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2011年12月

2011年12月31日 (土)

サヨナラ2011年

大好きな石川さゆりさんの熱唱が終わりました。御挨拶に上がりました。
御挨拶と言いましても、私が何かを言うまでもなく、2011年を共有している私たちが忘れることの出来ない年となりました。この年の瀬に、この国に生きる者として更なる団結を願わずにいられません。多くの言葉は必要ないでしょう。皆さん、するべきことを淡々といたしましょう。

何か気のきいたことを言えばいいのでしょうが、私は言葉が見つかりません。言葉を追い求める人間であるはずの私が、どうしたことか本当に言葉が出てきません。なぜでしょう。ちょっと考えるね。・・・・。あ、そうか。何も終わりじゃないからか。2011年が終わっても、すべてが継続中なんだ。人びとの悲しみも、喜びも、苦しみも、何もかも。これは単なる一年の終わり。

そういうことなんだ。何も終わらない。何も始まらない。すべてが進行形で継続中なんだ。
私はそんな心境です。言葉は大切だと思うけれど、言葉よりもまず動くこと、ただ黙々と進むこと。近頃はそれがとっても大事だと考えます。命ある限り続くいとなみに一所懸命、一生懸命。そんな感じで進めたらと願っています。歩みを止めず無我夢中。それには私のカラダ、頑張れよ!かな。

ありがとう、皆さん。いつも来て下さってありがとう。皆さん全員のお顔が見てみたいといつも思っています。
お名前も、お顔もわかりませんが、とにかく皆さん、ありがとう。ほんとうに、ありがとう。
これからもずっと。そう、ずっと頑張ろうと思います。私にハッパをかけ続けます。
もう一度、ありがとう。風邪ひかないようにね、君、君、君。それからそこの君もだ。

黒豆、いい具合に煮えてきた。今から栗きんとんだ。裏ごしまで手伝ってもらったから作れるんだ。うれしい。♪ 

                          2011年12月31日

                                     右近

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黒豆作りに関する補足あれこれ

補足いたします。

・黒豆をレシピの倍の量を作る時などは、調味料もすべて倍ということではありません。たとえば豆が2倍の分量でも、水や調味料は加減しながら1.5倍くらいにしておきます。足すのはカンタンだけれど、砂糖などは入れてしまって甘過ぎると困ります。もしも甘過ぎたら汁を少し別の器に移し替えて水を足そう。もちろんその汁は捨てないで利用するよ。

・黒豆は汁から豆が出ていると皮が縮むため、いつもヒタヒタの汁とともに煮て保存します。しかし豆を食べたあと汁だけが残ります。昔の人は黒豆の汁はノドにいいと飲んだものですが、甘いね。この汁は煮ものに使えます。肉じゃが、ひじきの煮ものなどに使ってください。おススメは‘黒豆ミルク’です。今の時期なら温かい牛乳で、ちょうどカフェオレを作るみたいに利用します。これが美味しいのなんのって!ぜひお試しを。ホントだよ。

・黒豆は使用する醤油によって煮上りの色が若干違います。私の使っている醤油は濃口醤油ですが色が薄いものです。それで煮上りが少し茶色がかった感じがします。私は薄味が好きなので、よけいそうなります。しかし味はとってもいいですよ。味見して美味しいと思う量の調味料を使用してください。市販の煮た黒豆は黒いですが、日持ちさせるために味がとても濃いですね。濃いも薄いもあなたのお好みで作りましょう。それからサビ釘が少なくても色が黒くならないから気を付けてください。昨年、私は5本でしたが今年は10本いれました。ボルトやら釘やらをガーゼに包んで。

そうそう。8時間煮るなんてレシピにあって‘無理~’と思ったあなた。石油ストーブを使っていたら鍋をかけておくといい。但し小さな子どもさんが居る場合は気をつけてあげてくださいよ。ヤケドなんて絶対にさせないようにね。私はアク取りなど済んだ段階で、豆マメ星人必携の‘スロウ・クッカー’君に任せます。彼の働きで、あとは何もしないで勝手に出来あがります。土鍋で煮るのもおススメですよ。けれど土鍋は意外に早く煮えるので、煮過ぎに注意してください。それからそれから‘重層’は食用を使ってね。お掃除用じゃなくて。

実は私もただ今‘黒豆中’。調味料の入った汁にひと晩眠らせているところ。自分でもやり始めると、あれもこれも書き忘れたなぁと思って・・・。今日は御挨拶にまた出てくるけれど、まず補足。

さてさて「押し詰まってきましたね」。
こんな言葉を最近はあまり耳にしなくなりました。代わりに「押し迫ってきましたね」と言う人がいます。それは間違いです。では‘押し詰まる’とは何が押し詰まるのでしょう。それは2011年という日々です。最後の‘つごもり’、つまり‘月籠り’=‘晦日’である12月31日のつごもりには「大」がついて「大晦日」ですが、この日にいたるまでの日々が押し詰まってきたのであります。これは12月31日が終了するのをにらんだ表現なのですね。はい、ほんとうに押し詰まってまいりました。それではひとまずこれで失礼。

ふだんの4倍以上のアクセス数に驚愕の右近より愛をこめて

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2011年12月30日 (金)

必見!美しい「栗きんとん」 滝口 操先生のレシピより

私は料理の基本からひと通りのことを『キューピー3分クッキング』で身につけました。まだ20代の初めから、ずっと観ていましたね。今はもう番組は観ていませんが、膨大なテキストは今でも大切においてあります。諸先生方がマジシャンのように美味しい料理を作るのに目を見はり、かならず作ってみたものです。『おせち料理』の特集がある12・1月号はそれだけ別にして束ねて紙で包んであります。私の大切な宝物です。

講師の先生方の中でも大好きだったのが滝口操先生でした。説明が分かりやすく、作り方もそれほど難しくないのに、その通りに作ってみると驚くほどおいしかったですね。先生は女子栄養大学の名誉教授を務められ、残念なことに2003年に他界されました。けれど私のように先生の料理が根付いている人たちはずいぶん多いと思います。その滝口先生が担当された“ふだん着のおせち”から今日は皆さんに「栗きんとん」をご紹介します。

それが掲載されたテキストは昭和62年12月発行。1987年12月~1988年1月のテキストです。テキストの価格は430円。私はその頃30代。表紙に「栗きんとん」と走り書きしているのは、栗きんとんを作るときはこのテキスだという目印。おせち特集だけで10冊以上を今でも大切にしています。けれどほとんど頭に入っているから見ないで作っちゃう。

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このテキストを開いた画像が以下、これは「栗きんとん」など「口取り」のページです。「伊達巻」や「梅酒羹(うめしゅかん)」などとともに掲載されています。透明感と照りのある素晴らしい「栗きんとん」です。どうですか。芸術的だと思いませんか。このレシピを紹介いたしましょう。

Dscn3806_400◎ 滝口 操先生の「栗きんとん」

・材料

栗の甘露煮          200グラム
さつま芋            800グラム (正味400グラム)
砂糖               200グラム
栗の甘露煮のシロップ   (水を加えて) 3カップ
みりん             大さじ2分の1 (ミスプリントなのかテキストでは‘大さじ2分の1カップ’となっている。? たぶん大さじ2分の1の間違いでしょう。大さじ1くらいでもいいと思いますが)

先生のレシピにはこれだけの材料が書かれていますが、‘クチナシ’の実をひとつ、芋を茹でる時に入れると鮮やかな黄金色に仕上がります。スーパーに売っています。

さつま芋が正味とあり、グラムが半分になっていますね。これは美しく仕上げるために厚く皮をむくためです。お正月です。贅沢に皮をむきましょう。その皮はもちろん捨てないでね。あとで利用法をお知らせします。では先生のレシピに右近が補足しながら進みましょう。

・作り方

① さつま芋は1.5㎝くらいの輪切りにして皮を厚めにむき、たっぷりの水につけて一度洗い、次に新しい水に充分にさらします。

 右近の注:厚めにむく目安は断面の皮に近い所に輪がありますが、その輪の内側の芋をを使うため、輪っかを目印に厚くむいてくださいね。もったいないと思って薄くむくと、アクがあるので美しい黄金色になりません。思い切って厚くむいてくださいね。その皮の利用法は、味噌汁の具、きんぴら風など好みの炒めもの、それからイチオシは素揚げです。カリッと揚げておやつにどうぞ。ちょっと塩をふると美味しいよ。ぜったいに捨てないで皮も食べてね。ほんとうに。

② 鍋にたっぷりの水とさつま芋を入れて火にかけ、煮立ったら中火で10~15分、やわらかくなるまで煮ます。煮汁を捨て、砂糖の三分の一の量を加えてさっと煮、熱いうちに裏ごします。

芋を煮る時、あればクチナシをひとつ鍋に入れてください。裏ごし器がない場合は、味噌こしでも出来るかもしれません。毎年作るならひとつ備えておくのがいいでしょう。裏ごしをするとしないとでは、滑らかさがまったく違いますからね。こだわる人は枠が木製で網の部分が馬の尾の毛で出来た上物を。(お馬さん、ごめんなさい) 金物よりしなって、こしやすいく、サビません。もちろん金属製でも可能ですよ。洗ったあと完全に拭いて乾かしてから仕舞ってくださいね。

③ ②を鍋に戻し、栗のシロップと水、残りの砂糖を加えて全体に軽く混ぜ、火にかけます。

あくまで軽く混ぜるだけ。「栗きんとん」のレシピに“練ります”とよくありますが、砂糖を早い段階でかき混ぜ過ぎると透明感を失います。ここはさわり過ぎないでください。

④ 煮立ったらアクをすくい取り、弱火にしてときどき鍋を動かしながら煮詰めます。このとき混ぜ過ぎないこと。

ホラ、先生はくりかえし仰っています。くれぐれも混ぜ過ぎないでくださいね。私の経験から、アク取りは丁寧にし、ふつふつと鍋底から泡が出始めると大きく混ぜるという感じです。

⑤ とろりとしたらみりんを加えて3~4分煮て、栗を加えてサッと煮る。それから皿に広げて冷まします。

ココが大きなポイントです。私はこの分量の倍くらいを作るため、大皿2枚を使います。出来あがったときは水分が多く、失敗かなと思うかもしれませんが、冷ましている間に水分が飛びます。さらに冷めるとちょうどいい具合の固さ・やわらかさになります。それからこれも私の経験からですが、大皿にザッとあけたとき、寿司飯をうちわであおぐ時のように急激に冷ますと、いっそう照りが出ます。栗の量はお好みで。私は栗は少なめの小さめです。さつま芋が大好きなのでタップリ作ります。娘たちにも分けるので。

それでは皆さん、おいしい「栗きんとん」を頑張ってください。私のように熱き“栗きんとん愛”を抱いている皆さんは、とことんこだわり、芸術的な美しい黄金に輝く「My 栗きんとん」を作ってください。冷凍保存は可能で解凍後も品質は変わりません。女性に人気のある一品です。甘党男子にも好まれます。たくさん作ってくださいね。私は指示だけして娘に動いてもらい、伝授しながら何が何でもこれだけは作ろうと考えています。だって秋に裏庭で収穫したさつま芋、きんとんのためにとってあるんだもん。(^_-)-☆ My サツマイモでMy 栗きんとん。How happy I am!

☆では、重要ポイントをおさらい

・さつま芋の皮は厚くむく。輪切りの断面の輪っか部分内側までむいてしまう。

・砂糖を加えてから混ぜ過ぎない。練らない。ただし絶対に焦がさない。

・出来上がれば大皿に流し入れて急激に冷ます。         以上

今日は先に痛み止めを飲めば、左手も少し入力に参加できました。おせちの掲載を始めてからアクセスがふえています。皆さん料理に興味があるのですね。うれしいなぁ。(^.^) これ以外の作り方も『みんなのきょうの料理』に掲載されています。照りのある「栗きんとん」なら柳原一成さん、鈴木登紀子さんのレシピが参考になりますよ。

私はとっても嬉しいことがありました。被災地のクリスマス会に少しばかり協力させていただきましたが、可愛い文字で‘ありがとうカード’が届いたのです。また皆さんにもいつかお見せしましょう。それでは残り2日間の2011年、ケガや病気に気をつけて。

高校生の時から作っている「栗きんとん」に異常なほどの愛情を抱く右近より愛をこめて

 

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2011年12月29日 (木)

辰巳芳子さんの「煮しめ」の作り方

おせちで特においしいと思うものに「煮しめ」があります。私は今年はあきらめました。左腕を吊っていては野菜が切れないのでとても無理。(-.-) 皆さんどうか作ってみてください。今日は鈴木登紀子先生と辰巳芳子先生のレシピをご紹介。両先生は大ベテラン。和食の極意を教えてくださいます。

◎ 「いり鶏」  (鈴木登紀子先生 鶏肉入りのボリューム満点の煮しめ)

◎ 「煮しめ しいたけ他」 (辰巳芳子先生 煮しめの具を煮る順序も伝授)

鈴木先生の方法は、鶏肉が入って若い人にも人気があると思います。
スープの本でおなじみの辰巳先生の方法は、しいたけだけでなく、先に煮たものから出た旨味を次の材料に移していく方法です。これは素晴らしく効率的で、おいしく出来るコツ。実は似たようなことを誰に教わるともなく私も昔から実行していました。先生流の具を煮る順序が示されています。試してみてはいかがですか。

補足:前回の記事に堀江ひろ子先生の「スピードだて巻」も追加しています。どうぞご参考に。

今日は痛い。だから歌おう。‘♪デ~オ イデデイデデ イデデェェ~オゥ  薬を飲んで もう寝ます’
(歌ってね知ってる人。久しぶりにコレ出たね。そう、“バナナボート”
                          気ぜわしいけれど仕方なくヒマな右近より愛をこめて

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2011年12月28日 (水)

「伊達巻」の作り方ご紹介

今日は伊達巻の作り方です。私は昨年はじめて作りました。それまでは買っていました。なぜか買うものだと思い込んでいましたね。でも皆さんネットでMy Datemakiを公開しておられる。なら右近も作ろうぞと挑戦。とってもおいしく出来ました。昨日ご紹介したサイトに掲載の投稿レシピ&先生、業者さんの作り方を以下に3例。

◎ 伊達巻の作り方の例 その1 

◎ 伊達巻の作り方の例 その2 

◎ 伊達巻の作り方の例 その3 

下の画像が昨年に私が作ったミニ伊達巻です。‘巻きす’で巻き、ゴムバンドで押さえて形をととのえているところです。端っ子こが見えていますが、おいしそうでしょ。おいしかったよ!上の3つのレシピを参考に作りました。その通りに作らなくても、好みや便宜に合わせてやればいい。甘いのが好きな人は砂糖を多めでも、甘くないのがいい人は少なめでも。私はテフロンの卵焼き器を使用。焼き上がったものを手巻き寿司の巻きすで巻きました。ざるそばの器とセットのすのこも混じっているかもしれない。それが無ければクッキングシートでもアルミフォイルでも何でもいいよ。

ギザギザは無くてもいいけれど、つけたい人は何かのすのこを使うと簡単。‘鬼すだれ’がなくても巻きずし用のすのこ持っていれば上々。冷めた頃にはきれい仕上がっています。But,卵とハンペンは必需品。ハンペンはフードプロセッサーやミキサーが便利。なければしゃもじで押しのばし、あわ立て器というかマドラーっていうか、卵をかき混ぜるもので混ぜよう。砂糖が多い場合は焦げやすいから要注意。幅広の卵焼き器があればぜひそれで。フライパンでも出来ますよ。その場合、盛り付けの際に端っこをカットするとき、多めのつまみ食いが出来ま~す。(^_-)-☆ とにかく簡単。ぜひお試しを。私の完成作を盛り付けた画像がないのが残念。とってもおいしいと好評でしたよ。見栄えもする。安い材料費で出来る。ちなみにミニ伊達巻で一個400円くらいする。今まで買ってばかりで損をしたなぁ。ぜひ作ってみてください。これも冷凍保存が可能です。解凍後も品質は落ちません。私はたくさん作って冷凍し、春先まで楽しみましたよ。おいしかったぁ。\(^o^)/

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ところで私は今日、とても精力的に動きました。病院、スーパーのハシゴ、ガソリンスタンドで灯油購入、ガソリン補給などなど。運転は次女がしていますが、我が車の助手席は落ち着かないものですな。(まだまだ私の方がずっと運転はウマイのだ) しかし一度の外出で多くのことが出来て満足。忙しそうな人びとに何度となく左肩にぶつかられ、思わず叫んでしまいそうなこと数回。頑張った一日でした。

帰宅後は買い足した鯛を焼きました。野菜を茹でたり夕飯作りなど色々なことを右手のみでおこないました。不便なことはいくつもあります。茶碗が持てない、食器はもちろん洗えない、すぐに背中が痛くなる、肩コリがひどい、化粧をするのに前髪をピンで留められない、かぶりものの服は着られるがひとりでは脱げない、などなど。ふう。

おせちはいくつ出来るか、はたまた少しも出来ないかも分からない。痛みの程度次第です。でもいくつかは作りたい。私は出来なくても皆さんはいろいろ作ってくださいね。料理が出来るって幸せなことなんだなぁ。うむ。こんな状態になると、それがひしひし感じられる。(-.-) 目下ブログ更新の際に困ること。左手でShiftを押しながら右手で打つ時。今日は吊った左手に長めのハサミを持たせ、腕が伸ばせないので前傾姿勢になり、ハサミの先っちょでShift keyを押しました。この時、Gekitsu~!ぎゃ~! けれど痛み止めは少なめで服用。夜間痛がきついので今から飲んで眠ります。イデデデデ・・・っとぉ。    
                        何でもやろうとして、ちっとも安静が守れない右近より愛をこめて

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2011年12月27日 (火)

おせち料理「黒豆」のカンタンな作り方

国立病院へ行ってきました。何度目かのレントゲン撮影ですが、この種の症状としては重症との診断。石灰は二か所にあり、一部は完全に癒着し、まだ他にも滑膜に分散してある模様。それは年が明けてからのCT他の検査で判明。様々なことを考慮して、手術か温存療法かを検討中。今日は右手のみで打っているので、詳しくはまたいずれ。

私は守ってきた‘賀状の元旦着’をあきらめました。しかし「おせち」はあきらめきれない。材料の野菜や魚類だってまもなくドッと届くのに。厳選して作れるものを選んでいくつかは作るつもり。たとえば黒豆。これは豆マメ星人の私の大好物。何が何でも作ります。

昨年は土井喜晴さんの作り方で作ってみました。これはお父上の土井勝先生から受け継がれた方法だそうです。黒豆を煮るのはむずかしい。そんなこと誰が広めたの?と思うくらい簡単な方法です。このレシピに従って作ってごらん。誰でも失敗なくできるから。出来あがった黒豆は冷凍保存も可能です。解凍後まったく品質に変化なし。多めに作って凍らせるのがお勧めです。さぁ、ご覧ください! ↓

 『みんなのきょうの料理』 土井善晴さん伝授の「黒豆」の作り方

私はこんな状態で今年は出来ていないから、昨年に作ったものの画像でご紹介。ちょっとライト当てすぎ気味。

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なんで年の瀬に私はこんな状態に・・。と少しだけ恨んだけれど(でも対象がいないやん)、恨んだところで仕方ない、こういう年の瀬も一度くらいあってもいいかと、あくまでマエムキな右近です。前々回の記事のあと痛みはすぐにぶり返し、激痛に呻いて苦しむクルシミマス、いやクリスマスでした。(kids&babyたちとの早めのクリスマスは何とか出来ました) とりあえずまた今日は関節へのステロイド注射と、服薬で今は痛みが軽減されています。左腕はただいま吊っています。これが楽チン。けれど目薬がさせないのが困ります。お茶碗がもてないのも、デジイチが持てないのも、左耳の耳掃除ができないのも困りますが、そんなことは大事ありません。頑張って今日も出てきたよ。なるべく毎日出てくるからね。薬があれば出来そうだ。

黒豆ぜひ炊いてみてくださいね。レシピの「2」の部分が他とは大きく異なる点ですね。ココがポイントかな。それから、サビクギがなかったら、くぎでなくても錆びた鉄製品なら代用できます。最後に。豆はかならず大粒の‘丹波の黒豆’を使うこと。(北海道産も小粒で美味しい。ふだんはいつも食べてるよ) これがコツ。なんてったって粒が立派。味も抜群。私は早くから買ってあるよ。丹波黒300グラム入りを2袋。いつ出来るか分からないけれど作るよ今年も。だって食べ物の中で豆類がいちば~ん好きなんだ。♪大、大、大好物なんだ。♪豆類、おいしいね。♪

今日もなんとか出てくることが出来ました。イデデ。初心者ピアノ弾きはこれで休みます。イデ。いい一日にしてください。  
実は豆マメ星人だった右近より愛をこめて (たしか傘貼りの素浪人じゃ・・・。「ゆえあって傘貼りただいま休業中」に御座い)  

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2011年12月26日 (月)

お知らせ

今年最後の週を元気にがんばろう。 寒いからみんな気をつけて。
ちょっとお休みするかもしれない。ごめん。  右近

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2011年12月22日 (木)

‘ギックリ肩・腕・背中’の話やら色々なこと

前回、鍋の内側のこびりついたルーをこそげてとか何とか私はカレースープのことなんぞ機嫌よく喋っていたのですが、その夜中に大変な状態になりました。夜中といっても生活時間帯がズレテいる私が寝付いた後の明け方のことです。激痛です。もの凄い痛みで目が覚めました。なんなんだ、これは・・。痛みは左側の肩・腕・背中でした。最も痛む辺をそっと右手で押さえてみると、ドクンドクンと鼓動を打っているような感覚が手のひらに伝わり、熱を持っています。何・・・!?(・・;) 特に何も過激なことはしなかったのになぁ。(-.-)

体勢を変えようとすれば烈しく痛みます。左手はまったく機能せず、体を支えることなど出来ません。右半身で何とか楽な姿勢を探ろうとするのですが、わずかに動くだけで左側に響いて激痛が走ります。膠原病発病の日が頭をかすめました。全身の関節という関節が痛んで身動きできなくなった日のことです。もしや急激な悪化かと冷静に考えてみましたが、それではなさそうだと分かりました。痛みは左側の上半身だけだったからです。

まいったなぁ。どうするよぉ。とりあえず眠らなければならないと思い、やっとの思いで上半身を起こして右側のデスクに手を伸ばし、引き出しから鎮痛剤を取りだしました。幸い寝る前に飲んだお茶が湯のみに少し残っていました。この際仕方ないと思ってそれで薬を飲み、何とか眠りました。翌日、目が覚めると同時に痛み復活、というより痛みを感じるということでしょうが、それは一段とパワーアップされたものでした。猫たちがエサを欲しがる。ダッコのオシメも替えてやらなければならない。けれども体が痛くて痛くて動けない。

皆さん、人生には‘頑張りどころ’というのが何度もあります。私において‘痛みとの闘い’は、膠原病を持ってから数えきれなく訪れましたが、これもそうだと観念しました。起きなければ猫たちが、私の胃にも何か入れなければ、など思いつつ、しかしじっとしていたい気持の方が強い。ここなんですね、私の踏ん張りどころは。だって家ネコも外猫も腹ペコなんだ、とにかくそれだけでも頑張らないと。この私の‘猫愛’がこの時も私を奮い立たせてくれました。

庭猫たちは私が台所へ立つと気配で鳴き始めます。鍋とお玉がカチャカチャいえば鳴き声は最高潮。冬場には前夜から用意しているエサに少し火を入れてなま温かくしてやります。それを食べるのが遅いトラ江だけ別の器に入れ、あとの猫は平たいトレーの決まったコーナーに等分に分けてやります。猫たちは自分の定位置を知り、守っています。しかしこの時は、私がしゃがむことから困難で、身体を少しでも前傾にするとイナズマみたいな激痛が走ります。したがって、腰痛のときのように上体をシャンとさせ、お玉の入った鍋を右手に、よい姿勢だと褒められるような体勢になってそのまま真下へ重心を移動させて肩膝を床に付けます。無事にしゃがめば鍋を置き、分け入れます。いつものように体を乗り出せないので、出来るだけ右腕を伸ばして分けるのです。こうやって外猫の昼食を無事に配給。

続いて家ネコの世話。じぃじぃはキャットフードを器に入れてやるだけなので楽。ダッコは大変。食べること、排泄のことと立ったり座ったりするたびに痛む。けれど言ってはいられない。手早く済ませて休みたい。とにかく痛い。何度も狂言役者のような立ち居振る舞いで立ったり座ったりし、はなはだ良い姿勢で家の中を走り歩きしていた。思えば体のどこかが痛むとき、おのずとこのような動きをしている。伝統芸能というものは、やはり優れた動きだ、こんなときでさえこれなら動けるのだからと感心したのであります。若いときに学習した‘狂言’がこんなところで役に立つとは。若いときには何でも学んでおくものですね。

そんなことを言っている場合ではありませぬ。この痛み治るものやら。しかしながら、どこもかしこも、どう動いても痛い状態に、病院へは行けないと判断しました。なぜならとてもハンドルが握れるとは思えなかったからです。カップひとつ持つことも出来ないのですから。左掌は何も握れず、腕を下へ垂らしておいても上げても、何をしても激痛なのです。肋骨の脇側、首の周り、鎖骨、肩甲骨、肘、手首、指などの関節や筋肉がすべて痛いのです。痛みには慣れているので強いほうだと思っている私が「イデデ、イデデデデ」と何回も言っていました。(なんで私は「イテテ」じゃなく「イデデ」なんだろう。ただいま気づく)

さすがに自分の昼食まで余力がなく、ベッドへ戻りました。膏薬(貼り薬のことですよ、若い人)を貼ろうと引き出しから取り出し、裏面を剥がすも予想通りに手が痛む箇所まで届かない。たいていの既成品シャツでは袖丈が足りないほど腕が長い私だが、体勢を変えるということは体の筋肉すべてを使うことであり、痛む左側の筋肉も右側が動けば連動して動くのでしょう。ふだんはなんなく届く所でさえも右手指の先しか届きません。まいったなぁ・・。ふたたびつぶやき、それでも私はココが頑張りどころと心得てチャレンジを続けました。裏面は半分剥がして痛む箇所めがけて勢いつけてホイッと放り投げるようにして貼り付ける。どこかに貼りついたら裏面の半分を剥がす。まるで投網(とあみ・とうあみ)のように‘ひとり膏薬貼り’をくり返し、何枚かはクチャクチャに貼られ、何枚かは惜しい所で角だけ折れ込み、おそらくたった一枚だけがまともに貼れたのであります。

こんな調子で書いていれば夜が明けるので、以後かいつまんで話しましょう。
その日、夕方に必死の思いでベッドから出て、お粥を炊きました。おかずを用意する余裕が無いので、残り物のカボチャの煮物を切って入れ、カボチャ粥にしました。なんせ冷蔵庫を開けるにも、まして冷凍庫を開けるなどとても出来ないことだったので、これだけ。鎮痛剤服用のために何か胃に入れるのが目的で食欲もないけれど、どうにかクリア。しかしね、皆さん。体の筋肉は凄い働きをいつもしているのですよ。一見無関係に思える離れた場所でもつながっているのですね。関係しあっているのですね。また筋肉は直接つながっていなくても神経はこれも全身に網羅され、どこが不都合でもまったく不自由なものだと痛感します。

仰向きでは両肩がひどく重い、横向きもすべてが痛い。ごそごそ動いて痛みがマシな体勢を探ろうとしてもとにかく痛い。呻いてばかりいる飼い主にじぃじぃ(J.J)は心配そうに見ています。何だか具合が悪そうだと分かっているような顔をしていました。可愛いな、この猫は。どれだけ癒されているかしれない。私はこの猫を失ったときの喪失感に耐えうるのかどうか今から自信がありません。膏薬を貼ったり、御飯を作ってくれたりできないけれど、私の猫たちに対する愛情と義務感、かれらの私への信頼と純粋な依存が今の共存生活の柱になっていることを感じました。あぁ、愛すべき猫たち。最愛のわが友、猫たちよ、飼い主は頑張るぞ!縁あってそばに居る君たちを守り続けるよ。質実剛健に育った君たちは私の誇りだよ。

なんて言っている場合ではありません。夜が明ける前にまず日が暮れる。それまでに喋り終えないと。悶々とした火曜日が終わり、水曜日になってもまったく改善の兆しがありません。ギックリ腰なら急性期には急いで病院へ行くよりは自宅で安静するのがいいといいます。このギックリ肩(←勝手に命名)も最初は安静かと様子を見たのですが、痛みが和らぐのは鎮痛剤が効いている間だけ。それはあくまで鎮痛でしかなく、長びくなら治療が必要と考え、昨日になって重い腰ならぬ重い肩や腕を上げ(実際は上がらない。誤謬ですよ、単なるゴビュウ)、病院へ行きました。この病院は数年前にもかかっているのですが、痛めば注射に来るようにと、それ以外の助言ナシ。(それで夏にはリハビリを受けられる病院へ通って改善したのですが、少し距離があり、通院に疲れるなどの事情で行かなくなりました)かすかな望みを抱いて再度訪れたこの病院、またしても即座に「じゃ、注射を」とアッサリ片付けられてしまいました。

注射のために肩関節を出すのにもイデデを連発してしまい、看護師さんが苦労して左肩を出してくれました。注射も痛く、やたら長く、注射中にも筋肉のあちこちに痛みが走ります。けれどガマン。この病院にもリハビリ科があり、そこに通うことが希望だと言ってみましたが、医師は「リハビリが効く人と効かない人がありますからね」と素っ気なく答え、薬を出しておきますからと言って終わり。薬の内容についての説明はナシ。次にいつ受診せよとも言わない。これだからこの病院はねぇ。。と不満をためて処方された痛み止めと胃薬を薬局で貰って帰ってきました。この状態になるとハンドルまで左手があがりません。右手で左肘を支えて押し上げ、どうにかハンドルを持ちます。持つといっても握力も腕力もゼロの状態です。実質片手ハンドルで運転します。苦労するのは左へハンドルを切る時。車の中でもイデデッと叫んでいます。自宅の車庫入れではいつもイデデデデッと絶叫。これで車の買い替え考えたのです。古い車は車体も重く、パワステでも今の車よりハンドルが重いからです。新しい今のコンパクトカーはなるほど軽い。けれどこの状態の時、得意の‘ふり返り’バック車庫入れの体勢なんぞとても出来ませぬ。あの助手席に片腕かけて後ろを向く姿勢は女性がドキッとする動作だというアレです。そんなのとてもとても出来ませぬ。今や座ってくれる女性もいないからいいけれど。(その代わり、はるかちゃんがいつも車庫で迎えてくれる。「おかえりニャさ~い」。それが嬉しい。♪)

注射を受けた日にはよけい痛むこともあるけれど、昨夜は痛まず、さっそく溜まっているシンクの洗いものをしたり、部屋の片づけを手早くしました。現在も効き目はあり、痛みは無くなっていないけれど激痛ではないので軽く家事は出来ています。lovely kid&babyがクリスマスにやってくるし、おせちや年賀状もこれからだし、動けないと困るんだ。せめて年内は持ってください注射の効き目さん。と祈るような気持ちです。しかしいったいこんな急激な痛みとはなんでしょうか。確かに寒くなって痛みは増していたのですが、こんなにドカンと来るのは初めてのことで驚くやら痛むやらのここ数日でした。皆さん、くり返し言います。筋肉は日頃から鍛えておきましょう。私が石灰が溜まりやすいのは腎機能が悪いせいもあるけれど、筋肉を鍛えることを少しサボっていたと反省しました。寒いとつい縮こまってしまうものね。いけないね運動しないと。あれ、結局、かいつまんでなかったね。以上です。

そんな状態で、なんでこんなに打ってるの? ご尤も。私はきっと嬉しいのでしょう。更新を休むとアクセスがふえます。なんで?心配してくれてありがとうって言いたくて。それからもうひとつ。激痛のさなかに嬉しいメールが被災地から届いていたと今日パソコンを開けて知ったものだから。私のささやかな行為が人を喜ばせ、その人が感動して涙したこと。寒い被災地でささやかなモノが役に立っていると伝えてきてくれた人・・・。暖かい言葉が返ってくると本当にうれしい。私は被災地の人々に励まされ、勇気づけられている。体が辛いときに届いた暖かい感謝メールは、心を暖めてくれました。これからも私はずっとかれらに支えられていくのだろう。一生懸命な人たちに励まされ続けるのだろう。もちろんココへ訪れてくださる皆さん方にも。

パソコンを開ける体勢維持可能な状態まで回復して嬉しかったから、テンション高めで長いお喋りになりました。読んでくれてありがとう。寒くなるよ。暖かくしよう。首、手首、足首の三つの首をいつも暖かくしてくださいね。ショウガ、ニンニクも摂りましょう。最後に皆さんの疑問にお答え。ほとんど右手だけで打っています。左手は使えないので、左手首をパソコンの左端に固定し、何とか使える中指だけが左の縦二列だけを担当、あとの広いスペースを右手クンが忙しく走り回ってる。オレの持ち場外だよなんてボヤきながらね。右手クンには感謝状、いや、この頑張りは表彰状ものだ。かなりのオーバーワークだね。どうか誤字脱字などお許しを。これでも一時間半かかったよ。では少し休みます。ほんとうにとても寒くなるんだから。暖かくしてくださいよ。今日は冬至。カボチャを食べよう。あれ、もう夕暮だ。ではまたね。頑張るよ。ありがとう。君もだよ。  右近   Thank you,  readers in another languages.  Ukon 

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2011年12月19日 (月)

カレーのあとは‘カレースープ’を

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カレーは時どき食べたくなりますね。私は多めに作って何食分かを冷凍します。ところで鍋に少し残ったカレーをどうしていますか?カレーうどん、カレーおじや(雑炊)など作るかたは多いと思います。私もよくそうします。カレー鍋に和風のだしを入れ、とろみをつけてネギを入たら茹でたうどんにかける、もしくは茹でうどんをカレー鍋に入れてワイルドに‘うどんすき’形式で、小鉢に取り分けて食べるのもいいですね。雑炊は水と御飯をいれて煮込みます。この時、味は好みで塩やカレールー、フレーク、パウダーなどでととのえます。これらは少しだけ残ったカレールーの利用として心がけている人もめずらしくありません。

これ以外に私がよくするのは‘カレーのあとのカレースープ’です。これを作る時、こびりついたカレールーしか鍋には残っていません。しかし美味しいですよ。今夜も作りました。それが画像のスープです。いつもと少し趣向を変え、今日は和風にしてみました。作り方というほどのものではありませんが、一応、作り方をご紹介。

① ルーが少しも残っていない状態の食べ終えたカレー鍋に、作りたい量の水を入れる。

② 蓋をして火をつけ、手早く野菜を切る。 今日は、大根、人参、牛蒡(ゴボウ)を千切りにしました。どの野菜も皮のまま薄切りをし、千切りに。薄め、細めに切ると煮上りが早い。切った野菜を①の鍋に入れていく。

このほか玉ねぎ、人参、カボチャ、ブロッコリー、カリフラワーなど冷蔵庫にある野菜何でもO.K。その他、ジャガイモの賽の目切り(小さな角切り)にしたもの)や、ミックス・ベジタブルなどを使う簡単な‘具’でも手間が省ける。

注意: どんな野菜も可能ですが、煮上りが同時で均一にするには、切り方をそろえる、鍋に入れる順番を考えるなど工夫する。

③ 野菜が全部入り、半ば煮えてきた頃に、お玉で具をすくうようにして鍋の内側をぐるりぐるりと回す。この時、ただ回すのではなく、鍋の内側にこびりついて固くなっているカレールーをこそげ落とすようにしながら回す。

(ココが重要。お玉でルーをこそげ落とし、鍋を野菜で洗い流していきます。こびりついたルーは大いに利用。もしかしたら皆さんは、コレを取るのにしばらく水に浸けておき、厄介だなぁ、もぅ・・と洗剤たっぷり使ってタワシでゴシゴシこそげ落としていない?あぁ、もったいない。ルーの残り、よけいな水、洗剤、エネルギー、何もかも)

④ こそげたカレー鍋の内側のルーが溶けた頃、スープのいい香りがしてくる。ここで一度、味見をする。こそげ落としたルーの量により味が異なるので、塩、スープの素、カレールーを少し足すなどして好みの味付けをする。今日は中華スープを使用。(何となく中華を選択) カレールーの追加ナシ。

⑤ 野菜に火が通り、味をととのえたら好みでとろみをつける。片栗粉の水溶きは、必ず沸騰したところへ回しながら入れる。最後に青味野菜を加える。今日は水菜があったので入れました。その他、ネギ、ほうれんそう、チンゲンサイ、ニラ、菊菜、小松菜、ブロッコリー、などあるもの何でも可能。葉もの野菜はかならず出来上がり直前に加える。

 若葉マークさんへ 
野菜の千切りは、まず野菜を薄切りすることからですが、薄切りは好みや用途で厚さは加減してください。次に切った野菜を半ば重なるようにまな板に並べます。トランプのカードを並べる要領です。そして端から切っていきますよ。右利きの人は右から左、左利きの人は左から右へ。(ベテランさんには分かりきったことばかりで恐縮です)

ところで、私の住む町は水が美味しいことで知られています。大阪で?えぇっ?と思われるかもしれません。(大阪市ではなく府だからね。北部と南部には山が多い地域があるよ) 水と空気が美味しいので療養にいいと考えて堺市からこの町へ越してきたのです。配布される市からの広報を読んでも、町ぐるみできれいな水を保つ努力をしていることがわかります。山ばかりで目だった産業のないこの町ですが(そこが気に入ってるのだけれど)、ここに住んでから私も今までよりいっそう生活排水のことを考えるようになりました。

この‘カレーのあとの鍋deスープ’(←突然命名)も、程度の高い汚水を下水に流すのを減少させているのではないかと思います。こういった小さなことの心がけが環境を守ることにつながります。このカレースープはエコで美味しい。一石二鳥。しかもスープのあとの鍋を洗うのは楽チンで一石三鳥。(石を投げて鳥を落としたくなんかないけれど。ギャートルズではないからね)

とにかく食材はとことん利用。食材の命に、生産者の苦労に、流通業者さんの労働に感謝して、すべてを徹底利用する。そして自分の体は自分で守ろう。美味しいものは自分の手で魔法のように、手品のように、いくつでも生み出すことができるものです。

熱いものの撮影では湯気が邪魔する。“フッ”と息を吹いて湯気を飛ばして素早く撮影。撮ったあとは“いっただきまっす”。とてもおいしかった今日のスープです。鍋にこびりついたカレーと和食材と中華スープは抜群の相性。画像をパソコンで見れば泡がひとつ出来ていた。そのまま掲載。お代りもしてスープはすでに胃袋の中。このカップは大きめでスープ用。MUJI.netで購入。

世の中では日々いろいろなことが起こっていますが、あなたは元気ですか。寒くなりましたね。日本中が冷えているようです。
暖かくしてがんばってください。あと2週間の2011年。元気でがんばろう。うん、私も。

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2011年12月16日 (金)

宮城県亘理町・クリスマス会の景品・お菓子を至急大募集!

宮城県亘理町の仮設住宅で、今月22日にクリスマス会が予定されています。園児、小中生が91名です。景品になるもの、あるいはお菓子の提供などのご協力を至急お願い申し上げます。数量の多少は問いません。どうぞよろしくお願いいたします。

 本日、この募集を仮設住宅世話係の方からの情報で知りました。日にちが迫っているため直送していただくことになりますが、ご希望により送料は私が負担いたします。またネット通販での物資直送のご支援も大歓迎です。‘イベント’‘駄菓子’‘景品’などのキーワードで関連業者さんのサイトが多数ヒットします。仮設住宅の子どもたちが楽しいクリスマスを過ごせますよう、皆さんの暖いご支援をお待ちしています。

ご連絡はホームページ『平成道行考』トップページのポストからお願いいたします。
詳細はメールにてお知らせいたします。            右近

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超簡単カボチャのポタージュ

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冬になるとポタージュスープをつくる回数がふえます。カボチャのポタージュは定番ですね。近頃、私はとても簡単な方法でつくります。簡単すぎるので作り方と書くのも憚られますが、一応‘作り方’を。

①カボチャは作りたい量の皮目の方を洗い、ワタや種を除いておきます。この時、皮が変色して固くてブツブツとした所があれば、その部分に包丁をあてがい、ストン、ストンとまな板に向かって下ろしていきます。そのようにして薄く皮を落としておきます。そこはカボチャが成っているとき地面に接していた部分で食感がよくありません。それから、くれぐれもカボチャの皮むきは、りんごの皮をむくような方法ではしないこと。怪我をするといけません。カボチャを動かしながら、必ずまな板に向かって皮をそぎ落とすように包丁を。(若葉マークさん、ガンバレ)

②カボチャは袋に入れ(口は閉じないで、ふんわりねじっておく)、つくる量に合わせて相応の時間をレンジにかけます。この時、カボチャに完全に熱を通すのではなく、半ばナマの状態で取り出します。(そうした方が切りやすく、煮る時間が短くて仕上がりが早い) 火が通りやすい大きさに切り、カボチャが重ならないように鍋底に並べます。その鍋ひとつで仕上げていきます。

③並べたらカボチャがかぶるくらいの水をヒタヒタに注ぎます。そして中火で柔らかくなるまで煮ます。途中、カボチャの上下を返しておくと早く火が通ります。その時、もしも水が少なくなっていたら少量の水を足しておきます。

④煮える時間は量により異なるので、テキトーに煮てください。(そう。例によってテキトー)料理若葉マークさんは鍋の蓋を何度もあけたくなるようですが、ポタージュに関してはどうせ潰しますから心配無用。度々蓋をとると温度が下がります。煮具合は気にしなくて大丈夫。私は節電のため、早めに火を止めて余熱も使って火を通します。

⑤柔らかくなったカボチャをマッシャーで潰します。この時、カボチャをザルにあけて湯を捨てたりしないこと。ゆで汁にも栄養が豊富に含まれています。これも無駄にせず食します。おおかたが潰れたら再度火を入れます。そして牛乳を注ぎます。濃度はお好みです。少しずつ注ぎながら味見をして量を決めてください。牛乳がなじめば出来上がりです。私はカボチャの自然な甘みだけでじゅうぶんですが、物足りない人は塩やスープの素などを少量使うのもいいかもしれません。すでに牛乳を使っているので生ミルクを仕上がりに使うことは控えたいですね。乳製品も摂り過ぎは禁物です。

こうしてカボチャの煮汁は捨てずに飲み、皮も食べてしまいます。ビタミン豊富なカボチャは丸ごと食べて元気になりましょう。口の中で皮の食感もいいアクセントになりますよ。 私は昨秋、体調悪化から回復しつつあった頃、マクロビオテックにもとづく調理法を独学で学びました。通称マクロビでは野菜はすべて皮ごと食べます。アクも引きません。そのマクロビの料理法でかなり体調が改善しました。但し正統派のマクロビでは乳製品も卵も使いません。動物性食品はまったく使わないのです。しかし私は牛乳を飲み、卵も食べます。私の主な蛋白源は魚で、鶏のササミやベーコンも洋風だしに使用します。つまり部分的にマクロビですが、完全にその理論や方法にもとづく食生活に徹している訳ではありません。自分に合わせて一部取り入れているということです。マクロビオテックについては今後、おりにふれ語りたいと思います。(画像のカップはトクサ柄。一色に見えますが線の色は紺と茶で口はすぼんだもの。)

私が台所で使うグッズにも変化があります。4人家族の時に使っていたものが大げさになっている道具があります。マッシャーもそのひとつです。この時に使ったマッシャーは小さなものです。私は指関節や手指の皮膚にトラブルをかかえているので、料理の際に汚れものがなるべく少なく、後片付けに負担のないことが重要です。そんなところから考え出した料理法のひとつがこれです。鍋ひとつとマッシャーだけで出来る超簡単ポタージュスープ。料理は‘簡単’が大切。よろしかったらお試しください。

この小さなマッシャーは‘おひとり様’のポテトサラダ作りや、湯豆腐をすくうのにも役立ちます。手の届くところに掛けておくと重宝します。すでにお持ちの方も多いと思います。以下がそうです。右は普通サイズ、左がminiマッシャー。(←勝手に命名) 

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2011年12月14日 (水)

ボクが “J.J”

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ボクが「じぃじぃ」です。でもボクはまだそんなにお爺さんじゃなく9歳です。生まれてすぐにつけられた名前が「じぃじぃ」。ヒゲとマユゲ(というのかどうか)が白いからだって。正確には「じぃじ」だったらしいけど、飼い主が呼ぶと「じぃじぃ」になる。

ボクはこの名前があまり好きじゃない。だってみんなボクがお爺さんだと思うらしい。お隣のマゴたちがやってくると、口々に「じぃじぃ」と大声で呼んで賑やかだ。なんで彼らがボクの名前を呼ぶんだい。なんで隣のあるじさんが嬉しそうに「はいはい」と言うんだろ。彼もボクと同じ名前のようだなぁ。

けれどボクの飼い主は近頃ボクをJ.Jと呼ぶ。アメリカ映画に出てくる子どもの名前なんだって。ケッコウ気にいってるよ、J.J。ちょっとカッコイイ。なんだか最近はボクみたいな白黒猫がウケてるみたいだけれど、昔は「ハチワレ」(鉢割れ)といって忌み嫌われることもあったらしい。(鉢とは頭のことだよ。鉢の広いなんて言葉あるでしょ。あれ、ボクがなんでそんな言葉知ってるんだろ) 色も白と黒だし縁起が悪いとさ。今はいい時代だね。いわれのないことで嫌われたくないのは猫もおなじだよ。

もちろんボクだっていろんなことを考える。感じてる。だけどいちいち人間みたいに言わないだけ。いつだって考えてるんだ。暮れなずむ夕日にもの想う日もよくあるさ。まだ少年の頃、はじめて家を空けて大冒険したことや、たしかあの頃ボクはとってもやんちゃだったなぁとかそんなことも。その後、ボクは飼い猫仕様になったけど、立派なパパのボスクロや、昨年に亡くなったトラ吉どさん、ボクに負けて出て行った小太郎君みたいに自由でいたかったなぁ・・。なんてことなども。でもマタタビの粉と飼い主の暖かい布団の中は魅力だぜぃ。

ついおしゃべりをしてしまいました。古くからのお客様にはおなじみですが、こちらの新しいお客様たちのために自己紹介をしました。「じぃじぃ」とはボクのことです。人間ではありません。ボクは猫です。いつだって元気です。よろしくお願いいたします。  
(飼い主より注:画像は9月撮影。『わたしの猫と庭』に掲載済みのものです。)

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2011年12月13日 (火)

暖かな一日

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近畿地方では暖かい一日でした。私にとっては幸いの病院びより。秋なのかな、冬なのかなという天気。

師走も中旬。なんとなくあわただしいですね。こんな時は車の事故や家事での怪我、いろいろなことに気をつけてくださいね。もちろん風邪やら食べすぎ・飲みすぎなどにも注意して。

真夜中の静寂が私は好きです。何だかホッとするもの。
昨夜は購入したポストカードやグリーティングカードが届き、一枚ずつ眺めていました。じぃじぃみたいな猫をみつめて丑三つ時にひとりでニッコリ。

猫にもいろいろ表情がある。うちのじぃじぃも時どきこんな顔をする。そんな時、なにか考えているのだろう。
そう、きっと猫だって考える。感じてる。どんな想いか私におしえてくれないけれど。

愛用のノートPCの上に置いたポストカードを平行に置いて写してみた。うまくいかない。コンパクトデジカメは手持ちで真上からまっすぐに撮るのが難しく、被写体もふくらむ。だから斜めに置いて撮ってみた。明りはデスクライトだけ。たまにはこちらでも猫。

“いつだって あなたが 元気でありますように。”   皆さんへ    右近より

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2011年12月 9日 (金)

「茎ワカメ」の食べ方2種

先日、茎ワカメのスープをご紹介した日に、岩手に住む閲覧者の方から茎ワカメの別の食べ方を教えていただきました。その時に早速つくってみた茎ワカメ2種をご紹介します。私の買った茎ワカメも東北でとれたものでした。!(^^)!

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① そばつゆにみりんを少々、千切りのショウガを入れて茎ワカメを漬け込みます。2日ほどで食べられます。教えていただいたのはそのようにするそうですが、私は醤油とみりん、千切りショウガが無くなったところだったので、すりおろしショウガの汁を絞って応用しました。それが左側。

② 味噌漬は、味噌の中にただ漬けこむだけ。とメールにあったのですが、私はこちらも少々みりんを加えました。味噌を混ぜて柔らかくしたところへ茎ワカメを漬け込みます。 こちら味噌ごといただきます。それが右側。茎ワカメは長いまま漬けこむことも可能ですね。

熱いご飯においしいの何のって。もちろん酒の肴にもバッチリでしょう。しかし只今ゆえあって大好きなのに私は‘禁・珈琲、禁・焼酎’の最中ですから、ひたすら御飯をかき込みました。う~ん、おいしいっ!佃煮にしても肉厚の茎ワカメは歯ごたえをしっかり残していましたが、ナマでこうして漬け込むと、さらに食感が楽しめます。とにかくおいしいです。ぜひお試しください。切り方も味付けも、あなたのお好みでご自由に。

右近流のアレンジで、教えていただいたのとは多少異なるかもしれませんが、おいしく食しました。教えてくださってありがとうございます。

只今、室温10度。まだ暖房無し。それほど寒さを感じないのはショウガのお蔭かな。でも手足は冷たく室内でも手袋に帽子にマスク。寒さで早々にしもやけがドッと出来てしまって。膠原病だからなりやすい。(-.-) それと関節痛で左手が使えずちょっと不自由。な’ものだから今夜はこの辺で。風邪には気をつけてくださいね。今週もお疲れさまでした。

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2011年12月 8日 (木)

『真珠湾攻撃』の日から70年

1941年12月8日、帝国陸海軍による真珠湾奇襲攻撃で太平洋戦争が始まりました。今年はアメリカで大々的な追悼集会がおこなわれました。日米ともに戦争で闘った人たちの高齢化により、今後は生の声を聴くことが出来なくなっています。なぜ日本は国力の差が歴然であった勝算のない無謀な戦争へと突き進んだのでしょう。この戦争では日本人だけでも約300万人の犠牲者を出すことになりました。
今、私たちの国では戦争のない平和な時代が続いています。これからもそうであるために、また二度と私たちの子孫が戦争に合うことがないために、私たちは自国の歴史を知り、平和を死守する義務があります。
以下は「NHK戦争証言プロジェクト」メールマガジンの配信記事です。一緒に読んで考え、あらためて日本およびすべての国の太平洋戦争犠牲者への追悼を呼びかけたいと思います。

◎『NHK戦争証言プロジェクト』

帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり・・・
(1941年12月8日の臨時ニュース)
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 NHK戦争証言アーカイブス最新情報
 
http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/
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☆特集「真珠湾70年・海軍航空隊と太平洋戦争」

太平洋戦争開戦から70年。真珠湾攻撃など緒戦の勝利をもたらした海軍航空隊は、
どのように戦いそして消耗していったのか。証言と映像で実像に迫ります。


http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/special/

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☆戦時録音資料

☆「詔書捧読」
昭和天皇による「太平洋戦争開戦の詔勅」を代読録音したもの

☆「大東亞戰爭二週年記念講演(一)~(七)」
太平洋戦争開戦から2年経った1943年12月8日に東条首相が行った演説です。


http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/sp/list.cgi?cat=enzetsu

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☆新たな証言

1944年2月、日本海軍の一大拠点だったトラック諸島が米軍機に空襲され、
壊滅的打撃を被った「トラック大空襲」体験者などの証言です。

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☆番組「証言記録 兵士たちの戦争」
☆「トラック諸島 消えた連合艦隊」

日本海軍の一大拠点「トラック諸島」。
1944年2月、連合艦隊主力は多くの輸送船を残したまま島を離れる。
残された輸送船団は米軍の空襲に身を守るすべもないまま次々と沈められていった。
トラック大空襲の実態に迫ります。


http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/bangumi/list.cgi?cat=heishi

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☆日本ニュース
1947年(昭和22年)7月から9月までを公開しました。


http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/jpnews/list.cgi


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  戦争の記憶を、未来に伝えるために。
  NHK戦争証言プロジェクト
        
http://www.nhk.or.jp/shogen/
  NHK戦争証言アーカイブス
    
http://www.nhk.or.jp/shogenarchives

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2011年12月 6日 (火)

Myモミジの紅葉と『水無月右近のひとり言』復活について

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前庭のモミジが紅葉しました。今年はうんと遅れましたが、ただいま紅さがピークです。今週末の気温の低下で葉を落とす前に写しておきました。落ち葉のきれいなものを拾って‘押し葉’にします。

以前はこのブログにも右近庵の花や木々を掲載しましたが、今や掲載内容が広がり、花々や木々の様子は別ブログのみとなってしまいました。たまにはこちらにも季節の画像を掲載しましょうか。曇空の合間に日が射したとき、見上げるようにしてデジイチで写しました。

ところで私には気になっていることがあります。それはメインのホームページ『平成道行考』の更新がストップしたままになっていることです。恋愛詩その他は10年以上も前に書いたものであり、その他のページも古くなっています。それともかく、書く気はあるのに中途半端になっているページが気になっているのです。

恋愛詩など恋をすることもなくなった,私に書けないでしょうし、恋心のみ表す詩も文も今はバカらしくて書く気はないのですが、HPは以後ほぼ更新無しとお知らせした際に、「今後は『水無月右近のひとり言』だけ気ままに更新」と発言しました。そのことを満たしていないことが気になっているのです。

いろいろなお客様がふえ、全国各地からアクセスがあります。もしかしたら外国からも。(どこにお住まいか常連様にEnglish reader6名、たまにGermanyも1名おられます) 新しい訪問者の方は御存じないかもしれませんが、『ひとり言』は一番人気でした。ブログなどまだ無く、ホームページだけ時代からの古いお客様は、依然『水無月右近のひとり言』を待ってくださっているのではないかといつも気がかりでした。しかし私は弱り、今もベッドの上でこのブログを書いているようなことです。30分ほど動けば横になって休むといったことをくり返し、何とか一日の雑事をこなしている状態は改善されていません。

ところが今夜、食事の後片付けをしている時、茶碗など洗いながら突然に名案が浮かびました。運営中の4つのブログのうちのどれかを使って継続できるではないかということです。ノートPCにはビルダー及び膨大な容量のHP関連のフォルダを持ちこむ意思は無く、(それは容量だけの問題ではありません。つまりそこは完全に私のプライベートの場所にしたいからです)しかしブログならベッドの上での更新が可能なので(なぜならそれはプロバイダーから提供されているレンタルだからです)、とりあえずそういう形で継続しようかと考えついたのです。今ごろ気がつくなんて私はやっぱりテンネンかもしれません。(゜_゜)

読み書きには絶好のこの季節、大いに張り切って書くつもりでいましたが、そして実際に小説を書いていましたが、ご承知のように老猫の介護は何もかもをストップさせるほど大変なことで、莫大なエネルギーを要します。そのことについてはブログ『猫と庭』で書いているとおりです。病弱系の身には老いた猫の世話は心身ともに重労働です。そんな訳で私は現在、創作に興じることが許される状況にありません。

創作は現実の世界と離れてするものなので、猫のことが落ち着くまであきらめなければならない。そのことにずいぶん抵抗がありましたが仕方がありません。けれども文を書いていたい願望は常にあります。ホームページ更新も体調がある程度まで回復するまでは無理だと半ばあきらめていました。もちろん様々な方法で更新は不可能ではなかったけれど、私はいろいろ疲れ果てて気力が無く、ホームページからしばらく遠ざかりたかったのも事実です。しかし場を変えて継続というのもあるならば、それもいいかと考えた次第です。

先月の下旬にホームページ『平成道行考』は九周年を迎えました。今年はそのことすら忘れていました。来年の秋には十周年です。その時までは何とか継続しようというのが私の考えです。別ブログのタイトルになりますが、『‘その日’が来るまでにしておきたいこと』のひとつに、ネット上に公開しているHPやブログの整理や終了もしておきたいとのもくろみが頭にあります。それも人生の後片付けの範疇にあります。まだ体力が残っているうちに、きちんと御挨拶をして終わっておきたい気持ちは強いです。

『水無月右近のひとり言』を規定数まで継続する。この約束実行をずっと待っていてくださる貴女、貴方、あなた。書いていきます。ただし掲載時期、頻度、掲載場所その他いろいろ未定です。決まっているのは再開第一弾のタイトルだけです。『ここにもある女性差別』。世間の人々が気づいていない女性差別について、右近が一刀両断に斬り込みます。今しばらくお待ちくだされぃ。しかし‘右近調’、まだ書けるかなぁ・・。(-.-) 皆さんがよく言ってくださった右近の“飄々”が、まだ私に残っているかどうかわかりませんがやってみます。もちろん自然体で書きますよ。 私が楽しんで書かなければ意味がないものね。

冷えますね。私の部屋はただいま12度。ベッドの上であぐらをかいて打っていると、じぃじぃが膝のところにもぐり込んできました。私の半纏のヒモで烈しく遊んでる。=^_^=  風邪ひかないように暖かくしてくださいね。それではまた。右近

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2011年12月 5日 (月)

柿を干してみた

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先週なかばに届いた干し柿用の柿、奈良県産の“法連坊”です。かわいいでしょ。
私は果物のなかで柿がいちばん好きです。今年もたくさん食べました。しかしまだまだ食べたいので干し柿をつくることにしました。これは2キロの‘手づくり干し柿セット’です。毎年つくってみたいと思っていたけれど未体験。はじめての干し柿づくりです。

ところが届いた日から曇りがちの日が続き、ついに雨になり、その雨がだらだらと続いてなかなか決行できず、画像のように硬く青いものもあった柿が熟れてきました。これは急がないと。と思っていると昨日やっと晴天になり、決行しました。これからつくろうと思う方のために、説明書をもとに作り方をご紹介。

① 皮をむく

むく前に、額をハサミで切り取ります。フリルのようになった‘ガク’の部分です。それ以外のT字型の茎や丸い‘ヘタ’は取らないでね。それから皮をむきます。小さい柿はタテにむく方が早い。

余談ですが、私は皮も捨てません。以前、何でも乾燥させることに凝っていたとき、柿の皮も乾かしてみました。乾いた皮を数センチに切り、食べてみたらおいしかったので、この度もすでに大ザルの上で乾燥中です。

説明書ではここで沸騰したお湯にくぐらせるとカビが生えにくいとありましたが、やってみるとこれは後の方がいいかもしれません。

② 柿をつるす

‘手づくり干し柿セット’とあったので、どんなセットなのかなと箱を開けると、柿のほかには荷造りヒモが入っていただけでした。(でも、なるほどセットだ。柿とヒモで複数になる)荷造りヒモはねじってあるタイプのもので、そのねじれの部分に柿のT字を通していきます。柿と柿が接触しないように、T字の茎をねじ込んでいきます。

熱湯をくぐらせるのはヒモにつるしてからでもいいと思ったのは、熱湯をくぐった柿がズルズルとしてヒモに通す作業がしにくかったからです。ヒモに取り付けた柿を、大きめの鍋かボウルにいれた熱湯にサッとくぐらせるか、かけるほうが楽でしょうね。

③ 乾燥させる

風通しのいい、日当たりのいい、雨のかからない所に干し、3~4週間ほど自然乾燥させます。雨が降れば移動させられる干し方がいいと思います。私は一列の先端にS字フックを取り付けて移動自由にしました。ひさしの下でも雨がかかるからです。鳥害がある場合はネットをかけます。

④ 柿をもむ

柿の表面が乾いてきたら果実を軽くもむとあります。干し柿用の柿は渋柿です。(皮むき途中、熟れてきたものがおいしそうに見えて舐めてみたら、やっぱり渋かった)中心部の渋い部分を早く甘くし、乾燥を均一にし、形をととのえるためだそうです。仕上がりまでに4~5回程度もむといいと書いてあります。

⑤ 保存

充分に乾燥すれば食べごろです。すぐに食べない場合はビニール袋に入れて冷凍庫に入れるといいようです。常温で置いておくと黒くなったり、乾燥が続いて固くなってしまうそうです。

おいしい干し柿が出来るのが楽しみです。以下は今日、写したものです。向こう二列はねじりヒモを使用、手前の三列は普通の荷造りヒモで茎を結びながらつるしました。ねじりヒモはまだありましたが、どこの家にもある荷造りヒモならどうすればいいか研究したかったのでやってみました。どんなヒモでも出来ますよ。皆さんもやってみませんか。

晴れたのはきのうだけ。今日は曇りがちで、夜には降るかもしれないと天気予報。日が射したときに「それっ」と写した一枚です。(コンパクトデジカメで撮影)気持ちよさそうな法連坊クンたちです。太陽の光と風にあたって甘くなぁれ。おいしくなぁれ。

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2011年12月 1日 (木)

“希望の光”神戸ルミナリエ本日より開催

今年も神戸ルミナリエが本日より12日まで開催されます。今年は第17回です。ルミナリエは阪神淡路大震災が起きた1995年から始まった催しです。多くの犠牲者の追悼と、復興に向けての希望の証として始められたものです。被災地の人々にとって、煌びやかで美しい光の芸術は‘希望’そのものでした。節電の折りから、今年は太陽エネルギーを一部利用しての開催です。

 そして今年3月に起きた東日本大震災。津波被害は無かったものの、悲しい経験を重ね合わせて心を痛めている人たちが阪神・淡路地区に多くおられます。今年は東日本大震災の犠牲者の皆さんの鎮魂、そして被災地の復興に祈りを込めて、“希望の光”を全国および世界の皆さんに発信しています。東日本大震災のモニュメントや東北の物産店の出店もあります。石巻・木の屋さんの、あの‘希望の缶詰’も出品されています。

以下のサイトで情報が得られます。画像は説明とともにゆっくり変化します。現地では‘聖なる暗号’を解読して進んでください。(^_-)-☆ どうぞ皆さん、神戸へお出かけください。会場の近くには中華街があり、元町・三宮の中心街もすぐそばです。おいしいものがたくさんありますよ。期間中、暖かくしてぜひお出かけください。よろしくお願いいたします。

 ☆ 『神戸ルミナリエ 2011年作品』 

 

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