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2017年5月

2017年5月31日 (水)

‘右近のひとり言’『My桜』< その3>(再生へ 2016年12月~2017年5月)

‘右近のひとり言’右近的日常 No.43

My桜』 <その3>(201612月~20175) 

釧路で桜の開花宣言が出て何週間かが過ぎた。開花宣言としては最北だとニュースで知り、これで桜前線は昇りつめたと思った。今頃は若葉が元気に出てきた頃だろうか。 

 2016年のクリスマス・イヴ、私は朝から落ち着かなかった。その日は裏庭の桜が庭に移設される日だった。前日に移説する準備をした業者さんが作業を終えて帰ったあと、恐る恐る裏庭へ行った。目を疑う光景がそこにあった。広がっていた桜の枝が殆ど切り落されて無くなっていたのだ。哀れな姿のMy桜が寒そうに震えていた。私は絶句し、伐られた枝が積み上げられて山となった所に目をやった。かなり枝を払うとは聞いていた。樹木の移設の際にはそうするという知識は私にもあった。だが、いざその姿を目にすると衝撃は大きかった。四方八方に枝を伸ばして花の量をふやしていただけに、落胆はかなりのものだった。私はしばらく哀れな姿になった桜を茫然と眺めていた。
 
 翌日、ついに移設の日を迎えた。
4人の男性がやって来た。賑やかに明るい声が聞こえてきた。時おり笑い声も聞こえてくる。私は心労から体調が下降していたので、挨拶も失礼してベッドに居た。まるで大切な人の大手術でも待っているような心地だった。さして時間はかからず、移設はほどなく終わった。午前11時前、ガレージを出る車の音が聞こえた。私は飛び起きてカーテンを勢いよく開けた。
 
 ハナミズキの隣に
My桜は恥ずかしそうに立っていた。じわりと涙が目の中に行き渡った。つらかったね。頑張ったね。これからは庭で毎日お話しができるよ。裏庭より私や猫、ほかの植物たちの暮らしがよく見えるよ。ようこそ庭へ!これからはもっと君を大事にするからね。私はMy桜を励まし続け、私も裸ん坊のMy桜に励まされていた。

 1月から3月にかけ、冬空の下、けなげに立っているMy桜を毎日見上げた。見上げるほどの高さは無いが、そばに立って語りかけた。早く蕾を付けて欲しいと強く願って私は念じた。1月には積雪の中を頑張り、2月の極寒にも耐え、3月半ばを過ぎた頃、堅く小さな蕾が付き始めた。根は無事に定着したことがわかった。次の心配は花が開くかどうかだった。きっと開く。必ず咲く。私は信じて祈った。すると3月末、堅かった蕾が仄かな桃色を帯びてふくらみはじめた。これは咲くと確信した。

 そして46日、開花宣言をするに至った。私は猫とほかの植物たちに向けて開花の通知をした。五つほどの花が開いたのを私は夢中でカメラに収めた。胸が躍るとはこのことだった。ちっぽけで貧相な桜の木に咲いたわずかな桜に私はいたく感激し、庭の仲間たちと共に喜んだ。ウグイスも祝福の声を朗々と聴かせてくれた。

 その後、強風の日が続き、花はほどなく散ったが、同時に元気な若葉が次々に出てきた。強いと聞いていた桜は、やはり強かった。もう大丈夫だ。あとはまた、一年ごとに枝を伸ばして花をふやし、十年後には再び昨年ほどの花が付くようになってくれれば嬉しい。だが十年後、私は生きているのだろうか。ふとよぎったのはそのことだった。

 生きていなければならないと思った。マゴの成長を見るよりも痛切に、私は桜の成長を見届けたいと思ったのだ。マゴたちには両親が居る。桜の苗を買った責任、植えた責任、移設した責任が私にある。生きる具体的な理由が出来、何としてもあと十年は長く生きたいと私は初めて真剣に願った。

 その頃、今そばにいる可愛い猫はもう居ないだろう。私がそれまで生きられたとしても病気は更に進み、不自由な暮らしをしていることだろう。もしかしたら家には居ないかもしれない。施設だか病院だかに居る可能性もある。十年先のことは誰にも判らない。判らないが、そこまでは何が何でも生きなければという明確な目標が初めて与えられた。これは素晴らしいことだ。また植物に私は助けられたのか。生きる目標を与えてもらって。

 私に与えられた残りの時間は人生の仕舞い支度に費やし、思い出を整理したり処分したり、書き遺すべきことをしたためるなどし、成すべきことををひとつずつ進めていかなければならない。それが大切な最後の私の仕事である。その過程でMy桜の成長を年ごとに喜べたらこんなに嬉しいことはない。私の終活が桜の成長と共に進んでいくことを願わずにはいられない。

 日常生活で殆ど人様と関わらない暮らしをしている私にとって、猫や他の生きものたち、植物たちが与える歓びは計リ知れない。生きものも植物も言葉で何も語らない。語らずしてかれらは凄い世界を私に披露してくれる。ニンゲンの私は学ぶことばかり、教えられることばかりの毎日だ。その恩に応えることはおもいきり愛することしかない。これからも縁のあった生きものや植物に最大の敬意を払いながら共に生きていこうと思う。

 頑張れMy桜。さぁ、再スタートだ。君の十年後の成長した姿を見るのが楽しみだ。それまでは死ねない。  2017/5/31     (5枚)


それでは昨年のMy桜、今春のMy桜をご覧ください。

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2016年春   花をたくさん付けたMy桜。密に花が付いていた。

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離れて見ると若さが目出つ。枝の先までは花はまだ付いていなかった。

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裏庭に立つMy桜。その向こうには大きなヒマラヤスギがあり、棚田が広がっている。人工的なものが何も見えない絶景。そんな場所にMy桜は立っていた。


以下は移設されて以後のMy桜。けなげに頑張っている様子をご覧ください。

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2017年3月 蕾が色づいてきた頃。蕾は少なくても、いかにも春の訪れを喜んでいる様子。

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花だけ写すと何も変わらない姿が思い出される。頑張ってるよね。可愛いね。

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これで満開。すべての蕾が開いてめでたしめでたし。これでも満開。誉めてあげた。

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そして若葉の季節へと。まるで泳ぐみたいに風になびいて君達いつも楽しそうだね。

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今日は五月の最終日。若葉はもっと茂っています。My桜は庭で仲間と共に、とっても元気です。ご安心ください。(^_-)-☆        

                                   このシリーズ「完」


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2017年5月29日 (月)

バロネス君の庭デビュー

おはようございます。今日も朝から強い陽射しです。
届いていた芝刈り機をきのう初めて使いました。これです。↓
でもバロネス君は恥ずかしいとハナミズキの葉っぱに顔を隠しています。

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説得して無理やり連れ出して写したのがこれ。↓初仕事をしてもらったあと、これは昨日のショットです。

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このバロネスLM4Dは定評通りに素晴らしい刈りっぷり。買って大正解でした。先月に業者さんが刈ってから一ヶ月以上が経っていたので伸びていた芝がみるみる刈られてスッキリ。能力の高いバロ君です。これから右近庵の庭の強力な助っ人になってくれることでしょう。

この度、突然の大幅値上げで途方に暮れた私ですが、庭の植物たちは活動期に入り、悩んでいる暇はありませんでした。この十日余り私は芝生のことに明け暮れていました。病弱系も忘れ、雑草抜きや器材の購入など朝夕の時間の多くを費やしました。その結果、明るい道筋が見えてきました。

手ごわい細かな雑草を抜きながら、色々なことを考えていました。その作業は無心でおこない、一方で今後は芝をどうするか考える時間でもありました。そうです。とりあえず行動を起こそう。そうしながら考えが定まるだろうと確信して行動を起こしたのでした。自分で雑草を熱心に抜くのは夫の急逝後以来だなぁとか、ずいぶんとサッチ(刈った芝などが堆積してできる藁のようなものが作る層)がこんなに積もっていたな、年々、芝の状態が悪くなってきていたのはこのせいもあるなぁと、面白いように取れるサッチ取りを楽しんだりもしました。昨日、芝刈りをしたあとは庭メンテの業者さんが手入れをした後と何ら変わりないほどきれいになりました。やればできるやん。私は以後は芝に関してのメンテを自分で出来る自信を持つに至りました。バンザイ。\(^o^)/

皆さん同様に私も人生においてピンチは何度もありました。その度に途方に暮れ、どうしていいかわからず沈み込むばかりでした。しかしやがてこれではいけない、とにかく行動しなければと気付きます。此処が重要ポイントです。この「気づき」のあと、それではどう動くかを考えます。先が見えない状態でもとにかく動きだします。すると必ず先が拓けてくるのです。どうせやってもできない、もうどうでもいいと投げやりになりそうなマイナス感情が生まれることもありました。一方で、動いていないの投げだすな、やれることからやっていけ、そうするとおのずと道は拓けてくるという確信も年齢を重ねるにつれ信念として育ってきました。だからこの度も行動は早かったですね。お知らせが届いた日、真っ暗になり戸惑いましたが、翌朝には悩んでいる場合じゃない、ぐじゃぐじゃ悩んでいる間も植物は旺盛に生きているのだと、雑草抜きを始めました。

思えばこの10年間、庭の業者さんには本当に助けてもらいました。けれど彼も徐々に仕事がふえ、芝のことは根本的な部分まではやって頂く余裕がなかったのだなとわかりました。月に一度ほど雑草を抜いて芝刈りをする。私もそれでいいと思っていました。しかしそうではありませんでした。シーズン中は週に一度は芝を刈らなければならないこと、雑草は手抜きよりも、芝は守り、その他の雑草を枯らす薬剤を使用するのがいいこと、サッチはこまめに取り除くことなど多くのことをネット上の芝生愛好者の皆さんのブログやホームページから学びました。ありがたい時代です。居ながらにして知識がたくさん手に入ります。

この一件であらためて学んだことは「自分のことは出来る限り自分でする」と基本的なことでした。家の中の暮らしはそれがほぼできていたのですが、何故か庭のことは自分には出来ないと、端(ハナ)から諦めていました。体力が必要なことは出来ないと思っていたのです。それは間違っていました。私には体力は無くても時間ならたくさんあります。現役の時とは違い、年じゅう休みの贅沢な暮らしです。毎日すこしずつ作業すれば私にもできることが今頃になってわかったのです。その他にもわかったことはいくつかあります。庭をきれいに維持しようとマメに掃除をしています。以前は、抜いた草などはまとめて隅に積みあげていました。次に業者さんが来たときに処分してくださったからです。今は違います。草抜きや芝刈り機で生じたものはかさばり、それらを45Lの袋に詰めてゴミの日に出しています。よく動くせいか体調もよく、おなかも空きます。いいことばかりです。

今後はぐるりと庭を囲む生垣のこと、立木のことなどまだ考えることはあります。生垣はYouTubeを見て学んでいるところです。リーズナブルな業者さんが見つかれば依頼し、徐々に娘夫婦に剪定を覚えてもらうつもりです。(右近庵は長女に相続することが決まっているからです。)今回あらためて思ったことは以下のことです。

☆ 悩む時間も少しは必要だが長引かせない。長引かせるとマイナスのみ。

☆ 悩みを切り上げたらとにかく動く。動けば必ず先が見えてくる。

☆ あの人にできて自分に出来ないワケが無いと、自分の見えない力を信じる。
   (あの人とは今回、庭をすべて自分でメンテしていた亡夫のことです)

これらのことは大げさに言えば私の人生哲学として身に付けていたものですが、再び実感しました。穏やかに植物や猫と暮らす私にも突然に何かが起こることがあります。これからも前向きにものごとを考えつつ進もうと思います。

今日はとてもpositiveな内容になりました。
皆さんの参考になればと思います。

もうすぐ午前11時です。今週もお元気でご活躍ください。
それでは皆さん、ごきげんよう。                右近

 

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2017年5月26日 (金)

鉢植えカーネーションを長く咲かせよう

母の日に鉢植えカーネーションを貰ったあなた、元気に咲いていますか?
これは貰ったものではなく、昨年、自分で買ったものですが。
この花はエクレアと呼ばれる種類です。(同じ種類でも販売会社によりネーミングが異なる場合があります) 今年もきれいに咲きました。この画像は春に咲き始めた頃のものです。可愛いでしょ?母の日に鉢植えで貰ったあなた、チョットしたコツで今年の秋にも、来年の今頃もきれいに咲きますよ。せっかく貰ったのですから、長く咲かせてあげてください。

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カーネーションは多年草なのに一年草扱いです。一年草だと思っている人も多いですね。とても気難しい花だから、咲き続けさせることが困難なのでそうなっているようです。一年でダメにしちゃったという皆さんは多いのでは?私もその一人でした。鉢植えを貰っては枯らしてしまうことばかりでした。

皆さんが今年もらった鉢植えのカーネーションはまだ咲いていますか?花がらは必ず摘み、咲いた花も早めに摘んで室内で楽しんでください。これから梅雨に入り、カーネーションには苦手な時季になります。咲いた花は早めに摘み、穂先に蕾が付き過ぎていたら摘んで減らしてください。中が空っぽのような感じで咲かないものもあるため、咲きそうな蕾だけ残します。

花が咲かなくなったらすべての花がらを摘み、切り戻しをします。貰った時より茎が伸びていると思います。その茎に芽が出ていたらひとつ残し、思いきって短めに切ります。根元から新しい茎がたくさん出てきますから心配いりません。くれぐれも水をやり過ぎないでください。花が終われば液肥は控え、緩効性肥料を少しだけ土の上に置いておきます。水やりは表面の土が乾いていたらザッと与えます。いつも湿らせることのないようにしてください。このようにすると、春に気候が似ている秋には必ずまた花を咲かせますよ。

大事なことは冬の管理です。鉢の土に霜が降りるとカーネーションは、やられてしまいます。冬期はなるべく室内で管理するのがいいでしょう。それが無理なら軒先など雨がかからない所に置き、鉢の土にバークチップや藁など置いて寒さよけを施します。覆いをビニール袋などで工夫するものいいですね。秋冬の暖かい日は太陽の当たるところに出してあげてください。夜に取り込むか寒さよけの出来る所に置くことを忘れずに。秋冬は特に水のやり過ぎに気をつけてください。

株が大きくなっていたら、ひと回り大きな鉢に植え替えます。大きすぎる鉢は根が回りにくいので避けます。このように大切に育ててあげると翌年の春には新芽をたくさん出し、元気に多くの花を咲かせてくれます。挿し芽でふやすこともできますよ。挿し芽や挿し木は養分の入っていない土でおこなってください。私もしてみようと思っています。たいていの植物は、挿し木や挿し芽にするなら今の時期が最適です。私はラベンダーやアイビー、初雪かずらなどを挿し芽でふやしてきました。

母の日にカーネーションを贈ることは1905年、アメリカで始まったそうです。すっかり定着した習慣ですが、もっと育てやすい花ならよかったなぁと思います。切り花を贈ることからスタートし、鉢植えも贈られるようになりました。育てやすい花ではなく、難しい花だからこそ育て甲斐がありますよ。植物はみな応えてくれます。素直な植物も、気むずかしい植物もみんな可愛いですね。

先ほどのカーネーション、今日はこんなふうです。↓茎を伸ばして花が次々と咲いています。上の方にも茎が伸び、蕾がたくさん付いています。空に向かって咲く花をまだまだ楽しめます。この鉢は成功しました。娘たちにせっかく貰ったのに何度も失敗してきましたが、試行錯誤をくり返し、やっとコツを掴みました。嬉しいです。皆さんもやってみてください。

くり返し言います。カーネーションは多年草です。長く楽しんでください。ちなみにこのカーネーション、これまで貰った花がうまく冬を越えられなかったこと、特にせっかく二年越しで大きな株に育てたのに、あれやこれやで神戸で過ごした冬、右近庵でダメにしてしまった口惜しい気持から自分で買い求めたものです。あぁ、今でも悔やんでいます。持っていけばよかったなぁ暖かい神戸に。

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どんな花もダメにする一番の原因は、水のやり過ぎ、肥料のやり過ぎだとプロの方が言っていました。過ぎたるは及ばざるがごとし、ですね。特に秋以降の水やりは控えめにしてください。常に水分過多だと冬は凍結して根がやられます。気をつけてください。

ところでカーネーションの横にあるのは、植える場所が足りなくなってポットのままイチゴが実を付けているものです。あぁ、けなげだなぁ。来年は君たちを一番に畑に植えるから、もう少し頑張ってね。30個ほどもこんな状態で申し訳なくて。ごめんなさいイチゴさんたち。

週末です。お休みの皆さん、ゆっくりしてください。
お仕事の皆さん、頑張ってください。

それでは皆さん、よい週末を。    右近

 

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2017年5月25日 (木)

アサリから出てきたカニさんの話

おはようございます。
全国的に傘マークの今日、右近庵でもかなりの降りです。庭仕事はお休みです。

今日はカニさんの話をします。
大型連休に長女一家が潮干狩りに行きました。その夕方、マゴたちがアサリを持ってきてくれました。嬉しいけれど困ったな。というのは、私は年々、生きているものを食することに抵抗を感じるようになり、貝でさえも頑張って呼吸しているのを熱湯で命を絶つことが辛くなっているのです。でもマゴたちが初めて二人だけで来てくれたのだから、有難くいただこうと、とりあえず砂抜きをすることにしました。塩水をつくり、貝を入れ、包丁も浸けて蓋をしておきました。しかし夕食にはアサリ汁が作れず、夜が更けてきました。このまま置いていると貝は死ぬ。頑張っていただこう。さしあたりアサリ汁にしておいて、明日いただこう。そう思って蓋を取ると、な、なんと小さなカニが泳いでいるではありませんか!

カニは貝から出てきたものだと思われます。塩水に浸す時には見あたりませんでした。アサリを食べていると小さなカニが出てくることは確かにありました。たいていはアサリ汁を作る過程で小さな命はアサリたちと共に召されていました。しかしそのカニは危険を察知してか貝から脱出し、なんと元気よく泳いでいたのです。蓋を取るとアサリたちはいっせいに閉じて身をかため、来るべき恐怖の時に備えていましたが、カニだけが懸命に泳いでいるのです。貝からでてきたのはいいけれど、足場が無く、小さな足を動かして泳ぎ続けています。溺れる。カニだってずっと水中にいたり浮かんでいたら死んでしまうのではないか。咄嗟に閉じた貝たちを積み上げてその上に乗せ、休めるようにしました。でもカニは滑りおちるなどして安定しません。真夜中に近づいた深夜、私は考え込んでしまいました。

そのカニは私の人生で、アサリから出てきたカニの中で最大級のものでした。やわらかそうな甲羅の横幅は1㎝ほどもありました。何時間くらい小さな手足を動かして頑張っていたのか分かりませんが、疲れているのではないかと指先に乗せて休ませてあげました。はるかちゃんが起きたのでホラ、カニ君だと見せてあげると、激しくクンクンし、指先を舐め始めました。次の瞬間、ペロリといくところを指を引っ込め、からくも逃れたカニ君は‘ビビったぁ’と冷や汗。私も危なかったぁと、はるか婆に見せたことを後悔。海のいきものの匂いがしたのでしょう。カニはその後、私の指先で死んだフリをしてみたり、かと思えばいきなり立ち上がって、いっちょまえに小さな小さなハサミを振りかざし、私を威嚇するのです。かわい。カニの生きたい意欲を私は感じとりました。

さてどうしよう。考えたところ、長女にメールしてみることにしました。返事はすぐに来てまだ起きていることが分かり、電話しました。マゴその1にアサリから出てきたカニをしばらく飼っていたと聞いたことがあったからです。何度か脱皮をし、5月から9月頃まで生きていたと娘からも詳しく聞き、経験者ならお願いできないかと頼みました。有無を言わせず今から持っていくと私は言い、午前零時が迫る夜道を小走りに容器にいれたカニ君とともに、徒歩3分ほどの娘宅へと向かいました。ドアが開いて玄関に入り、容器の蓋を開けました。「でかっ!」それが娘の第一声でした。娘いわく、前の時に買った海水にする粉末があるとのこと。「まかせるね。よろしく」と言うや私は疾風怒涛のごとく走り去りました。

翌日、海水の素は見あたらず、翌日の早朝に婿殿が出勤前、ホームセンターに出向いて購入、その夕方には仕事から帰った娘からカニの様子が写メールで送られてきました。カニ君はカラフルな小さな石も入れてもらい、豪邸に住んでいました。よかった。私は胸をなでおろしました。少しずつ大きくなっているとの報告もありました。そこへ、昨日、娘からメールが来ました。カニは卵おたくさん抱え、きのう見たらプランクトンみたいなものがいっぱい浮かんでいるというのです。(*_*; えっと驚き、同時にカニ君がカニさん、つまりMsカニであったことを知りました。それはゾエアというものです。エビやカニの幼い時の呼び名です。「どうする?どこか引き取ってくれるところを探そうか?」と返信すると、翌日、「朝起きたら半分くらい無くなってる」と来ました。Msカニは自分で食べたと思われます。うむ。これが生きものの世界か…。そして「できるだけ頑張ってみるね」と娘からの返信でした。

それからどうなったのか連絡はありません。フルタイムの病院勤務で子ども二人の子育て真っ最中の彼女は大忙し。電話やメールもこちらからはなるべく控えています。マゴが勉強に来た時、かならず元気にしてる?と聞くと、マゴその1は「うん」と言っています。いつまでMsカニがそこで元気に暮らしているか分かりませんが、海に戻しても魚たちの餌食になる可能性が大きく、さしあたりしばらくは快適でゴージャスな住処(すみか)で暮らしてもらうことにしました。娘一家もどうやらカニさんが可愛くなってきたのでしょう。

雨の音が聞こえなくなったと思えば風が強くなってきました。今日は休養日としましょう。
稀勢の里がやっと休場の決断をし、ホッとしました。横綱として出てきたことには立派です。痛みの程度は本人しか判りません。不安を抱えながら出ようとしてくれたことには彼を評価しますが、冷静な判断も必要です。横綱相撲が取りきれるか。私はそこが最も大事なことだと思います。その状態になるまでゆっくり休んで治療して欲しいです。この出場が悪化させてしまったのではと心配しています。本人の意思も大切かもしれませんが、周りの冷静な判断も重要だと思います。休まないことを誇ってきた稀勢の里は、今後は横綱として立派な相撲が取りきれるかを基準に出場や欠場を決めて欲しいと願っています。しかしよく頑張りました。お疲れさまでした。ありがとう。

午前10時を少し過ぎました。
今日もお元気でお過ごしください。
それでは皆さん、ごきげんよう。                右近

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2017年5月22日 (月)

サビ猫のはるかですが何か?(No4)「はるか的日常」

はるかです。猫属、猫科、猫。20歳のサビ猫です。皆さん、ご無沙汰いたしました。
今日は息子の月命日です。21日がダッコ様、そして22日が愛息JJ。わたしも右近もこれらの日は思いを馳せて仏様に手を合わせます。右近は今でも毎日かれらに話しかけていますよ。

すっかり初夏になりました。真夏の様な強い陽射しの日もありますね。わたしたち猫は年じゅう毛皮を来ているので、夏はたまりません。今日も庭で過ごしましたが、朝からジリジリと照る太陽に、此処にも長くは居られなかったです。日陰を求めて庭を移動する季節になりました。わたしも右近と同じで敷地の外へは行かなくなりました。かつてはブイブイ言わせていたわたくしではありますが。いえ狩りですよ狩り。あぁ、あの頃がなつかしい…。

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手前のイチゴは大きな実を付けましたよ。そろそろ実は終わりでランナーを伸ばし始めています。この場所は、あまりに多いイチゴの子株を植えきれず、急きょ作ったイチゴ畑です。イチゴは4箇所の小さな畑と、大きめのプランターに5個くらいあるでしょうか。朝夕、右近はイチゴ農家のようにシーズン中は忙しく作業をしています。せっせと摘んで、今年も苺ジャムを作るようです。

先日は庭のメンテの件でショックを受けたようで慰めてあげました。ところが右近は翌朝、ガバッと起きるや庭へ出て、いきなり草抜きを始めました。何と言いますか、あの人は何でも判断するのがスピーディ。はい、行動的。病弱系なのにです。それからというもの、朝に夕に芝と向き合い、黙々と雑草を抜いています。朝夕で2時間。昼もやる日は3時間、この2日間のように暑い日は、相撲が終わり、陽が落ちて暗くなるまで1時間半ほども草抜きや庭の手入れをしていますよ。あの人がこれほど動けるなんて、わたしも驚いています。

明日には芝刈り機や芝用の除草財などが届きます。物置きの中から噴霧器を出して来て、それはもう、やる気満々の右近です。今日、「ホラ」と見せてくれた細めの腕に、なんと力こぶが出来ているではありませんか!元からあの人は細マッチョでしたが、わずか1週間ほどの肉体労働で、久しぶりに力こぶができたとゴキゲンです。今日も庭や家の中だけで6000歩以上も歩いてると自分で驚いていましたよ。あしたはマシンで走るのだそうです。

庭で作業をしている間、私はそばで見ています。ときどき応援のスリスリなどしてあげたりもします。わたしはよく庭でひとり遊びをしたものですが、あの人も負けず庭でのひとり遊びが大好きのようです。右近は庭でわたしに話しかけます。猫なので人間の言葉で答えてあげられず、やむを得ず舐めたりスリスリして応えています。

「はるかちゃんは幸せかい?」 

庭でいつもわたしに尋ねます。そう尋ねる時は右近が幸せを感じている時です。

「一緒に長く生きようね」
「もちろんですとも」

わたしは目を細め、母のように恋人のように、あの人を見つめてそう答えます。

それでは皆さん、ごきげんニャオ! 
あしたは稀勢の里が勝ちますように…。 おやすみなさい。      はるか =^_^=

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2017年5月20日 (土)

‘ルデラル’で行こ。芝生のことやら稀勢の里やら

只今、午前九時過ぎです。すでに強い陽射しです。そのため今日は朝の草抜きはお休みします。ここ3日間、朝夕に頑張っていたのですが、少し疲れがたまってきました。相撲が終わったら、1時間ほど頑張ることにします。

私の平凡な日常において、ひとつ片付けばまた新たな問題が生じるといったことが続いています。ずっとお世話になっている庭のメンテ業者さんが、今年度は大幅な値上げをするとの封書が届きました。作業費の改定は聞いていましたが、その上げ幅にビックリ。なんとこれまでの2倍近くの価格になるというのです。(正確にいえば1.8倍) これには驚きました。年間費用を一括で支払うので、それなりの金額になります。これは出せない。年間総支出予定額の域を大きく超えてしまいます。収支のバランスを崩すと、その他の事柄に影響が出てしまいます。翌日すぐに返事を投函、送られてきた封筒にある事務所の住所に送ったところ、昨日、戻ってきてしまいました。(フシギ) それで昨夜、御自宅の住所に送り直しました。折衷案の提案をお願いしてみたのです。私からは月額費用を値切るのではなく隔月でお願いできないかと。(でも執着するのもなぁとも今日は考え始めています)

その日から私の草抜き生活が始まりました。芝生というのは見た目もいいし、裸足で歩くこともできて気持のいいものです。いつもマゴたちは来るなりmini忍者のごとく側転やバク転を始めます。病弱系の私ではありますが、この芝を何とか自分で維持する方法は無いかと模索中です。しかしシーズンに突入し、芝と雑草のせめぎ合いが始まっています。お隣(嫌がらをした家とは反対側)の御主人は、雑草も何もかも芝刈り機でザーっと刈るのだと言っていました。それでも見た目は変わらないかもしれません。けれども伸びてくるとやっぱり無理でしょう。マメな除草や芝刈りはいずれにしても必要です。電動芝刈り機はあるけれど、長いコードで繋いだりと準備にも大変なので手動で刈れるいい芝刈り機をみつけたので、さっそく購入する予定です。(手動の芝刈り機はピンキリです。安いものには要注意!)

また、庭の芝生をどこまでメンテし、どのレベルで妥協するかも考えているところです。草を抜きながら、そんなことを考え続けています。昔から雑草が大好きなので、思いきって雑草芝生にして芝と雑草の共存で行くか。それを選ぶと土地に張り詰めている根もいつか雑草に駆逐されてしまうかもしれません。それなら芝だけでなく、この庭のすべてを丸ごと雑草ガーデンにするのもいいかなど、大胆なアイデアもその一つです。しかし、それはそれで収拾がつかなくなってしまいそうでチョット危険です。結局、シーズン中は陽射しを避ける時間帯にせっせと手作業で除草や芝刈りをするしかないなと思います。今までお任せで来すぎたことに気付きました。そのことは」反省しました。亡夫はこれらをひとりでほぼ完璧にやっていましたが、今になって、庭だけは頑張っていたんだなぁと判りました。

雑草も可愛いものですよ。(まだ雑草で引っ張るね)他の植物と同様に可愛い花を咲かせるものが多いです。それなのに憎まれてすぐに抜かれることに同情しています。でもかれらザッソーは負けません。昨年から今年の初めにかけての裏庭工事で、裏庭はすべての雑草が無くなりました。けれど今また新たな雑草が出てきました。どこかから飛んできた種が着地したのでしょう。フキの群などは何故また出てきたのか不思議なくらいたくさん元気よく生い茂ってきました。裏庭のフキ畑のフキは全部プランターに移してもらったのに。しかもそれらがあった場所は2メートル以上も掘って土出しをしたのに、下の方からまた小さな葉を出して徐所に元気に大きくなってきました。ちなみに雑草の本を開くと、かならずフキが登場します。フキも雑草なんですね。これです。‘荒れ地を生き伸びる『ルデラル』な生き方’とは。(最近読んだ本です) 逆境に遭えば別の道を探ってゆっくりと再始動。これが植物の生き方です。打たれ弱い人間という生き物には学ぶところが多くあります。

私の人生にも何度かのピンチが訪れました。しかし何とかなったから今こうして居るのです。あまりに大幅な料金改定には業者さんの意図をはかりかねる部分がありますが業者さんにも事情があるのでしょう。この10年間、良心的な価格での御請求でした。何度か私は値上げを申し出てきましたがそれを飲まず、このたびドカンと来ました。むろんその金額ではもう頼めません。とはいえピンチです。このピンチをどう乗り切れるのか考えたいと思います。まずは芝や木々について学び、出来ることは自分でし、出来ないことは身内やプロの手を借りるなどし、さしあたり芝や敷地内にある木々について学び、メンテの知識を身に付けたいと思います。芝を守りながら雑草を減らす薬剤などもあるようです。とにかく勉強します。がんばろっと。

ピンチと言えば稀勢の里は連日、懸命の土俵です。存分に練習できなかった左肩の筋肉がとれてしまい、右肩に比べると左が下がっています。それでも得意の左差しを試みる姿にウルウルです。初日には本当にもうやめてと思いましたが、本人は横綱としてあるべき姿でありたいと必死の闘いです。勝つごとに、まるで優勝した時の様な割れんばかりの拍手です。先日の遠藤戦は残念でしたね。最後まで気を抜かないことを学んだ勝負でした。ガンバレ稀勢の里。日本じゅうが応援しています。さぁ、私も頑張らないと。草抜きもろもろ庭のこと。その他のこと。前へ進めば何事も解決策が見えてくるはず。進まなければ何も見えません。

封書が届いた日にはショックで意気消沈してしまいました。はるかちゃんがそれに気付いたのか、そばに居てしきりに腕や手の甲を舐め続けてくれました。まるで母親です。ありがたいなぁホント。只今そばで眠っています。一日のほとんどを眠って過ごすはるか婆ちゃんです。=^_^= 彼女もルデラルな生き方でここまで生きてきましたね。

暑い一日になりそうです。大阪の予想最高気温は30度。(*_*) 
右近庵は大阪市内ではないので27度の予想です。
お休みの皆さん、よい週末をお過ごしください。
お仕事の皆さん、頑張ってください。
それでは皆々様、ごきげんよう。         右近

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2017年5月16日 (火)

一勝した稀勢の里

稀勢の里は昨日、勝ちましたね。お客さんはテレビの前の視聴者も含めてドキドキひやひや。きのうは勝ちました。でも大丈夫かな。控えに居る時、照の富士が落ちてきて左腕に当たった時、痛そうな表情をしていたし。心配ですね。くれぐれも無理は禁物です。本人の意思だけでは無く、誰か判断をする人が入ればいいなと思います。まだ二番が済んだだけ。今後、負け始めたらすぐに休場して欲しいと思う気持ちは変わりません。

昨日、また体調が崩れ始めました。そこで無理をせず早めに休養しました。今日は起きると少し改善していました。イイ時は3日と持たない時も多くてね。よくない時は短いと2~3日、長いと復調まで一ヶ月も二ヶ月もかかります。困ったカラダになりました。でも今はもう慣れてきたという感じです。今はもうすぐ午前10時を過ぎたところです。庭で雑草抜きを済ませました。これもやり過ぎは禁物で、せいぜい30分程度を心がけています。一日の中でさえ体調がくるくると変わるため、未だ御する(ぎょする。指図する、支配するなどの意)ことが出来ない自身のカラダです。うん。もう慣れた。

それからお知らせを2つ。『ひとり言』は再開した時の目標では月に2回出来ればいいなと考えました。しかし前回から今回のものまで約一ヶ月ほども空いてしまいました。うむ。こういうカラダなので回数を特に考えず、書きたい時に書かせていただくことにします。本来、書くことは私にとって愉しみであるところから、体調よく、書きたいから書こう!と思う日に、楽しんで書いてまいります。あ、そうそう。何故いま頃になって『ひとり言』を再開したかという理由については、それもまた『ひとり言』で書くつもりです。そのときは宜しく。

今ひとつはお好み焼きの件。私は関西人で、時々お好み焼きが食べたくなります。そんな時、自分のもののほか、人にあげる分も焼きます。冷凍保存が可能だからです。Myお好み焼きファンは多くて、切望する人たちが居ます。もちろんマゴたちも含めて。東北やあちらこちらにMyお好み焼きは旅をして喜んでいただきました。作り方を教えてと頼まれることも多く、惜しむことなく伝授するのですが、皆さん口をそろえて「その通りにやってみたけどうまくいかない」とのこと。うむ。そこは慣れといいいますか…、やっぱり鉄板の差かもしれません。次回いつ焼くか未定ですが、焼いた時は画像付きでレシピなど公開いたします。こちらもその時は宜しく。

右近庵では本日、涼しげな日となっています。
お元気な一日でありますように。
それでは皆さん、ごきげんよう。       右近

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2017年5月14日 (日)

鳴呼、稀勢の里

こんばんは。夏場所が始まりました。不安を抱えての新横綱、今日は嘉風に完敗でした。この先どうなるのか心配ですね。そもそも骨折や筋肉の断裂などの大怪我は50日少々で完治は無理です。私はこの場所は休んで欲しかったのですが…。横綱としての責任を感じているのでしょうね彼は。

左腕が使えない相撲で、どこまで横綱相撲がとれるものやらと思いますね。先場所の神がかり的な2日間の勝利が叶ったからと、治りきらない腕でどこまでいけるものでしょう。数日間やってみてダメならば、休場して治療に専念することが今後の為にもいのでは?15日間の長丁場で、更に悪化させる可能性は大です。右腕や下半身を使っての相撲とはいえ、どうしても左腕にも負担がかかるでしょうし、思いきって休んで完全復帰することを私は望みます。

観る方も心配で仕方がないという横綱より、私たちは本来の強い横綱が観たいのですからね。まずは治す。そうしなければ怪我が長引き、横綱生命が危ぶまれることになりかねません。休場しても誰も文句は言わないでしょう。彼の気持はわかりますが、時にはいったん引くことも大切です。致命傷となって短い横綱に終わることだけは避けたいです。

こんな時、先代の親方、隆の里なら何と言うでしょう。瞑想し、先代親方と対話をしてください。貴方が相撲を取りたい気持ちも、責任感の強さもみんなわかっています。しかし今はとにかく治して欲しい。熱烈な相撲ファンの私はそう思っています。皆さんもそう思うでしょ?

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本日の横綱土俵入り。「東の横綱」だからと気負わなくていい。今よりも今後のことを考えて欲しい。怪我を治せば今の相撲界で貴方に敵う力士は誰も居ない。その自分を信じて欲しい。強い稀勢の里が復活するまで私たちはいつまでも待つ。とにかく怪我を治して欲しい。 右近

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2017年5月13日 (土)

『My桜』<その2> (4年目以降2011~2016)

 『平成道行考』 右近的日常 No.42

『My桜』<その2> (4年目以降2011~2016)

『2010年に初めてMyは開花した。その前年、2009年の春に初孫が誕生した。桜も孫も年ごとに成長を見せた。My桜は花の数を年々ふやし、四方へ枝を伸ばした。空に向かって両手をひらき、陽光を存分に吸収し、もっと大きくなるぞと華奢ながら力強さを感じさせ、私に希望を与えてくれた。

 2011年3月11日、東日本大震災が起きた。未曾有の自然災害に、この国だけでなく世界中が驚き悲しみ、多くの犠牲者を悼み、すべてを奪われた人々を思いやった。その年にもMy桜は咲いた。津波によって倒されながらも新芽出した東北の桜をニュースで知り、感動した。私は依然として在宅での支援活動に明け暮れていた。この年の6月、2人目の孫が生まれた。

 2012年1月、24歳5ヶ月を生きた猫が逝った。別の可愛がっていた猫が重い腎不全だと知り落胆した。引き続き猫の介護に精を出し、支援活動を継続した。東北のあちこちの人々と知り合い、報道では伝えられない悲惨さや大変さを生の声で知らされ、心を痛めては孤独な活動に力が入った。7月、3人目の孫が生まれた。

 2013年、猫の看護に明け暮れた。何をしてもやせ細っていく愛猫に気の重い日々が流れた。翌2014年2月、その猫が逝った。悲しみから立ち直れない中、6月に4人目の孫が生まれた。また、この年の秋頃から隣家の嫌がらせが始まり憔悴する。そんな中、2009年にガンを発病した兄を見舞いに何度も神戸まで通っていた。悲しみと喜びと心配と、さらに嫌がらせのストレスなどが綯い交ぜになり、私の疲労感は蓄積され、この年の9月に体調を崩して入院を余儀なくされた。

 2015年、ガンで闘病中の次兄が終末期に入った。もう長くないと周囲も本人も理解し、できるだけ兄に会うべく無理をして何度も神戸に通った。彼の闘いはすでに6年目に入っていた。余命宣告も受けていたが、それ以後も彼の生への執着には並々ならぬものがあった。来たるべき死を受容し、痛みを和らげるための薬で殆ど眠る毎日となった。その年の12月半ばに兄は召された。もっと早く神戸に居場所を持ち、兄を何度も見舞えばよかったと悔やまれた。

 一方、嫌がらせは 隣家だけでなく斜め向かいの家も加勢して2軒の迷惑行為はエスカレートし、家に居られずたびたび神戸のマンションに避難した。私が庭へ出るとわざと大きな騒音をたてて威嚇するのでMy桜をゆっくり楽しむこともできなかったが、写真だけは撮り続けた。いま思い出しても吐き気を覚えるほどにその頃の苦しみは尋常ではなかったが、植物可愛さに、どんな嫌がらせにも耐、私はレコーダーと携帯電話をポケットに忍ばせて黙々と可愛い植物たちに水やりを続けた。嫌がらせの種類は徐々にふえ、信じがたいものや滑稽なものまで登場し、まるでホームドラマだなと思ったり、これはそのまま事実を書いてもじゅうぶんに面白い小説が出来そうだなどと考えることもあった。

 2016年3月、猫を連れて冬を神戸で過ごしていた私は帰宅した。依然として迷惑行為を続ける隣家に対し、これ以上は我慢できないと思い、隣家に出向いて和解した。約2年半の間、弁護士さんに相談しながら闘ったが、馬鹿らしくも低俗な行為を受けることに終止符を打った。私に全く非は無いから出向けたのだ。非のある先方はしらばくれ、とぼけて何ひとつ謝罪の言葉は出さなかった。私が庭へ出ると急いで出てきてバケツをガンガン叩き、脚立やもの干し竿をくり返し倒しては大きな音をたてた。それ以外にも数々の嫌がらせを毎日の日課としていた隣家の妻に私は人間の醜さと愚かさを存分に見せてもらった。もう、やっていられない。そう思ってみずから出向いて収束させた日、家に戻って庭を見るとMy桜が微笑んでいた。

 「よかったですね。やっと終わりましたね。偉かったです。私は知っていましたよ。愚かな人たちの悪事をここから毎日、見おろしていました。かれらを赦したあなたはひとつ大きな人間になれました。」

 My桜がそう言ったような気がした。何が私の背中を押したのかは判らない。恐らく仏教の教えが力となっていたのだろう。神戸から帰宅してすぐにまたプラゴミを燃やす強烈な異臭に耐えきれず出向いたのだ。春になっても迷惑行為の数々は何も変わっていなかった。私にも普通に暮らす権利がある。そんなことは嫌だとハッキリ言える自分になった。私の暮らしを真正面から365日ながめていた桜は2017年に10歳になる。十年もの間、黙って私の一日を見守り、一年を身守り、桜は成長を続けてきた。思い出しても胸が悪くなる執拗な嫌がらせをする輩とは対照的な桜の存在は、まさに菩薩であり、苦しい時期に常に心の支えとなってくれた。

 しかし、せっかく成長を遂げつつあった愛しい桜の木を移設しなければならない事情が起きてしまった。ガレージを増設する工事と同時におこなった裏庭の工事で、危険が生じていることが判ったのだ。敷地の外にあるノリ面にガレージ工事で生じた残土を埋めた工事は、ブロックを13段も積まれており、10年の間に土砂が押されてブロックに圧力をかけて塀が前に傾いてきたのだ。そのため小さな地震が起きるたび、ブロック塀が崩れないかと心配でたまらなかった。それに気づいた近所の人にも指摘され、もしや人様に危害を与えてはと考えると、夜も眠れないことがあった。庭の業者さんは工事の専門知識を持っていなかったことをあとで知り、後悔したがすでに遅かった。

 専門家に見てもらうと無茶な工事だと唖然とした。ブロック塀は法定で7段までと決められていることも教えてくれた。その倍近くを積み、更に土の圧力が加わって、完全に塀の上部が前へせり出している状態になっていた。地震が起きなくても突然にブロック塀が崩れることを思い描くと居ても立ってもいられなくなった。施工した庭の業者さんと相談の上、出来るだけ土を掻き出し、塀にかかる圧力を減らすことになった。そのためMy桜の移設が必要となってしまったのだ。土の圧力に加え、桜の成長による根が与える圧力もあると考えられ、移設は必須と判断した。

 樹木の移設をする時は枝を殆ど払ってしまい、根や幹にかかる負担を軽減することはテレビで観て知っていた。方々に枝を伸ばし、大きくなりかけた時にMy桜を丸刈りに近い状態にしてしまうことは忍びないことで、私の落胆は大きかった。しかし事故が起きてからでは遅い。工事のやり直しに際しての移設は、やむを得ないことだと自身に言い聞かせて決断を下した。かならずや再び復活してくれるものと信じての決断であった。』    (続く)  2017/5/13    (6枚半)

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2017年5月10日 (水)

もう少し

待ってくださいね。あちこち痛くて動けない。(*_*) たくさん薬をもらってきたから大丈夫。(^_-)-☆ だからチョットマッテクダサイ。←また言ってる よくなったら出てきます。 それでは皆さん、ごきげんよう。 (-_-)/~~~   右近&=^_^=のはるか

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2017年5月 3日 (水)

7日(日)に神戸で猫の譲渡会 ‘猫のミーナ’さん開催

今日は皆さんに協力していただきたいお知らせがあります。昨日、神戸のマンションの集合ポストでのボックスにたまったチラシを取り出し、部屋に戻って仕分けていました。大事な郵便物が間違って届いていないか調べるためです。すると多くの不動産のチラシの中に、猫の譲渡会のものが混じっていました。そのようなチラシを目にしたのは初めてです。以下がそのお知らせ内容です。至急、皆さんにお伝えします。

  のミーナ」さんによる譲渡会  =^_^=

日時:      第27回  2017年5月7日(日)  13:00~15:00

             第28回  2017年6月4日(日)    13:00~15:00


場所:   神戸旧居留地  高砂ビル1階  神戸市中央区江戸町100番地

      三宮駅 (JR・阪急・阪神) から徒歩7分

      入場無料、予約の必要はありません。

尚、当日に猫の持ち帰りは出来ません。トライアル期間後に正式譲渡となります。

「猫のミーナ」さんでは毎月第一日曜に譲渡会を開催しています。
譲渡会の詳細、参加する猫についてなどの問い合わせは『猫のミーナ』で検索、ホームページをご覧ください。

この情報をtwitter,facebookなどで情報を拡散して頂けましたら幸いです。不遇の猫たちに皆さんの温かい手をさしのべてあげてください。お近くの猫好きの皆さん、ぜひ足をお運びください。きっとあなたを待っている可愛い猫たちがたくさん居ますよ。何とぞ御協力の程、宜しくお願い申し上げます。   右近

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2017年5月 2日 (火)

準備完了・すべて完了

今日は神戸に行ってきました。まもなく入居者様が引っ越してこられるので、ハウスクリーニングを業者さんに依頼していたのです。3名の方がお見えになり、テキパキと磨いて下さいました。部屋は二ヶ月間しか使って無いのでキレイです。しかし水回りはプロに任せた方がいいと思って、お願いしました。どこもかしこもピッカピカにして下さいましたよ。奇麗な部屋に、しばらくサヨナラです。海にも挨拶してきましたよ。船にも夕陽にも、ポートタワーにも。また会おうねって。

話は変わります。私はテンネンだとよく人に言われますが、今日はまさにそれを自覚しました。業者さんがキッチンを掃除してくださっていた時に、シンクの上にあるモノ入れに、な、何と土鍋やらカセットコンロやら…。正確に言えばその他にカセットボンに電気の鉄板焼き、その他、新品のお手ふきタオル、ゴム手袋、ラップ大・小などなど…。こ、これは…、Oh,NO!とても持って帰れる量ではありませぬ。(-.-) どうやらその部分だけは箱に詰め忘れて荷物が搬出されていたのです。しかもそれらが無いことはまったく気づいていないと来ています。だって、荷物が詰まった箱は殆どまだ開梱していないんだもん。開けていたら何が無いか気づいたと思うけれど…。右近庵にはふだん使うモノが揃っているし、ホント気付かなかったなぁ。鍋に関するグッズが無いことには。ふむ。それよりも、その扉だけ開けなかったことがモンダイ。まるごと忘れていたのです。あぁ、これも老化なのかな。ふむ。

で、どうしたのって?急いで近くのスーパーへ行き、丁度いいサイズの大きめの段ボールをもらい、ガムテープやらサインペンなど買って持ち帰り、箱詰めしてヤマトさんに来てもらいました。明日、それらは晴れて右近庵へ戻ってきます。帰ってきたら『おかえり~』と言ってあげましょう。モノ入れの中で、その子たちはさぞかし不安だったでしょうね。

カセットコンロ :なぁ、俺たちって完全に忘れられてるよな。どーする、これから?ここでさ。

カセットボンベ  :そうだよなぁ。だいたいおいらたち、一回も使ってもらっても無いしさ。

土鍋       :そうよ。あたしだって一度も使ってくれなかったのよ。電気鍋サンばっかりで.。

ゴム手袋・おてふきタオル・サランラップたち :そうよ。そうだぜ。俺たち私たちもみんな新品!あ。わかった。(全員で) 使ってもらったことが無いから思い出してもらえなかったんだ。そうだ、そうだ。きっとそうだ。ぼくたち、わたしたちは、忘れられた台所用品!! (ここで挿入歌。忘れられた台所グッズの悲しみの歌♪)

右近:あのさ、だからさ。ごめんってば。使ってなくても君たちは大事なグッズだよ。カセットコンロやボンベはイワタニ君を買ったね。土鍋も必須アイテムだから小さいのを買った。梅の花が描いてあって可愛いね。鉄板焼きだけはお好み焼きをするために右近庵から持っていったよ。(でもホットプレートのお好み焼きは全然ダメでした。ぶ厚い鉄板でガスで焼く。これは美味しいお好み焼きを焼く第一条件) 新しいタオルやラップや手袋君たちもごめんなさい。君たちは控え選手だったんだよ。これからは君たち全員に大いに働いてもらうからね。カセットコンロ君とボンベ君は右近庵の災害用グッズたちと、しばらく一緒に休んでいてね。冬にはきっと、カセットコンロで鍋をしてみるから。約束するよ。

と言いますか、そのことだけでココまで引っ張ってしまう私は如何なものかと…。誰かとめて~。きっと私はすべてが終わってホッとして、ヤケにHighなのでしょう。今日も頑張ることができました。やった―。最後までやりきったぞぉ~っ!病弱系が2月からずっと頑張ることができたぞぉ~。できるやん。できたやん。ヤッホー!(あぁ。やかましい)

今はまだ感じていないけれど、きっと私は疲れていると思いますね。ゆっくり休みます。またいつか、美味しいお好み焼きのコツを教えてあげるね。いろいろコツがあるんですよ。厚手の鉄板を用意して待っていてください。(IHの人、ごめんなさい。無理なんですよ、ガス火じゃないと…)

後半の連休を、お仕事に行楽に、‘まったり・ゆっくり’に、お元気でお過ごしください。さぁ、北の地で桜が綺麗なうちに私もMy桜の続きを書かないと。あしたも元気でありますように…はい、私自身も。それでは皆さん、ごきげんよう。       右近

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2017年5月 1日 (月)

ナニワイバラが咲きました

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ナニワイバラの花が咲きました。いつもこの時期に満開になります。大きな花が約一間(いっけん= 約1.8m)四方に咲き始めています。昨年は下から咲いたけれど、今年は上から咲いてきました。とても甘い香りがする花です。香りは甘いけれど、棘は鋭いです。ビニールポットの小さな挿し芽を貰ったものですが、すくすく成長し、今ではシュートを延ばしに延ばして暴れる貴婦人です。トレリス一面に咲いたところはみごとです。この香りを皆さんにもお伝えしたいな。

今日は北陸や関東では荒れた天気に急変する所が多かったようですね。右近庵では荒れることなくこのように晴天でした。あしたは全国的に晴れマーク。
連休の谷間です。お仕事の皆さん、頑張ってください。お休みの皆さん、ごゆっくり。あまり調子がよくない私もそれなりに忙しく、充電が切れたら横になり、full chargeになればまた動くといった具合です。あしたはチョット頑張らないといけません。

桜前線は東北・北海道に昇りましたね。桜を満喫してください。
今日は猫ではなくニンゲンです。はるかさんに乗っ取られないように時々は出て来ないとね。それでは皆さん、ごきげんよう。      右近

 

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