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2011年12月22日 (木)

‘ギックリ肩・腕・背中’の話やら色々なこと

前回、鍋の内側のこびりついたルーをこそげてとか何とか私はカレースープのことなんぞ機嫌よく喋っていたのですが、その夜中に大変な状態になりました。夜中といっても生活時間帯がズレテいる私が寝付いた後の明け方のことです。激痛です。もの凄い痛みで目が覚めました。なんなんだ、これは・・。痛みは左側の肩・腕・背中でした。最も痛む辺をそっと右手で押さえてみると、ドクンドクンと鼓動を打っているような感覚が手のひらに伝わり、熱を持っています。何・・・!?(・・;) 特に何も過激なことはしなかったのになぁ。(-.-)

体勢を変えようとすれば烈しく痛みます。左手はまったく機能せず、体を支えることなど出来ません。右半身で何とか楽な姿勢を探ろうとするのですが、わずかに動くだけで左側に響いて激痛が走ります。膠原病発病の日が頭をかすめました。全身の関節という関節が痛んで身動きできなくなった日のことです。もしや急激な悪化かと冷静に考えてみましたが、それではなさそうだと分かりました。痛みは左側の上半身だけだったからです。

まいったなぁ。どうするよぉ。とりあえず眠らなければならないと思い、やっとの思いで上半身を起こして右側のデスクに手を伸ばし、引き出しから鎮痛剤を取りだしました。幸い寝る前に飲んだお茶が湯のみに少し残っていました。この際仕方ないと思ってそれで薬を飲み、何とか眠りました。翌日、目が覚めると同時に痛み復活、というより痛みを感じるということでしょうが、それは一段とパワーアップされたものでした。猫たちがエサを欲しがる。ダッコのオシメも替えてやらなければならない。けれども体が痛くて痛くて動けない。

皆さん、人生には‘頑張りどころ’というのが何度もあります。私において‘痛みとの闘い’は、膠原病を持ってから数えきれなく訪れましたが、これもそうだと観念しました。起きなければ猫たちが、私の胃にも何か入れなければ、など思いつつ、しかしじっとしていたい気持の方が強い。ここなんですね、私の踏ん張りどころは。だって家ネコも外猫も腹ペコなんだ、とにかくそれだけでも頑張らないと。この私の‘猫愛’がこの時も私を奮い立たせてくれました。

庭猫たちは私が台所へ立つと気配で鳴き始めます。鍋とお玉がカチャカチャいえば鳴き声は最高潮。冬場には前夜から用意しているエサに少し火を入れてなま温かくしてやります。それを食べるのが遅いトラ江だけ別の器に入れ、あとの猫は平たいトレーの決まったコーナーに等分に分けてやります。猫たちは自分の定位置を知り、守っています。しかしこの時は、私がしゃがむことから困難で、身体を少しでも前傾にするとイナズマみたいな激痛が走ります。したがって、腰痛のときのように上体をシャンとさせ、お玉の入った鍋を右手に、よい姿勢だと褒められるような体勢になってそのまま真下へ重心を移動させて肩膝を床に付けます。無事にしゃがめば鍋を置き、分け入れます。いつものように体を乗り出せないので、出来るだけ右腕を伸ばして分けるのです。こうやって外猫の昼食を無事に配給。

続いて家ネコの世話。じぃじぃはキャットフードを器に入れてやるだけなので楽。ダッコは大変。食べること、排泄のことと立ったり座ったりするたびに痛む。けれど言ってはいられない。手早く済ませて休みたい。とにかく痛い。何度も狂言役者のような立ち居振る舞いで立ったり座ったりし、はなはだ良い姿勢で家の中を走り歩きしていた。思えば体のどこかが痛むとき、おのずとこのような動きをしている。伝統芸能というものは、やはり優れた動きだ、こんなときでさえこれなら動けるのだからと感心したのであります。若いときに学習した‘狂言’がこんなところで役に立つとは。若いときには何でも学んでおくものですね。

そんなことを言っている場合ではありませぬ。この痛み治るものやら。しかしながら、どこもかしこも、どう動いても痛い状態に、病院へは行けないと判断しました。なぜならとてもハンドルが握れるとは思えなかったからです。カップひとつ持つことも出来ないのですから。左掌は何も握れず、腕を下へ垂らしておいても上げても、何をしても激痛なのです。肋骨の脇側、首の周り、鎖骨、肩甲骨、肘、手首、指などの関節や筋肉がすべて痛いのです。痛みには慣れているので強いほうだと思っている私が「イデデ、イデデデデ」と何回も言っていました。(なんで私は「イテテ」じゃなく「イデデ」なんだろう。ただいま気づく)

さすがに自分の昼食まで余力がなく、ベッドへ戻りました。膏薬(貼り薬のことですよ、若い人)を貼ろうと引き出しから取り出し、裏面を剥がすも予想通りに手が痛む箇所まで届かない。たいていの既成品シャツでは袖丈が足りないほど腕が長い私だが、体勢を変えるということは体の筋肉すべてを使うことであり、痛む左側の筋肉も右側が動けば連動して動くのでしょう。ふだんはなんなく届く所でさえも右手指の先しか届きません。まいったなぁ・・。ふたたびつぶやき、それでも私はココが頑張りどころと心得てチャレンジを続けました。裏面は半分剥がして痛む箇所めがけて勢いつけてホイッと放り投げるようにして貼り付ける。どこかに貼りついたら裏面の半分を剥がす。まるで投網(とあみ・とうあみ)のように‘ひとり膏薬貼り’をくり返し、何枚かはクチャクチャに貼られ、何枚かは惜しい所で角だけ折れ込み、おそらくたった一枚だけがまともに貼れたのであります。

こんな調子で書いていれば夜が明けるので、以後かいつまんで話しましょう。
その日、夕方に必死の思いでベッドから出て、お粥を炊きました。おかずを用意する余裕が無いので、残り物のカボチャの煮物を切って入れ、カボチャ粥にしました。なんせ冷蔵庫を開けるにも、まして冷凍庫を開けるなどとても出来ないことだったので、これだけ。鎮痛剤服用のために何か胃に入れるのが目的で食欲もないけれど、どうにかクリア。しかしね、皆さん。体の筋肉は凄い働きをいつもしているのですよ。一見無関係に思える離れた場所でもつながっているのですね。関係しあっているのですね。また筋肉は直接つながっていなくても神経はこれも全身に網羅され、どこが不都合でもまったく不自由なものだと痛感します。

仰向きでは両肩がひどく重い、横向きもすべてが痛い。ごそごそ動いて痛みがマシな体勢を探ろうとしてもとにかく痛い。呻いてばかりいる飼い主にじぃじぃ(J.J)は心配そうに見ています。何だか具合が悪そうだと分かっているような顔をしていました。可愛いな、この猫は。どれだけ癒されているかしれない。私はこの猫を失ったときの喪失感に耐えうるのかどうか今から自信がありません。膏薬を貼ったり、御飯を作ってくれたりできないけれど、私の猫たちに対する愛情と義務感、かれらの私への信頼と純粋な依存が今の共存生活の柱になっていることを感じました。あぁ、愛すべき猫たち。最愛のわが友、猫たちよ、飼い主は頑張るぞ!縁あってそばに居る君たちを守り続けるよ。質実剛健に育った君たちは私の誇りだよ。

なんて言っている場合ではありません。夜が明ける前にまず日が暮れる。それまでに喋り終えないと。悶々とした火曜日が終わり、水曜日になってもまったく改善の兆しがありません。ギックリ腰なら急性期には急いで病院へ行くよりは自宅で安静するのがいいといいます。このギックリ肩(←勝手に命名)も最初は安静かと様子を見たのですが、痛みが和らぐのは鎮痛剤が効いている間だけ。それはあくまで鎮痛でしかなく、長びくなら治療が必要と考え、昨日になって重い腰ならぬ重い肩や腕を上げ(実際は上がらない。誤謬ですよ、単なるゴビュウ)、病院へ行きました。この病院は数年前にもかかっているのですが、痛めば注射に来るようにと、それ以外の助言ナシ。(それで夏にはリハビリを受けられる病院へ通って改善したのですが、少し距離があり、通院に疲れるなどの事情で行かなくなりました)かすかな望みを抱いて再度訪れたこの病院、またしても即座に「じゃ、注射を」とアッサリ片付けられてしまいました。

注射のために肩関節を出すのにもイデデを連発してしまい、看護師さんが苦労して左肩を出してくれました。注射も痛く、やたら長く、注射中にも筋肉のあちこちに痛みが走ります。けれどガマン。この病院にもリハビリ科があり、そこに通うことが希望だと言ってみましたが、医師は「リハビリが効く人と効かない人がありますからね」と素っ気なく答え、薬を出しておきますからと言って終わり。薬の内容についての説明はナシ。次にいつ受診せよとも言わない。これだからこの病院はねぇ。。と不満をためて処方された痛み止めと胃薬を薬局で貰って帰ってきました。この状態になるとハンドルまで左手があがりません。右手で左肘を支えて押し上げ、どうにかハンドルを持ちます。持つといっても握力も腕力もゼロの状態です。実質片手ハンドルで運転します。苦労するのは左へハンドルを切る時。車の中でもイデデッと叫んでいます。自宅の車庫入れではいつもイデデデデッと絶叫。これで車の買い替え考えたのです。古い車は車体も重く、パワステでも今の車よりハンドルが重いからです。新しい今のコンパクトカーはなるほど軽い。けれどこの状態の時、得意の‘ふり返り’バック車庫入れの体勢なんぞとても出来ませぬ。あの助手席に片腕かけて後ろを向く姿勢は女性がドキッとする動作だというアレです。そんなのとてもとても出来ませぬ。今や座ってくれる女性もいないからいいけれど。(その代わり、はるかちゃんがいつも車庫で迎えてくれる。「おかえりニャさ~い」。それが嬉しい。♪)

注射を受けた日にはよけい痛むこともあるけれど、昨夜は痛まず、さっそく溜まっているシンクの洗いものをしたり、部屋の片づけを手早くしました。現在も効き目はあり、痛みは無くなっていないけれど激痛ではないので軽く家事は出来ています。lovely kid&babyがクリスマスにやってくるし、おせちや年賀状もこれからだし、動けないと困るんだ。せめて年内は持ってください注射の効き目さん。と祈るような気持ちです。しかしいったいこんな急激な痛みとはなんでしょうか。確かに寒くなって痛みは増していたのですが、こんなにドカンと来るのは初めてのことで驚くやら痛むやらのここ数日でした。皆さん、くり返し言います。筋肉は日頃から鍛えておきましょう。私が石灰が溜まりやすいのは腎機能が悪いせいもあるけれど、筋肉を鍛えることを少しサボっていたと反省しました。寒いとつい縮こまってしまうものね。いけないね運動しないと。あれ、結局、かいつまんでなかったね。以上です。

そんな状態で、なんでこんなに打ってるの? ご尤も。私はきっと嬉しいのでしょう。更新を休むとアクセスがふえます。なんで?心配してくれてありがとうって言いたくて。それからもうひとつ。激痛のさなかに嬉しいメールが被災地から届いていたと今日パソコンを開けて知ったものだから。私のささやかな行為が人を喜ばせ、その人が感動して涙したこと。寒い被災地でささやかなモノが役に立っていると伝えてきてくれた人・・・。暖かい言葉が返ってくると本当にうれしい。私は被災地の人々に励まされ、勇気づけられている。体が辛いときに届いた暖かい感謝メールは、心を暖めてくれました。これからも私はずっとかれらに支えられていくのだろう。一生懸命な人たちに励まされ続けるのだろう。もちろんココへ訪れてくださる皆さん方にも。

パソコンを開ける体勢維持可能な状態まで回復して嬉しかったから、テンション高めで長いお喋りになりました。読んでくれてありがとう。寒くなるよ。暖かくしよう。首、手首、足首の三つの首をいつも暖かくしてくださいね。ショウガ、ニンニクも摂りましょう。最後に皆さんの疑問にお答え。ほとんど右手だけで打っています。左手は使えないので、左手首をパソコンの左端に固定し、何とか使える中指だけが左の縦二列だけを担当、あとの広いスペースを右手クンが忙しく走り回ってる。オレの持ち場外だよなんてボヤきながらね。右手クンには感謝状、いや、この頑張りは表彰状ものだ。かなりのオーバーワークだね。どうか誤字脱字などお許しを。これでも一時間半かかったよ。では少し休みます。ほんとうにとても寒くなるんだから。暖かくしてくださいよ。今日は冬至。カボチャを食べよう。あれ、もう夕暮だ。ではまたね。頑張るよ。ありがとう。君もだよ。  右近   Thank you,  readers in another languages.  Ukon 

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