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2019年6月14日 (金)

高齢ドライバーの車にヒヤリ!とした瞬間

こんにちは、皆さん。

高齢ドライバーの事故が急増しています。何の理由もなく命を奪われた犠牲者の方々の不運、そしてご遺族のお気持ちを想うといたたまれないものがあります。高齢ドライバーとは何歳からをいうのか分かりませんが、私自身もシニアと呼ばれる年齢になり、近頃は気を引き締めてハンドルを握っています。近距離しか走らない、運転中は他の事を考えない、視力が落ちる夕方以降は乗らないなど自分のルールを決めています。そんな中、昨日、寸でのところで当たられる危機を経験しました。もしも私が慎重な人間でなかったら、確実に車の側面から当たられる事態になったことは間違いありません。

私は殆ど毎日、旧宅と現在住んでいるマンションの行き来をしています。旧宅で待っている野良ネコ(♀1匹)に餌を与えるのと、少しずつ運び出すものを搬出しているためです。昨日も午後三時過ぎにマンションを出て旧宅に向かっていました。坂の多い地域で、ちょうど下り坂を降りきった所に信号があります。そこは通常の交差点より広めです。それは並行して走っている旧道の狭い道路と、駅方向へ向かうバス道の両方がそこで交わっているからです。マンションのある住宅街から下ってきた私は赤信号で停まっていました。その向こうにはグレーのコンパクトカーとヤマト車がこちらを向いて停まっていました。交差点には駅方面からバス道を走ってきた来た車も坂を下って進入して曲がり、隣接の旧宅がある住宅街へと進むため、旧道か2ヶ所からとバス道2ヶ所の車の動向を見て進む注意が必要です。

停止線で停まっていた私の車のすぐ前の狭い旧道は交通量が少なく、その時に赤信号で停まっていた車は向こう側の住宅街から下ってきたグレーの車とヤマト車の2台(共にウィンカー無しで直進のサイン)、駅方面からバス道を下ってきた来た黄色い車1台だけでした。その車は右折のサインを出して坂の下の停止線で停まっていました。バス道がカーブの直角になった部分になるその地点では、すでに2台が並んでいたら後ろにつくことが出来ないため青信号に変わるまで坂の下で停まるのです。バス道の登り坂を上がった所からはたびたび車が降りてきて左折し、駅方面へ向かうので通行を妨げないためです。つまりグレーの車とヤマト車、そして黄色い車はぜんぶ私が下ってきた道路へ進みたい車であると認識できました。先頭のグレーの車は確実に「直進」と考えられました。

青信号になり、私は進みました。そのバス道を上り切った所に旧宅があります。走り始めてすぐ異変を感じました。直進なら交差点の中央ですれ違うはずのグレーの車が動かないのです。青信号に気づいていないのかなと思いながら進み続けてその車のそばまで来た時、いきなりグレーの車が私の車に向かってハンドルを切って進んできたのです!えっ!何? 急いで私はハンドルを左へ切りました。もちろん左側の確認は忘れませんでした。そこは交差点の真ん中部分で横断歩道から離れていました。黄色い車からも距離がありました。いくぶん余裕を持ちつつも慌ててハンドルを切った後、ゆっくり通り過ぎながら相手の運転者がどんな人間か確かめました。80歳前後と見える高齢者でした。隣には妻らしき同じく高齢の女性が座っていました。二人ともひどく小柄で、キョトンとして私の方をポカンと見ていました。後続のヤマト車や黄色い車が無かったら、私は車を降りてひとこと注意し、貴方の運転は危険だから、大事故を起こす前に免許の返納をお考え下さいと言ったでしょう。

危なかった・・。ヒヤリとした瞬間でした。その車は恐らく狭い旧道へ出るために右折したかったと思われます。それならばウィンカーの点灯が必要です。信号待ちの時間がありながらそれを怠ったのはなぜか?もし私が咄嗟にハンドルを切らなければ確実に右側面に当たられていたところです。こういう人が大事故を起こして罪のない人たちの命を奪うのだなと実感してゾっとしました。おそらくヤマト車もバス道の停止線で停まっていた黄色い車も驚いて見ていたと思います。私は交通マナーのあまりよくない町に住んだ経験があり、他の車のサインの有無や動向を完全には信用しないことを身につけました。ウィンカーを出さずに急に曲がる車、出している方向と反対へ進む車、突然に停まる車(これは高齢者に多い)などへの自衛策は講じています。

それは他の車が何をしても対処できる車間距離をいつも取っておくことです。昨日もグレーの車は直進だと見えていたけれど、少し距離を取って行き違おうとしていたので、急にハンドルをこちらに切って寄られた時でも衝突が避けられたのだと思います。赤信号で互いに停まっている時は、相手の車まで距離があって高齢ドライバーだと把握できていませんでした。気づいていたら警戒していたと思います。自分のことしか考えられなくなること、ひとつのことしか考えられないことなどは老化現象のひとつです。そんな車に対しては自らが危険予知をするのが身を守るために必要なことだと思います。それでも不可抗力はあるとは思います。

昨日、ニュースで「元院長」とやらの実況検分が行われた様子を観ました。事故直後、脚が悪いから車に乗ると周囲に話していたと報道されました。特に右脚が不自由で杖なしでは歩けない様子です。そんな人が運転して幼い女の子と一生懸命に生きていた若いお母さんを死なせてしまったのです。免許を取り上げて終わりですか。車の運転には右脚の働きが重要です。それが出来ないのに大きな車を運転している88歳。恐ろしいですね。まさに凶器を振り回す人と同じです。それに、どうして重い罪にならないのでしょうか。日本ってある種のこと、ある種の人間にはとっても甘くて腹が立ちます。大事故を起こしたエライ人の扱いもそう。今回の猫の大量虐殺にしてもそうです。おかしなことです。

先日、7月生まれの私に免許更新を知らせるハガキが届きました。これが最後の更新になると考えています。今は車が無ければ暮らせない地域に住んでいるので、さしあたり安全運転を肝に銘じ、この先5年以内に免許なし生活ができる準備を整えたいと思っています。(たとえば交通網が発達したふるさと神戸や大阪市内など都会に住むことなど) 免許を取得する際に教習所で教えられました。教官曰く「車は走る凶器です。だから心して運転すること」と。本当にそう思います。どうしても運転しなければならない高齢ドライバーは詳細において精査し、安全装備の付いた車に買い替える、踏み間違い防止装置を付けるなどを義務付け、高齢者が利用できる公共交通機関の充実も図っていかなければ、悲惨で理不尽な死亡事故は無くならないと考えます。

皆さん、運転には気をつけましょうね。年齢に関係なく、自分は大丈夫と思わないでください。若い人の事故も多いですよ。また、おかしな車がいきなり現れた時の避け方のシュミレーションも日頃から考えておいてください。私は最近は特にハンドルを握れば他の事を頭から追い出し、運転だけに集中するようにしています。私は自分だけは大丈夫とは決して思っていないので(過信している人のほうが実はアブナイ)、とにかく他へ気持ちが行かない努力を意識しておこなっています。どうぞ皆さんも気を付けてください。

それでは皆さん、ごきげんよう。 右近

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