« 明けまして おめでとうございます | トップページ | Paul McCartney“OUT THERE JAPAN TOUR02015” first day set listなど »

2015年1月21日 (水)

追悼 陳 舜臣さん 『神戸よ』

追悼 陳 舜臣さん 「神戸よ」

 陳 舜臣さんが亡くなった。阪神淡路大震災から20年を経て4日めの今日21日、90歳の生涯を終えた。息を引き取られたのは午前5時46分とか。奇しくもあの大地震が発生した時刻と同じだった。
 神戸の元町で生まれた陳 舜臣さんは、こよなくふるさと神戸を愛した。その彼は阪神淡路大震災発生後、力強い言葉で神戸市民を勇気づけた。その文章を読み、最後の段落まできたとき、私は涙を禁じえなかった。その後も彼の力強く美しい文章を思いだし、みずからを奮い立たせた市民は多かった。

 自然による大災害はその後も世界中でくり返し起きている。ふるさとを愛し、再生を願う強い思いは誰しも同じだ。震災から20年がたっても私の望郷の念はつのるばかりだ。そのためか人生の最終ステージは神戸で過ごしたいと考えている。あの時に何もできなかった忸怩たる思いがいっそう私の気持ちを強めているのだ。時がたっても今なお問題は山積し、解決できない悲しみと共に生きている人々がたくさん居る。今からでもふるさとのために何か出来るかもしれない。たとえそれが小さなことであったとしても。“1・17”が訪れる度に駆り立てられる。

 今日はその神戸をこよなく愛した陳 舜臣さんのご逝去を悼み、自然災害に立ち向かうすべての皆様に彼の言葉を発信したい。
 

 陳 舜臣さん、どうぞ安らかにお眠りください。
 そして災害復興に立ち向かう皆さん、頑張ってください。

 

  『神戸よ』     陳 舜臣     (1995年1月25日神戸新聞朝刊に掲載)

 
 
我が愛する神戸のまちが、壊滅に瀕するのを、私は不幸にして三たび、この目で見た。水害、戦災、そしてこのたびの地震である。大地が揺らぐという、激しい地震が、三つの災厄のなかで最も衝撃的であった。
 

 私たちは、ほとんど茫然自失の中にいる。
 それでも、人びとは動いている。このまちを生き返らせるために、けんめいに動いている。亡びかけたまちは、生き返れという呼びかけに、けんめいに答えようとしている。地の底から、声をふりしぼって、答えようとしている。水害でも戦災でも、私たちはその声をきいた。五十年以上も前の声だ。いまきこえるのは、いまの轟音である。耳を覆うばかりの声だ。
 

 それに耳を傾けよう。そしてその声に和して、再建の誓いを胸から胸に伝えよう。地震の五日前に、私は五ヶ月の入院生活を終えたばかりであった。だから、底からの声が、はっきりきこえたのであろう。

 神戸市民の皆様、神戸は亡びない。新しい神戸は、一部の人が夢みた神戸ではないかもしれない。しかし、もっとかがやかしいまちであるはずだ。人間らしい、あたたかみのあるまち。自然が溢れ、ゆっくり流れおりる美しのまち神戸よ。そんな神戸を、私たちは胸に抱きしめる。


         (神戸新聞出版社 緊急出版『阪神大震災』<1995・1・17 発生から8日間>より転載)

|

« 明けまして おめでとうございます | トップページ | Paul McCartney“OUT THERE JAPAN TOUR02015” first day set listなど »

追悼」カテゴリの記事