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2019年1月

2019年1月28日 (月)

『野焼き被害者の会』様のブログを御紹介

おはようございます。
今週に家財の一部搬出があり、多忙な毎日です。


野焼きについて。田畑や野原でだけでなく、家庭ごみの敷地内での焼却も‘野焼き’とされています。
私の場合は更に悪質な臭気も煙も隠しての隣家による焼却炉による被害が甚大なものとなっています。健康上の理由からもこれ以上は塵灰の交じった空気を吸うことや家じゅうの大切なものが火山灰のような灰に覆われることや、空気清浄機から吐き出される様々な塵芥は飲んでいるコーヒーや味噌汁にも落ちてくる有様で、我慢の限界を超えています。

しかも焼却は一日の長い時間にわたって行われています。午前、午後にも燃やし、特に夕方から日付が変わる頃までの時間帯が最も大量に燃やされます。私はその間、目が使えないほど灰塵で痛みます。朝になると其処ここに焼け焦げた灰塵が落ち、どこもかしこも灰に覆われているのが常です。家の中でもマスクが欠かせず、それでも目も喉も痛んで咳き込みます。

昨日、野焼きに関するブログを見つけました。全国でいわゆる‘野焼き’に苦しむ皆さんが多いことを知りました。賛同の思いを込めて皆様にもご紹介いたします。御協力よろしくお願いいたします。        右近


衝撃画像!一夜にして灰まみれになる私のノートパソコン

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室内にあるメルカリで安く買ったサクサク動くノートです。カバーの傷はあったけれどよく働きます。寝る前に拭いておいてもこの通り。いかに多くの灰燼が空気とともに締め切った部屋まで入っているかが分かります。あとの二台は常に布をかぶせて防御しています。恐ろしくなりませんか?宜しかったらこの悲惨さをSNSで拡散をお願いいたします。

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2019年1月16日 (水)

阪神・淡路大震災の記録

明日、あの日から24年を迎えます。私のふるさと神戸を中心に大都市が破壊されました。
不幸にも私たちの国では、あの大災害以降、いくつもの大災害が起こり続けています。
 
1995年1月17日、何もかもが初めての激甚災害が起きました。ボランティア元年と呼ばれたあの阪神・淡路大震災。あの時の経験が活かされ、災害に対する人々の考えや助け合いなど様々な取り組みが今後も向上し続けることを願ってやみません。
 
あなたは防災の備えができていますか?少なくとも一週間はひとりで生き延びる水や食料がそばにありますか?家具類に転倒防止対策はできていますか?寝るときには靴をそばに置いていますか?あの時、私のふるさと神戸になぜ大地震が…と強い憤りと悲しみを覚えました。自分の住む街には起こらない。決してそう考えないでください。

大地震はどこか遠くの国や地域に起こりうるだけのものではありません。あなたの住んでいる町にも起こりうるものなのです。いつ、どんな地震が襲っても、あなたが生き延びることができる備えをし、その心構えを日々忘れずにいてください。それが私の願いです。

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2019年1月 9日 (水)

隣家の異常な焼却行為による決断

皆さん、こんばんは。年明けからもう十日になろうとしています。
私は慌ただしく動き始めました。今年は私の生活が大きく変わる年となりそうです。
 
少しお伝えしたように私は長い年月を隣家の迷惑行為や嫌がらせに耐えてきました。そのために心身への影響が著しく大きなものとなっていました。現在も毎日数回のゴミ焼却のため、心身だけでなく、家の中の被害が甚大となっています。家中に焼けたプラごみのクズや火山灰のような細かい灰が空気に運ばれて積もります。コーヒーカップの中にさえ、燃えカスや灰が落ちてきて浮かびます。大事なものにもプラごみが溶けて黒くなったものがくっつき取れなくなります。火山は無いのに家中に灰や燃えカスが落ちてくる状態です。もう限界です。これ以上は住めないと判断し、私は別の場所に移り住むことにしました。昨日、住宅の決済を済ませ、移動の準備に取り掛かり始めたところです。するべきことが多くあります。
 
いま現在も私は隣家の夜更けまで続く焼却炉によるゴミ焼却の被害に耐え、痛む目やのどで咳き込みながら文字を打っています。フル稼働で頑張っている空気清浄機を上回るほどの大量の、長時間にわたる焼却には成すすべがありません。隣家はこの被害を訴えても『燃やしていない』の一点張りです。もちろん反撃は考えています。時期が来れば隣家が最も嫌がる‘近隣の皆さんへの焼却の周知とダイオキシンの被害の重大さ’についてのお知らせをし、手元にある重要証拠の画像や動画も公開するつもりです。機器による記録は膨大な量のデータとなっています。何も知らずに空気を吸っている住民の皆さんに少しでも回避する方法を伝えたいと考えています。一部始終を近隣に知られること。これこそが最も隣家が嫌がることなのです。尚、警察や市役所は全く動いてくれなかったので頼ることは諦めています。弁護士さんへの相談は再度考えています。
 
この悪環境で気持ちが沈むため何をすることもできなかったので、心機一転、早く良い環境で暮らし、ゆっくり本を読んだり、また何か書けたらいいなと思っています。今日は住む予定のマンションに行きました。きれいな空気と山々が連なる心やすらぐ景色に、ようやくこの地獄から抜け出られる喜びを感じました。そこでゆっくりお風呂に入って気持ちがよかったです。引っ越しの日にちはまだ未定ですが、いろいろ準備をしなければなりません。こういう事情でしばらくは更新が出来ないと思います。何卒お許しください。
 
はるかさんは元気です。毎日の輸液は私も彼女もつらいですがおこなっています。その成果で食欲もあります。彼女も新しい住居が気に入ってくれたらいいなと思っています。いよいよ冬本番です。お身体を大切にして寒い時期をお過ごしください。それでは皆さん、ごきげんよう。   右近

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2019年1月 1日 (火)

2019年もよろしく

明けましておめでとうございます。新しい年が始まりました。
と、お決まりの言葉を並べても、新しい年だっ!という感動も無い年齢の右近ですが、中身だけは老いない部分があるなと自分で思います。
 
例えば私は昨日の「紅白」でいちばん楽しみにしていたのは、あの米津クンでした。
よかったですねぇ。大塚美術館の中で、キャンドルだらけの中で、ナマ歌の素晴らしかったことっ!彼が出てくるのを今か今かと待っていたのですよ私は。そう20代の貴女、30代の貴方のように。『flamingo』も歌って欲しかったなぁ…。彼はすごい才能の持ち主だと思うよ。
 
音楽も時代と共に移ろいます。昔の曲はよかったとばかり言うシニアは悲しいね。だって今の音楽も楽しめばいいじゃない。心の琴線にふれる曲は年齢を問わずに響くはずだから。テレビに出ない彼が出てくれたのでホント嬉しかったです。よかったよね、みんな。
 
それから石川さゆりさん。これはトシ相応の好みですが、私は昔から彼女の大ファンで、いつもは彼女の登場だけを待っていました。今年、残念なことは布袋サンが要らなかった。あのギターは『天城越え』には不要だった。終わり近くで彼女のそばに寄ってくるのも邪魔だった。(ごめんなさい、布袋ファンの皆さん) でもよかったですよ昨夜のさゆりさん。渾身の一曲でした。
 
私はこのお二人でおなか一杯になりました。
皆々様、本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
ギリギリ間に合いました。元日に。   右近

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