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2016年5月30日 (月)

オバマさんの広島来訪に思うこと

こんばんは。いつもご訪問ありがとうございます。
右近庵の裏にある池や水田ではカエルたちがにぎやかになってきました。カエルも不思議がいっぱいで、全く鳴かない日もあれば、いっせいに鳴いている賑やかな日もあります。ただいま深夜ですが、今日は夜中に鳴いているグループが居るようです。時々リーダーらしきカエルの大きな声も聞こえます。牛ガエルは今年はまだ聞こえません。涼しげでのどかな右近庵です。

オバマさん、本当に演説が上手ですね。冒頭、まるであのリンカーン大統領のゲティスバーグにおける有名な演説を彷彿とさせる、聴衆を惹きつけるような言葉から始まりました。それから内容をしっかり聴かなければと耳を傾け、最後の部分、またまた感動的で胸に迫るものがありました。目を閉じて聴いているとある種の心地よさが感じられました。うん、お上手。彼はきっと人を惹きつける演説とは何かを熟知しているのでしょう。結局、核兵器縮小や廃絶に関して具体的な提案が無かったのは残念でしたが、おおかたの被爆した皆さんが言われるように、ここは広島に来てくださったことを大いに評価しましょう。

ただ、核廃絶は自分が生きている間は無理かもしれないと、やや後ろ向きの発言もありました。そうでしょうね。例の‘黒いバッグ’は広島にヘリで降り立ったときにも屈強なガードマンらしき人が大事に提げていましたね。あの頑丈なバッグはオバマさんがゴルフに行く時もそばにあるといいます。世界中、何処へ行く時もあのバッグは彼と共に移動しているのです。もし他国が核兵器で攻撃したら即座に指令を出し、アメリカから核兵器が発射されるという‘黒いバッグ’です。何だか演説と矛盾するようです。しかしそれが現実であり、唯一の被爆国の国民が強く願う核廃絶の夢は何十年、あるいは何百年もかかるかもしれません。オバマさんだけでなく、いま存在している世界中の人々が生きている間は叶わない願いかもしれません。もちろんオバマさんも私たちも核廃絶を願っているのだけれど。

あるアメリカ人女性が語っているのをテレビで観たことがあります。あなたがた日本人はあれだけのことをされても怒らず、耐えてきた素晴らしい国民だと。いいえ、まだ完全には許せないですよ。まだ怒っていますよ。広島・長崎で被爆して犠牲になった人々、後遺症で亡くなった人々、今も苦しんでいる人々、大切な人を失って悲しみが癒えない人々がたくさん居ます。ではなぜ怒らないのか。彼らは静かに怒っています。私だってずっと怒ってきました。今だって怒っています。でも、きっと被爆して苦しみを抱えてきた人々はあまりの怒りから、悲しみから、もう二度とこんなことは嫌だ、自分たちだけで充分だと未来の人々のことを思う気持ちが大きくなってきたのだと思います。今でも溜息をつかれることも、涙にくれることも多々あるのだと思います。しかし70年という長い年月が、憎しみや悲しみを、「もう二度とこんなことがあってはいけない」に変えていったのでしょう。

私も手ばなしでオバマさんの広島訪問を喜べない部分はまだありました。特に嫌だったのは、原爆により戦争を終わらせ、それ以上の戦争犠牲者を出さずに済んだというアメリカの一方的な自己満足が主流だった頃のことです。自国の兵士をそれ以上死なせなかったとしても、敵国の民間人なら30万という死者を出してもいいのかという点です。犠牲者には子どもや学生、そして女性たちが多く含まれていました。何の罪も無い民間人です。多くは国策による「一億火の玉」で、兵隊に出て男が居ない町で懸命に活動をして暮らしていた人々です。あの三輪車は三歳の男の子が乗っていたものです。あのお弁当箱には母親が心を込めて育てた野菜のおかずが入っていたそうです。

あぁ、また腹が立ってきました。日本人が原爆についてアメリカ人に尋ねると、きまって退役軍人たちから“Remember PearlHarbor!”という言葉とともの怒りをあらわに返します。太平洋戦争が勃発したあの日本軍による真珠湾奇襲攻撃について言うのでした。たしかに先にルール違反をしたのは日本です。勝ち目の無い無謀な戦争に軍部が突入していったことが始まりです。戦況が悪化してからも兵士や国民に真実を告げずに兵糧もなく、武器も無く、最後にはやせ衰えた身体、で日本刀一本で“天皇陛下万歳!!”と叫んで切り込み、死んでいった多くの兵士たち。あるいは、いよいよこれしかないと軍部が考え出したとんでもない作戦、特攻隊。こんなことを考える当時の日本はどうなのか。白旗を揚げずに最後まで闘う。この考えが原爆へと続く道につながったことは否定できません。たしかに降伏をしなければ、日本で唯一、悲惨な地上戦が繰り広げられ多くの犠牲者が出た沖縄と同様に、もっと多くの犠牲者が本土で出たに違いありません。アメリカ人兵士も多くの命を失ったでしょう。ペリリュー島などでの激戦で、日本兵はアメリカ兵を怖れさせたといいます。命を顧みずに向かってくるからです。アメリカもそれ以上もつれたくなく、早く戦争を終わらせたかったのでしょう。

でも、でもです。だからエノラ・ゲイですか?だから原子爆弾なのですか?広島だけでなく、なぜ3日後に長崎もなのですか?他国なら、他国の人間なら、どんなにひどい目に会おうとかまわないのですか?許せないのはそこなのです。原子爆弾はアメリカが研究開発に力を入れてきたもので、試したくて使いたくて仕方がなかったのです。アメリカの研究班や兵士たちは落とした瞬間、歓喜の渦だったといいます。更に許せないのは救助よりも直後の破壊力の調査や、治療よりも人間の身体に与える害を綿密に調べて記録したり、人を人とも思わないことをアメリカ軍がおこなったことです。さらに原爆の破壊状況や人体に与えた被害を長い間、アメリカ国民にはいっさいを伏せてきたことです。それらの点で私は良心なきアメリカという国をとても憎みました。アメリカ人が徐々に実際の被害を知り始めたのはここ最近の事です。彼らは学校で原爆の悲劇について学ぶ機会がなかったのです。今でも全く知らない人も多いと言います。幸いにも今は日本を訪れる観光客がふえ、アメリカ人だけでなく世界中の人が広島を訪れて原爆の恐ろしさ、悲惨さを知り始めました。これはいいことです。アメリカの若い世代においても原爆投下は正しいことではなかったという認識がふえてきたことも嬉しいことです。

またイカってしまいましたね私は。白鵬のイカり疲れがようやくとれたのにね。(笑)
過去のことをどちらが悪いと言いあってもなんにもなりません。現在、そして未来に向けて核兵器の使用があってはいけないという全世界共通の願いをかなえるためには、世界中の人が広島・長崎を訪問してくださることです。そして悲惨さを知ってもらうことです。それに広島にも長崎にも名所がたくさんあり、美味しいものもいっぱいあります。原爆を知ってもらい、被爆地だけでなく観光地として楽しんでもらえたらいいですね。もみじ饅頭だいすき。カステラだいすき。

でもオバマさんよくやってくれたと思います。4羽の鶴も可愛らしい。(^.^) 資料館も事前に充分に資料に目を通し、下調べバッチリだったに違いありません。結論として戦争はいけないということです。気がかりなのは日本の若い層に広島・長崎に原爆が落ちた日を知らない人たちがふえている事実です。平和ボケしてはいけませんね、私たち日本人。国じゅうで大人が戦争を原爆を語り、子どもや孫まで伝えていかなければなりません。本当にね。

カエルから穏やかに始まった本日のトーク。実は今夜は、「室内で5000歩実行中」という話をしようと思って出てきたのですよ。私は雑談を始めると、どの方向へ行くか分からない。生徒たちにはそこが面白いとよく言われました。でも今日は真面目な話になりました。一日5000歩の話はまた今度。それでは皆さん、ご機嫌よう。       

                                 体内年齢33歳の右近より  

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