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2012年1月 3日 (火)

右近は今から年賀状

明けて早や今日は3日。ただいま右近庵では雨。静かな夜です。

私はお正月の祝いなど終え、ふだんの生活に戻りました。猫とのいつもの生活です。独りで日本酒か焼酎といきたいところですが、今からすることがあります。年賀状書きです。出していない人から来た返事を書くのではなく、そのぉ、つまり年末に出来なかったので、これが2012年分の賀状を書く最初となります。こんな形は初めてですが、効率がいいといえばいいですね。来た人だけ書けばいいからプリントする数が明確です。デザインを凝ってなんてやるヒマは無いので、アッサリといきましょうか。明け方までに投函出来ればいいけれど。

今年は元日到着分がずいぶん減ったとか。メールやSNSで済ませる人たちもふえているからでしょう。遅めに出す人がふえているのも影響したとか。おせちが買うものになりつつあるお正月、賀状も今後は様変わりをするかもしれません。ところで私には賀状に関して毎年悩んでいたことがあります。まだ出し続けるか出すのをやめるか。絶対に来る「超レギュラー」については考える必要がなく、すでにメンバー。来たり来なかったりの人についてはチョット困る。今年はどうしようかと思案する。相手もはわたくしをここいらで切り捨てたいのに、来てしまったら仕方なく返事をくださることになる。出したくもないのに出せと催促するのは人様にメイワクをかけ、わたくしとて心もとないのであります。

しかしながら私は生活全体の縮小化を目指している都合、年賀状とてお付き合いの縮小をしたいとかねてより思っていました。そこで昨年、私は思い切って不義理をしました。超とは認めていない‘常連様’のかなりの人たちに出さなかったのです。先方にとって私もかれらの‘常連’であるはずですが、その大部分、いや、すべての人たちは「ひと言」を書かない賀状をくださる人たちでした。右近的には業者の挨拶状でもないのに‘ひと言’の無い賀状は賀状と認めておりません。パソコンを使っての賀状作成で、昨今ずいぶん作業が楽になりました。機械ですべて作成した賀状には、せめて短くとも手書きの言葉が添えられていれば、その賀状はいきいきとし、血の通ったものとなって相手に喜びを与えます。それを分かって大切にする人かそうでないか。その点をこの先も関わりたい人かどうかの判断基準としたのです。無機的習慣的惰性的な賀状を受け取ることに喜びはなく意味を見出さず、昨年は‘仕分け’をし、お付き合い縮小化の対象としました。今年はその人たちから来ていません。

今年も「年賀状元日必着超常連様」たちの年賀状には暖かい手書きの‘ひと言’がありました。何年も何十年も会っていない人たちがほとんどで、その頃の風貌しか分からないからその頃の面影が頭に浮かびます。先方もそうなのかな。年賀状だけの関係とはあまり良い意味で言われないけれど、年賀状だけの関係おおいに結構。私たちの年齢になると、互いの若かりし輝いていた頃を思い出し合うだけでも意味のあることなのですよ。年賀状という糸で過去も結ばれているのだから。

人間関係に無理は禁物。嫌なことはしなくていい。イヤだからイヤだと主張してよく、関わりたい人とだけ関わればよい。叱られそうだが引退した者はそれでいいのだ。(あ、バカボンぱぱ) 引退後の人間は、過去のしがらみを引きずるも自由、引きずらないも自由である。そのようなありがたい境遇にいる者の特権は、‘書きたい人にだけ書く。貰いたい人にだけ貰う’。その書きたい人とは、とりもなおさず私の生死の動向を知らせたい人々でもある訳です。人間関係は濃く深く、狭く実直に。響き合える心地いい人たちだけでいい。それで充分。私は現在、これが許される境遇にあります。

私めの左腕・左肩は一時のような激痛からは解放されています。炎症が治まり、鎮痛剤の効果もあるのでしょう。しかし不自由であることに変わりはありません。左側の不都合は、右側を使っているときにもあるというのが納得出来ませんが、カラダとはみな隅々まで関連し合ってて作用しているのですね。さぁて、始めますか。終わったら、おせちの残りで少し日本酒でも。それを楽しみに頑張ります。えっ、君も飲みたい?いいよ。
それでは皆さん、今日はこの辺で。明日から仕事の皆さん、頑張っていきましょう!じゃ、始めます。まずコーヒー。 

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