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2015年4月23日 (木)

“Oh, Paul…” with tears

こんばんは。今日はずいぶんよくなりました。 汗ばむことがある季節、私は寒い時期よりも風邪をひきやすいです。それで庭仕事を頑張ったあと、よく体調を崩します。私の風邪症状は主に頭痛で、「三日頭痛」と自分で呼んでいるものです。その中日の一番ひどい日に大阪公演が重なりました。でもドームに居る時は少しもつらさを感じなかったですね。いかにポールの力が大きいかを物語っています。いつもなら動くことも出来ずに布団の中でじっと耐えているのにね。 さて何から話そうかな。聴きながら涙目になった理由からですね。わかりました。 思うまま書いてみましょう。

The Beatlesを聴くようになったのはまだ小学生の時でした。Beatlesとしての彼らの活動は1960年~1970年の10年間です。1962年に初めてシングルカットされた曲“Love me do”が出ました。その頃から彼らの歌を聴いていました。小学生がBeatles?と皆さんは思うかもしれません。でも本当です。それはきょうだいの影響があったからです。私には姉と2人の兄が居ます。その3人が洋楽が大好きで、常にラジオや大きなステレオで音楽を聴いていました。そのため私は洋楽を早くから聴く環境にありました。Beatlesや種々のsingerが大音量でかかる中、小学校の宿題をしたり、課題が出ていた東京オリンピックの日々の記録など綴っていました。私は相当な「おませさん」でした。

中学生になって更に彼らに熱中しました。学校で英語を習いはじめ、歌詞の意味を調べて理解ししようとしました。歌詞もすべて理解が出来ている訳ではなかったと思います。けれどあのメロディ、あのbeat。何と言えばいいのでしょう。身体にジンジンと沁みわたるものは幼い私にすら充分に感じとれるものだったのです。彗星のごとく現れ、彼らは一躍世界の大スターになりました。出す曲は皆「キャッシュボックス」や「ビルボード」で上位に駆けのぼり、彼らは押しも押されもしない、それまでにないBigなArtistとなりました。曲は恋の歌から大きく範囲を広げ、人生や生活を、夢を希望を、そしてこの世の哀しみにまで彼らの眼は向かいました。駆けのぼったスターの地位に居る自由の無い自分たちに疑問を感じ、華やかさだけでなく苦悩の日々も過ごしてきました。 歌詞が複雑になるにつれ、中高生の私に難解なものとなりました。それでも辞書を片手に訳し、ときどき英語の先生に尋ねることもありました。すべてを理解出来ていたわけではなかったけれど、彼らに感じた反骨精神、優しさ、強さ、明るさ、暗さ。それぞれの感性で書かれた詩に聴いたことも無かったメロディ…。何もかもに魅せられてしまったのです。

振り返れば私の思春期はBeatlesと太宰の二色しかなかったように思います。中学生には中学生なりの苦悩があり、高校生にもそれなりの苦悩がありました。私は昔から群れるのが嫌いでみずから友を求めもせず、いつも独りで居ました。若い日の悩みや苦しみを人に語ることも無く、打ちひしがれた時はいつもBeatlesに慰められ、励まされてきました。今は「学校嫌い」でもいくぶん許される時代です。当時は嫌でも毎日学校へ行かなければならなかった苦しみを、彼らがいつも温かく包んでくれました。嫌な学校から急いで帰ってくると大音量で彼らの歌を聴きました。するとスーッと嫌な気持ちが消えていき、不思議にも「頑張ろっと」になるのです。魔法のような彼らの力とは、あれはいったい何だったのでしょう。いまだその正体が私には分からないままなのです。

あれから約半世紀が過ぎました。その間、彼らはずっと私のそばに寄り添ってくれました。打ちひしがれた時、マリア様がそばに来て囁く。“Let it be”と。今はこの苦しみにじっと耐えようと。 JohnもGeorgeも逝き、私にはまもなく四人目の孫が生まれます。Paulはその間、歌い続けていました。Beatles時代、Wings時代、そして今のbandでひたすら歌い続けてくれました。そのことを思うと私の涙腺はゆるんでしまうのです。とりわけ亡きJohnとGeorgeの持ち歌だった曲をPaulが一生懸命に熱唱する時、私の目の中に溜まった涙が溢れそうになるのです。ありがとうPaul。あなたが元気で歌ってくれるから、私たちは今でもBeatlesに支えられて生きています。ありがとう、Paul。本当にありがとう。東京公演はなかなかハードなスケジュールですね。でもあなたはきっと頑張るのでしょう。頑張ってくれるのでしょう。日本公演の成功を祈っています。お身体をいたわって、無事に最終日の武道館まで頑張ってください。私たちはあなたとThe Beatlesをこれからもずっと追い続けていきます。

涙目の理由の最後はPaulへの熱烈なラブコールになりました。
Paulが元気に歌ってくれるから私たちは今でも青春の日々をそばに置いて生きていられます。半世紀に渡る私のBeatles愛。これが公演でやたら涙腺をゆるませて仕方ありませんでした。こんな気持ちを皆さんに理解していただけるかなぁ。 
それでは今夜はこの辺で。 (^_^)/        右近

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Georgeの名曲“Something”を必ずPaulは歌う。最初はウクレレだけで。それからbackに在りし日のGeorgeが映し出され、演奏が始まる。懐かしいGeorgeの声とPaulの声が重なっていく……。ダメだよ、泣かせないで……。     2015.4.21   by 右近

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