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2011年10月

2011年10月31日 (月)

お知らせ

神無月のつごもりになりました。(‘つごもり’は‘月籠り’がなまったとか)
このブログも沖縄から北海道まで広く閲覧者の皆さまがおられますが、各地で秋が深まっていることと思います。

今日は各ブログについて少々お知らせをいたします。これまでも更新は以前ほど多くはないのですが、今後はさらに更新回数が減少するかもしれません。よろしくお願いいたします。

◎『右近トーク』にご訪問の皆様へ     
こちらはメインブログとなっています。現在は東北支援の情報も掲載するなどし、かつてのように私の個人的な無駄話をする場ではなくなってまいりました。しかしながらHP『平成道行考』や、そのほかのブログのベース基地のような役割を担っています。無理のない更新を続けたいと思っています。

◎『わたしの猫と庭』にご訪問の皆様へ  
いつもわたしの愛する猫たちや花を見にお越し下さりありがとうございます。私自身が最も楽しめ、かつ安らぐのがこのブログです。この度はトラ吉の一周忌にお越し下さりありがとうございました。今は花がほとんど無い時期ですが、過去の花や猫たちの画像の掲載などいたします。今後はもうあまり長いと見えないダッコのことも掲載していきます。

◎『‘その日’が来るまでにしておきたいこと』にご訪問の皆さまへ
こちらは最も更新回数が少ないのですが、落ち着いて書く状況になかったこと、そして今もないことがその理由です。けれども人生の整理ということでは休むことなく地道に続けていきたいと思っています。具体的にやり終えたことはまだありませんが、徐々に進んではいます。もしも皆さんの参考になることがあれば嬉しいです。

◎『小説倶楽部』にご訪問の皆様へ
私は秋から春までを書く季節だと決めています。まさにシーズン・イン!です。しかし読みたい書きたい気持ちはやまやまなれど、日常生活でするべきことが迅速に片付かず、最も好きなことに費やす時間や気持ちになるのが難しいのが現状です。しかし書きますよ。けれども諸事情で公表が出来ないものもあるため、私の作品の掲載は多くないと思いますが、ご容赦ください。そういうこともあってブログ開設時に登録制を考えていましたが、そのやり方も本来は好きでなく、となれば公表可能なものだけを掲載ということになります。あたり障りのない作品のみですね。申し訳ありません。そのほか読み書きや言葉に関することなども語りたいと思っています。

さて、各ブログのことについてふれましたが、いずれのブログも更新回数が減るだろうことをお伝えいたします。書く季節に突入したこと、そしてもうひとつのことについてお伝えしておきます。

以前より介護や看護に取り組んでる高齢の飼い猫ダッコが、本日、ついに寝たきりになりました。とうとう右半身にまったく力が入らず、立つことが出来なくなったと認めなければなりません。当然のことですが食事も排泄もひとりでは出来ません。かなり前からそれらに介添えが必要になっており、これまでも老猫の介護で格闘を続けてきました。立つこともできなくなると、いよいよダッコの命はそう長いものではないことが見てとれます。24年という歳月をともにした、野性そのものの気性の荒い猫との関わりも終わりが近づいていることを感じます。よって今はそのことに力を注ぎ、第一に考えたいと思います。私と猫は緊密な関係で、猫なしに私の人生は無かったといっても過言ではありません。この猫も最後まで、そして最期まで、看取ってやりたいと思います。どうぞご理解のうえ、ご了承ください。いつまで頑張ってくれるのかわかりませんが、今後のダッコの状態は『わたしの猫と庭』でなるべく頻繁にお知らせいたします。よろしくお願いいたします。

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眠りつづけるダッコ。24歳2ヶ月。人間ならば110歳以上。ダッコはきっと、まだ頑張る。(本日撮影)

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2011年10月28日 (金)

追悼 トラ吉

今週はトラ吉追悼週間につき、今しばらくこちらへ出てくることができません。今日はトラ吉の命日で一周忌にあたります。お参りの皆さまは『わたしの猫と庭』までどうぞ。 右近

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2011年10月25日 (火)

“アルマズ” ランディ・クロフォード

以前にジャネット・ケイで紹介した“アルマズ”を、今日はランディ・クロフォードでお聴きください。こちらの方が先に大ヒットとなり有名だったようですが(1986年)、私は知りませんでした。“もう誰も愛さない(1991年)というテレビドラマのテーマソングとしても日本で知られたようですね。ちょうど私がこの曲をジャネット・ケイの歌で知った頃です。どちらの歌声もいいですね。またリュ・シウォンも歌っていますよ。(“ユメ・襟を濡らす涙”に収録されています) ランディ・クロフォードはしっとりと情緒たっぷりに歌い上げています。歌詞は10月6日の記事をご覧ください。では、どうぞ。私は早くも下り坂です。また動けなくなりました。冷えてきましたね。どうも体がついていけない。皆さんも、お気をつけて。

 ◎ “Almaz ”Randy Crawford   (You Tube by turkbirdevXingさん Thanks!)

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2011年10月24日 (月)

被災地への保温ポット・暖房器具大募集!

秋が深まってきました。東北では冷え込みが厳しくなりつつあるようです。
被災地では仮設住宅の防寒対策がなされた所と、いまだ進んでいない所があります。とくに宮城県では国が進めるか自治体かの決定が難航し、ようやく市町村がおこなうことに決まって着手されるとのことです。すべての仮設住宅の工事が終わるのは12月中旬とか。これは大変です。

 このような事情もあり、被災地では暖房器具や保温ポットなどが切望されています。もしも使用していない暖房器具がありましたら、ぜひご支援ください。石油・ガス・電気の種類は問いません。保温ポットは石油ストーブで沸かしたお湯を入れるための、電気ではないものが求められています。もちろん電気ポットを望む方もおられます。いずれでも可能です。

 ☆保温ポットにつきましては格安で、よいものを見つけています。1.5Lのもので1000円ほどです。新品をご協力いただける皆さんには、宮城県にあるその店を紹介いたします。楽天さんより直送が可能です。そのほか使い捨てカイロも重宝されます。激安で販売中のお店を紹介いたします。

 ご協力いただける皆さんは、HP『平成道行考』トップページのポストマークからご連絡ください。送っていただく支援先代表者様の住所を折り返し連絡いたします。尚、送料は右近が負担いたします。(500円切手郵送という形です。送料をお知らせいただければ500円、1000円など500円単位で負担いたします。尚、500円切手は手数料5円でほかの切手やハガキと交換できます。つまり495円分が交換可能ということです。但し、まもなく発売の年賀状との交換は出来ません。)

 ・日本郵便のご利用では集荷に来てもらい、切手でのお支払いが可能です。

 ・ヤマト運輸、佐川急便など宅配業者さんをご利用の場合も切手は送付いたします。

 私たちがあたりまえのようにふだん使っているポットがない、暖房器具がない。その不自由さを想像してみてください。テレビのニュースで見るように、それらが配布される仮設住宅はまだ恵まれているといえます。しかし、そうでない所も多いことを知ってください。これまでいろいろと呼びかけてきましたが、当サイトを通じての支援お申し出は皆無で、これは残念なことだと思っています。Alas!←(嘆きの叫び)

申し上げます。支援したいけれど、私へのご連絡を憚られる皆さん、ここでは私は普通の人間であります。(書く私は多少‘ヘン’かもしれないけれど) 皆さんに吠えも噛みつきも致しませぬゆえに、どうぞ怖がらずにご連絡ください。(^_-)-☆ご協力いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

 私は先週の初めより体調がくずれ、週半ばには最悪になり、土曜日にやっと動けるようになり、昨日より復帰しました。さっそく滞っていた支援の作業をこなしています。わずかの時間でも動けることはありがたいと実感しています。心配してくださった皆さん、ありがとう。回復後しばらくは大丈夫。いろいろ頑張ります。それではまた。よろしく。

 

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2011年10月18日 (火)

‘木彫りの猫(大型)’東北支援 「右近トーク」バザール品

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これは右近庵の玄関で番をする番犬ならぬ番猫です。

大きめの木彫りの置物(一本彫り)で、耳の高さまで63センチあります。計ったことはありませんが、重量もそれなりにあります。これくらいの大きさのものは珍しいようです。

今後は生活縮小で、家屋もいつかは譲る予定につき、よき飼い主様がおられれば嫁がせたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

価格は3000円程度を考えていますが、東北への支援金として、ご厚意はいくらでもありがたくお受けいたします。送料は右近負担です。

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この子と撮った写真がありました。これでだいたいの大きさが分かっていただけると思います。

なんだか口説いているような絵ですね。口説いていたのかなぁ、玄関で・・・。 (-.-)

ご覧のように可愛い子です。どなた様かのそばで幸せにしてやってください。

ご支援のご連絡は、ひとつ前の記事に掲載しています。どうぞよろしくお願いいたします。

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2011年10月17日 (月)

東北支援 右近バザール『谷川俊太郎詩集』6冊

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画像の詩集6冊は私の蔵書で、谷川俊太郎氏のものばかりです。見えにくいですが「世間知ラズ」と拙著「言葉屋」の間にも1冊あります。私の本はオマケに付けての出品です。(^_-)-☆

私は彼の詩に凝っていた時期があります。その頃にせっせと買いました。もっと古いものもあるのですが売り物には適さないのでこれだけ出品します。もちろん新品で購入したものばかりです。さっきから言ってるけど、出品って、なぁに?何のコト? はい、説明いたしましょう。

私は家に居ながらにして出来る支援を手探りで続けています。同時に生活の規模縮小のため所有物を有効利用で減らすべく努力をしています。私はモノを大切にする人間で、いったん所有すると、とことん可愛がって大事にします。そしてお別れのときも極力お役に立つようにと道を探しています。このたび本棚の整理をしていましたが、そろそろ書物の数を減らしていくべきだと思いました。一度きりしか読まないような本ならば、皆さん同様に買い取り処分に出したり市内にある団体のバザーに出してきました。しかし今も本棚に残っている私の本は、それら何度かのふるいにかけられても今なおあるものです。そのひとつに詩集があります。それらはバサリとバザーに出すことは今後も出来そうにありません。詩が好きな人、谷川俊太郎が好きな人。そういう人の手に渡れば嬉しいと願っています。

そこで考えたのが、このような有効利用です。供出することにより誰かが買ってくださる。そしてそのお金は被災地への支援となる。これはいい考えだと思い、さっそくの出品です。幸いにもこの「右近トーク」はとてもGoogle検索にヒットしやすく、広く協力していただけるかと勇気を持ってやってみました。オークションではなく、単なるバザー出品でもないため、支援金としての意味合いが大きいので価格はいわゆる‘処分品’の値段ではありません。そこは皆さんのご理解とご協力を得て支援金と出来ればうれしいです。以下に6冊の詩集の題名を示しておきます。

① 「手紙」 (1984年1月第1刷発行、1995年 第21刷発行 A5版) 

② 「詩を贈ろうとすることは」 (1991年1月第1冊発行、1995年第10刷発行 A5版)

③ 「女に」  ( 1991年3月第1刷発行、1992年第12刷発行)

④ 「世間知ラズ」(1993年3月第1刷発行、1995年第5刷発行 )

⑤ 「真っ白でいるよりも」(1995年5月第1刷発行、8月第4刷発行 A5版)

⑥ 「minimal」  (2002年10月第1刷発行、2003年第2刷発行)

「A5版」とあるのはよくある大きめの本です。このサイズはすべてハードカバーです。後のものは変形でソフトカバーです。秀作「女に」や「世間知ラズ」は昨年に亡くなった佐野洋子さんとの愛や生活を共にする中で生まれた作品です。谷川氏は彼女によって大きな影響を与えられ、ものの考え方を大きく変えたと言われています。そのほかの詩集も読みごたえがありますよ。それぞれの詩集の説明はまた追加します。

どのような仕組みを考えたか説明します。

買ってくださると決める→右近にメールで連絡(ホームページ『平成道行考』トップページのポストマークから)このときに送り先をお知らせいただきます。→確認後に私から支援グループに連絡→指定口座へ直接ご入金いただきます。→プロジェクトNEXTの打越さんから入金のお知らせを受けるとすぐ商品を発送いたします。送料は右近負担です。

『言葉屋』は現在もアマゾンにて販売中ですが、在庫に余裕があるため、感謝の気持ちとして付けさせていただきます。不要かと思いますが、『平成道行考』のWebサイトに掲載の詩や「ひとり言」、小説(『透けてゆく人』『言葉屋』も含む)すべての手書き原稿もご希望の方にはお付けします。(まだ持ってるょぉ。処分できなくて。(-_-)) 

では肝心の支援金額です。谷川俊太郎詩集6冊とおまけ付き『言葉屋』(安孫子良)で、支援金5000円とさせていただきます。皆さまの温かいご支援をお願いいたします。プロジェクトNextさんは岩手の遠野に住む打越さんという方が中心となり、東北沿岸部の被災地区にある小さな集落を主に支援されています。私のお豆腐支援のきっかけも打越さんの「お豆腐が喜ばれる」といったネットの言葉でした。彼は生涯を被災地支援に注ぎ込むということです。以下をクリックし、サイトをご覧になってくださいね。

今日はあわただしくお知らせの掲載をしましたが、言葉足らずな所や詩集の説明など後日に加えていきます。どうぞよろしくお願いいたします。そえゆけ情報、とんでけ~!
先日、別ブログに1円で買える古本をありがたいと言ったばかりなんだけど・・・。それらよりは、うんとうんときれいです。はい、美品です。おまけはもっと付けてもいい。飼い猫・庭猫以外ならなんでもあげるよ。なんでも。ほんとうに・・・。fade out・・・(^.^)/~~~

◎ 『プロジェクトNext』への寄付金はこちら 

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2011年10月14日 (金)

被災地の中高生向け 無償学習・進学サポート

病児保育などで社会貢献しているNPO法人フローレンスさんが、ただいま被災地の中高生に向けて無償の学習・進学サポートをおこなっています。進研ゼミの講座受講無償、進学指導のアドバイスなど2013年3月までサポートが受けられます。

現在、追加募集で受付中です。以下のサイトで詳細をご覧になり、資格のある中高生の皆さんは応募できます。締め切りは今月末です。以下のサイトはフローレンスさんのホームです。左サイドバーの“希望のゼミ”をクリックしてください。

 ◎ 「希望のゼミ 

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2011年10月13日 (木)

サラダコスモさんの‘おせち料理’

お豆腐支援の実働隊として頑張っておられるサラダコスモさんの「おせち料理」先行予約が始まっています。安心素材で無添加、なんと冷蔵で12月31日に届きます。おいしそうですよ。私も予約しました。(^_-)-☆ 楽天さんではランキング上位のおせちです。皆さんもいかがですか。以下をクリックし、「詳細はこちら」をさらにクリックすると、おせちの詳細がわかります。ただいま早期予約で割引中ですよ。完売になる前に、ぜひご予約をどうぞ。
ギアリンクスさん、サラダコスモさん、本日もお豆腐支援の要請がありました。
お世話になります。よろしくお願いいたします。

◎ サラダコスモさんの手作りおせち 

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親愛なる「右近トーク」閲覧者の皆さんへ

いつもお越しの皆さん、ご訪問ありがとうございます。なぜお越しくださるのか分からないまま、ずいぶん長く「右近トーク」をやっています。常連様たちは各ブログ名を縮めて呼ばれるようで、こちらのブログは単に「トーク」ということのようです。それでけっこうでございます。その「トーク」に最近ちょっとした変化が起きていることに気がつきました。全体的なアクセス数も多少はふえているようですが、驚いたのは携帯からのアクセス数です。なんとパソコンからの約1.5倍のアクセスがあります。そのことに私は昨日気がついたようなことです。

ニフティのココログでは、その日や過去何日間かの各ブログへのアクセス数が分かります。たまにそれを見てみることがありますが、大きく変わるものでもなし、常連様の数はだいたい把握しているので確認する必要もないと思い、チェックにマメではありません。以前、たくさんの人に見てほしいと願った頃は気になって、たびたびチェックしたものですが、トシですね。どうでもよくなった。見たい人は勝手に見れぃっ!という感じ。←どこの言葉?(-.-)

昨夜のこと、久々にアクセス数を見てみました。驚きましたね。携帯からの閲覧者の皆さんの多いこと!いえ、多いと言いましても二桁でございます。完全な情報サイトでもないし、もとはと言えば、ホームページ『平成道行考』のなかの交流の場として設けたメッセージボードなるものが、この右近トークの前身です。それは2003年6月のことでした。その翌年、とてつもないことが私に起き、すべての終了を考えましたが、神の助けにより継続することができました。そして盛んになってきたブログへ無理やり移行させられたのが2006年6月です。したがってこのブログの始まりはその頃です。

メッセージボード時代はまだ右近は謎の人で、『平成道行考』にも恋愛詩と「水無月右近のひとり言」しか出していませんでした。そうだね、最初は恋愛詩だけだった。そして寂しいかなと文章を書き始めたんだった。それが自分で楽しくて楽しくて。あぁ、なんだか懐かしいね、あの頃が。その頃からずっと見てくださっている人たちがいる。私が把握しているのは10名に満たないけれど。(キミは誰だっ?) その人たちに会ってみたいという願望があるのだけれど、彼女たち(たぶんその頃からの人たちはすべて女性ダ。そうだろ?)は、なかなか姿を見せてくれない。

もちろん本を出したときやそれ以外のときに大阪まで会いに来て下さった方々と実際に会ったことはあるけれど、大部分の皆さんの方が私には「謎の人」だよ。愛別離苦のサイトから来られた方々もなぜかハマってくださったり、私は幸せ者だなぁと思いますよ、ほんとうに。ありがとうね。それでね、なんでこんな話をしたかと言うと、私は記事を書いているときに、会ったことのある人たち、話したことのある人たち、メールをやり取りした人たちを思い浮かべて語っていることが多かった。過去形で言ったけれど、今でもそうだと思う。だってそんなもんじゃないかな。まったく見えなくてイメージ出来ない相手に向かって、皆さんっ!って私は呼びかけられない。けれどもそのわずかなイメージできる人たち以外の人々がとっても多いことを知って、実は戸惑っていますよ。(ショージキと言わず「実は」というところが右近的)

昨年の6月終わり頃から体調をひどく崩してブログなどすべてを休載し、秋まで動けなかったのに、再開してアクセス数が増えたことは何だろうと考えてみた。やはり震災・津波の支援情報かなとは思う。3月。私はまだ一日のほとんどをベッドにいる生活で、テレビから流れる当日の映像からはじまり、毎日のように放送される凄惨な光景に、私自身がズタズタのボロボロになってしまった。それでもテレビを見続けた。これはただ事ではない。こんなことが起きていいのか。なんでなんだ。とにかく訳が分からずに怒る元気もなく悲しみと衝撃ばかりでヨレヨレになってしまった。そういう人は多かったんじゃないかな。そして何かしなければと思うのだけれど、ベッド生活者の私に何ができるのかまったくわからなかった。とりあえず出来ることはパソコンからの入金して寄付をすることだった。それからもずっと考えた。考えて考えて、悲しんで悲しんだ。そして私にもできることのひとつとしてブログからの支援呼びかけだった。これが右近トークの再開となりました。支援呼びかけを思いつかなければ右近トークは自然消滅していたかもしれない。コレほんとうだよ。復帰する気力は完全喪失していたね。なのにずっと毎日見つづけてくれた君、あなた、ありがとう。バカだな、ほんとに。心配なんかしてくれて。ちゃんとまだ生きてたよ。(^_-)-☆

その直後からアクセス数は以前より多いことに気がついてた。でもそんなの気にしている場合ではなく、被害の大きな市町村への募金を呼びかけた。それからいろいろ情報を掲載してきたけれど、打ち明ければ何度も潰れそうになった。辛いんだ。辛くて耐えられなくなるんだよ。そして体調がどんどん悪くなっていくときも多かった。そんな軟弱な自分が嫌で逆らうように頑張れば完全に潰れそうになっていく。これはね、もしも健康な時だったら動いて何か支援活動をしているんだろうけれど、あふれる凄惨な映像や哀しい物語をベッドの上でまともに全身で受けとめると発散する場所がなくて。手段もなくて。私が軟弱だということだけでなく、膠原病という病気を持っている事情も鑑みると、精神的な打撃は即、肉体に響くということだと理解していましたね。だからもうこれ以上駄目だと思ったことは何度もあり、そんなとき身体の調子がとても悪かった。だから何度も撤退しようとした。 

なんでこんな話をしているのかというと、携帯から見てくださっている方々は少なからず私が発信した情報や、参加している支援活動の関連でお越しになったのではないかと想像するからです。もちろん音楽やTシャツの欲し方なんてところから来られた方もいるとは思いますが、ホームページの恋愛詩からの方も、小説からも来られているのかもしれませんが、多くは支援関連の皆さんではと想像しています。その後、なぜかおハマりくださった方々が継続して携帯でご覧になっているというのが私の推測です。ところが携帯での閲覧そのものの数は表示されますが、ココログではサイトの閲覧総数にプラスされていません。だからこの現象に気づかなかったのです。したがって携帯からのアクセスを足すと、この地味なブログは未だかつてない数の皆さんに閲覧されていることになります。驚きだなぁ。ちゃんと喋らないと。(゜_゜)

まだわからない?だから何なのよって?もうじきわかるよ。待ってね。順序立てて説明するから。本来この「右近トーク」は謎の人にこわごわ何か書いて、すっ飛んで帰るようなメッセージボードから、Hiroshjiの死に際してアッサリ私は正体も明かし、いつしかくだけ過ぎて収拾がつかないくらいハメを外して喋っているような場になっていった。詩も書く音楽もある嘆きあり喜びあり悲しみあり小説あり皆さんへの元気づけあり私の愚痴あり近頃は訳詩もあり、そして今は支援情報が加わりました。さて、そろそろ本題です。私は三月以来、ここで軽い調子で喋る気がせず、また、そうするべきではないと考えてきました。それは理解していただけることでしょう。しかしながら、最近になって私も日常を取り戻さなければならないと考え始めました。私のいう日常と、被災地の皆さんがいう日常にはもちろん大きな隔たりがあって、この言葉を使うのも憚られますが、それはわかっています。しかし私はあの日以来、被災者の皆さんと悲しみ苦しみを分かち合うべきだと考え、おのずと自分に贅沢や楽しみを与えることを我慢するようになっていました。私だけでなく、そんな人は日本中に多く居たのだろうし、今でも居るのだろうと思います。

私は徐々に精神面で異変を感じました。大きな災害で悲しいめに遭った人たちが大勢いるのに、という気持ちから自分を抑え過ぎていることが私の精神によくないことがわかってきたのです。私は世間一般の人々が楽しみや余暇とすることも、グルメにも旅行にも興味がありませんが、ただひとつ、私には読みたい、書きたいという欲望がとても強いのです。それが唯一の私の道楽かもしれません。春頃、体調がようやく上向きになり、久々に読み書きができそうだと思っていた矢先の震災でした。それ以来、私はその欲望を封印してきました。私の自己主張であるところの装いに関しても抑えてきました。無駄遣いすることは罪悪だと感じていましたから。ところが、それらわずかに残っている私の「欲望」を抑えることが私の心身によくないことと、あとどれくらいの時間を読み書きができるのだろうかという体力的な不安からの焦りを感じ始めました。そして決断しました。私はみずから「快楽」と称する読み書きを開始するという結論に達しました。着たいものも着ればいいのだと思い直して服や帽子を買いました。同時にトークもそろそろ普段どおりに戻そうかと考え、だから翌日が11日だとわかっていながら帽子届いたもんねぇと喋りました。小さな喜びが自然にうれしくて。

検索で支援情報を求めて来られた人が、もしもその日に私が軽い喋りをしていたら、呑気に洋楽を訳して述べていたら、つまらない冗談を言ったりしていたら・・。きっと被災者の方々は嫌な気持ちになるのではと思います。もしも私がその立場だったなら「何、この人」と思うでしょう。被災していない人との温度差は幾度も感じてつらい思いをされていることでしょう。今にして思えば、支援ブログは別に開設するべきだったのかもしれません。しかし私はあのときも発信の対象は常連様しか頭になく、それはブログというものの仕組みを知らないのではなく、昔から抱いてきた云わば習慣のようなものであり、言いかえれば、とりあえずは道行考の皆さんに支援を呼びかけようと考えたからでした。日本はおろか世界中のどこからでもブログが読めることは知っています。実際、英語での閲覧者さんも複数おられます。しかし私が「右近トーク」を支援呼びかけの場に選んだのは、昔からの狭い小部屋で、うだうだと私が喋り、ふむふむと聞いて下さる方々がいたという道行考独自の決して広くはないけれど隠れ家的な心地いい世界の感覚が染みついていたからと言えましょう。もちろん新たにより多くの皆さんと関わることは幸せにちがいありません。縁(えにし)は皆さんが私を見つけてくださったときに結ばれたのですからね。

やっと結論部分に近づきました。私はプロではないのにモノ書きだと人は言います。言ってくださいます。プロではなくともそれなりにマジメに書いています。こうしてブログを綴ることも書くことのひとつです。支援はこれからも続けていきますが、私は震災が起こる前の自分に戻り、無理のないように支援を続けていきたいと思っています。被災地にお住まいの方、仮説住宅、借り上げ住宅、放射能から避難してふるさとを離れて暮らす方々、皆様の御苦労は私なりにお察ししています。それは想像を超えるお辛さで、すべてを察することはできないまでも、わかろうという気持ちは消えません。そのことをお伝えしておきます。そして私は体力との闘いのような毎日の中で、家事や庭仕事や書くことと格闘し、被災された皆さんのことは常に忘れることなく日々を重ねていきたいと思います。すべてのブログやホームページは私の「表現」手段です。この場と支援の場を兼ねることをお許しください。いつ、どんなことを喋っていようと、私の心は東北へ向いたままです。あのとき神戸に向きっぱなしだったときのように。

長い説明になりました。出かける前にちょこっと読む習慣の方には無理な長さだね。帰ってからゆっくり読んでください。携帯のアクセスが多いと驚いた話はこういうことが言いたかったのですよ。あぁ、なんだかスッキリしました。私は私でいいんだ。でも支援は辞めない。表で語っても語らなくても続けていきます。だって東北、大好きなんだ。体力がなくて行けないけないけれど、いつの日にかどうにかして必ず行きます。気仙沼の0さん、いつかいらして下さいと言ってくださってありがとう。嬉しかったです。いつかきっと行きますよ。皆さん、読んでくださってありがとう。みんなみんな、ありがとう。自然体で行くからね。頑張れ東北!

                                                    右近

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2011年10月11日 (火)

震災遺児を支援しましょう

今日で東日本大震災から七ヶ月を迎えます。被災地の様子は遠くに住む私たちに詳細がは分かりません。おそらく何かは少し進み、ほとんどは遅々として進まないのが現状ではないかと案じられます。

 このたびの東日本大震災で震災遺児となった18歳未満の子どもの数は、片親を亡くした子どもの数が1295人、両親ともに亡くした子どもの数は229人です。これは阪神・淡路大震災の遺児の数の約3倍にあたります。これらの子どもたちを支援する活動が各地にありますが、長年にわたり支援活動を続けてきた「あしなが育英会」についてお知らせします。親を亡くした子どもたちを20歳まで支援する活動は広がりを見せています。現在は3万人弱の継続的な支援者がいます。単発・継続のいずれの支援かを選ぶことができます。また、この団体のどの活動に支援したいかも選べます。詳しい説明は育英会のWebをご覧ください。

 この団体名は耳にした方も多いと思います。とくに注目されたのは、阪神・淡路大震災以後に子どもや学生たちの心のケアを目的に世界中からの寄付で1999年に建てられた「神戸レインボーハウス」を設立しての活動でした。この度の被災地東北にも「東北レインボーハウス」(仮称)の建設が決まっています。その建設に対する支援もできます。

 3.11以来、あまりの被害の大きさに悲しみ戸惑うばかりでしたが、そのような状況のなかでも明るい子どもたちの笑顔や、懸命に避難所を手伝う中高生の姿に希望を見出しました。来るべき時代を担うのは、いつ、どこに於いても子どもたち、若い人たちです。今がんばっている大人たちのあとを継いで、新しい東北を支え築く子どもたちに皆さんの温かいご支援をよろしくお願いいたします。子どもたちは希望です。親を亡くしたために教育が受けられないのは不公平なことです。不幸にも遺児となった子どもたちすべてが望む教育を受けられますように皆さんのご支援を切にお願いいたします。どうか「あしながさん」になってください。

 ◎ 「あしなが育英会」 

 サイト内「あしなが育英会とは」より「あしなが運動の歴史」に進むと、この会が生まれた時から現在までの活動がわかります。

 

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2011年10月 9日 (日)

ボウラーハット

連休二日目も晴天でした。お祭りのざわめきが先ほどまで聞こえていました。花火の打ち上げがしばらく続いて終わったようです。運動会やらお祭りやら、この時期は賑やかです。距離はあるのに棚田の向こうから聞こえてくる音に耳だけ参加しています。

帽子が届きました。ボウラーハット、つまり山高帽です。丸天井はまともなものを持っていなかったので嬉しいです。男物グッズを買う時、サイズがなくて困るのですが、これは偶然に見つけた55センチ。届いてすぐにかぶってみたら丁度でした。このデザインならトレンチコートにも和服にも合います。嬉しいですね。もちろん羽根は外してかぶります。お宮詣りには洋服で行こうか和服(もちろん男物)で行こうかとただいま思案中。

私は昨年、不調でお洒落とは無縁の一年でした。秋が来て、お洒落でもしようかと思えることに小さな喜びを感じます。服装というのは自己主張のひとつで、私は自分なりの自己主張をファッションでしてきました。すっかり弱り、気合いをいれてスーツを着てネクタイをしめることもなくなりましたが、最近になってようやく以前の感覚が甦ってきました。お洒落がしたいという気持ち。これはいいことだと思っています。性別や年齢を問わず、お洒落心は持ち続けたいものですね。それは人に「艶」をあたえてくれます。

山高帽はチャーチルやチャップリンで有名ですが、日本人でも政治家や私の好きな文人の内田百閒なども愛用していました。山高帽をかぶってギョロリとカメラをにらんだ写真があります。山高帽の次は「とんび」が欲しくなりますが、これはもう少し先のことでしょう。似合う中身になってからです。とんびって?ですか。和装用の男物のマントのようなコートです。二重回しとも呼びます。洋服にも着られるインヴァネスコートというのもありますね。スコットランドのインヴァネス地方が発祥の地なのかな。ほら、シャーロック・ホームズが着ているアレです。いずれにしても着て歩く元気がなければなりません。装うためには体力が必要。もっと元気にならないと。

明日もお休みの皆さん、明日もお仕事の皆さん、元気で頑張ってください。えぇ、私も。ありがとう。

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ボウラーハットにはレトロな雰囲気がいいかな。そんな感じで写してみました。(帽子は黒。ライティングで‘ブツ撮り’。修正なし)

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2011年10月 8日 (土)

『小説倶楽部』について

沖縄以外は全国的に晴天のようです。私も今日は庭で楽しいひとときを過ごしました。芋も掘りました。

さて、お知らせです。『小説倶楽部』は私の拙い作品を掲載する場として設けましたが、この際もっと枠を広げて私が読んだ本の感想や、創作にまつわる話、そのほか読書や執筆など読み書きに関することなどを、気ままに書いていこうかと考えました。『右近トーク』は何でもアリなのですが、これ以上の項目(?)をふやすと、ここばかりがふくらんでしまいそうでして。

実を言えば、前々から書物にまつわることなど書きたいものだと思っていました。ホームページを更新していた頃には『水無月右近のひとり言』で時々は書いていましたが、現在はベッドでの生活がほとんどとなり、ビルダーを入れていないノートパソコンから更新できるブログが中心の発信となっています。今後は不定期な更新ですが『小説倶楽部』で読み書きなどについて語ろうかと思います。堅苦しくなく、楽しく語れたらと考えます。私の読む本は皆さんとズレているかもしれませんが、書くものも古いかもしれませんが、読みもの好きな皆さん、どちらかといえば‘昭和な’皆さん、どうぞ時々ご訪問ください。

ブログの数は以前と同じ4つになります。体調のよしあしもありますが、いつもどこかの更新、または複数の更新をするのを目標にいたします。頑張ります、とは言いません。これは楽しみですることですから、楽しみます。(^_-)-☆ よろしくお願いいたします。

連休ですね。連休は世間の皆さまは楽しみですね。私は365日おなじです。私とおなじだというあなた。元気でいきましょう。私もあなたとおなじです。   右近

『愛別離苦』の皆さん、お元気でいらっしゃいますか。大変ご無沙汰しています。
私はここまでに回復出来ました。皆さんのことは一日として忘れたことはありません。
近々どこかから、皆さんにご挨拶するつもりです。どうぞお元気でお過ごしください。いつも想っています。 Ryo

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2011年10月 6日 (木)

“アルマズ” ジャネット・ケイ 歌詞・和訳付き

今日は私の大好きな“ALMAZ”をご紹介します。
オリジナルはランディ・クロフォードですが、ジャネット・ケイのVersionもとっても素晴らしいです。この曲を最初に聴いたのは18年ほど前のことでしたね。アルバム“LOVIN'YOU”というBest盤に収録されています。そのCDは日本限定のものだったと最近になって知りました。17曲のすべてが素晴らしく、持っていればずっと楽しめるものです。レゲェというと引いてしまう方もいるかもしれませんが、これは間違いなく癒し系アルバムのひとつでしょう。もちろん持っていますよ。

この曲を私は以前からYouTubeで探していたのですが、ちっとも見つからずにいました。どうしてかなぁといつも残念に思っていたのです。ところが見つかりました。8月に外国の方がupしてくださいましてね。そして何と、そのupがされてまもなく私はYouTubeで見つけたのです。再生回数3番目という早い時期に見つけたのですよ。思わずうれしくて「評価する」に1票を投じたのも私です。しかし動画ではないためか評価はそれほど伸びていないようです。曲の最後がちょっとだけ切れてしまっているのもマイナスになっているのかもしれません。私はupしてくださっただけで充分に評価しています。ともあれいい曲ですから聴いてみてください。私の「好きな歌ベスト10」に入るのではと思います。

またこの曲は日本でドラマの曲に用いられたこともあるようです。それはオリジナルの方だと思います。そのVersionも後日に掲載いたしましょう。今日はジャネット・ケイでお聴きください。アルマズというのは女性の名前で、ダイヤモンドを意味します。アルマズを見つめる別の女性の立場から詞は書かれています。曲の感じをこわさないために私の解釈で意訳をしました。また、「娘」という字は「あの娘」は「あのこ」と読んでください。和訳をするときもリズムを考慮しています。歌の意味を先に読んでいただき、それから曲を聴いていただければ、なお楽しめると思います。あぁ、訳詞は楽しいなぁ。

“ALMAZ”
                訳 右近

 She only smiles
He only tells her
that she's the flowers, the wind and spring
In all her splendour sweetly surrendering
The love that innocence brings

 あの娘はただ微笑み
男は言う 
「おまえは花だ 風だ 春なんだ」
輝きにみちあふれ 
その純真さがもたらす愛に身をゆだねるのね

 
Almaz, pure and simple
Born in a world where love survives
Now men will want her
'Cause life don't haunt her
Almaz, You lucky lucky thing

 アルマズ 清楚で無邪気な娘
愛が息づくこの世に生まれ
男たちを夢中にさせる
人生の何ものもあの娘を悩ませることはない
アルマズ あなたはとても幸せね

 

Now I watch closely
And I watch wholly
I can't imagine love so rare
She's young and tender
But will life bend her
I look around is she everywhere

 わたしはあの娘を間近でみつめ
つま先から頭まで眺めてもみた
そして気づく  これほど愛される娘はいない
あの娘は若くやさしい娘
けれども酷な人生が幸せを毀さないかと気にかかる
見わたすと どこにでもいるそんな人たちのようにね

 ☆ repeat

 He throws her kisses
She shares his wishes
I'm sure he's keen without a doubt
With love so captive
So solely captive
I ask if I could play the part

 男はあの娘にキスを投げる
それをあの娘は受けとめる
きっと男は間違いなくぞっこんで
虜になり 身も心も虜になって惚れ込むの
それは代わってみたいほどに羨ましいこと

 ☆ repeat

 Almaz, You lucky lucky thing
Almaz, You lucky lucky thing

 アルマズ あなたは幸せな娘
そう、とても幸せな娘なのよ

 

◎ “ALMAZ” JANET KAY 
   (1993) (You Tube by IANROYSTONEさん Thanks!)

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2011年10月 5日 (水)

『小説倶楽部』もリンクしました

未完成ですが『ハピネス・マサオ』を読み始めた皆様のために、ほかのブログ同様にリンクしました。右近トークから訪問しやすくなりました。右サイドバーよりお越しください。そちらでは、ふだんしない作品のよもやま話など語ってみました。また、トークのみお越しの皆様には、ときどきはデジイチの写真なども見ていただきたく、バーを左右に分けてクリックしやすくしてみました。よろしかったらサイドバーから、あちこちご訪問ください。『その日・・』も更新しました。使用テンプレートが段落のあけにくいものだったので、こちらも少し模様替えです。よろしくお願いいたします。

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2011年10月 3日 (月)

‘お豆腐支援’についてお答え

被災者の皆さんへの‘お豆腐支援’について、ご質問にお答えいたします。具体的なことを、ということで、書いてみますね。

 ◎この震災で被害の大きかった東北三県の被災者の皆様で、希望される方にはどなたでも支援されます。ご希望の方は私、またはギアリンクスさん、サラダコスモさんへ直接お申し出ください。その際に必要な情報は以下です。

①申込み者の方のお名前・ご住所・お電話番号
②代表者の方のお名前  (①と②は同じで可)
③ご希望の丁数
④ご希望配達日

 これらが分かり次第、サラダコスモさんでの発送準備が始まります。最初の配達まで1週間から10日をみてくださいとのことです。お豆腐は一箱72丁で、サラダコスモさんの配送車かヤマトクール便で到着します。代表者さんあるいはお世話係さんは、すみやかにグループの皆さんに配布願います。密閉された充てん豆腐であるため冷蔵庫では日持ちのいいお豆腐ですが、生モノゆえ迅速な配布が必要です。尚、その後も定期的な配布がなされますが、その期間等について私の方では詳細を把握していません。ご希望はお伝えします。直接お申し出いただくことも出来ますが、企業様に直接電話をすることを躊躇される場合はぜひ私にご連絡ください。

 このプロジェクトは大きな避難所ではかなり浸透しています。しかし当初から支援の行き届きにくかった小さな集落、小さなグループの皆さんにこそ知っていただきたいと思います。仮設住宅にお住まいの皆さんも、グループの大小や戸数にかぎらず支援していただけます。また、社宅、借り上げ住宅、親族宅など住居の種類にも制限はなく、被災者の方であればどなたでも支援していただけます。よろしかったら仲介のお手伝いをいたします。

 いかがでしょうか。これでお分かりでしょうか。
規模の大きなところの代表者さんは、さらにグループリーダーさんを決めるなどし、皆さんのご協力をお願いしていただければ幸いです。

 私へのご連絡メールは、当ブログ右のサイドバーに見えるホームページ『平成道行考』トップページのポストからどうぞ。
支援サイトご利用の皆さんは、伝票にある電話番号でのご連絡も可能です。(午後以降でよろしく) もちろん支援サイトのいつものメールからでもかまいません。
以上です。よろしくお願いいたします。(^.^)

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短編小説掲載のお知らせ

十月になりなりました。急に涼しくなって、お風邪などひいていませんか。お気をつけくださいね。

 さて、私は小説を少しずつ書いていますが、長いものを書く間にも短いものを書いて遊ぶことがあります。これはカメラや映画、読書や庭仕事などとおなじように、精神衛生によいものとして必要です。震災後、自分の好きなことなどしている場合ではないと考えましたが、それらを我慢すると、バランスが崩れてくることが分かりました。それで少しずつ書いてはいい気分になり、ほかのことにも頑張って取り組もうと努めています。先月、15枚ばかりの短編を楽しく書きました。よろしかったらお読みください。以下の 別ブログに掲載しています。

◎ 安孫子 良の『小説倶楽部』 

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