず菅首相はなぜにそこまで権力にしがみつくのか。自分がやらなければ誰がやるという意識は、もう彼と奥様くらいしか持っていない。民主党は次期総理こそ慎重に選び、そのリーダーのもとで野党とも結束し、被災地復興、日本の復興に心血を注いで欲しいものである。いいかげんに気づいてくださいよ、総理。アナタでなくても大丈夫。いえ、アナタでないほうが・・。さぁ、もう退きましょ。政権交代も成し遂げたし、歴代総理にもちゃんと載るのだし。ね、直人クン。さぁ御退陣。    久々に炸裂させてしまいました。ご容赦を。

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2011年7月 4日 (月)

松本復興相に問う“資質”

『松本復興相:主な発言

松本龍復興担当相=仙台市青葉区の県庁で2011年7月3日、須藤唯哉撮影 松本龍復興担当相が3日に岩手、宮城両県庁を訪れた際の主な発言は次の通り。

 <宮城県庁での村井嘉浩知事との会談>

 うちのチームは多分戦後始まって以来、こんなに各県、各市町村と寄り添ったチームはないくらい、素晴らしいチームだから。

 仮設(住宅)とかに付属する施設なんか考えて、古里から離れたらシャトルバス出すとか、あるいは孤立死をさせないためにみんなで昼飯食べましょうとか、ね。みんなで食べましょう仮設作ればいいじゃん。

 何でも相談には乗る。だからしっかり政府に対して、甘えるところは甘えて、こっちも突き放すところは突き放すから、そのぐらいの覚悟でやってください。

 (漁港を)3分の1~5分の1集約すると言っているけど、県で(漁業者の)コンセンサス得ろよ。そうしないと我々何もしないぞ。だからちゃんとやれ。そういうのは。

 今、後から(村井氏が)入ってきたけど、お客さんが入ってくる時は、自分が入ってからお客さん呼べ。いいか。自衛隊ならそんなことやるぞ。分かった? しっかりやれよ。最後の言葉はオフレコです、いいですか、みなさん。書いたらその社は終わりですからね。

 <岩手県庁での達増拓也知事との会談>

 俺九州の人間だから、東北が何市がどこの県とか分からない。

 本当はね、仮設住宅はあなたたちの仕事だから、仮設よりも次の恒久住宅みたいなのを我々は構想する。だから、どういう知恵が出せるか、これからは知恵合戦だ。

 知事は県産品ばっかり売っているから、青森とか北海道の業者呼んで、その人たちに、例えば、県内で雇ってやれよと言えばいい。そのくらいの気持ちでやっていかないと。

 ちょっともどかしかったのは、緊急雇用創出基金とかいうのも提示をしたが、地方に伝わっていない。どんどん使いな。

 俺なんかちゃんとアイデアもっているだろ。ずっとこの仕事やっているから、ずっと指示しているから。国は今、進んだことやっているから、まずそこに付いてこないと。

 知恵出したところは助けますけど、知恵出さないやつは助けない、そのくらいの気持ちを持って。だから昨日、宮古市の山本(正徳市長)にも言ったけど、もうアレがほしいコレがほしいはダメだぞ、知恵出せよ、という話をした。あれ俺の弟みたいなものだから。甘えるなと言った。』   (『毎日jp』より)

これら松本復興相の発言は許しがたいものです。私は上記の言葉が語られている映像を観ましたが、彼の居丈高な態度に憤りを覚え、品の無さに驚きました。このような人物が復興相などふさわしいとは思えません。特に太字の部分には腹が立ちます。村井知事はよく耐えました。長幼の序を引き合いに出すも村井知事が元陸上自衛隊員だったことは、まったく関係の無いことで、むしろ関係を見誤っているのは高飛車な態度で主従関係を思わせる間違った言動をとる御自身の方ではないかと思いました。

大臣の方が知事より偉く、国は自治体にしてやるのだという横柄な態度は許しがたいものです。子どもに言うみたいな(いえ、子どもにだって、あのような言い方はよくありません)命令口調の喋り方は、大臣ともあろう人が公の場で語るべきものとは程遠いものでした。松本龍氏は、まず「話し方教室」を受講すべきでしょうか。部屋に入ってきた村井知事が握手をしようと差し出す手を拒絶し、この暴言でした。あぁ、品が無い。あぁ、大人げない。情けない。

このように、公の場で語る方法を知らない人が自国の大臣であることが、そもそも私には信じがたいことです。しかし、その人物を議員に選んだのは国民で、大臣に任命したのは菅首相。信じがたいといえば、首相みずからも辞めると言った言わない、いつになったら辞めるのだろうと与党内ですら迷惑がられ、裸の王様という異常な事態です。きっと首相が切望している‘歴史に遺る’居座り総理となれることでしょう。いろいろと前代未聞です。

国民が政治家の資質を問うことは、もはや無理な時代なのでしょうか。とはいえ議員を選ぶのは国民です。政治家の資質を問う前に、国民は政治家になりたがる人間の資質をどうすれば知ることができるのか。誰か教えてくださいと、ため息をつきたくなりますね。

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