« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年2月

2017年2月26日 (日)

けさの神戸

Dscn9246_512

けさ午前八時過ぎの神戸です。
太陽が出て朝陽がまぶしかったけれど、ガラス越しに写したので曇って見えます。
曇りではなく霞でもありません。とってもいい天気でした。今日はポートタワーが入っています。

ここには中型・小型船がよく停泊しています。
豪華客船などの大型船は道路やポートライナーを挟んで反対側に停泊します。
3月からは大型観光船の入港が目白押しです。写真好きの皆さん、船を被写体にいかがですか。

右近庵もいい天気で、帰ると=^_^=はるかちゃん(JJのママ)が庭でひなたぼっこ。
帰って来た時いつも彼女はよそよそしい。何処へ行ってたんだと言わんばかりに御機嫌ナナメ。犬だったら全身で喜びを表すのにね。
猫はツンデレ。そこがいい。今は私のそばで眠ってる。ちゃんとご飯もたくさん食べていて、おりこうさんでした。あぁ、かわいい。

忙中閑あり。束の間の休息です。
春めいてきたのに風が冷たい。冬から春に移り変わる早春の空気が心地いい。

多忙はあと2週間ほど続きます。まだ行き来しなければなりません。
すでにかなり疲労しているけれど、気力でもう少しの間、頑張ります。

ゆっくりした時間が持てたら、また楽しい時を共有しましょう。
どうでもいいような話などして。ステキな音楽など聴いて。

珍しく夕方に出てまいりました。いま午後5時を回ったところです。
あしたからの新たな一週間を、お元気でお過ごしください。

それでは皆さん、ごきげんよう。              右近

 

| | トラックバック (0)

2017年2月22日 (水)

Happy Nyan Nyan !!

今日は猫の日です。
飼い主は忙しいのでボクがこちらにも出て参りました。我々ネコをよろしく。

Happy Nyan Nyan !! ←クリックしてね =^_^=

| | トラックバック (0)

2017年2月19日 (日)

2月の晴天 <青空 in神戸>

Dscn9219_512

2月なのに冬空らしくない青空だった今日の神戸。

天気がいいと行き交う船や空に向けてシャッターを切りたくなる。

しまった。空しか見ておらずポートタワーが切れていて残念。

天気予報では寒くなると言っていたけれど、冬物のコートが少し暑かった。

確実に春が近づいていることを感じる暖かさと、少し冷たい風が心地よくて。

今日、右近庵へ戻ってまいりました。

いろいろ忙しくしていました。これからもっと多忙です。

人生ってめまぐるしいね。だから面白いのかもしれない。

あらたな1週間を元気にお過ごください。

それでは皆さん、ごきげんよう。                  右近

 

| | トラックバック (0)

2017年2月14日 (火)

日本での‘Vチョコ’は『神戸モロゾフ』が発祥の店

今日はSt.Valentine's Day、皆さんはチョコを頂きましたか?あるいは差し上げましたか?はい、私もそれなりに。 
このチョコレートを愛する人にあげるという慣習は、かつて日本では女性から男性に告白できる唯一の日とされていました。それがこの日。これは日本独自の発想です。そのためチョコを買って男性に差し上げるということになっていました。そこから広がり、会社の上司や同僚の男性にあげるなど義理チョコなども定着しました。対する本命チョコは特別なものを吟味して買う女性、心を込めて手作りする女性も多いですね。また昨今では家族や友人、そして自分自身へのご褒美チョコも定着しつつあります。チョコレート業界やデパート、専門店などは、‘受け取る・渡す’の中身は変われども、寒さで経済が鈍くなるこの時期に、とにかく売れてくれぃと毎年のように力を入れています。

さて皆さんはこの日の謂われ(いわれ)をご存じでしょうか。Valentine司教が処刑された日なのですね。詳しくは下記にリンクするWebページにも記載されています。長くブログをやっており、そのことを過去に何度か書いてきたことがあるので今日はそちらをお読みください。

ところで外国で始まったこの習慣を日本に最初に取り入れて商売としたのはどこの店だかご存じでしょうか。それは「神戸モロゾフ」です。昔から神戸人にはおなじみの店です。其処から徐々に広がっていきました。最初にモロゾフがValentineのチョコを売り出したのが1932年だそうです。私がまだ陰もカタチも無い頃のことです。もちろん皆さんも。それからすでに85年を経て、なおもチョコを贈る習慣が日本人にあり、経済を活性化させているのは発祥の「神戸モロゾフ」に先見の明があったからでしょう。このモロゾフは、チョコレートの店としてスタートしています。

女性から男性に告白される唯一の日は、その昔、ずいぶん貴重な一日だったと想像いたします。当時は女性から男性に告白するなど難しい時代だったでしょうから。(今では女性からのコクハクももバンバンですが) 現在は広義での‘愛する人へ贈るしるし’になったチョコレート。皆さんはどのように味わっておられますか?あげる人なんて居ない。くれる人なんて居ないと嘆くあなた。この世であなたをいちばん愛する人はあなた自身です。貴方ほど貴方を愛する人はいないはず。だから美味しいチョコレートを買って、あなた自身に差し上げてください。そう、ご褒美チョコ。
Happy Valentine! よき夜を暖かくしてお過ごしください。それでは皆さん、ごきげんよう。  右近

◎ 『日本のバレンタインチョコレートはモロゾフから始まりました』

   ↑このページをご覧になったあとは『モロゾフ本店』を隅々までご覧あれ。美味しいものがいろいろありますよ。

 

| | トラックバック (0)

2017年2月11日 (土)

束の間の太陽

Img_4065_512

雪が降ったり、みぞれが降ったり。雪雲が切れて陽が射すとクリスマスローズが嬉しそう。

 フキノトウがふくらんできた。雪に負けずイチゴもラベンダーも、みな植物たちは頑張っている。

 春の気配を感じる庭で、束の間、太陽が射した午後、私も弱い冬の陽を浴びた。

| | トラックバック (0)

2017年2月 3日 (金)

恵方巻きもいいけれど鰯もね

こんばんは。今日は節分ですね。稀勢の里も横綱として成田山で豆まきでしたね。
季「」を「」ける日であるところから、今は2月3日が節分の日となっています。季節の境目になるということは、明日から春で「立春」です。まだまだ寒いですが暦の上では春になります。多くの皆さんが巻き寿司を丸ごと召し上がったのではと思います。

ところがこの‘恵方巻き’の習慣は、言われも起源も諸説あって定まったものがありません。元は大阪からと言われ、最近は全国的に広まっているようです。それまでこの習慣がなかった地方の皆さんも召し上がっておられる様子です。江戸時代、なにわの花柳界や商人の間で最初に始まったということで、大阪からとしきりにメディアで報道されますが、一般に浸透したのは1980年代だと思います。私は1980年から大阪府民でしたが、その当時、この習慣は全くありませんでした。それまで住んだ隣の兵庫県でもありませんでした。(現在は再び兵庫県民です)

府下での暮らしを思い出してみますと、その後、子どもたちが幼児・小学生の頃から家族で食べていた記憶があります。子どもは一本は多いので半分を食べさせていましたね。大阪では80年代半ばくらいから徐々に広まってきたのだと思います。デパートやスーパーでは盛んに売っていたのを覚えています。しかし私は流行のモノにはすぐに飛びつくもんかというところがあり、巻き寿司を最初は買いませんでした。むしろ昔から節分に食べるものとして豆と鰯を買うことの方が私には重要でした。春を迎えるにあたり、鰯を焼いて煙や匂いを出して邪気を追い払うというのが昔からのならわしです。豆まきも必ずしていました。

そのうちに私も巻き寿司を買うようになりました。仕事に忙しいけれど食事作りも頑張っていたので、たまには楽をしようかというところから買い始めたのです。巻き寿司があれば、汁ものと何かおかずは少しでいいと手抜きを考えたからです。その頃も江戸時代からある習慣だとは府民の耳に入ることはありませんでしたね。恵方を向いて食べるとよいと言うことだけで、何だかよく分からないけれど食べようかという風潮で、デパートやスーパーでの巻き寿司商戦は次第に過激になってきました。(恵方巻きと名付けたのは89年にセブンイレブンだとか) とはいえ並んでいたものは今のように派手な太巻きではなく、いたってシンプルな従来の巻きずしか、せいぜい上巻きと言われる太めのものだけでした。もちろん我が家では普通の巻き寿司でした。私はかんぴょうや高野豆腐、ミツバが入った昔ながらの巻き寿司が好きなので。

約20年後、右近庵と呼んでいる今の住居に越してからは、いっそう古い慣習どおりにしていました。尾頭付きの鰯(いわし)を必ず焼き、食べたあとは柊(ひいらぎ)の枝に鰯の頭を指しておもて玄関のどこかにしばらく挿しておくのです。こうすると邪気(鬼)が匂いを嫌って近寄らないと言われています。柊は西洋でも魔よけの植物ですが、東洋でもそうなのでしょうか。豆は出入りできる所すべてから撒きます。私の家ではしなかったことを義父母が必ずしていたので私もするようになりました。それで我が家の節分メニューは巻き寿司と鰯の塩焼き、お吸い物、煮物やお浸しなどという和風メニューがこの日の定番でした。

我が家だけでなく、近所のどの家からも鰯を焼く匂いがしていました。(町内で私がいちばん若いかも) 今日も盛んにいい香りがしていました。私も負けずに焼きました。猫がたくさん居た時は大変でした。焼いている時から皆がスタンバイ。なかなかなか魚は出てこないとみるや急いで他へ走る猫、根気よくうちの鰯を待っている猫など楽しい日でした。柊に挿しておいた鰯の頭はしばらくすると無くなっており、片付ける手間もいりません。わざと猫が届く所に置くのは猫好きが堂々と玄関にエサを置ける日。私には有難い日でした。今は猫たちも居なくなり、それらを縮小して今日は鰯と太巻き、かす汁とほうれん草のおひたしというメニューでした。ひとりぼっちになった老猫のはるかさんがバリバリと頭を食べました。元気のいい、はるか婆ちゃん20歳です。=^_^=

経済が冷え込む2月の商戦は節分とヴァレンタイン。でも過剰な販売はどうかなぁ。ノルマがあるとか何とか…。それに私は昔懐かしいシンプル~な巻き寿司が食べたいんだけど、最近はなかなか無くってね。近所のお寿司屋さんも廃業してしまったし…。昭和がもてはやされる割に巻き寿司は昭和なのが無い。それが私‘イマドキの節分’の不満です。

でもね皆さん、鰯はよく食べた方がいい。焼いても美味しいけれど梅干しと煮るともっと身体にいいですよ。脂が煮汁に溶け込んで。鰯は青魚の中でもEPAの多さは上位。100g中に何と1200mgも。動物の肉は食べない私はお魚さんたちにお世話になっています。だから善玉コレステロール値すごいんですよ。イワシ、サバ、アジさんたちには本当に感謝しています。

長々とお喋りをいたしました。暦の上では春です。明日は暖かそうですが寒さは続きます。
ニュースで見る北海道の様子…。大変ですね。北の人々はスゴイ。晴れます様に。
それでは皆さん、ごきげんよう。   右近

| | トラックバック (0)

2017年2月 1日 (水)

怪我をしない身体が手繰り寄せた「綱」

今日から早くも二月です。そして今日から横綱 稀勢の里が始動しました。
怪我をしない身体を造らないと。そう言っていました。確かに彼は怪我をしません。それが彼を横綱に導いたいちばんの理由だと思います。

この度の横綱昇進に関して疑問視する人たちがいます。一回の優勝で…とか何とか。横綱が三人も居て、大関も4人居て昨年に「年間最多勝」を収めたことは審議の大きなキーポイントとなっています。怪我をせず、休場も今まで一日のみ。(それも本人は出たがったと言われています)さらに初場所の強さは物凄いものがありました。その彼に勝利した琴奨菊もあの時は凄かったですね。ただひとつの★を与えたのは、同じ大関としての意地ですね。これまた立派でした。ところで、一回の優勝で…と文句を言う人たち、怪我をしない身体での年間最多勝。そして初場所の成績と相撲内容。これで綱を手したのは正当な評価です。何も優勝回数だけで審議が成されるわけではありません。怪我をせずに相撲を取り続けることがいかに大変なことかをご存じないのかな。それに初場所の稀勢の里は吹っ切れたように安定した良い内容ばかりでした。それで横綱昇進ですよ。疑問視する方々は、そのことがお分かりではないご様子。

思えば昨年の初場所に琴奨菊が優勝し、九月には豪栄道が優勝しました。そして今年の初場所で稀勢の里が優勝。先輩横綱たちが必ず優勝するということでは無くなってきました。白鵬の右の親指は完治したのでしょうか。日馬富士、鶴竜の怪我は来場所までに治るのでしょうか。今まで怪我が少なかった白鵬も、年齢的に回復が遅いのか、なかなか完治しないようです。こう思えば怪我をしない稀勢の里は先代親方と同じ遅咲きの横綱ではあるけれど、親方に仕込まれて強靭で怪我をしない身体をもった、最も昇り調子の横綱です。四人の中で今後は大いに力を発揮すると思われます。大関陣もみな怪我に悩まされている中で、出遅れたかと思われたものの怪我をしない身体をもった稀勢の里が真っ先に横綱昇進を果たしました。これは大関陣に奮起のきっかけとなるでしょう。

初場所が始まる前には皆の期待が薄れかけていた稀勢の里。それがかえって良かったのかもしれません。思う存分に力を発揮し、琴関に負けた一敗意外はみごとな相撲でした。千秋楽は白鵬の作戦失敗でしたね。体力の違いもハッキリ見ることができました。感情的になったのが白鵬で、落ち着いていたのが稀勢の里でもありました。その白鵬が早くも「打倒稀勢の里」を口にして燃えているようです。横綱がふえると火が付いたと語っていました。なんだかなぁこの横綱は…。余計なことを喋る癖は直りません。しかしなんですねぇ。昔は横綱の辞めどきが決まっていましたけれどもね。下から台頭してきた力士に負けた日や、負けが混んできた時、みずから引退を決意したものでした。今は休場が何日でも可能、全休してまた元気になって再登場も可能、成績が悪くても横綱継続が可能なんですねぇ。横綱たちにとってはけっこうな相撲界となっています。

しかし稀勢の里は言いましたよ。「負けたら終わりです」と。もちろんこれは一回負けたらではなく、負けが混んだらという意味です。‘いらんこと言い‘のテンネン舞の海さんも解説席から言っていました。負けたら終わりと、今から新横綱になる彼について早くもね。それは彼なりのエールでした。「負けたら終わり」と考える稀勢の里が、たくさん負けても、怪我して何度も休んでも、全休しちゃっても、また取るよっ!の先輩横綱たちと、どんな闘いぶりをするのか楽しみです。おそらく四横綱とは言うものの「怪我をしない身体をもった横綱 稀勢の里」がいちばん有利でしょう。彼はすでに精神的なモヤモヤも無くなり、自信みなぎる顔つきになっています。いい顔ですねぇ。長年の苦労が報われました。私はまだ感激してる…。

今日はチョット辛口になりましたか。あまりに多いものでね。横綱なのに怪我ばかりというのが。どうしてもかつての横綱たちを思い出して比べてしまうものですから。みな横綱は‘負けたら終わり’を肝に銘じていましたから、負けると潔く土俵を去ったものです。いぇいぇ、私は稀勢の里が怪我をしない身体づくりを常に実践していることを讃えただけですよ。怪我の多い力士さん、横綱、大関その他の力士さんたちも、どうすれば怪我のない身体になれるのか新横綱に尋ねてみるといいかもしれません。それにしても鳴門親方はよく教えて下さいました。教わる彼も真っすぐで純粋だから親方の教えが全部ストンと身に付いたのだと思います。「(横綱は)負けたら終わり」。久々に聞いたこの言葉。その決意が頼もしいね。頑張れ、稀勢の里。

冷えてきました。暖かくしてお休みください。
それでは皆さん、ごきげんよう。            右近

| | トラックバック (0)

« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »