文学

2009年6月19日 (金)

『走っけろメロス』

今日は桜桃忌、太宰の誕生日であり、玉川上水で心中した彼の遺体が発見された日でもあります。この日を命日とするよりも、誕生を祝う日になってきています。今年は百年祭、生きていたら百歳なのですね。

たった今、「視点・論点」で弘前の高校の鎌田先生が面白い試みを話していました。太宰の作品を津軽弁に直してみようというものです。「走れメロス」は走っけろ(はっけろ)メロスとなるそうです。作品からの抜粋で、先生はみごとな津軽弁を披露くださいました。いいですねぇ。うん、いい。太宰の訛りの強さは有名で、生涯とれなかったそうです。彼は洒落者ぶる性格なので、訛りを出さないようにしていたでしょうが、言語形成期に育った言葉というのは取れないらしいです。一方で彼はふるさとや津軽弁をこよなく愛していると思う作品をたくさん書いています。

一昨日も「歴史ヒストリア」という番組で太宰を取り上げていました。そちらの方は、えっ、それはチョット・・・。と思うこともありましたね。たしかに芥川賞への執念はものすごかったのですが、そればっかりだったように描かれていました。それから、「斜陽」も太田静子さんをくどいて日記を貰って書きましたが、正義感に燃えて社会に対する怒りを描こうとしたとは思いませんね。また、晩年の「人間失格」執筆中のことも、悪ぶった自分になるためにわざと家庭を棄てて書いたとは思えないですね。書く者は、おそらく書き始めると入り込んで何も考えられない。狂うのでしょう。書く環境として穏やかな家庭は不向きで、山崎富江さんのそばの方が都合よかったのでしょう。そして書き上げたあとの空しさから、ふと死にたくなった・・。

この心中に関しても猪瀬直樹氏は著書「ピカレスク」(悪漢という意味です。モチ、太宰のことです)で、いつものごとく死にたいという太宰に大量の酒を飲ませ、泥酔の太宰を先に水に落としたと書いています。土手には太宰の体をずり落とした形跡があったとのことです。酔っていない彼女は、はっきりとした意識で、覚悟の心中です。もちろんこれらは彼の推測です。

番組を観ていると、そのことだけしか無かったような印象を受けますね。芥川賞や、人間失格執筆のことだけでなく、日々刻々彼はものを考え、書いていたのですからね。それら2つのことを足しても太宰という人間を半分も語れないと思いますよ。歴史ものを見るときは、自分がとても詳しい事柄については、えぇ~っ(意義アリ)と思うことがよく。あります。番組の構成上、項目を絞らなければ仕方がないのでしょうが、それがすべてだと思って見ないことがいいのでしょう。

それにしてもなぜ太宰なのか。昔よりも今、もっと好かれている彼の生き方、彼の作品。なぜだかわかるような気がするんだけれど、うまく言えない。私も大好き。だけど、これだけ言っておくよ。太宰の作品は「斜陽」「人間失格」だけじゃない。彼の真骨頂は、あまり知られていない中短編にこそ多いということだけもう一度アピール。ぜひ読んでみてください。今まであまり読んだことのない太宰を。面白いよ~。うん、彼もテンネン。文庫本で出てるから読んでみるといいよ。

彼は39年を駆け抜けた。しかし、生きていればもっといいものが読めたのに、とは思わない。あれが彼の全ての力だと思う。芸術家は人生の長い短いではなく残した仕事でしょう。。しかしここまで人気が出た今の自分に、恥ずかしくて照れっぱなしじゃないかなぁ。(*^_^*)
おめでとう、百歳。ありがとう、治クン。

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