音楽

2016年12月24日 (土)

“くりぼっち”のあなたに“Wham!”

こんばんは。クリスマスイヴを如何お過ごしですか? “くりぼっち”の皆さん、大丈夫ですか? 最近は“くりぼっち”を楽しむ方々がふえていると聞きますが。
さて、クリスマスと言えば必ず流れてくる音楽があります。“Wham!”の“Last Christmas”もそのひとつです。“Wham!”とは“ドシン!”とか“ドカン!”という衝撃音なのですがね。なぜこんな名前を付けたのでしょうね。それはさておき、不滅の彼らの名曲を和訳し、解説もつけ、おまけに彼らも登場する動画まで掲載しておられる方が居てリンクさせていただきました。知っていましたか?この歌詞は少し不思議なのです。ん?で、今はカノジョどうなの?という内容です。解釈はあなたの想像にお任せというところかな。12月にこの曲を授業に取り入れて、中高生と歌ったのを毎年のように思い出します。あぁ、なつかしい。

薬が少し効いてきたようです。その薬の副作用もあるけれど、チョットだけ楽になりました。座れるので今日はさっそく年賀状を作成。私のイヴとクリスマスはたいてい賀状作成です。デザインや文言は出来上がりました。明日はおもて面の宛名印刷。もちろんケーキは食べましたよ。可愛いGCたちが“Merry Christmas!”と元気よくドアを開けて届けてくれました。生クリームが苦手なので好物のブルーベリーのタルトとモンブラン。その上の小さなクリスマスの飾りがきれいで美味でした。モンブランはあしたのお楽しみ。(^.^)
暖かくしておやすみください。君にサンタさんが来るといいね。それでは皆さん、ごきげんよう。       右近

“Last Christmas”ぶっちさんの和訳・解説     

          (ぶっちさん、ありがとうございます)

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2016年10月24日 (月)

「らしい」ね、ディラン

こんばんは。夜になると一枚はおらなければなりません。秋ですね。
さて、ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランが未だ連絡をしてこないと怒っているスェーデン・アカデミーのコメント。言葉を足して回避しようとした模様。「でもそれが彼だ」とかナントカ。分かっているなら最初からそういう非難する言葉は控えるべきでしたね。

そもそも芸術家というのは変わり者ばかり。ノーベル賞をあげるぞと言われても、もろ手を挙げて喜ぶ人たちばかりじゃないと思いますよ。特に文学系には変わり者が多いです。ボブも詩人として評価されたわけだから変わり者。それに詩人なんて超shyでしょ。戸惑っているのか、そんな賞をもらう自分と格闘しているのか、とにかく混乱、当惑、葛藤の真っ只中かもしれません。ライヴなら心からの笑顔だけれど、どんな顔して受賞すればいいんだよなんて、今けっこう彼はツライ状態かもしれません。

そこが彼の魅力だって分からないのかなぁ。他の分野の賞と違って極めて繊細な人に贈る賞だから、スッと「ありがとうございます」とは言えない人も居ると思わなきゃ。傲慢なんて、それこそアカデミーの方が傲慢だと思いますよ。賞なんてみんな「くれてやる」じゃなくてどうぞ貰って下さい、でしょ。いろいろミュージシャンを思いうかべてみると、あの人もスッとは出てこないだろうと思われる人はたくさん居るもの。このニュースを観て私は「らしいね、ディラン」と言って微笑んでしまいました。もちろんひとり言。はるかちゃん=^_^=は聞いていたけれど。

秋は過ごしやすいけれど体調維持が難しい季節です。お気をつけください。
涙液や唾液が激減してツライです。(*_*; それでは皆さん、ごきげんよう。

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2012年11月 8日 (木)

『夜カフェ~Piano』 榊原 大

こんばんは、右近です。
ただいま丑三つ時です。私は写真の修整をしていました。それらはwebとは無関係の写真ですが、いったん作業を始めると集中、終わってホッとひと息です。すると、かかりっぱなしになっていたCDの曲がとたんに耳にdirectに入ってきました。今夜、聴いているのは『夜カフェ~ピアノ』というCD。これがとっても素敵なんです。何をしていても邪魔をしないピアノ曲ばかり。榊原 大さんの演奏が何ともいい。今かかっている『マスカレード』なんて最高。

私はTSUTAYAの会員で、月に4枚のDVDかCDを借りる設定にしています。忙しいと送られてくる映画を観る時間がとれなくて、つい借りる枚数がたまってしまいます。そうすると一気にCDばかり借りはじめて枚数を元に戻すといったことをします。2枚ずつ送られてくるものを、届いたらすぐにパソコンに取り込み返送します。それをくりかえしていると多くの曲がストックされます。時間がある時に聴いて楽しみ、好みの曲だけでMy SelectionのCDを作成するなどします。かつてのようにすぐにCD購入する癖はこれによって解消され、CDが際限なくふえ続けることは無くなりました。節約にもなります。便利な世の中ですね。レンタルではジャケットがないのが残念ですが、音楽無しではいられない私には有難いことです。

夜カフェなんて名前に惹かれて借りてみたCD。夜カフェシリーズ、カフェシリーズには何枚かあるようですが、これはいい。全曲素晴らしい。曲は有名なものばかりで、とにかく演奏がいい。まさに夜向きのCDです。榊原大さんのファンになりそうです。さっそく取り込みました。以下のサイトでイントロだけ試聴が出来ますよ。よろしかったらお聴きください。ハズレ無し。これはイイ。うん、イイ。ところでカフェなんて、私は行ったことがあるのだろうか。無いんじゃないかなぁ、人ゴミが苦手でカフェがある所へなんて行かないし。それに喫茶店の世代ですからね私は。目の前にあっても入らないかもしれません。なんだか自分の座る場所ではないように思うのではと・・。おシャレとは無縁の暮らしゆえ、私はおそらくカフェとも無縁です。けれどもかつて有名な芸術家たちが多くたむろし、芸術論を交し合ったパリのカフェには憧れますね。映画でもよく観る光景です。そんな所でカフェオレを飲んでみたいものだとは思いますね。

立冬ともなればさすがに冬の気配を感じます。私はフランネルだけでなく、ウールのセーターやジャケットにコート、手袋、マフラーなど冬物すべてを出しました。右近庵近辺の木々はきれいに色づきました。晩秋ですね。次はストーブやこたつを出さなければ。猫たちにはもうあんかやホットカーペットを出しているけれど。関東以北の皆さん、そちらはすでに初冬でしょうか。

さぁてっと。そろそろ休みます。おやすみなさい。朝に来て下さる皆さん、おはようございます。お昼に来て下さる皆さん、こんにちは。今日も元気にお過ごしください。はい、私も。オバマさん、おめでとう。小浜市、おめでとう。おやすみなさいagain。右近

◎ 『夜カフェ ピアノ』 榊原 大 2011年4月

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2011年6月16日 (木)

『悲しき天使』(“Those were the days”)という曲の歴史

前回に掲載した『悲しき天使』(“Those were the days”)という曲は1968年にリリースされ、日本でも大ヒットしました。歌詞が大きく異なっていましたが、森山良子さんの歌でもヒットしましたね。しかしこの曲には、もっと長い歴史があったのです。その長い歴史を私はこの度はじめて知りました。そしてメリー・ホプキンのヒットは、なんとポール・マッカートニーが関わっていたことを知って大いに驚きました。ポールはプロデューサーとしての手腕を早くも発揮していたのですね。ちなみにこの曲が流行った当時、私は高校生でした。多くのサイトでこの曲について情報が得られますが、ここでは分かりやすくまとめておられる二木紘三氏のサイトから引用いたします。

「原曲は1917年にロシアのボリース・フォミーン(1900-1948)作曲コンスタンチン・パコンスタンチドゥレフスキー作詞で発表された『長い道を通って(Дорогой длинною〈Dorogoi dlinnoyu〉)』です。

 この曲は、わが国では昭和20~30年代に『長い道』(兵頭ニーナ訳)、または『遠い道を』(飯塚広訳)という邦訳題名で歌われました。この日本語詞とフォミーンについては、コチラをご覧ください。

 この作品が発表されたのは、ちょうどロシア革命の勃発期であり、その後ソヴィエト政権が成立したため、多くの白系ロシア人、すなわち反・非共産党系ロシア人が国外に脱出したり、亡命したりしました。彼らが故郷を懐かしんで歌っているうちに、次第に西側の人びとにも知られるようになりました。

 この曲に『Those were the days』という英語詞をつけ、編曲して歌ったのがアメリカ人のシンガー・ソングライター、ジーン・ラスキンでした。
 歌詞は、居酒屋で仲間と飲みかつ歌い、語らった若い日を懐かしむ内容で、彼が1960年代に通ったロンドンの白馬屋
(The White Horse Tavern)という居酒屋での思い出が発想源になっているといわれます。

 ラスキンがこの歌をロンドンのブルーエンジェル・クラブで歌っているとき、たまたまポール・マッカートニーが聞いて惚れ込み、さらにアレンジを加えて、メアリー・ホプキンという新人女性歌手に歌わせました。
 彼女にとって、これはデビューシングルでした。1968年8月にリリースされると、たちまち世界中で歌われるようになり、500万枚以上という大ヒットになりました。

 日本でも、同年に『悲しき天使』というタイトルで森山良子が歌い、ヒットしました。もとの歌詞とは関係のない、恋の歌に変わっていました。
 このタイトルになったのは、このころ『悲しき雨音』『悲しき街角』など、邦訳題名に「悲しき」をつけた外国ポピュラーソングがヒットしていたため、それに便乗しようとしたようです。便乗しなくても、十分ヒットする歌だったのですが。」  
(『二木紘三のうた物語』より)

◎ 『二木紘三のうた物語』    二木さん、ありがとうございます。

この歌の背景には、ロシア革命勃発期という背景があったのですね。故郷を懐かしんで歌ううち、西側諸国にも知られることとなったのは、この曲がもつ不思議な‘もの哀しさ’に、誰もが心を惹かれたからでしょう。すばらしいエレジー(哀歌)だと思います。

以下のサイトでは、森山良子さんの歌詞を紹介しています。

◎ 『歌詞タイム』     『歌詞タイム』さん、ありがとうございます。

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2009年12月 3日 (木)

今夜はジャズでも

雨の一日でした。いかがお過しでしたか? 私はなんとか2日間の外出疲れがとれました。

You Tube から私は最近よく歌や猫などご紹介していますが、今夜はジャズでも。スタンダードナンバーの“You'd Be So Nice To Come Home To”を、今夜は青江三奈さんでお届けしましょう。ヘレン・メリルほか、今まで多くの人に歌われてきた名曲です。私は女性のハスキーヴォイスが大好きですが、青江三奈さんもすばらしい声の持ち主でした。“ドゥドゥビ ドゥビドゥビドゥビ ドゥヴァー 灯がぁともる~♪” もいいですが、ジャズがとってもステキなんですね。ご覧になればわかりますが、どうですか、うしろのヒマそうなバンドのおっちゃんたち。見とれてませんか、彼女に。色っぽいですね、ステキですね。では今夜にふさわしい一曲を、お聞き下さい。私はすこし勉強します。またね。

cd “You'd Be So Nice To Come Home To”↓
http://www.youtube.com/watch?v=wQjX5rOI0tY&feature=related

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2009年8月 3日 (月)

「いちご白書」をもう一度

Hiroshiが逝って今日で五年です。「平成道行考」を立ち上げて、わずか1年9ヵ月後に逝きました。彼がその労を惜しんでいたら、皆さんとの出会いはありませんでしたね。その彼の好きだった曲を五回目の命日に一緒に聞いてください。「就職が決まって 髪を切ってきたとき もう若くないさと 君に言い訳したね」  この部分の歌詞が私は大好きでした。ではお聴き下さい。よければ一緒に歌ってください。あぁ、なつかしい。

sagittarius 「いちご白書」をもう一度 

(バンバン歌・ 荒井由美作詞・作曲 1975年)↓

http://www.youtube.com/watch?v=T4RKmZz6_y4&feature=related

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